まさおさまの 何でも倫理学

日々の生活の中のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

どげんかしたったい!

2012-03-31 16:32:21 | お仕事のオキテ

見よ、この生まれ変わった研究室をっ!

どげんかせんといかんかったあの部屋をどげんかしたったい (テキトーな九州弁もどきです)

久しぶりに机とテーブルのトップボードを見ることができました。

(このセリフ今までに何回言ったことだろう)

有休を返上し、休日出勤までしてやり遂げましたっ。

なんとか3月中に終えたいと思っていたのですが、さすがデキル男はちがいます。

これからは有言実行の男と呼んでください。

なんといっても、 これが              →        こうですからね。
     

これで4月からはこの研究室でゼミをやれます。

ゼミ中に必要な本や辞書・辞典類もさっと取り出せるじゃありませんか。

ゼミ生たちがやってくる前にコーヒーなんかを淹れておいたりするのもいいかもしれません。

突然訪ねてきてくれた卒業生たちと入り口付近で立ち話なんかしなくてもすみます。

研究室というのはこうでなくちゃいけません。

まあ、まだ本棚はちょっと荒れているし、

床にはいろいろな機器や雑本などが置かれたままなので、

これで研究室の片づけが終了したわけではありませんが、

とにかく机、テーブル周りだけはなんとかなったので、

研究、教育、雑務に対応する必要最低限の態勢は整いました。

あとは毎度のことですが、これをいかに保つかです。

でも、前回は半年くらいはもっていて、あの地震さえ来なければ何とかなっていたのです。

要注意は大きな余震だな。

余震、ダメ、ゼッタイ!!
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他人の何気ない一言に助けられた

2012-03-30 16:23:17 | 幸せの倫理学
一昨日、「島薗先生の思い出」 という記事を書いたときに、

皆さんにご紹介しようと思っていたあるトピのことを思い出しました。

YOMIURI ONLINE の 「発言小町」 という、

Mixi みたいに読者が勝手にトピを立ててみんなで意見を寄せ合う場があるのですが、

そのなかの 「他人の何気ない一言に助けられた」 というトピックです。

このトピは、発言小町大賞2010ベストトピ賞に選ばれ、

その頃ネット上でよく取り上げられていましたから、ご存知の方もあるかもしれません。

いつかご紹介しようと思いつつ、いつものごとく記憶の彼方に飛び去ってしまっていましたが、

先日の自分の記事でやっと今ごろ思い出した次第です。

私の一昨日の話は、面識ないとはいえ授業を取っている大学の先生ですから、

はたして 「他人」 という範疇に入るのか疑問ですし、

助けられたというよりは褒められた、認められた (あるいはイヤミを言われた?) という感じですので、

このトピにぴったり当てはまるような例とは言えませんが、

とにかくあのことと関連して思い出してしまったのだからしかたありません。

だいたい以下のようなお話が寄せられています。



「飛行機で子どもが大泣きしました。

 どうあやしても泣き止まず、着陸態勢に入り身動きも取れず、私も泣きそうでした。

 降りる際、一番うるさかったであろう近くの方にお詫びすると、

 「全然気にならなかった」 と一言。

 絶対気になるほどうるさかったのに、「全然気にならなかった」 なんて。

 「全然」 を付けてくださったことがありがたくて、思い出す度に泣けます。」



私の話みたいに長ったらしくなくて、すっきりとして読みやすい文ばかりです。

ちょっと行き詰まっている人、辛いこと悲しいことのあった人は、読んでみるときっと癒やされますよ。
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Hey Jude

2012-03-29 15:10:07 | 幸せの倫理学
いやあ、むちゃくちゃいい天気です

そして、あったかい。

午前中でもう12℃もありました。

午後になると15℃を超え、場所によっては20℃近くあります。

福島で10℃を超えたのは何ヶ月ぶりでしょう。

昨日は5℃でした。

福島に来てから、10℃を超えると暖かいなあとか、

春だなあとか思うようになりました。

関東に住んでいた頃は10℃ぐらいじゃ寒くて死ぬと思っていましたが…。

そして今年はいつになく、いつまでも寒いし雪も降るし、

もういい加減にしてくれ、オレは気がすんだぞと思っていたのですが、

天の神様もこれでやっと気がすんで勘弁してくれたのでしょうか?

それにしても突然15℃って…。

いつもはもうちょっと季節の変わり目に時間をかけていたような気がするのですが。

今日のはたまたまの異常気象で、また寒さがぶり返したりするのでしょうか?

それとも、変わり目なんてナシで、今日からくっきりはっきり春がきてくれたのでしょうか?

私は後者に一票投じます。

Spring Has Come に賛成の人、手を上げてぇ。

ハーイ、賛成っ
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島薗先生の思い出

2012-03-28 12:00:24 | 教育のエチカ
先日、福島大学で 「放射能災害と被曝リスク 〜原発事故から一年、リスクはどう語られてきたか〜」
というシンポジウムが開催されました。
週末は上京する予定だったため、参加できないと思っていましたが、
けっきょく風邪をひいてしまい上京できず、しかし思いのほか風邪は軽くすんだので、
急遽参加してみることにしたのです。
内容にも関心がありましたが、一番惹かれたのは島薗進先生が講師として呼ばれていたからです。

島薗先生は宗教学では有名な東大の教授でいらっしゃいます。
その先生がなぜ原発問題で呼ばれているのかと若干不思議でしたが、
もともと医学を目指していたこともあり、生命倫理という観点からこの問題に関心をもっていたのと、
被災地の寺院をはじめとする宗教界の皆さんとのつながりがあって、
原発問題に真剣に向き合い発言してきているうちに、こういうポジションになったとのことでした。
放射線問題に関する専門研究を自ら広く詳しくリサーチした上で、
学者として今何が言えるのか、何を言うべきかを丁寧に話してくださり、
たいへん勉強になりました。

が、私は原発問題とは別に、個人的に島薗先生にお会いしてみたいと思っていました。
できれば懇親会かなにかで直接お話ししてみたいと思っておりました。
というのも、私にとって島薗先生はある意味で恩師に当たるからです。
といっても私は先生の講義を1回お聴きしたことがあるだけです。
それは1980年代の初頭、私が東京外国語大学で学んでいたときでした。
私が2年生になって以降、島薗先生は外大に着任され、
一般教育だったか専門教育科目だったか忘れましたが、
島薗先生の 「宗教社会学」(だったような気がする) が初めて開講されることになったのです。
私はロシヤ語学科の学生としては激しい落ちこぼれ (当時すでに留年ずみ) でしたが、
自分の興味ある授業に関しては1回もサボらず打ち込む優等生でした。
自分が取りたいと思って主体的に取った授業はたぶん全部 「優」 だったと思います。
ただそういう授業があまりにも少なかったんですよね。
(それは大学のせいでも先生方のせいでもなく、まったく自分自身の問題でしたが…。)
で、島薗先生の 「宗教社会学」 はそういう数少ない科目のうちのひとつだったわけです。

その授業の中でレポートの課題が出されたことがありました。
たしか、「宗教社会学」 は通年科目だったので (というか当時の外語大の授業はすべて通年)、
夏休みの宿題かなにかで出されたんだろうと思います。
宗教に関する本をなんでもいいから一冊読んでレポートを書いてこいという課題でした。
それに対して私は、当時創価学会に入信していたので (爆弾発言ですか? これについてはそのうち)、
牧口常三郎 『価値論』 を読んでレポートを書くことに決めました。
牧口常三郎という人は創価学会の前身である創価教育学会を創設した人です。
その人の価値論ですから、ある種、創価学会の根幹的教義を含んでいるといってもいいでしょう。
それを熟読してレポートを書いたのです。

それまでほかにもレポート課題を出されたことはありましたが、
どれも自分にとってはあまり興味なく、いわゆる大学生らしくテキトーに書いていました。
しかし、このレポートは書くのがとても面白かったのを覚えています。
講義のなかで新宗教が生まれてきた背景とかを聞いていましたので、
その講義内容を思い出しながら本を読むことができ、
それを踏まえて自分なりに、本に書いてあることを分析できるような気がしたのです。
で、けっきょく、『価値論』 にはもともとの仏教に由来する思想と、
その一派としての日蓮正宗に由来する思想と、
牧口固有の、すなわち、創価学会固有の思想という三層が存在しており、
その3つは完全に一体のものとして融合はしておらず、
相互に矛盾を来しているのだが、牧口はその矛盾を看過している、
みたいな大レポートを書き上げました。
レポート用紙何枚以上という規定をはるかに超えて相当詳しく書いた覚えがあります。
今から思うと、これは私の人生の中で初めて書いた研究論文だったように思います。
もちろん学部の2年生だか3年生ですから素人に毛の生えたようなものだったでしょうが、
主観的には、卒論よりも先に書いた初めての論文 (たんなるレポートではない) だったのです。

さて、この夏休みのレポートはだいぶ経ってから返却されることになりました。
レポートを返却してくれる先生もそれほどいませんでしたので、
返ってくるということ自体が新鮮でした。
ひとりひとり名前を呼ばれて前に出て行き、島薗先生から直接手渡されます。
私も呼ばれて受け取ってみると、表紙に 「S」 と小さく朱書されています。
これってAよりもいいって意味なのかな? と怪訝そうにしていたところ、
先生からこんなふうに聞かれました。

「これ、本当に君が書いたの?」

こんなことを聞かれて本来なら憤慨すべきだったのかもしれませんが、
私はぼそぼそと 「ええ、まあ」 とか答えながら、
内心ものすごく歓喜にうちふるえていました。
大学の先生に、本当に自分で書いたのかって聞かれるってことは、
それが疑わしく思えるくらい、そのレポートは良い出来だったということではありませんか。
自分で書いた (しかもあれだけ苦労して書いた) ということを自分ははっきりと知っていますから、
先生がどこまで本気で疑っていようとこちらの知ったことではありません。
ただ、このレポートがそこまで評価されたんだということだけをポジティブに喜んでいました。
まだほんの一歩にすぎませんし、その後の道がはっきりしていたわけでもありませんが、
本を読み、自分の頭で考えて、文章を書くということの楽しさを知った最初の経験でした。

シンポジウムのあとの懇親会で島薗先生と直接お話しする機会を得て、
このときの話を先生にしてみました。
すると、先生はこうおっしゃいました。

「あれは学生に評判が悪いからやめましたよ。」

やはり先生はよくできたレポートを返却するときはいつもあの疑問文をつぶやいていたのでしょう。
そう言われて私みたいに素直に喜ぶのはたぶん少数派なのかもしれません。
受け止め方の問題ですね。
学生のやる気を引き出すためには、今だったらきっともうちょっと上手い伝え方があるのでしょう。
しかし、当時の私にとっては、島薗先生の 「これ、本当に君が書いたの?」 の一言は、
谷岡先生がのだめと千秋にやらせた連弾みたいな、
のちのちの人生を左右する大きな転換点だったのです。
たぶん先生はまったくご存じないかもしれませんが、私にとって島薗先生は恩師のひとりです。
先生、本当にありがとうございました。
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どげんかせんといかん!

2012-03-27 13:38:15 | お仕事のオキテ

この研究室、どげんかせんといかん!

3.11のあの日あの時、ぼくはまさにこの研究室にいて、

昨日卒業したゼミ生 (当時3年生) のS君と2人で卒論指導をしていました。

なかなかおさまらないので廊下に出て、さらに長い時間揺さぶられ続け、

やっとおさまったところで中に戻ってみたら、

書棚の本がほとんど落ちて散乱していて足の踏み場もなく

互いのバッグだけをなんとか掘り出して、

いつ倒壊するともしれない校舎からほうほうの体で逃げ出したのでした。

その日以来、とうとうS君はこの部屋で卒論指導を受けることはありませんでした。

いつも6階の空き部屋を借りての卒論ゼミでした。

もちろん震災後しばらく経ってから研究室の後片づけはしました。

しかし、歪んでしまった書類キャビネットの代わりの新しいのが来るのが遅れ、

長らく本や書類は廊下に積まれたままでした。

やっと届いた頃には後期の授業が始まってしまっていて、てつカフェ特別編とかもありましたし、

廊下の有象無象をとりあえず室内に移動させるのだけで精一杯で、

とてもじゃないけれど研究室内の片づけを完了させる余裕はありませんでした。

そうこうしているところへあとからあとから書類は舞い込んできて、

完全に収拾つかない事態に陥ってしまったのです。

さらに年末から年度末にかけては論文の締切に追われ、

その論文執筆もこの研究室ではムリなので自宅のリビングで行わなければならないほどで、

だからここでゼミが開けないのは当たり前でした。

冬休みが来ても春休みが来てもあいかわらず私の研究室はゴミ溜めのままだったのです。

しかし、もうすぐ新学期が始まろうというのに、このままではいけません。

S君はそれでも3年生の頃、研究室でのゼミを体験したことがありますが、

新4年生はまだ一度もそんな体験をしたことがないのです。

新学期が始まるまでにはこの研究室、どげんかせんといかんっ!

でもどうすればよいのだ?

誰かっ、どげんかしてくれ〜っ!!
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眞鍋かをり様のお言葉

2012-03-26 19:10:53 | 性愛の倫理学
今日は卒業式でした。
卒業生・修了生の皆さん、おめでとう!
たいへんめでたいので、皆さんに眞鍋かをり様のお言葉をお贈りします。
彼女のツイッターからの引用です。
フォロワーの方々からのコメントに対する返信 (リツイート = RT) がほとんどなので、
RTとかアドレスが書いてある後ろから読み始めたほうが意味がわかると思います。




Twitterやってないで仕事しろ RT @hrhkmki: @KaworiM0531 徹夜で仕事中です・・・目の覚める凄いのください!!”.





海綿体! RT@e_lohas: @KaworiM0531 Hになればなるほど、硬くなる棒はなぁ〜んだ?”.





試合けっこうやってますよ RT @nikahoihoi試合がないんですか?”.




みんな何のことを言ってるんですか?女子バレーですよ? RT @pipoaccess: 性的な意味で??"@KaworiM0531: 試合けっこうやってますよ RT @nikahoihoi試合がないんですか?”"”.




それ乙女じゃなくて乙おんな(涙) RT @tomita2130: @KaworiM0531お会いになる方々に「乙!」と仰られてはいかがでしょうか?”.




ちょwおまいは俺かww RT @9TK: @KaworiM0531 私も泥酔して、どこかで化粧ポーチを落としたらしく、ノーメイクで出勤中…”.




それはひどすぎる!もうモヒカン刈りにしてバギー乗ってヒャッハー!したほうがいい RT @neko_heart_dog: @KaworiM0531 はじめまして。結婚4ヶ月ですが、嫁が浮気しています。どうしたらいいでしょう??”.





おしい!ソウルモッコリでしたー RT @REINHARD12: @KaworiM0531 今日は何飲んでますか? 男のあれですか?”.





期待はずれで申し訳ないけど実際見ないよ。カリビアンとかですら見ない。 RT @sasaki0903: @KaworiM0531真鍋さんはたまには、H系のビデオ見る事ありますか?”.





アゲサゲも無料だけど見ない。@taka19790810: @KaworiM0531 実際見ない人が、カリビアンという固有名詞使っちゃうのね。”.





テヘペロRT@giara_love: 言い過ぎw そんなに笑いが欲しいかwww QT @KaworiM0531: アゲサゲも無料だけど見ない。@taka19790810: @KaworiM0531 実際見ない人が、カリビアンという固有名詞使っちゃうのね。””.





はっ!宿利さん!リプライで『エロすぎて髪伸びた』って言ってる人多いんだけどコレって宿利さんが苦労してなじむようにエクステつけてくれたんだぉね!エロじゃないぉね! RT@cura_shukuri 次回はバキモヒでお待ちしております! http://t.co/F7RFdUl.





おめでとうございます!デビュー前のAV女優の卵の訓練モニターに選ばれました! RT @halkiyuuもうどうしようもないぐらい嫌な気分…(´・ω・`)こんな気分を吹き飛ばすお言葉を!”.


.


キャイン RT@lhasa0619: なんか眞鍋かをりさんは恵まれてる面もあるけど幸せではないように感じます。 RT @KaworiM0531: もう帰りたい”.





いきなりはちょっとハードル高いです。眞鍋JAPANはまだ国際試合を戦ったことがありませんので、、、。 RT@wktk67: @KaworiM0531 今宵はその人とはすはすするんですな?”.





なでしこに失礼やろwwRT @bermuda2010: なでしこジャパンは最後まであきらめなかった。RT @KaworiM0531 いきなりはちょっとハードル高いです。眞鍋JAPANはまだ国際試合を戦ったことがありませんので、、、。@wktk67”.





エロイプでもやって発散しれ RT @10831060010受験勉強中なう。やること多すぎで泣きそうなう。試合したくなるなう。なにか覚めるデカイのください!!”.





蝉をつかまえて脚をもぐ簡単なお仕事 RT@appwind今は何をしてますか?”.





MPの消費 RT@anies_chan: @KaworiM0531 一人旅で不安なこととかありませんか?”.




店のカラーが緑かピンクかの違いです。 RT @lovin19820729 スタバとスマタって違いますか?”




いかがだったでしょうか。
女性だって、グラドルだってこれでいいのだっ
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谷岡先生の教育哲学 (その4)

2012-03-25 09:33:31 | 教育のエチカ
ご心配おかけした風邪はひどく悪化することもなくやりすごせそうですので、
昨日の続きを書いていくことにしましょう。
谷岡先生の言う 「やる気のない生徒にやる気を出させる」 とはどういうことでしょうか?
これについて谷岡先生自身が明言しているわけではありませんが、
『のだめカンタービレ』 のなかのあちこちでいろいろな登場人物が、
それについて様々な表現で語ってくれていますので、引用してみましょう。

「もっと音楽に没頭しろと言ってます」 (by シュトレーゼマン)

「ハンパは私は許しません」 (by シュトレーゼマン)

「のだめちゃん、今のままではムリです。

 もっと音楽と正面から向き合わないと」 (by シュトレーゼマン)

「なんでもっと上を目指さないんだ?」 (by 千秋真一)

「黒木君はプロとか、いわゆる上を目指してるんですか?」 (by 野田恵)

「バカなやつ、お前は絶対、演奏者向きなのに。

 でも今のままじゃダメだ。

 いくら才能があったって、本人がそうあることを望まなければ。

 オレがあいつを引っ張りあげられたら…」 (by 千秋真一)

これで明らかでしょう。
この作品では、才能ある者に本気で音楽家 (プロの演奏者) の道を目指させることを、
「やる気を出させる」 と言い表しているのです。
その意味では幼稚園の先生を目指していたのだめは、まさに 「やる気のない生徒」 でした。
ただし、それは音大という非常に特殊な環境のなかにいるからこその評価です。
マジレスしてもしょうがありませんが、のだめがもしも福大の人間発達文化学類にいたならば、
教育実習に向けて自ら 「おなら体操」 というオリジナル曲を作曲し、
その振り付けまで考えるなんて 「やる気ある生徒」 以外のなにものでもないでしょう。
実際、のだめは本気で幼稚園の先生になりたいと思っていますので、
ハリセンになにかクラシックを弾いてみろと言われて 「メリーさんの羊」 を弾き、
ハリセンから 「ふざけるな、お遊びをしている暇は一秒たりともない」 と怒られると逆ギレし、
方言を丸出しにして、次のように叫んでいます。

「お遊びじゃなかぁ。のだめ、めっちゃ真剣にやっとっとよ。
 メリーさんのなんが悪いんか。
 のだめ、めっちゃちゃんと勉強しちょっとよ。」

つまり、本人がこれをやりたいという 「(主観的) やる気」 と、
経験ある人がその人を見てこの人にはこういう才能があると判断したことに対して、
本人がそれに挑戦してみるかどうかという 「(客観的) やる気」 がズレている場合があり、
本来一番向いていると思われる方向に導いてあげること、
それが 『のだめカンタービレ』 で言うところの 「やる気を出させる」 ということなのです。
これは意地悪な言い方をするならば、「パターナリズム」 にほかなりません。
よけいなお世話というか、本人の選択の自由の侵害にもなりかねません。
実際にのだめは当初みんなからのパターナリズムに対して極端な拒否反応を示し続けていました。
それは当然と言えばあまりにも当然と言えるでしょう。

では、こうしたパターナリズムは決してやってはならないことなのでしょうか?
音大ほど特殊な大学でなくとも、福大なんかでも似たような思いを抱くことがあります。
やはりうちの学類は教員を目指して入学してくる学生が多いのですが、
この子は絶対に教員になったらいい先生になるだろうなあと思われる子が、
わりと早い段階で、あるいは教育実習を終えた後に、教職を諦めてしまうケースが多々発生します。
客観的に向いていると思われる子は、教育に関する知識が豊富で能力も高いのですが、
それだけに自分に課するバーが高くなってしまいます。
それと今の自分とを比較して自分には向いていないと思ってしまうのです。
逆の子はそもそもバーを意識しません。
教師には何が必要かもわかっていませんので、自分の主観的やる気だけで突っ走れるのです。
これには端から見ていて歯がゆい思いを禁じ得ませんが、まあ仕方のないことですね。
まさに 「 今のままじゃダメだ。いくら才能があったって、本人がそうあることを望まなければ」 です。
今までの経験でこのミスマッチを修正できたことはほとんどありませんでした。
その意味でも私は 「やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師じゃない」 のでしょう。
しかし、もしもそれが可能だとしたならば、
本人の長い人生のためにも、正しい方向へ修正してあげることは大事だと思うのです。
それはたんなるパターナリズムではなく、まさに良い意味での高度な 「教育」 ではないでしょうか。
この 「教育」 に必要なのは2つです。
まずは、その人の隠れた真の才能を見抜く観察力。
そして、それを伸ばす方向へと後押しし本人に 「やる気」 を出させる技術。

さて、谷岡先生に話を戻しましょう。
前回引用したセリフの後半部分をもう一度見てみましょう。

「だから、ぼくの教師としてのポリシーから言えば、
 野田君がいやがるなら江藤君には渡したくない。
 でも最近何かが変わってきた気がするんだ、野田君。
 本人は気づいてないかもしれないけど、何かが。
 それ見てみたいんだよね、一個人として。」

最初の一文では、谷岡先生はパターナリスティックな教育を嫌っています。
しかし次の文で、彼はのだめの才能、最近の変化を見抜いています。
そして、教育者としてではなく 「一個人として」 という言い方ではありますが、
その正しい方向への成長を応援することを表明しています。
もちろん、一個人として見てみたいと言っているだけなら、
それは教育とは言えないでしょう。
しかし、本当に谷岡先生はただの 「やる気のない教師」 だったのでしょうか。
けっしてそんなことはありません。
先ほど私は、「本人に 『やる気』 を出させる技術」 という言い方をしました。
「本人に 『やる気』 を出させる熱意」(= 「やる気」) ではなく 「技術」 です。
谷岡先生はまさにその 「技術」 を持っていたように思うのです。

のだめは3年間ずーっと幼稚園の先生を目指して勉強していたのですが、
それが 「いわゆる上」 を目指すように変わっていったその出発点はどこだったでしょうか。
それはマンガ、ドラマのわりと始めのほうで、
谷岡先生のレッスンのなかで、のだめと千秋真一で連弾するよう言われたところからでした。
しかも、谷岡先生は2人の連弾を指導するのではなく、
千秋にのだめの指導をするように命じます。
谷岡先生から直接いろいろ細かい技術的な指導を受けたとしても、
おそらくのだめは言うことを聞かなかっただろうと思いますが、
大好きな千秋先輩の言うことだから一生懸命ついていったのです。
もちろんこれですぐにのだめは上を目指すようになったわけではありませんが、
ストーリーのなかの要所要所で、のだめは外からイヤイヤ強制されるのではなく、
自らの自由意志で演奏技術の向上を目指すようになっていきます。
パターナリズムを強制されてしまうと人はそれに反発してしまうものですが、
自分の意志でその本来進むべき道を選択できるように上手に導かれるならば、
ゆっくりと時間をかけてではありますが、人は正しい道へと修正されることができるのです。
それこそが高度な教育の技術だと言えるでしょう。
谷岡先生はまさにそういう技術をもった優れた教員だったのです。
「野田君、最近何かが変わってきた気がするんだ」 というその最初のきっかけを作ったのは、
谷岡先生自身にほかならなかったのです。

しかも、その連弾は実はのだめのためというよりも千秋のためだったことが判明します。
ピアノ科のトップではあるものの煮詰まってしまい壁を越えることができずにいた千秋に、
後輩の指導をさせることによって一皮むけるよう谷岡先生は導いていたのです。
まあ、このへんは作り話ですから、実際の教育技術としてどこまで実践可能かわかりませんが、
教師が直接あれこれと指示したり教えたりするのではなく、
生徒に今必要なものを見抜き、本人が熱心に取り組めるような課題をそのつど適切に与えてあげる、
そういう教育の技術を谷岡先生は教えてくれていたのではないでしょうか。
現代の教育界においては、ハリセン型の熱血教師よりも、
谷岡先生のようなファシリテーター型の教師のほうが求められているように思います。
つまり、本人の主観的やる気をうまく利用しながら、本人が気づいていない客観的才能を育み、
いつの間にか客観的やる気を引き出してしまうような理想の教師です。
したがって私に言わせると谷岡先生は、
「やる気のない生徒にやる気を出させるような技術をもった教師」 ということになるのです。
4日間にわたりご清聴ありがとうございました。
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谷岡先生の教育哲学 (その3)

2012-03-24 16:50:54 | 教育のエチカ
風邪をひいてしまったみたいです。
論文の締切に追われていてちゃんとろくに寝ていなかったのと、
にもかかわらずの連夜の送別会攻撃でだいぶ弱っていたのでしょう。
昨晩まではあんなに元気に飲み回っていたのに、
今朝になって急にやられてしまいました。
ひどく喉が痛いですが、インフルエンザとかではないことを祈ります。

さて、谷岡先生シリーズの第1回目で彼の名ゼリフを紹介しましたが、
実は谷岡先生のセリフはあれで終わりではなく、続きがあるのでした。
それを全部引用してみましょう。

「ぼくはね、やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師じゃないんだよ。
 でも生徒は大事なお客様だから、生徒の夢や希望をかなえるための努力や協力はしてやりたい。
 その結果、ぼくは3年間 「もじゃもじゃ組曲」 やら
 「おなら体操」 なんかの指導に尽力してしまったんです。
 だから、ぼくの教師としてのポリシーから言えば、
 野田君がいやがるなら江藤君には渡したくない。
 でも最近何かが変わってきた気がするんだ、野田君。
 本人は気づいてないかもしれないけど、何かが。
 それ見てみたいんだよね、一個人として。」

谷岡先生、ただ者じゃありません。
昨日言ったように、たんなる 「オチ専」 でもやる気のないダメ先生でもなく、
実はものすごく優れた教育者なのです。
まず驚かされるのは、谷岡先生は生徒のことを 「大事なお客様」 と呼んでいます。
したがって彼は、世のいわゆる大学教授たちのように、
学生のことなんかそっちのけで自分の研究にのみ没頭しているような人ではありません。
「生徒の夢や希望をかなえるための努力や協力はしてやりたい」 とまで言っています。
教育学部の頃から人間発達文化学類となった現在に至るまで、
教師になりたいとか、あるいは何の職業でもいいですが何かになりたいといった学生たちの夢の、
手助けをしてあげたいと考えていたり、実際にそのための授業を実践している教員が、
うちにどれくらいいるでしょうか。
私も含めて多くの大学教員は次のように言うでしょう。

「大学は就職のための予備校や専門学校ではない。
 大学は学問の場であって、学問を通して学生たちを鍛えるのが大学である。
 教師になりたいとか公務員になりたいとか、就職に関することは学生本人の問題である。」

これはある種、正論だと私は思っています。
しかし、そこには谷岡先生のような学生のニーズに対する温かい眼差しはありません。
そう考えると、谷岡先生って現代の日本の大学の中でも最左翼の、
きわめて珍しい教育熱心な教師だと言えるではありませんか。
やる気ないどころか、むしろものすごくやる気に溢れていると言ってもいいくらいです。

だとすると、谷岡先生はなぜ自分のことを 「やる気のない教師」 だなどと卑下したのでしょうか?
実はこのマンガやドラマのなかで 「やる気」 というのは、
もうちょっと限定された文脈で使われています。
「その1」 で私が書いたような皮相なレベルで 「やる気」 のあるなしは捉えられていないのです。
そのためには先ほどのセリフの後半部分を読み解いていく必要があります。
やっと一番言いたかった話にたどりつきそうですが、もうハアハア状態ですので、
続きは明日、風邪から回復していたら書くことにいたしましょう。
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谷岡先生の教育哲学 (その2)

2012-03-23 17:55:58 | 教育のエチカ
昨日書いた 「谷岡先生の教育哲学 (その1)」 に対して、
うちの学生から次のようなコメントをもらいました。

「大学での教育について考えてみると、大学とは本来学問の場であり、
 その分野に興味のある人間が集まるはずです」

真面目かっ!! (トシ風にツッコむ)
そんな福大生はおらんっ。
いたとしてもごくごく少数だと思います。
全国の大学を見渡してみたとしても、
旧帝大をはじめとするきわめて限られた研究大学にはそういう大学生がいるかもしれませんが、
福島大学のような研究者を養成するのではない、
普通の社会人を養成するための一般的な大学には、
そういう大学生は本当に数えるほどしかいないというのが実情です。
ですからその方の言うように、基本的には興味のある人向けの話を軸に授業をし、
ない人向けについての話は少なくてもいい、なんていう方針で講義をしたら、

みんな寝ます!!

ていうか実際にみんな寝てました!!!

福大に来た最初の頃はそんな授業をやっていたのですよ。
それがまったく通用しなかったから、私は苦悩していたわけです。
自分の助言クラス (今で言うオリエンテーションクラスや学習クラス) 所属で、
よく顔も知っているような学生たちが平気で私の講義中に、
寝ちゃったり、私語してたり、英語や非英の内職やってたりするんですよ。
今どきの大学生をなめちゃいけません。
批判をおそれずにはっきり言っちゃいましょう。

今どきの一般的な大学生は何の興味も関心もありませんっ!!

いや、この言い方はちょっと言い過ぎというか間違ってるかな。
彼らももちろん興味・関心がないわけではないんですが、
それは学者がやってる学問とはちょっとズレちゃってるんだなあ。
例えば人間発達文化学類の地域生活文化クラスを志望してくる子のなかには、
日本史が好きです、幕末のことを研究したいですとかいって入学してくる子がたくさんいます。
でもそれってNHK大河ドラマとか、せいぜい歴史小説が好きですというくらいの話なのです。
それは歴史学、日本史学とはほとんど何の関係もありません。
他人の心が読めるようになりたいとか、メンタル強くなりたいとかいうのが、
学問としての心理学とは何の関係もないのと同様です。
だから、好きな分野の学問のことが学べると思って入学してきた新入生たちは、
自分の興味・関心と、授業で先生たちが話してくれることのギャップにすぐに気がつき、
大学の授業に対する一切の興味・関心を失ってしまうのです。
これはまあ、高校までの各教科・科目と大学でやってる学問にズレがあることも一因ですね。
というわけで、今どきの一般的な大学生は大学でやってる学問に対して何の興味も関心もなく、
したがって授業に対してやる気を失い、
あとは部活かバイトに専念する 「やる気のない」 学生になってしまうのです。

だから今どきの大学には、「やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師」
が必要になってくるのです。
昔のように毎日研究のことだけ考えて、あとはそれについてこられる学生だけ面倒みる、
というわけにはいかなくなってしまったわけですね。
そして、これは大学に限らず小・中・高の先生方も同じでしょう。
一般的に年を取れば取るほど興味・関心は薄れ、やる気は失せていきます。
ちっちゃい子どもたちは好奇心いっぱいで、
いろいろなことに興味・関心をもっていたはずなのですが、
家庭や学校は1つ1つ着実にその芽を摘んでいってしまうのですね。
だから小学校にも中学校にも高校にも、
「やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師」 が必要になってきます。
というかやる気はなくてもいいけれど、
少なくとも興味・関心をもたせてあげることのできる技術をもった教師が必要です。
ですので、
「ぼくはね、やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師じゃないんだよ」
とだけ言って開き直っているわけにはいきません。
そして実は、谷岡先生はそんなふうに言いながら、
たんなる 「オチ専」 でもダメ先生でもなく、ものすごく優れた教育者なのです。
でも、今日もまたこれから送別会に行かなきゃいけないので、その話はまた明日。
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谷岡先生の教育哲学 (その1)

2012-03-22 10:55:54 | 教育のエチカ
古い話で恐縮ですが、今ある仕事でちょっとお世話になっているために、
谷岡先生のことを思い出してしまいました。
みなさん、谷岡先生ってご存じでしょうか?
谷岡肇先生です。
そうです、『のだめカンタービレ』 に出てくる音大のピアノ科の先生です。
主人公の野田恵 (通称 「のだめ」) が音大での最初の3年間お世話になっていた先生です。
私はこの作品、マンガドラマも見ましたが、
ドラマのほうは絶妙のキャスティングで原作マンガの世界をみごとに実写化していました。
そのドラマでは谷岡先生の役を西村雅彦が、
カツラをつけあのおでこを封印して演じていました。

谷岡先生は学生たちから 「オチ専」 というあだ名をつけられています。
落ちこぼれ専門のダメ先生という意味です。
この人のセリフがいいんだなあ。
教育というものについていろいろと考えさせられます。
何回かに分けていくつかのレベルで考察していきたいと思いますが、
最初にすっかり共感してしまったのは、
谷岡先生が自分のことを分析してみせたシーンでのセリフでした。

のだめは音大に入ってもそのピアノの才能を見出されないまま、
本人も幼稚園の先生になることを目指して教員免許の勉強ばかりしていました。
その間、のだめの担当をしていたのが谷岡先生です。
ところが3年生のときにあることがきっかけでのだめの才能が知られるようになります。
するとたちまち担当替えさせられて、
エリート専門の 「ハリセン」 こと江藤耕造先生がのだめの担当ということになってしまいます。
しかし、のだめとハリセンは反りが合わず、
のだめはハリセンのレッスンを避けて逃げ回っています。
そんな様子を見ていたのだめの恋人 (?) 千秋真一は、
谷岡先生に今まで通りあなたが担当してやればいいじゃないですかと迫るのですが、
それに対して谷岡先生はこう答えたのでした。

「ぼくはね、やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師じゃないんだよ。」

ちょっと長めでスラスラとは言いづらいんですが、
「人民の人民による人民のための政治」 を彷彿とさせるくらいの名ゼリフです。
そして、まさに谷岡先生らしい、みごとな自己分析になっています。
このセリフを初めて聞いたとき、塾で教えていた頃の自分、
福島大学に来たばかりの頃の自分とピッタリ重なり合ってしまいました。
これまでにも何回か、大学院時代に、
中萬学院という塾で非常勤講師をしていた頃の話を書いたことがありますが、
そのうちのひとつでこんなふうに回想したことがあります。

「最後まで授業に対する苦手意識は払拭できませんでした。(中略)
 塾の場合、成績別クラス編成になっていて、
 最後の頃になると、わりと成績のいいクラスなら何とか教えられるようになっていましたが、
 勉強が嫌いでだから勉強ができないという子たち相手ではまったく歯が立たず、
 自分は教師には向いていないなあと痛感させられる毎日でした。」

自分はそういう、やる気のない生徒にやる気を出させることができないやる気のない教師でしたが、
塾にも、専任・非常勤問わず、すごい先生はいるんですねぇ。
「やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師」 が。
私がいくらがんばっても、話は聞かない、ノートも取らない、
何も答えない (答えられない)、宿題なんか絶対にやってこない、みたいなクラスであっても、
そういう先生たちの授業のあとはみんな目を輝かせて職員室にやってきて、
なんかいろいろと質問とかしちゃったりしているんです。
はっきり言ってものすごい嫉妬を感じるとともに敗北感にうちのめされていましたね。
ここで植え付けられた、自分は教師に向いていないという感覚は、
大学に赴任してからもけっこう長い間持続していて、
授業に対する苦手意識を払拭することができずにいました。

谷岡先生のあのセリフに出会ったのは、そうした苦手意識から脱却できた後のことでしたが、
もっと早くに知っていれば、もっと早く気がラクになれていたかもしれません。
自分のことをあんなふうに言い切れる、そんな教師がいてもいいんだなあという、
安堵感を与えてもらうことができました。
言われてみれば大学の教員ってほとんどこういう人ばかりですよね。
高度に専門的なことを学ぼうという意欲をもって入学してきた大学生の相手はできるけど、
その科目に何の興味も関心もないような学生にやる気を出させることなんてできない。
自分はその分野に最初から興味があったから大学院まで進んで研究者になったけど、
そうじゃない普通の大学生のことなんてまったくわからない、
彼らに自分のやっていることの楽しさを伝える伝え方がわからない、それが大学教員です。
そこに安住していいとは思いませんが、
まずはそのことをしっかり自分で認める必要があると思うのです。
そういう自覚を与えてくれたという意味で、あのセリフは私にとって天啓でした。

この考察、まだ続きます。
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