逡巡 しゅん‐じゅん
[名](スル)決断できないで、ぐずぐずすること。しりごみすること。ためらい。
吉祥寺恋色デイズ 茶倉譲二の妄想小説。
譲二目線から本編のお話を眺めてみました。
ネタバレありです。
前回9話の後、ゲームでは1ヶ月後のイギリスが舞台になる10話になります。
ヒロインの前には、自信たっぷりの譲二さんが現れます。
でも、ヒロインがいなくなって1ヶ月の間、譲二さんは一体何をしていたのでしょう?
ヒロインの目には余裕があるように見える譲二さんですが、本当にそうなんでしょうか?
この9話と10話の間を私なりに妄想してみたのが、今回のお話です。
譲二さんのメールには「百花ちゃんがいないくなって、ダメな大人になってしまった。」という言葉があります。
1ヶ月もの間、ヒロインの前に現れることのできなかった譲二さんには「逡巡」の物語があったことでしょう。
☆☆☆☆☆
茶倉譲二プロフィール 喫茶クロフネのマスター
身長:183cm 体重:70kg
血液型:O型 特技:歴史語り
特徴:歴史オタク
ヒロインの初恋の人。公園でサンドイッチをもらったり、抱っこしてもらったりしてた。
☆☆☆☆☆
逡巡(しゅんじゅん)その1
「百花ちゃん…」
二日酔いでズキズキ痛む頭を持ち上げ、時計を見る。
5時半。
もう、弁当を作ることもないのだから、こんなに早く起きる必要はないのだが、いつもこの時間に目が覚める。
苦笑いして、もう一度布団を頭からかぶった。
彼女がいなくなってから、俺の生活は荒れている。
クロフネはいつも通りに開けているのだが、ぼんやりしていて、ミスも多い。
百花ちゃんがそこにいるつもりで声をかけてしまったり、夕食の時など、ついつい二人分の材料で作ってしまったり…。
彼女がここに来たのは数ヶ月前からだったのに、しっかりクロフネの一部になってしまっていたようだ…。
いや、俺の一部と言うべきかな…。
なぜ、あの時もっと強く抱きしめて、つなぎとめておかなかったのだろう…。
あの時自分の気持ちにもっと素直になって好きだと言っていたら…。
わき上がる後悔に胸がしめつけられる。
いや、これでよかったんだ。
若い彼女にはもっと若くていい男がふさわしい。
☆☆☆☆☆
逡巡(しゅんじゅん)その2
その日、休みではあるけれど、いつまでも起きてこない百花ちゃんを起こしに2階へ上がった。
いつものように軽くノックする。
譲二「百花ちゃん、そろそろ起きないと。朝ごはん、できてるよ。」
ぐっすり眠っている時はいつも返事がないので、そっと戸を開けて部屋に入った。
譲二「…」
ベッドはきれいにメイキングされていて、彼女の姿はどこにもない。
部屋を見回すと彼女の持ち物がきれいになくなっていた。
胸騒ぎがして、机の上をみると花柄の封筒が数枚置いてあった。
手に取ると、「佐東一護様」「種村春樹様」「八田竜蔵様」「湯野剛志様」「初音理人様」と宛名が書いてあった。
震える手で「茶倉譲二様」と書いてある封筒の封を破り、便箋を開いた。
譲二「…」
『♪簡単カルボナーラのレシピ♪
普通に作ると時間がかかるけど、私が考えた簡単で美味しいカルボナーラのレシピです。
材料…』
(何なんだよ! これ!?)
頭が混乱したまま、とりあえずそれらの封筒をポケットに突っ込み、階段を駆け下りながら携帯を出して、百花ちゃんに電話をかける。
『現在、この電話は電源が…』
直ぐにメールに切り替えて「今どこにいるの?」と打った。
(どうすればいい?!)
(そうだ! あいつらなら何か知っているかもしれない。)
こんな時に一番頼りになりそうな春樹に電話してみる。
春樹「あれ、ジョージさん。こんな朝早くからどうしたんです?」
譲二「百花ちゃんが手紙を置いて出て行ったみたいなんだ」
春樹「ええ!! 佐々木がですか?! 」
譲二「ハル、何か心当たりはないか?」
春樹「いえ。この間から元気がなくて悩んでいるみたいだったけど、ここ数日は少し明るくなって、何か吹っ切れたのかなぁと思っていたんですけど…。手紙にはなんて書いてあるんですか?」
譲二「それが…。手紙はおまえら宛のしかないんだ…。勝手に開けるわけにはいかないから、みんなに声をかけてクロフネに来てくれないか? 何が書いてあるか読んで教えて欲しいんだ。」
最後の言葉は声を絞り出すようにしてつぶやいた。
春樹「分かりました。すぐみんなに連絡してそっちへ行きます。だから、落ち着いて待っていてください。」
譲二「ああ、こんな朝早くからすまないね。」
☆☆☆☆☆
ヒロインは大好きな譲二さんへの手紙は何度も書こうとしたけど、どうしても書くことが出来なくて結局カルボナーラのレシピだけを残していくんだよね。
でも、譲二さんにしたら訳がわからないし、みんな宛の手紙を勝手に読むわけにもいかないしで、結局後手後手にまわることになる。
こんなときに譲二さんが相談するとしたら、やっぱり一番頼りになるのはハル君。
ハル君は自分のことではなかなか冷静になれないし、不器用だったりするけど、他の仲間のことは親身になるし、冷静な判断もできるし、頼りになるよね。
☆☆☆☆☆
逡巡(しゅんじゅん)その3
まだ寝ていた者もいただろうに、20分くらいで全員クロフネに集合してくれた。
俺にとっては数時間にも思えたが…。
みんなに封を開けて読んでもらい、差し支えない範囲で内容を教えてもらうことにした。
剛史「俺の名前の漢字が間違ってる…。」
一護への手紙
『一護くんへ
今まで、ありがとう。
一護くんは意地悪だっていつも言ってたけど、本当は色々気を使ってくれていたんだよね。
ちゃんとわかっていたよ。
小さい頃からずっと大好きだったよ。
本当はもっとみんなとずっと一緒にいたかったけど、私がいるとマスターは明里さんと結婚できません。
マスターの幸せを邪魔していると思うと(涙がにじんだ跡)、辛くてたまらないんだ。
だから、両親もこっちへおいでと誘ってくれたし、イギリスへ行く事にしました。
一護くんやみんなにちゃんと話さなきゃと思ったけど、話すと心がくじけてしまいそうで、みんなには黙って発つことにしました。
学校の手続きはもうしてあります。
先生にもみんなには話さないように頼みました。
…』
どの手紙にも同じような事が書いてあった。
(百花ちゃん、なぜ俺には手紙をくれなかったんだ…?)
呆然としている俺に、みんなは口々に声をかける。
一護「マスター、携帯は…つながらないのか?」
春樹「メールも?」
黙って頷く俺。
一護「マスター、行こう!!」
譲二「…どこへ…?」
理人「決まっているじゃん、空港へだよ。」
剛史「搭乗手続きに時間がかかるから、まだ間に合うかもしれない。」
竜蔵「俺らも一緒に行って手分けして捜すから。」
春樹「ジョージさん、空港で待っているようにって、メールもしといた方がいいんじゃないかな。」
☆☆☆☆☆
剛史君はこんなときでもツッコミが笑わしてくれる。
みんなの手紙を読んで、初めて譲二さんにもことが理解できたわけだけど、みんなの手紙には「ハル君大好き」「一護君大好き」って書いてあるのに、なぜ自分だけが手紙をもらえないのか訳が分からない。
何の相談もなしにヒロインが両親の元に帰ってしまったというのも、すごくショックだったと思います。
この「みんなを集めて手紙を開示→事情判明→出国阻止」をしている間に、手遅れになっちゃったんだよね。
☆☆☆☆☆
逡巡(しゅんじゅん)その4
メール
『百花ちゃんへ
イギリス行きの、何時の便?すぐに行くから、絶対、行っちゃダメだ!必ず空港で待ってて。
譲二』
☆☆☆☆☆
空港内をみんなで捜し、イギリス便への搭乗者を見張ったりしたが、結局、百花ちゃんを見つける事はできなかった。
百花ちゃんは明里と俺との事を誤解したまま行ってしまった…。
明里のことはもう何とも思っていないと否定したのに、信じてはもらえなかったのか。
いや、それより俺のために身を引こうと思い詰めるぐらい俺の事を思っていてくれたなんて…。
俺に好意を持っていてくれているとは感じていたが、そこまで好きでいてくれたのか。
それがもっと早く分かっていたら……。
なにより、百花ちゃんがいなくなることで、俺自身がどんなに百花ちゃんを愛しているかを思い知らされた。
俺は自分の本当の気持ちに気づいて、ただただ驚いた。
そして、百花ちゃんが側に……俺の側にいないことがこんなにも辛いことだとは…。
☆☆☆☆☆
それまで、ヒロインの気持ちに自信が持てなかった譲二さんだったわけだけど、やっと自分を好きでいてくれたことに気付くことができた。
そして、ヒロインが自分に取ってどんなに大切な存在だったかも気付いたわけだけど…。
☆☆☆☆☆
逡巡(しゅんじゅん)その5
♪~
百花ちゃんのママ、佐々木良子さんからのメールが届いた。
良子さんからのメールは、「百花がイギリスに着いたよ。」という簡単な連絡メールの後、2週間ぶりだった。
メール
『譲二君へ
元気にしてる?
百花が日本にいる間はお世話になりました。
本当にありがとう。
朝晩の食事やお弁当まで、譲二君に作らせていたんだって?
一緒に住んでいた間はあまり料理はさせてなかったから…。
何もできない娘を預けたりして本当にごめんなさいね。
百花がこっちに来たいと突然言い出した時には本当にびっくりしました。
そちらで譲二君や春樹君達と楽しく過ごしている様子のメールがよく届いていましたから。
もちろん、百花がいなくて寂しい私たちは、冗談半分、本気半分で「百花もこっちへおいで」という手紙を送りましたが…。
まさか本当にイギリスに来てしまうなんてね。
百花がそれでいいなら私たちも別に構わないのだけど…。
でもねぇ…。
こちらでの百花はとても明るくてはしゃいでいるのだけど…。
なんだか、ちょっとした折りにふと見ると、涙をこらえるような思い詰めた顔をしてぼーっとしていることがあるの。
単刀直入に聞くわね。
そちらで何かあった?
百花、本当は日本に帰りたいのじゃないかしら?
譲二君しか、こんなことを聞ける人はいないから。
分かる範囲で教えてください。
お仕事が一段落して時間のある時にメールしてね。
良子より』
☆☆☆☆☆
ヒロインの母は元々譲二さんのメル友なんだから、ヒロインがイギリスに行ったら譲二さんに対して何らかのリアクションはあるはずなんだよね。
ヒロインは両親の前ではきっと元気に振る舞うけど、女親なら本当の気持ちにも気付くはず。
☆☆☆☆☆
逡巡(しゅんじゅん)その6
時計を見る。
0時20分。
(イギリスじゃ今は午後の3時過ぎだな。今なら電話しても大丈夫だろう。)
震える指で良子さんの携帯番号を押す。
譲二「もしもし、良子さん。お久しぶりです。」
良子「あら、譲二君。どうしたの? もしかしてメールを読んでくれた? ごめんね、そちらじゃ夜中でしょ。明日にでもゆっくり読んで返事をくれればよかったのに。」
譲二「あの、良子さん。今、時間は大丈夫ですか? よかったら、ちょっとご相談があるんです。」
良子「(笑)なあに? 改まって。譲二君の相談にのるなんて久しぶりね。」
譲二「百花ちゃん…、お嬢さんをもう一度、俺に預けてくれないでしょうか?」
俺はこれまでのこと、自分の気持ち、百花ちゃんは俺が明里を好きだと誤解している事、つっかえつっかえすべて話した。
良子さんは昔のように優しく相槌を打ちながら、俺の気持ちを引き出してくれた。
良子「そう。あの百花と譲二君がね。それで、あなたはどうしたいの?」
譲二「百花ちゃんに日本に帰って来てもらって、今まで通りに暮らしたいです。」
良子「それは…そうねぇ、私に言うのではなくて、直接百花に言ってごらんなさい。」
譲二「えっ」
良子「こっちに来るのは遠くて大変だから、申し訳ないとは思うんだけど…。そういうことは百花に直接言った方がいいわ。」
譲二「そうでしょうか…?」
良子「そうよ。元々百花を譲二君に預けたのは、あなたが快く引き受けてくれたのもあるけど、私的には百花のことを譲二君なら幸せにしてくれるんじゃないかなと思ったからよ。」
譲二「え…」
良子「もちろん、百花はまだ高校生だからそういうことはまだ早すぎるけど…。
百花は昔、譲二君のことが大好きだったしね。
譲二君には彼女ができたとかの話もまだなかったし、久しぶりに会わせてみてお互いに気に入るようだったら、ゆくゆくは結婚相手として考えてみてもいいんじゃないかしらって。」
譲二「俺が百花ちゃんに手を出したりしないか、心配しなかったんですか?」
良子「それは…(笑)。譲二君ならそんな変な事はしないでしょ。これでもあなたの性格はよくわかっているつもりよ。それに百花に変な男が近づいてきたらちゃんと追っ払ってくれるでしょ?」
譲二「…」
良子「百花が譲二君のことをお兄さんとしてしか思わないようなら、それはそれでいいと思ったの。譲二君には、誰かお似合いの女性を探してあげてもいいなぁと思っていたから。
雨の公園で、迷子の子犬のようにあなたが泣きそうな顔で座っていた日の事は、今でも忘れられないわ。あの譲二君には、私、温かい家庭を築いて幸せになってもらいたいのよ。」
良子さんの優しい言葉に、俺はただただ静かに涙を流していた。
☆☆☆☆☆
逡巡(しゅんじゅん)その7
良子さんへの電話を切った後、俺は決心した。
イギリスへ行こう!!
そして絶対に百花ちゃんを日本へつれて帰る!!
まず、疲れた頭と体を休めようとベッドに入ると、良子さんとの会話で安心したのか、久しぶりに朝までぐっすり眠った。
翌朝、まず体からアルコール分を抜くことから始めた。
シャワーを浴び、うすいコンソメスープと濃いブラックコーヒーを飲み、大掃除をする。
1階も2階もすべての窓を開け放って淀んだ空気を追い出し、厨房や俺の部屋に転がる酒瓶を回収してまとめた。
掃除をしながら、2週間の間にこんなにも薄汚れてしまったかと苦笑いする。
こんなんじゃ、百花ちゃんが帰ってきたらびっくりするな。
さすがに百花ちゃんの部屋に入ると胸が痛んだが、構わず機械的に掃除をする。
午前中働き続けるとさすがに空腹を感じたので、食事を作ることにした。
(そうだ百花ちゃんが置いて行ったあのカルボナーラのレシピを作ってみよう。)
厨房にいい匂いが立ちこめる。
(それにしても、どうして俺だけが手紙をもらえず、カルボナーラのレシピだけなんだろう…。やはり、百花ちゃんは俺のことなんか、好きではないんじゃ…。)
不安がよぎる。
良子『今の話を聞いた限り、百花は譲二さんのことが大好きだと思うわ。もっと自信を持って。』
良子さんが言ってくれた言葉を思い浮かべて、気持ちをなだめる。
良子『譲二君が本気になったら、どんな女の子でも夢中になるわ。』
(明里以外はね。)
…ああ、だめだ、だめだ。
カルボナーラを一口食べてみる。
味はしっかりついているが、くどくなく優しい味。
(まるで百花ちゃんみたいだ。)
☆☆☆☆☆
頭を整理してどうやってイギリスへ行くかを考えた。
ふと思い出して、明里から来ていた結婚式の招待状を開いてみた。
返事はまだしてなかったが、たしかイギリスで結婚式をあげると書いてあったはず。
招待状の日付を確かめる。
ちょうど2週間後だ。
よし、これにひっかけてイギリスへ行こう。
明里の元婚約者なんだから、これぐらい利用させてもらっても罰は当たらないだろう。
逡巡 おわり
☆☆☆☆☆
この後は本編10話に続きます。
10話も譲二さん目線で書いてみたいと思います。