ケン坊のこんな感じ。
キーボーディスト、川村ケンのブログです。




うわー。

すごい、すごい。

このブログを読んでくださってる方々が、・・・ほんとに、とっても沢山の方が、

自分じゃない誰かのためのことを、考えてくれている。

今までもずっと考えていてくれた方も、、また一歩踏み出して深く考え始めてくれているんじゃないかな

そう、感じます。

本当に嬉しいな。

 

中には、なんとスポンサーの先輩も。

そして、たまたま僕と同じ時期に、アクションを起こしてくれていた方も。

とってもとっても、心強いです。本当に、嬉しいです。

 

お金の価値はさまざまです。時によって、というか、年齢によって変わってきます。

「若いうちってよ、暇はやたらあるけど、ほんとに金が無いんだよな(笑)。でもそれが若い、ってことなんだぞ。年取ると、今度は時間が無くなるんだ。まぁ、と言って俺は今でも大して金があるわけじゃないけどな(笑)。」という、学生の時のバイト先のおっちゃん(←トラックの運ちゃん)の言葉をよく覚えています。僕は「そうすかー。ほんと、金無いっすー。」って言いながら、助手席で聞いてました(でも、無いって言っても、・・・実家に住んでて、バイトして、バンドしてて、楽器もいくつか持ってて、バイクまで乗ってて・・・もう、めちゃくちゃ甘いです。でもそれが当時の感覚でした。)。暇に関しては、当時はそんなにあるとは思ってなかったけど、・・・思い返すと、やっぱり学生時代って、実は時間があったんですよね。ほんと、結構にもったいないことしましたよ(笑)。

 

さてさて、ですからね皆さん、どうか、ご自分の出来る範囲の事をすることにしましょうよ。牛乳パックをごみ箱に捨てないでリサイクルに廻すだけでも、地球の為なんですし、ひいては、誰かのためになるんですもの。ほんと、募金とか、支援なんていう具体的なお金が関わることじゃなくて、全然いいと思うんです。できることで、無理なく、が良いですよ。でないと、ムリしたら、まず気持ちが辛くなってしまいます。自分は一番に大切にね。まずは自分を可愛がることをしないとですよ。

自分を心から愛せない人には、決して他人は愛せない、って言いますよね。だから、

「自分大好きー!」

って胸を張って言ってしまいましょう。そして、できるだけいつもそう言えるような、自分でいましょ

 

でも、ちょっと戻って、少しだけお金の話しようかな。僕の考え方なんですけどね。

昔ね、「ラーメン一杯が500円って決まってるなんて、不公平だ!」って思ってた事があります。「僕はこんなに大変な思いをして暮らしてて、ラーメンだって我慢して我慢して、やっと時々食べてるのに、お金持ってるヒトも500円で食べられるなんて。彼らには一杯3000円、いや、何なら10000円にでもすればいーんだー。で、僕の分を100円にしてくれたらー。」

なんてね。・・・うーむ、こう思ってた事は今でもはっきり覚えてますけど、若いなー(笑)。時代がもうすこし早ければ、学生運動にでも参加してそうですよね(笑)。

でも、こういうのって、若い人間なら誰しも感じる、典型的な「おいおいー、この社会ってなんだかやけに不公平じゃないか?」って感覚だと思うんですよ。これを、突き詰めると共産社会主義者になるんですが、でも、皆一度くらいは同じような事を考えることはあるんじゃないでしょうか。

歴史を見れば、こうした不公平感を爆発させてね、民衆に大きな社会主義運動が起こって、実際に沢山の国が生まれたんですよね。ソ連に代表される、「東側」と言われた国々。東ドイツ、ルーマニア、ハンガリー、チェコスロバキア・・・現在でもお隣の北の方の国、キューバ、ヴェトナム、あと、中国は民主化はされてますし、資本主義が入っていますが、まだ事実上は社会主義国家ですね。

(このあたりの「資本主義」だの「共産主義」だ、「社会主義」だの「民主主義」だの・・・定義付けは、けっこう複雑でややこしいのですが、解ると、とても面白いですよ。そのうち、また書きましょうかね)。

でもね、僕は社会主義者にはならなかった。そこまでの反社会的エネルギーを持たなかった、持つ気概が無かった、というのもありますが、結局資本主義の中でどうやって食べていこうか、ということに専念していました(ちなみに、ソ連が崩壊したように、ほとんどの社会共産主義国家は、国家経営に失敗しました。考えるとよさそうでも、実際やるとなると、とっても難しいんですね)。・・・はい、見事に話が脱線しましたね(笑)。

さて。そして、どうにか、ラーメンは食べられるようになりました。でも僕は、決してそんなお金持ちじゃあありません。でも、好きなときにラーメンは食べられるようになりました。だとしたら、何かしなくちゃ。そろそろ、そういう時期では、と。昔、僕が「いつもでラーメン食べれるヤツは」、って思ってたなら、きっと今の僕は当時の僕にそう思われる側になった分、何かしなくちゃ、なんですよ。「今、僕はこうしてるよ」って、言えるようにね。

だから、お金持ちの人ってね、それはすごい努力の結果だったり、ある種ひとつの才能なんだから、それを生かしたお金の使い方をしてくれれば、別にそれでいいと思うんですよ。色んなことができるチャンスを手にしてるわけですから。

 

でも自分のことね、・・・将来はわかりませんよ。僕がいつか、全然お金無くなっちゃって、スポンサー支援が出来なくなるかも・・・って、考えましたよ。でもそれ言ったら、そもそも家賃だって払っていけるかどうか、って話なんですけど。でも、先のことなんて、いくら考えたって答えは出ませんし、東京タワーのてっぺんで逆立ちしたって一ミリだって見えてこないし、どうしても判らないんですから。タイムマシンを持ってるドラえもん、今のところはまだ来てくれてわけですし(笑)。でもとにかく、どうしても一日100円の余裕が出せなくなりそうなら、・・・その前に削る事、工夫出来ることは、今の僕の生活を見回して探せば、もう数え切れないくらいあるじゃろ?、と思ったんです。

というかね、むしろ、

「じゃあ、その子のためにもっと頑張ればいいじゃない。

むしろ、その子の存在が、また自分にとって新たなパワーになるんじゃない?」って。こう、良い循環になればいいわけですよね。

 

これは、もうすでに正解だと思えるんですよ。ほんと、頑張りたいですもの。彼女の為に、と頑張れる。もちろん、支えてくれている沢山の方々の為にも、ですが。それが、倍にもなった気持ちがします。(・・・親になるって、きっと、こういうエネルギーの塊のような人(笑)、になるってことなんでしょうね。なんか少し実感できた気がしてます)。

9歳のフリーダちゃんが18歳になるまで(スポンサー支援としては、年齢的なゴールです)支援できたらそれはそれでとても凄い事。でも、それはまだまだ長い道のり。それよりも、とにかく今の彼女を、少しでも今の僕が支えられるなら・・・、今、それをすればいいじゃない、って考えています。

幸せな国、日本に住む、幸いにも健康な39歳の僕は、・・・もう、それくらいはできるようになった、はず。

・・・だってほら、牛乳パックも、いつの間にかめんどくさがらずにちゃんと開いて乾かせるようになったんだから(笑)。

 

よし。すごい眠いけど、・・・もうちょっと、がーんばろっ

ではー。

---追記。---

なんか、遠まわしにでも支援を薦めるような内容になってしまった気がしますが、でもね、こういうことは、始めるというか、踏み出すチャンスって、人それぞれだと思うんです。お金じゃなくて、なんかこう、自然と気持ちのスイッチが、ある意味勝手に入る日、ってのがあると思うんです。

なので、今はまだちょっと、って思われてても、決してそれは恥ずかしいとか、引け目に感じる必要はないと思うんですよ。その方の人生にとっては、時期がまだ来てない、ってことだけなんですから。ほら、僕なんて、40歳を前にして、やっとちょっと・・・なんですから

それより、ほんとうに身近なことで、「これでも誰かのためになるかもね」、ってことを心がけてるだけでも、世界はきっと良く変わります。せめて、「誰かに余計な迷惑をかけないように」なんてこと位を、日々うっすらと考えて生活するだけでも、遠く離れた国や町の環境が、ちょっと良くなるんですから

 

それと、フリーダちゃんへのプチ贈り物のアイデア、たっくさん、ありがとうございました。参考にさせていただきますー。送るには、軽くて、大きさもかさばらないものを、とのこと。そして、高価なもの(そう見えるもの)は避けて、総額で500円くらいまでにした方がいいなんだそうです。現地の状況を考えると、納得ですよね。うおー、早く買いにいきたいなー

ではー。



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