日々雑感

心に浮かんだこと何でも書いていく。

幸せ

2018年10月31日 | Weblog
バスで隣合わせた老ばあさん面識もないのに、いきなり「私はいつも感謝してます」と
僕に言った。

驚いたのは初めての挨拶だ。見知らぬ人からこういう言葉であいさつを受けるのは後にも先にも初めてだ、。

ぼくは「お幸せですね」と言葉を返した。

バスを降りてからつらつら考えたのだが、この人はなんて幸せなんだろうという一言に集約された。

僕は人生というものは感謝する心が多いほど幸せだと思うから。何事にも感謝という生き方はなかなかむつかしいものだ。

感謝する心こそ幸せに直結すると思うから。、、、、やはりこの人は本当に幸せな人だ

いろんな人がいるもんだ

2018年10月26日 | Weblog
無事に日本の地を踏んだのだから、よかったねを言わなければならないのかもしれない。

そういう喜びの気持ちもないわけではないんだが、何か釈然としないものがある。

身代金をとられたのかどうかは、おそらく明らかにはならないだろうが、

とられても不思議でないだけに釈然としない。

明らかに危険地帯とわかっていながら、なんの使命があって飛び込んでいかなければならなかったのか。

職業が何であれ、前もって危険が及ぶことが予想されたら、

危険に直面した時には必ず大勢の人の手を煩わせ、それに伴ってかなりの出費があるはずだ。

自殺行為と切り捨てられるようなところへ飛び込むなんて、あまりにも自己本位過ぎる。

大人だったら、もっと自分の行動に責任をもって、行動すべきだと思うが、、、、、。

焼死者

2018年10月19日 | Weblog
また6人が焼死る火事が起こった。近頃は火事というとまず焼死者がいるかいないか、気になる。

昔は火事というと家が燃えるだけで焼死者はほとんどなかった。


何が原因か?きっと少子高齢化が関係しているのだろう。何とか対策を講じなくては。

1000兆円を超える借金

2018年10月15日 | Weblog
国は1000兆円を超える借金をしている。

財政再建という名前でこの借金を返そうとしているが、実態は借金は増えるばかりだ。1000兆円ものお金を誰が貸しているのか。

返済義務は政府にあるのだけど、これは国が誰かから借金をしていることを意味するが、借金の返済義務はだれにあるのか?

国民一人当たりの借金が800万円だそうだが、国民が返済する能力はないとみる。

これが外国からの借金なら日本国はとうに倒産しているだろう。増税してもおそらく目先のことに使われて借金の返済には回るまい。

関心がないから平気でいられるが、考え出すとこの国は大変な貧乏国に思えてくる。


 清姫ってストーカーじゃないの

2018年10月14日 | Weblog
安珍清姫    清姫ってストーカーじゃないの

紀州路線走ると、御坊の次が道場寺である。ここには、安珍・清姫物語伝説が、ある。

恋にくるう女が男を追いかける。思いついたら、彼が隠れている釣鐘を恋の炎で、焼き尽くす。

何もかにも忘れて、命をかけた恋の情熱は一体どこから出てくるのであろうか。

この物語は、何を語ろうとしているのか、

1,女の恋の情念の激しさ

2,なぜそこまでエネルギーを集中して、釣鐘を焼き尽くすのが、女の内なる世界は、閉鎖的だから、

一点集中したエネルギーはすべてを焼き尽くすほどのパワーを持っている。

女にかかわらず、恋という情念のもつエネルギーの大きさ。

そこには、男と女という差は無いと思うが、一点集中となると女の情念の方が、大きいのかもしれない。

命をかけてもという。望みが、押しつぶされて、解放されないの情念の塊は、現実という形をとれば、幽霊になる。

清姫は、死んでから、蛇になるのではなくて、生きて、情念の炎を安珍が隠れたとする釣鐘を焼き尽くす。


現代の清姫に、この問題を尋ねたら、彼女達は何と答えるであろうか。

安珍代わりはいくらでもいるよ。 さっさと、乗り換え、するのだね。それが、かなわないのなら、生涯独身で過ごす。

結婚しても、離婚率が高くなる現代だったら、結婚していても、いなくても大差は無い。(本当は大差がある。)
離婚したと思えば、独身でいても、なんらさしつかえない。

これが大人の判断だね。

いじめは警察問題にしよう

2018年10月13日 | Weblog
今日の朝日の夕刊に載った記事から

いじめ3回自殺未遂。埼玉の中学生 学校側当初認めず。

これは全国の学校、教育委員会の共通認識といってもいい。

大津自殺からあれだけ防止対策が騒がれ、文科省も通達を出したはずだ。

ところが実態はこの有様。対応能力なしとみるのが現実的だろう

いじめは認識以前に、肉体的、あるいは精神的暴力でアル。何故ここに注目が集まらないのか

不思議に思う。教育力ではなくて警察力で解決しなければ、今後も延々とこういう記事にお目にかかることだろう

問題は一人の若者の命、生死のもんだいである。決してなおざりには出来ない。

警官 ありがとう

2018年10月11日 | Weblog
殺すのは誰でも良かった。犯人はこう豪語した。憎んでも憎みきれない犯人だ。

警察官にアドバイスしたい。身に危険を感じるときは、遠慮なく拳銃を使うべきだ。

うちどころが悪くて犯人が死亡しても、それは自業自得だ。警官が悪いとは思えない。

市民の安全を守るために、また我が身を守るために、遠慮なく発砲したらよい。

犯人の人権を言う前に、犯人が一体どんな凶悪な人間かを言及すべきで、

犯人を生け捕りにすることが必ずしも良いことだとは思わない。

警官に安全を守ってもらう立場から、暴漢によってけがをさせられたり、運悪く殺されたり

あってはならないことである。

人命救助のために、火の中へ飛び込むような様な立場にいる警察官よ。

私はいつもあなたたちの立場を理解し、共感し、尊敬のまなざしで見ている。

ありがとう。ご苦労さん。

延命十句観音経

2018年10月08日 | Weblog

心を打つような詞がなくなってから久しいが、作曲の源は詞にあるから詞の良し悪しは作曲に

重大な影響を及ぼす。

古賀政男先生は下手な詞に曲をつけるくらいなら、お経に曲をつけるほうがましだと言われた。

僕は延命十句観音経と、舎利礼文に曲をつけた。このお経は2つとも短いお経である。


お経をピアノ伴奏で声楽家が歌うのが、果たして聴衆に届くのだろうか。

実験的な試みを大阪労働会館でやってみた。

歌を聴いていてもわかる人は少ないと思ったが、

歌が終わりピアノ伴奏の最後の音が低い音でボンとなって終わった時

一瞬静寂の何秒間かがあり、それから歓声と万雷の拍手は起こった。

感想を聞いてみると感動したとの一言。

古賀先生の思いつきとも思える考えを、今日は実際に実験してみて、思いつきではなかったことがわかった。

まっとうな生き方

2018年10月06日 | Weblog


働いて生活の糧を得るという土台の上に,

人生の目標は自分の命を楽しむために毎日を送ること。

日本人は楽しむというより、仕事をすることに主眼が置かれているが

それは逆である.

美味しいものを食べ,思いをかける女性と恋をして,日々を楽しむことこそ

人生の目標である.

これは西洋人の考え方であるが,

まっとうな生き方だと思う。

虐待死

2018年10月05日 | Weblog

虐待死

前々から児童相談所の対応はあまいと思っていた。

小さい子供の一人の命が生死の境にあると思うと、

担当者一人一人が命と向き合う姿勢が強く求められている。

虐待死が起こった時に、担当者の行動は、とても命と向き合っているものではなく、
甘く半端なもの、直接責任を取らない第三者の行動である。

これは学校のいじめ問題で、責任と向き合わない学校教職員の態度によく似ている。

力及ばず死者が出た時は、担当者責任者はきつい処分を受けるのは当然。
左遷か、退職か、降格か、されてしかるべきだ

子供は社会的存在として、虐待した親にも相応の刑罰で処分をされるのは当然のことである。

ひどいもんだ

2018年10月04日 | Weblog

ひどいもんだ

年収入が200万円で生活している人が902万人いるとか

月割りにすると一か月15万円ほどで生活している

都会か地方かにもよるが、この金額では家賃を払い、

スマホ代を払い残りが生活費になるとすれば、おそらく貯金はできないだろう

憂いがあっても備えなしの転落寸前の人々である

安倍政権はこういう人たちをどうしようとしているのだろうか

統計的な数字は知らないが、中間層が脱落して富める者と貧しい者の2極に分解しつつある

都市格差所得格差を食い止めなくっては、、、

大胆な改革が必要であろう。

憲法改正よりも、もっと身近になっている問題だ。