「家」 @ 鎌倉七里ガ浜 + 時々八ヶ岳

湘南七里ガ浜(七里ヶ浜とも)から発信。自分の生活をダラダラと書きとめるブログ。食べ物、飲み物、犬の話題が多い。

古地図を使い机上の旅 - 発音されない文字と変化する綴り

2010-03-02 09:44:55 | モノ・お金
【Hertfordshire】

古色蒼然たる古地図。イングランドはハートフォードシャーの地図。かつて私が住んでいた所だ。この古地図は1700年代後半に作成された(と言われている)。ご覧のとおりカビだらけだ。しかし元々はカビだらけではなかった。少なくとも、22年前に私が購入した時は・・・。

彼の国でこれを購入し、私は日本にこれを持ち帰った。当時私は某有名ゼネコンの建てた巨大マンションに一時的に住んでいたのだが、北側の部屋は恐ろしいまでの結露が常に壁を覆い、水が絨毯に滴り落ちる状態だった。その部屋にこれをしばらく置いておいたら、カビだらけになってしまったのだ。この古地図を見るたびにその時の後悔がよみがえる。それ以降私は湿度や結露を忌み嫌い、とにかくそれらを抑える住み方を優先して考える癖がついた。




【Elstree】

さて、そのカビだらけの1700年代の古地図を拡大する。中心部に「Elstre(eが1つ) or Idlestrey」の文字がある。見えるだろうか? 



実はこの集落に私は住んでいた。現代ではこの地名は「Elstree(eが2つ)」以外の綴りになることはまずない。しかしこの古地図では「e」は1つである。この集落名の発音だが、もしカタカナで書けば「エルストゥリー」あるいは「イルストゥリー」といった具合だろう。

現代では見かけることのない「Idlestrey」という綴りはカタカナで書くとすると、「イドゥルストゥリー」あるいは「アイドゥルストゥレイ」等と発音されたのではないか。この「Idlestrey」という綴りは19世紀になっても見かけることがあるが、その後消え去る。少なくとも公式に書かれることはなくなる。

念の為確認。19世紀作成のある地図でもすでにこんな感じだ。ただ「Elstree」とある。現代の地図と同じ綴りである。




【Northaw】

話は変わる。古地図を見ていて「オォォッ!」と思うことがよくある。それがこれだ。これもまた私のカビだらけの1700年代後半の地図を拡大したものだが、中央にある「North Hall」という集落に注目! カタカナで書けば、どう書いても「ノース・ホール」だろう。



しかしその「North Hall」は19世紀の地図では「Northaw」となる(下の地図の中央)。敢えてカタカナにすれば「ノーソー」か。19世紀あたりまでは「North Hall」と「Northaw」が併用されているが、やがて「North Hall」とはあまり綴られなくなり、現代もそれが続いて、「Northaw」という綴りが支配的だ。

しかし英国人なら「Northaw」と聞けば「元はNorth Hallだろうなぁ」と推測がつくことだろう。



「North Hall」という綴りのうち、まず「H」は、発音から落ちるのである。「あぁ~、それ知ってる。マイフェアレディのやつと同じね」と言う人もいるだろう。確かにそうだ。ロンドン下町のコクニー訛りではフランス人のように「H」が落ちるのだ。しかしそれだけではない。かなり高度な教育を受けた相当なレベルの人でも、言葉の間に「H」が入った時はその音はかなり弱い。「You have・・・」が「You've」となるのはご存じのとおりだし、それ以外でも例えば「I would have・・・」と言うような場合、速く言えば「I would've」みたいになる。

次に「L」。単語の最後に「L」がつくとほとんど発音されない。「all right」と「alright」は区別がなくなり、事実上日本語では「オーライ」と発音されるようなものだ。「L」は消えるのである。あるいは「電話してね」の意味で「Please, call」と言う時最後の「LL」は軽く舌を口蓋上につけるだけで、音にはならないのと同じだ。いや、実際は舌さえつけていないだろう。

したがって最初は「ノース・ホール(North Hall)」だったものも、続けて速く発音され、「H」が落ち「LL」が発音されなければ、「ノーソー(Northaw)」となる。それが19世紀になると発音優先の綴りに変化したと推測される。「knight(騎士、ナイトの爵位)」が、決して正しくはないが、実際上の発音優先で「K」も「GH」も落ちて「nite」と綴られるようなものだ。



これは「ハートフォードシャー・ビレッジ・ブック」。このNorthawという集落についても、記載がある。

●古地図 
●現代の地図
●地誌の本 

これらを交えて調べながら、机上の旅をすることはとても楽しい。




【Holborn】

古地図からは離れるが、「L」が発音されない話を続けたい。Holbornという名の街がロンドン市内にある(下の地図。これは現代のもの)。歓楽街からも近くセントラルラインとピカデリーラインの地下鉄2線が使えるので、そこで降りたことのある人も多いはずだ。さてこの「Holborn」をどう発音すべきか。文字通り「ホルボーン」と言ったら、地元っ子でないこと丸出しだ。私もかつてそう発音し、当時の勤務先の同僚から「どこの田舎から来たヤツだと笑われるよ。カッコよく言うにはどうすればよいかを教えてやろう。少なくとも「L」は落とそう。」と発音を教わった。

つまりカッコよくやるには・・・
「ホゥバーン(Ho-burn)」。

でももっとカッコよいのは、ごく短く・・・
「オゥバン、オゥブン( O'bn )」。

「L」だけじゃない。やはり「H」も落ちるのだ。「R」については最初から発音されないようなものだ。「Centre(英国。米ならCenter)」と書いて、最後に「センター」の「ー」で「R」の舌を巻いたまま音を引っ張るような人は英国にはいない。カタカナで書くと寧ろ「センタ」だ。英国ではとりわけ子音の「T」をハッキリ発音するが「R」は音にならない。

不思議なことに最近日本のIT関連の人の書き言葉にこの「R」無しと似たような傾向を見る。例えば「ルーター」を「ルータ」と書いたりするのだ。そしてそれが書き方として「正しくない」という批判を日本国内で招いたりしている。しかし本来の英語発音的には「ルーター」よりも「ルータ」の方が近いのではないか。



「O'bn」と言われて何人の日本人が「ホルボーンのことだ!」と思い当たるだろうか! 言葉はとても面白い。でもロンドンを旅行中これを真似するのは止めましょう。「O'bn」だけ言えても、他の言葉も同様にならないとバランスが取れず、中途半端は却ってよろしくない。外国人は外国人らしく。

話がそれた。古地図もいろいろと考えるきっかけを与えてくれて、面白いでしょう? 日本の古地図は江戸関連については多く売られていて、複製も簡単に手に入る。しかしそれ以外の地域は極端に少ない。そして本物はデタラメに高価だ。神奈川県の自宅周辺の地域の古地図で安く手に入るものがあれば、一度購入を検討したい。
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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ぽん)
2010-03-02 14:09:59
機密度の高い新築は、どうしても結露しますねぇ。そもそも日本の気候風土にコンクリの家は合うてへんのでしょう。その点、古い町家はスカスカなんで結露の心配はゼロですわ。すきま風も役に立つ(笑)

ためになりました。
日本語ですら、イマドキの略語は皆目見当がつかんこともあるし。
話は逸れるけど、中国の簡体字もほとんどわからへん。中国人も、現代人は元の字を知らんらしいですね。
返信する
Unknown (おちゃ)
2010-03-02 16:42:24
ぽんさん

いやーー、結露で古地図がかびだらけに。
ちきしょーー。

視力が冴えません。
昔なら楽々読みとれた細かい字も、かなり
苦労します。古地図読みは疲れます。

ぽんさんみたいに古いのから新しいのまで
言葉に敏感な方も、略語でわからんのある
んですか?

そうは思えないけど・・・。
確かにスゴイ略語、ありますもんね。
返信する
すごーい ! (yamazumai)
2010-03-03 07:27:07
おちゃさん、おはようございます。

古地図、興味深いし素敵 !
カビは残念ですね~(><)

地図みているとわくわくしますね。
自分と所縁のある場所なら尚更。
早速、おちゃさんが以前住んでいらしたという、「Elstree」を現在のgooglemapで訪れちゃいましたよ。

私も真似て以前住んでいたCaliforniaの地を地図で再度訪れてみよ---と !
この地には300年前の地図は無いと思うけど・・・ ?
返信する
あれ ? (yamazumai)
2010-03-03 07:28:42
コメントが途中で切れちゃっている ??
何故だろう ?

返信する
Unknown (おちゃ)
2010-03-03 18:11:28
yamazumaiさん

あーーお返事遅れました。
古地図、お好きですか?

海外の古地図も、日本の古地図も、
そして面白いことに日本のことを書いた
外国人作成の古地図も簡単に買えますよ。
ただしモノ次第で高いけど。

どうぞお楽しみ下さい。
返信する
Unknown (nuko)
2010-03-03 23:13:48
ドラマとかでイギリス英語の発音を聞くと、
アメリカ英語の発音と全然違うので面食らいます。
アメリカ風でもあまり上手くないですが、
イギリス英語のマネができればネタになるのに
と思っているのですが、ちっとも似ません。

ところで、IT用語の長音省略は工学系に戦前から
ある慣習なのだそうです。ソースは不明ですが。
返信する
Unknown (おちゃ)
2010-03-04 06:15:17
nukoさん

あれは戦前からの慣習なのですか。しかも
省略目的の。それは初めて知りました。

私が不思議なのは、最近、彼らはそれを社内の
テクニカルな文書に留まらず、対外的に出す
公式な文書にまで用い始めていることです。

理科系が多い会社では、部門名称にも使い、
名刺にも刷り込む。
会社案内や決算書にも出て来ます。
さらには商品の一般ユーザーの取扱説明書にも。

戦前から中で抑えられてきたものが、外に
こうして出始めると、日本語の中の外来語のゆらぎに
つながるかもしれませんね。
返信する
Unknown (nuko)
2010-03-05 01:51:28
長音省略は省略が目的ということではなく、
長音をつけることが一般的なことに対する
対比の意味なので、ちょっと違うかもしれないです。

戦前といえば、ゲーテをギョエテとか書いていた
ころで、外来語をどうカタカナ表記するのか
試行錯誤していたころなので、末尾の長音を書くか
書かないかもいろいろな意見があったのだと思います。

ちなみに末尾の長音省略は、書き言葉だけではなく、
話し言葉でも実際に短く発音する人も少なくないです。
「トランジスタ」「コンデンサ」「センサ」

「コンピュータ」や「ユーザ」といういわゆるIT用語も
工学畑の人は短く発音することが多いです。
近年広く普及したのはたぶんマイクロソフトのウィンドウズ
の普及が強いのではないのでしょうか。

しかし、そうはいっても、「フィギュアスケート」とか
「スキーウェア」とか、「ドア」とか、一般用語でも
長音省略をしている例はあるので、慣れの問題なんだと
思いますけど。
返信する
Unknown (おちゃ)
2010-03-05 06:39:08
nukoさん

おはようございます。

>ゲーテをギョエテ

これはなんと読めばよいかわからず、結構
苦労したらしいですね。経済学者ケインズも
同様で、当時本人に読み方を確認する手紙を
出したとか。

おっしゃるような例は確かに昔からあります。
それは決め、定着度の問題なので、私も違和感は
ありません(「ドア」などよく考えればおかし
な音ですけれど・・・)。
例は異なりますが、ブレイクもステイクも
ブレーキ、ステーキと誰もが発音するなら
それで定着していますし。

私が不思議なのは、少なくとも外に公開される
公式な文書にはしなかったであろう長音への
省略用法が、公式な一般向け文書で見られている
ことであり、
以前ならそうは書かなかったであろう用語使いも
「今後はきっともっと進むのだろうなぁ」と
感じています。

本文で書いた「センター」を例にすると、
以前なら一般的には「センター」と書いた
はずです。我が七里ガ浜にも「七里ガ浜浄化
センター」という下水処理施設がありますが、
これを「センタ」とは書かない。

がしかし、最近は「ー」がなくなる例を
しばしば見かけます。どうも今後広がりそうです。
返信する
Unknown (nuko)
2010-03-05 19:20:24
安心してください!!
マイクロソフトはこれまでの過ちを悔い改めて(笑)
原則として長音表記を省略「しない」方針になりました。
2008年のことなので、今後徐々に浸透して行くのでは
ないかと思います。

ところで、「外に公開される公式な文書にはしなかった
であろう長音への省略用法」ですが、学術論文は
外に公開されるかなり公共性の高い文章で、しかも
正書法がかなりきちんと整備されているものなので、
工学系の高等教育をよりきちんと受けた人ほど、
「正書法」として長音表記が身についていた(る?)
のではないかと思います。
それだけではなく、昔はJIS規格に長音省略の原則が
記載されていたこともあったくらい、工学系では
由緒正しい表記法です。
件のマイクロソフトも、公開された日本語スタイルガイド
を持っていて、長音省略もそこに記載されていたはず
なので、意図としては「標準に準拠した正しい日本語
表記を使おう」としたわけで、それが「日本語の乱れ」
につながるとは夢にも思っていなかったのではないか
と思います。

哀しいかなこれは、日本に別の表記法を正しいと信じて
いる2つのグループがいたということで、天邪鬼な
人たちが業界用語を振りかざして日本語を混乱させよう
としているのではないのですよ。
返信する

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