おはようございます。ヒューマン・ギルドの岩井俊憲です。
アドラーの本の紹介の2回目は、アドラーがドイツ語で1927年に著した“Menschenkenntnis”(人間知)から翻訳された『人間知の心理学』(高尾利数訳、春秋社、2,600円+税)です。
ウィーンのフォルクスハイムで何百人もの聴衆を前にして行われた講演をもとにしたこの本について、アドラーは「序言」で「本書は、できるだけ広い読者層に、個人心理学(注:アドラー心理学のことをアドラーは「個人心理学」と呼んでいた)のゆるぐことのない基礎とその人間知にとっての価値を示すとともに、人間関係や自らの人生を構築する上での意味をも示そうとするものである」と述べ、本書の主な課題を次のように表現しています。
「社会生活におけるわれわれの行為や活動の欠陥を、個々人の誤った態度から理解し、各人の誤りを認識して、社会関係によりよく適合させるということである」
構成は、以下のとおりです。
序言Ⅰ
第1部 総論
序論
第1章 人間の精神
第2章 精神生活の社会的生活
第3章 子どもと社会
第4章 外界の印象
第5章 劣等感と評価を求める努力
第6章 生活に対する準備
第7章 両性の関係
第8章 兄弟姉妹
第2部 性格論
第9章 総論
第10章 攻撃的な性質の性格特徴
第11章 非攻撃的な性質の性格特徴
第12章 その他の性格の表現形式
第13章 情動
付録 教育のための一般論述
結語
アドラーの本がアメリカで続々出版されるのは、この『人間知の心理学』から始まります。
『どうすれば幸福になれるか』の著者W.B.ウルフによって1927年11月に“Understanding Human Nature”のタイトルで翻訳・出版されるや、セルフ・ヘルプ(自己啓発)本のはしりとして6カ月で3回増刷、またたく間に総数10万部を超えるベスト・セラーになり、その後のアドラー・ブームのさきがけになった本です(『初めてのアドラー心理学』による)。
私が他の本と比較した上で、この本から読み取る大きなメッセージは、次の2つです。
1.「共同体感覚」についてしっかりと論及して、「われわれが個々人を比較する尺度は、共同社会の人間の理想像」で、「自分の眼前にある諸課題を普遍妥当な仕方で成し遂げる人間、共同体感覚を『社会生活の競技規則を守る』ほどまでに発達させた人間の理想像」なのであり、「どんな完全な人間でも、共同体感覚を養い育て、それを十分に働かせることなしには成長できないのである」と論じています。
やがて彼が「精神的な健康のバロメーター」と称した「共同体感覚」についてこの本では「理想像」としています。
2.他の本と一味違って、「性格論」に多くの紙面を割いて、「攻撃的な性質の性格特徴」と「非攻撃的な性質の性格特徴」を次のように区分し、
攻撃的な性質の性格特徴・・・・虚栄心(名誉欲)、嫉妬、羨望、貪欲、憎悪
非攻撃的な性質の性格特徴・・・・控え目さ、不安、臆病、適応不足の表現としての剥き出しの衝動
さらに、情動(emotion)を「他者を分離させる(disjunctive)情動」と「他者と結びつける(conjunctive)情動」に分け、前者で怒り、悲しみ、嘔吐、不安(恐怖)を、後者で喜び、同情、羞恥心を説いています。
この本の中に私が好きな言葉が出てきます。タイプわけを嫌うアドラーが「人間の2つのタイプ」として次のように書いています。
「一方は、より意識的に生き、人生の諸問題により客観的に対し、一方的な見方を決してしない人であり、他方は、偏見を持ち、人生や世界のほんの小さな一部分しか見ず、いつも無意識的に行動し、無意識的に議論しているような人々である」
セルフ・モニタリング・システムを働かせながら自覚的に生きることをアドラーが奨励しているかのようです。
最後に訳文について。
“Understanding Human Nature”の英文がそう難解でないのに、この日本語訳による本は、途中の挫折率№1なほどの読みにくさであるのが残念です。
ともあれ、挫折した人は、もう一度本箱から取り出し、立ち止まり立ち止まりしながらも時間をかけて読み通してほしい本です。
<お目休めコーナー> 自宅近くのお寺の牡丹(2)