【佐藤優】国連本部で不規則発言 ～北朝鮮の「目的」は～

　（１）４月３０日、国連本部（ニューヨーク）で、北朝鮮の人権侵害をめぐる「犠牲者の声」と題するパネル討論会が開かれた。このとき、ちょっとした事件が起きた。
　＜米国と韓国の両国連代表部が共同主催したこのイベントで、国連駐在北朝鮮代表部のリ・ソンチョル参事官など北朝鮮の外交官３人は、突然傍聴席のマイクのスイッチを入れ、あらかじめ準備していた声明を読み上げた。司会者が「後から発言の機会を与える」と呼び掛け、発言を制止しようとしたが、３人は意に介さず声明を読み上げ「このイベントは米国が北朝鮮政権に圧力を加えるために行った」などと主張した。
　司会者による中止の呼びかけを３人が完全に無視したため、米国のパワー国連大使は「警備員を呼んで追い出せ」と指示した。傍聴席にいた脱北者の間からも「中断しろ」「金正恩（キムジョンウン）打倒！」「獣たちでさえ順番を守ることを知っている」などと怒号が飛び交った。十数分後、３人は準備した声明をすべて読み上げてから会場を後にした。
　騒動を受けパワー大使は「完全に逆効果」と批判し、また韓国の呉俊国（オジュン）国連大使も「少しは希望もあるかと思っていたが、今日の北朝鮮代表団の行動には大きく失望した。＞【「朝鮮日報日本語版」　２０１５年５月２日】

　（２）ここで重要なのは、騒動を起こした北朝鮮外交官の位が参事官であることだ。外交界における席次は、上から
　　　　　特命全権大使
　　　　　公使
　　　　　参事官
　　　　　一等書記官
　　　　　二等書記官
　　　　　三等書記官
となっている。北朝鮮が本気で怒っているなら、大使が乗り出して妨害活動を行ったはずだ。

　（３）客観的に見て、このイベントが「米国が北朝鮮政権に圧力を加える」目的で行われたことは間違いない。
　北朝鮮としては、面子を維持するためにも抗議活動を行わなければならない。しかし、議事手続きに従って批判的な意見を述べても、関係者に聞き流されるだけだ。「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」というジャーナリズムの「法則」は外交の世界でもあてはまる。
　国際ニュースに仕立てあげるため、北朝鮮はあえてイベントに乱入するというエキセントリックな手法をとったのだろう。事実、北朝鮮外交官がこうした異常な行動をとったので、国際ニュースになった。
　北朝鮮としては、「してやったり」と膝を叩いているはずだ。

　（４）北朝鮮の外交官であっても、外交常識はわきまえている。したがって、北朝鮮国家を代表する立場にある慈成男（チャソンナム）・駐国連北朝鮮大使は、この場に現れなかったのだ。
　＜慈氏は北朝鮮の国連公使や駐英大使、外務省局長を歴任。韓国の聯合ニュースなどによると、国連公使時代に米国在住の南北離散家族の再会行事や、米朝間の交流事業を実現させ、米国の事情に詳しいとされる。＞【注】
　今回の騒動について、おそらく慈大使は「うちの若いものがカーッとなったようけれど、米国とも韓国とも対話は続けていきます」と、冷静な態度で米韓両国との実務関係を維持するであろう。

　【注】記事「北朝鮮の慈氏、国連大使に着任　５年１０カ月ぶり交代」（朝日新聞デジタル　2014年3月1日）

□佐藤優「国連本部で不規則発言　北朝鮮の「目的」　～佐藤優の人間観察　第１１２回～」（「週刊現代」２０１５年５月２３日号）
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　【参考】
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