秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
不思議だなと思う心、いつまでも忘れずにいたいな

神社フリーク・フィールドワーク

2012-06-25 | 古代史のミステリー
何年も前から金剛山や葛城山の奈良側山麓、葛城古道近辺がとても気になっていました。

いつか行ってみたいとネット検索してると、
かなり歩くようで、あまり人でもなさそうで、…
なんとなく一人で歩くのも不安だしで延び延びになってました。

いつもの旅のツレに「実は行きたいとこあるねん」
と話したら同行してくれることになったのでした。


いよいよ念願かない、実現の運びとなり調べているうちに、車で行くのがベターだと思えた。
日曜朝9時に出発。
東大阪のツレ宅を経由して、まず向かった先は美具久留御玉神社。
去年8月に初参りしてから、今回は5回目のお参りというお気に入りです。


外環状線170号線を南下し、約1時間ほどで到着。
美具久留御玉神社 大阪府富田林市宮町3-2053

ここで白雲宮を彼女にも確認してもらいました。
近鉄喜志駅の線路を渡るところで、一の鳥居を見てびっくり、
こんなに長い参道があることを初めて知りました。

太子町の近つ飛鳥博物館まで5.5kmと書かれた道路標識を
今まで何度も目にしていたので、二上山めがけて知らない道も安心して走りました。

二上山を越す竹内峠まで、聖徳太子ゆかりの神社仏閣古墳だらけです。
これらはまたの訪れる機会がめぐってきたときに。

飛鳥の都と難波を結ぶ古代街道である竹内街道。
シニアグループが元気に歩いて峠を越すのを見かけました。
うちらは車ですから快適に通り過ぎました。

奈良県に入り、最初に向かったところは
長尾神社 奈良県葛城市長尾471

竹内街道と、吉野や壺坂から王子を経て堺に至る長尾街道と交差する長尾の森に鎮座します。
この神社も立派な神社だったようで、 
一の鳥居と2の鳥居が300mの参道で現在は舗装した一般道になってました。


この神社の祭神は水光姫命(みひかひめのみこと)と白雲別命(しらくもわけのみこと)

4月に吉野へ行った時、井光山の寺もフィールド調査したぐらい水光姫命は気になってます。

神社の奥様が案内して教えてくださったのは、
奥様が手を置いた岩に囲まれた中央の岩で封印されてると。
この岩を覆うようにして咲き誇っていた藤の木は数年前に枯れたそうだ。


三輪の大神神社に頭にしてとぐろを巻いた蛇の尾がこの神社まで届いたと。
それで長尾神社なんだそうだ。
神社の神主さんもうちらと同じ巳年生まれだと聞きました。


続いて一言主神社までに、「アグリマート新庄」で大和の野菜と
ゆで上がったばかりの地玉子も買いました。

葛城一言主神社 奈良県御所市大字森脇字角田432


ココで車を止めてのどかな参道を歩きます。

見たかったイチョウの木は今年3月から治療中でした。
イチョウの木のすぐ脇にベンチがあったので、ここでゆで卵をいただく。


そして忘れずにたった一言だけのお願いをしてきました。
2月に金剛山山頂の一言主神社では、ご挨拶だけでうっかりお願いするの忘れたのだった。


県道30号線は山麓線とも呼ばれ、309号線と交わってすぐのところに
長柄神社 御所市大字名柄字宮271


♪村の鎮守の神様の♪って感じで、
この社殿右手には滑り台やブランコなど遊具が設置されてました。
かつての村の子供達はこの境内で遊んだにちがいないけれど、
昨日の日曜昼前には子供も大人も誰一人いなかった。

この長柄神社から数分のところに大和屋敷という名のちまきやさんがありました。

国道24号線にでて、さらに南下。
船宿寺手前の、自然の里レストランで昼食にオムライスを食べました。

船宿寺はサツキやツツジで有名な花の寺ですが、
今はシーズン過ぎてたので、駐車場までいくもお参りはパス。

続いて葛城の道歴史博物館へ
ここのガイドさんはとても話好きで、話の切れ目を探すのが大変でした。


この歴史博物館で資料いっぱいもらって、お隣の
高鴨神社 御所市大字鳴神字捨篠1110


鳥居東側の鐘楼は今なお時を知らせる「時の鐘」
農業用水の配分に利用されているそうです。



葛城の鴨神奈備、鬱蒼とした木々が生い茂った別世界でした。

鴨族と言われた人々は、政争にはかかわりたがらず農の民として神を祀り
高鴨神社の祭神を最高と崇めた人々だったそうです。

しかし、京都の下鴨、上賀茂神社の総本社です。
いつの時代にか藤原氏と縁を結ぶことで変節していったのでしょうか。

このあたりで海抜290mぐらい、
さらに坂をのぼり高度441mの高天原へ。

高天彦神社 御所市大字高天158


後ろに見える三角のお山「白雲峰」644mをご神体としています。
手前の高い杉林が参道になっていて、




高皇産霊神(高天彦)をお祀りしています。

天孫降臨の舞台になったところではないかと言い伝えられています。

18 コメント

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Unknown (hidepon)
2012-06-26 10:59:22
うららさんオハヨウございます。

「葛城古道」いい響きですね。このネーミングはエライ!
最近、よく通りますが通過のみ、うららさんのコピー読んでウズウズしてきました。

今朝はなんといい天気でしょう!
仕事がバカらしくなってきました。
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Unknown (TM)
2012-06-26 20:44:47
念願かなってよかったですね。
たしかに、この神社巡りは、一人だと神隠しに会いそうでちょっと怖い(^o^;)
静かな佇まいだけれど、深いパワーが潜んでいるような雰囲気を感じます。
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Unknown (mari)
2012-06-26 20:58:00
「いつもの旅のツレ」とお出かけとはいいですね。
去年の東日本大震災から遠出はできなくなってしまいました。
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Unknown (くるみのママ)
2012-06-26 21:34:19
写真を見ているだけで、「気」を貰いそうです。その場にいれば、きっといい気が入ってきたことでしょう。

私は日ごろ、仕事で悩みや争いごとに巻き込まれて?いるので、神社巡りをしたいです。

近くにも、探せばいくらでも訪れる場所がありますね。

私も見習いたいです。
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感心しましたヨ。 (吉田一氣)
2012-06-27 01:28:50
興味深いです。
参拝のタイミングとしてはベストなのでしょう。
私も八岐大蛇の尾から再び長尾神社にたどり着きました。
この神社には感応があります。
私も近いうちにこの神社には足を運ぶつもりです。
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hideponさんへ (おざさ)
2012-06-27 08:29:26
いやぁ~、ほんまに葛城古道ってネーミング、そそりますよね~
やっと行けましたわ。
一人で行く勇気がなくて、なかなか実現しませんでした。
しかし電車で御所まで行って、
そこからバスを利用したとしても歩きでは厳しいそうなコースですね。
歩きだと一言主と高天彦は同じ日にお参りできなかったかもしれません。
それにしてもまだまだ人が少ない葛城古道でした。
高天彦だけは全部で20人ぐらいの参詣客に出会いましたけど。
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TMさんへ (おざさ)
2012-06-27 08:32:46
ハイ、やっと行けました。
古代史ミステリーに興味が湧き出して以来ですから、ずいぶん長い時間がかかりました。
やっと気が熟したのでしょう。
あまり観光地化されてないし人は少ないし
これがやまとうるわし あきつしまか~なんて実感できますよ。
いつか近畿へ来られることありましたら、吉野とセットで是非!
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mariさんへ (おざさ)
2012-06-27 08:36:27
旅のツレに感謝です。
彼女がいいよと言ってくれなかったら、きっとまだ行けてないです。
怖がりのビビリなもんで…
かつては花の寺ぐらいしか興味なかったのですが、
古代史を神社でフィールドワーク、実地検分と思うと行きたいとこ増えますよ。
庚申塔めぐりに加えて、お近くの神社仏閣もその気になればいろいろ発見あるかもしれませんね。
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くるみのママさんへ (おざさ)
2012-06-27 08:40:15
幣立神宮に案内してもらいましたね。
あの時「応神帝のときに隠れ宮となるも…」という立て札みました。
応神天皇のときに何があったんだろう?
その興味が、「古代史ミステリー」のカテゴリーにエントリーするフィールドワークの原動力となりました。
きっかけはあの時の宮崎と熊本周遊の旅でした。
あらためてありがとうございます。
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吉田一氣さんへ (おざさ)
2012-06-27 08:56:44
この長尾神社は一気さんに教えていただきました。
本文では触れませんでしたが、これもまた葛城へ駆り立てた一因です。
白雲別命 白雲峰 
それを友人にも見てもらいたくて、美具久留御玉の白雲宮よりスタートしました。

長尾神社でうろちょろ検分するうちらを不審に思われたのでしょうか、
神主さんの奥様が社務所よりずっとご覧になられえました。
それでお声をかけて尋ねると、外に出てきてそれはそれは丁寧に説明いただいたのです。
現神主さんのお母さん、この方にとっては姑さんから
うちらが説明うけたことを受け継いでいくよう教えられたそうです。
「応神天皇の時代…封じられた」
何かありますますねぇ~
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