真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 2005年6月28日、林由美香が死んだ。享年34歳。未だ現段階では、細かいところは何も判らない。初めて知つた時は、怒らないから趣味の悪い冗談であつて呉れ、とも思つたが、どうやら逃げ場の無い事実のやうだ。詳細がどうあれ、逝つてしまつたものはもう戻つては来ない。天使は、天国へと旅立つて行つてしまつたのだ。

 林由美香、記事等ではAV女優と紹介されることが多い。確かに元々のデビュー自体はAVである。正直そつちのフィールドは丸つきり手付かず、といふかそこまで手が回らないのでよくは知らないが、勿論晩年でもさういふAVの仕事を多少はされてゐたやうである。が、矢張り我々ピンクス、といふか少なくとも私にとつて林由美香といへば、1989年のデビュー作(『貝如花 獲物』/監督:笠井雅裕/未見)以来、百数十本に出演して来たピンク映画の中にあつての林由美香、スクリーンの中の天使、として認識してゐるものである。スクリーンの中の天使、姿形が可愛らしいといふだけで天使だといふ訳ではない。確かに、とても可愛らしい女優さんである。より正確にいふと、二十歳そこらの頃は正直あまり可愛らしくはなかつた―失礼!―が、三十路前辺りから、若返つたのかと思へてしまふくらゐに本当に可愛らしくなつた。もう可愛くて可愛くて、出てる映画が多少詰まらなくとも林由美香が出てゐるからまあいいか、とさへ思へてしまへるくらゐに可愛らしかつた。
 けれども林由美香が天使であるところの―私が勝手に独りでさういつてゐるだけでもあるが―最大の所以は、その声にある。ああもう!可愛くて可愛くて身悶えする他に、もうどうしたらよいのか判らなくなつてしまふくらゐに。私は一体何をいつてゐるのだ?きつと天使といふ生き物はかういふ声で喋るに違ひない、と天使の存在の当否、などといふ無粋なテーマは黙殺の遥か彼方にどうでもよくなつてしまふ勢ひで、声も可愛い。声が可愛い。林由美香の映画を初めて観たのは果たしてどの映画であつたのか、今となつては記憶に全く定かではない。とはいへ、もう四捨五入すれば十年になるピンク映画を観始めた頃から、林由美香といへばエンジェル・ボイス!、と私の中で公式は勝手に定立してゐた。会話の中身なんてどうでもよかつた。といふか、寧ろどうでもいい方がよりよかつた、とすらいつてしまへるのかも知れない。今既に当たり前のやうにある現し世の中にどうにも身の遣り所を見付けられずに、潜り込んだピンクの小屋の暗がりの中、天使の声に、ただ純粋に美しい音に身を浸してゐられる時間は、あれやこれやといふか、あれもこれもの苦しみを、束の間忘れてゐられる至福の瞬間であつた。

 林由美香といふピンク・アクトレス。甚だ故人、といふか天国へと旅立つて行つてしまつた天使に対して非礼であるやも知れぬが、荒木太郎といふ映画監督を評価しない個人的な立場からすれば、その膨大な出演本数に対して、決して、決定力のある代表作に恵まれてゐるとはいへない女優ではある。平野勝之の「由美香」(1997年/製作:V&Rプランニング)は、ギリギリ本腰を入れて映画を観始める以前で観てゐない。いまおかしんじの「熟女・発情 タマしゃぶり」(2004)に関しては、ちやうど生きるか死ぬかのレベルで金に苦しんでゐた時期に公開されたので、観ることが出来なかつた(後日観る機会に恵まれた)。どの道、エンジェル・ボイスに脳の髄まで痺れてしまつてゐる。作品全体の評価などと、瑣末な事柄は最早問題ではなかつた。

 とはいへ、特に思ひ出に残つてゐる映画も勿論なくはない。勇気を振り絞つてあへていふが、私にとつての林由美香思ひ出の一本といへば、「三十路の女将 くはへ泣き」(1999年/製作:サカエ企画/提供:Xces Film/監督:新田栄/脚本:岡輝男/企画:稲山悌二/撮影:千葉幸雄/照明:高原賢一/編集:酒井正次/助監督:加藤義一/音楽:レインボーサウンド/メーク:桜春美/監督助手:北村隆/撮影助手:池宮直弘/照明助手:大橋陽一郎/効果:中村半次郎/出演:水原かおり・林由美香・佐々木基子・平賀勘一・速見健二・平河ナオヒ・丘尚輝)である。憚りながら“思ひ出の一本”だとかいひつつ、林由美香主演作ではないのだが。
 商店街で評判の居酒屋「雲や」の美人女将、野口雪枝(水原)。彼女にゾッコンなスポーツ用品店店主の“源さん”こと佐藤源介(平賀)や、“正やん”こと魚屋でバツイチの鈴木正利(平河)は、「雲や」に通ひ詰めるのは勿論商店街の親睦旅行に誘つてみたりと、どうにかして雪枝を落とさうと必死である。ところが雪枝には、五年前に結婚を約束してゐながら、ム所に入つてしまひ離れ離れになつてゐる吉岡吾郎(速見)といふ心に決めた男が既に居た・・・
 そこで林由美香はといふと。吾郎は刑期を終へ出所したものの、ム所帰りの男が出入りして「雲や」に迷惑をかけてしまつてはマズいと、雪枝の下に戻りあぐねる。そんな吾郎を、拾つて自分のスナック「美風」に住まはせるママ・寺島美咲の役である。
 先に勇気を振り絞つて、といつたが、一体何に蛮勇を要するのかといふと。ピンク映画を観てゐない、観たことがないといふ方には説明も要しようが、監督の新田栄と脚本の岡輝男といへば、“御大”小林悟に劣るとも勝らないルーチンワークのエクストリームさがバーストする、最も禍々しいといふ意味で最強、ではなくして最凶コンビとして御馴染みの二人である。が、この映画、少なくとも今作に限つていへば、やれば出来るぢやないかといふか、偶々雷にでも打たれたか何か悪いものでも食つたのかと思へて来る―随分な言ひ草である―くらゐに、柄にもなく真心の込められたイイ映画なのである。雪枝にうつつを抜かしてゐる間に、女房・ますみ(佐々木)が独り身の淋しさから惨めにもバイブで自らを慰めてゐるのを目撃してしまつた源介が、心を入れ替へますみを抱く濡れ場。ラストには、「雲や」で雪枝と吾郎とを商店街の皆で祝福する宴席が開かれる。クライマックスは一同万歳!!のストップモーション。その中で源介は素直に手放しで雪枝と吾郎とを祝福してゐるが、源介の隣りで正利は何時までも諦め切れずに悔しさを噛み締めてゐる。とても何時もの最凶コンビの映画とは思へないやうな、登場人物一人一人の心情の微妙な襞までが、丹念に描かれてある映画なのである。
 中でも私が最も好きな場面は、何で新田栄の映画なんかで泣いてしまふのだ、と後で恥づかしくなつてしまつた一幕は、吾郎には雪枝といふ約束の相手が居ることを知つた美咲が、けんもほろろに吾郎を「美風」から追ひ出してしまふ件。美咲も吾郎に惚れてゐる。けれども吾郎には、元々雪枝といふ女が既に居た。矢張り吾郎は雪枝と結ばれた方が幸せになれるであらうことは、美咲にも判つてゐる。だから美咲は、前科持ちの吾郎が邪魔臭くなつてしまつた風を装ひ、わざと邪険にして追ひ出すのである。「さつさと雪枝とかいふ女の所に行つちまひな!」、と口に出してこそいはないが、惚れた男の幸せの為に、惚れた男を別の女の下へと追ひ返すのである。当然ピンク映画であるからして、美咲は吾郎と寝る。吾郎との別れ際、最後にもう一度だけと美咲は吾郎に抱かれる。都合のいい話である、歌謡曲のやうなシークエンスである。何処にそんな女が居るものか、何だ矢張り何時も通りの岡輝男のスチャラカ脚本ぢやないかと、いふ人もあるのかも知れない。さういはれてみればそれが正しいやうな気もしないでもないが、私は泣いた。二年も前に観た映画であるが、今でも深く心に残つてゐる。
 出演者中本篇クレジットのみの丘尚輝は、「雲や」の板前。他に計四名が、客役として店内に見切れる。

 一度だけ、生の林由美香さんを拝見する機会に恵まれたことがある。何の映画であつたか思ひ出すことが今は出来ないが、故福岡オークラ劇場にて開かれた上映会に、林由美香さんがゲストとして来福されたことがあつた。仕事終りに駆けつけるには少々早い開始時間ではあつたが、台風で到着が遅れて、ちやうどいい時間に間に合へたことを覚えてゐる。元々はAV畑の出身であつたので、擬似が主体のピンクの現場で、初めての時にいきなり本番を仕出かしうつかり名を馳せてしまつた、といふエピソード等を御紹介されてゐた。
 天使は天国へと旅立つて行つてしまつた。虎は死して皮を残す。女優は死ねども映画は残る。これからも、銀幕の中から林由美香はエンジェル・ボイスを行き逸れた私達、といふか行き逸れてゐるのは俺の極私的な事情か、とまれエンジェル・ボイスを、私達に囁きかけたり笑ひかけたりして呉れる。合掌。


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