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フェルメール作品メモ(#30)  ラブレター(恋文)

2009年10月01日 | フェルメール


The Love Letter, 「ラブレター(恋文)」
1669-70, oil on canvas, 44 x 38 cm,
Inscribed above the basket : IVMeer (IVM in ligature)
Rijksmuseum, Amsterdam, Netherlands


鑑賞者は暗い通路からこの私的なシーンを覗いている形である。 向こう側の明るい部屋では、丁度メイドが手紙を婦人に持ってきたところで、その婦人が音楽の演奏を中止してメイドを見上げている。 彼女の期待、又は多分心配そうな表情が、手紙が恋文であることへの疑問を投げかけている。

この絵の消失点は右前景にある椅子の上方の壁にあり、鑑賞者の眼は、明るい部屋には引かれず、薄暗い控えの間のやや離れた所に引かれるのである。 連続した室内を数多く描いたPieter de Hooch が1668年に同じ透視画法を使っている。 フェルメールは多分de Hoochからヒントを得ている。

裕福な若い美術愛好家であるPieter Teding van Berckhoutが1669年にフェルメールを訪れた時、彼は「透視画法で描かれた驚くべき、且つ興味をそそられた幾つかの絵」を見たと記している。 彼は見た絵がどれかはっきり記してはいないが、この絵を念頭に置いていたのかもしれない。 フェルメールは室内の複雑な構成を構築する為だけでなく、この絵のテーマに必須なプライバシー感を強調する為に、透視画法を使った。 つまり、この絵でいえば、楽器から眼をそらし、丁度受け取った手紙に応えてメイドを見上げる女主人の無防備な表情である。

フェルメールは暗い控えの間の戸口からこのプライベイトな場面を目肇する事を鑑賞者に許しはしたが、彼は注意深く「侵入」はさせないようにしている。 透視画法のタイルが視線を光に溢れた室内へ導くが、実際の消失点は椅子の頂部飾りの僅か上方、控えの間の壁にある。 即ち、フェルメールは鑑賞者を前景に置いているのである。 更に、部分的に垂れ下がったカーテンと、戸口に置かれた長柄のほうきと靴でプライバシー感を強調している。

フェルメールはプライベートな空間を作り出す為の色々な方法を考え出したが、戸口から見たシーンを描くという注目すべきコンセプトを用いたのは、現存する作品の中ではこの絵が唯一のものである。 戸口という点では、初期の作品「#06/居眠りをする女」(c.1657)に、奥の部屋への戸口が描かれてはいるが…。 この構図のアイデアは彼自身が生み出したものかも知れないが、デルフトの画家Pieter de Hooch (1629-84)からインスピレーションを得たと言うことも可能である。 de Hoochは室内の風俗シーンで戸口から見た人物を、特に1660年代初期にアムステルダムに移った後に、数多く描いている。
  特に、前景の暗い部屋から覗いた二人の人物を描いたde Hoochの"A Couple with a Parrot" (1668)は、単なる構図の類似性以上の特別な関連があるようように思われる。
  JJorgen Wadumが発見したように、両者の透視画法は実際上同じであり、よつて透視画法の同じ基本原理が両者の基礎をなしているのである。

このde Hoochの絵の製作年代を、描かれているコスチュームから1670年代と推定し、de Hoochがフェルメールから構図を借用した、とする研究者もいる。 しかし、de Hoochの絵にはサインと1668年の日付がある事、彼の1660年代後期の他作品とスタイル的な特徴が一致している事から、関係は全く逆であろう。 フェルメールのこの絵には製作年は記されていないが、彼の他作品との比較から、1669-70年頃の作品と考えられている。
 フェルメールが1660年代にde Hoochとコンタクトがあったすれば、彼はde Hoochのテーマや構図にインスピレーシュンを得ていたはずである。 この時代de Hoochは日常生活の出来事、特に出会いや別れに焦点を当てたシーンを好んで描いている。 更に、この絵と同じような、座っている女主人と立っているメイドの絵も多くあるが、de Hoochは物語のために女主人とメイドの場面を描き、フェルメールは心理的なインパクトのために描いている。

ラブレターに関連するフェルメールと同時代のオランダ絵画では、それを書くか読むか、多くの場合、一方が書き終わるのを待っているか、あるいはその内容を聞いている場面が多い。 しかし、この絵の女主人の表情は、絵や皮飾りの付いた壁掛け、エレガントな暖炉の前飾りできれいに装飾された室内に流れ込む水晶のような光線で示された、表面上整頓された物体の静穏さを崩壊させるような恋の不確実性を表わしている。

届いた手紙への不安の描写は「#26/女主人とメイド」(c.1667)から出て来たものである。 少し開けた口と不安気な眼で見上げる女主人の反応は、両方の絵で同じである。 「#26/女主人とメイド」の女主人の不安は未解決のまま残されているが、この絵ではフェルメールは女主人の心配は思い過ごしであるという事をメイドの笑っている表情でほのめかしている。 このメイドの判断は、その後方の壁に掛けられている静かな風景画が補強している。 オランダの象徴学では、静かな海は恋の良い前兆を意味しており、その上方にあるのどかな風景画も同じ意味を持っている。


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