素晴らしい本でした.
リョウタというのは,主人公「中道良太」先生,つまり物語の舞台となる「希望の丘小学校5年3組」の担任の先生の名前です.
この先生,茶髪だし,ネックレスしてるし,何でもいいかげんだけど,自分を飾るということをしないで,いつでも正直にものを言う性格.
生徒達と同じ目線でものを考え,彼らが悩んでいることを本能的に感じ取り,心の中にスッと入っていくという「才能」を持っている.
彼のクラスでは,いろいろな困った事件が起こるのだけど,なぜか,事件のたびにクラスの結束が固まっていくことになる.
リョウタ先生には,ドラエモンで言えば「できすぎ君」のようなかっこよくて頭の良い染谷先生と,年上だけど素敵な女性教師山岸真由子先生が脇を固めてくれ,お互いに助けあいながら,困難に立ち向かいます.
リョウタ君のまゆこ先生への密かなロマンスも,隠し味になっていて,微笑ましい.
あまりにさわやか過ぎて,世の中こんなにうまくは行かないよという,突っ込みはありそうですが,なぜか心にジンと来るエピソードの連続です.
4つのストーリーからなる短編集の形ですが,舞台も登場人物もほぼ共通.
私が一番感動したのは,最初の「4月の嵐」かな.
公認会計士であり家庭では絶対的な権力を振るう父親から,過剰な期待をかけられ,押しつぶされそうになる小学生「元也」を必死に守ろうとするリョウタ君の奮闘劇です.
父親からのひどすぎる叱咤激励のため心身症になってしまう元也君.しかし,父親は,元也の不調の原因は本人の弱さにあると主張してゆずらない.
このままでは元也がだめになると思ったリョウタは,思い切った行動に出るのです.
これが泣かせる.
物語の最後にリョウタが元也に語るセリフがいいですよ.
「強い人は弱い人の気持ちを考えて上げなくては.」
強い人とは元也君本人.
弱い人が,父親.
逆じゃないですよ.
さらに,「弱い人は自分を変えられないし,相手の気持ちになることも出来ない.だから,先に気が付いた方が,相手のことを守って上げるんだ」
つまり,父親から逃げたり,反発したりするのじゃなく,一見強そうな父親が,実は弱い人だから,「元也君,強い君がお父さんを守ってね.」
という,話に持っていくんです.
これは,すごいですよ.
現実に可能か否かは別として,このような教育方法は聞いたことがないし,実に新鮮です.
このくだりには文章に赤い線を引きたくなります.
石田衣良さんといえば,池袋ウエストゲートパークシリーズが有名ですし,恋愛小説も得意にしてますが,小学生の心根を語るセリフも,なかなかのものです.
そういえば,10代(中学生)の幼い青春を描いた「4ティーン」がありましたね.これで直木賞とったしね.若い人の感性を描くのもうまいはずです.
石田さんの小説に共通しているのは,読後感が非常にさわやかということ.
面白いけど,いやな気分が残る小説もありますね.その方が社会性がある,なんていう評になるもんだから...
でも,本当の社会性とは,こういう心の気付き,つまり哲学を教えてくれることだと思います.