風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

内田光子 with マーラー・チェンバー・オーケストラ 協奏曲の夕べⅠ @サントリーホール(11月4日)

2016年11月07日 00時09分13秒 | クラシック音楽



ペライア(31日)、ツィメルマン(1日)、光子さんⅠ(4日)、光子さんⅡ(8日)――。
なんという贅沢なピアノ週間。しかも大好きなピアノ協奏曲尽くし。
しかし一方で仕事で無理をしていたせいか酷い風邪をひいてしまい、4日の体調は最悪。寒気と吐き気と・・・
無事サントリーホールまで辿り着けるかどうか・・・というレベルでございました。
でも今回はP席で光子さんの真正面の席だったので、そこに空席を作りたくないという思いもあり、頑張って行ってまいりました。
そんななのでだいぶ集中力を欠く鑑賞となってしまいましたが、逆に言えばこれほどの体調の中で感動した部分についてはよほどだったのだろうと思います。

【モーツァルト: ピアノ協奏曲第19番 ヘ長調 K459】
以前も書きましたが、光子さんのモーツァルトについては、CDでは私にはその魅力がよくわからず・・・。それならば生で聴いてみよう、と今回のチケットを取ったわけです。前回シューベルトとベートーヴェンを生で聴いたことで、光子さんのピアノの魅力の一端がわかったように感じられたから。
で、この19番を聴いてわかったかというと、、、ごめんなさい、まだわからなかった・・・。こういうのって一度掴めば何を聴いても反応できるようになるものだけど、まだこの時点では私の耳は掴めておりませんでした。体調が相当悪かったので、ちょっと気分もノれなかった・・・
あとオケが時々ちょっとバラついてるようにも感じられ。良くも悪くも奏者に近すぎるのがP席の欠点かも。
でもオケの人達、雰囲気がとてもよかったですね。コンマスさん(イタマール・ゾルマンさん)、笑顔が素敵!演奏会でのこういう雰囲気って大事だなぁとつくづく。

【武満徹: 弦楽のためのレクイエム】
初めて聴く曲でした。今年はこの作曲家の没後20年なのですね。
これは好きなタイプの曲。曲って言えるのか?という曲ですけど、こういう神経を研ぎ澄まして音に身を預けきるタイプの曲は好きです。
指揮者はいなくて、皆さん立って演奏。すべては呼吸で合わせます。
これ、譜面どおりに生真面目に演奏するだけでは、曲の表現したいところは表せない曲のような気がする。といって情熱的に弾いても駄目で。この夜の方達、その辺の加減もとてもよくて。もっと体調のいいときに聴きたかったなぁ。
ちなみにこの曲、P席よりもう少しだけ離れた場所から聴く方が、音から立ち上る気(き)のようなものを感じやすいように思う。

(休憩)※このとき倒れそうなほどふらっふらでした・・・。

【モーツァルト: ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466】
以前シカゴ響のコンマスさんが光子さんのモーツァルトのピアノ協奏曲をIt’s like a small piece of very fine china that you examine from all angles. You see how the light reflects on certain things, the colors are very vivid.」と表現していました。でもこの“the light reflects on certain things, the colors are very vivid.”の部分について、CDではイマヒトツ私にはわからなかったのです。
ですが。
この20番の二楽章のピアノ・・・!
繊細な音の色彩とともに次々と変化していく風景。ワタクシ、このとき以降、体調の悪さを忘れていました。
美しかった。ひたすら美しかった。三楽章の短調も何もかもがとてつもなく美しくて、デモーニッシュな部分にもドロドロしたものは一切なく、でもこの美しさはモーツァルトの音楽の“核”となる部分なのだろうなと強い説得力とともに感じました。
そんな光子さんの何かが、オケに伝染したみたいだった。弾き振りがというよりは、ピアノの音そのものがオケを巻き込んでいっているような。ピアノの周りから何かが広がっていって舞台の空気が変わった、ように私には感じられた。決して支配的なやり方ではなく、ピアノがオケを変化させていた。オケの人達が「このピアノの美しさに合う演奏をしなければ」と自然と感じないではいられないであろう、そんな求心力のある演奏だった。すごかったわぁ・・・。
ところでバレンボイムのときにも感じましたが、弾き振りって指揮者がいるよりもピアニストは弾きやすそうですね。自分の思い通りの世界を作れるからかな。そしてモーツァルトの協奏曲は他の作曲家のそれに比べて弾き振りに合っているような気がする。オケとの距離感が近いというか。実際にモーツァルト自身も弾き振りをしていたのでしたっけ?

【バッハ:フランス組曲第5番よりサラバンド(アンコール)】
アンコールへの入り方、すっきりしていてカッコよかったぁ。拍手を引き延ばすことなく、すっと出てきて、さらりと着席。前回のリサイタルでも思ったけど、光子さんってこういう仕草がすごくスマートですよね。
そしてこのアンコール曲、すごく素敵だった。
優しくて、品があって、郷愁と温かみのようなものもあって。
光子さんってこんな音色でバッハを弾くんですね。
会場に静かに響く音色に、オーケストラも静かに耳を傾けていて。すごく贅沢な時間でした。
帰りの電車の中でこの音色が頭から離れなかった。
会場を出たところに掲示されていたアンコール曲の曲名がなぜか間違っていて(8日のアンコール曲を書いちゃったのかな。それとも光子さんがその場で曲目変更したのかしら)。男性が「これ間違ってるよー。あれはバッハのフランス組曲5番!」って写真を撮ってる人達に教えてあげていました。いいねぇ、こういうお客さん同士の交流

8日の協奏曲の夕べⅡも行きます。
今度は体調万全にして行かなきゃ。
※追記:11月8日の感想はこちら

ところで先程ググっていてたまたま見つけたんですが、来年3月に光子さんがパリでハイティンク×ロンドン響と共演するベートーヴェンのピアノ協奏曲、ブルックナーの9番とセットでチケット代が最高席€80、最安席は€10ですってよ。ワタクシは今回P席に13000円払いました。。。。。。。。。。。。。。。


インタビュー@ABC classic guide (転載)★
――今回の演目に込めた内田さんの想いをお聞かせください。

内田 作品番号は飛んでいますがピアノ協奏曲としては連続して書かれた作品で、この2曲にも関連性があります。K.459(第19番へ長調)は1784年の年末に完成しており、k.466(第20番ニ短調)は85年初めに作られています。作曲の時期が近かっただけではなく、実際に同じことが起こったりもします。事前に玉手箱を開けてしまうのは嫌なので具体的にどこかはあえて言いませんが、〝アレ?どこかで聴いたことがあるな?〟と気付かれる方もいるはずです。また、k.459の最終楽章のフガートは大変複雑怪奇に書かれています。これに強い興味を持ったのはベートーヴェンだったと思います。彼のピアノ協奏曲第3番ハ短調にもフガートが出てきますが、モーツァルトの方がより不規則に書かれています。一見、明るく楽しく、軽やかに動いているようですが、その裏側は複雑にひねくっている。これがモーツァルトのすごいところです。K.466は彼が書いたピアノ協奏曲の中で最もドラマティックな作品です。多くの人がこれとk.491ハ短調(第24番)の2つの短調の作品を最高峰と位置付けますが、私はこの2曲にk.503(第25番ハ長調)とk.482(第22番変ホ長調)を加えます。

――モーツァルトを弾くということはご自身の中でどんな意味があるのですか?

内田 もうじき死んでしまうというのだったら私はモーツァルトとシューベルト、ベートーヴェンだけを弾いて残すかもしれません。あとバッハも、ショパンもシューマンもちょっとだけ弾きたい。(笑) 2人だけ選べと言われたらモーツァルトとシューベルトを選ぶと思う…、いや、分かんないなあ、ベートーヴェンを弾きたいと思うかもしれませんね。(笑)
モーツァルトのピアノ協奏曲を大きなオーケストラと一緒に弾くのは難しいのです。今、一緒に弾きたいと思える指揮者はほんの数人しかいません。その点、マーラー・チェンバーとはとても気が合いますから、この人たちともっと弾いていきたいという強い気持ちを持っています。

――世界中の名門オーケストラから共演のオファーが寄せられている内田さんが、マーラー・チェンバーと特に共演を重ねたいとお考えになる理由をお聞かせください。

内田 私が作らんとしている音楽に対する反応がとても速い、ということがひとつの要素です。弾き振りしている際にハッと新しいアイディアを思いついた場合、誰かが以前のように弾いたら困るわけで、彼らにはそれはありません。指揮者がいないので、目で見るのではなくお互い耳で聴き合って即座に反応できる人たちなのです。そして音楽を作るということに対して根源的な部分での〝心〟を明確に持った集団でもあります。彼らがその〝心〟の中で一丸となって求めているものと私が作らんとしている音楽に、どこか共通性があるのだと思います。

――今回は弾き振りですが、指揮者がいる場合とソロに専念する時とでは演奏に臨むにあたっての違いはありますか?

内田 まずはやることが増えますが、何に留意するかというとどんな場合でも私は楽譜を理解し、そこから作曲家が何を考えたのかを読み取ることに変わりありません。弾き振りでは、私の采配で皆が弾いており、そこで何が起こるかというと、私が弾く音に皆が近づくわけです。今、私はごく少数の素晴らしい指揮者としか共演していません。彼らは偉大な音楽家であり、作品に対して自分なりの考えを持っており、それと私の考えを合わせるわけです。それが一致する場合があるから面白いのですが、その代わり違う部分も入ってくる。弾き振りでは違う部分がなくなり、私が全部弾いているのではないかという音を皆が出してくれます。

――最後に公演を楽しみにしているファンへのメッセージをお願いします。

内田 この世の中にモーツァルトのピアノ協奏曲ほど楽しいものはありません。オペラを観るようなつもりでお越しください。実際に扮装して歌ったりしないだけで、オペラと同じように物語があるのです。楽しく、面白く、物悲しく、そしてどんなに悲しくてもぱっと太陽が照る瞬間があるなど、さまざまな要素が満載です。ぜひ、お楽しみください。


※Marhler Chamber OrchestraのFBのコントラバスの呟きシリーズ、めちゃくちゃ可愛い
Do not kick of the quilt!!...you might catch a cold!! 」なんてコメントがついてる

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