ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

地域周産期医療の現場で、我々が今なすべきことは何だろうか?

2006年04月30日 | 飯田下伊那地域の産科問題

このまま現状を放置すれば、地域の周産期医療は滅亡の方向にどんどん向かってゆく一方である。今、我々が早急に取り組まねばならないことは一体何だろうか?

現状では、地域の中核病院に分娩が集中する流れは止められそうにない。従って、まず、中核病院の産婦人科医、助産師の数を現状の2~3倍に増やしてゆく必要がある。しかし、医師供給元である大学病院自体が医師不足に陥っている以上、医師数の増員も急には難しいことは確かだ。現場の対応としては、まず、現在の業務内容を徹底的に見直して、当面は現状の医師数で何とかすることを考えなければならない。

中核病院と開業医との連携をいっそう強化し、開業医の先生方にもできるだけ病院の産科業務に参加していただく。具体的には、低リスクの妊婦の検診はできる限り開業医で実施していただき、婦人科外来も癌検診や軽症患者は開業医の先生方にお任せし、中核病院の外来業務の負担をできる限り軽減する。開業医の先生方にも病院の当直業務の一部を受け持っていただくように協力を要請してゆく。

医師と助産師の業務内容を見直す。助産師外来などを充実させ、医師はハイリスク妊婦の管理に集中し、低リスクの妊婦の妊娠管理・分娩管理は助産師を中心として行う。医師と助産師の協力体制を強化し、正常に経過していた妊婦に異常が発生した場合には直ちに医師が対応できるようにする。

今回、新しい試みとして、産婦人科専属のクラークを1人配置し、紹介状、紹介状の返書、生命保険の診断書などの代行入力・プリントアウトなどの業務をフルタイムでしてもらえるようになった。これらの書類の処理には今まで膨大な時間と労力を費やしていたが、有能な専属クラークが迅速に事務処理してくれるようになって書類処理の負担はかなり軽減された。

また、将来において地域で活躍してくれる臨床医が枯渇しないように、奨学金制度などによる医学生に対する支援、医学生の臨床実習、研修医の教育、専門医教育などを積極的に行なって、将来的に地域に根ざした臨床医が多く育ってくれるように努力をする必要がある。大学病院との連携を強化し、この地域内においても、臨床医としての入門期の指導から、基本~高度の技術習得の修行、専門医資格の取得、キャリア形成まで可能な体制を構築して、将来の地域医療を担う臨床医は地域でも育ててゆく地道な努力を継続してゆく必要がある。

しかしながら、地域医療の現場で我々が当面できることは知恵を絞って可能な限り実施してゆくとしても、我々現場の人間にできることには限界がある。また、我々の体力・気力もこの先いつまでもつかわからない。現場の必死の努力で地域の周産期医療が何とか崩壊せずに持ちこたえているうちに、国の方で抜本的な制度改革を早急に行っていただきたいと思う。


湘南新聞:産婦人科医不足(神奈川県の場合)

2006年04月30日 | 地域周産期医療

湘南新聞、2006年(平成18年)4月15日(土)《1609号》
http://www.scn-net.ne.jp/~shonan-n/news/060415/060415.html

「お産できなくなる」――産婦人科医不足

昼夜を問わぬ分娩に立ち会わねばならない産婦人科医の労働条件は過酷だ。激務のうえに高い訴訟率、少ない診療報酬、医学生の産婦人科離れなどの要因が重なり、慢性的な医師不足から脱却できないでいる。

足柄で分娩件数を制限
将来ヘリコプターで搬送という事態も

県立足柄上病院は大学医局から医師の派遣を受けられず、産婦人科を閉鎖した。今月4日から診療を再開したが、月に10件程度の分娩しか受けつけていない。このため400人ほどの妊婦が小田原市民病院や秦野赤十字病院などでの分娩を余儀なくされている。横須賀地区でも深刻な医師不足が続いており、横浜市南部地域の病院に妊婦が集まっているという。
  茅ケ崎市内では、すでに産婦人科を廃止した総合病院があり、また閉鎖を検討している総合病院もある。12~13軒あった市内の診療所(開業医)も今では3軒しかない状況で、ある総合病院の産科医は「近い将来、もしかしたら、東京や横浜までお産に行かなくてはならない状況が生まれるかもしれない」と警告する。
  この病院には常勤、非常勤合わせて6人の産科医がいる。常勤の医師は3日に1回は泊まり勤務。過酷な労働だ。深夜に帝王切開の手術をすることもあると言う。「労働基準法はあってないようなもの。夜、一睡もできなくても翌日、外来患者を診なくてはならないし、手術のときもある。病院は重症患者が集まるので、医療ミスを起こさないとも限らない。24時間体制で働く診療科と、そうでない診療科とでは報酬に差をつけるべき」と主張する。
  04年12月、福島の県立病院で帝王切開した女性が死亡、執刀医師が今年2月に逮捕された事件にも言及。「これをきっかけに萎縮診療、医療体制の弱体化が広まる」と懸念した。「地域でも5年、10年後、お産ができる病院がなくなるかもしれない。ヘリコプターで妊婦を東京、横浜に搬送という事態になるかもしれない」

里帰り分娩が難しくなる

県産科婦人科医会によると、県内の産婦人科医師数は勤務・開業医合わせて約1000人。60歳以上の高齢者が多く、若い医師が少ない〝逆ピラミッド型〟。医学生の産婦人科離れと少子化が医師不足に拍車をかけている。
  産婦人科医師を養成する大学病院の医局では、系列の総合病院に医師を派遣できない事態が続いている。過疎地になればなるほど医師不足は深刻だ。全国で毎年約300人が大学産科医局に入局するが、今年は200人程度で、県内には10人しか入局していない。
  同医会では県内で分娩を取り扱っている病院と診療所合計184カ所に分娩中止の有無を調査した。結果、10年後に分娩を取り扱う施設が122カ所に減る見込みであることが分かった。昨年約7万件あった分娩数が10年後には約6万件となり、約1万人が「出産難民」になると推計。
  昨年2369件あった平塚の分娩件数は10年後に1655件に減り、700人余りが市内で分娩できなくなる計算。平成14年2383件に対し、17年は2369件と減少。横浜・川崎を除いて、最もお産ができなくなるおそれがあるのは小田原・足柄地区。昨年の分娩件数は2786件だったが、10年後には1500人強が地元でお産できなくなる事態に発展する、と推測。藤沢市では10年後、1000人強が市内で出産ができなくなると推測。秦野・伊勢原・大磯・二宮と茅ケ崎・寒川の2地域では逆に増加するとの推計が出た。今後は里帰り分娩が難しくなるケースが増えると予測している。
  

妊婦集中と加重労働という悪循環
病院と開業医の連携必要

平塚市内の産婦人科医師数は病院・開業医合わせて20人程度。平塚市民病院に7人、共済病院3人、残りが開業医だ。以前はお産が中心だったが、今は産科を廃止し、婦人科のみで運営する開業医が多くなったという。65歳を過ぎると8割が産科を廃止し、不妊症などを専門に診る婦人内科や更年期後の女性患者を扱うケースが主になるという。分娩は昼夜を問わないため、高齢の医師にとっては相当の負担なのだ。
  平塚市民病院産婦人科部長の持丸文雄医師は「3日に1回の泊まり勤務という過酷な労働で、危険、きつい、といった3K的な職場なので、やめて条件のいい病院に移る医師も少なくない。医療事故での訴訟額も高いので、なり手が少ない」と現状を訴える。
  産科医師数は医師全体の約5%であるにもかかわらず、訴訟件数は約12%を占めるという。示談・民事の損害賠償額は高額で、医師賠償責任保険を圧迫しているといわれる。病院内で起きた事故の賠償については病院の責任において保険金で支払うことになるが、個人の医師が訴えられることもある。このためほとんどの医師は損保会社と契約しているという。患者は病院と主治医を訴える場合があり、とくに子どもが脳性マヒになるなど重度の障害を負うと訴訟額は1億円を超すといわれる。
  持丸医師は言う。「産婦人科医師は将来の夢が描けない。診療所がお産をしなくなっているし、病院の産科数も減少している。昔は産婆さんが赤ちゃんを取り上げたが、今は医師がかならず立ち会わなければならない。お産の数は減少しているが、それ以上に産科医が減って、お産する場所がなくなっている」
「分娩取り扱いを中止する施設が増加すると、取り扱う施設に妊婦が集中し、総合病院の産科医は加重労働になる。これを解消するには中等度以上のリスクを持つ妊婦の検診を重点的に行い、分娩を取り扱わない開業医はリスクの低い妊婦を診るシステムの構築が必要だ」

インタビュー 県産科婦人科医会・八十島 唯一 会長
訴訟多く若い医師の志望少ない
診療点数の見直しを

産婦人科医師不足の抜本的な解決策はあるのか。神奈川県産科婦人科医会の八十島唯一会長に医療現場の現状と課題について聞いた。
  ――医師不足は深刻な状況なのですか。
「県内ではお産する場所がなくなるという事態にまでは発展していませんが、足柄上病院の問題や横須賀地区での医師不足は深刻な状況です。お産は予定日があるし、待ったなし。妊娠している人は困っています。足柄上病院は産婦人科を再開しましたが、月に10件程度と分娩を制限しているので、妊婦は小田原市立病院や秦野赤十字病院に集まっています。横須賀地区の人は横浜市南部地区の病院に集中しています」
  ――開業医も不足しているのですか。
「開業医には助産師が集まりません。それから医師も高齢化しています。新規にお産を取り扱うという開業医はいません。先細りしていくばかりです」
  ――最大の原因は何だと思われますか。
「開業医については助産師不足と医師の高齢化。60歳以上の人が多く、体力的にきついから産科を廃止してしまう。勤務医は昼夜を問わない過酷な診療のため。病院によっては月に10日以上当直しなければならないところもあります。開業医が減少し病院でのお産が増えたので、勤務医はますます過酷な労働状況です」
「医療事故による訴訟が多いことも医師不足に拍車をかけています。産婦人科は事故件数は少ないのですが、額が大きい。訴訟を起こされたらとても払える額ではありません。訴訟が後を絶たない今、医学生の志望が少ない。このため、大学医局からの若い医師の派遣ができないのです」
  ――過疎地の人が横浜でお産するケースが増えているそうですが。
「横浜にはお産のできる病院が多いからです。過疎地域ではお産のできる病院が少なく、横浜など都市部に集まってきています。
  県内の産科医は約1000人いますが、以前に比べて減少傾向。60歳以上の高齢者が多く、若い医師が少ない。平成6年~16年まで全国で医師が約4万人増えましたが、産科医は約900人減少しています。医師全体の数が増えているにもかかわらず、産科医だけは減少しているのです。開業医が産科を廃止し、婦人科だけにするところも増えています。今後は妊婦の検診だけを開業医が扱い、お産は総合病院という形態が増えると思います。そうなると、お産を扱う総合病院にとってさらに負担になります。しかも内科や眼科などの診療科と同じような報酬なので、なり手がいません」
  ――抜本的な解決策はないのですか。
「国は『連携強化病院とそれをサポートする連携病院に再編成する』と言っています。核となる公的病院に5人なら5人、10人なら10人と医師を集中させる。一つの核となる病院にお産を集中させ、医師不足を解消するという考え方です。産科医の診療点数を上げるなど、抜本的な解決が必要です」