ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

横浜市医師会・横浜市産婦人科医会の抗議声明

2006年04月11日 | 大野病院事件

http://www.yokohama.kanagawa.med.or.jp/

福島県立大野病院産婦人科医不当逮捕に対する抗議声明文

 産婦人科医の減少に伴い、出産する場所が地域から失われつつある現状で、なおかつ医師会並びに産婦人科医会としては、地域の皆様の出産を安全に行うために努力しているところであります。しかし、地域医療に真摯に取り組む医師の関わる母体死亡の事案について、刑事事件として逮捕、起訴される事件が起きました。この事案に関し、死亡なさった方がおられることは誠に遺憾なことであり、心より哀悼の意を表します。しかし、業務上過失致死、ならびに異状死の届出義務違反という刑事事件として扱うことに対し、横浜市医師会並びに横浜市産婦人科医会として抗議いたします。

 今回の事案は福島県における産科医が不足している地域で、一人で24時間、365日中核病院の役割を支えていた医師の医療行為の過程において発生しました。医療行為を行わなかった場合はかなりの確率で母児ともに死亡したであろうと思われる、前置胎盤と、予測不可能とされる子宮後壁付着の癒着胎盤の症例に行った帝王切開において発生した死亡です。

 臨床に携わる産科医であれば、それまで妊娠、分娩の経過に異常がないにもかかわらず、数分後には命に関わる予見できない大出血がおこることを誰もが経験しています。出産時の出血の怖さは産科医が一番よく知っているため、ほとんどの医師は出産において、どのように経過がよくても一瞬たりとも気を抜くことができません。その努力にもかかわらず、予見できず、防ぐこともできない出血死はあり得ます。そのような出血に遭遇したとき、様々な努力も虚しく死亡し、その結果として刑事訴追を受けるとしたら、産科医療そのものが成り立ちません。

 また、異状死の届出義務違反についても、最高裁判例があるものの、何が異状死に当たるのかは厚労省から通達はおろか、内部でその検討すらなされていない現状では、今回の事例を、その判決文の内容のみでそれに当てはめるのは妥当でないと考えます。

 こうした結果に対して一人の人間にすべての責任があるかのような今回の刑事訴追は、恐怖心による保身のための萎縮した医療を促すことはあっても、事案を通して本来なすべき他の人たちへの医療レベルの向上に資することは無いと考えます。また、今回の刑事訴追は出産に関わる全国の産科医を恐怖のどん底に突き落とすものであります。地域での出産を守る為に孤軍奮闘している医師は今回の事案を通して、刑事事件へのおそれから逃れるために出産に関わることを辞めるかも知れません。それゆえ、刑事罰によって結果責任を追及するという今回の刑事訴追を認めることはできません。今回の刑事訴追に強く抗議いたします。

 最後に、今回お亡くなりになった方、およびご遺族の方々の悲しみを考えるとき、産科医療に携わる医師として、とてもつらい気持ちになります。無事この世に生を受けた赤ちゃんの成長を見守ることなく旅立たれた方のご冥福を心よりお祈りするとともに、ご家族の悲しみが一日も早く癒され心に平安が訪れることを、心よりお祈り申し上げます。

平成18年4月6日
 横浜市医師会会長  今井 三男
 横浜市産婦人科医会会長  東條 龍太郎

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北海道産婦人科医会・北海道産科婦人科学会の声明
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