ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

神戸市中央区医師会の声明

2006年04月14日 | 大野病院事件

http://www.kobe-med.or.jp/chuou/index.htm

福島県立大野病院産婦人科医師逮捕起訴に対する声明文

神戸市中央区医師会 会長 置塩 隆
神戸市中央区医師会    理事一同

 先ずは、ご逝去された患者様とご家族ご親族の皆様に対し哀悼の意をささげたいと思います。
 さて、平成18年2月18日、福島県立大野病院産婦人科医師、加藤克彦医師が業務上過失致死および医師法違反の被疑により逮捕拘留、3月10日福島地裁に起訴された件に関し、神戸市中央区医師会は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、遺憾の意を表明すると共に強く抗議します。

1.逮捕起訴理由となる医学的過失の有無に関して

 子宮全摘出が必要な癒着胎盤は全分娩の0.01%であり、今回の症例において、特別な危険因子が存在していたわけではありません。超音波検査やMRIを用いて癒着胎盤を診断する試みはありますが、日常診療の中で標準的な取り扱いになる程、信頼性は高くありません。従って、今回の症例では、子宮全摘出となる程の癒着した前置胎盤を予知することは困難であり、逮捕の理由となるような明白な医学的過失は存在しないと考えます。

2.逮捕起訴理由とされた「異状死」の届出義務について

 医師法21条の「異状死」の概念や定義には曖昧な点が多く、外科関連学会協議会は、「何らかの重大な医療過誤の存在が強く疑われ、また何らかの医療過誤の存在が明らかであり、それらが患者の死亡の原因になった場合、所轄警察に届出を要する」としています。今回の件は、結果的には医学的に合併症として合理的に説明できる死亡であり、異状死とは認めにくく、しかもこの届出義務は逮捕された主治医ではなく、病院の開設者が責任を負うべきであり、これを逮捕理由とするのは不可解です。

3.逮捕起訴の契機・手段について

 逮捕のきっかけとなったとされている医療事故調査委員会報告とは、鉄道事故・航空機事故と同様に、単に個人の責に収束するのではなく、事故の再発予防のために原因背景を調査するために作られた委員会報告書です。その報告を元に、個人の刑事責任を追及することは本末転倒と思われます。また、通常逮捕監禁する場合は、よほどの重大事件か、逃亡証拠隠滅の恐れがある場合に限られます。あの、耐震疑惑でさえ誰も逮捕されていません。

 今回の場合、1年以上前に、すでに家宅捜索もされ、証拠隠滅の恐れがなく、病院の産科一人医長で継続診療中であった加藤医師に逃亡の恐れなど全く考えられません。もっと任意で事情聴取できたはずなのに、突然の逮捕には合理的説明が不可能です。

4. 逮捕起訴による地域医療への影響について

 国民医療費、医師数がG7国家で最低であるにもかかわらず、世界有数の周産期死亡率の低値を維持できていたのは、産科医が医師不足を補ってありあまるほどの、重労働をして支えてきたからです。労働基準法違反の勤務体系である日本の多くの産科医にとり、気概となっていたのは、地域を背負っているという自負と、赤ちゃんに対する愛情です。今回も、加藤医師は、県立大野病院の一人医長として、昼夜の区別なく全ての分娩を一人で対応してきていました。しかし、個人の逮捕という出来事により、一瞬で地域の産科医が消失する事態に陥りました。したがって、今回の事件は、医師個人の問題ではなく、現在の地方僻地医療が抱えている医師不足や、輸血血液の確保難を背景とした医療政策、医療マネージメントの問題と考えられ、刑事事件として個人の責任に帰することは筋違いと考えます。

 以上のように、神戸市中央区医師会は、純粋に医学的見地から検討した結果、今回の検察当局による加藤医師の逮捕は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、強く抗議するとともに、加藤医師への全面的な支援を表明します。
   
福島県立大野病院産婦人科医師逮捕起訴に対する抗議文

神戸市中央区医師会 会長 置塩 隆
神戸市中央区医師会 理事 一同

 先ずは、ご逝去された患者様とご家族ご親族の皆様に対し哀悼の意をささげたいと思います。
 さて、平成18年2月18日、福島県立大野病院産婦人科医師、加藤克彦医師が業務上過失致死および医師法違反の被疑により逮捕、富岡警察署に拘留、3月10日福島地裁に起訴された件に関し、神戸市中央区医師会は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、遺憾の意を表明すると共に強く抗議します。

1.逮捕起訴理由となる医学的過失の有無に関して

 前置胎盤症例は全分娩の0.5%に見られ、多くは帝王切開となります。この場合留意すべきものは癒着胎盤ですが、癒着胎盤を伴う前置胎盤の頻度は0.1%未満です。また、子宮全摘出が必要な癒着胎盤は全分娩の0.01%と考えらています。一般にこの頻度は経産回数、高年齢、帝王切開術等手術既往と相関するとされています。本症例においては、前回帝王切開がなされていますが、その創部と胎盤付着部位は離れており、前置胎盤症例の中で特別な危険因子が存在していたわけではありません。また、超音波検査やMRIを用いて癒着胎盤を診断する試みはありますが、日常診療の中で標準的な取り扱いになる程、診断の信頼性は高くありません。従って、本症例では、子宮全摘出となる程の癒着した前置胎盤を予知することは困難であり、ここには明白な医学的過失は存在しないと考えます。

2.逮捕起訴理由とされた「異状死」の届出義務について

 医師法21条では「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」と規定されていますが、「異状死」の概念や定義には曖昧な点が多く、外科関連学会協議会は、「何らかの重大な医療過誤の存在が強く疑われ、また何らかの医療過誤の存在が明らかであり、それらが患者の死亡の原因になった場合、所轄警察に届出を要する」としています。本件は、結果的には医学的に合併症として合理的に説明できる死亡であり、異状死とは認めがたいと思われます。もし、万一、本例のようなケースを「異状死」として届ける義務があるとするならば、疾病加療中であっても非常に希な合併症での全ての死亡に関して警察に届けなければならないし、しかもこの義務は逮捕された主治医ではなく、病院の開設者が責任を負うべきであり、これを逮捕理由とするのは不可解です。

3. 逮捕起訴の契機・手法について

 当初の新聞報道によれば、県の医療事故調査委員会報告が、逮捕のきっかけとなったとされています。本来医療事故調査委員会とは、鉄道事故・航空機事故と同様に、単に個人の責に収束するのではなく、事故の再発予防のために原因背景を調査するために設けられた委員会です。その報告を下に、個人の刑事責任を追及する事は、委員会報告に正確な申告が行われなくなる可能性があるばかりでなく、防衛医療(責任逃れの為の不必要な検査)や、委縮診療(逆に必要であってもリスクがある医療行為が行われなること)といった、医療費上昇、患者のためにならない医療の横行につながります。そのため、欧米では、医療事故に関して、事故調査委員会とともに無過失保障制度という制度が導入されています。無過失補償制度とは、「無過失あるいは過失の証明が困難な事例を含め、医療に伴い患者が受けたすべての障害に対して、迅速・公平な補償が可能になる公的な制度」で、スウェーデンやフィンランドではすでに制度として確立しており、日本医師会も、この制度の創設を訴えています。本ケースのように、医学的過失が明白ではない場合にも、事故調査委員会報告から個人の逮捕に至るのであれば、事故再発どころか発生の素因すらつかめず、日本の医療の荒廃を招きかねないと危惧し、今回の検察の行動には理不尽さをぬぐえません。

 また、検察が手段として用いた逮捕という行為についても、大きな疑問点が残ります。通常逮捕監禁する場合は、よほどの重大事件か、逃亡証拠隠滅の恐れがある場合に限られます。あの、耐震疑惑でさえ誰も逮捕されていません。今回の場合、1年以上前に、すでに家宅捜索もされ、証拠隠滅の恐れがなく、病院の産科一人医長で継続診療中であった加藤医師に逃亡の恐れなど全く考えられません。もっ と任意で事情聴取できたはずであるのに、いきなりの逮捕という手法は疑念が生じます。

4. 逮捕起訴による地域医療への影響について

 対GDP比の国民医療費、医師数がG7国家で最低であるにもかかわらず、世界有数の周産期死亡率の低値を維持できていたのは、産科医が医師不足を補ってありあまるほどの、重労働をして支えてきたからです。労働基準法違反の勤務体系である、日本の多くの産科医にとって、気概となっていたのは、地域を背負っているという自負と、赤ちゃんに対する愛情でした。今回の場合でも、加藤医師は、県立大野病院の一人医長として、昼夜の区別なく全ての分娩を一人で対応してきていました。その責務は非常に重く、実際逮捕後には県立大野病院は代替産科医を用意できず、地域の産科医が消失する事態に陥いりました。今回の場合、帝王切開中に癒着胎盤による大出血で、子宮動脈血流遮断、 子宮全摘などの止血措置を施したにも関わらず、母体は不幸な転帰をたどられておりますが、赤ちゃんは帝王切開で無事に救えています。相当な名医だったとしても、この措置を1人で行うことは極めて困難と思われます。したがって、今回の事件は、医師個人の問題ではなく、現在の地方僻地医療が抱えている医師不足や、輸血血液の確保難を背景とした医療政策、医療マネージメントの問題と考えられ、刑事事件として個人の責任に帰することは本末転倒と思われます。

 以上のように、今回の件における検察当局による医師逮捕は、誤った医学的判断および医師法解釈による不当な行為と考え、強く抗議します。今後もこのようなケースが出てくるようならば医療側は過剰診療・防衛医療、消極的医療(リスクが高い医療を拒否)にならざるを得ず、アメリカのように産科医療からの撤退、産科医の減少、分娩機関は減少し、周産期医療は崩壊、国民は分娩する場所を失い、少子化に拍車をかけるようになることが危惧されます。患者にとっては安全・安心な医療が受けられるよう、また医師にとっても安全・安心な医療が提供できるよう速やかな善処をお願いします。

 神戸市中央区医師会は、ここに加藤医師の逮捕起訴に対し強く抗議するとともに、加藤医師への全面的な支援を表明します。また、診療行為に関連した患者死亡事故の真相解明、再発防止について協議する無過失補償制度が早急に創設されることを切に望みます。


日産婦学会群馬地方部会・日産婦医会群馬県支部の声明

2006年04月14日 | 大野病院事件

http://med.wind.ne.jp/gunmasaog/index.html

平成18年4月10日

日産婦日産医群馬県支部 会員各位

             日産婦学会群馬地方部会長  峯 岸   敬
             日産婦医会群馬県支部長   佐 藤   仁


         産婦人科医の不当逮捕に抗議する
         -異状死のあいまいな定義こそ問題-


謹啓
 時下、先生にはご健勝のこととご拝察申し上げます。日頃より支部の業務にご協力賜り厚く御礼申し上げます。
 さて、今年2月に産婦人科医が業務上過失致死と医師法第21条(異状死等の届出義務)違反の容疑で逮捕されました。前置胎盤で帝王切開を受けた妊婦さんが出血性ショックで死亡した事例で、異状死として警察へ届け出なかったことが逮捕の理由になっています。
 医師法第21条とは「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」という条文です。明治時代の医師法をそのまま踏襲しており、犯罪の発見と公安の維持が当初の目的でした。実は現在第21条について、「手術や分娩に関連した偶発的な死を異状死と捉えるか否か」、日本法医学会と日本外科学会で大きな解釈の違いがあります。
 日本法医学会は「過失の有無にかかわらず」届け出るとガイドラインに定めています。これに対して外科学会は「重大な医療過誤があったか、強く疑われるとき」と届け出に条件を設定しています。二つの見解が異なっている現状では、届け出れば業務上過失致死罪に問われ、届け出なければ第21条違反で逮捕されることになります。結局異状死の定義があいまいなため、司法の判断で過失認定されることが問題といえるでしょう。

 3月31日の支部役員会で逮捕事件が議題になりました。その結果役員会は、不当逮捕に関する抗議の声明を各方面に出すとともに、下記のように対応することを決めました。

1.診療に関連する死亡事故や4月以上の死産の届け出
 「過失の有無にかかわらず届け出る」ことは、法医学会の解釈を支持することになり産婦人科医として到底承服できません。3月24日に日本医師会は、異状死を巡っては医療事故と過誤を厳密に分けるべきという見解を打ち出しました。支部も、異状死の基準が明確になるまで従来通りと考えて、犯罪性のない死亡事故と死産を届け出る必要はないと判断致します。ただ明らかな過誤による死亡例は所轄警察署に届け出ることになります。

2.加藤克彦医師に対する支援
 加藤医師は保釈されましたが、保釈金500万円が課せられました。過失の有無だけでなく、裁判を通じて異状死の定義を明確にするために長期の係争が予測されます。支部は支援の意味で、「加藤克彦先生を支える会」に義援金(20万円)を拠出することになりました。また支部会員にも別添の「募金趣意書」をご覧の上、ご協力をお願いする次第です。

敬具