コーチkazuの「夢が実現!」 http://www.katch.ne.jp/~k-kami/

コーチ日本1のkazuさんが満を持してブログに登場!教育コーチを日本に広めた第一人者として、東奔西走しています。

変化を楽しむことが人生の達人

2012-05-10 06:54:21 | Weblog
人は誰しも、
よりよい人生を送りたいと願っています。

しかし、そう思っていながら、
逆のことを口ぐせにしてしまっている場合が意外と多いようです。

たとえば、
「ガンになったらどうしよう」
「私はあの人に嫌われたのではないか」
などと頻繁に口にする人は、
まるで「悩みの種」を蒔きながら暮らしているように感じます。

さらに、
仕事が順調に運んでいるときでさえでも、
「いつかは失敗するんじゃないか」
「そのうち会社がつぶれるかもしれない」
などと否定的なことばかり言う人もいます。

おそらく、
変化していくことに対する
不安や恐怖が人一倍強いからなのでしょう。

何か変化が起こると、
決まって人生が悪い方向に傾くと思い込んでいるようです。

たしかに古きを壊して
新しきを確立するのは、
勇気のいることです。

慣れ親しんだ日常に留まりたいと考えるも、
ごく自然な感情ですね。

しかし、
変化とは言い換えれば成長です。
それを拒むことは、
生きることを放棄するのと何じですね。

自分をほめること

2012-05-10 06:53:20 | Weblog
人間は、
肉体面でも精神面でも、
自分が思っている以上に
はるかに強く健全にできているようです。

「私はそんなに強くないから」と嘆いていても、
事はいっこうに良くなりません。
弱いところがあるのなら、
強くなればいいのです。

「自分は強いんだ」と、
自分に言い聞かせることです。

あなたから見て強いと思える人も、
最初から強かったわけではありません。

「弱々しい人生はイヤだ、強くなりたい」
と試行錯誤しているうち、
本当に強く生きられるようになったのです。

では、
どうしたら自分が本来持っているはずの強さや力を
発揮できるのでしょうか?

それには、
まず第一に
「自分を丸ごと認め、好きになる」ことです。

たとえば、
知り合いに、
どう見ても太めに人ですが
とてもおしゃれでセンスのいい女性がいます。

彼女は、
いつもその時々の流行を取り入れた、
しかし流行に振り回されることのない、
いかにも彼女らしいかわいい印象の装いをして、
周囲に華やかさをふりまいています。

そんな姿を見て、
「ああ、自分のスタイルを持っているんだな」と、
私も深く感心していました。
そしてあるとき、
上手なおしゃれの秘訣は何かと聞いてみたところ、
彼女はそっとこう教えてくれたのです。

「欠点より長所です、
私は自分のいいところばかり数えるの。
そしてそこを思いきりアピールするの。
そうすると、
欠点だと思っていたところがいつの間にか気にならなくなる」

これには、私も思わず納得しました。

「欠点ばかり気にしていたって始まらない」

つまり、
考え方や生き方に関することも、
どんどん自分の長所と思えることをリストアップしていきましょう。

私は仕事熱心だ、
家族を大切にする、
遊びや趣味の範囲が広い、
体力がある
読書家だ、
料理上手だ、
友達が多い、
ユーモアのセンスがある、
約束を必ず守る、
子どもが好きだ、
動物を大切にする、
絵を描くのがうまい、
写真の腕はプロ並み、
と思いつくままに挙げてみてください。

そしてまた、
たとえ人から
「そんなの嘘」と言われることがあったとしても、
自分でそれを短所と思わないなら、
「楽天的な性格で、人の言ったことは気にならない」
というように、
長所ととらえれば良いのです。
そうして自分で自分の好きなところを、
十個といわず、
いくらでも限りなく挙げていってください。

そうすることで、
さらに深く自分を知り、
もっと自分を好きになっていくことができます。

言票が人生の風向きを決めます

2012-05-08 06:52:34 | Weblog
よく「病は気から」と言いますね。
人生についても同じことが当てはまります。

「生きることはつらく苦しい」
「自分はもうダメだ」
と思って下を向いていると、
どんどん落ちていくばかりです。

しかし、
「このくらい平気だ、私は大丈夫」
と思っていれば、
また勢いを盛り返してきます。

幸不幸の分かれ月は、
気持ちをどちらの方角へ向けるかで決まってきます。

もし自分が、
すぐに落ち込んでしまうタイプだと思うなら、
つらいことばかり続くときほど、
まず元気な「フリ」をしてみましょう。

自分に向かって、
私は大丈太だと暗示をかけるのです。

最初はちょっと無理して
思い込むようにする機がするかもしれません。
しかし、
それを乗り越えてください。

「たいしたことじゃないよ。
ちょっと一時的に不都合になっているだけだ」と

こう言い続けているうち、
やがて実際に考えが
だんだん明るく前向きになり、
自分でも不思議なほど
自由な行動がとれるようになっていきます。

困難を乗りきる知恵と力が、
自然と湧きあがってきます。

いつもの思考パターンを
なるべく良い方向へとコントロールしていくには、
あえて意識的に、
良い言葉をどんどん使うことが大切なのです。

というのも、
ふだん何気なく行なっているつもりの思考にも、
その人なりの癖があり、
思い込みとなって定着しているものだからです。
そうした考え方の癖は
なかなか自覚しにくいものですが、
明らかに人格の一部となっているものですし、
人生を支配してしまいます。

心の鍛え方と、体の鍛え方は同じ

2012-05-07 06:51:45 | Weblog
何を目標にしたらいいかわからないという人もいるでしょう。
あるいは、
目標は漠然としたものではあるのだけれど、
具体的にはまだ確固たるものになっていないという人もいるかもしれません。

最終的な人生の目標にたどりつくまでの過程では
そういうこともあるかもしれません。

そんな場合には、
とりあえず自分に与えられている仕事を完璧にこなしていくことに
心を集中してみてはいかがでしょうか?

それは、
たとえ自分自身がどんなにつまらないと思っていても構わないのです。

なぜならば、
その仕事はあなたに託されたものなのですから、
それを完全にやり遂げることが
あなたの自信につながります。

また、嫌々でも
自分をコントロールする能力を身につけることにもなるからです。
その能力を育てていくことが、
やがては自分の自信となり、
思いを達成する道に近づいていくことになります。

集中力を養っていくことによって、
自分をコントロールする能力を養っていくことにもつながるのです。

弱さを克服しようというのであれば、
「強さとは、努力と忍耐によってのみ育てられる」ということを信じることです。
なぜならば、
信念があれば、
努力と忍耐を重ねることをいといません。

そのことによって、
徐々に強くなっていき、
気がついたときには非凡な強さに到達しているのです。

例えば体の弱い人が、
自分の体質を見ながら
毎日コツコツとトレーニングを積んでいくことを考えてください。

気がついたら、
その人は自然に肉体を強くしていくことができているのです。
これは、精神力のトレーニングにも通ずることです。


肉体を鍛えるのと同じように、
心を鍛えるトレーニングも
毎日コツコツと自分を強くしていくことを心がけることです。

「仕事」から「志事」へ

2012-05-05 06:51:06 | Weblog
ゴールデンウィークもあと数日
多くの人は
来週から仕事です。

今日は
「仕事」と「志事」の違いを考えて見たいと
思います。

普通、
仕事は
「お金を稼ぐため」
「経済的に安定するため」
「家族を養うため」
に行ないます。

しかし、
その仕事から
誰かに感謝されば、
うれしいでしょうね。

もう少し突き詰めれば
人は
他人から感謝されることを喜びとして、
仕事をしているのかもしれません。


感謝するひとも、
感謝されるひとも、
ともに喜びを見つけていくことでしょう。

「仕事」は、「志事」とも書きます。

仕事は、他人に仕えることですが
志事は、志をもって、人の喜びに貢献することです。

毎日、仕事をする中で
そんな気持ちでありつづけたいと思っています。

皆さんは
「仕事」ですか
それとも、
「志事」ですか?

この世は本来自己中心的な人しかいない

2012-05-04 06:49:14 | Weblog
「ギブアンドギブ」で生活するとすべてはうまくいきます。

しかし、そんなことはわかっているが
でも、やはり見返りを求めてしまうという人。

安心してください。

人は、本来自己中心的なものだからです。

心理学には
フォール・コンセンサスという考え方があります。)

これは、自分の考えはいつでも正しく
それ以外の考えは、間違っていると感じてしまう効果のことです。

例えば、
 「君は自分が絶対に正しいと信じているのだろう?」 と誰かに問えば、
きっと誰でもNOと言うでしょう。

この質問は、「君は自分が自己中心的だと思うか?」 とたずねているのと
ほぼ同じことだと思います。

不思議なことに世の中には、
自分の行動や発言が正しいと信じて疑わない方が結構大勢います。

驚いたことに彼らは、
まだ試してもいない方法が絶対成功するとか、
皆も自分と同じ考えだというようなことを
どうどうと主張します。

いったい何故なのでしょう?

たんなる自信過剰ではありません。
多くの人は自分が多数派だと思っているのです。

実は認知上の誤りでしかないのですが、
これがフォール・コンセンサスです。

古来より、
人には群れる習慣があります。

現代においても、
性格が合う相手や、
趣味が同じ相手と行動を共にする傾向があります。

その結果として、
自分の意見や行動を誰もが受け入れてくれると思い込んでしまいます。

言わば、井の中の蛙(かわず)なのです。
自分を客観的に見つめるには、
自分が井の中の蛙であることをきちんと理解することが必要ですね。

人生は「ゲーム」と考えれば楽しい

2012-05-03 06:48:39 | Weblog
日々いろいろな問題が起こってきますね
人間関係・・・
経済問題・・・
健康問題・・・
などなど
大なり小なり
日々何か変化しています。

そのときに
ほとんどの人は
「また問題がおいた」
「俺のところばっかりだ」
「なんて運がないんだろうか」
と考えてしまっているようです。

そこで、一つ提案ですが
その問題を、
「ゲーム」と考えてみてください。

ゲームは、
勝ったり負けたり
スリリングな展開があるから面白いですよね。

たとえば推理小説でも
最初から犯人はわかっていた
証拠もそろっている
本人も自白した
動機もある
という事件であれば何も面白くありませんね。


もし、あなたに
「あの人とうまくいかない」と
ジタバタあせってみたところで改善は難しいです。

そこで、ゲームのように楽しみをもって
作戦を練って
トライしたらどうでしょうか?

だから、人生は楽しいですよね。

「似た者同士」は喧嘩し、「違う者同士」は仲がいい

2012-05-02 06:47:41 | Weblog
もし、あなたに
「あんな人は、もう顔も思い出したくない」という人がいるとすれば、
それはどんな人でしょう?

それはおそらく、
あなたとは「違った人」で、
考え力も趣味も嗜好も価値観も、
まったく「相容れない人」と思いがちです。

ところが、これが人と人との心理のトリックです。

例えば
タイガースファンの宿敵といえば、
ジャイアンツファンです。
しかし、
このふたり、同じ「野球好き」です。

そば好きが何かとバカにするのは、
うどん好きです。
しかし、ふたりとも「麺好き」という点では違いはありません

親子関係であれば、
同じ遺伝子を持っているのに、
激しくいがみ合い、
衝突し、
「オヤジは、どうしてオレのことをわかってくれないんだ」と怒り、
一方オヤジは、
「どうして、あいつは親のいうことがわからないのか」と嘆きます。

友達もしかり、
兄弟もしかり、です。

共通する「何か」を持っている人同士が、
いがみ合うしくみになっています。

人と人というのは、
「似ている」からこそ、
「似ていない」ところが気になり、
許しがたいと思い、
ケンカを始めてお互いにへとへとになるのです。

ところが
まったく「違った人」とのほうが分が合ったり、
うまくやっていけることも多い。

実際、
「同年代の男より、ずっと年上の男性が好き」という女性もいます。
初めから「似ていない」ことを前提にしてつきあうから、
かえって「似ている」ところがあるとうれしくなり、
うまくいくようです。

「似た者何士」というのは、
人と人との「いい関係」を言い表わしているわけではありません。
自分とは「異なるところ」「相容れないところ」を
尊敬し合える関係を
「いい関係」ということのように思います。

うまくいかないのは、「原理原則」に違反している

2012-05-01 06:46:54 | Weblog
「7つの習慣」では
「成功には原理原則があり、それはいつも変わらない」
ということが何度でも言われます。

たとえば、健康について言えば
「自分は健康になりたい」
「病気から、決別したい」と考えているとします。

健康になるためには
その原理原則があります。

たとえば、体に絶対に必要なものは
良質な水(野菜などで吸い上げられた水分)
や酸素(腹式呼吸)などといわれている。

それなのに、タバコや酒を飲んで
「なぜ俺は健康になれないんだ」と騒いでいる。
それは無理というものです。

また「7つの習慣」の第5の習慣に
「理解してから理解される」という部分があります。

それなのに、自分のことばかり主張していて
ビジネスやコミュニケーションがうまくいかないのは
当たり前である。

もう一度
物事に原理原則を見直したいと思ったGWの3日間でした。