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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CDレビュー◇レオンスカヤのシューベルト:ピアノソナタ選集

2020-06-09 09:48:59 | 器楽曲(ピアノ)


シューベルト:ピアノソナタ 第7番 変ホ長調 D568
              第13番 イ長調 D664
              第17番 ニ長調 D850
              第18番 ト長調 D894「幻想」
              第19番 ハ短調 D958
              第20番 イ長調 D959
              第21番 変ロ長調 D960

ピアノ:エリーザベト・レオンスカヤ

CD:ワーナーミュージック・ジャパン
     CD「エリーザベト・レオンスカヤ/シューベルト:ピアノ作品集」(6枚組)より
           (WARNER CLASSICS 0190295974954)
 
 エリザーベト・レオンスカヤ(1945年生まれ)は、グルジア、トビリシ生まれ。11歳の時、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番でオーケストラと共演、13歳の時にはソロ・リサイタルを行うなど、幼いころから才能を発揮。1964年から1971年までモスクワ音楽院で学ぶ。この間、1964年、ブカレストにおいて開催された「ジョルジェ・エネスク国際コンクール」優勝、パリにおいて開催された「ロン=ティボー国際コンクール」第3位、など数々の重要なコンクールで入賞を果たす。 1978年には旧ソ連からウィーンに移住し、活動拠点を西側に置く。翌年のザルツブルク音楽祭にデビューし、成功を収めたことで国際的名声を確立。夏期講習で教えたり、リサイタル、室内楽、オーケストラとの共演など多彩な活動を展開する。また、若い頃からリヒテルとの二重奏活動は、レオンスカヤの芸術上の発展に重要な位置を占めることになる。1992年に録音したリストの作品のCDは「黄金のディアパソン賞」を受賞した。また、シューベルトのピアノソナタや即興曲の録音は、シューベルトの内面の精神性を見事に再現しており高い評価を得ている。しばしば来日し、演奏会を通して多くのファンに親しまれている。
 
 今回は6枚組のCDアルバム「エリーザベト・レオンスカヤ/シューベルト:ピアノ作品集」(WARNER CLASSICS 0190295974954)より、7曲のシューベルトのピアノソナタを選んで聴くことにする。レオンスカヤの弾くシューベルトのピアノソナタは、シューベルトに対する深い共感が籠もっていると同時に、他のピアニストから聴くことのできない親しみ易さが大きな特徴となっている。このため、一生聴き続けたいCDの一つといった位置づけをされても何の不思議もないほど、優れた演奏内容となっている。
 
 シューベルトは生涯で、番号が振られたピアノソナタを全部で21曲遺した。これらの作品は、①初期(1815年~1816年)第1番~第3番 ②中期(1817年~1819年)第4番~第13番 ③後期(1823年~1828年)第14番~第21番と区分けすることができよう。このうち、1828年に作曲された後期の最後の3曲は一般に「3大ソナタ」と名づけられ、シューベルトのピアノソナタの最高傑作に位置付けられている。シューベルトのピアノソナタは、シューベルトの歌曲や室内楽や交響曲などのようには知名度は高くないものの、一度聴き始めると愛着度が増し、生涯忘れることのできなくなるような作品が少なくない。シューベルトの歌曲作品というと、仰ぎ見るような威厳に満ちた印象があるが、それに対して、ピアノソナタは、いずれもシューベルトの心の内を見せてくれるような親しみやすさに溢れている。
 
 最初の曲である第7番 変ホ長調 D568は、第1番~第6番のピアノソナタ完成させた後、変ニ長調のソナタに取り組んだが、未完成で終わり(D567)、この曲を基に1817年に完成させた作品。素朴な曲想だが、その中にもシューベルトらしさの萌芽が見られる作品。レオンスカヤはこのソナタを、シューベルトの原点を探り当てるかのように、一音一音を確かめるように弾き進む。次の曲からの期待感が高まる。次のピアノソナタ第13番 イ長調 D664は、1819年夏か1825年に作曲された。この曲は、全3楽章の全てが、それはそれは美しい旋律に覆い尽くされた名品。誰もが、出だしの旋律を聴いただけで、この曲なら聴いたことがあると思うほど親しみの湧く曲だ。シューベルトが旅先で世話になった商人の娘ヨゼフィーネにために書き下ろしたという。レオンスカヤはそんな愛らしい曲を格調高く、同時に親しみやすく弾きこなす。

 次のピアノソナタ第17番 ニ長調 D850は、1825年に作曲された。このソナタは、前作第16番を引き継ぐ要素と後期の傑作ソナタを予言するかのような要素が入り組み、その評価は人により分かれるが、人を引き付けずにはおかない魅力があることは確か。ここでのレオンスカヤの演奏は、この曲を弾くこと自体が楽しくてしょうがないといった感情がストレートにリスナーに伝わってくる。次のピアノソナタ第18番 ト長調 D894「幻想」は、1826年につくられた。第1楽章のこの世のものとも思われないくらいの美しい旋律にまず引き付けられる。シューベルトは最初、この楽章を独立した幻想曲としようとしたこともあり、この曲は「幻想」の愛称で親しまれている。この曲でのレオンスカヤは、穏やかで清々しい演奏に終始する。何と親しみの持てるピアノ演奏であろうか。そして、最後の「三大ソナタ」(第19番~第21番)へと向かう。
 
 ピアノソナタ第19番 ハ短調 D 958 は、1828年9月につくられたシューベルトの最後の「3大ソナタ」の最初の曲。 シューベルトは最初これら3部作のソナタをフンメルに献呈するつもりだったが、1837年にフンメルが亡くなったために、これらを出版したディアベリは、1839年にシューマンに変更し献呈した。前作からほぼ2年の歳月が流れており、シューベルトが限りなく敬愛するベートーヴェンの死は、その前年の春のことであった。そしてシューベルト自身の死は2か月先に迫っていた。当時のシューベルトは、多分ベートーヴェンのことが日夜頭から離れることはなかったであろう。そのためか、この曲は、どことなくベートーヴェンの悲愴ソナタを思い起こさせるところがある。この曲でのレオンスカヤのピアノ演奏は、終始毅然とした態度で臨んでおり、一貫した流れの中で、最晩年のシューベルトが行き着いた新しいピアノソナタの世界を、力強く、しかも伸びやかに表現し尽くす。
 
 ピアノソナタ第20番 イ長調 D 959 は、同じく1828年9月につくられたシューベルトの最後の「3大ピアノソナタ」の2番目のソナタ。このソナタは、シューベルトでしか書けないといった独特の雰囲気に包まれたピアノソナタと言ったらよかろうか。歌曲特有の歌心の微妙な変化が随所に見られと同時に、全体に平穏な心曲想であり、シューベルトしか思いつかない独自のピアノソナタの世界を形作っており見事というほかない。特に第2楽章は、シューベルトが最後に行き着いた心の奥底を吐露しているかのように、美しくもまた静寂の世界が広がる。第4楽章は、アレグレットのロンドソナタ形式の曲で、その落ち着いた雰囲気が独特の魅力を醸し出す。この曲でのレオンスカヤの演奏は、シューベルトに寄り添うように、神秘的とも言える静寂さの世界に加え、心豊かな世界へと誘ってくれる。同時に、確信に満ちたピアノタッチで、くっきりとその曲想をリスナーに提示してくれる。
 
 ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D 960 は、作曲者最晩年の「3大ソナタ」の最後を締めくくる生涯最後のピアノソナタである。 第1楽章は、この世のものとも思われないような天上のメロディが、聴くもの全ての胸に突き刺さる。曲想は純化され、シューベルトの最後の別れのつぶやきを聴いているかのようである。この流れのまま、第2楽章へと続くわけであるが、その純化の度合いはさらに深まり、最後には聴き取ることもかなわないような繊細な音楽を奏でる。第3楽章では、これまでの流れを自ら絶ち切るように、明るく軽快な調べが支配する。リスナーもここでほっと一息つけるのだ。シューベルトの心憎いほどの演出の冴えに感じ入ってしまう。そして、この流れのまま第4楽章に入っていく。あくまで軽快で前向きの音楽が奏でられる。そして、最後に向かうほど力強さも増して行くところで、この最後のピアノソナタは閉じられる。レオンスカヤは、このような起伏に富むピアノソナタを、心の奥底からシューベルトの心情に共感しながら弾きこなしていく。これほどピアニストの心を赤裸々に開示してしまうピアノソナタもそう多くは存在しまい。レオンスカヤの演奏は、このシューベルト生涯最後の音楽を、前半は深く静かに、そして後半は輝かしい曲想で締めくくる。(蔵 志津久)
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