<NHK‐FM 「ベストオブクラシック」 レビュー>
~ピエール・アモイヤル ヴァイオリン・リサイタル~
グリーグ:ヴァイオリンソナタ第3番
クライスラー:愛の悲しみ/ウィーン奇想曲
マスネ:タイスのめい想曲
フランク:ヴァイオリンソナタ
ブラームス:スケルツォ
ヴァイオリン:ピエール・アモイヤル
ピアノ:菅野 潤
ドビュッシー:前奏曲集第2巻から「月にふりそそぐテラス」「水の精」「ピクウィック卿をたたえて」
ピアノ:菅野 潤
収録:2012年1月13日、東京・浜離宮朝日ホール
放送:2012年12月17日(月) 午後7:30~午後9:10
ヴァイオリンのピエール・アモイヤル(1949年生まれ)は、フランス出身のヴァイオリニスト。1961年、12歳の時にパリ音楽院を一等賞を獲得して卒業。その後、米国のロサンゼルスに渡り、5年間ヤッシャ・ハイフェッツの下で学ぶ。ハイフェッツの愛弟子として室内楽のコンサートやレコーディングで共演も行った。22歳の時に、ショルティ指揮パリ管弦楽団のソリストとしてのオーディションに合格し、ヨーロッパデビューを果たす。その後、全世界おいて演奏活動を繰り広げる。また、ピアニストのパスカル・ロジェと出会い、以後、数十年間にわたって室内楽でのパートナーとなった。教育活動においては、パリ音楽院の教授を長年務めた後、現在ローザンヌ音楽院の教授を務めている。日本においては、群馬県草津温泉で夏に開催される草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルで2002年と2003年に教授を務めたことがある。
ピアノの菅野 潤は、1956年生まれ。桐朋学園音楽学部ピアノ科卒業。1978年、フランス政府給費留学生として、パリ国立高等音楽院に留学。1981年にピアノ科、1982年に室内楽科をそれぞれ一等賞で卒業。1982年には、パリ・エコール・ノルマル音楽院に在籍し、演奏家資格を得る。1984年より、パリを拠点とし、内外で演奏活動を行っている。また、2001年の仙台国際音楽コンクール創立以来、同コンクールの運営委員を務めている。
グリーグ:バイオリンソナタ第3番は、1886年から1887年にかけての作品。3曲あるグリーグのヴァイオリンソナタの中でも、最も人気の高い曲でしばしばコンサートで取り上げられる。ここでのピエール・アモイヤルのヴァイオリン演奏は、実に力強く、圧倒的な迫力で聴衆に訴えかける。この曲が、これほど輪郭をはっきりとして弾いて演じられた例は、あまり多くないのではないか。グリークの曲というと、直ぐに北欧の幽玄さが強調されるあまり、線がか弱く感じられる演奏が多いように思われる。アモイヤルの演奏の狙いは、北欧を強調する前に、一つのヴァイオリンソナタとしてのこの曲の強固な構成力と豊饒さとの魅力を、聴衆の前に披瀝することにあったのではないだろうか。菅野 潤のピアノ伴奏は、この上なく美しく、時に力強く、アモイヤルのヴァイオリンを巧みに引き立てる。クライスラー:愛の悲しみ/ウィーン奇想曲については、アモイヤルの魅力爆発といった感じの演奏で、実に滑らかで優雅なクライスラーの世界が、そこには繰り広げられる。アモイヤルは、よくフランコ・ベルギー楽派のヴァイオリニストとして紹介されるが、この演奏は、正にそのことを裏書きしたような美麗な演奏だ。マスネ:タイスのめい想曲についても同じことが言える。何とも言えない美しいヴァイオリンの音色に酔いしれる。
フランク:ヴァイオリンソナタは、フランクが1886年に作曲した曲で、フランス系のヴァイオリンソナタの最高傑作と言われている。全4楽章からなり、フランクが得意とした作曲技法の循環形式で作曲されているほか、ヴァイオリンとピアノが対等な関係にあることでも知られるヴァイオリンソナタである。ここでのアモイヤルの演奏は、如何にも十八番の曲を演奏するかのように、演奏自体に余裕と奥行きとが感じられる。そして何より伸び伸びと優美にしなる弓使いに、聴いていても惚れ惚れしてしまうような演奏ではある。グリーグ:バイオリンソナタ第3番の時とは丁度反対に、幽玄な表現が何とも言えない雰囲気を醸し出す。通常、フランク:ヴァイオリンソナタは、身構えて力が入った演奏が多いように感じられる。この結果ドイツ音楽のような角ばったヴァイオリンソナタが出現しまいがちだ。フランス人のアモイヤルは、フランク:ヴァイオリンソナタはドイツ音楽ではありませんよ、とでも言いたげに優美に滑らかに弾き進む。ただ、その優美さも単に表面的なものでなく、ずっしりとした内容があるものであり、時には妖艶さとも感じられるほどである。間の取り方も絶妙なものがある。この辺は師のハイフェッツ譲りなのかもしれない。今夜の演奏を聴き終わって感じられたのは、紛れもなくピエール・アモイヤルは、現代を代表するヴァイオリニストの中でも、その最右翼にいる一人ということであった。特に今夜のフランク:ヴァイオリンソナタの演奏は絶品。(蔵 志津久)