シューベルト:弦楽四重奏曲第10番/第9番
ベルリン・ブランディス弦楽四重奏団
CD:ORFEO(日本グラモフォン)35D-10090(C113 851A)
クラシック音楽にとって頂点に位置するのがオーケストラおよびオペラであるとするなら、ピアノ、バイオリン、チェロなどの独奏者およびリートがそれを取り巻くパーソナリティ群、そして奥座敷に控えるのが弦楽四重奏団といったと図式になろうか。弦楽四重奏団は常日頃あまり華々しい話題を提供することはないが、その国の音楽のレベルを推し量るには、弦楽四重奏団の質を見ればおおよそのことは分かるといっても間違いではあるまい。私は昔ラジオにしがみつきクラシック音楽を聴いていたときには弦楽四重奏曲が今よりずっと多く流されており、オーケストラと同じくらい、いや身近な存在ではオーケストラ以上に親近感を持っていた。バリリ弦楽四重奏団、ウィーンコンチェルトハウス弦楽四重奏団、ブタペスト弦楽四重奏団、ブッシュ四重奏団、スメタナ弦楽四重奏団、ヴェーグ四重奏団、イタリア弦楽四重奏団、アルバン・ベルク弦楽四重奏団などなど懐かしい名前を今でも思い出すことができる。
どの位前のことだろうか、深夜ラジオで音楽評論家・山根銀二氏の解説でバリリ弦楽四重奏団によるベートーベンの弦楽四重奏曲の全曲放送などは、正にラジオとにらめっこしながら「何とか全曲を聴いてしまおう」とばかり意気込んで聴いていたのを昨日のように思い出す。今考えると昔の日本のクラシック音楽番組は凄かったなと思う。今のFM放送でベートーベンの弦楽四重奏曲全曲を流す局はあるのか(あったら御免なさい)。昔は当然のごとく流されていたし、ベートーベンのピアノソナタ全曲放送もよく行われていた。
それに、今考えると可笑しいのだが、山根銀二氏の解説はまるで大学の教授の講義のようで、こちらもその格調高い内容を授業を受けるかのごとく聞いていた。まあ、音楽番組というよりは、今なら差し詰め放送大学に近い内容であった。一曲一曲これはベートーベンが何歳のときにどういう意図で作曲したかを延々と、こと細かに解説するのだ。これでベートーベンという人がどういう人かが手に取るように分かって面白かったのを覚えている。翻って今の音楽放送をみてみると、すべてが“分かりやすい”“短く”“面白く”がモットーで、ベートーベンの弦楽四重奏曲全曲放送などはおよそ避けて通られている。情けないし、悲しいことではある。何故もっと硬派のクラシック音楽評論家や放送ディレクターが出てこないのか。こんな状態だと将来日本のクラシック音楽界は衰退を辿ることになってしまう。喝だ!
今回のCDはベルリンフィルのメンバーからなる「ベルリン・ブランディス弦楽四重奏団」のシューベルトの弦楽四重奏曲第10番/第9番である。聴くとその音色にたちどころに虜になる。なんとやわらかく、あたたかく、伸びやかな音色であろうか。全身をゆったりとした音色で包まれたような気分に浸れるという、あまり例がないほどの感覚に痺れてしまうほどだ。これがベルリンフィルの実力かと感動させられる。同四重奏団は1976年1月に設立され、すぐ高い評価を得ている。中心メンバーは第1バイオリンのトーマス・ブランディスとチェロのヴォルフガング・ベトヒャー。ブランディスは1962年にベルリンフィルの第1コンサートマスターに就任したが、四重奏活動に専念するために1983年からベルリンフィルを離れた。ベトヒャーは1963年から1976年までベルリンフィルの首席チェロ奏者を務めたあと、同四重奏団の結成に参加した。このCDの録音データを見ると1982年11月、ベルリン、ジーメンス=ヴィラとある。
ベートーベンの弦楽四重奏曲の話に戻すが、現在のわが国のコンサートは放送とは大違いで、熱心にベートーベン演奏に取り組んでいる。その一つがプレアデス・ストリング・クァルテットである。08年9月15日には第1生命ホール(東京)で「ベートーベン弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅳ」が行われた。私も当日聴いたが、その演奏の素晴らしさには感動させられた。「世界に出ても恥ずかしくないだけの力を持ったクァルテットが誕生した」と思ったものだ。当日の満席の聴衆も惜しみない拍手を送っていたのを思い出す。同クァルテットは09年3月22日(日)に連続演奏会のⅤを行うことにしており、その先も続く。その息の長い活動に拍手を送りたい。このほか古典四重奏団もベートーベン・ツィクルスを続けている。
そして08年12月31日(!)には東京文化会館で「ベートーベン弦楽四重奏曲(8曲)演奏会」(クァルテット・エクセルシオ/古典四重奏団/ルートヴィヒ四重奏団)が行われることになっている。ジルベスターコンサート(大晦日コンサート)でベートーベンの弦楽四重奏曲8曲が演奏されるのは、世界広しといえどもここだけではないでしょうかね。このように日本のコンサートでのベートーベンの弦楽四重奏曲の演奏は熱心に取り組まれているのにもかかわらず、そのCDにお目にかかれないのは残念なことだ。採算の面で問題があるのだろうが、ここはCDメーカーさんに頑張ってもらって発売してもらえないものだろうか。(蔵 志津久)