~ホーム・コンサート ヴァイオリン名曲集~
マスネー:タイスの瞑想曲
アレンスキー:セレナーデ
シューマン:トロイメライ(フルヴェック編)
ドリーゴ:花火のワルツ(アウワー編)
サラサーテ:チゴイネルワイゼン
シューベルト:アベ・マリア(ウイルヘルミ編)
ドヴォルザーク:ユモレスク(ウイルヘルミ編)
ゴゼック:ガボット(エルマン編)
ショパン:夜想曲変ホ長調(サラサーテ編)
ベートーヴェン:ト調のメロディ(ブルメスター編)
チャイコフスキー:メロディ
クライスラー:愛の喜び
ドヴォルザーク:スラブ舞曲第2番ホ短調(クライスラー編)
クライスラー:美しいロスマリン
クライスラー:ジプシーの女
クライスラー:ベートーヴェンの主題によるロンディーノ
クライスラー:ウィーン奇想曲
ドヴォルザーク:スラブ舞曲第2番ト短調(クライスラー編)
ドヴォルザーク:スラヴ幻想曲(クライスラー編)
ヴァオリン:ミッシャ・エルマン
ピアノ:ジョセフ・セイガー
CD:フラミンゴ・レコード・サプライ EGR0006
クラシック音楽のリスナーの醍醐味は、交響曲や協奏曲、オペラ、管弦楽曲など大規模な楽曲を聴くことだけでなく、愛らしい小品をバックグラウンドミュージックを聴くように楽しむことにもある。もともと私がクラシック音楽を聴き始めたのは、今回のCDに収録されているような曲がAMラジオ(まだFMラジオは放送開始になっていなかった!)から聴こえるのを無意識の内に聴いたのが始まりである。まだ、ベートーヴェンの交響曲など一曲も通して聴いたことがなかった頃でも、このCDににある、例えばマスネーのタイスの瞑想曲やドヴォルザークのユモレスクなどをよく聴いていた。確か、授業が終わって帰宅する時に決まってドヴォルザークのユモレスクが流されるので、今でもこの曲が流れると、当時の帰宅途中にあった田園風景(単なる畑ではあるが)が目の前に展開する。当時は、今の日本からは想像できないくらい環境は貧しかったが、大人から子供まで「今に見ておれ、いつかはアメリカに追いつき、追い越してやる」といったような全国民に共通した暗黙の目標みたいなものがあり、貧しかったが充実した日々であったように思う。
今、考えてみると当時の日本の夢の多くが現在実現され、当時と比べると信じられないほど豊かな環境にあることに初めて気づく。こういうと「とんでもない。今だって大変だよ」と言うかもしれない。しかし、大変さのレベルが違うのである。今、職を探すのには車と携帯電話は必需品だそうであるが、昔は車も個人には普及していなかったし、電話は一家に1台が当たり前であった。そうなると、秘密の電話を掛けようにも掛けられない。家人に全て筒抜けになる。クラシック音楽の環境も激変している。先日、東京オペラハウスで行われたスロヴァキア放送交響楽団のコンサートに行ってきたが、指揮者のマリオ・コシック(私はこの指揮者の名前はこれまで知らなかった)の下、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリンは前橋汀子―実は私は前橋汀子を聴きに行ったのだが・・・)とドヴォルザークの「新世界」を演奏したが、これがまた凄い名演であった。さすが弦の国スロヴァキアのオーケストラといったところだ。昔なら日本でこんな凄い演奏をしたら大きな話題となること請け合いであるが、今の日本では連日、世界中から超一流の演奏家やオーケストラが来ているので、残念ながら話題にもならない。
話が逸れた。今回のCDで演奏しているのは、“エルマントーン”で当時一世を風靡したウクライナ出身のヴァイオリニストのミッシャ・エルマン(1891年―1967年)である。“エルマントーン”とは一体何か?一言でいうと「甘いヴィブラートと官能的なポルタメント」が特徴とでも言ったらよいのであろうか。常に音程が揺れ流れており、曲全体が甘く、官能的に聴こえてくるのである。ここまで徹底して自己のヴァイオリンの音色を主張し続けたヴァイオリニストも珍しいのではないかと思えるほどだ。ちょっと鼻に掛かったようでもあり、ジプシーの音楽を聴いているような感覚にも陥る。多分、今こんなヴァイオリンの奏法したらたちどころに先生に矯正されるに決まっているし、リサイタルを開いたら、古い弾き方だと非難轟々となり、そのヴァイオリニストの将来はお先真っ暗になるのは目に見えている。ミッシャ・エルマンが生きていた時代はまだおおらかな空気が流れ、充分にその存在価値を主張できたのではないであろうか。でも、今また、ミッシャ・エルマンみたいなヴァイオリニストが登場してくれないかな、と私は密に思っている。
そんな、ミッシャ・エルマンだからこそヴァイオリンの小品の演奏にはぴったりだ。やはり、ミッシャ・エルマンはベートーヴェンやブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾くより、小粋で愛らしいヴァイオリンの小品を弾いている方がしっくりと似合う。このCDに収められた小品はいずれ劣らないヴァイオリンの名作であり名演だが、やはり第1曲に収められたマスネーの「タイスの瞑想曲」がいい。胸を締め付けられるようなメロディーを聴いていると、何か天上の世界にいるような感じがして堪らない。それにドヴォルザークの「ユモレスク」も秀逸な出来栄え。ピアノのジョセフ・セイガーとのコンビも完璧で十二分に「ユモレスク」の世界に浸れる。「愛の喜び」や「美しいロスマリン」などクライスラーの一連の小品達は、これぞミッシャ・エルマンの十八番といった感じで、明るく、楽しく弾いている。何かミッシャ・エルマンが、踊りながら弾いている感じが目に浮かんでくるようだ。(蔵 志津久)