<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>
~若手演奏家による「PMF 2014 オーケストラ演奏会」~
バーンスタイン:“キャンディード”序曲
チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
指揮:佐渡 裕
管弦楽:PMFオーケストラ+PMFアメリカ
チェロ:セルゲイ・アントノフ
収録:札幌コンサートホール“Kitara”、2014年8月2日
放送:2014年10月27日(月) 午後7:30~午後9:10
今夜のベストオブクラシックは、2014年8月2日に札幌コンサートホール“Kitara”で行われた“PMFガラコンサート 2014”の放送である。PMFとは、“パシフィック・ミュージック・フェスティバル”の略称で、20世紀を代表する指揮者・作曲家のレナード・バーンスタイン(1918年―1990年)によって1990年に札幌に創設された国際教育音楽祭こと。これまで四半世紀にわたり開催され、世界中に延べ3,000人もの優秀な音楽家を輩出してきた。今では、同じくバーンスタインによって構想されたアメリカの「タングルウッド音楽祭」、イギリスの「シュレスヴィヒホルシュタイン音楽祭」と並び、世界三大教育音楽祭とまで言われるほどに成長を遂げている。音楽祭の名称となっているパシフィック(Pacific)は、単に地理的な意味を表わすものではなく、この言葉がもつ太平、平和の意味を音楽祭の理念として掲げたもの。今ではアメリカ、ヨーロッパ、アジアの三極にまたがった国際教育音楽祭の一つとして着実に成果を挙げ、歴史を積み重ねている。PMFの中心となるのは、世界を代表する音楽家を教授陣に迎え、世界各地のオーディションで選ばれた若手音楽家を育成する教育プログラムである「PMFアカデミー」である。豊かな才能を持つアカデミー生たちは、毎年7月の約1カ月間、教授陣から高い技術と豊富な経験を受けつぎ、音楽を通じた国際交流、国際相互理解を深めている。これらの教育の成果は、札幌をはじめ各地で開催される演奏会で広く披露される。「PMFオーケストラ」は、PMFアカデミー生により編成されるユースオーケストラとして、毎年ガラコンサートが開催され、多くの聴衆を魅了している。なお、PMFアメリカとは、アメリカを代表するオーケストラのマスタークラスの演奏家により結成され、今年は14人が参加し、PMFオーケストラに演奏の厚みを加えている。
今夜の“PMFガラコンサート 2014”の指揮は、第1回のPMFでバーンスタインの助手を務めた佐渡 裕。佐渡 裕(1961年生まれ)は、京都市出身。京都市立芸術大学音楽学部フルート科を卒業後、卒業京都市立芸術大学在学中に指揮活動を開始。1980年頃にアマチュアオーケストラの指揮者などを経て、タングルウッド音楽祭へ参加し、同音楽祭で小澤征爾、レナード・バーンスタインに師事。二人のスポンサーの協力を得てウィーンに渡り、バーンスタインのアシスタントを務め、1989年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。その後本格的指揮者活動を開始。最近では、ベルリン・フィルに客演指揮者として招かれ、2011年5月21日~23日の3日間開催された定期公演で指揮を取ったことで話題となった。また、2002年より兵庫県芸術文化協会の芸術監督(音楽)に就任し、「兵庫芸術文化センター管弦楽団」を通じて、若手音楽家の育成に当たっている。このほか、ニューヨーク・フィルが主催し、バーンスタインの流れを汲む、子どもが演奏会に親しみやすいように企画されている演奏会シリーズ「ヤング・ピープルズ・コンサート」の開催や、毎年12月に開催される「サントリー1万人の第九」の総監督・指揮、さらに2008年からテレビ朝日の「題名のない音楽会」第5代目司会者を務めるなど、多方面で活躍。2015年からは、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の首席指揮者(音楽監督)に就任することになっている。
第1曲目は、レナード・バーンスタインによるオペラ「キャンディード」の序曲。オペラ「キャンディード」は、ヴォルテールの「カンディード或は楽天主義説」を原作とした舞台演劇で、初演は1956年12月1日。物語の筋書きは、ドイツの片田舎にある貴族の城で暮らしていた青年キャンディードが、城主である貴族の娘と恋に落ちる。しかし、キャンディードは男爵の妹が生んだ私生児。男爵の一人息子の告げ口から、「娘を貴様なんかにはやれん」と怒り心頭に発した男爵は、キャンディードを追放する。その後のキャンディードの波瀾万丈の人生劇が展開がその内容。この曲での佐渡 裕指揮PMFオーケストラの演奏は、PMFオーケストラの若々しくも伸びやかな演奏内容が聴きもの。今夜の演奏の中で一番曲想とオーケストラの体質、それに何ていっても佐渡 裕の楽しそうな指揮ぶりがぴたりと一致していた曲目だ。第2曲目は、チェロと管弦楽のための作品であるチャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲。この曲は、チャイコフスキー自身が作曲したロココ様式風の主題を用いており、管弦楽の編成も18世紀風を意識した小規模なもの。序奏と主題、それに7の変奏が続く。チェロの独奏は、モスクワ出身で、米国でロストロポーヴィチに師事し、2003年チャイコフスキーコンクールのチェロ部門優勝者のセルゲイ・アントノフ(1983年生まれ)。この曲でのアントノフの演奏は誠に優美な内容で、端正な表現力をくっきりと浮かび上がらせていた。PMFオーケストラの伴奏は、透明感を持った柔らかさが、曲の雰囲気にぴったりと合う。全体が心の底から安らぐ演奏内容であった。
今夜最後の曲目は、ショスタコーヴィチ:交響曲第5番。ショスタコーヴィチは、いわゆるジュダーノフ旋風に代表される旧ソ連政府の芸術政策に翻弄された音楽家の一人だった。1936年、ソビエト共産党の機関紙「プラウダ」が、ショスタコーヴィチの作品を批判し、「体制への反逆者」とまで決めつけた。当時、スターリンの大粛清によってショスタコーヴィチの友人・親類たちが次々に逮捕・処刑されて行ったわけで、ショスタコーヴィチは作品自体の性格を、旧ソ連政府の芸術政策に合わせなくては生きられないところまで追いつめられた。そこで起死回生の策として作曲されたのが交響曲第5番なのである。この曲は、旧ソ連政府から「社会主義リアリズム」の理想を示す好例として絶賛されたわけで、これで万事円満解決と思われた。しかし、これはショスタコーヴィチの高度な体制批判の曲という説が現在まで言い続けられている。一見すると、ショスタコーヴィチ:交響曲第5番は、ベートーヴェンの交響曲のように分かりやすく、当時の人民の戦闘意欲を高揚するようようにも聴こえる。しかし、この高揚感は、あくまでロシアの人々を賛美するものであり、旧ソ連政府を賛美したものではないという説だ。そんな複雑な事情を有した交響曲だが、そのスケールの大きさや明快さなどが受け、今日のコンサートの曲目に欠かせない一曲になっている。この曲での佐渡 裕指揮PMFオーケストラの演奏は、少々音の厚みには欠けるものの、バランスがとれた、明快な音の構成力で楽しめた。プロのオーケストラがこの曲を演奏すると、持てる技術力を前面に出そうとするためか、前のめりな感じの演奏がほとんどだ。それに対し、佐渡 裕指揮PMFオーケストラの今夜の演奏は、一音、一音を確かめるように着実に歩を進めるので、リスナーは落ち着いた雰囲気で鑑賞できるのが嬉しい。この曲の持つ構成力の優美さを前面に打ち出した、優れた演奏内容が特筆に値する。(蔵 志津久)