ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ロマンス第1番/第2番
ヴァイオリン:アルテュール・グリュミオー
指揮:アルチェオ・ガリエラ
管弦楽:ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
CD:日本フォノグラム(PHILIPS) DMP-218
アルテュール・グリュミオー(1922年ー1986年)のヴァイオリン演奏は、まことにもって典雅で、格調が高く、何よりもヴァイオリンの音色がとろけるような甘さがして、聴くものを夢見ごこちにさせてくれる、数少ないヴァイオリニストであった。いわゆるフランコ・ベルギー楽派の中枢を担う名手として、その名はこれからも不滅であり続けるものと、私は確信している。我が青春のほろ苦い思い出と、常に寄り添うように聴こえてくるのが、グリュミオーのヴァイオリンの音色であるのである。つまり私の中でクラシック音楽の中のど真ん中に位置するのが、グリュミオーのヴァイオリンであり、今回紹介するベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、それに2曲のロマンスである。そんなわけで、このCDは、私の個人的な立場からするとホンとは“誰にも教えたくない、私だけ名盤”そのものなのである。
このCDの、グリュミオーが弾くベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、誠に美しさにむせ返るような演奏内容である。ちょっと美しすぎるのではとも感じてしまうほどである。しかし、毅然とした構成力で演奏されていることにより、ベートーヴェンらしさはいささかも失われていないのが、“さすがグリュミオー”と感じ入ってしまう。ホンとにこの演奏には夢がある。こんなヴァイオリン演奏は、今のヴァイオリニストにはもう期待できないのかも、とも思ってしまうほどだ。そして、このCDの魅力は、ベートヴェンの2曲のロマンスが、何よりもグリュミオーの名演で聴けることに尽きる。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、今後もいろいろなヴァイオリニストによって、いろいろな解釈の名演奏が出てこようが、2曲のロマンスの演奏ついては、グリュミオーの演奏に尽きる。優雅で、颯爽としていて、聴いていて一時の甘い邂逅の思いに浸らせてくれるのだ。2曲のロマンスの名演中の名演といえる。
このCDをさらに盛り上げているのが、指揮のアルチェオ・ガリエラとニュー・フィルハーモニー管弦楽団である。アルチェオ・ガリエラ(1910-1996年)はイタリアの指揮者である。ミラノで生まれ、ミラノ音楽院で学ぶ。1941年指揮者となり、ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団を指揮して、デビューした。第二次世界大戦が勃発するとスイスの亡命する。1964年ー1972年までストラスブール管弦楽団の首席指揮者を務める。このCDのガリエラの指揮ぶりは、実に堂々と明快な演奏をしており、透明な美しさのグリュミオーのヴァイオリンに実にマッチした伴奏がなんとも素晴らしい。イタリア人の指揮者は、トスカニーニやカンテルリも同じだが、イタリアオペラみたいに明確に表現しきるところが魅力だ。しかしこのガリエラも、これからは人々の記憶から忘れ去られていくのだろう。
そしてこのCDのオーケストラは、英国のオーケストラのニュー・フィルハーモニア管弦楽団である。1945年に創設されているが、設立の目的はEMIのレコード録音であったというから、我々に馴染み深いのもうなずける。初演の指揮者はトーマス・ビーチャムで、以後、クレンペラー、フルトヴェングラー、カラヤンなど一流の指揮者が相次いで演奏している。一時期、経済的問題でニュー・フィルハーモ二ア管弦楽団と名称を変更したが、1977年から再びフィルハーモニア管弦楽団に名称を戻し、現在に至っている。このCDは丁度、ニュー・フィルハーモニー管弦楽団を名乗っていた頃の録音だ。同管弦楽団の音色は明るく、明快な響きが何とも魅力だ。現在の首席指揮者はサロネンである。フィルハーモニア管弦楽団は、過去からから現在に至るまでまで、一貫して高い演奏水準を保っていることは賞賛値する。(蔵 志津久)