元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「冷たい熱帯魚」

2011-02-12 06:58:30 | 映画の感想(た行)

 誰にでも奨められる映画では決してないが(爆)、かなりの密度の高さを持つ問題作であることは確かだ。とにかく、人の道を外れることの禍々しさと、一度外れた後に遭遇するある種“自由”で“清々しい”異世界の不気味な美しさを、これほどまでに活写した映画は今まで無かっただろう。

 静岡県の地方都市で小さな熱帯魚店を経営する社本は妻の死後に若い嫁をもらうが、娘と後妻との仲は最悪で家庭にはいつも重苦しい空気が立ちこめている。ある日、彼は万引きをした娘を助けてもらった縁で、同業大手の村田と知り合う。

 娘の身元引受人になったり新しいビジネスを持ち掛けたりして、村田は社本一家と仲良くなるが、実は彼は出資したパートナーを次々に始末してカネを奪う連続殺人犯だった。社本は豹変した村田に引きずられ、共犯者にされてしまう。

 93年に埼玉県で起きた愛犬家連続殺人事件をベースにしており、村田が口にする“証拠があるなら出してみろ。俺に勝てる奴はどこにもいない!”というセリフや“ボディ(死体)を透明にすることが一番大事だ”という決まり文句は、実際の犯人と同じものだ。

 村田に扮するでんでんの演技が凄い。一見、豪放磊落な人当たりの良いオヤジのようで、一皮剥けば怪物のような本性を現す。そのギャップおよび変貌するタイミングが絶妙で、ただの悪人ではない底知れぬ闇を抱えたクリーチャーを実体化させて圧巻だ。

 その村田が死体遺棄を押しつけられた社本に向かって言い放つ口上とパフォーマンスが、本作のハイライトであろう。お前はしっかりと二本の足で立っているような人生の充実感を味わったことがあるか!・・・・という断定めいた口調は、たとえそれが残忍な事件への関与を持ち掛けるものであっても、日々を無為に過ごしている小市民にとっては琴線に触れるものなのだ。そしてうっかりその誘いに乗った後に待ち受けるものは、地獄のような日々である。

 しかし村田及びその共犯者である妻は、そこが地獄だとは思わない。まるで天国のような自由で闊達とした空間に変貌する。ある種の“解脱”であり、宗教にも似ているだろう。事実、村田が“ボディを透明にする”ために使っている隠れ家には、十字架やマリア像が所狭しと並べられている。

 本人達が自覚している神の国にいるような愉悦感とは裏腹に、端から見ればそれは神の不在に他ならない。一線を越えて“非・人間”になることの妖しい魅力。このインモラルな価値観こそが本作の強烈な求心力に結び付いている。

 園子温の演出は相変わらずパワフルで、最初から終わりまで見せ場を並べ立てる足腰の強さには、今回も感服せざるを得ない。でんでん以外にも社本に扮する吹越満のヘタレな中年男ぶりは堂に入っているし、黒沢あすかや神楽坂恵といった女優陣も開き直ったエロさ満載で大いに楽しませてくれる。

 もちろん、肉体損壊シーンのスプラッタ度は並のホラー映画を蹴散らすヴォルテージの高さ。残虐でいて、突き抜けたようなユーモアをも感じさせるのはサスガと言うしかない。

 とにかく、ドス黒いエンタテインメントであり、狂気のファンタジーであるこの映画は、少しでも映画を観て刺激を受けたいと思っている観客にとっては必見である。好き嫌いは別にしても、その屹立した存在感には瞠目すること必至である。

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