強制連行・強制労働・強制移住

　世界遺産登録をきっかけに、朝鮮人労務動員問題が日韓間の新たな火種になりそうな、嫌な予感がします。

　太平洋戦争末期に行われた朝鮮半島からの労働者移入は、朴慶植が1965年『朝鮮人強制連行の記録』（未来社）を出して以後、「強制連行」といわれることが多いですが、強制連行は実際に使われていた言葉ではありませんでした。

　ここで少し解説すると、戦時中の朝鮮半島からの労働者移入には三つの段階がありました。

　戦争が始まる前の１９３０年代には、朝鮮人の日本への密航が相次いだため、朝鮮人の渡航が制限されていました。しかし、日中戦争がはじまって日本の成年男子が兵役にとられ労働者が不足し始めると、制限が解除されました（1938年3月）。

　そして1939年9月から、まず「募集」方式が始まりました。日本企業が朝鮮総督府の許可のもと、指定地域で労働者を募集するもので、これにより約１５万人が日本に渡りました。

　１９４２年３月には、「官斡旋」方式が始まりました。これは、朝鮮総督府が日本企業の希望にしたがって、各行政機関（道、郡、邑、面など）に人数を割り当て、行政機関は候補者に日本行きを説得して労働者を集めましたが、拒否しても罰則はありませんでした。これによって約３０万人が日本に渡りました。

　そして、１９４４年９月に「徴用」が始まりました。内地ではすでに1939年７月に実施されていた国家総動員法にもとづく国民徴用令が、朝鮮半島でも発令されたものです。これは兵役と同じく国民の義務なので、拒否すれば罰則があり、非国民、不逞鮮人などと謗られました。目標人数を達成するため、暴力的方法を使った例もあり、動員数は約２２万人。募集、官斡旋と合わせると約６７万人になります。

　「強制性」があったという意味で、徴用のみがいわゆる強制連行になるはずですが、官斡旋の中には行政機関の圧力で事実上拒否できなかったケースが報告されており、これも強制連行に含める研究者もいます。

　ただ、人数についてはいくつかの資料の数字が異なり、厚生省の資料では66万7684人（1945年9月）、大蔵省管理局の資料では72万4787人（1947年）となっています。また森田芳夫は著書『在日朝鮮人処遇の推移と現状』（1955年）の中で、労務動員された約60万人のうち逃亡・所在不明が約22万、期間満了帰鮮者、不良送還者その他をのぞくと、実際に労務にあたったのは半数以下としています。

　一方、前出の朴慶植は、前掲書および『在日朝鮮人・強制連行・民族問題』（1992年）などで、日本に動員された朝鮮人は１５０万人、死亡者は推定で６万人としています。

　死亡者に関する日本側資料は、厚生省の記録で、浮島丸事故の約２千人を含め、死者約１万人。

　私は以前、韓国の小学校５年生の社会科教科書を紹介したことがあります（→リンク）。

　そこにはこんな記述がありました。

８１ページ

戦争に動員されたわが国

　中・日戦争と太平洋戦争を起こした日帝は戦争に必要な人と物資をわが国から強制的に動員した。

　軍需工場を建設し武器を作るために地下資源だけでなく学校の鉄製の門、教会の鐘、釜、真鍮、匙などの金属製品を強制的に持っていった。そしてじゃがいも、さつまいも、牛、豚など軍人たちの食料になるものはすべて取り立てていった。

　日帝は数十万の学生、青少年を戦場へ引き立てていった。また数百万の人々を炭鉱、軍需工場に連れて行き、賃金もまともに払わないまま、仕事にこきつかった。引き立てていかれた人々の中には女性も多かったが、その中で若い女性は戦場へ送られ日本軍から多くの苦痛を味わわされることもあった。

語注
太平洋戦争：１９４１年から１９４５年まで日本と米国、英国、中国などの連合国の間に起こった戦争
動員：国家が軍事活動を支援するためにすべての人的、物的資源を統制したり組織したりする行為

写真キャプション　
日帝強占期の間に約７００万人のわが国の人々が強制的に動員された。
①日帝が強制で取り立てた金属製品　②金採取に強制動員された人々　③戦場へ行くために動員された幼い少年たち　④日本の土木工事現場に閉じ込められ強制的に仕事をした人々

　動員人数が７００万人となっていますが、朴慶植の前掲書には日本への動員（朴の推算で１５０万人）以外に朝鮮半島内の鉱山・工場などに４５０万人が動員されたとされ、さらに軍人・軍属・慰安婦などの人数も入れられているのでしょう。でも、教科書の記述をすなおに読めば、７００万人が日本に連れて行かれたと読めるし、教科書側もそのような誤読を誘導しているのではないかと思います。

　教科書以外ではもっとひどい記述があります。

「日本は植民地支配３６年にわたって，韓国人を六百万人以上殺した。不逞鮮人だと言って銃で撃って殺し，戦地に連行して殺し，労務者を連行し生き埋めにして殺し，焼き殺し，挺身隊として連行して思う存分陵辱したあとに殺した。」趙廷来「ハンギョレ２１」（２００１年４月１７日）

　今回の世界遺産登録をめぐる報道では、日本の産業施設をアウシュビッツになぞらえる記事が散見されました。

　例えば毎日経済新聞

　日本の近代産業施設の世界遺産登録は「強制労働」という表現に対する韓日両国の見解の差が続いたため、審査が一日延期されるなど、産みの苦しみを経た。世界遺産委員会は、前日の４日午後のセッションで登録するかどうかを決める予定だったが、審査が迫るのに韓日が合意できないのを見て、議長国のドイツが審査そのものを５日に延ばすことにした。

　韓国政府は国際法を綿密に検討し、「強制労働」の意味を放棄しないという成果をあげた。日本が強制労働を認めたことにより、日本の近代産業施設はアウシュビッツ収容所のように、「負の世界遺産」の役割を果たすことになった。

　アウシュビッツは言うまでもなくナチスがホロコーストに使った収容所の一つです。

　ナチスのホロコーストによる犠牲者数は、ユダヤ人が510万人（うち子供が100～200万人）、ロマ、共産主義者、社会主義者、同性愛者が計50万人。全ユダヤ人の3分の1、ヨーロッパのユダヤ人の3分の2、ポーランド系ユダヤ人の90%が殺害されました（ウィキペディア）。

　またアウシュビッツは、他の強制労働を目的とした収容所とは違い、ユダヤ人殺戮を主目的とした「絶滅収容所」でした。日本の産業施設と並べるのが以下に不適切かがわかるというものです。

　日本が、日本国民（朝鮮半島出身者を含む）に対して等しく行った戦時徴用（期間は７か月）は、当時の国際法に反するものではありませんでした。

　労働環境が劣悪で、朝鮮半島出身者は内地人に比べ差別されていたという記録がありますから、気の毒なことではありますが、同時期、成年の日本人男性の多くは、戦場に送られ死地をさまよっていたわけですから、労務動員された朝鮮半島出身者だけをことさら気の毒がるのは、公平を欠くように思います。

　同じ時期に、国際法に反して行われた強制連行・強制移住・強制労働としては、以下のものがあります。

アメリカによる日系人の強制収容（３年）
1942年、日系アメリカ人（日本人にルーツを持つアメリカ国民、日本人移民）、中南米諸国在住の日系人と日本人移民の計約１２万人が、アメリカ全土の11か所に設けられた強制収容所に強制収容され、財産を没収された。収容所では自給自足生活を強いられた。

ソ連によるシベリア抑留（最長１１年）
終戦時、ソ連が不法に占領した満州、朝鮮半島北部、樺太、千島に軍民あわせ約272万6千人の日本人がいたが、このうち約107万人が終戦後シベリアやソ連各地に送られ強制労働させられた。ウイリアム・ニンモによれば、確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡者は9万3千名で、計約34万人の日本人が死亡したとされる。

スターリンの強制移住（永久）
1937年、沿海州に居住していた約17万人の朝鮮半島出身者が、対日協力の疑いで中央アジアに集団追放されたもの。乾燥地帯での適応困難などにより1938年までに少なくとも4万人が死亡。

　最初の二つは、韓国人に興味がないのは無理からぬことですが、最後のものは同胞の身に起こった悲劇なので、もう少し関心をもったらいいのにと思います。

　いずれにしても、日本の労務動員については、韓国人に正しい認識をもってもらえるように、日本政府やマスコミが努力する必要があります。