特許権の侵害に関する紛争において、現在の特許制度では以下の点で特許権者に酷なのではないか、という観点で議論があります。
(1)特許の有効性について、無効審判での争いと侵害訴訟の中での無効の主張の両方が可能であり(ダブルトラック)、特許権者の負担となっている。
(2)無効審判は、証拠さえ同じでなければ同一人が何回でも提起することができる。そのうちの1回で特許無効が確定したらそれで特許権は消滅してしまう。
(3)特許権侵害訴訟で侵害を認める判決が確定した後、無効審判で特許無効が確定すると、侵害訴訟の確定判決が再審により取り消される。一度確定して支払われた損害賠償金の返還が発生することは紛争の蒸し返しであり、問題がある。
現在、産業構造審議会知的財産政策部会で特許法改正の方向が議論され、11月30日に第33回特許制度小委員会で報告書「特許制度に関する法制的な課題について」(案)(pdf)が承認されました。
その結論部分についてはこのブログの特許制度小委員会報告書の結論を抽出で紹介したとおりです。
この中で、特許権侵害訴訟と無効審判の関係についての前記問題点についてはどのような法改正の方針が示されたのでしょうか。
(1)ダブルトラック問題
『現行どおり両ルート(無効審判と、侵害訴訟での無効の主張)の利用を許容することとすべきである。』
(2)同一人による複数の無効審判請求の禁止
『現時点の結論としては、現行制度を維持すべきである。』
(3)侵害訴訟の判決確定後の無効審判等による再審の取扱い
『再審の制限について制度的な手当てをすべきである。』
『再審を制限する方法としては、先に確定している特許権侵害訴訟判決との関係で、確定審決の遡及効又は遡及効に係る主張(遡及効等)を制限する方法による方が適切である。』
結局、再審の制限のみが改正の方向として取り上げられ、「ダブルトラック」と「同一人による複数の無効審判請求」は現行のままで改正しない、という結論が出されました。
さて、このような制度改正の方向は妥当でしょうか。
私は、1点だけ懸念があります。
ひとつの特許権に対して、主証拠を変更すれば何回でも無効審判を提起することができます。
無効審判の審決に不服があれば、知財高裁に審決取消訴訟を提起します。そこでの判決に不服があったらその上は最高裁です。しかし最高裁への上告、上告受理申立ては理由がきわめて限定されており、実質的に知財高裁が最終審に等しい性格を有しています。
裁判所は知財高裁が第一審ですから、実質的には特許無効を審理する裁判は「三審制ではなく一審制である」といえる実体があります。
審決取消訴訟の判決について検討すると、「これは『不意打ち判決』ではないか」と懸念される判決に遭遇することがあります。「不意打ち判決」とは、訴訟の過程で原告被告がいずれも攻撃防御の弁論を行っていないにもかかわらず、判決において突然出現したロジックに基づいて特許無効の判決がなされてしまうような判決を言います。
裁判官が提出された書証を読ん結果として、「原告である審判請求人は何ら主張していないが、書証のこの記載から判断したら特許は無効になるのではないか」との心証を抱くに至り、その心証に基づいて判決を構成することが実際にあるようです。原告が主張していないのですから、被告である特許権者も当然反論していません。被告は判決を見てびっくり、「こんなロジックでこの特許が無効になる理由はない。当然ながら反論できる」と思います。しかし、最高裁はそのような反論を取り上げてくれる可能性が非常に低い、ときています。
同一の特許権に対して、証拠を取っ替え引っ替えしながら3~4回も無効審判を提起し、その都度審決取消訴訟を提起したら、そのうちに1回ぐらいは知財高裁の裁判官が上記のような「不意打ち判決」で特許が無効である旨の判決を出してくれると期待できます。そして1回でもそのような判決が出されたら、相当の確率でその判決は確定し、再度の審決で特許は無効とされ、それが確定してしまいます。二度と特許権が生き返ることはありません。
そのような現状を考えると、同一人が主証拠を変更して何回も無効審判を提起できる現在の制度は、特許権者にとって酷に過ぎる、というのが私の意見です。
せめて、「訴訟の場で十分に弁論が尽くされていない理由で判決が出され、それが確定することのないように、制度改正、あるいは訴訟運用の改善を図る」ことはして欲しいです。
(1)特許の有効性について、無効審判での争いと侵害訴訟の中での無効の主張の両方が可能であり(ダブルトラック)、特許権者の負担となっている。
(2)無効審判は、証拠さえ同じでなければ同一人が何回でも提起することができる。そのうちの1回で特許無効が確定したらそれで特許権は消滅してしまう。
(3)特許権侵害訴訟で侵害を認める判決が確定した後、無効審判で特許無効が確定すると、侵害訴訟の確定判決が再審により取り消される。一度確定して支払われた損害賠償金の返還が発生することは紛争の蒸し返しであり、問題がある。
現在、産業構造審議会知的財産政策部会で特許法改正の方向が議論され、11月30日に第33回特許制度小委員会で報告書「特許制度に関する法制的な課題について」(案)(pdf)が承認されました。
その結論部分についてはこのブログの特許制度小委員会報告書の結論を抽出で紹介したとおりです。
この中で、特許権侵害訴訟と無効審判の関係についての前記問題点についてはどのような法改正の方針が示されたのでしょうか。
(1)ダブルトラック問題
『現行どおり両ルート(無効審判と、侵害訴訟での無効の主張)の利用を許容することとすべきである。』
(2)同一人による複数の無効審判請求の禁止
『現時点の結論としては、現行制度を維持すべきである。』
(3)侵害訴訟の判決確定後の無効審判等による再審の取扱い
『再審の制限について制度的な手当てをすべきである。』
『再審を制限する方法としては、先に確定している特許権侵害訴訟判決との関係で、確定審決の遡及効又は遡及効に係る主張(遡及効等)を制限する方法による方が適切である。』
結局、再審の制限のみが改正の方向として取り上げられ、「ダブルトラック」と「同一人による複数の無効審判請求」は現行のままで改正しない、という結論が出されました。
さて、このような制度改正の方向は妥当でしょうか。
私は、1点だけ懸念があります。
ひとつの特許権に対して、主証拠を変更すれば何回でも無効審判を提起することができます。
無効審判の審決に不服があれば、知財高裁に審決取消訴訟を提起します。そこでの判決に不服があったらその上は最高裁です。しかし最高裁への上告、上告受理申立ては理由がきわめて限定されており、実質的に知財高裁が最終審に等しい性格を有しています。
裁判所は知財高裁が第一審ですから、実質的には特許無効を審理する裁判は「三審制ではなく一審制である」といえる実体があります。
審決取消訴訟の判決について検討すると、「これは『不意打ち判決』ではないか」と懸念される判決に遭遇することがあります。「不意打ち判決」とは、訴訟の過程で原告被告がいずれも攻撃防御の弁論を行っていないにもかかわらず、判決において突然出現したロジックに基づいて特許無効の判決がなされてしまうような判決を言います。
裁判官が提出された書証を読ん結果として、「原告である審判請求人は何ら主張していないが、書証のこの記載から判断したら特許は無効になるのではないか」との心証を抱くに至り、その心証に基づいて判決を構成することが実際にあるようです。原告が主張していないのですから、被告である特許権者も当然反論していません。被告は判決を見てびっくり、「こんなロジックでこの特許が無効になる理由はない。当然ながら反論できる」と思います。しかし、最高裁はそのような反論を取り上げてくれる可能性が非常に低い、ときています。
同一の特許権に対して、証拠を取っ替え引っ替えしながら3~4回も無効審判を提起し、その都度審決取消訴訟を提起したら、そのうちに1回ぐらいは知財高裁の裁判官が上記のような「不意打ち判決」で特許が無効である旨の判決を出してくれると期待できます。そして1回でもそのような判決が出されたら、相当の確率でその判決は確定し、再度の審決で特許は無効とされ、それが確定してしまいます。二度と特許権が生き返ることはありません。
そのような現状を考えると、同一人が主証拠を変更して何回も無効審判を提起できる現在の制度は、特許権者にとって酷に過ぎる、というのが私の意見です。
せめて、「訴訟の場で十分に弁論が尽くされていない理由で判決が出され、それが確定することのないように、制度改正、あるいは訴訟運用の改善を図る」ことはして欲しいです。
勉強中に感じていた特許権者に不利な状況を実務の観点から理解できた気がします。
不意打ち判決ですか。
特許のさらなる繁栄のためにも無くさなくてはならない判決ですね。