弁理士の日々

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運輸安全委員会が米海軍フィッツジェラルド衝突事故報告

2019-08-30 18:32:21 | 知的財産権
国土交通省の運輸安全委員会ホームページにおいて、「8月29日事故等調査報告書を公表しました」とのアナウンスがされていました。その中に、
・コンテナ船ACX CRYSTALミサイル駆逐艦USS FITZGERALD衝突事故(静岡県南伊豆町石廊埼南東方沖 、平成29年6月17日発生)
発生年月日:2017年06月17日
事故等種類:衝突
事故等名 :コンテナ船ACX CRYSTALミサイル駆逐艦USS FITZGERALD衝突
報告書(PDF):公表説明資料
が掲載されています。
米海軍軍艦と外国船籍の船との衝突事故ですが、日本近海ということで、運輸安全委員会の検討対象になるのですね。

本件については、事故発生の半年後に、私がブログ記事にしています。
米第7艦隊衝突事故2件
2017-11-05

運輸安全委員会報告と私のブログ記事を読み比べてみましたが、新たな発見はほとんど見当たりませんでした。
----以下2017-11-05ブログ記事---------------------
今年、アメリカ第7艦隊(横須賀を母港とする)は、深刻な衝突事故を2件起こしています。最近、米海軍作戦部(Department of the Navy / Office of the Naval Operations)は、この2つの事故に関する報告書(Memorandom for Distribution)を公表しました(pdf)。

現在、読みかけているところです。合計71ページの報告書です。内容は、2件の衝突事故について、「衝突まで」、「衝突後」の状況が説明されています。私は取りあえず、「何が原因で衝突したか」を知りたいので、「衝突まで」に興味があるのですが、報告書は残念ながら、ページ数としては「衝突後」に大きく取られています。両事故とも、多くのセイラーが殉職しているので、どうしても救助活動の方に関心が向くのでしょう。

「衝突まで」についてざっと読んで驚くことは、決して状況が克明に再現されているわけではなく、極めてざっとした状況説明のみにもかかわらず、海軍の当事者の責任について極めて厳しくかつ断定的に断じている点です。

登場人物は以下のような人たちです。
英語 日本語(意訳)
Commanding Officer 指揮官(艦長)
Executive Officer 副司令官(副艦長)
Officer on the Deck 甲板士官(当直士官)
Junior Officer on the Deck 副甲板士官(副直士官)
Watchstander 立哨(見張り)
Bosun Mate on the Watch 当直甲板長、掌帆(兵曹)長

以下、第1の事故について、報告書を見ていきます。

《フィッツジェラルド(以下「F艦」)とクリスタル(以下「C船」)の衝突事故》


F艦とC船の航跡

上の図面で、数字は時刻(日本時間)です。
F艦は、0105から衝突直前(0129)まで、同じ進路(190度)、同じ速度(20ノット)で前進しています。
C船は、0105には東南東に進んでいましたが、0115に進路を変更し、東北東に向きを変えています。恐らく、南から北東に進んでいた別の船(Marsk Evora)との衝突を避けるため、進路を変えたのでしょう。進路変更前にはF艦と衝突するコースではありませんでしたが、0115の進路変更の結果として、C船はF艦との衝突コースに入ってしまったように見えます。
C船の進路変更前も後も、F艦から見てC船はスターボード側ですから、F艦に衝突回避義務があります。
従って、F艦の艦橋については、「0115のC船の進路変更に適時に気づき、衝突コースに入っていることを認識し、適時に衝突回避動作を行うことができたのか否か」が問題となります。
----部分訳---------
(6~7ページ)
2300日本時間、艦長と副艦長は艦橋を離れた。
0100 F艦は3隻の商船がF艦のスターボード(右舷側)からやってくる領域に到着した。
F艦はいくつかの船と交差する状況だった。海事国際ルールによれば、このような状況では、F艦には他の3船との関係で(明確になるように)操船し、可能ならば交差を避ける義務があった。F艦がこの義務を遂行しない場合、他の船は、自分の独立な操船を行う上で、早く適切なアクションをとる義務があった。衝突まで30分の間、衝突の1分前まで、F艦もC船も、衝突リスクを低減するための上記のようなアクションをとらなかった。
衝突数分前、当直士官(この船の安全航海の責任を有する)と副直士官(補助者)は、これら船(C船を含む)との関係、これらの船を避けるためのアクションの要否について打ち合わせた。最初、当直士官は、C船を他の船と混同していた。ついに、当直士官は、F艦がC船との衝突コースに入っていることに気づいた。しかしこの気づきは遅すぎた。C船も、手遅れになるまで衝突回避動作を行わなかった。

当直士官は、この船の安全航海の責任を有するが、必要な操船を行わず、危険信号を送らず、C船のブリッジとの間で通信を試みず、即ち、海員として拙劣であった。

当直チームの他の艦橋メンバーは、この状況について知り得た事実を当直士官に伝達しなかった。戦闘情報センター(CIC)のチームも、当直士官に情報を提供できなかった。

事件のタイムテーブル(25ページ)
0120 当直士官と副直士官を支える見張り員は、C船を視認し、C船のコースがF艦の軌跡と交差すると報告した。当直士官は、C船がF艦の1500ヤードを過ぎると考え続けていた。
0122 副直士官はC船を再度視認し、艦速を遅くするよう助言した。当直士官は、減速はcontact picture を複雑化すると答えた。
0125 当直士官は、C船が急速に近づいていると気づき、240方向へのターンを考えた。
0127 当直士官は240方向へ転蛇(右転蛇)を命令したが、1分以内にこの命令を撤回した。その代わり、当直士官は、最高速度に増速し急速左旋回を命令した。これら命令は遂行されなかった。
0129 甲板長は、舵を取ってこの命令を実行した。
0130 C船の船首がF艦に衝突した。
----部分訳終わり---------

以上を読むと、以下のような状況が確認できます。
航跡図から明らかなように、C船は0115に進路変更を行い、F艦との衝突コースに入りました。C船の進路変更前の認識として、F艦の当直士官が「衝突しない」と認識していても間違いではないです。
0115のC船進路変更の後、0120にF艦の見張り員がC船について当直士官に報告しています。しかし当直士官は確認を怠り、C船の進路変更、衝突コース突入を確認するチャンスを失いました。0122の副直士官の「減速」助言も無視しました。
0125 当直士官はついに衝突危機に気づき、衝突回避を試みましたが、指示が錯綜し、甲板長が舵を取ったときは衝突1分前でした。

たしかに、このとき艦橋とCICで勤務していた人たちが、安全航行のための義務を果たしていなかったのは明らかなようです。
問題は、「多数の船が錯綜する海域で、なぜこのような拙劣な人たちが、第7艦隊のイージス駆逐艦の操船を行っていたのか」という点です。米国海軍の劣化が疑われても仕方ないでしょう。
-引用以上 第2の事故についてはブログ記事をご覧ください。---------

運輸安全委員会報告には、当事者についての記述があります。フィッツジェラルド(B船)側については、
④ 艦長B 男性 2015年11月にB船に副長として乗艦し、アメリカ合衆国にて数か月の訓練を受け、2017年5月13日艦長に就任した。
⑤ 当直士官B1(事故発生時の操船指揮者) 女性 2013年8月士官訓練センターを経てアメリカ合衆国海軍に入り、B船は2隻目の船舶であった。B船には2016年5月に乗艦し、2017年1月航海士官に就任した。
⑥ 当直士官B2 女性 2012年にアメリカ合衆国海軍に入り、B船は5年間で3隻目の船舶であった。
⑦ 当直士官B3 男性 2016年10月にアメリカ合衆国海軍に入り、海軍士官候補生学校を2017年1月に卒業し、B船に乗艦した。

B1がOfficer on the Deck(当直士官)、B2がJunior Officer on the Deck(副直士官)でしょうね。B3(男性)は海軍士官候補生学校卒業の経歴がありますが、B1、B2(ともに女性)にはありません。どのようなキャリアを経て、当直士官、副直士官に上り詰めたのでしょうか。

それにしても、事故の半年後には米国海軍作戦部からほぼ今回と等しい報告書が出ているのに、それから2年が経過して運輸安全委員会報告が出されるのはどういったいきさつがあるのでしょうか。
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