弁理士の日々

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優先権の効果「写ルンです」事件

2006-05-24 00:04:07 | 知的財産権
[優先権の効果が認められた例]
東京高裁平成16(ネ)1563特許権差止請求権不存在確認「レンズ付きフィルムユニット」事件(裁判所ホームページ
なお、裁判所ホームページでは図面を見ることができませんが、最高裁ホームページの方は図面及び先の出願の明細書を見ることができます。
事件名が長いので「写ルンです」事件と呼びます。

[先の出願X:昭和61年10月17日富士フイルム出願]
 明細書には、下記Yの「構成A~Iを有するレンズ付きフィルムユニット」が実質的に記載されている。
 Yの第3実施例は記載されていない。

[優先権出願Y:昭和62年8月14日富士フイルム出願]
 特許請求の範囲には、「構成A~Iを有するレンズ付きフィルムユニット」が記載されている。構成Fは、「シャッタ手段が操作された後に、未露光フィルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること」
 構成Fを実現するための具体的な機構を詳細に記載した「第3実施例」が存在する。

[先願Z:昭和62年1月19日富士フイルム出願の実用新案分割出願]
 Yの第3実施例と同一のの考案について実用新案権が発生している。

出願Yについて特許権が成立しています。富士写真フイルムが特許権者です。1審原告・2審控訴人の3社(大東貿易、ハマ・コーポレーション、フィールテック)は、レンズ付きフィルムユニットを外国で製造し、日本に輸入し、日本で販売しています。3社は、その製品が富士フイルムの上記特許権に基づいて差止されないことを確認する訴訟を提起しました。
3社のロジックは以下のようです。
「優先権出願Yの優先権の効果は認められず、そうとすると先願Zと同一であるから、先後願の関係でこの特許は無効とすべきである。従って3社の行為について富士フイルムは差止請求をすることができない。」
「① 発明の構成Fについて、その構成Fをサポートする実施例は実施例3である。先の出願Xには実施例3が記載されていないので、構成Fは記載されているとはいえない。優先権出願Yではじめて実施例3が記載されたのであるから、構成Fは出願Yではじめて記載されたものであり、優先権の効果は生じない。」
「② 出願Yに記載の実施例3と、先願Zに記載の実施例とは同一である。実施例が同一ということは、先後願の判断における特許請求の範囲の発明が同一であるということであり、先後願の関係で出願Yに係る特許は無効である。」

ここでは、上記①について高裁の判断を検討します。

高裁は以下のように判断します。
《構成Fの意味するところは一義的に明確であって、その技術的意義が詳細な説明を参酌しなければ理解することができない、ということはない。従って、本件発明の要旨を第3実施例記載のものによって認定することは、要旨認定のあり方として相当でない。
フィルムの巻き込み、巻取り、巻き上げ手段に関する構成については種々の周知技術が存在するので、本件発明は当然にそのような周知技術を踏まえているものと解される。その上で、構成Fのように特定し、具体的にどのような構成の装置にするかについては特段の限定はしなかったと解するのが相当である。
第3実施例の機能や効果は、周知技術に比べて格別ではない。第3実施例は、本件発明の要旨の範囲内で、具体的な1態様を示したにすぎない。本件発明は、先の出願Xに記載された第1実施例により十分に裏付けられている。》
 特許権者は「構成G、Hが本件発明の特徴である」と主張しており、そうであれば構成Fについて明細書中に具体的に記載していなかったとしてもうなづけます。
 そして、以上のように発明の要旨を認定した上で、優先権の効果が有効であると認めます。

争点となった発明の構成Fは、特許性を主張する発明の特徴部分ではなかったこと、構成Fを実現するための具体的手段は周知であり、問題の第3実施例も周知技術に比べて格別ではなかったこと、からすると、ピジョン事件のときとは反対に、優先権出願Yではじめて第3実施例が追加されたとはいえ、優先権の効果が認められて妥当だと考えられます。
ピジョン事件では、図11実施例を加えることによって、優先出願Yの発明の要旨となる技術的事項が、先の出願Xの記載範囲を超えると認定されました。機能作用的クレームの権利解釈の観点からも、図11実施例が加わったことで権利範囲が拡大する可能性が大きいです。
一方この写ルンです事件については、第3実施例が入ろうが入るまいが、権利範囲に差が生じることはないと考えられます。判決では、構成Fは特許性の特徴点ではないし、構成Fを実現する具体的手段は周知であるし、第3実施例も周知技術でしかないという認定でした。そうとしたら、明細書中に第3実施例が記載されていなくても、だれかが第3実施例を実施したら出願Yに係る特許権を侵害するという判断になるでしょう。
つまり、第3実施例の有無は権利侵害判断に影響を与えないだろうということであり、その点からも、第3実施例追加の影響を受けずに優先権の効果が認められたことの妥当性がうなずけます。

次回の記事でまとめを書きます。一所員さんのコメントに対する議論も、その中でできればいいなと考えています。
コメント
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