Retrospective...

逃げない、はればれと立ち向かう。

【くるま】外車、夢の80年代(その1)

2012-01-25 | くるま。
以前、1984年のCG誌の外車特集の中身が渋すぎて、
明らかに一般向けじゃないそのラインナップに泣くという記事を書いたのですが、
今回も同様に、「まだ外車が外車だったころ...」1980年代の雑誌を見て涙を流そうという記事でございます(笑


なぜかたまに家から出てくる古いクルマ雑誌。捨てないでいた親父か、自分をほめてあげたくなります(笑
そんな今日の本は、ル・ボランの1983年6月号。
ieは小学5年生、ボトムズにはまっていたころですね(どうでもいい情報w)。





まず表紙からして、渋い。ポンティアックの6000です。ってマイナーだなあw(嬉
オールズモビル・カトラスなどと兄弟でしたっけ。

第一特集は「AMGチューン」ってありますが、それよりも(汗)やはり目が行くのが、
「現地試乗:ヨーロッパ・ニュー・モデル プジョー205/フィアット・ウーノ/
ルノー・フエゴ・ターボ/オペル・コルサTR・・・」
ですよね(笑


というわけで開いて見る。
「AMGチューン特集」はさらっと流し(汗...それでもこのころは外観も派手ではなく、
パワーアップを主眼とした「チューナー」のイメージが今より強くて面白い)、


そして現地試乗特集へ(わくわくわくわくw



で、いきなりのお出迎えが、ほい、ルノー・フエゴ・ターボ(滝涙



って記事を良く見たら、しかもターボディーゼルだった(号泣

R18(ディズユイット)をベースに作られた「スペシャリティクーペ」がフエゴ。
実はルノー・カラベルあたりからR15(ケンズ)・R17(ディセット)、そしてこのフエゴにいたるまで、
この手のスペシャリティを欠かした事のないメーカーだったりします。
いまもラグナクーペとかありますし。

シトロエンCXをデザインしたロベール・オプロンが手がけたスタイルは、
ポルシェ924風のキャノピータイプのリアハッチや、ボディ前後を貫く
飾り帯などを持ち、きわめてモダンかつクリーン。
フル4シータークーペとしての実用性も併せ持っています。

そしてハイライトのひとつであるターボ・ディーゼルは、
ギャレット製のターボ+2068ccOHCエンジンで88馬力を誇っていました。
当時の日本ではスペシャリティにディーゼルを積むという発想は
きわめてユニークに受け止められたでしょうね。



で、次。うわあ、これまたノックアウトォオオオ!



アルファロメオ スプリント クワドリフォリオ・ヴェルデ(QV)!

スッドに2台乗った(1.5スーパー 4ドア・1.2ti 2ドア)に乗ったieとしては、
あとはスッドといえばクーペ・ボディを持つスッドスプリントに乗らずにはいられない!って
ずっと思っているんですが、銀バンパーのオリジナル・スプリントもいいけれど、
いかにも80年代風の近代化が図られているこの頃のも捨てがたいですねえ。

エンジンはむろん水冷フラット4。この頃は、スプリントは「スッド・スプリント1.3」と、
この「スプリントQV」に名前が別れていて、この1.5はダブル・チョークのウェーバー
ツインキャブによって105馬力を発生。915kgしかないボディを活発に走らせます。

フロントのブレーキをインボード化するなど凝りに凝った足回りを持つ
スッド系の「夢のようなハンドリング」と、
フラット4特有のビートと、アルファエンジン特有のざらついた感触を伴った
官能的とも言えるサウンドによって、本流ではないといわれるスッドも、
やはりこいつはアルファなんだ!と思わせてくれるのです。



ノックアウトものはまだまだ続きます。
はい次はコレ!



アルファロメオ GTV6 2.5!

アルファのジュリア系の後継として1970年代中葉に登場した「アルフェッタ」をベースに、アルファ6(セイ)のV6をノーズに押し込んだのがこの「GTV6」です。
その後も164、155、156、GTV、SZなどに搭載され、名機とも呼べるアルファ6用のV6は、
さすがにアルファ6のときの「悪夢の6キャブレター(涙)」ではなく
インジェクション化(ボッシュLジェトロ)され、160馬力を発揮。
ジウジアーロデザインの2+2クーペボディは、これもまた80年代特有の
ウレタン・バンパーによってモダンに改装されています。

もとよりアルフェッタは、トランスミッションをリアデフの前に置く「トランスアクスル」方式で前後重量配分を50:50とし(GTV6はさすがにこの比率が違うと思うが)、
リアサスもレーシングカーが古くは多く採用していた「ド・ディオンアクスル」とすることで、
ハンドリングと乗り心地は抜群と言われていました。
それにパワフルなV6が載ったGTV6は、さらにGTカーとしての性格も与えられ、
イタリアンGTとしてきわめて魅力的です。
...エンジンの回転数で回るドライブシャフトが泣き所なんですけどもねえ(涙



そして、お次はこれ、当時まさしく出たばかりのブランニューモデルだった、プジョー205です。



プジョー205は、激しい競争を繰り広げていたルノー・サンクとの戦いに勝つべく、1983年に登場。
従前の104よりもひと回り大きなボディは、これまでのプジョー同様にピニンファリーナのデザインによります。
今見ても色あせませんね。
この205の持つ若々しさは、それまでのプジョーにはなかったキャラクターで、
現在のスポーティなプジョーのイメージは、この205が与えたといっても過言ではありません。

日本では販売の中心が3ドアのGTIになりましたが、本来ヨーロッパではこのGRのように
5ドアで非スポーツグレードがメイン。
グレードは下からGL、GR、SR、GTとなっていました。
スポーティな外観のGTIも魅力的ですが、何もついてないこの「素」の205もまた、
本来のベーシックカーのスタイルでなんともカッコいいです。
日本でも「automatic」などがこのGRのような5ドア、装飾なしでわずかながら導入され、購入する事が出来ました。





そして次がフィアット・ウーノ ES。



パンダの開発コードが「ゼロ」だったので、その次に開発されたこのクルマが「ウーノ(1)」になったということらしいのですが、
それだけではなく、いまのフィアットのクルマのイメージやクルマ作りの基礎となった一台です。
ウーノの前身が127だと知れば、いかにウーノが新しく、
そして今売られているフィアット各車の礎になったのかが、わかります。

これまたジウジアーロによる、クリーンでモダン、登場以来29年たっても
まったく古くなっていないデザインを持つウーノ。
1301cc、1116cc、903cc(いずれも直4)が登場時には用意されましたが、
取材対象になったのはそのうち903ccエンジンを積んだ「ES」。
「エコノミーセービング」の略を持つ燃費重視のグレードで、日本には入ってきていないと思います。

外装に限らず内装もステキ。灰皿はパンダ同様にダッシュボードを左右に自由自在に動かせ、
ポップなメータパネル、そしてサテライトスイッチなどなど、80年代らしさが横溢しています。

ウーノはその後I・DE・Aによるリスタイルを受け、後継のプントに道を譲る事になります。



しかし、この頃はほんとうに外車がまだまだ一般的ではなく、
「ガイシャ」って感じがしますよね。
バブルの前ですから、記号性っていうことでもなく、通常の「クルマ選び」の選択肢にはない、
「好きな人だけが買う」という世界。
でもだからこそ、ガイシャが外国そのもののにほひを運ぶものだったものでいられたのですね。


外車が売れるのはすばらしいことです。
でも、願わくば、やはり、乗るだけで・持つだけで、
その外車を作っている本国に瞬間移動出来るようなものであって欲しいと願ったりします。




>>うむむ、この記事、タイトルが「その1」なんだが、
「その2」はあるの?って思われた方、正解!
この号、実は後半にもとんでもなく面白い記事があって、それを載せないわけにはいきません!

>>その特集の名は「ヨーロピアン・ミニ・ワールド」。
欧州小型車11台の競演です!お楽しみに!

>>ではちら見せw


>>ちなみに、いつもお世話になっているアウトレーヴさんに、
スプリントQV、入荷中!うおお、これは見に行かないとー!
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【セダン蒐集癖】Vol.279 魅力ありすぎ、ハコスカ。スカイライン2000GT(C10型、1969年式)。

2012-01-13 | セダン蒐集癖。


2012年一回目の記事となります。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。より一層、コアでマニアックなブログを目指しますので、
みなさんどうぞご愛顧のほどを!


ということで、まず一回目はセダン蒐集癖から行きましょう。
このコーナーでも3回目の登場になる、ハコスカ(C10型スカイライン)の2000GTです。


ハコスカはVol.270で出たばかりだったりするんですが、
今回は今までの個体と違い、かなりオリジナルに近い姿でした。
しかもいまや希少な1969年型。つまり、最初の2000GTの顔です。


それにしてもこのころの車はだいたいが
下から「スタンダード」「デラックス」などといったグレード名を持っていたのが多いのですが、
その「差異」が、装備は無論のこと、外観にもそれがあり、
とくに「グリルが違う」というのが一般的でした。
いまのご時世ではそういう差別化はあまりなくなってしまいましたね。

このC10型も例外ではなく、スタンダードに比べてオーバーライダーがついたり、
グリルやホイルキャップが違ったりしてます。

C10型のエンジンは、プリンス直系のものと、日産系の両方が積まれていました。
直4の1500ccは、プリンスのもの(G15)を、
GT系の直6 2000ccは日産セドリックのものを移植(L20)していました。
ただし、GT-Rは、むろん、プリンスの技術の結晶であり魂である、S20型です。




>>ちなみに、C10型からはもう「日産スカイライン」の時代になります。
ローレルやブルーバードとの部品共用化が進んでいるのですが、
設計やシャーシセッティングに関しては、プリンスと日産では考え方に差があり、
その違いを埋めることがたいへんだったようです。

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【くるま】自分のクルマのデザイナー、まとめてみた。

2011-12-27 | くるま。



いま乗っているのは、先日のエントリーでも書きましたがシトロエンのVISAと初代のC5なieなのですが、
この2台とも、デザインはシトロエンの社内デザインです。



と思ったら、過去乗ってきたクルマ、「誰が線を引いたのか」なんてまとめてみようと思ったりして。相変わらず唐突ですみません(汗
ではではスタート...。



■1989 RENAULT SUPER5 BACCARA (JAXもの、キャブ5MT、LHD)



★言わずと知れた「スーパーカーデザイナー」、ガンディーニおじさんの作品ですね。
今見てもこのクルマ、小型車の造形として完成されています。すごくいい。
バランス、細かいデザイン処理、言うこと無い。リアビューはサンク以外のなにものでもないです。


■1982 ALFAROMEO ALFASUD 1.5SUPER (伊藤忠もの、5MT、RHD)



★イタル設立後のジウジアーロの作。
小型実用車の傑作中の傑作だとieは勝手に思ってます(汗
後期モデルはバンパーなどが大きくなってますが、
このあたりにはさすがに関わっていないと思います...。
でもほんとこのクルマ、パッケージすごいですよ。後席の広さとか半端ないですもん。


■1987 FIAT PANDA 1000CL (チェッカーもの、4MT、LHD)



★これもジウジアーロの最高傑作のひとつ。
コストの安い平面ガラス、効率的なパッケージング、
なんでもほうりこめる布のダッシュボードなど、今見ても画期的なクルマ。
あー。また欲しくなってきた。ヒエラルキーって何?って笑い飛ばせる一台。

気持ちイイ風をいっぱいに窓とサンルーフから取り込んで、大きな声を出してCDに合わせて歌えば、
何も付いていないパンダには「自由」がいっぱいついていることに気づく。
45PSしかないエンジンを釈迦力にまわしきって走れば、難しいことなんざどうでもよくなる。
柔らかいハンモック調の椅子。バスケットみたいなダッシュに財布や携帯を無造作に放り込む。
薄い鉄板を通して容赦なく入るエンジンのノイズ。近い外界。車内は閉ざされた空間ではない。
道といっしょになって走る、素っ裸の感覚。素晴らしいゲタ(拙文より)。


■1976 ALFAROMEO ALFASUD 1.2ti (日英自動車もの、5MT、RHD)



★スッド2台め(笑)。言うまでもなくジウジアーロ
こっちのがオリジナルのデザイン。メッキバンパー。シンプルさがより光る。
スパっと落としたテールデザインが好きだ。


■1985 RENAULT 5 GTLフランセーズ (キャピタルもの、4MT、LHD)



ルノー社内デザインと言われている。各部のディティールやR4ベースの縦置きFFであるなど、
設計の古さはいかんともしがたいが、いまだに色あせない素晴らしいデザインだと思う。
70年代初頭にプラスチックバンパーを採用してたの、ほんとにすごい。
フランス人のプラッチック好きがうかがえる?


■1994 CITROEN XANTIA V-SX (西武もの、4AT、LHD)



ベルトーネ×シトロエン最後のタッグ。XMを手がけたマルク・デュシャンの作と言われる。
ベルトーネとシトロエンの蜜月は、XANTIAの直前にシトロエンにナイショでそっくりのクルマ
デーウ・エスペロ)を出したことに激怒して終わった、とかいう噂あり!?
ところでXANTIAって、スリークォーターから見るとたまらなくかっこいいと思うのは自分だけ?


■2001 PEUGEOT 206XT (ブルーライオンもの、4AT、RHD)



★ピニンファリーナと決別し社内デザインとなったプジョーの新生デザイン第一弾。

端正を旨とした205にくらべ、アグレッシブなデザインになったが、
そのあとさらに派手になった207、308などに比べれば、まだまだ大人しい。
個人的にはこのクルマの凝縮感あるデザインは好き。
5ドアのリアドアの切り方やリアドアのウインドウグラフィック、
まだ黒バンパーバリバリ採用してるってのもいい。


■1988 CITROEN 2CV6 (マツダが入れた実験車らしい。4MT、LHD)



★DSをデザインしたフラミニオ・ベルトーニの作。
ちなみに彼の最後のクルマ作品はAMI6(アミ6)。
むかし、情報が海外からぜんぜん入ってこなかったとき、ベルトーニを「ベルトーネ」と勘違いして、
DSがベルトーネデザインだと書かれていた文献があったことを思い出す。
機能だけで作り上げられた機械の美しさを見よ!


■1987 CITROEN BX19TRS (西武もの、4AT、LHD、実家のクルマ)



★これまたガンディーニおじさんの作品。
当時ベルトーネのチーフデザイナーだった彼は、
1977年に試作だけで終わった、トルコのメーカー・アナドール向けに開発された
リライアントFW11のデザインを持ってきたのか、
BXにはその要素が強く感じられるものとなった。
なお、ベルトーネとシトロエンの関係の最初の一台。

気になるリライアントFW11のことについては、また別の機会に書くことにしましょう。


■1995 CITROEN  ZX BREAK1.8(新西武もの、4AT、RHD)



★これもまたベルトーネ。1991年当時のチーフがマルク・デュシャンなので、これもまた彼の作品か。
ゴルフクラスでありながら、ハーフ・スパッツに猫背のキャビン、比較的傾斜したリアハッチ、
無表情でちょっと切れ長の顔など、みごとにシトロエンルック。
自分のはブレークだったけど、まさに「四角い箱」で、
4.3mも無い車体なのに、とんでもないくらい荷物が積めたです。いいクルマでした。


■1988 RENAULT 19 TXE CHAMADE (JAXもの、4AT、RHD)



ジウジアーロ社内デザイン。6年前の記事「ルノー19、ガンディーニ案!?
にあるとおり、
R19をデザインしたのはジウジアーロとなっているのだけど、
どうやら彼がすべてをデザインをしたのでは無く、
結果的にはその後ルノー自社でリデザインがされているようです。


■1987 プジョー505 V6 (西武もの、4AT、LHD、友人ねこさわ君との共同所有)



ピニンファリーナ
これまた美しい一台。「ジドウシャ」なスタイルはピニンファリーナの傑作のひとつであります。
長いホイールベースとオーバーハングのバランス、スラントノーズ、
大きな目なのに違和感を感じさせない絶妙な形状、
サイドを走るえぐれのキャラライン、どれもパーフェクト!

全長4.6mにも満たない、しかもFRでありながら、
昨今の同サイズのクルマたちと比べ物にならない車内とトランクの広さは、
切り立ったウインドウと、見事なまでの3ボックススタイルのなせるワザ。
クルマって、こうでいいじゃない...って思わせちゃう。


■1993 SAAB 900 TURBO16(ミツワもの、3AT、LHD、クラシック最終型)



自社デザイン
ぜいぜい、やっとここまで来たか(涙
もとは1967年登場の「99」。それの前後だけがのばされたスタイルゆえ、
クラシカルなのはいうまでもないうえに、クラシックサーブ900特有の
きり立ってるのに大きく湾曲したフロントウインドウ、
ドアを開けるとサイドシルが無い独特の構造など、特長も多く、
これぞサーブ、というデザインだと思います。
これの5ドアとか、3ドアコンビとかは、なおいいねえ。


■2001 CITROEN C5 2.0 (新西武もの、4AT、RHD)



★自社デザイン。
それまでのベルトーネの低くキレのあるデザインから一転、
ミニバン風ルックで車高も高く、とらえどころの無い造形になったC5。
ただ、フロントオーバーハングは異様に長く、とがった鼻先、
そして猫背のビッグキャビンと短かめのリアともども、
シトロエンらしいスタイリングではあるのでした。
ただいかんせん、全体のデザイン処理が眠いんですよね。
どこかにバシっとメリハリあるラインでも入っていれば。


■1983 シトロエンVISA GT(西武もの、5MT、LHD)





★自社デザイン+ユーリエ(Heuriez)。
最初はシトロエンの自社デザイン、のちにユーリエが手を加えてVISAIIになりました。
どうもシトロエン自社の「豚顔」はさすがに衝撃が強すぎて、売れなかったみたいです(涙
104のボディに2CV系のエンジンを詰め込んだ「LN/LNA」では
デザインが何もシトロエンが手を出せなかったためか、
VISAでは思う存分シトロエンが仕事しちゃってますw





>>ということで、なんだか長くなってしまってすみません。
思ったより短くまとめられなかったです(涙

>>それにしてもジウジアーロ好きねie(笑

>>おまけ。
ダイナミックな開き方で大好きだったサーブ900のボンネットオープンgif(笑)


※スマホ(iphone含)版で見るとgif動かないみたいですね。スマホの方も「PC版」でご覧くださいー。



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【シトロエンVISA】「非GT」化を進めるために(その3

2011-12-21 | シトロエンVISA GT。


さて。わが愛しい犬?Citroen VISA GTの「非GT化」も、
なんだかんだで「その3」になってしまいました(笑


というのも、いよいよ「あれ」を装着したので、ご報告をしたいのであります!




そう、「あれ」とは、「これ」のことです...。







ががーん。そう、eBayで取り寄せた(というか、アウトレーヴさんで取り寄せていただいた)、
VISA用のホイールキャップ!



アウトレーヴさんから引き取ったのが、2カ月前のFBM(えーもう2カ月、早いわあ)。
そのとき、ieはもう喜びいさんでVISAに取りつけようと...したのですが、


取りつけ金具の位置も、エアキャップの逃げの位置も、いやそもそも取りつけ金具が
自分のVISAの鉄ホイールと合わないのでした。がががーん。


な、なんでだーーーー。


試行錯誤するも装着は出来ず、仕方なく「置いて楽しむ」ことにしたのですが(笑
やはりちゃんと付けてしまいたい!
このキャップはホイルの穴に金具をひっかけるタイプで、それが合わないとなると、
もとからホイルの真ん中に開いてる小穴を用いて、キャップを付ける等の策が必要になりますね。



真ん中の穴が利用できないものか




ちなみに、どうもVISA、LN系には2種類鉄ホイールがあるようで...。って、なんで鉄ホイールが2種類あんのよ(涙
フランス車って、合理的っていいつつ、たまにこういう謎なことをしてくるので困ります(汗



写真はちっこいのだけど、たしかに前後でホイルが違う...。
買ったキャップが装着できるのは前輪のタイプで、ウチのコについてるのは後輪用なのだと思う。





時間があればこの程度なら自分で出来るんですけど、
今回もまたまたアウトレーヴさんにお願いをしてしまいました(汗)。
いつもいつも無理なお願いばかりですみません。ありがとうございます(謝



ということで、装着が完了!
いまのVISA代さんの雄姿はこんな感じなのです!



ちょっと写真暗いけど



ただよう「日本では見たこと無いぞ!」っていうオーラw





ふふふ、もはやGTには見えまい(笑)
キャップを着けると逆にしょぼくなるなんてなかなか無いよね




さあさあ、残り、あとすることは、リアスポイラーの取り外し(汗
これはちょっと難儀。リアスポ、ネジでがっちり車体に固定されてるので、リアスポ取ってからそのネジ穴を埋めるのをどうするか考えないとなんです。
要板金。もしくは昔のクルマのエンブレムを外した後をピン金具で埋める、あの(絶滅した)方式!?





>>ちなみに、VISAのリアスポなしだと、こんな感じ。

グレードのエンブレムもさ、
こんな感じでVISA SUPER E か、CLUB あたりにして!
いい!いいー!たまんない。出来ればいま黒々しちゃってるバンパーもカスカスに...(汗
良く見たらワイパもウォッシャーもないぜ!


>さらに!>シートカバーをつける!!
出来ればやっぱりこのあたりだな...(笑)ってこれはeBayでも手に入らないだろうなあ...。
もはや走る受け狙いみたいになってくるがw





>>そうそう、いよいよ冬が来ましたね。
思っていた以上に、VISAと冬、似合います。嬉しい。

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【シトロエンVISA】タイヤを新調しました。

2011-12-04 | シトロエンVISA GT。



ところで、VISAなんですが、タイヤを新調しました。

買ったとき履いていたのはグッドイヤーのGT070っていうタイヤで、もうかなり古いものです。
たしかに溝もそこそこあり、ヒビも入っていなかったのだけど、
硬くてロードノイズも大きいので、せっかくのVISAの乗り味をスポイルしちゃってるはずだし、
そもそも古いタイヤは危ないので、こりゃなんとかしないといかんね、って思った次第。


これが履いていたGT070。なんとなくタイヤの角が立っているデザインも好きじゃなかった



で、買ったのは、ミシュランのXM1。
サイズは、一応履いていたままの、155/70R13をチョイス。

ところがこんなサイズのXM1、タイヤ屋さんには無く、ミシュランからの取りよせになってしまうとのこと。
それではいつになるのかわからないので、
在庫をタイヤ屋さんに片っ端から聞きまくった結果、矢東タイヤさんにあることが判明、
すぐに購入しました。1本@6,510です。



でも問題はそれで終わらない...。

それは、交換。
そもそも換えのホイルなどないVISA。いまあるホイルに組みかえる以外無いのです。


3穴で、しかもセンターに穴が無いと言うとびっきり珍しいホイルゆえ、
これまた主だったカー用品店やタイヤショップに片っ端から交換の可否を尋ねたところ、
交換が出来ない、もしくはバランス取りが出来ない、という回答ばかり...。
うーん、サイズは違えど2CVも同じようなもんなんだが、出来ないものなんですねえ。

ということで、今回も、困った時の駆け込み寺、VISAの購入元であるアウトレーヴさんで
タイヤ交換をしていただきました!助かりました。
いつもいつも、ありがとうございます!



嬉しいミシュラン。これでミシュランの書体が古かったら最高なんですが(汗



そして交換の結果は、びっくりするような劇的な変化...とまではいかないまでも、
明らかにロードノイズが減少。そして、乗り心地もアタリが柔らかくなり、
コーナーでも踏ん張ってる感じが大幅にアップしましたし、、
まあなんというか、何よりも精神的な安心感を得た感じです(^^;



145くらいに見えるし、角も丸いクラシックなデザインだし、そして昔風のトレッドパターンがイイネ




>>ちなみに、タイヤを新調したVISAで、そのあとすぐに仙台+気仙沼に行ってきました。
さすがにその長距離では新しいタイヤの効果は大きく、
快適なVISAのグランドツーリングを堪能出来ましたよ。

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【セダン蒐集癖】Vol.278 BMWの高級化の嚆矢、7シリーズの前夜・BMW3.0S(E3系)

2011-11-28 | セダン蒐集癖。


今日の一台は、BMWの高級車、7シリーズの先祖ともいえる、BMW3.0(E3系)を取り上げます。


いまでこそメルセデスのSクラスと並ぶ世界の高級車メーカーで、
各セグメントに車種をもつメーカーであるBMW。

でも第二次世界大戦後は、502や503などのV8エンジンの超高級車と、
イタリアのイソ社からのライセンスで生産していたイセッタ、そしてそれの発展型のBMW600などのいわゆる
「バブルカー」だけという、シトロエンもびっくり(DSと2CVしかない時期があった)の
両極端のラインナップしか持っていなかった時期があったのです。

いまのBMWの隆盛が信じられないくらいですよね。



これがBMW600


戦後経済が安定してきた中、そのラインナップしかないBMWは、深刻な経営危機に陥ります。
しかし倒産も寸前のところで、大富豪ヘルベルト・クヴァントによって買収されて、危機を免れたのでした。

再生なったBMWは、まず、当時需要が高まっていた小型車として、BMW700を送り込みます。
これはBMW600をベースとし、イセッタと同じ形式の空冷水平対向2気筒エンジンはリアに積まれていましたが、
それまでの「ふつうの自動車」の形や乗降方法ではなかったBMW600とくらべて極めてコンベンショナルな「クルマ」
として登場しました。ちなみに、デザインはミケロッティ。わかりやすいですね(^^



BMW700。高級車メーカー(@日本の認識)というイメージとは違う小型車がBMWの当時の売れ筋


このBMW700は商業的に一定の成功を納め、その資金や開発期間を持って、いよいよ「ノイエ・クラッセ」と呼ばれる、
BMW1500/1600/1800/2000(E1系)を1961年に登場させるのです。
この一連のシリーズは、現在に通ずる「高性能なスポーティサルーン」というBMWのイメージを作り上げ、
好評を持って迎え入れられました。



BMW1500。700に比べて、一気にサイズアップ&モダナイズ。


そして2002などで有名な「02」シリーズも、このノイエクラッセをベースに追加されます。
そう、「02」とは、1500/1600/1800/2000シリーズの2ドアモデルという意味なのです。



妙に出来が良かったバンダイの1/20キットを思いだす2002ターボ




このE1系も、高品質・高性能によって十分な売れゆきとイメージを確保したことにより、
BMWはついに、再びメルセデス・ベンツの象徴である高級車市場に挑戦すべく、ひとクラス上の6気筒モデルを
ラインナップに用意することにしました。


それが、今回紹介のE3系です(ってやっとここまで辿りついた)。デビューは、1968年のことでした。



うはー、たまらん、おめめまっ黄色のフランス仕様w


E1系をさらにモダナイズしたようなクリーンなデザインのボディは4.7m×1.75mの大きなサイズを与えられ、
その長いノーズには、静粛性とスムーズさで他を圧倒し、その絹のようなフィーリングから
「シルキー・シックス」とさえ呼ばれた直6エンジンを搭載。

これらE3系は当初2494ccの2500(150PS)、2788ccの2800(170PS)でしたが、のちに2985ccの3.0S(180PS)、
さらにインジェクションを装備し200PSを誇った3.0Si、3295ccの「3.3L」(190PS)が順次追加され、
メルセデスの対抗車としての地位を確立していきました。


1977年に「7シリーズ」にフルモデルチェンジ。
ご存知の通り、7シリーズは現在でもBMWのトップモデルになっています。
つまりこのE3系は、BMWを高級車ブランド化した嚆矢(こうし)とも言える一台なのでした。




>>なお、このE3系にはクーペ(E9系)が追加されます。
その後「世界一美しいクーペ」と言われることになった初代6シリーズの前身です。
3.0CSや3.0CSLが有名ですね。ちなみにこのE9系、デザイナーはガンディーニおじさんです。


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【セダン蒐集癖】Vol.277  ハイソカーブームの立役者 さりげなくベストセラー 3代めクレスタ(X80系)

2011-11-15 | セダン蒐集癖。




なつかしいです。クレスタの3代め、X80系(1988−1992)です。
これは後期型ですね。しかもバンパーが大きいし3ナンバーなので、
3LのスーパールーセントGかなあ。


クレスタはマーク2、チェイサーの兄弟車で、とくにこの代は「ハイソカー(死語)」の代名詞として、
バブル景気も後押しして、かなりの販売量を記録。実際、この代が(言うまでもなく)一番売れました。


マーク2をベースにしてスポーティなチェイサー、より高級なクレスタという包囲網で
ライバルのローレルやスカイライン、セフィーロに水を開けていましたねえって、
もう20年くらい前の話なのか(号泣


マーク2とチェイサーがピラードハードトップだった(セダンもあったけど)のに対し、
2代めからサッシュ付きセダンボディだったクレスタは、3代めではプレスドアになり、
ヴェロッサに置き換わる5代めまでセダンボディでした。
ビスタ店の最上位車種でもありましたっけ。

セダンボディと言うことは、兄弟車とはいえ、
マーク2とクレスタはボディパネルはほとんど共用していないはずで、
バッヂエンジニアリングカーとはいえ、キャラクターの明確化や作り分けは
しっかりしていましたね。



内装。これはさすがにマーク2系共通かなということでマーク2のを流用(汗




なつかしいねえ...このデザインテイスト。
だけど、いまのごちゃごちゃした「デザイン先行」「差別化先行」のダッシュボードより
よほど飽きも来ないように思います(煩雑なスイッチや、デザインがいいか悪いかは別としまして...)。





>>このクルマを見ても「あ、X80クレスタの後期型だ」ってまだ覚えてる自分にホッとしました(涙

>>3代めクレスタにも2.5Lツインターボ・280馬力(1JZ-GTE)のがあったはず。バブル時代ってすげー(笑
エンジンばかりで、お世辞にもいい脚回りのクルマではなかったような...。
かたや日産はハンドリング命の「901運動」のときで、その差はあったのではないかって思います。

>>そいえば1JZ-GTEはヤマハ製のエンジンです。萌えー。

>>おまけ。自分はマーク2の70系セダンでしたが、教習車でクレスタにお世話になった方も多いかも...。


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【シトロエンな話】商用車の広告までもが美しい。

2011-11-10 | シトロエンな話。
1977年のオランダ版のシトロエン商用車カタログです。

商用車のカタログなのに、全編にわたる息をのむような美しい写真。
裏寂しい、どこかしら抒情的な風景の中、見事なシチュエーションに配置されたクルマたち。
商用車のカタログに、なぜここまで...(感涙)。

多くは語りません。どうぞ、ゆっくりご覧ください。




表紙。たたずむC35のシルエット。これでまず圧倒される。日本の商用車のカタログにはありえない。







カタログはオランダ版だが、それは言語の問題だけであって、カタログ自体はフランスで作られているものと思う。
いきなり農業国フランスの、人の手が介在した幾何学模様を持つ美しい農村の俯瞰風景を持ってくるあたりに、
類まれなるセンスを感じさせる。







下位レンジからの紹介のため、2CVのバン、250からカタログはスタートする。
計算して作っているとはまったく思えない、あまりにも自然なシチュエーション。
250はそれまでの「AZU」の名前が1970年に変わったもの。







続いて400。AZU〜250よりも積載量が多い。こちらも「AK」という名前だったが、1970年に400(AKS)になった。






続いてメアリ。ユーティリティビークルでもあるメアリは、もちろんその多用途性を活かし、商用車としても紹介されている。
漁港で使われているというこの絵が最高。水で丸洗いといったイメージのメアリには似合っている(汗







2CVの仲間はまだまだ続く(笑)。次はAmi8 Service(セルヴィス)。
言うまでもなくAmi8のコマーシャルバン仕様。
青いボディカラーといい、窓がない荷物室部分といい、たまんない。これ欲しい。
これで仕事したらいい看板になりそう。






いよいよGSの登場。これまた2ドアで窓の無い、GS Service。
どんなに荷物を積んでも車高も光軸も変わらないハイドロの商用車というのは、
ある意味ハイドロ車の使い方の極意ともいえる。かっこいい。
BMWのバイクを先導につけ、重要な医療品を安全に優しく、かつ速く届ける、といった状況なのだろうか。








いよいよ真打?H(アッシュ)。でもこのころはもう「1600」などといった積載量で車名を示すのみとなっていた。
カタログ写真を見ると、キャビン以外はそれこそぶら下がってるだけの「FF」の構造を活かし、
どんな車体も作れることを示唆している。それにしても「牛」を積むのはデフォなのね(笑







最後はHの後継、C35。シトロエンなので、むろんFFの商用車。このC35もまた、限りなく低い床を持ち、
さまざまなボディを架装出来た。そしてまた牛の搭載シーンも(爆
なお、C35には、兄弟車として「フィアット242」がいる。





>>どうでしたか。多くは語らないって言いながら語ってしまいましたが(汗)、
ひとつひとつの写真の空気感というのがすごいですよね。スタジオ写真で済まさないで、
外でさまざまな使用シーンを与えられているのですけど、そのどれもが「ここまでせんでもw」
ってものばかりで、なんだか感動してしまいました。

>>しかも、どれもこれも薄暗く、ウエッティで、そして抒情的で、なんだかフランスっぽくてたまらないんですよねえ(^^;

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【いう゛ぇんと】FBM2011 やっぱりFBMは、最高のお祭なのです。

2011-10-24 | いう゛ぇんと

さて、わが「羊の皮を被った犬」、シトロエンVISAを手に入れてからというもの、
この日を待ち焦がれていた「フレンチブルーミーティング(FBM)」!

今年は、いつもお世話になっているプジョー504乗りの「あすなろおやじ」さん主宰の
「あすなろ」のみなさんに同行させていただいて、
土曜の早朝から信州方面を目指し、日曜夜に帰ってくるというプランで行ってきました。


実はFBMに参加19年くらいなのに、このie、あまり前日(土曜)に会場入りをしたことがなく、なんだかとても新鮮でした。


土曜の朝は雨...。しかもその雨足は西に走るごとに増すばかり。
でも、朝の集合場所の中央道談合坂SAから先は、その雨すらも、味方になるのが
ちょっと古めのフランス車の魅力です。






談合坂SAで合流した新旧フランス車たち
1960年代登場=プジョー504D
1970年代登場=シトロエンCX、VISA、プジョー505(SW8)
1980年代登場=シトロエンBX
2000年代登場=シトロエンC6

お、1990年代登場がいない(笑



車山目指して走る!(photo@あすなろおやじさん)



渋滞を回避した早めスケジュールゆえ、諏訪にはお昼前に到着。
諏訪で昼食を取る予定だったのでまだ時間があるということもあって、
雨上がりの美しさが映える諏訪大社の下社の秋宮と春宮、そして万治の石仏を訪問。
ここで関西組のXm@しろくま号と合流。CX、XM、C6というフラッグシップが揃いました(涙




凛とした、明らかに周囲とは質の違う空気を、こころいっぱいに吸いこんで...。




諏訪大社に現れた腕が4本の妖怪!?(photo@あすなろおやじさん)



さて、ご一行は諏訪ICそばのそば屋(笑うところ)でおいしく新蕎麦などでお昼をいただき、
いよいよ車山高原に向けて登って行きます。
でも今年はいつもの通り道である大門街道が工事をしているとのことで、
いくつか迂回路を通らないといけないのですが、FBMのオフィシャルサイトで示されていた諏訪からあがるルートよりは、
右から白樺湖にあがるビーナスラインまわりのほうが道は穏やかで紅葉も綺麗かなと思い、そちらを選択。
VISAを露払いに、フラッグシップたちが上がって行きます。


紅葉真っ盛り。雨あがり、濡れた路面、、落ち葉、紅葉、フランス車。
最高のシチュエーション!



白樺湖に着いたのだけど、そのまま車山に行くのはもったいないので、
昨年C5を撮った白樺湖畔でみんなで集合写真を撮ることにしました。




504は一時期プジョーのフラッグシップだった。
CX、Xm、C6は言うまでもなく旗艦。
そうなると、VISAはみそっかすだね(笑
しかしまあ、こういう景色にフランス車は映える。出来すぎ。やばいくらいに。
だから、秋の信州+フランス車、そしてFBMはやめられない!


土曜日はフリマが行われているのでここでもたくさんのお仲間に会えました。
そんな中、いつもお世話になってる月面車町内2号さんが僕のVISAを見つけて声をかけてくださった!


それが...今回のFBMの目標のひとつでもある、京都のアウトニーズさんが持ち込まれた
初期顔VISA(フラットツインモデル)と並べるというのがあったのだけど、その豚さんVISAが、
もうハイランドホテルのPにいる!との情報!

大急ぎでVISAに乗りこみメイングランドへ降りる道の途中にある、ハイランドホテルの駐車場へ。
そこには、たしかに、いた!豚さんVISAが!




FBM本祭でもないのに、大興奮!僕はVISAのおけつ同志を付け合わせるように停めてみました(笑



うわあ、キタわあ...。




俗に言う「豚鼻VISA」...。アウトニーズさんが持ち込んだ個体で、FBMに来ると言う話は聞いていたので、
自分のVISAと並べようと思っていたら思いのほか早い邂逅に感動。
そういえば数年前にはフランスではまだVISAは走っていたのだけど、初期型はさすがにいなかったので
しみじみ見てしまいました。



この日の夜はカリンさん@2CVさんが確保している宿に泊まらせていただいたのですが、
夜は*tomoちゃんが作ってくれた超!超!超!美味しいおでんをみんなで食べながら
なんとプロジェクタの上映会を同時進行!
マツモト先生持ちよりのCGのシトロエン特集やむかしの販促用ビデオ(XMが新車だったりする)や、
あすなろおやじさんが持ってきた数年前の写真などでいやはやもう、大もりあがり。
シトロエンばかの宴、最高でした。次の日はなんと5時起きだと言うのに、みんな寝たのは何しろ2時半とか3時...。
でもそのくらい、楽しい夜だったのでした!

でも、楽しかった分、しゃ、写真が無い(汗

カリンさん、すてきな宿をありがとう!来年ももうここで決定!宜しくお願いしますねー!


でも天候は雨...しかも大雨。これでは日曜、当日の天気も危ういという中、
オカキ君がXm@*tomo号をFBMに連れて来てくれたのでした。到着時間は朝の5時。
おつかれさま!薄暗いロビーで見たときは、嬉しかったよ...。
そしてオカキ君を寝かせて、残りの男たちは、「FBM場所取り軍団」として、始動です。
集合はロビーに朝5:45。でも誰ひとり遅れてこなかった!というかむしろ、みんな早く来ていた!

でも、まだ、この時点では驟雨だったのでした。



早朝、P取りに向かう一行。



場所取りが必要なのは、FBMのメイングランドパスが取れる方法で宿泊していないからなので、
こればかりは仕方ない。目指すは、一般開放Pのいちばん下、「P6」です。

空はあれよあれよと明るくなり...そして雨はやんでいきます。
場所取りは希望通りP6、しかも最前列から3〜4番めくらいで、なかなかのポジション。
がんばった甲斐がありました!




朝頑張った男たちの記念撮影(photo@あすなろおやじさん)


このまま男たちは徒歩でホテルに戻り、昨日の宴の残りのおでんとおじやを頂きます。
これがまた味が染みてうまいのなんの。
そうこうしているうちに、外は晴れ始めてきました。


場所取りをしただけで荷物は運んでいないので、ここで「荷物運びチーム」のドライバーが車を取りに
Pに戻ります。
外はもうすっかり雲間から朝日が差し込み、紅葉真っ盛りの車山を美しく照らしていました。





そしてようやく車も人も、Pに全員集合。

ここからはめいめいの過ごし方。これがFBMの醍醐味。
そう。それは、「自由」ということ。


天候は完全に回復。気温も寒くもなく暑くもないという絶妙さ!
雨でメイングランドがどろどろなこと以外は、申し分がない!


さてさて、今年も気になったクルマをチェックするの巻。



新しめのクルマでも、フランス車は絵になる。メガーヌ2。



マトラ ジェット。もとはルネ・ボネジェットと称した。
帰るとき御見かけした助手席の外人の方と、運転する方があまりにも
1960年代の映画からそのまま出てきたみたいで、素敵でした。



マトラ M530。1967年に登場した、量産型2+2ミッドシップスポーツカー。
エンジンはフォードのV4。



4ナンバーのプジョー パルトネール。まさに働くクルマ。



シトロエン ディアーヌ。FBMの常連さん。小豆色ってのがいい。
と、シトロエン アミ8、スペイン版の「ファミリアール」。



魅力的なオールド・シトロエンの猫背数態。



シトロエン BX スポール。
ボビン時代のスポーツ版。1905cc、ツインキャブで128PS。
ボビン内装だけど、メーターは丸。
オーナーのがささんはもとVISAにお乗りでした!



初めて見た色に内装素材の「まるで本国からきちゃったみたいなXM」。




こういうクルマが来るのもFBMの楽しさ。ラグナ3。日本への正規輸入を渇望!


VISAの後継、AX。TRSは素の魅力がいっぱい
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【シトロエンVISA】「非GT」化を進めるために(その2

2011-10-19 | シトロエンVISA GT。



さてさて、楽しすぎたFBMの興奮も冷めやらぬ中ですが、FBMの記事を書く前に、VISAのお話をちょこっと(汗


先日、わがVISA GTを「非GT化」しようということで
いろいろ画策したわけですが、ついに実行に移しはじめてしまいました。


その第一歩は、これ!


1)フロントアンダースポイラーを外しました!


ieのVISAは、「GT」モデル。フロントバンパー下のアンダースポイラーや
リアスポイラーで、「GT」らしさを醸成しているわけですが、
どうも自分のVISAに、違和感を感じていたのですね。

それが、鉄ホイル+アンダースポイラーという組み合わせなのに、気がついたのでした。


■アンダースポイラー付き時代がこれね。





■これは「純粋な非GT(VISA SUPERや、11RE、14TRSなど)」ね。




■で、これが「非GT化してるGT」ね(笑)。





ご覧のようにアンダースポイラーの無い「非GT」は、
どんなアプローチをしても絶対にバンパーはすらないだろうという(笑)感じの
なんとも切ないフロントバンパーになっているのですが、
これが「VISA」っぽい感じをブーストしてるように見えるんですよねえ。


そこで...。手に入るかどうかのホイルキャップの前に、まず「出来るドレスダウン(笑)」からということで、
思い切ってフロントのアンダースポイラーを外してしまったのでっす!


■はい、もう一回見てみましょう、これが「外す前」ね。





■で、これが「外した後」ね。




い、い、いい!いい!想像以上にショボさが増したーーーーー!
ね、いいでしょ、いいでしょ(変態w


ライトから下のボリュームが無くなったことで、なぜかヘッドライトまで大きくなって
おめめパッチリな感じになった気がしませんかー。


鉄ホイルとのマッチング度が格段にアップ!




リアビューも、アンダースポイラーが無くなったことで鼻のとんがりさが強調されて、
ますますシトロエンっぽい御姿に(涙

...こうなるとリアスポも取ってしまいたくなるんだよね(汗



続いては...。


2)「あの」ホイールキャップを買いました!


前回のエントリー、【「非GT」化を進めるために】で装着予想図を作って悦にいっていたあのホイールキャップ、
e-bayで落としてしまいましたよ!じゃじゃーん!


今回は落札代行をアウトレーヴさんにお願いしたのですけど(ありがとうございます)、
届いたホイールキャップはなんと、なんとデッドストック(汗




さてそれを意気揚々とFBM会場で取りつけようとしたところ...


いま履いている鉄ホイルには装着できないことが判明(号泣)...



しかたないので「置くだけ置いて」雰囲気を楽しむことにしました(笑



うおおおお!でも、すっごく、イイ!
鉄ホイールよりもキャップを付けるとショボくなるってどういうことなんでしょう(笑


まあ、装着方法はまったくないわけではないようなので、気長に考えます★




>>ということで、すっかり「非GT」化を進めることが楽しくなってしまったieなのでした。

>>しかしやっばいなあ、このクルマ、ほんとに見れば見るほど「ミニ・CX」「ミニ・XM」だよ...。
猫背のプロフィール、スパッツつきのリアホイールアーチ...。
親バカだけど、マジでかっこいい(涙

>>FBMの記事はもう少し待ってくださいねー。

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【シトロエンVISA】「非GT」化を進めるために(笑

2011-09-29 | シトロエンVISA GT。
ご存知の通り、ieのVISAはGTiやクロノ、ミルピストゥを除けば
VISAの中で最上級?グレードの「GT(仏語読みだと「ジェテ」)。



VISA GT C'est original


まあ当時の日本で、正規で入ったのがこの「GT」しかなかったということもありますが、
仏車のぺーぺーグレードも愛してやまないこのie、
せっかくの「GT」も購入当時からすでに、有難い事に(笑)

・GTを印象付ける「GTロゴ」がない
・GTのスピード感を演出する(?)サイドのピンストがない
・なかなかにスポーティなデザインのアルミホイルがついてない
・そしてさらに、クリーム色の鉄ホイルがついてきた
・なぜか渋いソリッド・ダークグリーンにオールペンしてある

ので、これはもう、ここまで来たらお得意のドレスダウンするしかないでしょ!
って思ってしまうんです(汗
どうにもこうにも小型フランス車好きの性分は変えられないんですねえ(号泣



C'est ma VISA GT


で、先日「当時のオプションアクセサリーカタログを見て次の一手の悦にいる(笑
という記事をあげた際に、コメント欄に「ebayでホイルキャップなら売ってる
と教えていただいたんで、これはいいかも、と思い、
さっそく、マッチングテスト(笑)を行ってみました!







...おお、これはこれで鉄ホイル以上にしょぼさが増していいかも(笑



そうそうこんな感じなのよね





ああたまんねえなあ...しょっぼいなあ(笑
リアスポないのもまたいいなあ(汗






>>ということでFBMまでにはこんな姿になってるかも?
ってもし買ったとしてもそれまでに日本に着くのかなあ(汗
だってもうすぐ待ちに待ったFBMだもん!

>>そう!むろん、ieはVISAで行きます。
今年は豚鼻2気筒VISAを入れられた京都のアウトニーズさんが
その豚鼻でFBMに来られるとの事!楽しみです!

>>ちなみに、実際には、ウチの子、アイドリングも排気音も、走行時の音も結構勇ましいです。
この間は大の大人を4人乗せて代官山の西郷山の坂をガオーンと登りきりました。
それなりに速いんですねー。「やっぱり中身はGT」してます(^^;




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【セダン蒐集癖】Vol.276 こだわりのFFミドシップ? 初代インスパイア(アコード・インスパイア/CB5型)

2011-09-17 | セダン蒐集癖。
このクルマもね、売れましたよね。アコード・インスパイアです。1989年の登場...。
いつものことながら、古くなってないです。
クルマのデザインやレベルは、もうこの20年で、大きく進化してないって思わされますよね。





途中から「アコード」の冠が取れ、単に「インスパイア」になったときに3ナンバーボディとなってからは、
さらに売り上げがアップした記憶があります。

ハイソカーブーム(懐)で、ローレルマーク2bros.が順調に売り上げを伸ばしていた中、
ホンダは、アコード(コロナクラス)とレジェンド(クラウンクラス)の間に、持ち駒が無かったのです。
そこで、ホンダは、マーク2などのライバルに向けて、このクルマを送りこみます。
ホンダの意地のような技術を伴って。

それが、「FFミッドシップ」と呼ばれる(ホンダが命名)、縦置きエンジン方式のFFでした。
ライバルのFR車に対してあえてFR車は投入せず、長年培ったFF技術を持って、戦いに挑んだのでした。



絵は3ナンバーボディ版ね


エンジンも直5という変則的なレイアウトを取り静粛性もスムーズネスもアップ。
FF縦置きで車軸上にエンジンを載せたことにより(そう、実際はミッドシップではないのです!)
フロントオーバーハングが短くなってデザイン的にはFF車らしくなくなり、
縦置きにしたことで回転半径も多少縮まり、FFの欠点ともいえるフロントヘビーを多少なり改善出来る、
など、FF横置きエンジン車の持っていたマイナス点を補う利点も多かったのですが、
その一方で室内も広く出来ず、大幅には重量配分の改善もされず、
トラクションがかかりにくい、などの欠点もまた、指摘されたのも確かでした。

それでもホンダはこの特殊なレイアウトを、その後しばらく使い続けたのでした。
そういえばラファーガとかもこのレイアウトでしたね。たしかにかっこよかった...。
フロントオーバーハングがなく、前車軸と前ドアのラインの間があいているというのは、
クルマ好きの思う「かっこいい」スタイルなんですものね。



>>さすがのインスパイアも、ほぼ見ることが出来なくなってきましたね。
しかもこれは5ナンバーモデル。遠くでしたけど、思わずパチリと撮ってしまった次第です。

>>FFミッドシップという意味では、トラクシオンアヴァンやルノー4、初代ルノー5は
完全に前車軸よりもエンジンがキャビン側に後退してるので、こっちのほうが正しいとは思います(笑





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【シトロエンVISA】2011年、夏。トラブルもありつつ、元気に乗りきれました。

2011-09-12 | シトロエンVISA GT。

夏の昼間は動けないので布団干しに最適w



9月ももう半ばにならんという時期ですが、まだまだ暑いですね。
夕方はだいぶ涼しくなったとはいえ、窓を閉めて走れるほどではないです...。



で、ワタクシのかわいい子豚、いや羊、いや羊の皮をかぶった犬、愛しのVISA GT、
その名も「VISA代」なんですけれども、購入時に懸念されていた「夏」を乗り越えることが出来ましたー。

まだ暑いさなかではありますが、暦の上では秋になったこともありますので、
夏の懸念事項以外のさまざまなことも含めて、ここでご報告といたしまする。



■クーラーは効かなかった

さてVISAには西武自動車で後付けしたつりさげクーラーがついていたわけですが、
果たしてこれが「効く」のか、大いに気になっていたわけです。

で、結論からいいますと、猛暑の昼間ではぜんぜん効果無しです(号泣)。

購入時には4月下旬だったこともあり、その際は冷風がガンガン出ていたのですけど、
やはり夏、酷暑時、その冷風は周囲の温度に対して気持ち低いだけで、
車室内の温度を下げるには至りませんでした...。

結局、窓をあけたほうが涼しいんですねこれが...。
でも外気35度、車内45度くらいで、「相対的に外気のほうが涼しい」だけなのですけども(滝汗
なので、「涼しい」っていうのはちょっと違いますね...。





■クーラー掛けるとエンストする

クーラー掛けた時のロス分でエンジンの回転が落ち、ただでさえアイドルが低めにセッティングされている*VISA、
すぐにストールしてしまうのです。
でもだいじょうぶ、VISAには「単にガソリンの供給を増やしてアイドル時の回転をアップする」式の
チョークがついてるので、クーラーオン時にはチョークをひいてます。

*アイドル調整すればあがるんですけどもね...主治医のところに行くと、
いつもこの低いセッティングになって戻ってくるので、そのままにしてあるのです。




■冷却系は大丈夫だった

人間がダウンしそうな35度超の酷暑のなかでも、VISAはオーバーヒートはしませんでした。
これはとても有り難いです。クーラーなしで冷却系もキツいとなると、
夏場はほんとうに乗れなくなってしまいますものね(号泣

あいにく水温計が無い(笑)のですけど、水温警告の赤いランプも点かず、
クーラントが沸騰したときのあの甘いかほりもせず、これはまあ、大丈夫なのでしょう!よかった。





■でも電動ファンが作動しなくなった

といいつつ、そんな感じで8月のとある暑い夜、とある信号で待っていた時、
ほのかにただよう前述の「クーラントが沸騰しているかほり」。脳裏によぎる、いやな予感。
そう言えばこの日、ここまで、冷却ファンが作動した時の「カチっ」って音、聞いてないな...ってことを思いだしたとき、
ああ、点いたり消えたりが始まってしまった、水温の警告灯が!


スピードメータ左下のがそれね


走れば冷えるだろうと思い、ガラガラの夜の道を飛ばしてクルマを停め、各部のチェック。
VISAはラジエータとグリルの間に2連のファンがあり、ひとつはクーラー作動時に回るものなので、
クーラーをつけてみたけどそれでも水温を下げるには至らず、これはもうサーモか、
水温センサーか、電動ファンのモータか、リレーか、フューズか、ってことになるかと。

で、購入元のアウトレーブさんに持ちこませていただきチェックをいただいたところ、
ラジエーターファンスイッチとファンヒューズホルダの交換だけですみ、
ごくわずかな出費で治って帰ってきました...ああよかった。単なる寿命かと思います。




それにしても、水温計の無いクルマで、警告灯が点いたときって
1)水温がやばいですよ 的な「警告」なのか
2)オーバーヒートする水温に達しますよ 的なものなのか
3)オーバーヒートしますた っていう事後報告なのか、
いったいどれなんでしょうね(爆)3)は、いやだな...。



■接触不良頻発の左リアウインカー

これはウインカーの電球を半ひねりしてねじこんでも、
すぐに戻り気味になってしまってウインカーがつかなくなるだけなので、
都度挿し直したり基部を持ちあげて対処してます。
てことでぜんぜん平気。こんなの故障にも入りません(笑
ただ発症率が高いので、出発前はウインカーのチェックを必ず行います(笑





■ホットスタートはニガテ

まあ仕方ないです。これも。気温が高く、エンジンも温まっているときは
エンジンの始動時にヒヤヒャしちゃいます。
まあ間違いなくかかるんで大丈夫なんですけど、
しくじったりしたら怖い怖い。



■イエローバルブにしました

プジョー504乗りの御隠居SUGARさんからもらったイエローバルブの「黄色い提灯」を
ほそモさんからもらった明るい電球にかぶせ、晴れて「明るいイエローバルブ仕様」に!
うひひ、やっぱりこのころのクルマは、イエローバルブが「正装」なんですよねえ。
運転中、目の前は末期色、じゃない、まっ黄色!たまりません!


黄色い濁り目!これっすこれ。



■五感で乗る車w
今回も結局「音」と「におい」でファンの非作動に気がつきました。
やっぱり古めのクルマに乗るときは、音、振動、鼻などの感覚を常にオンにして
おくべきなんですね...(笑



ということで購入後はや4カ月とちょっと。まだ4カ月とも言えますね。
さすがに一筋縄ではいかないけど、でも、1983年のくるまですから、
クラシックカーと言うわけでもないし、構造が簡単なだけに、
これからも致命的な大きなトラブル等もないと思います。
ずっと乗り続けるぞー。とにかくこのクルマ大好きなのです。






>>それにしても早く涼しくならないかなー。
昼間から気持ちよく乗りまわしたいです(笑

>>それにしても、秋冬の寒い時期って、このクルマにほんとに似合うと思うんですよ。
曇りや雨、雪もいいな。
VISAに似合う服、我ながらいっぱい持ってます。クルマは最後の被服。
ieにとってVISAは外套のようなものなのかもしれません。




>>なので、秋冬がすごく、楽しみです。



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【思うこと】震災復興ボランティアとして、気仙沼に行ってきました(7月編)

2011-09-05 | 思うこと。


先月末に行った話題で、ずいぶん遅くなってしまいましたが、
いつもお世話になっている「あすなろおやじ」ことSUGAR@プジョー504さん、
coolys creek@BX16Vさん、*tomo@Xm&SAAB93ちゃんと、
宮城県気仙沼市にボランティアに行ってきました。


早いもので未曾有の大災害となった3月11日の東日本大震災から5カ月以上が過ぎ、
私たちのいる東京でも節電の励行が進むなど、まだ、その影響は続いています。

SUGARさんは震災後、GWなどにもNGOのボランティアなどに精力的にご参加されていたのですが、
このたび、「背丈にあったボランティアを」というコンセプトのもと、
気心の知れたメンバーでいく「個人チーム参加型ボランティア」を実施されることになり、
このieにも、有り難いことにお声掛けをいただきました。


SUGARさん、Coolysさん、*tomoちゃんは金曜日から東京を出立していたのですが、
自分は金曜-土曜午前が会社の仕事でどうしても開けられず、
みなさんのお言葉に甘えさせていただき、
東北新幹線で土曜午後、追いかける形をとりました。



東京から長駆一ノ関までは東北新幹線やまびこ、
そして一ノ関からは実に1984年以来の乗車となる大船渡線に乗り換えです。
気仙沼の駅に迎えに来てくれたみなさんと合流し(嬉しかった)、
前日からご参加のみなさんは気仙沼市に許可をいただいた指定の公園で
テントを張られていたのですが、
その公園で*tomoちゃんが屋外自炊でとっても美味しいカレーを作ってくれたので、
4人でとても楽しくいただきました。
そしてそのまま私もテントに泊まり、翌、日曜日に、ボランティアに参加いたしました。



すごく美味しかったカレー!気の合う仲間との語らいもまた、大きなエネルギーとなりました



前述の通り、このボランティア参加の形式はNGOなどが呼びかけたものではなく、
「個人チーム」での参加だったのですが、その場合でも、ボランティアは可能だということがわかりました。
当日参加でも、気仙沼のボランティアセンター
長靴・長ズボン・長袖・マスク・ゴーグル姿でボランティア登録を行うと、
すぐにボランティアとして働くことが出来るのでした(※)。
こころのなかで勝手にハードルを設けていたのですが、
ほんとうに誰でも、気軽に参加できるのです。
ボランティア保険も現地で加入できることもわかりました。
(※ただし、7月当時です!2011年9月現在では、事前...
参加したい4日まえまでに電話(080-5949-7475)で登録をしないと、
現地に行ってもボランティアをすることが出来ませんので要注意!)



しばらく待つと担当のスタッフ(この方々もボランティア...ほんとうに頭が下がります)の方々から、
その日に市内各団体や個人の方々から要請のあった作業内容と、
当該作業に必要な人数が読み上げられ、「それだったらやりたい」と、自分で名乗りを上げていく仕組みで、
どんどんお仕事がボランティアに割り振られていきます。これを「マッチング」といいます。

こうして、各自作業の場所が決まれば、あとはボランティアセンターから、
それぞれ用意していただいたワンボックスなどに分乗し、移動していきます。


ボランティアセンターでボランティアが待機中の様子です




作業内容はいろいろな種類のものがありました。
基本的には重機や自衛隊などが必要な規模の大きながれきの撤去などは終わっているとのことなので、
ご老人のお住まいの使えなくなった家財道具の運び出し、店舗での復興イベントのお手伝い、
再生したい個人の持ちものや写真の洗浄など、さまざま。
今回、われわれのチームが担当したのは、3月11日にご自宅が数多く流されて出来てしまった
がれきの中から集められた「泥・砂まみれの写真や個人の品物※」をキレイにするというお仕事でした。
※これらの品物は、自衛隊の方々が拾い集められたそうです。



ボランティアセンターから、作業を行う唐桑(からくわ)地区まではクルマで約20〜30分。
このエリアも被災されていて、打ち上げられた漁船、壊れた倉庫、土台だけの家屋、
曲がったガードレールなど、そこここに津波の爪あとが残っていて、
TVでは見ていた景色を現実に目の当たりにして、言葉を失いました。
そして指定の作業場所、「唐桑体育館」まで送っていただいたあと、いよいよ作業開始です。


ここは、震災・津波で流されてしまった個人の品物を洗浄し、並べているところで、
持ちものを探しに、ここに被災された方が訪れて、自分のものがあったら持ち帰る...という仕組みでした。


ぼくたち4人は、写真洗浄や、もちものをキレイにする仕事を始めました。
時間は10時くらいだったと思います。

ieは、歯ブラシやハケ、ぞうきんを使って、「あの日」に流されてしまった卒業アルバムや
トロフィ、スクラップブックなどの砂を払い、拭きあげていく仕事につきました。

洗ったり拭きあげたり、歯ブラシで表面についた砂を取りながら、いろいろなことを考えてしまいました。
この品物たちには、いまだに、3月11日の津波が運んだ泥がついているのです。
でも体育館には、ご自宅を流された方々が多数いらっしゃって、
自分たちの品物があるかどうか、探しに来られていました。
そのお姿を見て、この作業の意義を感じ、頑張ることが出来ました。






体育館に展示されている様子です。



この日は日曜だったこともあり、午後1時には作業を切り上げ、
気仙沼市内の仮設住宅にお住まいの、あるご家族を訪問しました。
SUGARさんが以前訪問された気仙沼の「大島」にあった民宿のご家族で、実際の津波が来たときのお話、
そしてその後の生活など、とても貴重なお話をお伺いすることが出来ました。
現実に体験をされた方のお話はとても生々しく、息が詰まるようでした。






今回、はじめて震災ボランティアを現地で体験して感じたことは、
現地ではまだまだまったく人が足りない、ということでした。
大きな撤去は行われていても、小さな、ほんとうに「人がするしかない作業」は、
まだまだ果てしなくあると知りました。
これら作業は、力仕事だけではないので、女性の方でも出来るものも多かったことも、
またわかりました。


ひとりひとりの出来ることはとても小さなことなのかもしれませんが、
でも、どんなに小さなことでも、その積み重ねが、着実な一歩になっていくのですね。
そのためには、一人でも多くの人が継続してボランティアを継続し続けることが
大事なのではないでしょうか。


震災から半年が過ぎ、ボランティアの数も減っているという話も聞きます。
ですが、遅ればせながらの参加ではありましたが、
これからもまだ、人の手はずっと必要なはずだと思いました。



たった半日の参加でしたが、この体験は、自分の中でも大きな経験になりました。
ですので、すこしでもいい、参加すること、感じること、そしてこのこと、体験を伝えて行く事が必要...。
そう実感したieは、8月もまた、ボランティアで気仙沼に行ってきました。
そのお話は、また改めて。






>>最初の参加でいろいろ考えさせれることも多く、写真をあまり撮りませんでした。
SUGARさん、いくつか写真お借りいたしました。ありがとうございました。


>>継続していこうと思います。可能な限り。
でもそのときに、やはり、つらすぎたり、といったマイナスを感じては、
なかなかボランティアは続かないものなのかもしれません。
ですので、屋外での料理やテント、温泉、仲間との会話などの「楽しみ」の要素も、
続けていくためには必要なのだと感じました。
その意味でも、気の知れた仲間と行く「個人チーム参加型ボランティア」は、とてもよい試みだったと思います。

>>このときの行程は金曜発でしたが、土曜・日曜だけの参加も、もちろんありだと思いますし、
参加はしやすいと思います。
このブログを読んでくださっているみなさまの中で、わたしも行ってみたい、
という方は、ぜひ、お声掛けをお願いいたします。
こちらまで、メールをお送りください。bb25500@mail.goo.ne.jp(@マークを半角にしてください)


>>ボランティアに来ていただければ、きっと何かを感じていただけると思います。
その「感じていただいたこと」を、ひとりでも多くの方に広めていただき、
そして、現地にいらして、少しでも手を動かすひとたちが増えてくれれば...
と、ワタクシie、切に望んでおります。





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【くるま】ちょっとだけ、西武自動車のおはなし。

2011-08-24 | くるま。





ところで、ieが最近買ったVISA、正規ものなので、あたりまえなのですけど、
西武自動車扱いのクルマだってことに、ふと気がつきました。



その西武自動車(新西武自動車)と言えば、
1960年代の半ばから、2002年(西武自動車としては1995年まで)まであった、
日本の輸入車に多大な影響を与えた偉大なるインポーターでした。
残念ながらいまはもうありません。


西武自動車販売は創業当初は横浜に本社を置き、シボレー・ホールデンを輸入していたのですが、
1971年ころ、にフィアット・フェラーリ・シトロエン・サーブを扱っていた
「西欧自動車」を吸収合併したことによって、シトロエンやサーブの販売を始めた経緯があります。
フィアットの販売からは撤退、フェラーリに関してはコーンズに販売権を譲渡、
そして、1977年からは新東洋企業からプジョーの取り扱い引き受け、
ここで僕らが思う、「西武=シトロエン、プジョー、サーブ」のイメージがかたまります。



60...なんだっけ?な604も、西武で入れてました。




xantia。京都にて。1998年。


その後1995年、なんと!西武自動車はアメリカ・クライスラーの日本法人である
「クライスラージャパンセールス」に吸収合併されてしまったのです!

でも、西武はシトロエンへの愛を捨てられなかったのでしょう、
ジープの販売会社となった際に、シトロエンの輸入販売を続けるために、
新西武自動車を設立したのでした。えーん、泣ける話です。


その一方でサーブは、ミツワに取り扱いが移り、さらに1997年からはヤナセが輸入販売を開始、
新西武はマツダ(というかユーノス)がシトロエンの販売から撤退したあとも
日本におけるシトロエンの総輸入代理店としてがんばったのですけど、
2002年、シトロエンがついに日本法人「シトロエン・ジャポン」を設立。
輸入権をシトロエンジャポンに移行させたことで新西武はシトロエン事業から撤退することになり、
ここで西武-新西武自動車の歴史は終わることになったのでした(涙




小生の2001年型C5 2.0。エアコンは30度以上で効かないし、LDSも漏れっぱなしだけど、
まだ乗ってますよー!元気です(汗)。新西武もの!




で、これまたふと思い立ち、過去所有車(実家含む)のインポーターをまとめてみたのですが...。

・JAX/2台(R5バカラR19TXE
・日英/1台(スッド1.2ti
・ミツワ/1台(サーブ900ターボ16
・伊藤忠/1台(スッド1.5スーパー
・キャピタル/1台(縦R5GTL
・ブルーライオン/1台(プジョー206XT
・西武・新西武/7台(VISA GTプジョー505 V6ZX 1.8ブレークxantia V-SXC5 2.0
実家のBX19TRSとxsara1.6SX)
・チェッカー/1台(パンダ1000CL) 
・並行/1台(2CV6チャールストン


ということで、西武・新西武が突出してました...!




...それにしても、西武自動車って、すごいと思います。
イチインポーターなのですけど、
日本に魅力ある輸入車を根付かせた功績は相当なものです。
それまで本国仕様でなく、アメリカ仕様の4灯丸ライトや牙を抜かれた排ガス対策、
無粋な5マイルバンパー装着をされた「北米仕様」が日本に入っていたころ、
西武は基本欧州仕様のまま、日産からの技術協力なども得つつ自社で触媒を開発し、
クーラーも単なるつりさげる場合以外も504などではダッシュに違和感なく埋め込む等しただけでなく、
外観は本国の黄色く濁るオメメの欧州仕様で日本に入れるようにしてくれたりしていたのです。




美しきかな505。西武自動車の手でなければ、北米仕様が日本に入っていたのかも!?




>>ちなみにie、西武といえば、すごく小さいころから「クハ1411萌え」って言ってました。
相変わらず、いやな子供ですw


>>これがクハ1411。電動車を持たない、制御車だけのグループです。

>>戦災復旧という名目だけど、まんま戦前のクハ55と同じ設計で、昭和30年すぎても作っていた、
なんとも西武らしい電車です。好きだったなあ。


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