孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中朝関係  「消えた足形」や北朝鮮労働者問題など「不協和音」が目立つことも 

2024-09-02 23:21:21 | 東アジア
(かつてあった習近平氏と金正恩氏の足形 大連【8月3日 東京】)

【「唇亡歯寒の血と血で固められた同盟関係」に隠された中朝指導者の本音】
「唇亡歯寒」・・・・もし唇がないとしたら歯が寒いというたとえで、互いに助け合う関係にある一方がなくなると、他の一方の存在も危うくなることをいう。【イミダス】

朝鮮戦争を共に戦った北朝鮮と中国の関係は「唇歯相依の関係」あるいは「唇亡歯寒の血と血で固められた同盟関係」とアピールされることもありますが、実際のところは、上から目線で北朝鮮に指図することが多い一方で、アメリカなどへの配慮から北朝鮮をないがしろにしがちな中国に対し、金正日にしても金正恩にしても北朝鮮指導者は好ましい感情は持っていないとは言われています。 

北朝鮮国内の住民学習会では「日本が100年の敵なら中国は1000年の敵だ」といった表現も使われるほどに北朝鮮当局の中国に対する警戒心は強いとも言われます。

中国からすれば、北朝鮮はいつも勝手なことばかりして中国の足を引っ張る面倒な存在・・ということにも。

【「消えた足形」 北朝鮮労働者の本国送還を中国が要求】
そうした本音はともかく表向きは「唇亡歯寒の血と血で固められた同盟関係」ということで国際社会に対峙するというのが中朝関係です・・・・が、最近不協和音が表に出てくることもしばしば見られます。

最近北朝鮮がロシアに接近していることも影響しているとも。

****「嘘つき」発言に苛立つ習近平…「中朝友好の足形」を埋め、「金正恩」と8カ月間交流なし プーチンと北朝鮮との蜜月も一因か****
習近平中国国家主席と金正恩朝鮮労働党総書記、ロシアのプーチン大統領の三角関係に大きな変化が生じている。プーチン氏が金氏に約1億5千万円ものロシア製最高級車「アウルス」を2台も贈呈するなど両者は蜜月関係であるのに対して、習氏と金氏は今年元旦に新年の祝電交換以来、交流が途絶える一方、習・プーチン間では中国によるウクライナ戦争への消極的な対ロ支持をめぐり、すき間風が吹いている。【相馬勝/ジャーナリスト】
***
消えた中朝友好の「銅の足形」 習近平主席と金正恩総書記の不仲説も
習氏と金氏の不仲説がささやかれるようになったのは、ある出来事が表に出たことがきかっけだった。習氏と金氏が2018年5月に中国東北部の大連市で首脳会談を行った際、両首脳が景勝地の浜辺の道路を並んで歩いて歓談したことを記念した2人の「銅の足跡」がアスファルトで埋め戻されて消えていたのだ。

この大連での首脳会談は、金氏が18年3月、最高指導者就任後初めての外遊となった北京訪問からまだ2カ月も経っていないなか行われたもので、短期間での習氏との2回の首脳会談は習氏が金氏との関係を極めて重視していたことを示しており、「銅の足形」も中国側の提案で造られたものだ。

今年7月に韓国メディアが報じたところによると、付近の住民らは「銅の足形」が消されたのは地方政府当局者の指示で、昨年の秋ごろだったと証言しており、造られて5年以上も経過したあと壊れされたのは、昨年秋までに両者の関係に大きな亀裂が生じたことを暗示している。

金正恩氏「中国はうそつき」とポンペオ米国務長官に発言
それは何だったのか。昨年1月に出版されたマイク・ポンペオ前国務長官の回顧録にそのヒントが書かれていた。そのなかで、ポンペオ氏は18年3月に北朝鮮を極秘裏に訪問した際の金氏と会談内容を記している。

ポンペオ氏が「在韓米軍を撤退させれば金委員長が喜ぶと中国がアメリカにいつも話している」と伝えたところ、金氏は笑ってテーブルを叩きながら、「中国人は嘘つきだ」と述べた。

そして、金氏は「在韓米軍は中国の脅威から自分を守るために必要だ」と述べ、「中国が在韓米軍の撤退を望んでいる理由は、朝鮮半島をチベットや新疆のように扱いたいからだ」と語ったという。

この金氏の発言は習氏にとっては衝撃的だったことは容易に想像できる。「中国人は嘘つき」で、中国が朝鮮半島をチベット自治区や新疆ウイグル自治区のように弾圧するという内容の言葉を米国政府高官に訴えるのは尋常ではない。

習氏は金氏の本心を初めて知ったに違いない。だからこそ、5年以上も保存していた両者の友好の印を破壊させたのではないか。

しかも、金・ポンペオ会談は、初の習・金会談と近い時期に行われていることからも、習氏は金氏の偽善性を強く感じたに違いない。

「朝露軍事同盟」復活に警戒感
その後、習氏は今年の元旦には金氏に祝電を交換するが、習氏はバイデン米大統領とも祝電を交換しており、あくまでも儀礼的なものだ。

習・金両氏の首脳会談は19年6月に習氏が平壌を訪問して以来、実現していない。それは世界的な新型コロナウイルスの流行で北朝鮮が国境を閉鎖していたためともいえるが、流行の終息後、金氏は昨年9月にロシア極東部を訪問したほか、今年6月にはプーチン氏が平壌を訪問し、両者は9カ月間で2回も首脳会談を行っているのに比べて、この間、習・金両氏の首脳会談が1回も行われていないのは極めて不自然だ。

とくに、金氏は6月19日、平壌滞在中のプーチン氏と「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結し、いわゆる「軍事同盟」を復活させた。プーチン、金両氏が軍事協力を公然と約し、万一、朝鮮半島で南北間の戦争が起きた場合、ロシアが北朝鮮を助けて軍事介入する可能性が浮上したのだ。

中朝条約の軍事介入条項は死文化したと言われるようになって久しいので、朝露間の新条約により、中朝露3国間の関係は中国に不利な形でバランスが崩れ、これが中国をさらにいら立たせているのは確実だ。

かつて中朝両国は「唇歯相依の関係」あるいは「唇亡歯寒の血と血で固められた同盟関係」ともいわれてきたが、いまでは「唇歯の関係」は朝露両国関係であり、中朝関係は普通以下の関係になってしまった感がある。

北朝鮮労働者の中国派遣に「待った」
これを裏付けるように、韓国の中央日報は中国が7月上旬、北朝鮮に対して、中国内のすべての北朝鮮労働者の本国送還を要求したと報じた。

これを受けて、北朝鮮は中国で外貨を稼ぐ一部の情報技術労働者をロシアに移動させているともいう。

米政府系報道機関「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」も、北朝鮮が今年5月ごろから中国国内の北朝鮮大使館などの公館向けに一定年齢以上の労働者らの帰国を急ぐよう指示していたと伝えており、両国間で北朝鮮労働者をめぐる軋轢が生じているのはほぼ間違いないとみられる。

国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会が3月に発表した報告書によると、北朝鮮は10万人の労働者を海外に送り出すことで、年間7億5,000万ドル(1ドル=約147.77円)から11億ドルを稼いでおり、出稼ぎは北朝鮮にとって極めて重要な外貨源だ。

そのうちの9割は中国に滞在しており、北朝鮮労働者の帰還強要は、習氏の金氏への揺さぶりの一種で、金氏のプーチンとの関係強化に対する不満表明と見てとれよう。

また、習氏はプーチン氏が決めたウクライナ侵攻に対しても、支持を公言するものの、金氏がロシアへの弾薬などの武器供与を積極的に行うなか、習氏は極めて消極的な姿勢を維持しており、習氏とプーチン氏との関係にも異変が生じているようだ。

中国の「洪水避難民救出」提案を拒否
このようななか、7月下旬に中国遼寧省丹東市と国境を接する北朝鮮平安南道新義州市で記録的な豪雨が発生し、鴨緑江の水位が上昇し、新義州の島々に住んでいた北朝鮮住民を中心に1千人以上が死亡する大災害が発生した。それは、実は金氏の判断ミスによる人災との指摘がなされている。

中国側は7月27日、鴨緑江の水位上昇で、下流の北朝鮮の水力発電ダムの水門を開く必要があることが明らかになったとして、北朝鮮側に洪水避難民の救出を申し出たという。

中国の丹東警察当局者は「(北朝鮮の)島の住民を安全に中国に移動させることができる」と語ったが、金氏は「島民が中国に行けば、その後、韓国に逃げてしまう」と語るとともに、「中国による救出や支援は拒否せよ。私が明日、現地に急行する」と指示。

北朝鮮当局はなすすべもなく、ダムの水門を開き、住民が犠牲になるのを見ているほかはなかったという。

金氏が翌28日朝、現地到着したころには多くの住民が流されて、犠牲者が激増してしまった。その失敗を挽回するため、金氏は被災地を回り、急造のテントや食料などの支援を指示し、自身も避難民の中に入り激励したものの、結果的に金氏の判断の遅れで、多くの犠牲者が出る事態となった。

これを糊塗し、住民の反発を招かないよう、金氏は避難民1万3千人を首都平壌に移送し、支援を続けることにしたのだが、いかにも後知恵だ。

北朝鮮では食糧の不足や思想統制強化で、「金王朝」に対する不満が高まっており、金氏自身も「王朝崩壊」への不安を捨てきれないようだ。

このところの中国との関係悪化やロシアとの関係強化も、結局のところ、金氏の中国への猜疑心のなせる業ともいえ、習氏は今後も金氏に悩まされそうだ。【8月23相馬勝氏 デイリー新潮】
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“習氏は金氏の本心を初めて知ったに違いない”・・・それはないでしょう。冒頭にも書いたように、中朝指導者が互いに相手を嫌っているのは昔からの話ですから。

ただ、そうした「本心」をあろうことかアメリカ高官に語り、しかも、それが回顧録として公にされたことに、習近平氏が「あの若造が・・・誰のおかげで「将軍様」でいられると思っているのか」と立腹したのは想像できるところです。

【その後も不協和音が ただし、北朝鮮をめぐる米中などの対応に影響してくるのかどうかは別問題かも】
「消えた足形」「北朝鮮労働者の本国送還」以外にも不協和音が。

****北朝鮮、無線巡り中国に異例反発 局設置計画「違反」と国連へ通告****
中国が北朝鮮との国境近くにFMラジオ放送などに使う無線局の設置を計画していることに対し、北朝鮮が国内の周波数に深刻な干渉を及ぼす恐れがあるとして反対していることが25日分かった。

北朝鮮は事前調整の要請がないとして、国連専門機関に国際規則違反だと通告した。複数の外交筋が明らかにした。中朝間の意見対立が表面化するのは異例。

中朝は今年、国交樹立75年の節目に当たるが、外交筋の間では関係冷え込みが指摘されており、今回の問題にも影響した可能性がある。中国が安全保障分野を含めてロシアに急接近する北朝鮮を快く思っていないとの見方もある。

国際的な周波数管理を担う国際電気通信連合(ITU、本部ジュネーブ)が6月に関係国に公表した情報などによると、中国は自国内に191の無線局の設置を計画している。

外交筋によると、北朝鮮はこのうち中国遼寧省丹東市など国境近くの17無線局を問題視。事前調整がなく、電波の利用方法などを定めた国際ルール「無線通信規則」に抵触すると7月にITUに指摘した。【8月25日 共同】
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****中朝、公用ビザ運用を厳格化 外交免除、北朝鮮側に不満か****
中国と北朝鮮が外交・公用ビザの相互免除制度の運用を厳格化したことが31日分かった。

これまで30日間の滞在期限の超過を黙認している可能性が指摘されていたが、超過に許可申請が必要とする規定を新設した協定が7月下旬に発効した。中国側が協定に言及する一方、北朝鮮メディアは触れておらず、北朝鮮側に不満があるとの見方が出ている。

中国内の北朝鮮人労働者を巡り、中国は滞在期限を守るよう原則的な対応を取っているとされ、厳しい姿勢が外交・公用ビザの免除制度にも反映された形だ。外交筋は、今回の協定が最近、中朝関係をぎくしゃくさせている要素の一つだと分析している。【8月31日 共同】
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こうした“ぎくしゃく”した中朝関係が、北朝鮮をめぐる米中などの対応に影響してくるのか・・・そこはわかりませんが、目立った変化はないかも。

中国にとって北朝鮮・金王朝の存在は、アメリカの影響力が中国国境に及ばないための緩衝地帯ですから、その維持のためには今後とも表面的には「唇亡歯寒の血と血で固められた同盟関係」がアピールされると思われます。
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中国・新疆ウイグル自治区でのウイグル族弾圧に関し、中国は米による「虚偽のストーリー」と一蹴

2024-09-01 22:36:09 | 中国

(国際大バザールの前を警戒する武装警察の車両=7月5日、中国新疆ウイグル自治区ウルムチ市【7月5日 共同】
私事ながら、2005年カシュガルへの旅行の飛行機乗り継ぎで立ち寄ったウルムチの国際大バザール付近で、不注意から、パスポート、エアチケット、全所持金、クレジットカードなどが入ったバッグを置引きされてパニックに陥った・・・・そんな思い出もある場所です)

【2009年7月5日に起きた「ウルムチ暴動」 以後、中国政府は同化政策・監視を強化】
中国政府による中国新疆ウイグル自治区のウイグル族弾圧が厳しさを増し、国際的に大規模人権問題として意識され始めたのは、15年前の2009年7月5日に起きた「ウルムチ暴動」と呼ばれる事件がきっかけでした。

*****日本ウイグル協会「デモ参加者1万人が一晩で消えた」 ウルムチ暴動15年、中国を批判****
中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区ウルムチで2009年に起きた大規模暴動から5日で15年となるのを前に、日本ウイグル協会は4日、東京都内で記者会見を開いた。

「ウイグル族による暴動」との表現は中国の一方的な発表に基づくものだとし、「中国は都合よく切り取った情報だけを公表し、事件の背景や不都合な事実を隠している」と批判した。

事件は09年7月5日、ウルムチ市内で発生。広東省の工場でウイグル族の工員が漢族に襲われて死亡した事件への抗議デモがきっかけとなり、一部が暴徒化して漢族や治安部隊と衝突。当局発表で197人が死亡、1700人以上が負傷した。

協会のレテプ・アフメット会長は「ウイグル人が中国人との共存は無理だと考えるようになった事件だ」と指摘。警察の無差別発砲や漢族の暴行があったとの証言や動画もあり、1万人規模にふくらんだデモの参加者が「『一晩で消えた』との証言も多い」と主張し、「実際の死者数は3千人超、行方不明者は1万人超とみられる」と訴えた。

中国政府は00年以降、自治区の学校でのウイグル語教育を順次廃止。アフメット氏は、当時、毎年10万人程度のウイグル族の若者が強制労働に従事させられ、不満が高まっていたことが事件の背景にあると紹介し、「事件の背景や当局の暴力を全く伝えず、悲惨な衝突に変えてしまった中国政府の責任は重い」と非難した。

事件後に逮捕され行方不明となった青年の事例も挙げた。「母親はメディアに問題提起後、国家機密を漏らした罪で逮捕された。国際社会は天安門事件には注目するが、この事件には無関心だ」と批判。

中国当局によるウイグル族への強制収容や強制労働など、西側諸国が現在批判している問題につながる事件だったとして、「国際社会は中国の一方的な情報をうのみにせず、私たちの小さな訴えに耳を傾けてほしい」と訴えた。【7月4日 産経】
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事件後、中国政府は同化政策を徹底し、監視社会を作り出していると言われてもいます。

****中国、ウイグル族の同化を加速 大規模暴動から15年、監視徹底****
中国新疆ウイグル自治区の区都ウルムチ市で少数民族ウイグル族による大規模暴動が起きてから5日で15年がたった。

習近平指導部は徹底した監視と取り締まりで治安を確保。脱イスラム教や中国語教育の強制でウイグル族の漢族社会への同化を加速させている。多くの住民は迫害を恐れ、不満を表すのも困難な状況だ。

指導部は経済振興が進んだと主張して統制を正当化。ただ欧米では人権抑圧を問題視する声が強い。ウイグル族に強制労働させているなどとの批判が絶えない。

2009年の暴動で激しい衝突があったウルムチ市の国際大バザールは、5日も武装警察などが厳重に警戒した。当局はモスク(イスラム教礼拝所)が共産党に不満を持つウイグル族の拠点になることを警戒。商店主は、10年代後半から「当局の圧力で大切な金曜日の集団礼拝に行けなくなった」と語った。

オーストラリアのシンクタンクは20年、ウイグル族など少数民族を収容する施設が自治区に380カ所以上あると報告。米国務省は21年、100万人以上が拘束されたと指摘した。【7月5日 共同】
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【中国との対立のなかでウイグル弾圧を非難するアメリカ】
アメリカはこうしたウイグル族弾圧を中国批判のカードとして使っているようにも見えます。

****米、中国のウイグル弾圧非難 信教理由、1年間で1万人収監*****
米国務省は26日、世界の信教の自由に関する2023年版報告書を発表した。中国政府がイスラム教徒の少数民族ウイグル族やチベット仏教徒らに対する弾圧を継続し、信教を理由に1年間で最大1万人以上を収監したと非難した。

ブリンケン国務長官は記者発表で、中国政府によるウイグル族への「ジェノサイド(民族大量虐殺)と人道に対する罪」を批判した。(後略)【6月27日 共同】
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*****米、新たに中国5社に輸入禁止措置 ウイグル強制労働関与で****
米政府は8日、新疆ウイグル自治区の少数民族の強制労働に関与し、人権を侵害しているとして、新たに中国企業5社からの輸入を禁止すると発表した。

ウイグル強制労働防止法に基づき、香港に拠点を置くレアアース・マグネシウム・テクノロジーグループ・ホールディングス(0601.HK), opens new tabとその親会社のセンチュリー・サンシャイン・グループ・ホールディングス(0509.HK), opens new tab、紫金鉱業グループ(601899.SS), opens new tabの子会社などが対象となる。

指定企業はこれで70社を超え、綿衣料品や自動車部品、ビニール床材、太陽光パネルなど扱う企業が含まれる。

これに対し、在ワシントン中国大使館の報道官は「いわゆる『新疆での強制労働』は反中国勢力が拡散したひどい嘘であり、米国の政治家が新疆を不安定化し、中国の発展を阻止するための道具に過ぎない」と反発。「中国は中国企業の正当かつ合法的な権利と利益を今後もしっかりと保護する」と述べた。【8月9日 ロイター】
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【中国はアメリカによる「虚偽のストーリー」と一蹴】
中国政府はアメリカなどが批判する「収容施設への隔離」とか「強制労働」といったものを否定し、アメリカなどによる「捏造」だとしています。

併せて、現地では中国政府指導のもとで経済発展著しく、多くの住民がその恩恵に浴しているとも。

*****米国、新疆へのデマ製造に自国納税者の数百万ドル浪費****
中国北西部の新疆ウイグル自治区がまたにぎやかな観光シーズンを迎えている。カシュガル市の旧市街やウルムチ市の大バザールなど海外でも知られる人気スポットには観光客がひしめき合っている。

2023年に人口2580万人の同自治区に国内外から訪れた観光客は延べ2億6500万人。観光収入は2967億元(1元=約21円)と、同年のハワイの倍に上った。

観光産業の活況は、新疆のエネルギッシュな社会・経済発展の一面にすぎない。そんな新疆について荒唐無稽なデマをばらまいている国がある。米国だ。だが自国納税者の公金を使って激しい中傷キャンペーンを繰り広げても、その発展を止めることはできない。

コリン・パウエル元米国務長官の首席補佐官だったローレンス・ウィルカーソン氏は18年の講演で、新疆ウイグル自治区を利用して中国の不安定化を図ることを示唆した。これはワシントンの陰謀を暴露するものと広く受け止められている。

新疆の人々にとってはあまりにとっぴな計画だが、ワシントンは近年、中国封じ込めのための新疆利用に明らかに力を入れている。その最初の陰謀の一つが、この地区への狂ったような中傷キャンペーンだ。

強制労働、少数民族の弾圧、さらにはジェノサイド(民族大量虐殺)。根も葉もない告発は笑いぐさにすぎない。だがワシントンは見え透いた目的のため、これらの虚偽のストーリーに毎年途方もない額の税金を費やしてきた。

例えば、主に米議会から資金提供を受けている全米民主主義基金(NED)は、反中分離主義のウイグル族組織を支援するために毎年数百万ドル(1ドル=約146円)を提供している。

NEDのウェブサイトによると、21年にウイグル族の「人権擁護」プロジェクトに提供した資金の総額は258万ドルに上る。それ以前の助成金の額を示したページは「準備中」とされ、22年と23年の助成金額はまだ公表されていない。NEDはこのサイトで「04年から20年までウイグル族団体に875万8300ドルの資金を提供した」とし、「ウイグル族団体を支援する唯一の機関である」と自称している。

米国の人々が支払わされているのは、デマ製造装置にかかる費用だけではない。いわゆる「ウイグル強制労働防止法」(UFLPA)などに基づく米国の根拠のない制裁によって生じた多くの商品の価格上昇による代償も、米国人納税者が負っているのだ。

例えば、中国製ソーラーパネルは米国製より20〜40%安い。だが残念なことに、米国は中国のソーラーパネル企業からの輸入を妨害し、輸入業者のコスト上昇を招くと同時に、再生可能エネルギーの目標達成に向けた自国の努力をより複雑なものにしている。

UFLPA事業者リストに掲載された企業は、衣料品、農業、多結晶シリコン、プラスチック、化学、電池、家電など幅広い分野に及んでおり、米国の製造業者や消費者への全体的な影響は広範囲に及ぶとみられる。

その一方で、米国の制裁が新疆の社会・経済の発展に深刻な打撃を与えているという証拠はない。

21年末に制定されたUFLPAが22年6月に発効してから初の通年データとなる23年の同地区の域内総生産(GDP)は前年比6.8%増え、1人当たり可処分所得は前年比7%増の2万8947元に達した。

多くの外国人ビデオブロガーが新疆の各地を旅して発信している通り、現地社会は繁栄しており、安定的で調和が取れ、ウイグル族やその他の少数民族を含む人々はより良い生活を送れるようになっている。

制裁の対象になった企業は、輸出規制で多少の逆風にさらされたものの持ちこたえ、倒産はしていない。これらの企業の製品は中国の広大な国内市場で消費されるか、別の国に輸出されている。米国市場を失うことは残念かもしれないが、致命的ではない。

ワシントンが新疆に対する高くつく中傷キャンペーンを続けても、より多くの米国の税金が無駄な事業に浪費されるだけだろう。【8月31日 新華社】
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【中国主張の説得性を損ねる天安門事件等にかかる隠蔽体質】
世界ウイグル会議、日本ウイグル協会やアメリカの情報が真実で、中国の主張は事実を隠蔽する政治的プロパガンダに過ぎないと頭から決めつけるのも論理的ではないでしょう。

世界ウイグル会議、日本ウイグル協会の主張には、ややセンセーショナルな中国批判が含まれている可能性も。
アメリカの言う100万人以上が収容施設に拘束された云々も、個人的にはその数字に「本当だろうか?」という疑問も。

また、中国の言う経済成長の成果云々については、その利益を享受しているのは漢族とそれに繋がる一部ウイグル人だけで、多くのウイグル住民には及んでいないとされますが、本当にそうなのか、それも検証が必要でしょう。

ただ、中国は天安門事件についてその鎮圧の実態を隠蔽し、暴徒による暴動として封印しようという情報操作を行っていますので、ウイグルに関する主張についても、そういう隠蔽体質が疑われ、なかなかその主張を受け入れるのが難しいのも事実です。

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中国、インド、バングラデシュなどアジア新興国に共通する若者失業 中核には「雇用のミスマッチ」

2024-08-31 22:56:35 | 経済・通貨

(バングラデシュの主要な成長エンジンである衣料品業界も人力より機械に頼っている【8月30日 WSJ】)

【アジア新興国で共通課題となっている若者失業・雇用問題】
中国の若年失業率は昨年6月に過去最高を記録。その後、当局は公表を一度停止して統計手法を変更していましたが、変更後の数値でも、いま再び上昇しています。


****中国大卒者に空前の就職氷河期、妥協やニート生活も****
中国では失業者の増大に伴って、数百万人の大学新卒者が空前の就職氷河期に直面している。ある人は低賃金の仕事を受け入れざるを得なくなり、両親の年金を当てにした「ニート生活」をする若者も出てきた。

2021年以降、中国経済を悩ませているのは不動産セクターに積み上がった膨大な未完成の建設物件、いわゆる「爛尾楼」だ。今年になってソーシャルメディアでは、この言葉にならって思い通りの仕事に就けない若者を指す「爛尾娃」という呼称が流行語になっている。

今年、仕事を探している過去最多の大卒者が参入した労働市場は、新型コロナウイルスのパンデミックに起因する混乱や、金融とハイテク、教育分野に対する政府当局の締め付けによってすっかり活気を失ってしまった。

約1億人に上る16─24歳の若者の失業率が初めて20%を超えたのは昨年4月のことで、同6月には過去最悪の21.3%に上昇。すると当局は突然、統計算出方法を見直すためとして公表を停止した。

それから1年を経て、再集計されたこの失業率は7月に17.1%と今年最悪に跳ね上がり、夏場には新たに1179万人が大学を卒業した。

習近平国家主席は、若者の仕事を見つけ出すことが最優先課題だと繰り返し強調。政府も就職フェア開催や採用拡大する企業への支援など若者の就職につながる措置を打ち出している。

それでもミシガン大学のユン・チョウ助教は「かつての大卒者に約束されていたより良い仕事、社会的地位上昇、生活水準の向上見通しはいずれも、今の多くの大卒者にとって、ますます手が届かなくなっている」と指摘した。

仕事にあぶれた若者の中には、故郷に帰って働かずに両親の年金や貯蓄で暮らす完全な扶養家族に戻る人々もいる。

修士号を持っていても逆風を免れるわけではない。

非常に激しい競争を勝ち抜いて中国の高等教育課程を登り詰めた先に、爛尾娃たちが見ているのは、低迷する経済状況にあって自分たちの資格は仕事の確保につながらないという現実だ。

彼らの選択肢は限られ、高給の仕事探しで希望条件を引き下げるか、食べていくために何でも良いから就職するかを迫られる。時には犯罪にまで手を染めてしまう。(後略)【8月25日 ロイター】
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そうした若者の失業・就職難は中国だけでなくインド・バングラデシュなどこれまで経済成長を実現してきたアジア世界の新興国に共通したものとなっています。

バングラデシュで公務員の特別採用枠をめぐる若者の不満がハシナ首相退陣という政変につながったことは記憶に新しいところです。

インドでも総選挙でモディ首相率いる与党が単独過半数を獲得することができなかったのも、やはり若者らの効用環境への不満があるとされています。

****アジア新興国の「時限爆弾」 高い若年失業率****
高成長でも失業率2ケタ、数千万人の若者の足かせに

アジアの中でも高い経済成長率を誇る国々には、隠された不都合な現実がある。若い労働者が根強い高失業率と闘っていることだ。

バングラデシュは長らく、極度の貧困からの脱却を遂げた発展モデルとされてきた。経済成長率はここ10年間、年平均6.5%を記録している。ただ、国際労働機関(ILO)のデータによると、若年層の失業率はこの数年で16%に上昇し、少なくともここ30年で最悪の水準にある。

若年失業率は中国とインドもバングラデシュ並みの高さで、インドネシアは14%、マレーシアは12.5%だ。
これらの国を合計すると、15~24歳の3000万人が就業を希望しながら職に就けていないことになる。ILOのデータによると、これは同年代の世界全体の失業者(6500万人)の半分弱を占める。

この数字は若者の方が雇用されやすい米国や日本、ドイツといった経済大国には劣るものの、低成長の南欧諸国ほど悪くはない。イタリアとスペインでは若者の約4分の1が職を得られずにいる。

中国のような幅広い製造業の基盤がなく、若年失業率が2ケタに達しているアジアの国では、発展への道筋とそれがとん挫した場合にのしかかるコストが目先の問題として立ちはだかる。

バングラデシュで今月起きた騒乱の主因は、将来の見通し悪化に対する怒りだった。学生の大規模デモを受けて、15年余り首相の座にい続けたシェイク・ハシナ氏が辞任に追い込まれ、国外に逃亡した。

インドでは、2024年3月期の経済成長率が8%だったものの、ナレンドラ・モディ首相率いる与党が今年の総選挙で単独過半数を割り込んだ。

インドの若年失業率はここ数年で低下したとはいえ、依然として世界平均を上回る。雇用の少なさがモディ氏に対する支持低下の主因だとアナリストは指摘する。

中国政府は昨年、若年失業率が過去最悪の2割超に達した後、同統計の公表を一時的に停止した。インドネシアの経済成長率は5%と堅調だが、鉱業の拡大によるところが大きい。同分野は重機を多く使うが、人員はそれほど必要としない。

多くの国で、20代でも安定した仕事を見つけにくくなっている。南アジアでは昨年、25~29歳の就業者の71%が自営業や臨時雇いなどの不安定な職に就いていた。

若年層の失業率が労働力人口全体より高いのは世界的傾向だ。だがこのことが、中国のような発展を目指すアジアの多くの途上国に重要な問いを突き付けている。「繁栄へのはしごは折れてしまったのか?」という問いだ。

バングラデシュは、世界の衣料品工場として西側の大手ブランドのジーンズやシャツ、セーターを生産することで貧困を脱した。数百万人が農業をやめて工場で働くようになった。

だがそこで行き詰まった。電子機器や重機、半導体のように高技能・高賃金の仕事を生む、より複雑で高付加価値の製造業に移行できずにいる。日本や韓国、中国は、こうした移行を通じて経済的に大きな成功を収めた。いまやそこへ向かう道は、はるかにきつい上り坂だ。

これから成功を目指す国は、やり手の中国と競争しなければならない。米国などの先進国は製造業の国内回帰を進めている。自動化で状況は変わりつつある。バングラデシュの主要な成長エンジンである衣料品生産でさえ、人力より機械に頼っている。

衣料品の輸出はここ10年で倍増したが、同部門の雇用の伸びはこれを大きく下回る。

労働力需給のミスマッチも顕著だ。アジアの途上国では、高等教育を受けて大学の学位を取得する人が年々増えている。卒業生は設計やマーケティング、テクノロジー、金融といった分野のホワイトカラー職を希望する。だがこうした仕事は国内に多くない。

インドはIT産業を発展させたことで知られるが、雇用できる人数は限られており、人工知能(AI)がそうした仕事の一部を奪っている。ベンガルールのアジム・プレムジ大学が公式データを基にまとめた23年の報告書によると、国内の25歳未満大卒者の失業率は40%を超える。一方、読み書きはできるが小学校を卒業していない同年齢層では11%だ。

フィンランドにある国連大学世界開発経済研究所のクナル・セン所長は、「父親も母親も受けていない教育を自分は受けていたら、親と同じ仕事には就きたくないだろう」と話す。「この問題を政治指導者は理解していないようだ」

バングラデシュ政府の22年の調査によると、大卒者の失業率は労働力人口全体の3倍に上る。名門ダッカ大学の図書館は、公務員試験の準備に励む無職の卒業生であふれている。中には試験を受けるのが3回目という人もいる。20代後半で親に養ってもらっている人も多い。

アクタルザマン・フィロズさん(28)は21年に社会学の修士号を取得し、50件の求人に応募したものの就職できていない。今年は公務員職に応募し、500人が二つの職を競い合った。フィロズさんは最終選考まで残ったが不合格となった。

地方の故郷で初級公務員をしている父親から金を借りてなんとか生活している。父親は最近、心臓の手術を受けた。フィロズさんは人生のパートナー探しを先延ばしにしている。「自分の家族に対して責任を持てなければ、結婚なんてできるわけがない」【8月30日 WSJ】
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【安定的な公務員に集まる就職希望】
安定した公務員に若者の希望が集中するのは中国、インド、バングラデシュでも同じです。

韓国ドラマなど観ていると、例によって財閥御曹司・令嬢と庶民のラブストーリーといういつもパターンの一方で、何回も公務員試験に挑戦し不合格を続ける就職浪人という現実を反映した設定もしばしば見かけます。

財閥御曹司・令嬢云々は、厳しい現実が生む、夢物語でもあるのでしょう。

****成長率7%でも安定求めるインドの若者、公務員予備校は大人気****
インド政府の仕事に就くこと――スニル・クマールさん(30)は過去9年間を、そのために費やしてきた。

採光も換気も悪いトタン屋根の仮設教室へ大勢の生徒とともに押し込まれ、何年にもわたってさまざまな試験のために勉強を続けた。連邦政府の職を得るために必要な権威ある公務員試験もあった。州公務員の採用試験にも挑戦したし、他の下級公務員の試験も2つ受けた。

だが、13回にわたる挑戦はまだ成功していない。

公務員試験の受験資格の年齢上限は35歳だ。国内で最も人口の多いウッタルプラデシュ州に住むクマールさんは、32歳になるまで挑戦し続けるつもりだという。

「政府関係の仕事の方が安定している」とクマールさんは言う。「あと2、3年で就職できれば、10年間苦労した意味はある」

政府の統計によれば2014―22年にかけて、連邦政府の採用試験を2億2000万人が受験し、72万2000人が合格した。合格するには何度も挑戦を繰り返すことになるだろうし、経済は好調で民間セクターは拡大しているが、それでも毎年数千万人もの若いインド国民が公務員のポストを目指す。

こうした傾向の背景には、多くのインド国民が抱える文化的・経済的な不安がある。世界の経済大国の中で最も成長率が高いインドだが、国民の多くは先の読めない労働市場に悩まされている。雇用の安定性はもちろん、雇用機会さえもほぼ期待できない。世界最大の人口を抱えるインドでは、民間セクターよりも公務員の方が安心できると考える人が多い。

「家族の誰かが政府関連の仕事に就けば、ほかの家族は、これで生涯にわたって安泰だと考える」。そう語るのは、政府系採用試験の受験者のための予備校を運営するザファル・バクシュ氏だ。

隣国バングラデシュでは先週、公務員採用の優遇枠に反対する学生の抗議行動で、100人以上の死者が出ている。

インドの国内総生産(GDP)は、2014年の2兆ドルから2023/24年度(2023年4月―2024年3月)には3兆5000億ドルまで成長し、今年度も7.2%の成長が予想されている。

志願者は、民間の仕事では期待できない生涯にわたる保障や医療給付、年金、住宅手当が政府職員には与えられると話す。公言する人はほとんどいないが、政府系ポストの多くでは、いわゆる「袖の下」も期待できる。

前出のバクシュ氏によれば、予備校の需要が高まったことで大手企業も参入し、オンライン講座も登場しているという。

バクシュ氏は、収益性も将来性も高いビジネスだと考えている。「需要がなくなることはない」

<良質の雇用が不足>
4―5月の総選挙でモディ首相率いるインド人民党(BJP)は単独過半数を確保できず、政権維持のために連立与党の力を借りることになった。複数のアナリストはその大きな理由として、雇用機会を巡る不満を指摘している。

今月発表された政府統計によれば、2017/18年度以降、インドでは毎年2000万人分の新規雇用機会が生まれている。だが民間のエコノミストは、その多くは通常の賃金を得られる正規労働者ではなく自営業や農業での臨時雇用だと話している。

ノムラは今月のリポートで、インド政府は来週提示する総選挙後初の予算案において、新規の製造施設に対する税制上の優遇措置や国防セクターなどでの国内調達の励行により雇用創出を推進する可能性が高いと述べている。だが、こうした政策が実際に雇用を生み出すには時間がかかる。

ベンガルール市のアジムプレムジ大学持続可能雇用センターのローザ・アブラハム准教授は「単に雇用が足りていないだけでなく、給与が高く福利厚生が充実した仕事が不十分だということだ」と語る。

政府系の仕事に就くことを希望しているプラディープ・グプタさん(22)にとって民間セクターで働くことは、あくまで「最後の選択肢」だ。(後略)【7月28日 ロイター】
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【問題の中核にある「雇用のミスマッチ」 ロボット・AI社会では若者に限らない問題】
中国でもインドでも問題になるのは、雇用の絶対数というより、大学卒という条件に見合うような雇用がないという、雇用のミスマッチです。

****インドの若者、高学歴ほど失業率高い-労働市場でのミスマッチ示唆****
インドで高学歴の若者は学歴のない若者より職に就いていない可能性が高いことが分かった。国際労働機関(ILO)が指摘した。

インド労働市場に関するILOの最新報告書によると、大学を卒業した人の失業率は29.1%で、読み書きができない人(3.4%)の約9倍に達した。中等教育以上の学歴がある若者の失業率は6倍の18.4%。

ILOは、「インドの失業は主に若者の問題で、とりわけ中等教育以上の教育を受けた若者に関する問題だった。こうした傾向は徐々に強まった」と分析した。

この数字は、労働者のスキルと市場で創出される雇用との間に大きなミスマッチが存在することを示唆している。また、インド準備銀行(中央銀行)総裁を以前務めたラグラム・ラジャン氏ら著名エコノミストが警告しているように、インドの不十分な学校教育が長期的に経済見通しの妨げになるとの見方も裏付けている。

ILOは「インドの若年層失業率は今や世界水準より高い」とし、「インド経済は非農業部門で、教育を受けた若い新規の働き手に十分見合う雇用を創出できておらず、それが失業率の高さと上昇に反映されている」と分析した。【3月29日 Bloomberg】
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「雇用のミスマッチ」という現象は、単にアジア新興国における若者の雇用問題にとどまらず、生産現場ではロボットが導入され、事務的な仕事、これまでは専門知識が必要とされたいた仕事でも、AIの活用で人間はあまり必要とされない「これからの社会・経済」がもたらす一般的な現象なのでしょう。

これから人間は何をして暮らすのか? 政府から一律にお金が支給されればそれでいいのか?・・・そういうより大きな問題の一つなのでしょう。
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ベネズエラ  国内外からの批判にも強気姿勢のマドゥロ大統領 事態を動かす可能性があるとしたら・・・

2024-08-30 23:03:31 | ラテンアメリカ

(28日、カラカスで演説するベネズエラの野党指導者マチャド氏(中央)【8月29日 時事】
ただ、事態を動かすには軍部内部からの離反が必要かも)

【選管幹部が不正告発 最高裁は選管発表支持】
南米ベネズエラのマドゥロ大統領が選挙結果を捏造して(確定的な証拠はありませんが、状況的には真っ黒)居座っていることは、8月11日ブログ“ベネズエラ 国内外の選挙結果捏造批判にも居座るマドゥロ大統領 残された選択肢は国を去ること”でも取り上げました。

状況はその後も変わりませんが、選管内部からの不正告発も出ています。

****ベネズエラ選管幹部が告発 選挙不正を暴露、政権に逆風****
ベネズエラの選挙管理当局幹部が26日、7月の大統領選で複数の不正行為があったと内部告発し、現職マドゥロ大統領が勝利したとの結果は「透明性と真実性を著しく欠いている」と批判した。選管内からの暴露は、選挙の正当性を唱える政権にとって逆風となりそうだ。

告発したのは選管当局の委員5人のうちの1人、フアンカルロス・デルピノ氏で、X(旧ツイッター)に文書を掲載した。

デルピノ氏は、投票締め切り後に野党側の監視員が立ち退かされたことは「重大な規則違反」だと指摘。投票結果の送信が中断されたことも問題視し、政権側が原因に挙げたサイバー攻撃によって「正当化された」と訴えた。【8月27日 共同】
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フアンカルロス・デルピノ氏は中央選管に相当する全国選挙評議会(CNE)委員5人のうちの一人で、野党に近いとされる人物とか。

ただ、権力機構の一員たる最高裁は、マドゥロ勝利の選管発表を支持しています。根拠はわかりませんが。

****「現職当選」司法も認定=最高裁が選管発表支持―ベネズエラ****
ベネズエラ最高裁は22日、先月行われた同国大統領選で反米左派の現職マドゥロ大統領が当選したことを認める判断を下した。

統一候補の当選を主張する野党陣営との対立が続く中、選管当局の発表を司法が支持したことでマドゥロ氏3選の既成事実化が進んだ。3期目の任期は来年1月からの6年間となる。

選管の発表への反発が広がる中、裁判所を掌握するマドゥロ氏が司法判断を出すように求めていた。ロドリゲス最高裁長官は判決文を読み上げ、選挙の物証に関して「正当性に異論の余地はない」と言明し、マドゥロ氏を当選とした選管の見解を有効と認定した。

選管は、マドゥロ氏が約52%の得票率で当選したと発表。しかし、開票の詳細は公表しておらず、不正を指摘する声が野党陣営から上がっている。【8月23日 時事】
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マドゥロ大統領は主要閣僚の大幅な入れ替えを実施。批判の矛先をそらす狙いもあるとも。

****ベネズエラ大統領が主要閣僚入れ替え 選挙不正批判そらす狙いも****
ベネズエラのマドゥロ大統領は27日、主要閣僚の大幅な入れ替えを実施した。先の大統領選におけるマドゥロ氏の勝利に野党や国際社会から疑念や批判の声が広がる中で、こうした論争から注目をそらす狙いもあるとみられる。(後略)【8月28日 ロイター】
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【国内外からの不正選挙批判は続いているものの、事態を動かすには至らず】
国内外からの批判も続いています。

****EU、マドゥロ氏の「民主的正当性」否定 ベネズエラ大統領選****
欧州連合(EU)加盟国の外相らは29日、ベネズエラのマドゥロ大統領の「民主的正当性」を受け入れないとの認識で一致した。ボレル外交安全保障上級代表(外相)がEU外相会議後に発表した。

ボレル氏は、ベネズエラの選挙管理委員会に対して、7月28日の選挙でのマドゥロ氏の勝利主張を裏付ける信頼できるデータを提供するよう何度も求めたが、同委員会がその要請を受け入れなかったことを受け、この決定を下したと説明した。

同氏は記者団に「マドゥロ氏は事実上大統領のままだろう。しかし検証できない結果に基づいてわれわれは民主的な正当性を否定する」と語った。

選挙管理委員会は現職のマドゥロ氏の勝利を宣言したが、完全な投票結果を公表していない。野党側は、野党統一候補のゴンサレス氏の圧勝を示す投票結果を公表した。ゴンザレス氏はビデオ会議形式でEU閣僚会議に参加した。

ボレル氏は、EUが選挙に関していかなる制裁も課していないため、今回の決定が直ちに実質的影響を及ぼすことはないとしたが、約4億5000万人の国民を代表するEUによる「強い声明」だと述べた。【8月30日 ロイター】
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ただ、いくらEUが「民主的正当性」を否定しても、「マドゥロ氏は事実上大統領のままだろう」ということでは、マドゥロ氏を否定する多くの国民が浮かばれません。

アメリカもブリンケン国務長官が8月1日、野党統一候補の勝利は「明らかだ」とする声明を出していますが、その後の具体的行動はありません。

中南米でも、ブラジル、コロンビア、メキシコも、結果の「公平な検証」を求めています。アルゼンチン、エクアドル、コスタリカ、中米パナマは野党候補勝利を表明していますが、マドゥロ大統領としては「それがどうした」というところでしょう。

国内の抗議行動も続いてはいますが・・・マドゥロ氏を退陣に追い込む決定力に欠けています。

****ベネズエラの〝鉄の女〟、「マドゥロ大統領勝利」抗議デモの先頭に 大統領選から1カ月****
南米ベネズエラの大統領選から1カ月が経過した28日、野党側は、不正集計の疑いが浮上した選挙管理当局による「マドゥロ大統領勝利」を認定した最高裁などに抗議する集会を各地で開いた。

「鉄の女」の異名を持つ指導者マリア・コリナ・マチャド元国会議員(56)が先頭に立ち、独裁色を強めるマドゥロ政権に退陣を迫ったが、政権交代の実現は難しくなっている。

マチャド氏は、マドゥロ氏が大統領に就任した2013年、「自由」を掲げて発足した政治団体「ベンテ・ベネズエラ」の創設メンバー。昨秋の予備選で約9割の票を得て野党統一候補となった。

しかし、マドゥロ氏の影響下にある最高裁は「汚職に関与した」としてマチャド氏を公職から追放。マチャド氏は、自らの出馬を断念し、今年7月の本選では元外交官のゴンザレス氏の支援に奔走した。

マチャド氏は、大統領選の結果について、野党側が全国3万の電子投票機の8割超から回収した開票記録に基づき、得票率67%のゴンザレス氏が、同30%のマドゥロ氏に勝利したと訴える。28日は首都カラカスの抗議集会で、「世界がベネズエラの声を聞いている」と支持者に訴え、政権交代の実現を呼びかけた。

これに対し、治安当局は28日、マチャド氏と一緒に集会に参加した野党側の幹部ピリエリ氏を逮捕。既にマチャド氏の警護責任者や弁護士も逮捕しており、マチャド氏への圧力を強めている。マチャド氏自身も、軍の離反を呼びかけたとして、ゴンザレス氏とともに捜査対象となっている。【8月29日 産経】
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【中米ニカラグアの・オルテガ大統領 「もし反革命がおきれば、ニカラグアから戦闘員を派遣する」】
マドゥロ大統領の強気姿勢を支えるのは国際的にはキューバ、ロシア、中国からの支持。
さらに、中米左派政権のニカラグアからは「もし反革命がおきれば、ニカラグアから戦闘員を派遣する」との“力強い”支持も。

****ニカラグア大統領、ベネズエラに「サンディニスタ戦闘員」派遣の申し出****
南米ベネズエラで現職のニコラス・マドゥロ氏が勝利を宣言した大統領選挙をめぐり不正が指摘されている問題で、中米ニカラグアのダニエル・オルテガ大統領は、もし「武装反革命」が起きればマドゥロ氏を支援するため「サンディニスタの戦闘員」をベネズエラに派遣すると申し出た。

マドゥロ氏の勝利宣言に対しては、不正を訴える声が野党からも国外からも噴出した。街頭では数千人が抗議運動を展開し、市民少なくとも24人と兵士1人が死亡。政府の治安部隊は少なくとも2000人を拘束した。

オルテガ大統領は26日に行われた中南米諸国のオンライン首脳会合の席上、ベネズエラで「武装反革命」が起きた場合はマドゥロ氏を支持すると表明。「もし戦闘になった場合、彼ら(マドゥロ政権)にはサンディニスタの戦闘員が付いている」と述べた。

ニカラグアのサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)は、1970年代末のニカラグア革命で実権を握った左派の政治運動で、オルテガ大統領はFSLNに所属している。

オルテガ大統領はまた、ブラジルやコロンビアの大統領(いずれも左派)がマドゥロ氏の3期目勝利を承認していないことを非難した。現在5期目となるオルテガ大統領自身も、過去の選挙で不正があったとして非難されている。

政府系が支配するベネズエラの選管当局によると、大統領選はマドゥロ氏が50%を超す得票で勝利した。これに対して野党連合や国連の選挙監視団などが選管の数字に疑問を投げかけ、米国や欧州連合(EU)、国際機関も開票結果に関する詳しい数字を公表するようベネズエラに促している。【8月28日 CNN】
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【事態を動かす可能性があるとしたら、軍部中堅の離反か】
マドゥロ大統領を支える最終的な力は軍部の支持です。

前回ブログでも取り上げたように既得権益システムの一端に連なる軍幹部はマドゥロ大統領への忠誠を明らかにしています。

****ベネズエラ国防相、マドゥロ大統領に軍の「絶対的な忠誠」表明****
ベネズエラのパドリノ国防相は6日、7月28日の大統領選を巡り現職マドゥロ大統領と野党候補だったドムンド・ゴンサレス氏双方が勝利を主張する中、マドゥロ氏に対する軍の「絶対的な忠誠」を再確認すると表明した。

ゴンサレス氏と野党連合を率いたマリア・コリナ・マチャド元国会議員は5日公表の書簡で軍に「国民の側に立つ」よう求めていた。

パドリノ氏はテレビ演説で、野党側の要求を「愚かで非理性的」と一蹴し、「われわれの団結と確立された制度を壊そうと狙っているが決して壊すことはできない」と強調。軍幹部や警察が同氏の周りを囲んだ。

野党側はゴンザレス氏の得票数が600万票強と、マドゥロ氏の270万票の2倍以上だったと主張。3万台の投票機分の投票用紙の写しをインターネット上で公開している。

選挙管理委員会は投票用紙の写しを公表しておらず、7月29日以降、ウェブサイトもダウンしている。【8月7日 ロイター】
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今後に向けて、マドゥロ大統領を追い込む可能性があるとしたら、軍部の中堅の動向でしょう。

****混乱続くベネズエラ 大統領強権姿勢の裏に中露の支持、軍の動向がカギ****
(中略)
マドゥロ政権は大規模な抗議デモ発生について野党指導者らが国家に対する反乱を扇動したとして逮捕する構えだ。

内外からの批判の高まりを一向に気にせず大統領が強気になる背景には友好国キューバのほか、中国、ロシアからの支持を得ていることがあるとの指摘も多い。

特に中国はベネズエラ大統領選の公式発表のわずか四時間後にマドゥロ大統領の勝利を承認する迅速な対応ぶり。中国はベネズエラと「包括的パートナーシップ協定」を結んでおり、政治・外交面での支持に加え、経済支援も続けている。

マドゥロ大統領が昨年9月に訪中し、習近平国家主席と会談して以後、2国間関係は一段と強化されたといわれ、「国際世論がいくら選挙不正があったと非難しても、中国の支援がある限り国際的孤立を恐れないというのがマドゥロ氏の考え」(在カラカス外交筋)との説もある。

ロシアのプーチン大統領もマドゥロ大統領あてに祝電を送り、今後さまざまな分野で関係を深化させると約束した。

■ 軍中堅幹部が野党に同調の動き?
一方、米国のマドゥロ政権に対する対応は今一つはっきりしない。バイデン政権は新たな制裁を検討していると報じられたが、ベネズエラ大統領選後約1カ月経った現在まで制裁は発動されていない。

バイデン政権がベネズエラに対し強硬措置を迅速に取っていないことが、マドゥロ大統領が強気になる一因と見る向きもある。

今後のシナリオについては「マドゥロ政権が野党勢力への弾圧を強め、権力の座に居座り続ける」(中南米専門の米シンクタンクの研究者)との見方が有力だ。

ただ、少数意見ながらマドゥロ大統領退陣が追い込まれるとの見方もある。メキシコ有力紙「エル・ウニベルサル」の政治記者は「国内の混乱が一層深まれば軍が大統領に反旗を翻す可能性が出てくる」と予想する。

ベネズエラの国防相や参謀総長らは大統領選後もマドゥロ大統領への忠誠を誓っているが、同記者によれば、軍の一部中堅幹部の間で国家の分裂を回避するため、野党陣営に同調する動きがあるという。

中南米専門家の間ではベネズエラの現状が2019年のケースと酷似しているとの指摘もある。この年ボリビアで大統領選が行われたが、4期目の当選を目指したモラレス大統領が不正選挙への抗議デモが広がる中、軍が離反し、辞任に追い込まれる歴史的政変が起きた。ベネズエラで同様の政治ドラマが展開されるか、同国の軍の動きが焦点になりそうだ。【8月28日 山崎真二氏 Japan In-depth】
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軍幹部は既存体制にべったりでしょう。動きがあるとしたら“国を憂う青年将校”の決起・・・ということになりますが、二・二六事件を持ち出すまでもなく、そうした決起は失敗することも。成功のカギは国民との連動でしょう。
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パレスチナ・西岸地区  イスラエル軍による大規模「対テロ作戦」 入植者のパレスチナ人への暴力

2024-08-29 22:26:34 | パレスチナ

(ヨルダン川西岸から壁を越え、イスラエル側に入る労働者(13日)【8月27日 読売】)

【停戦交渉 合意に至らず エジプト・ガザの境界管理が主争点】
パレスチナ自治区ガザの保健当局は8月15日、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘による死者が4万人を超えたと発表しています。

住民の避難先となっている病院・学校も、ハマス戦闘員が潜んでいるとするイスラエル軍の空爆にさらされており、住民は逃げ場を失っています。

停戦交渉はアメリカ主導でエジプト・カタールも加えて仲介する形で続けられていますが、ガザ・エジプト境界地帯でのイスラエル軍駐留についてイスラエル・ハマスの対立が解消されず、合意が得られない状況です。

****ガザ停戦協議、合意至らずとエジプト筋 米は取り組み継続表明****
エジプトの首都カイロで行われたパレスチナ自治区ガザの停戦協議は25日、イスラム組織ハマスもイスラエル側も仲介国が示した妥協案を受け入れず、合意には至らなかった。エジプトの治安筋2人が明らかにした。

サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は訪問先のカナダで行った記者会見で、米政府は停戦と人質解放での合意に向けて引き続きカイロでイスラエルや仲介国のエジプトとカタールと共に懸命に取り組んでいると述べた。

協議では「フィラデルフィア回廊」と呼ばれるガザ・エジプト境界地帯でのイスラエル軍駐留などが主な対立点となっている。

エジプト治安筋によると、仲介国はフィラデルフィア回廊とガザ中部の「ネツァリム回廊」について、イスラエル軍駐留に代わる幾つかの代替案を示したものの、いずれも当事者には受け入れられなかった。

イスラエル側はハマスが釈放を求めているパレスチナ人の一部についても懸念を示し、これらの人物を釈放した場合はガザから退去することを要求したという。

ハマスはイスラエル側がフィラデルフィア回廊から軍を撤退させるとしていた方針を撤回し、停戦開始時にガザ北部に戻る避難民を検査するなどの新たな条件を提示したとしている。【8月26日 ロイター】
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「フィラデルフィ回廊」と呼ばれるガザ・エジプト境界地帯は全長約14キロで、イスラエルとエジプトが1979年に結んだ平和条約を受け、緩衝地帯の役割を担っています。

イスラエルはガザとエジプトの境界でハマスが多数のトンネルを作り、戦闘員の移動や武器の密輸に使っているとし、イスラエル軍による境界管理を「譲れない一線」だとしています。逆に言えば、ハマスにとっては生命線ともなります。

ただ、この地域への軍の駐留は条約違反との指摘があり、エジプトも反対しています。5月にイスラエル軍が掌握するまで境界のガザ側はハマスが管理していました。

イスラエルが国連監視団の常駐を提案したとか、バイデン米大統領がイスラエルのネタニヤフ首相と21日に電話会談した際、ガザ・エジプト境界の一部からイスラエル軍を撤収させるよう求め、ネタニヤフ氏が要求の一部を受け入れた・・・といった妥協案も模索されましたが、“生命線”維持のためにハマスの抵抗も強く、上記のように合意に至っていません。

【西岸地区・東エルサレム 生活の糧のために壁を越えるパレスチナ人「出稼ぎ者」】
ガザ地区での戦闘の影響はもう一つの自治政府エリアであるヨルダン川西岸地区にも及んでいます。

東エルサレムではイスラエル側へのパレスチナ人の通行がストップしていますが、パレスチナ側には生活のために働く場所が必要という差し迫った問題があり、非合法な形で越境が行われています。イスラエル側にもパレスチナ人労働者を必要としているという経済的事情があります。

****6mの壁越えイスラエル側へ、「出稼ぎ」4万人…パレスチナ人男性「危険だが妻子を養うには仕方がない」****
「さあ行くぞ」。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸とイスラエルが占領する東エルサレムを隔てる高さ6メートルの分離壁。西岸側の壁近くに座っていたパレスチナ人男性(29)は13日昼前、壁越えを手引きする「業者」に促され、コンクリート壁にかけられた木製のはしごを上り始めた。

壁の上にたどり着くと、男性は業者が破った鉄条網をくぐり、壁の向こう側を見渡す。業者からロープを受け取り、イスラエル側にスルスルと下りて姿を消した。建設現場で1か月ほど寝泊まりし、再び壁を越えて帰ってくる予定だ。

西岸とイスラエル側は高い壁で隔てられている。東エルサレムとの間を合法的に行き来するには、3か所ある検問所を通る必要がある。

しかし、パレスチナ自治区ガザで昨年10月に戦闘が始まって以降、イスラエルは治安維持を理由に許可証を持ったパレスチナ人の通行も原則として認めていない。

先進国のイスラエルと西岸の経済格差は大きく、イスラエル有力紙イディオト・アハロノトによると昨年10月以降、約4万人のパレスチナ人労働者が非合法的にイスラエル側へ入った。男性は「壁を越えるのは危険だが、妻子4人を養うには仕方がない」と声を落とした。【8月27日 読売】
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【ヨルダン川西岸地区 イスラエル軍による大規模「対テロ作戦」】
そのヨルダン川西岸地区でイスラエル軍による大規模「対テロ作戦」が28日、29日に行われています。

****イスラエル軍 ヨルダン川西岸で大規模「対テロ作戦」 10人死亡****
イスラエル軍は28日、占領下にあるパレスチナ自治区ヨルダン川西岸のジェニンやトルカレムなどで「対テロ」軍事作戦を開始したと発表した。イスラエル軍は兵士数百人を動員。ドローン(無人機)で難民キャンプなどを空爆し、少なくともパレスチナ人10人が死亡した。

西岸では、パレスチナ自治区ガザ地区を拠点とするイスラム組織ハマスや過激派組織「イスラム聖戦」などが活動。イスラエル軍は度々掃討作戦を実施している。

軍報道官は過去1年間で、ジェニンなどに住むパレスチナ人戦闘員が150回以上の銃撃、爆撃事件を起こしたと主張した。作戦は数日間続く見込みだという。

パレスチナ通信によると、イスラエル軍はトルカレム近郊のヌール・シャムス難民キャンプの住民に対し、退避命令を出した。イスラエルのカッツ外相は「住民の避難も含め、ガザにおけるテロと同様に対処する必要がある」と指摘した。

一方、パレスチナ自治政府の報道官は「ガザに加えて、西岸での戦争のエスカレートは、悲惨で危険な結果になる」と非難した。またイスラエル軍が「戦闘員の避難場所になっている」として一部の病院を包囲しており、市民の治療が妨げられる懸念も示した。

昨年10月にガザでの戦闘が始まって以降、西岸ではイスラエル当局による行政拘束や、ユダヤ人入植者によるパレスチナ人への攻撃も相次ぐ。自治政府によると、昨年10月以降、西岸では650人以上のパレスチナ人が死亡した。【8月29日 毎日】
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死亡者数についてはもっと増えるでしょう。下記記事では17人。
ハマス側は対応を硬化させています。

****ハマス「自爆攻撃の再開」警告 西岸作戦の死者17人に****
イスラエル軍が27日夜から始めたヨルダン川西岸での大規模作戦で、パレスチナ通信は29日、これまでの死者は17人になったと伝えた。イスラエル軍は西岸トルカレムで戦闘員ら5人を殺害したと発表した。イスラム組織ハマスの元指導者マシャル氏は「自爆攻撃」の再開を警告、攻撃を拡大したイスラエルを強くけん制した。

マシャル氏は、イランで7月末に暗殺されたハマス最高指導者だったハニヤ氏の前任指導者。28日の演説で「われわれが戦おうが戦うまいが敵は追いかけてくる。自爆攻撃は的確な戦い方だ」と主張した。【8月29日 共同】
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ハニヤ氏が今のハマスにおいて、どういう力を持っているのかは知りません。

【かねてより問題となっている入植者の暴力 イスラエル治安当局は傍観との指摘も】
一方で、西岸地区ではユダヤ人入植者によるパレスチナ人への暴力が問題になっています。

****イスラエル人の入植者、ヨルダン川西岸でパレスチナ人の村に放火****
イスラエル占領下にあるヨルダン川西岸地区で15日夜、数十人のイスラエル人入植者が村の家屋や車に放火した。パレスチナ自治政府の保健省によると、少なくとも1人が殺害された。

イスラエル国防軍(IDF)によると、覆面などをしたイスラエル人入植者はナブルスに近いジト村を襲撃し、石や火炎びんなどを投げつけた。

15日夜にジト村で車や家屋が炎上する様子とされる映像が、ソーシャルメディアで共有されている。村の上空に黒煙が上る様子も見える。

パレスチナ保健省は、パレスチナ人住民の20代男性が殺害され、もう1人が胸に重傷を負ったと発表した。IDFは、死者が出た事態について調べていると発表した。

一方で、イスラエル国籍の1人がジトで拘束されたとIDFは述べている。

IDFは声明で、暴力の通報を受けて「数分以内に」部隊を村に派遣し、群衆を解散させるために空中に警告射撃をしたと発表。その後、村を襲った入植者たちを連行したという。

IDFはさらに、「重大な事件」を受けて、IDFとイスラエル総保安庁(シンベト)とイスラエル警察が合同で捜査に着手したとも発表した。

イスラエルの政界関係者は、入植者によるこの攻撃を非難し、実行犯たちを厳罰に処すると約束した。イスラエル首相府は声明で、「あらゆる犯罪行為の責任者は拘束し、起訴する」と述べた。

イスラエルのイツハク・ヘルツォグ大統領はソーシャルメディアに、「法に従う入植者のコミュニティーや入植地全体を損なう、ごく一部の少数者によることだ。しかも、特に難しく厳しい状況のこの時期に、世界におけるイスラエルの評判と地位を損なうものだ」と書いた。

大統領はさらに、責任者に法の裁きを受けさせるため「捜査機関は直ちに行動しなくてはならない」と強調した。
アメリカ政府は、イスラエル人入植者によるパレスチナ人の集落攻撃は「容認できないことで、やめさせなくてはならない」とコメントした。

ホワイトハウスの安全保障会議(NSC)報道官は、「イスラエル当局はすべてのコミュニティーを被害から守るため、対策をとらなくてはならない。これには、こうした暴力を阻止するための介入も含まれ、こうした暴力の加害者全員を処罰することも含まれる」とコメントした。

パレスチナ人は、イスラエル治安当局が暴力的な入植者による集落攻撃を容認していると、繰り返し非難している。
国連の人道問題調整事務所(OCHA)によると、昨年10月以来、イスラエル人入植者がパレスチナ人を攻撃する事件は1000回以上発生している。このため、子供660人を含む少なくとも1390人のパレスチナ人が、住む場所を失っている。

入植者によるこうした暴力は、殺傷力を伴うものが多い。OCHAによると、107件の攻撃がパレスチナ人の死傷につながり、859件がパレスチナ人の土地建物など資産への損害につながっている。

ガザ地区での戦争に国際社会の注目が集まる一方で、ヨルダン川西岸などで入植者によるパレスチナ人の暴力も悪化している。このためアメリカ、イギリス、欧州連合(EU)は一部の入植者リーダーに制裁を科しているほか、入植者の前哨地1カ所が初めて丸ごと、制裁対象になっている。【8月16日 BBC】
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今回放火についてはイスラエル軍・政府も厳しく対応していることをアピールしていますが、かねてより“イスラエル治安当局が暴力的な入植者による集落攻撃を容認している”と言われており、入植者の暴力をイスラエル軍は傍観しているとも。

結果、“昨年10月以来、イスラエル人入植者がパレスチナ人を攻撃する事件は1000回以上発生している。このため、子供660人を含む少なくとも1390人のパレスチナ人が、住む場所を失っている。”という状況になっています。

【アメリカも入植者への制裁は行うものの・・・】
アメリカも、イスラエルの暴力は容認していないということを国際的にアピールするためか、入植者への制裁措置を発表しています。

****米、ユダヤ人入植者に制裁 パレスチナ人住民に「過激な暴力行為」****
米国は28日、イスラエルが占領するヨルダン川西岸でパレスチナ人に対する過激な暴力行為を行ったとして、イスラエルの非営利団体とユダヤ人入植者1人に対し制裁を科した。 制裁により、対象者の米国資産が凍結されるほか、米国人との取引が原則的に禁じられる。

米国務省のマシュー・ミラー報道官によると、対象となった入植者は、今年2月に武装集団を率いて道路にバリケードを設置したり、パレスチナ人を居住地から追放しようとしたという。

ミラー氏は声明で「ヨルダン川西岸地区における過激派入植者の暴力は、人々に大きな苦しみをもたらし、イスラエルの安全を損ない、地域の平和と安定を弱体化させる」と述べた。

今回の制裁は、バイデン米大統領が2月に発令した、ヨルダン川西岸地区でパレスチナ人を攻撃したユダヤ人入植者に制裁を科す大統領令に基づく。【8月29日 ロイター】
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ただ、このような措置は所詮政治的パフォーマンスに過ぎません。もし、アメリカ・バイデン政権に本当に違法な入植活動を止めさせ、入植者の暴力を止める気があるなら、圧力をかける相手は武器供与停止措置などネタニヤフ首相でしょう。

アメリカ国内では近年パレスチナ支持の声も大きくなっており、バイデン政権も一定に考慮せざるを得なくなってはいますが、やはり基本はイスラエル支持であり、選挙対策を考えるとイスラエルへの武器供与停止などの施策は取れない・・・というのがアメリカの対応であり、パレスチナ問題がいつまでも続く大きな一因です。

【対イラン強硬策で国内支持を回復するネタニヤフ首相】
一方、ネタニヤフ首相はひと頃政治的窮地が言われていましたが、結局、対パレスチナ・対イラン強硬策が国民にしじされたのか、支持を回復しているとか。

****ネタニヤフ氏、支持率回復 対イラン強硬で押し上げ****
イスラエルのネタニヤフ首相が世論調査で支持率を回復させている。昨年10月7日のイスラム組織ハマスの奇襲で支持率は低迷していた。専門家は、敵対するイランとの緊張が高まるのに伴い、強硬姿勢を示すネタニヤフ氏の支持を押し上げたと指摘する。ただガザの停戦交渉を望む民意も強く、交渉に後ろ向きな同氏の立場は盤石ではない。

ガザ側の死者数が4万人に近づいていた8月7〜8日にマーリブ紙が実施した世論調査では「どちらが首相に適任か」との問いに、ネタニヤフ氏は42%、戦時内閣を離脱したガンツ前国防相は40%だった。

両氏を比較したネタニヤフ氏の支持率は奇襲前の昨年9月下旬の調査ではガンツ氏を上回る44%だったが、奇襲直後の同10月中旬は29%に急落。その後は30%台を中心にじわじわ上がった。

イランでハマスの最高指導者が暗殺され、イランはイスラエルの犯行として報復を宣言。
イスラエル紙ハーレツによると、世論調査の専門家は、国民がこれらの出来事でネタニヤフ氏を評価した可能性があると分析している。【8月29日 共同】
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国民は結局“力の誇示”を好む・・・ということでしょうか。
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イラン  改革派新大統領が目指す小さな改革と「橋渡し」 イスラエルとは神経質な局面が続く

2024-08-28 23:14:02 | イラン

(ペゼシュキアン大統領(ハメネイ師の右隣)、イラン閣僚と会談する最高指導者ハメネイ師(中央) ハメネイ師とペゼシュキアン大統領の間の額縁写真は初代最高指導者ホメイニ師【8月28日 VOI】)

【改革派ペゼシュキアン大統領 イスラエル報復を抱えて厳しい船出】
イランの改革派ペゼシュキアン大統領は、就任3日後の7月31日、就任宣誓式に招待されたハマス最高指導者ハニヤ氏がイスラエルによって首都テヘランで暗殺され、イスラエルへの報復が不可避という改革実現のためには逆風の中でのスタートとなっています。

****融和へ転換、厳しい船出 イラン大統領、就任1カ月*****
イランの改革派ペゼシュキアン大統領が就任して28日で1カ月。核問題で欧米との対立を深めたライシ前政権の強硬路線から対外融和への転換を目指すが、就任直後、支援するイスラム組織ハマスの最高指導者ハニヤ氏が国内で暗殺された。

イスラエルに宣言している報復を実行した場合、欧米の非難は必至で、厳しい船出を強いられている。

就任3日後の7月31日、就任宣誓式に招待されイランの首都テヘランを訪れたハニヤ氏が暗殺された。イランの最高指導者ハメネイ師はイスラエルの犯行として報復を宣言。ペゼシュキアン氏は「テロリストである侵略者にひきょうな行為を後悔させる」と警告した。

ペゼシュキアン氏はすぐに報復しないよう主張したと伝えられている。対応を誤れば中東の緊張を一層高め、対外融和を掲げた選挙公約に反することを懸念した可能性がある。

25日には、レバノンの親イラン民兵組織ヒズボラがイスラエルと大規模に交戦したが、ペゼシュキアン氏はいまだ反応を示していない。欧米を刺激しないよう腐心しているもようだ。【8月27日 共同】
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【小さな社会・経済改革、保守派との橋渡しを目指す新大統領】
改革派ペゼシュキアン大統領については、イランの最終的な意思決定は最高指導者ハメネイ師の決断によるので、保守強硬派が支えるハメネイ体制にあっては手かせ足かせで思うような仕事はできない・・・というのが一般的な見方です。

しかしながら、ペゼシュキアン大統領の存在を「何もできない」と過小評価するのもまた誤りでしょう。

もとよりペゼシュキアン大統領の目指すものは過激な改革ではなく、日常生活の改善を目指す小さな社会・経済改革であり、穏健な改革派と穏健な保守派の間の橋渡しであるとのことです。

****〈イラン新大統領の厳しい船出〉国内外から出される足かせ、改革を実行できるのか****
ジョンズホプキンズ大学高等国際関係大学院のバジョグリ助教授とナスル教授が、Foreign Affairs誌電子版の7月29日付け論文‘A More Normal Iran?’で、7月5日のイランの大統領選挙に勝利した改革派のマスード・ペゼシュキアンがイランを変え得るのかを論じている。主要点をごくかいつまんでご紹介すると次の通り。
・・・・・・・・・・・・・・・
多くのアナリストは、ペゼシュキアンの勝利をさして重大事とは思っていない。ペゼシュキアンは余りに弱く、ハメネイに手を縛られているからである。ペゼシュキアン自身、過激な変革に関心を持っていないようでもあり、以前の改革派の大統領とは違って、彼はハメネイに忠誠を誓っている。

にもかかわらず、将来の歴史家は2024年選挙をイランが決定的に変わった瞬間として位置づけるかも知れない。ペゼシュキアンが大幅な改革を追及したからではなく、彼が穏健なイスラムの政権を作り得たことがその理由である。

彼はイランには穏健な改革派と穏健な保守派から成る連立が存在し得る空間があることを示した。選挙戦ではペゼシュキアンは人々の日常生活の改善を目指す小さな社会・経済改革に焦点を当てた。

米国との外交の刷新はより困難であろうが、交渉を支持するよう、そして控えめな核についての合意を承認するようハメネイを説得することは出来る。

ペゼシュキアンは、当選以来、優先事項は良いガバナンスと「橋渡し」であることを明確にしているが、いずれも変革的な政治改革を要する訳ではない。彼は政府を改革派と保守派の双方で構成することを欲している。

政府が発足すれば、ペゼシュキアンは経済改善の圧力に直ちに当面するであろう。そのために、彼は赤字予算、財政の乱脈、経済的欠乏、水と耕地の不足の原因となっている慣行――例えば、一定の既得権益に流れる補助金――を変えることを約束している。

けれども、国内的な改革で経済に出来ることには限界があろう。イランは投資を死活的に必要としているが、西側がその制裁を緩和しないことには可能でない。その目的で、ペゼシュキアンはイラン経済の改善のためには和解が必要だとして米国との真剣な外交上のエンゲージメントを強く主張した。

イランの外交政策を変えることは、それが大体においてハメネイと革命防衛隊の領分であるので難しいであろう。しかし、核外交に何のインパクトも与えられないということではない。

ハメネイは核プログラムの拡大を承認したが、イランに対する制裁圧力を減じ得るのであれば、交渉することには満更でもない。ハメネイはウィーン協議のライシの企てを支持し、2023年には米国との間で秘密のディエスカレーションの合意を成し遂げた経緯がある。

ペゼシュキアンの政策転換の結果は、もちろん、米国がエンゲージメントに応ずるかにかかっている。米国は彼がどの程度動く余地を有しているかをテストすべきである。

米国の当局者は彼らが思っている以上にペゼシュキアンが自由を有していることを発見するかもしれない。彼はハメネイの支持を有している。

もちろん、ハメネイの支持はペゼシュキアンがイスラム共和国という体制の人間であることを意味する。彼がハメネイを裏切ることはない。彼の目標は安定した政治秩序を作り出すことである。しかし、過激な変化でないにしても、変化は重要な影響を持ち得る。
*   (評論)   *

米国も冷淡な対応
先のイラン大統領選挙における改革派のペゼシュキアンの勝利の経緯、彼の特質、そして選挙を巡る四囲の状況に関する筆者の観察は客観的で的確なものと考えられる。

ペゼシュキアンはハメネイの絶対的権力に服す、あくまでも体制内の人間であり、従って、彼の行動の自由には限界があることに留意しつつも、彼が目指す改革は現体制の枠内に十分収まり得るはずのものである、と指摘している。

彼が目指すのは国民の日常生活の改善のための小さな社会・経済改革であり、そのための実際的な政治である。そして、経済の立て直しのために、西側の制裁の緩和を実現すべく西側とのエンゲージメントを目指している。彼の改革は過激な変化ではないが、イランの今後に重要な影響を持ち得る、と論じている。

この先、ペゼシュキアンが指向する方向に事態が進展するか否かは分からない。彼の改革がイランの将来、特に、その対外関係に及ぼす潜在的なインパクトにどれほどのものがあるかは予測の限りではない。

懐疑的な見方はイラン国民の間にも多い。他方、ペゼシュキアンの改革の成否は、彼が求めるエンゲージメントに米国をはじめ西側がどう対応するかにかかっている側面のあることが指摘されねばならない。

ペゼシュキアンの勝利について、7月7日、米国務省の報道官は「この選挙がイランの方向性の基本的な変化あるいは市民の人権尊重の進展をもたらすとは期待していない。……イランの政策は最高指導者によって定められる」「選挙はイランに対する米国のアプローチに重要なインパクトを持つことにはならない。われわれのイランの振舞いに対する懸念は変わっていない」と述べたと報じられている。

この冷淡で紋切型の応答はいかがなものかと思われる。7月30日のペゼシュキアンの宣誓式に特使として出席したのは西側では欧州連合(EU)のエンリケ・モラ欧州対外活動庁事務次長と日本の柘植芳文外務副大臣のみだった模様である。

欧米の反応は全般的に冷淡のようであるが、少なくとも、ペゼシュキアンの出方によっては積極的に対応し得るとの含みを持たせた立場を維持すべきではないかと思われる。

船出早々、強硬路線に
なお、7月30日の宣誓式に出席したハマスの最高指導者イスマイル・ハニヤが、その数時間後、テヘランで暗殺された。暗殺がペゼシュキアンの改革と西側との関係改善の努力を妨害する効果を併せ狙ったものであったとすれば、その目的においては成功である。

いずれにせよ、ペゼシュキアンの外交が始動する前に、旧態依然たる強硬路線を踏襲することを強いられる怖れが出て来たようである。【8月23日 WEDGE】
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イランでは閣僚は議会での信任が必要で、保守派が多数を占める議会で信任が得られるか、最初の関門として懸念されていましたが、そこは無事通過したようです。

****イラン国会、改革派ペゼシュキアン大統領の閣僚候補19人を全員信任****
イラン国会は21日、マスード・ペゼシュキアン大統領が指名した閣僚候補19人の信任投票を行い、全員を信任した。大統領選期間中、国会で過半数を占める保守強硬派の批判にさらされてきた改革派のペゼシュキアン氏は、行政運営における最初の関門を通過した。

ペゼシュキアン氏は19日、国会議員との会合で、閣僚指名にあたっては全閣僚候補について、国政の全権を掌握する最高指導者アリ・ハメネイ師に相談したことを明らかにしていた。

ペゼシュキアン氏は大統領選で、核開発を巡る核交渉の立て直しや、米政府などが科している制裁の解除を公約に掲げて当選した。【8月21日 読売】
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大統領、最高指導者、議会保守派の間で、一定に調整が可能な環境はあるようです。

【対イスラエル報復を睨んで“波乱含みの神経質な局面”が続く】
今後については、イスラエルへの報復をどういう形で行うのかが課題となっていますが、イラン・イスラエルともに戦闘が激化・本格化する事態は避けたいのが本音で、“波乱含みの神経質な局面”が続くと予想されます。

*****ハマス最高指導者の殺害から1カ月 続くにらみ合い 戦闘激化避けたい当事者****
イランが支援する反イスラエル民兵組織の幹部ら2人が殺害されてから約1カ月。イランはイスラエルへの報復を明言しており、パレスチナ自治区ガザを発端とする戦闘が広域化する恐れがある。ただ、民兵組織やイラン側も戦闘激化を避けたい事情を抱えており、波乱含みの神経質な局面が続きそうだ。

イスラエルは7月30日、レバノンで親イラン民兵組織ヒズボラの幹部を殺害したと発表した。翌31日にはイスラム原理主義組織ハマスのハニヤ最高指導者がイラン訪問中、何者かに殺害された。イスラエルのネタニヤフ政権は殺害に関わったかには触れていないが、この事件でいくつかの利益を得たことは事実だ。

特に、イランがハニヤ氏殺害を受けてイスラエルへの報復を宣言し、バイデン米政権がイスラエルの防衛強化に乗り出した意義は大きい。イランで就任したばかりの改革派、ペゼシュキアン大統領が掲げる対米関係の改善が当面は困難になったからだ。ネタニヤフ氏は以前から米イランの相互接近を警戒していた。

ヒズボラは8月25日、幹部殺害に対する報復としてロケット弾320発超をイスラエルに発射した。イスラエル軍もこの日、100機前後の戦闘機でレバノン国内のヒズボラの軍事拠点40カ所以上を攻撃した。

攻撃の応酬は昨年10月の交戦開始以来、最大規模となったが、死者はレバノンで3人、イスラエルで1人にとどまったもよう。双方が人的被害を抑えるため周到に計算したとみられる。

8月25日付英紙ガーディアン(電子版)は、パレスチナ自治区ガザやヨルダン川西岸に兵力を投入するイスラエル側だけでなく、レバノンで政党を有するヒズボラも、戦闘が激化すれば痛手を被るとし、両者に深入りを避けたい「切実な理由」があったと報じた。

一方、イスラエルへの報復を誓ったイランも、「限定的で計算された正確な対応」(アラグチ外相)をするといった抑制的なメッセージを発している。

イランは国民の不満拡大を背景に、反米の保守強硬派が選挙で敗北し大統領ポストを改革派に明け渡した。経済再生など内政の課題は深刻で、イスラエルや米国の反撃を招くような報復は回避したい−との分析が多い。

こうした評価は現状を反映したものに過ぎず、内政事情や優先順位の変動により、イスラエルやイランが激しい戦闘にかじを切る可能性は否定できない。なかでもイランは報復を封印すれば「前例」を作ることになりかねず、いずれ何らかの形でイスラエルを攻撃してその事実を国内に宣伝する可能性は残っている。【8月28日 産経】
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ヒズボラ・イスラエルの攻撃応酬は、“双方が人的被害を抑えるため周到に計算したとみられる”という抑制されたものにとどまり、今後についても“一段落”の様相です。

****イスラエルへの報復攻撃、ヒズボラが幕引き図る可能性…「満足のいく結果であれば作戦完了」****
レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ師は25日のテレビ演説で、イスラエルに対する25日の報復攻撃について、「計画通り正確に行われた」と述べた。

演説では、イスラエル軍情報機関の基地などが標的だったとして再攻撃を示唆しつつ、「満足のいく結果であれば、作戦完了とみなす」とも語った。今回の攻撃で報復の幕引きを図る可能性もある。

ヒズボラを支援するイランも、首都テヘランでのイスラム主義組織ハマス最高幹部殺害を受け、親イラン組織と連携したイスラエルへの報復を宣言しているが、ナスララ師は今回の攻撃が「独自の判断で実行された」と話した。イランの了解を得たうえで、単独で実施したとみられる。【8月27日 読売】
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このヒズボラ・イスラエルの攻撃応酬に対し、イランは動きを見せず、慎重な構えです。

【アメリカとの交渉については最高指導者ハメネイ師も一定に了解】
イラン・ペゼシュキアン大統領が目指すのはアメリカとの交渉、制裁緩和ですので、それを不可能にするイスラエルとの戦闘激化、アメリカのイスラエル支援といった事態は避けたいところでしょう。ただ、何もしない訳にもいかないので、イスラエル・アメリカの出方も見ながら、慎重に「報復」の可能性を探っているところでしょう。

アメリカとの交渉については保守強硬派のハメネイ師も一定に了解しているようです。

****「敵との対話も必要」イラン最高指導者ハメネイ師が新大統領の融和路線に理解示す****
イランの最高指導者・ハメネイ師が改革派のペゼシュキアン大統領らとの会合で「敵との対話が必要な時もある」と述べ、欧米への融和路線を認めたことが分かりました。

イランの最高指導者・ハメネイ氏の事務所は27日に、ペゼシュキアン大統領や新しい内閣の担当者がハメネイ師と会談したと発表しました。

会談でハメネイ氏は「敵を信用するべきではないが敵との対話が必要な時もある」と述べました。 改革派のペゼシュキアン大統領が掲げる欧米などへの融和路線に理解を示した形です。

ペゼシュキアン大統領は5月にライシ前大統領がヘリコプターの墜落事故で死亡したのを受け、欧米との対話の必要性を強調して選挙戦に勝利しました。【8月28日 テレ朝news】
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イラン政治は反米・保守強硬派の側面が強調されがちですが、現実主義の側面もありますし、最高指導者としても改革派大統領を支持した国民の意向というのは一定に配慮せざるを得ません。 そうしないと、国民の不満・批判は体制の在り方に向かう危険がありますので。

イランにしても、中国にしても、「強権支配」と言われていますが、民意をくみ上げる民主的選挙がない、あるいは不十分なだけに、指導部は世論の動向に敏感になる面があります。

【アメリカに求められるイラン国内の改革の芽を潰さない対応】
アメリカは、イスラエル・ネタニヤフ首相とはガザ停戦をめぐってやりあう場面もありますが、イスラエル防衛という基本にあってはイスラエル支持を崩していません。

****米、イスラエルを防衛 イランが攻撃なら=大統領補佐官****
 米ホワイトハウスのカービー大統領補佐官は27日、イランがイスラエルを攻撃すれば、米国はイスラエルを防衛すると改めて表明した。

カービー氏はイスラエルのチャンネル12に対し、攻撃の可能性を予測するのは難しいとしながらも、米政府はイランのレトリックを深刻に受け止めているとし、「イランに対する米国のメッセージは常に一貫している。第1にイスラエルを攻撃するなということ、第2に攻撃が行われれば米国はイスラエルを防衛するということだ」と語った。

中東情勢の緊迫化を受け、米国は中東地域に2つの空母打撃群を維持しているほか、F22戦闘機を追加配備。カービー氏は、イスラエルとこの地域に展開する米軍を防衛するために、必要な限りこの態勢を維持すると述べた。(後略)【8月28日 ロイター】
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イスラエルとしてはハマス最高指導者ハニヤ氏殺害によって、緊張を高め、アメリカを自国側に引きとどめて、イラン・アメリカの交渉を阻止するという「成果」を一定に得た・・・というところです。

ただ前出【WEDGE】も指摘するように、アメリカのイランへの“冷淡”な対応は、結局イラン国内における“改革”の芽を潰し、イランを反米・保守強硬に追いやることになります。これまでもそういう愚行を繰り返してきました。

アメリカの対応については、改革派大統領が誕生し、最高指導者も「敵との対話も必要」と語る状況を利用して、イランを“改革”の方向に引っ張る工夫が欲しいものです。

その点で、トランプ復活はイランとの交渉を無にすることが予想されますが、トランプ氏はイランについて「友好的になるつもりだ」と語ったとか。

*****トランプ氏、再選で「イランに友好的になるだろう」 方針転換を示唆****
トランプ前米大統領(共和党)は15日の記者会見で、11月の大統領選で返り咲いた場合は「イランに対して友好的になるだろう」と述べた。トランプ氏は在任中は対イラン強硬策をとり、今回の選挙運動でもイランを敵視する発言が目立つが、中東情勢の安定化に向けて、方針を変える姿勢を示唆した。

トランプ氏は東部ニュージャージー州で開いた会見で、「イランに対して悪い姿勢で臨もうとしているわけではない。友好的になるつもりだ」と述べた。ただし、イランの核開発計画に関しては「核兵器を持つことはできない。もし、核兵器保有となれば、状況は全く異なり、まるで違う交渉になる」とくぎを刺した。

トランプ前政権は、イランの核開発を制限する見返りに制裁を緩和する国際的合意から離脱し、イラン最高指導者直轄の革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」司令官を殺害するなど、対イラン強硬策をとった。

米当局は、イランが報復として、トランプ氏の暗殺を計画しているとみている。イランは今回の選挙運動でも、トランプ陣営や民主党関係者にハッキングを仕掛け、選挙干渉を図っているとみられている。【8月16日 毎日】
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本当でしょうか? 暗殺防止のための発言でしょうか?
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西アフリカ  持ち込まれるロシア・ウクライナの対立 暴力の犠牲となる住民

2024-08-27 22:39:53 | アフリカ

(マリの首都バマコで開かれた親軍事政権・親ロシア集会で、ロシア国旗を振る軍事政権支持者(2024年5月13日撮影)【8月6日 AFP】)

【フランス・アメリカを排除してロシアに接近する西アフリカ軍事政権】
旧フランス領西アフリカのマリ、ブルキナファソ、ニジェールではイスラム過激派の勢力が拡大、治安の悪化から軍事クーデターが起き、過激派に有効に対処できない駐留フランス軍への不満が強まり、軍事政権はロシアに接近、フランス軍は撤退、米軍も撤退・・・という似たような経過をたどっています。

****アフリカ・サヘルの政情不安****
アフリカ大陸の北部サハラ砂漠の南で、半乾燥地域のことをサヘルというが、そこにはセネガル、モーリタニア、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、ナイジェリア、チャド、スーダン、南スーダン、エリトリアという国々がある。(中略)

今、このサヘルで旧宗主国のフランスやアメリカに代わって、ロシアがプレゼンスを高めている。

この地域では、国際テロ組織のアルカイダや過激派組織「イスラム国(IS)」などが活動しており、新型コロナウイルス流行で職を失った若者をリクルートして、勢力を拡大してきた。

そのために治安が悪化し、国民の不満が高まったが、民主派政権は過激派テロ組織の鎮圧に失敗し、統治能力の欠如を示した。そこで、軍部がクーデターを起こしたのである。

マリでは2020年8月に軍部が反乱し、民主的に選ばれたケイタ大統領を追放し、ゴイタ大佐が2021年5月に大統領に就任した。
ブルキナファソでは、2022年1月に軍事クーデターでカボレ大統領が失脚した。
ニジェールでは、2023年7月、軍部がクーデターを起こした。首謀者のアブドゥハーマン・チアニ大統領警護隊長は、親欧米派のモハメド・バズム大統領を追放し、憲法を停止し、自ら国のトップに就任した。

これらの軍事クーデターの背後には、ワグネルを軍事政権の傭兵として活動させるロシアの存在がある。ニジェールはウランの有数な産出国であり、EUのウラン輸入の約24%を占める最大の供給国である。また、マリもブルキナファッソも金を産出するなど、資源に恵まれている。ロシアは、その資源も自由に入手する。

これらの国々では、旧宗主国のフランスへの反感が強く、駐留フランス軍の安全が確保できなくなった。そこで、マクロン大統領は、ニジェールから約1500人の仏軍を昨年12月に撤退させた。今年の4月には、約1000人の米軍も全てニジェールから撤退した。米仏に代わってロシアが居座っているのである。(後略)【8月14日 舛添要一氏“「ゼレンスキーは《最悪の選択》をした」 ロシア越境攻撃を仕掛けたウクライナが、「アメリカ・フランスに見放される」運命にある理由” 現代ビジネス】
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この地域では上記記事にあるように、反乱を起こしたプリゴジン氏が創設したロシアの民間軍事会社ワグネルが活動しています。

“昨年、創設者のエフゲニー・プリゴジンがウラジーミル・プーチンに対する反乱の末、飛行機事故で亡くなった後、ロシア政府は新たな準軍事組織「アフリカ軍団」を立ち上げて、ワグネルの部隊を管理下におき、その事業を引き継いでいる。”【7月31日 Newsweek】

【対ロシアの一環としてウクライナがマリ反政府勢力に情報提供 マリはウクライナと断交】
そのワグネルの部隊が7月、マリで少数民族トゥアレグ反乱軍による待ち伏せ攻撃を受け、兵士数十人が死亡しました。

****ワグネル戦闘員84人殺害か マリの反政府武装勢力****
西アフリカ・マリ北部で活動する遊牧民トゥアレグの反政府武装勢力は1日、7月下旬にロシアの民間軍事会社ワグネルの戦闘員らと交戦し、少なくとも84人を殺害したと主張した。ロイター通信が報じた。ワグネルがマリに進出したここ数年で最大の被害とみられる。

マリと隣国のニジェール、ブルキナファソでは近年クーデターが相次いだ。各国の軍事政権は、テロ対策で駐留していた米国やフランスの軍部隊を撤収に追い込みロシアに接近している。

ロイターによると、戦闘は数日間続いた。反政府勢力はマリ軍の兵士47人も死亡し、兵士やワグネル戦闘員の一部を捕虜にしたとしている。【8月2日 共同】
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“アメリカのシンクタンク戦争研究所(ISW)は29日、ロシア国防省はマリでのワグネル部隊の敗北を利用して、ワグネルの傭兵部隊をアフリカ軍団の他の部隊に置き換えていく可能性があると述べた。アフリカ軍団は去年12月の時点で、指揮官を含む構成員のうち、およそ半分がワグネルの元メンバーであることを公表している。”【7月31日 Newsweek】

ロシアのワグネル及びマリ政府軍に損害を与えた少数民族トゥアレグ反乱軍に、ロシアに敵対するウクライナが情報を提供していたということで、国内情勢に加えて、ロシア・ウクライナの対立も反映した状況になっています。

当然ながらマリはウクライナに反発し、断交に至っています。

****西アフリカのマリ、ウクライナと断交 反政府勢力支援関与の疑い****
西アフリカのマリ政府は4日、北部の遊牧民トゥアレグの反政府武装勢力を支援したとして、ウクライナとの外交関係を直ちに打ち切ると発表した。

ウクライナ国防省情報総局(GUR)のユソフ報道官は7月29日、マリ軍兵士とロシア民間軍事会社ワグネルの戦闘員が死亡した北部での戦闘について、マリの反政府勢力がマリ軍やワグネルに対する攻撃を成功させるのに「必要な」情報を受け取っていたと発言した。

トゥアレグの反政府勢力は、数日にわたる激しい北部での戦闘で少なくともワグネル戦闘員84人とマリ人兵士47人を殺害したとしている。ワグネルにとって2年前にマリに進出して以降最大の敗北とみられる。

マリ政府は、ユソフ氏が「マリ国防・治安部隊の隊員を死亡させた武装テロリスト集団による卑怯で危険かつ野蛮な攻撃へのウクライナの関与を認めた」と指摘。「ウクライナ当局の行動はマリの主権を侵害している」と主張した。【8月5日 ロイター】
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マリに同調するニジェールもウクライナと断交を発表しています。

【スウェーデン閣僚「ロシア支持のくせに我々の援助を受け取るな」】
マリ軍事政権と北欧スウェーデンのバトルも。

****スウェーデン大使を追放 マリ、ロ接近批判に反発****
西アフリカ・マリの軍事政権は9日、ロシアに接近するマリをスウェーデンの閣僚が批判したことに反発し、マリ駐在のスウェーデン大使を追放すると発表した。ロイター通信が報じた。

マリは4日、ロシアが侵攻を続けるウクライナとの断交を表明。スウェーデンのフォシェル国際開発協力・貿易相は7日「侵攻を支持しながら、スウェーデンから開発援助を受け取ることはできない」と訴えていた。

近年クーデターが相次いだマリやニジェール、ブルキナファソの軍政は、テロ対策で駐留していた米国やフランスの部隊を撤収に追い込み、欧米離れを鮮明にしている。【8月10日 共同】
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なぜ北欧スウェーデンがこのように西アフリカ・マリを露骨に批判したのか・・・背景には、スウェーデン国内の反イスラム的な世論があるとの指摘が。

****スウェーデン自身のイスラーム嫌悪****
最後に、現在のスウェーデン政府では極右系の発言力が強く、あえて"反イスラーム的"をアピールしやすい(マリ人口の93% はムスリム)ことだ。

スウェーデンでは2022年9月の総選挙により、民主党を中心とする連立政権が発足した。民主党は「スウェーデン人のためのスウェーデン」を標榜する右派政党で、移民制限などを主張している。

その結果、スウェーデンでは2023年、イスラームの聖典コーランを抗議活動のデモンストレーションとして焼却することが合法と認められた。この方針は当然のようにムスリム系市民やイスラーム各国の強い反発を招き、警察が"治安を脅かす"と反対するなかで決定された。

そこでは民主党の支持基盤へのアピール効果が優先されたといえる。【8月14日 六辻彰二氏 Newsweek】
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一方、ウクライナはクレバ外相が8月上旬にアフリカのマラウイ、ザンビア、モーリシャスを訪問し、対ロシアのウクライナへの支持拡大を図っています。

****ウクライナ外相がアフリカ3カ国歴訪、対ロシアで支持取り付けへ****
ウクライナのクレバ外相は、ロシアとの戦争におけるウクライナへの支持を集めるため、今週アフリカ3カ国を歴訪する。外務省が4日明らかにした。
ここ2年間で4回目のアフリカ外遊で、4─8日にマラウイ、ザンビア、モーリシャスを訪問する。

6月にスイスで開かれた「ウクライナ平和サミット」にはアフリカ諸国が多数出席したものの、孤立させようとする西側諸国の取り組みに加わることには消極的な姿勢を示した。ロシアはアフリカ諸国にとってエネルギーや食料などの重要な調達先だ。

外務省によると、クレバ氏は今回の訪問中、ウクライナ産の穀物をアフリカ地域へ供給すること、ウクライナ再建へのアフリカ企業参加についても話し合う。【8月5日 ロイター】
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【悪化する状況の中で、過酷な暴力にさらされる住民】
西アフリカにロシア・ウクライナの対立が持ち込まれ、更にアフリカを舞台にロシア・ウクライナの外交合戦が展開されるという状況ですが、西アフリカにおける悲惨な状況は改善しておらず、その暴力の犠牲となるのは結局地域住民です。

****武装勢力襲撃で百人死亡 アルカイダ系、ブルキナファソ****
軍事政権下の西アフリカ・ブルキナファソ中部の集落で先週末、国際テロ組織アルカイダ系の武装勢力による襲撃があり、住民ら少なくとも100人が死亡した。AP通信が26日報じた。

ブルキナファソでは、アルカイダや過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓う勢力の活動が活発で、対応が課題となっている。

APによると、軍政は全土の半分程度しか掌握できておらず、軍が集落を守るために住民と塹壕を掘っていた際、武装勢力から攻撃を受けたという。武装勢力は攻撃を認め、集落周辺を制圧したと主張している。【8月27日 共同】
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****「ウクライナやガザと同じことが…マリの実態知って、虐殺止めて」現地ジャーナリストが国際社会にSOS****
軍事政権下にある西アフリカのマリで、十数万人の少数民族らが隣国モーリタニアに逃れ、過酷な難民生活を送っている。背景にはロシアの民間軍事会社「ワグネル」の進出に伴う紛争激化がある。長年、現地の少数民族トゥアレグを取材してきたジャーナリスト、デコート豊崎アリサさん(53)に現状を聞いた。(太田理英子)

◆国際機関の支援なし、気温50度近い砂漠で
フランス人と日本人の両親を持つデコートさんは、1997年に初めてアフリカ大陸北部のサハラ砂漠を訪れて以来、砂漠を拠点にするトゥアレグのキャラバンのドキュメンタリー撮影や取材活動をしてきた。「今、民族浄化の危機が迫っている」と訴える。

今年7月には国境近くに点在する難民キャンプを取材。木の棒と布で作ったテントの下に人々は身を寄せていた。昨年10月以降、北部から約12万人が逃げてきたといい、多くはトゥアレグを中心とした少数民族。8割は女性と子どもだ。

国境なき医師団を除き、国際機関の支援は見られない。砂漠地帯で気温は50度近い。「衛生環境が悪く感染病も広がっている」

◆ワグネルの進出で事態がさらに悪化
トゥアレグは、マリやニジェールをまたぐサハラ砂漠の遊牧民だったが、1950~60年代にマリや周辺国が独立。マリでは政府の弾圧に対し、トゥアレグの組織が自治を求め反乱を繰り返した。2012年に独立を宣言したが、混乱に乗じてイスラム過激派組織も勢力を広げ、紛争の様相は複雑化した。

事態がさらに悪化したのは、2021年の軍事政権樹立。駐留仏軍が撤退し、代わってマリ政府に接近したのがロシアだった。ワグネルが進出し、軍事支援や情報工作を展開。2023年にはマリ軍とワグネルが「反テロ対策」としてトゥアレグの組織の拠点地域に侵攻。交戦が続き、トゥアレグや別の少数民族プルの人々も隣国に逃れたという。

◆ロシアがアフリカに近づく狙いは
ワグネルは2017年ごろからアフリカ諸国で現地政府への軍事協力、選挙介入や鉱物採掘などの活動を展開したが、2023年に実質解体された。ロシアの準軍事組織「アフリカ部隊」などに吸収され、従来の活動はロシア政府主導で強化。現在マリ軍と活動しているのもアフリカ部隊とみられる。

ロシアがウクライナ侵攻で欧米と対立する中、アフリカに近づく狙いは何か。
日本エネルギー経済研究所中東研究センターの小林周主任研究員は「ワグネルが築いた現地政府との関係や開発利権を生かして収益源にすると同時に、国連や欧米の影響力、存在感を低下させている」とみる。

◆かつてないほど残酷な虐殺が
政府軍とアフリカ部隊による攻撃に加え、過激派組織のテロなど、住民への脅威は増大している。

デコートさんは「かつてないほど残酷な手段で虐殺が起きている」と話す。キャンプにいた50代女性は、親族が切り刻まれたほか、生きた状態で井戸に投げ込まれた人もいたと証言。「マリ軍などは国境付近に集中し、逃げることさえ危険」と語ったという。

現地に入る報道機関はなく、デコートさんは国際社会に現状が伝わらないことに危機感を募らせる。「ウクライナやパレスチナ自治区ガザと同じことが起きている。マリの実態を知ってもらい、無差別な虐殺を許さない世論を広げたい」【8月25日 東京】
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少数民族の独立運動、イスラム過激派の活発化、軍事クーデター、ロシアの介入、更にウクライナも関与・・・しかし。国際社会からの支援は少なく、悪化する状況の中で住民が犠牲に・・・。
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パキスタン  以前より激減したものの頻発するテロ バルチスタン解放軍の多発的攻撃で死者39人

2024-08-26 23:13:58 | 南アジア(インド)

(パキスタンのテロ発生件数出所:パキスタン平和研究所 【2023年4月18日 JETRO】)

【ひと頃に比べたらテロ激減・・・とは言うものの、未だに頻発】
このブログを開始したのは2006年ですが、その頃パキスタンは「テロ地獄」と形容されていたように、テロの頻発国でした。その後政府・軍部とも国内イスラム過激派を一掃する取り組みが進み、治安は大幅に改善されたようです。

****初めてのパキスタン出張に向けた安全対策****
テロの脅威や窃盗・強盗に要注意

パキスタンの治安情勢を俯瞰(ふかん)する上で特筆すべきは、テロ発生件数(注)が近年大幅に減少している点だろう。

ピーク時の2009年には同国全土でテロ件数は3,816件に上り、死者・負傷者数は2万5,000人を超えた。2013年に始まった政府の過激派組織への掃討作戦が功を奏し、テロ発生件数はその後、減少を続け、2022年には262件にまで縮小したが、後述するTTPによる停戦合意破棄によりテロの脅威が高まっている点には注意が必要だ(冒頭グラフ)。

テロ発生件数はピーク時から9割減
2022年のテロ発生件数を州・地域別にみると、北西部のハイバル・パフトゥンハー(KP)州が169件と、65%を占めている。日本人ビジネスパーソンが渡航する可能性があるカラチ(6件)、パンジャブ州(3件)、首都イスラマバード(2件)は非常に少ない。(中略)

TTPが政府との停戦合意を破棄、テロが増加
パキスタン北西部を拠点とする過激派組織パキスタン・タリバン運動(TTP)は2022年11月、政府との停戦合意を破棄し、テロ攻撃の開始を宣言した。その結果、国内のテロ件数は上昇に転じている。

12月には治安が厳しく維持されているイスラマバードで自爆テロがあった。2023年2月にはカラチ中心部で警察署を襲う事件が発生した。

TTPによる攻撃はアフガニスタンと国境を接する北西部KP州に集中しているとはいえ、カラチ中心部でテロが発生したことで、日本人駐在員コミュニティーもテロリスクへの認識を新たにしている。TTPは法執行機関(軍や警察)を標的にすることを宣言しているため、警察署などへは近づかないことが重要だ。(後略)【2023年4月18日
 JETRO】
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かつてに比べると激減したとは言え、未だにテロが頻発しています。そもそも、ピーク時の年間3,816件というのが異常。1日10件以上。 10分の1以下に減っても連日に近い状況です。

【南西部バルチスタン州で分離独立運動を行うバルチスタン解放軍(BLA) 3か所で攻撃、死者39人】
その主体は上記記事にある北西部KP州を中心に活動するイスラム過激派組織パキスタン・タリバン運動(TTP)、そしてもうひとつが南西部バルチスタン州で分離独立運動を行うバルチスタン解放軍(BLA)です。

****武装集団がバスなどから乗客降ろし銃撃 少なくとも23人殺害…パキスタン当局****
パキスタン南西部で、武装集団がバスやトラックなどから乗客を降ろして銃撃し、現地当局は26日、少なくとも23人が殺害されたと発表しました。地元メディアなどによりますと、銃撃があったのはパキスタン南西部バルチスタン州の高速道路です。

現地当局は26日、武装集団がバスやトラックなどから乗客を降ろして身分証を確認したあと銃撃し、少なくとも23人が殺害されたと発表しました。 犠牲者のほとんどが、中部パンジャブ州の出身とみられています。

武装集団は車両10台に火をつけたうえで、現場から逃走しました。

この襲撃は、パキスタンからの分離独立を目指す武装勢力「バルチスタン解放軍」が、高速道路に近づかないよう警告してから数時間後に起きたということですが、これまでのところ犯行声明は出されていません。

バルチスタン州ではこれまでにも、分離独立を目指す武装勢力がパンジャブ州出身者を排除しようと襲撃する事件が度々起きています。【8月26日 日テレNEWS】
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上記事件に合わせて、バルチスタン州の別の場所では警察が襲われています。

****パキスタンの銃撃戦で死者計33人に****
パキスタンメディアによると、南西部バルチスタン州で25日夜に武装集団が絡む銃撃戦があり、治安部隊と市民ら10人が死亡した。バス乗客らの殺害と合わせて死者は計33人となった。【8月26日 共同】
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更に、同州中部ボランでは鉄道橋が爆破され、6人の遺体が見つかった報じられていますので、死者合計は39人に。

【BLA 中国人を標的とするほか、国境を接するイランとの紛争原因にも】
バルチスタン解放軍(BLA)はパキスタン軍を支配するパンジャブ人の他、バルチスタン州で「一帯一路」事業を展開する中国人をしばしば標的にした攻撃を行っています。

****中国人を何度も襲撃している「バルチスタン解放軍」とはどんな組織か―独メディア****
2023年9月3日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、パキスタンでしばしば中国人を襲撃している「バルチスタン解放軍」について紹介する記事を掲載した。

記事は、パキスタン・バルチスタン州にあるグワダル港で8月13日、23人の技術者を乗せた中国企業の車列が襲撃されたと紹介。中国人の死傷者は出なかったが、中国はパキンスタに対し、襲撃事件の徹底究明と犯人への厳罰、現実的かつ効果的な対策を講じることによる再発防止を要求したと伝えた。

その上で、襲撃事件を起こしたとみられるバルチスタン解放軍(BLA)について、2004年に設立され、パキスタンの治安部隊やバルチスタン地域に住むバロチ人以外の人々、特にパキスタン軍を支配するパンジャブ人を攻撃していると説明。

10年には組織内に自爆テロ部隊「マジード殉教者旅団」が結成され、11年12月にバルチスタン州都クエッタで、パキスタンのシャフィク・メンガル元内務相を標的とした自動車自爆攻撃を仕掛けたとした。

また、18年8月にはダルバンディンで中国人技術者を乗せたバスに自爆攻撃を行い、19年5月には中国企業が建設したグワダル港のホテルを、20年6月にはパキスタン証券取引所をそれぞれ襲撃したほか、昨年4月には現地の孔子学院職員が乗ったバスを襲撃して中国人3人とパキスタン人運転手1人が死亡したと伝えた。

記事は、一部のアナリストからはBLAが米国とインドの「反中国家」の支援を受けているとの見方が出ているほか、バルチスタン州の政治家からは「中国の投資は地元住民に利益をもたらしていない。中国は何十億ドルもの投資を自慢しているが、グワダルはいまだに深刻な水不足に悩まされている。バルチスタンはパキスタンで最も子どもの死亡率が高く、インフラはボロボロで、保健と教育が優先されていない」といった声が出ていると指摘。

ブット元首相の顧問を務めたグワダルの政治家アブドゥル・ラヒム・ザファル氏が「中国の投資はかえって住民の苦しみを悪化させている。中国人の安全を確保するために、当局は地元住民の移動の自由を制限している」と語ったことを紹介した。

一方で、BLAによる襲撃や脅威、そして現地住民の不満があるからといって、中国がパキスタンでのプロジェクトを停止することはないと多くの人が考えていると紹介。

ある安全保障専門家が「中国人はこうした攻撃に対して心の準備をしている。彼らはリスクの存在を知っている。損失を被ったとしても、中国・パキスタン経済回廊でのプロジェクトを諦めることはないだろう」との見解を示したと伝えた。【2023年9月5日 レコードチャイナ】
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バルチスタン解放軍は中国が地元の資源を搾取し続けており、それを停止しない限り攻撃を続けると警告しています。

BLA以外にも中国人を標的にしたテロを行う組織があります。

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(BLA以外の)他の地元武装勢力も中国権益を狙ったテロを繰り返している。

2021年7月、北西部のカイバル・パクトゥンクワ州で中国人技術者ら30人以上が乗るバスに爆発物を積んだ車両が突っ込み、少なくとも中国人9人を含む13人が死亡した。事件後、パキスタン政府はイスラム過激派「パキスタン・タリバン運動(TTP)」の戦闘員が爆発物を積んだ車両でバスに突っ込んだと発表した。

また、同年4月には、バルチスタン州の州都クエッタにあるセレナホテルで爆発物を用いたテロ事件があり、4人が死亡、11人が負傷したが、事件後にTTPが犯行声明を出した。当時このホテルには在パキスタン中国大使が宿泊していたとみられるが、事件当時大使はセレナホテルに滞在しておらず無事だった。

水力発電ダム建設現場で働く中国人技師5人が狙われた 2024年3月最近でも今年3月、パキスタン北部の山岳地帯で中国人技術者らが乗る12台の車列が襲撃を受け、中国人5人を含む6人が死亡し、4月にも中国企業が建設や運営を担うグワダル港を武装集団が襲撃する事件が起こっている。【4月22日 FNNプライムオンライン】
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今年4月にはカラチで日本人5人が乗った車が攻撃を受けましたが、中国人と間違われたのでは・・・との見方もあります。

****パキスタンで日本人5人が乗った車両に自爆テロか、警察が襲撃犯射殺…ロイター****
在カラチ日本総領事館によると、パキスタン南部カラチで19日午前7時(日本時間午前11時)頃、日本人男性5人が乗った車両が襲撃された。1人がガラスの破片で足に軽傷を負い、病院で手当てを受けた。残りは無事だという。

5人はカラチに拠点を置く日系企業の駐在員で、車列を組んで通勤途中だった。近付いてきた武装勢力の戦闘員が持っていた爆弾が爆発した後、銃撃戦になった。警備員など数人が負傷した模様だ。

ロイター通信によると、地元警察は自爆テロとの見方を示し、襲撃犯を射殺した。犯行声明はまだ出ていない。

パキスタンでは3月、北西部カイバル・パクトゥンクア州で爆発物を積んだ車が中国人らの乗る別の車に突っ込み、中国人技師5人を含む計6人が死亡した。【4月19日 読売】
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中国人を標的にすることが多いBLAは、中国との関係で問題となりますが、バルチスタン州はイランとも接しており、イラン・パキスタン関係にも影響しています。

****パキスタンがイラン内の武装組織拠点を攻撃、9人死亡…越境攻撃への報復か****
パキスタン外務省と軍は18日、イラン南東部のシスタン・バルチスタン州にある武装組織の拠点を無人機やロケット弾で攻撃したと発表した。イラン国営テレビによると、攻撃で女性と子供を含む9人が死亡した。イランによる16日の越境攻撃への報復とみられる。

パキスタン軍によると、18日未明にパキスタンからの分離独立を狙う武装組織「バルチスタン解放軍」などの拠点を攻撃した。パキスタン外務省は攻撃で「テロリスト数人」を殺害したと発表した。イラン国営テレビは、州副知事の話として、パキスタン国境近くの村で数回の爆発音が聞こえたと報じた。

イラン外務省は18日、パキスタンの駐イラン臨時代理大使を呼び、強く抗議した。

パキスタンとイランは長年、国境地帯で武装集団をかくまっていると互いに非難している。

イランは16日、国内でテロを繰り返す反政府組織の拠点があるとして、パキスタン南西部バルチスタン州をミサイルと無人機で攻撃した。パキスタン側は子供を含む5人が死傷したと発表した。

17日に両国外相が電話で会談した際、パキスタン側は「挑発的行為へ応酬する権利を留保している」と述べ、報復の可能性を示唆していた。相次ぐ越境攻撃により、地域情勢の緊迫化が懸念されている。【1月18日 読売】
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【2月に行われた総選挙もテロ標的に】
パキスタン国内的には、2月に行われた総選挙もテロの標的とされました。

****パキスタンで総選挙前日に爆発、少なくとも28人死亡*****
パキスタン南西部バルチスタン州で(2月)7日、2件の爆発があり、少なくとも28人が死亡し、多数が負傷した。当局が発表した。同国は8日に総選挙を控えている。

最初の爆発があったのは、バルチスタン州ケッタ市の北部ピシン地区で、16人が殺された。
続いてキラ・サイフラー地区でも爆発があり、12人が死亡した。

いずれも、武装組織「イスラム国(IS)」が犯行声明を出した。どちらの爆発でも、オートバイに爆発物を仕掛けたと主張している。 パキスタンでは総選挙に関連し、暴力事件や不正の報告が相次いでいる。(中略)

パキスタン最大のバロチスタン州は資源が豊富な一方、同国で最も貧しいとされる。暴力事件が絶えず、数十年にわたってさまざまな組織が自治権拡大を求めて闘争を続けている。中には武装したグループもある。アフガニスタンとの国境では、「パキスタンのタリバン運動」(TTP)を含むイスラム主義の武装組織が活動している。(中略)

バルチスタン州にたまる不満
8日の総選挙を前に、バルチスタン州とカイバル・パクトゥンクワ州では暴力事件が相次いでおり、今回の事件も予想外の出来事ではなかった。

バルチスタン州で活動する武装組織「バルチスタン解放軍」(BLA)は1月中頃、選挙訓練事務所の爆発事件について犯行声明を発表。人々に選挙をボイコットするよう呼びかけていた。その直後、政党事務所への手りゅう弾攻撃が、州内の各都市で報告された。

バルチスタン州の有権者の多くは、同州の議席数の少なさから、国内の政党から見放されていると感じている。バルチスタンとのつながりがほとんどない候補者を押し付けられていると感じることも多いという。

また、投票が不公平という指摘もある。BBCウルドゥ語は先月、ターバトの街で多くの人から、「これは選別だ」という声を聞いた。

バルチスタン州政府は、8日の投票は予定通り行うと発表している。【2月8日 BBC】
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北西部のハイバル・パフトゥンハー(KP)州ではパキスタン・タリバン運動(TTP)が、南西部バルチスタン州ではバルチスタン解放軍(BLA)が活動している、首都イスラマバードや最大都市カラチでも・・・となると、要するにパキスタン全土でいつどこでテロが起きてもおかしくないということです。以前に比べると随分少なくはなりましたが。
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中国  止まらない人口減少・婚姻数減少 当局は離婚申請厳格化も 背景に若者の就労環境の悪化

2024-08-25 22:11:45 | 中国

(婚姻数は10年で半分ほどにまで減少【5月22日 テレ朝news】)

【婚姻数 23年は一時的要因で増加したものの、24年上半期は再び減少 ここ10年で半減】
周知のように、中国国家統計局は2023年1月、人口がここ数十年で初の減少に転じたことを明らかにしました。今年1月に発表した23年の人口も前年を約200万人下回っっています。

中国政府は長年続けてきた人口抑制策の一人っ子政策から、人口増加政策に政策を逆回転させ、人口減少を反転させようとしていますが、いまのところ目立った効果は出ていません。

出生数の基礎となる婚姻数は長期的に減少していましたが、厳格な行動制限を伴う「ゼロコロナ」政策終了の影響や、辰(たつ)年の24年に子どもを産むと縁起がいいという風習などで、23年の婚姻数は10年ぶりに増加しました。しかし、それも一時的な現象で、24年上半期は再び減少傾向に戻っています。

****中国の婚姻数、再び減少 前年比49万組減 最少更新の可能性*****
中国の婚姻数が再び減少に転じている。2024年上半期の中国の婚姻数が343万組となり、前年同期比49・8万組減少したことが民政省の発表で明らかになった。

23年の婚姻数は厳格な行動制限を伴う「ゼロコロナ」政策終了の影響などで10年ぶりに増加したが、一時的なものにとどまった模様だ。中国内の専門家は今年の婚姻数について1980年以降最少を更新する可能性があると指摘している。

中国の婚姻数は、13年の1346万組をピークに減少し、22年には683万組とほぼ半減していた。今年は「ゼロコロナ」政策下の22年上半期と比べても30・2万組減っており、中国の非婚化の進行が鮮明になっている。

背景として指摘されるのが、価値観の多様化のほか、高騰する教育費など子育てコスト、国内経済の低迷に伴う若者の就労環境の悪化などだ。SNS(ネット交流サービス)には「金もなく家もなく仕事もない。自分が生きるだけで精いっぱい」「この社会で誰が結婚する勇気があるというのだ」といった声が相次いでいる。

中国の地方政府も育児休暇の延長や結婚奨励金などさまざまな支援策を打ち出しているが、非婚化や少子化に歯止めがかかっていない。【8月9日 毎日】
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そうした非婚化の流れのなかで、女性側は「強気」のようです。

****結納金高騰で“結婚離れ”すすみ10年で半減…「家と車と1000万」と話す女性も 中国****
人口が減少に転じた中国で、結婚する人の数はこの10年で半分にまで減っています。そこには意外な理由がありました。

■結納金が高騰 平均400万円に…4億円のケースも
(中略)
結納金が高騰
きれいに並べられたたくさんの札束。結婚前に新郎が新婦側に贈るいわゆる結納金です。今、中国では、この結納金が高騰しているといいます。

独身女性  「(Q.あなたを妻にしたい場合はいくらかかりますか?)家一軒、車一台、それに加えて50万元(約1000万円)の結納金ですね」
 
4億円の結納金も
江西省では、10年前は100万円〜150万円程度だった結納金が、今は平均400万円にまで値上がりしています。去年は、富裕層の男性が4億円の結納金を用意したこともあったそうです。

■女性の意識の変化も…「キャリアや将来を犠牲」
結納金だけでなく、住宅や車も新郎が用意するのが一般的だといいます。こうした状況に男性側からは、次のような声が聞かれました。

独身男性  「女性は男性と同じくらい収入を得ています。なのに、なぜ男性だけが苦労して働いて、お金を稼いで家や車を買わないといけないんですか?不公平じゃないの?」

結婚の減少は少子化に直結するため、今年2月、中国の最高裁は高額な結納金を制限する法律を打ち出しました。
しかし、結婚減少の原因は、高騰する結納金だけではなく、女性の意識の変化にもあるようです。

中国人インフルエンサー 「女性は結婚のために自分のキャリアや将来を犠牲にすることは望んでいません。今の人にとって、結婚はもう高いリターンのある投資じゃなくなっています」(「グッド!モーニング」2024年5月22日放送分より)【5月22日 テレ朝news】
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【当局は離婚申請厳格化を検討 巷では女性向け「離婚指南」氾濫】
当局は結婚を増やすべく、婚姻届出を簡素化する一方で離婚申請を厳格化するという法案も検討しているようですが、ネット上で批判を浴びています。

****中国、婚姻届提出簡素化へ法案 離婚は困難に****
夫婦の婚姻届出を簡素化する一方で離婚申請を厳格化する中国の改正法案がインターネット上で批判を浴び、15日に最も注目を集めたトピックとなった。 この草案は今週、中国民生省が公表。9月11日まで一般の意見を募っている。

中国では人口が2年連続で減少しており、当局は若者の結婚と出産の奨励に苦戦している。 法案では、結婚に関して夫婦の戸籍所在地での対応を義務付けていたこれまでの法律の地域的な制限を撤廃する。

離婚には30日間の冷却期間が設けられ、どちらかの当事者が離婚を望まない場合は申請を取り下げて手続きを終了することが可能になる。

中国の短文投稿サイト、微博(ウェイボ)では「愚かなルールだ」という書き込みがあり、数万件の「いいね」を集めた。

西安交通大学・人口発展研究所の教授は、この規制は「結婚と家族の重要性」を促進し、衝動的な離婚を減らし、社会の安定を維持して当事者の合法的な権利保護を強化することを目的としていると、中国共産党系メディアの環球時報に語った。【8月15日 ロイター】
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離婚を減らそうと画策する当局ですが、一方で巷では・・・

****中国で女性向け「離婚指南」氾濫 スマホの訴訟手引きも****
中国で離婚を考える女性を後押しする風潮が広がる。交流サイト(SNS)には離婚体験を語る動画や文章が氾濫。スマートフォンを利用した訴訟向けの証拠集め、離婚後の過ごし方といった“マニュアル”も充実している。経済や精神的に自立した生き方を選ぶ女性が増えていることが背景にありそうだ。

「家庭内暴力で離婚。その後、未経験から年商1億元(約20億円)を達成」。女性向けの服をオンライン販売する広東省深センの女性経営者は、離婚を乗り越え成功をつかんだ境遇を売りにした。

中国のインターネット上には離婚女性に共感する意見も多い。離婚証明書をSNSに投稿するなどして知名度を高め、ビジネスにつなげる事例も少なくない。

上海市で飲食店を経営する女性(39)は2018年、動画投稿アプリで浮気した夫と別れる方法を検索。離婚には証拠が必要だと知り、夫のスマホを調べ、上海ディズニーランドを訪れた履歴や2人分の宿泊、食事の決済画面を撮影。夫に突き付け離婚を決断させた。【8月24日 共同】
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離婚申請を厳格化というのもかなり際どい対策ですが、もっと出生数増加に直接的に効果があるものの、禁じ手に近いのが「中絶禁止」。

****低すぎる出生率で迷走...中国政府は「中絶禁止」に向かうのか****
(中略)
「女が家庭を守る」伝統に回帰
中国はまた、習近平(シー・チンピン)国家主席が言う「新時代の結婚・出産文化」を育成するため、「若い女性が家庭に戻り、フルタイムで出産・育児と年長者の世話をするよう奨励している」と、グリーンハル(ハーバード大学教授)は言う。「(今の中国は)女性が家庭を管理し、男性が稼ぐ伝統的な国家にかなり近いものをつくろうとしている」

中国政府は既に「医学的に必要ではない」中絶を制限する政策を導入し、男女の産み分けを防ぐ目的で胎児の性別判明後の中絶も制限していると、グリーンハルは指摘する。

中国では1950年代から中絶規制が緩和された。1人っ子政策が続いていた数十年間は、地方当局が「違法な」妊娠の中絶を女性に強要していた。

中国政府は中絶禁止まで踏み込むだろうかと王(カリフォルニア大学教授)に質問すると、「ほとんど想像できない」という答えが返ってきた。「今の中国は高学歴社会でもある。若者たち、特に若い女性は自分たちの権利に敏感だ。人々の意思に反するやり方は政治的な自殺行為になる」

中国が検討していない政策の1つは、移民の増加による生産年齢人口の確保だ。「日本や韓国も歴史的に移民受け入れが非常に少なく、それが全人口と生産年齢人口の減少を加速させた要因の1つになった」と、アジアの高齢化問題に詳しいニューサウスウェールズ大学シドニー・ビジネススクール(オーストラリア)のフィリップ・オキーフ教授は本誌に語った。

「たとえ中国が移民の拡大に意欲を示し、外国から中国に移住する意思と能力を持つ労働者がいたとしても、中国の労働力の絶対的な規模を考えれば、移民の受け入れによって状況を変えるのは難しいだろう」

さらにオキーフはこう言葉を続けた。「中国にとってもっと現実的な当面の目標は、合計特殊出生率が0.72の韓国や0.97のシンガポールのような近隣諸国のレベルまで落ち込まないように、現在進行中の出生率低下に歯止めをかけ、安定させることかもしれない」【4月22日 Newsweek】
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【思い通りの仕事に就けない若者を指す「爛尾娃」という呼称が流行語に】
もちろん、出生数・婚姻数が増えない背景には、価値観の多様化、高騰する教育費など子育てコストといった理由に加えて、若者の生活苦があります。景気の悪化が取り沙汰される中国経済にあって、特に若者の失業率が高いことが問題視されています。「金もなく家もなく仕事もない。自分が生きるだけで精いっぱい」という状況では結婚・出産も困難です。

****中国大卒者に空前の就職氷河期、妥協やニート生活も****
中国では失業者の増大に伴って、数百万人の大学新卒者が空前の就職氷河期に直面している。ある人は低賃金の仕事を受け入れざるを得なくなり、両親の年金を当てにした「ニート生活」をする若者も出てきた。

2021年以降、中国経済を悩ませているのは不動産セクターに積み上がった膨大な未完成の建設物件、いわゆる「爛尾楼」だ。今年になってソーシャルメディアでは、この言葉にならって思い通りの仕事に就けない若者を指す「爛尾娃」という呼称が流行語になっている。

今年、仕事を探している過去最多の大卒者が参入した労働市場は、新型コロナウイルスのパンデミックに起因する混乱や、金融とハイテク、教育分野に対する政府当局の締め付けによってすっかり活気を失ってしまった。

約1億人に上る16─24歳の若者の失業率が初めて20%を超えたのは昨年4月のことで、同6月には過去最悪の21.3%に上昇。すると当局は突然、統計算出方法を見直すためとして公表を停止した。

それから1年を経て、再集計されたこの失業率は7月に17.1%と今年最悪に跳ね上がり、夏場には新たに1179万人が大学を卒業した。

習近平国家主席は、若者の仕事を見つけ出すことが最優先課題だと繰り返し強調。政府も就職フェア開催や採用拡大する企業への支援など若者の就職につながる措置を打ち出している。

それでもミシガン大学のユン・チョウ助教は「かつての大卒者に約束されていたより良い仕事、社会的地位上昇、生活水準の向上見通しはいずれも、今の多くの大卒者にとって、ますます手が届かなくなっている」と指摘した。

仕事にあぶれた若者の中には、故郷に帰って働かずに両親の年金や貯蓄で暮らす完全な扶養家族に戻る人々もいる。

修士号を持っていても逆風を免れるわけではない。 非常に激しい競争を勝ち抜いて中国の高等教育課程を登り詰めた先に、爛尾娃たちが見ているのは、低迷する経済状況にあって自分たちの資格は仕事の確保につながらないという現実だ。

彼らの選択肢は限られ、高給の仕事探しで希望条件を引き下げるか、食べていくために何でも良いから就職するかを迫られる。時には犯罪にまで手を染めてしまう。

昨年、高い教育水準を誇る中国外交学院で修士号を得たゼフィア・カオさん(27)は、地元の河北省に戻り、就職活動を取りやめた。期待ほどの賃金が手に入れられないと分かり、自らの学歴の価値に疑問を感じたからだ。

カオさんは「3─4年前に大学を卒業した後働いていても、私の給与は恐らく現在の修士号でもらえるのと同じだろう」と語り、数年後に事態が改善することを願って博士号取得を検討している。

中国河北医科大学を最近卒業したアマダ・チェンさんは先週、たった1カ月間働いただけで、ある国有企業のセールスの仕事をやめた。試用期間開始からの15日で、1日12時間も勤務させられながら、1日当たりわずか60元(8.40ドル、約1200円)しか支払われず「1週間ずっと泣いて暮らした」という。

チェンさんは自分の技能を生かすために品質検査か研究がしたかったが、130件も応募したのにオファーがあったのはほとんどがセールスか電子商取引関係の仕事だった。 彼女はキャリアパスを全面的に見直し、モデル業への転身も考えている。

<専攻分野の重複も>
大卒者の就職難は目新しい現象というわけではない。 1999年に中国政府は、高等教育を受けた労働力を拡充して経済成長を加速させる狙いから大学生の定員数を劇的に増やした。

結果的に大卒者が求人数を上回り、2007年には当局が就職事情について懸念を表明。その後この問題はやや和らいだとはいえ、毎年大量の大卒者が市場に参入することで完全に解消されることはなかった。

大卒者の専攻分野と市場のニーズの関係でも先行きは不透明だ。

今年北京郵電大学の3年生を終えたショウ・チェンさんは人工知能(AI)が専門だが、十数件応募してもまだインターンシップ先が見つかっておらず、就職について悲観的なままだ。「この先もっと悪くなるかもしれない。結局(この分野に)入ってくる人がどんどん多くなっている」と語った。

中国政府系の学術論文によると、大学・専門学校の卒業者数は今年から2037年まで労働需要を上回り、その後は出生率低下の影響で供給超過幅が急速に縮小する見通し。大学新卒者数は34年に1800万人程度でピークを迎える公算が大きいという。【8月25日 ロイター】
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ニート生活ができる、大学院に残る選択ができるというのは、それを支えられる親世代の生活がひと昔前に比べると豊かになっている・・・ということでもあるでしょう。
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バングラデシュ  ユヌス氏率いる暫定政権は真の民主国家の実現への道を切り開けるか?

2024-08-24 23:00:55 | 南アジア(インド)

(バングラデシュ暫定政権の首席顧問、ムハマド・ユヌス氏。首都ダッカで(2024年8月13日撮影)【8月19日 AFP】)

【長期政権ハシナ首相のあっけない退場劇】
バングラデシュでは、8月6日ブログ“バングラデシュ ハシナ首相辞任、国外へ 軍主導で暫定政権発足 最高顧問にユヌス氏”でも取り上げたように、公務員採用特別枠への不満からの若者らの抗議が政権打倒運動に拡大し、ハシナ前首相がインドに脱出、マイクロファイナンス・グラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者のユヌス氏を最高顧問とする暫定政権が発足しています。

ハシナ前首相国外脱出の最後はあっけない形でしたが、やはり最後で軍がハシナ首相を見放した形だったようです。

****長期政権ハシナ前首相のあっけない退場劇  墜ちた「鉄の女」、バングラデシュ強権首相の罪と罰(1)****
ハシナ氏は辞任手続きの後、身の安全を確保するため隣国インドへと脱出した
まるで録画映像を見ているかのようだった。 絶対的な最高権力者が辞意を残して国外へ逃げ出す。主(あるじ)のいなくなった公邸に群衆がなだれ込み、「市民革命」の勝利に歓喜する――。

2022年7月にスリランカのラジャパクサ大統領(当時)が失脚した時と同じ光景が、2年後の8月5日、隣国のバングラデシュで繰り返された。現役の女性宰相では世界最長となる連続15年の在任期間を誇っていたハシナ首相の、あっけない退場劇だった。(中略)

8月4日午後6時、先鋭化する反政府デモを抑え込むため、ハシナ氏は全土に無期限の外出禁止を発令した。その夜、国軍トップのザマン陸軍参謀長は将校たちをオンライン会議に招集した。外出禁止を無視して街頭に繰り出す市民がいても発砲しないよう命じたうえで、首相に電話して「兵士は都市封鎖を実行できません」と伝えた。

5日朝、ハシナ氏は首都ダッカで厳戒態勢の首相公邸に立てこもっていた。デモの武力鎮圧にあたってきた警察幹部が「もはや統制は不可能です」と事態の深刻さを訴えた。政府高官は首相辞任を勧めたものの、ハシナ氏は頑として受け入れなかった。

思いあまった高官は妹のシェイク・レハナ氏に説得を頼んだが、ハシナ氏は首を縦に振らない。米国在住の実業家で政府顧問でもあるハシナ氏の息子、サジーブ・ワゼド氏が電話で再度説得を試みると、ようやく辞任に同意した。身の安全を確保するため、国外脱出に向けて急きょ、インド政府に一時的な入国許可を申請した。

ハシナ氏は国民向けに演説を録音したいと望んだが「そんな時間はありません。あと45分で群衆が押し寄せてきます」と拒まれ、レハナ氏と共に公邸近くの旧空港で軍用ヘリに乗り込んだ。シャハブッディン大統領の公邸に降り立って辞任の手続きをし、午後2時半ごろ、インドへ向けて飛び去った。午後4時すぎ、テレビ演説したザマン参謀長が首相辞任を明かし、野党らの協力を得て暫定政権を樹立すると表明した。【8月20日 日経】
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【強権に走ったハシナ前首相】
独立の英雄、建国の父であるムジブル・ラーマン初代大統領の娘でもあるハシナ前首相。政変の直接のきっかけは公務員採用特別枠の問題ですが、背景にはハシナ前首相が強権支配の性格を強めていたことがあります。

****民主化の先導役だったはずのハシナ前首相は、なぜ強権に走ったのか  墜ちた「鉄の女」、バングラデシュ強権首相の罪と罰(2)*****

最後の最後まで権力の座に固執した独裁者の半生は、波乱に満ちている。

シェイク・ハシナ氏は1947年、東パキスタン州の南西部に生まれた。71年の独立の英雄だった父ムジブル・ラーマン初代大統領が75年の軍事クーデターで暗殺され、母や当時10歳の弟を含む家族6人も巻き添えで失う。ハシナ氏はレハナ氏と共に当時の西ドイツに滞在していたため難を逃れ、インドで雌伏の亡命生活を送った。

81年に帰国し、父が創設したアワミ連盟(AL)の総裁に就任した。90年に民主化を勝ち取り、翌91年の総選挙に臨んだものの、カレダ・ジア氏が率いるバングラデシュ民族主義党(BNP)にまさかの敗北を喫する。ジア氏はかつて陸軍参謀長として父の暗殺を首謀し、後に自らも暗殺にたおれたジアウル・ラーマン元大統領の夫人だ。

ハシナ氏は次の96年総選挙で勝って初めて首相の座に就いたものの、しばらくは二大政党が交互に政権を担当する時期が続いた。しかし2009年の総選挙でALが勝利して以来、ハシナ氏は徹底した野党弾圧で権力を固め、長期政権を築き上げてきた。

「鉄の女」が墜(お)ちるきっかけは、独立に起因する公務員採用の特別枠だ。
長く最貧国に甘んじたバングラは、就労機会を広げるため、女性や少数民族、後進県の出身者などに特別枠を割り当てている。そのひとつが1971年の独立戦争の功労者(フリーダム・ファイター)の子供や孫に与える30%枠だ。

同国は縫製業などの労働集約型産業をけん引役に経済成長する半面、高学歴の若者の失業率は高止まりしたまま。功労者枠は不平等だとして、学生たちが撤廃を求めて街頭に繰り出した。

実は6年前にも、約5万人の学生が特別枠改革を求めて街頭デモに訴えたことがある。ハシナ氏は理解を示し、功労者枠の廃止を決めた。ところが今年6月5日、高等裁判所が「廃止は憲法違反」と判断したことで、抗議活動が再燃した。

ボタンの掛け違いがここで生じた。政府は控訴したのに、学生の矛先は司法でなく政府に向かった。違憲判決は政権が圧力をかけた結果、と考えたようだが、ハシナ氏は「学生の背後でBNPなどの野党が糸を引いている」と断じ、治安当局に武力鎮圧を命じた。

事態をさらに悪化させたのが、デモ参加者を「ラザカルの家族」と呼んだことだ。独立戦争の際、パキスタン軍側についた人々を指す、侮蔑的な言葉である。

力と言葉の暴力が、単なる抗議活動を政権打倒の運動へと一変させた。7月21日、最高裁判所が控訴審で特別枠の大幅縮小を命じたものの、後の祭りだった。

治安部隊とデモ隊の衝突で双方に多数の死傷者が出て、事態はさらにエスカレートした。国連が今月16日に公表した報告書によれば、7月中旬以降の一連の学生デモや政権崩壊後の混乱による死者数は約650人に達するという。(中略)

それにしても民主化の先導役だったはずの彼女は、なぜ強権に走ったのか。
「96年に最初に首相に就いた当初は、強権政治家の印象はなかった」と日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の村山真弓理事は振り返る。専横が目立つようになるのは、政情混乱下での2年間の暫定政権期を経て、再登板した2009年以降という。

憲法を改正し、野党時代には自らが実施を要求していた選挙管理内閣制度を廃止した。自由で公正な選挙を担保する制度がなくなったことで、政権交代が途絶え、強権化に歯止めがきかなくなった。

ジア氏を汚職で有罪に持ち込み、BNPを弱体化させたが、強権を振るったのは野党弾圧だけではなかった。父の神格化を熱心に進め、批判を許さない雰囲気を醸成した。メディアと並んで言論弾圧の主な舞台としたのは大学だ。ALの学生組織が幅を利かせ、批判すれば学生寮に入れないといった嫌がらせが日常茶飯に起きた。功労者枠を巡る抗議は、その恩恵を最も受けるAL支持派の学生への反発が根底にあった。

自身の主張に異を唱えるような側近も次々と排斥した。父の大統領時代に秘書官だった経済顧問のマシウル・ラーマン氏、同じく外交顧問のガシウール・リズビ氏といった古参幹部を次第に遠ざけた。インドのヒンズー紙は「彼女は次第に孤立していき、最後まで近しいアドバイザーであり続けたのは妹のレハナ氏だった」と評した。

「周りをイエスマンで固めたことによって、抗議する学生たちの主張や受け止め方が、首相には正確に伝わらなかったのではないか」と村山氏はみる。【8月20日 日経】
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【暫定政権の最初の課題は治安の回復】
ユヌス氏・暫定政権の最初の課題は治安の回復です。政変劇直後、前与党アワミ連盟(AL)幹部や子供を含むその家族への暴力・殺害、少数派のヒンズー教徒やその寺院などへの襲撃が相次ぎました。

****前与党関係者の殺害相次ぐ=デモ隊暴徒化、少数派に暴力も―バングラデシュ****
バングラデシュで5日のハシナ首相辞任以降、暴徒化したデモ隊がハシナ氏の率いた前与党アワミ連盟(AL)幹部や子供を含むその家族少なくとも29人を殺害した。地元紙ダッカ・トリビューンが7日、伝えた。宗教的少数派に対する暴力も相次ぎ、人権団体などが懸念を示している。

シャハブッディン大統領らは6日、ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス氏を首席顧問とする暫定政権発足を決定。政権の枠組みに関する協議が続く中、国民の反発が強いALをどう処遇するかも焦点となっているもようだ。

ユヌス氏は7日、デモ隊に向け「あらゆる暴力を控えてほしい」とする声明を出した。同氏は一時滞在先の欧州から8日帰国する見込み。

地元報道によると、少数派のヒンズー教徒やその寺院なども相次いで襲撃された。イスラム教が国教の同国でヒンズー教徒はALの支持者と見なされていることが背景にある。首都ダッカにある国際NGOの支部は「宗教的少数派と国の資産を守るため、直ちに措置を講じるよう当局に求める」との声明を出した。

ヒンズー教徒が多数派の隣国インドのジャイシャンカル外相は6日、議会の演説で「少数派に関する状況を注視している」と述べた。

AFP通信のまとめでは、反政府デモが激化した7月以降、デモ隊と治安部隊との衝突で450人以上が死亡した。【8月7日 時事】 
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市民からの報復を恐れる警察官が職務を停止して姿を消してしまったことで強盗なども頻発。

****バングラデシュ 首相辞任から1週間…治安悪化懸念****
バングラデシュで、学生らの反政府デモにより首相が辞任してから12日で1週間となりました。現地の日系企業は操業を再開する一方で、治安の悪化が懸念されています。(中略)

JETRO ダッカ事務所・安藤裕二所長
「現地の日本企業は既に活動を再開しています。ただ、政権崩壊後、街中から警察官の姿が消えまして、治安維持という面で非常に心配があります」

現地では、市民からの報復を恐れる警察官が職務を停止し、強盗が頻発しているといいます。

安藤裕二所長 「まず治安の安定を急いでもらうというのが日本企業一同が望んでいることですし、そのあと、行政機能の回復や許認可含めたビジネス活動の通常化というのが次に望まれています」

ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏が率いる暫定政権は11日、警察官に職務に復帰するよう通達を出していて、治安の回復を急いでいます。【8月12日 日テレNEWS】
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その後、治安に関するニュースは目にしていませんので、事態は落ち着いてきたのでしょうか・・・。

【早期の民主的総選挙を実施することが暫定政権の責務ではあるが、かつてのバングラデシュ政治の繰り返しともなる懸念も】
治安が回復すれば、選挙という話にもなります。ユヌス氏も首席顧問に任命された際に「政府への信頼を早く取り戻すことが重要だ」として、新たな選挙の実施を求める声明を発表しています。【8月7日 毎日より】
“ユヌス氏は「数か月以内」に総選挙の実施を目指す考えを示した。”【8月19日 AFP】とも。

しかし、選挙実施時期はバングラデシュ政治の刷新にとって大きな影響があります。
選挙の早期実施は既存野党勢力による政権奪取ともなって、かつてのバングラデシュ政治の繰り返しともなる危険があります。その場合、イスラム主義が強まることも懸念されます。また、政権に復帰した野党が前与党への報復に走ることも想像されます。

これまでの既存政治勢力以外の政治の担い手を育てるためには時間が必要です。

そのあたりの事情もあって、これまでハシナ政権と良好な関係を保ってきたインド・モディ政権も、ユヌス氏とバングラデシュ暫定政権を歓迎し、暫定政権がなるべく長期に続くことを望む姿勢を見せています。

****民主主義と原理主義、岐路に立つバングラデシュ*****
(中略)
BNP(これまで与党ALに対抗してきた民族主義党)かJI(イスラム主義政党のイスラム協会)が与党になったら、バングラデシュは過激な原理主義国家に変貌し、テロが増加する恐れがある──バングラデシュ情勢へのインドメディアの注目度を見れば、そうした考えがインド国民の総意であることは明白だ。

だからこそ、2党の政権掌握を阻止することがインドにとって重要だと考える向きは多い。ならば、ユヌスを支持するのは、その上で最も効果的な方策かもしれない。

BNPとJIは3カ月以内の総選挙実施を求めているが、ユヌスは少なくとも3年間、暫定政権を続けることを主張している。この意見の相違は近い将来、両者の深刻な対立をもたらすかもしれない。

総選挙が3カ月以内に行われた場合、BNPとJIが過半数議席を獲得し、政権を樹立する可能性が高い。有権者のほうも、従来の2大政党であるハシナ政権時代の与党・アワミ連盟とBNP以外の政党を選ぶ覚悟ができていない。

一方、ユヌス率いる暫定政権が民主主義の回復に向けて総選挙実施を急ぐのでなく、法と秩序の回復を優先し、ファシスト体制とも呼ばれた政治制度の改革と不可欠である憲法修正に注力した場合、今回の抗議運動を主導した学生団体などの新たな勢力が団結し、BNPとJIに代わる選択肢となる新政党を結成する余裕が生まれるだろう。

ユヌスが必要な限り長く、暫定政権最高顧問でいられるようにすることが、BNPとJIによる政権の誕生を防ぐ唯一の道だ。【8月21日 NW】
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“ユヌスは少なくとも3年間、暫定政権を続けることを主張している”というのは前出の“「数か月以内」に総選挙の実施を目指す考え”と全く異なりますが、そこらの真偽はわかりません。暫定政権の基本性格からすれば早期の選挙実施ということになります。

****微妙な選挙実施次期  墜ちた「鉄の女」、バングラデシュ強権首相の罪と罰(3)****
(中略)学者や元外交官、元中央銀行総裁、退役軍人、学生代表など16人の顧問団から成る暫定政権は、混乱を収拾したうえで、できるだけ早く民主的な総選挙を実施する任を負う。

もともとバングラの有権者はAL(前与党)とBNP(対抗野党)の二大政党の支持者がそれぞれ3割ずつ、残る4割が他の少数政党か無党派層といわれてきた。

事実上の自宅軟禁を解かれたジア氏が党首のBNPは今後、党勢回復に躍起となるだろう。もし次の総選挙で政権を奪還すれば、またALへの報復に走る「負の連鎖」が再燃する疑念は拭えない。

ダッカ大のライルファー・ヤスミン教授は「国民はこれまで続いてきた二元政治をもはや受け入れない。かといって真の代替案を提示できる第三勢力が短期間で現れることも難しいだろう」と分析する。

「我々は第二の独立を果たした」とユヌス氏は言う。苦難に耐えて勝ち取ったパキスタンからの独立時に立ち返り、国づくりをやり直す決意表明だろう。ハシナ氏の罪と罰を教訓に、軍事独裁でもカリスマ独裁でもない、真の民主国家の実現は今度こそ可能か。

最大の援助国である日本、ハシナ体制に批判的だった米欧のみならず、強権国家と民主国家が混在するグローバルサウスの面々も、世界8位の人口大国の行く末を注視しているはずだ。。【8月20日 日経】
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【ロヒンギャ難民支援を表明するユヌス氏】
ユヌス氏について興味深いのは、首席顧問就任にあたりロヒンギャ難民についてその支援を明確にしていることです。今のバングラデシュ政治にとって中核的課題という訳でもないこの問題に敢えて言及したのは、ユヌス氏個人の強い関心のあらわれでしょうか。

****バングラ・ユヌス氏、ロヒンギャ難民と繊維産業への支援継続を公約****
バングラデシュ暫定政権の首席顧問に就任したムハマド・ユヌス氏は18日、初の主要政策演説を行い、ロヒンギャ難民と繊維産業への支援を継続する意向を示した。

ユヌス氏は、国内に身を寄せている100万人超のロヒンギャ難民について、「政府は引き続き支援する」と述べた。難民の多くは、2017年のミャンマー国軍による大規模弾圧を受け、バングラデシュに逃れてきた。

ユヌス氏は、「ロヒンギャへの人道支援と、安全と尊厳、全ての権利を保障した上での祖国ミャンマーへの最終的な帰還を実現させるためには、国際社会の持続的な努力が必要だ」とも指摘した。

バングラデシュでは約1か月にわたる学生主導の反政府デモの末、政権が転覆。その間、主要産業である繊維産業も大きな打撃を受け、競合国に輸出需要を奪われる形となった。

ユヌス氏は「わが国が中核的な役割を果たしている国際的な衣料供給網を寸断しようとする試みは容認しない」と語った。

バングラデシュは約3500の縫製工場を抱えており、繊維部門は国全体の年間輸出額550億ドル(約8兆円)の約85%を占めている。(後略)【8月19日 AFP】
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ロヒンギャ難民問題の改善が期待はされますが、暫定政権の時間的制約の中ではできることは限られるでしょう。
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