黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

民法改正の論点(2) 破壊される債権者代位権と詐害行為取消権 

2013-04-26 22:18:34 | 民法改正
 ずいぶん久し振りになってしまいましたが,今回は民法改正のお話です。
 民法(債権関係)改正の中間試案については,4月16日からパブリック・コメント手続きが開始されています。意見提出の締切日は6月17日となっていますので,中間試案の全般にわたり意見を提出する方は,今から頑張って意見書を書かないと間に合いません。
 民法改正について,マスコミの報道はおそらく当局の説明を鵜呑みにして,約款規制の導入を最大のポイントであるなどと伝えているものが多いようですが,実際には大した規制が行われる予定はありません。不意打ち条項や不当条項の規制が問題になっているものの,具体的にどのような場合を想定した規定なのかを全く明らかにしておらず,おそらく現時点では具体的にどのようなものが規制の対象になるか誰も考えていないので,実際に運用してみないと実効性があるかどうか分からないという代物です。
 そのような約款規制の当否自体も重要な論点ではあるのですが,個別論点の中で一番頭を抱えるような状況になっているのは,債権者代位権及び詐害行為取消権の部分(中間試案第14及び第15関係)です。法律の専門的な話になるので素人さんには理解できないかも知れませんが,少なくとも法科大学院生や司法試験・予備試験の受験生については,この程度の話に付いて行けないようであれば法曹になる資格はないと考えてください。

1 制度の概要と基本的な問題意識
 はじめに,債権者代位権(現行民法第423条)と詐害行為取消権(現行民法第424条)について,制度の概要をなるべく簡単に,事例方式で説明しておきます。
(1) 債権者代位権
 とある建設業者の従業員だったAさんは,元勤務先のB社に対し300万円の未払賃金債権を有しているが,B社は事実上の経営破綻状態で,B社から直接回収できる見込みはほとんどない。一方,Aさんが工事に関わっていた仕事先のC社は,B社に対する工事代金200万円が未払いとなっている。

 このような場合に,AさんがC社から自己の未払賃金を回収しようとすると,まずB社に対し賃金支払請求の訴えを提起し,確定判決を得てからB社のC社に対する工事代金債権を差し押さえ,C社に対し取立訴訟を提起するという,いわば2段階の訴訟を余儀なくされます。特に債権額が少額である場合,2段階で訴えを提起する費用の負担が債権者に重くのしかかり,債権回収自体を諦めてしまう事例もあり得るわけですが,債権者代位権制度を利用すれば,B社が無資力である場合に限り,AさんがB社をすっ飛ばして直接C社に訴えを提起し,C社から直接賃金債権を回収することができます。
 むろん,従業員の賃金債権だけを想定した規定ではありませんが,実務ではこのような場合の活用例が最も一般的です。

(2) 詐害行為取消権
 Dさんは,知り合いのEさんに2000万円を貸していたが,Eさんは他にも多くの借金を抱えており,多額の借金を支払えずに逃亡生活を送るようになった。一方,DさんがEさんの自宅(時価1500万円相当)を調べてみたところ,自宅はEさんの親戚であるFさんの名義となっており,登記簿を見るとEさんからFさんへの贈与を原因とする所有権移転登記がなされていた。登記の日付等に照らし,Eさんは多額の借金を支払えなくなった後,自宅の差押えを免れるため,ほぼ唯一の資産である自宅をFさんに贈与したことは明らかである。

 このような場合,法的にはEさんのFさんに対する自宅不動産の贈与は,債権者を不当に害する行為(詐害行為)であると評価されます。Eさんの債権者であるDさんは,詐害行為取消権を行使することにより,Fさん名義となっている自宅不動産の登記をEさん名義に戻すことができ,さらにEさんに対する債務名義を取得することにより,当該自宅不動産を強制競売にかけてその代金を取得することができます。
 実際には,上記のほかにも色々なパターンがあり,例えばFさんが贈与を受けた財産が現金や金銭債権の場合には,Dさんは自己に対し直接支払うよう請求することができます。

(3) 学者の問題意識
 このような債権者代位権・詐害行為取消権に対する民法学者の問題意識は,一言で表現すれば「このような制度は怪しからん」というものです。どちらも,明治時代にフランス民法を真似て導入された制度であり,上記の説明からも分かるとおり,実務的には債権回収の制度として機能しているのですが,民法典を作るために明治政府がフランスから招聘したボアソナードという教授は,債権者代位権や詐害行為取消権が個別の債権回収に使われているのは怪しからん,このような制度は責任財産の保全という,いわば債権者全体の利益を確保するために行使されるべきだ,という特殊な問題意識を持っていました(なお,このような考え方をする研究者は,フランス国内でも少数派だったことが分かっています)。
 そして,ボアソナード教授の強い影響を受けて成立した現在の民法では,フランス民法にはなかった「自己の債権を保全するため」「すべての債権者の利益のために」という文言が入れられているのですが,実際には細かい制度の不備など様々な理由により,ボアソナード教授の考えていたような運用は行われず,判例や実務では自己の債権回収のためにこれらの権利を行使するのが当たり前であると認識され,制度本来の趣旨に即して運用すべきであるという学者の批判は無視されるという時代が長く続きました。
 学者の側も,現行規定のままでボアソナード教授の考えていたような運用は不可能であることは概ね理解しており,この問題については半ば諦めムードが漂っていたのですが,今回民法(債権関係)を全面改正するというのであれば,ボアソナード教授の考えていたような「責任財産の保全」という理念が実現されるような規定を整備しようという雰囲気になったようです。
 そこで,学者の組織である検討委員会試案では,債権者代位権及び詐害行為取消権について,現行法の枠組みを大きく変える細かい立法提案がなされるに至り,今回出された中間試案もその強い影響を受けています。このような改正の方向性自体,「100年以上も昔の人の理念を実現するなんて誰得だよ」と黒猫などは強く思うのですが,長年実務家に無視され続けてきた学者たちは意に介しません。
 このブログで再三問題にしてきた法科大学院制度は,いわば実務家に長年無視され続けてきた法律学者たちの「復讐」という側面が強いですが,債権者代位権及び詐害行為取消権の改正も,学者たちによる「復讐」の一環と言えます。というか,それ以外に改正すべき合理的な理由が存在しないような改正事項があちこちに見られるのです。

2 被保全債権と返還債務の相殺禁止
 まず,債権者代位権や詐害行為取消権を,債権者全体のための財産(責任財産)の保全に使われるようにするには,言い換えれば個別の債権回収に使えないようにするにはどうしたらよいか。学者たちは考えました。
 前述の事例で言えば,C社から工事代金200万円を受け取ったAさんは,その工事代金をB社に返還する債務と自己のB社に対する賃金債権を対当額で相殺することにより,事実上受け取ったお金を自己の財産にすることが可能です。学者たちは,この相殺による「事実上の優先弁済」をあれこれと非難し,中間試案ではこのような相殺を認めないことにしました(債権者代位権について第14・3(2),詐害行為取消権について第15・8(4))。
 「責任財産の保全」という考え方からすると,実務的にはAさんに破産管財人のような役割を担わせ,B社に対する債権を持っている他の債権者にも,200万円を債権額に応じて平等に分配するような制度かと勘違いしがちですが,実際にはただ200万円をB社に返せ,というだけです。B社に「返還」された200万円をどう使うかはB社の自由であり,Aさんにとっても他の債権者にとっても,債権者代位権を行使することによるメリットは特にありません。
 このような改正が実現すれば,債権回収の場面における債権者代位権や詐害行為取消権の行使は,多くの場合全く無意味になります。特に詐害行為取消権については,これに代替できるような制度も存在しないため,倒産間際に行われる悪質な資産隠しは,現状よりはるかに容易になります。民事司法による救済の実効性が低下し,司法に対する国民の信頼が失墜することは,ほぼ間違いないでしょう。
 なお,日本法の母体となったフランス民法は現在全面改正が検討されていますが,債権者代位権については「債権者は、その権利行使の効果として、権利を行使しない債務者の財産に戻る金額からの控除によって弁済を受ける」という規定を設けることが検討されており(カタラ草案,テレ草案,司法省草案のいずれも同旨),民法学者のいう「事実上の優先弁済」を正面から肯定するという考え方でまとまっているようです。比較法的に見ても,学者たちの主張は何の根拠もありません。

3 権利を行使できる範囲の拡張
 債権者代位権・詐害行為取消権のいずれについても,現在の判例では権利を行使できる範囲が被保全債権の額に限定されています。前述の例で,B社のC社に対する未払いの工事代金が800万円あったとしても,AさんがC社に債権者代位権を行使できるのは,自己の債権と同額である300万円までです。債権者代位権が債権回収目的で行使される以上,これは当然のことです。
 しかし学者は,債権者代位権と詐害行為取消権を「責任財産の保全」のための制度として再設計するなら,必ずしもこのような判例を維持する必要はないと考えました。そこで,中間試案ではこれらの権利を行使できる範囲は被保全債権の額に限定されず,上記の例で言えばC社に対し,800万円の全額を引き渡すよう請求できるものとされています(債権者代位権について第14・2,詐害行為取消権について第15・7)。
 学者的な発想では,どちらにせよAさんは受け取った金額をすべて返還しなければならないから,行使範囲の拡張を認めても差し支えないということになるのでしょうが,実際のAさんが悪い人だった場合,受け取った800万円をB社に返すことなく自分で使い果たしたり,あるいはお金を持ち逃げしてしまうかも知れません。もちろん,刑法上は業務上横領罪が成立し,民法上も不当利得返還請求が可能ということになりますが,使い果たしてしまったお金は戻ってきませんし,犯人が行方不明になってしまったら対処のしようがありません。
 債権者代位権や詐害行為取消権の行使については,特に資格要件などは存在せず,極論すれば暴力団関係者であっても,「債権者」であれば誰でもこれらの請求権を行使することができます。裁判所の監督もありません。これでは,お金を持ち逃げしてくれと言わんばかりではありませんか。さらには暴力団などがこのような規定を悪用し,慰謝料請求権の存在を主張してそれを被保全債権とする債権者代位権の行使をほのめかし脅迫するなど,多重債務者に対する不当な「ゆすり」を行う可能性も否定できません。
 なお,中間試案の概要や補足説明では,このような改正について「民事執行法第146条第1項と同旨のものである」などと説明していますが,当該民事執行法の規定は,上記の例で言えば800万円の全額について,差押えによりC社のB社に対する弁済を止めさせることができるというだけであり,800万円全額の取立てが認められているわけではありません(同法第155条第1項但書)。事実の歪曲もいい加減にしてもらいたいですね。

4 おわりに
 字数制限の関係から詳細は省きますが,債権者代位権と詐害行為取消権については,学者による机上の空論的な発想から,債権者代位訴訟を起こしても債務者による権利行使は一切妨げられない(第14・7)とか,詐害行為取消権を行使するときは必ず債務者を被告に加えなければいけない(第15・1(3))とか,転得者に対する詐害行為取消権は中間者が全員害意である場合に限る(第15・5(1))とか,実務家が冷静になって考えたら到底受け容れられないような立法提案が山盛りになっています。
 法曹養成制度についても現在パブリック・コメントが実施されているため,法曹関係者にはそちらへの対応で忙しい方が多いと思いますが,民法改正についても意見を提出する予定のある方は,是非債権者代位権や詐害行為取消権についても意見を述べてください。そして,学者の思いつきで始まったくだらない改正に反対してください。
 実務家の中には,大学時代に受けた学者の講義で「債権者代位権・詐害行為取消権は悪だ」という考え方に洗脳されてしまい,深くも考えずに学者の意見に賛同してしまっている人もいるようですが,以上に述べたような結果が実務上容認し得るものなのかどうか,もう一度よく考えてみてください。
 以上で取り上げた改正案の一部については,部会の内部においても反対意見があるようですが,少なくともこの種の制度「改悪」が撤回されない限り,今次の民法改正には全面的に反対せざるを得ないと考えています。

5 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-04-27 02:02:25
川村明弁護士は下品
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Unknown (Unknown)
2013-04-27 02:10:24
アンダーソン
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Unknown (Unknown)
2013-04-27 02:11:10
アンダーソン毛利友常
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Unknown (Unknown)
2013-04-27 02:11:45
そういう話しは以下のブログで書き込むか,弁護士会へ懲戒請求した方がよろしいと思います。こちらとは違って,徹底的に闘ってくれます。

http://blogs.yahoo.co.jp/nb_ichii

http://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/autonomy/chokai.html

黒猫さん,ブログ存続のためにも適切な対応をお願いいたします。
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Unknown (えー)
2013-05-04 02:43:24
ま、まじっすかこれ…(´∀`;)
ビックリしました
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