黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

民法改正・・・学者に任せてよいのか?

2008-01-07 02:00:56 | 民法改正
 法曹関係者の中には既にご存知の方もおられるかと思いますが,現在,民法(債権法)改正委員会というところで,民法のうち債権法の改正試案が作成されています。
 民法(債権法)改正委員会は,杉浦正健法務大臣(当時)の指示により,民法(債権法)の抜本的改正の準備作業として,改正の基本方針(改正試案)を作成することを目的として,平成18年10月7日に設立されました。委員会は,2008(平成20)年度中に改正試案を取りまとめることを目標としています。
 委員会は,5つの準備会,全体会議及び幹事会で構成され,準備会が改正の基本方針とその理由書の原案を作成し,幹事会がその作業結果を調整・整理して全体会議に議案を上程し,全体会議が各準備会の作業結果を踏まえて幹事会から提案された改正の基本方針を審議するものとされています。
 委員会には,民法及び関連領域の学者のほか,法務省の官房審議官,民事局参与,同参事官などが参加しています。
 委員会の事務局は,社団法人商事法務研究会に置かれており,その活動内容等の一部は下記ホームページで公表されています。

http://www.shojihomu.or.jp/saikenhou/indexja.html

 このホームページでは,第1回及び第2回全体会議の議事録が公開されているのですが,そのうち第2回全体会議の議事録から読み取れる議論の概要は,以下のとおりです。

1 横断的なテーマに関する幹事会了解事項
(1)「債権」の概念について
 「債権」という用語自体は維持するが,債権概念の内容及び体系上の位置づけについては,改めて検討するものとされています。
 関連する問題点としては,①債権ではなく債務の方から規定するか(フランス法やドイツ法は「債務法」として捉えている),②契約上の債権と法定債権(事務管理,不当利得,不法行為)とで異なる規律を設けるか,③「契約法」に関する法典を作るか,それとも法定債権を含めた「債権法」の法典を作るか,といったものがあり,これらの問題点については,未だ明確な方向性は示されていないようです。

(2)「消費者」及び「商人」等の概念について
 「消費者(事業者)」「商人(商行為)」概念を民法に取り込むことを前提として準備会の作業を進めることを妨げないものとするが,改正試案において民法典にこれらの概念を入れることを提案するかどうかについての決定は,改めて行うものとされています。
 関連する問題点としては,①民法と商法の規定を統合するか,それとも別法典の体裁を維持するか,②消費者契約法との統合を図るか否か,といったものがありますが,これらの問題点についても,未だ明確な方向性は示されていないということになります。

2 第1準備会における検討の方向(第2回全体会議の議論)
 債権総論や契約総論に関し,「履行請求権」「債務不履行による損害賠償」「解除,危険負担及び強制履行」の3種類に分けて,以下の(1)から(27)のような規律を設けることが検討されているようです。
 なお,コメントは黒猫が議事録の内容を独自に解釈したものであり,実際に行われている議論の趣旨とはずれている可能性があること,第2回全体会議は平成19年3月27日に行われたものであり,現在の議論の状況はこれとは大きく変わっている可能性もあることはご了解ください。

○ 履行請求権
(1) 債権者は,債務者に対して「債務の本旨」に従った履行を請求することができることを示すこととする。
 現行民法の立場では「わざわざ規定しなくても当たり前」のことと考えられていますが,こうした学理的な一般説明を一切飛ばした現行民法の規定ぶりは分かりにくいので,新しい民法ではこうした一般規定もある程度盛り込むことが提案されています。
 もっとも,そういう民法典の編成方針自体を見直すのであれば,債権法の部分以外にも,例えば物権的請求権としての明渡請求権・妨害排除請求権・妨害予防請求権なども条文に明記するのか,といった問題も生じてくるのではないかという気がします。

(2) 債務者・債権者は,債務の履行・債権の行使にあたり,信義に従い誠実に行動すべきであることを示すこととする。
 なお,現行民法1条2項との関係をどうするかについては未定です。規定ぶりについては,弱者保護を含めた信義則をより重視するという考え方で全体を覆うほうがいいのではないかという意見もあったようです。

(3) 「原始的不能」の給付を目的とする契約も原則として有効とすることとする。
 これは学理的な問題で,瑕疵担保責任につき契約責任説の立場を正式に採用することを意図しているものと思われます。ただし,「原始的不能」を契約特有の問題として規定することには異論もあるようです。

(4) 履行が「不能」(不可能・著しく困難)な場合には履行請求ができないことを示すこととする。

(5) 同時履行の抗弁・不安の抗弁・事情変更の抗弁に関するルールを置くこととする。
 不安の抗弁及び事情変更の抗弁につき,明文の規定を置くことを提案するものでですが,これらの抗弁権を正面から認めると,スムーズな取引の阻害要因となるのではないかという消極意見もあるようです。

○ 債務不履行による損害賠償
(6) 債務不履行を一元的に規律するルールを置くこととする。
 従来の履行遅滞・履行不能・不完全履行に分ける考え方をとらず,債務不履行に関する一元論を採用するということのようです。

(7) 債務不履行の要件は,債務者が「債務の本旨」に従った履行をしないこととする。

(8) 「不可避の事由」(外在的なリスク)による不履行については免責の定めを置くこととする。
 従来の帰責事由(民法415条)より免責の範囲が限定されることになりますが,外在的なリスクという規定の仕方だけで,債務の多様な内容を捉えきれるのかという意見もあります。

(9) 債務者は履行補助者を使用することができることを示すこととする。
 履行補助者について明文の規定を設けるものですが,雇用契約や委任など,自己履行の原則が採られている契約についてはサブルールを設けるという考え方のようです。

(10) (9)の場合,債務者自身の責任については,一般ルールに従うことを示すこととする。

(11) 履行期に関する現行規定を取り込んだ形で,履行遅滞を理由に損害賠償を請求できる時点を示すこととする。

(12) 「不能」な場合,確定的に拒絶されている場合,催告がなされても履行がなされなかった場合,契約が解除された場合には,履行に代わる損害賠償を請求することができることを示すこととする。

(13) 履行遅滞後の「不能」の場合にも,履行に代わる損害賠償を請求することができることを示すこととする。

(14) 契約締結時に両当事者が予見できた損害に加えて,契約締結後債務不履行の時点までに債務者に予見可能となった損害についても一定の要件の下で債務者に負担させることとする。
 損害賠償の範囲について,従来の相当因果関係論ではなく,平井教授以来有力説となった保護範囲論を採るということのようですが,実務では依然として相当因果関係論一本槍の状態であり,このような見解を採ることが実務的に有用なのか疑問視する意見もあるようです。

(15) 債務者に「故意」がある場合の損害についても債務者に負担させることとする。

(16) 金銭賠償の原則を定めることとする。

(17) 損害の金銭評価に際しては,「債務の本旨」に従った履行があれば債権者が置かれたであろう状態の再現を可能な限り追求することとする。

(18) 債権者が損害発生を抑止・軽減することが可能であった場合には,裁判所は損害賠償額を減額できることを示すこととする。
 上記のような形で,債権者側の一般的な損害抑止・軽減義務を定め,過失相殺(現行民法418条)はその中に取り込むことが予定されているようです。

○ 解除,危険負担及び強制履行の関係
(19) 解除は,無催告解除と催告解除とからなるものとする。

(20) 無催告解除・催告解除のいずれについても,帰責事由の要件は課さないこととする。

(21) 無催告解除の要件は「重大な不履行」があることとする。
 「重大な不履行」にあたるか否かは,不履行となった債務の内容や債務不履行の態様から判断されるのではなく,契約の利益にとってその不履行がもたらす結果が重大であるか否かという観点から判断されるそうです。

(22) 催告解除の要件は催告に応じないことが「重大な不履行」にあたることとする。
 (21)に関連する規律ですが,例えば賃貸借の修繕義務に関しては,催告に応じなくても契約解除を認めない裁判例もあるので,催告に応じないことが「重大な不履行」と評価される場合に限り催告解除が認められるという趣旨であり,いかに軽微なものでも債務不履行があり催告に応じなければ「重大な不履行」にあたるという趣旨ではないということです。

(23) 解除の効果に関する現行規定の大枠は維持することとする。

(24) 解除権の行使につき期間制限を課すこととする。

(25) 危険負担制度は廃止することとする。
 危険負担制度を廃止して,解除に一本化することを提案するものですが,その理由は,①自動的に契約が消滅するのではなく,解除権者の意思にかからせることによって,不履行を受けた側の契約を存続させたいという利益を保護できること,②契約を消滅させる事情の判定は解除の方が明確になること,③(20)の規律を前提にすれば,解除と危険負担の制度を併存させる必要はなく,むしろ学理的には,危険負担の領域説的な発想は,契約上のリスク分担の問題に解消してしまう方が合理的であるといったもののようです。
 なお,従来の危険負担に該当する場合に,解除権が行使されずに契約が存続してしまう場合の手当については別に規定を検討するものとされ,現行民法536条2項にあたる規律は,債務不履行一般または受領遅滞の制度を大きく修正することで手当てすることが検討されていますが,このような検討の方向性に対しては批判的な意見もあります。

(26) 債権者側の事情によって「不能」となった場合には,債権者は解除権を行使できないこととする。この場合の債務者の請求権の内容については,なお検討することとする。

(27) 強制履行が認められる旨を定める規定を民法典に存置することとする。あわせて,執行方法のカタログ・適用範囲を民法典中に示すこととする。

 大体こんな感じの議論をしているようなのですが,続く第3回全体会議は平成19年7月24日に行われているはずなのに,その議事録はまだ公開されていません。
 また,上記(1)から(27)までの提案については,詳細なコメントを付した資料が作られているようなのですが,これらを公開すると具体的な条文の提案と受け取られてしまう恐れがあるので,それらの資料は全体会議でも配布されていないそうです。
 前記のホームページは,「委員会の活動状況を随時社会に公表し,民法改正に向けた生産的な議論を喚起すること」をめざしているとのことですが,その割には公表の態度があまり積極的とはいえず,検討内容を広く公表して国民的議論を巻き起こしたいのか,それとも秘密裏に検討を進めたいのか,方針がはっきりしないという印象を受けます。

 全体的な感想としては,現在における社会経済の状況を反映した新しい民法を作るというよりも,学者が現行民法の解釈に関する自分の学説や最近流行の学説を新しい民法に反映させようとする方向で議論しているのではないかという気がします。
 これだと,民法自体は大改正されても具体的な事件における結論はほとんど変わらず,ただ既存の概念がいろいろいじくられて法曹実務家や司法試験受験生などが混乱するだけで,最近の法律雑誌などを読むと,学者の中には改正自体に批判的な意見も最近多くなってきたような気がします。
 そもそも民法学者は,これまでの研究が無駄になるようなドラスティックな改正は好まないでしょうし,学者に国の方向性を決めるような決断はそもそも期待できませんから,そもそも政治主導で改正の方向性をある程度指定しておかなければ,意味のある民法改正などできないでしょう。
 弁護士会などが民法改正に関しどのような動きを取るかは,むしろこれから考えるという段階ですが,学者の集まりである民法(債権法)改正検討委員会の結論を待って行動するよりは,別個に実務家サイドで新たな民法典のあり方を考えるといった行動をした方がよいかもしれませんね。

8 コメント

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しつもん (しつもん)
2008-01-08 21:01:10
>学者に国の方向性を決めるような決断はそもそも期待できませんから

なんで?
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Unknown (Unknown)
2008-01-09 02:58:04
学者というのは、大雑把に言えば、ひとつのテーマについて一生かけて深く研究することを仕事とするものであるから、非常に視野が狭い。
 そのような視野の狭い者に幅広い見識をもって全体的な視点で意思決定が要求される国の方向性を決める決断を期待できないのは、当然のことではないのか。
 さらに学者というのは、拓殖大学の教授(たかじんのそこまで言って委員会のメンバー)も認めていたように、社会の適応能力に欠けるため、学問の道に走ったという者も多い。
 そのような学者が考えた政策というのは、喩えて言うと、水虫を靴の上からかくのと同じであり、効果が全然ない。
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Unknown (Unknown)
2008-01-09 22:26:08
それって「A型は几帳面」っていうのと同じくらい過度な一般化だと思うがね。
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Unknown (Unknown)
2008-01-10 15:49:25
経験則に基づいているような気もしますが。
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Unknown (Unknown)
2008-01-10 18:21:49
とりあえず、「民法学者は,これまでの研究が無駄になるようなドラスティックな改正は好まないでしょうし」について

学者は自分の研究は無意味と思ってしてないでしょう(そんな人はこんな会議に参加できないでしょうし)。みんなが自分の正しいと思うことを主張した上で、あとの調整は官僚なりがすれば良いんだと思いますが。
それに、視野が狭いと言っても、全体を無視して研究している人なんて居ないと思いますが(価値観があった上での研究でしょうし。例えば基本権保護義務の現れとしての不法行為責任、といった感じに)。
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Unknown (Unknown)
2008-01-11 00:05:02
全体を無視していないというような消極的なものではなく、全体のことを意識しながら調整するという積極的な姿勢がないので、学者では、帯に短し、たすきに長しと言われるのです。だから、最終決定は、学者には無理である。
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Unknown (Unknown)
2008-01-11 00:35:06
全体的な視野を持って決断しなかった例として、法科大学院の設置があげられる。
 法科大学院の監督官庁は、文部科学省であり、その先の司法試験は法務省であるが、文部科学省が自分の省益を重視して、法曹養成に必要な能力をどのようにして身につけさせるかという課題を両者で調整していないからこそ、法科大学院の設置は失敗であると言われるのだと思う。

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Unknown (Unknown)
2008-01-11 00:35:32
内田先生については、
http://kaishahou.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_14a0.html
のQ14では違う評価ですけどね。
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