<2977> 作歌ノート 感と知の来歴 越路半ば
日の下にありける命のこの身なり 思ひを重ね来たりし齢 下(もと)
人生とはおぎゃと生まれ、死における達観の域に至るまでの道程をいう。ここに題した「越路半ば」とは、この道程の全ての齢に当てはめて言っているもので、そのように捉えてもらえればと思う。という次第で、まとめ掲げた歌が以下の歌群である。我が人生を振り返ってみるに、その道程における折節の齢に思いがあって歌が生まれたということになる。では、そういう意にある「越路半ば」の歌を見ていただこう。 写真はイメージで、昇り来る旭日の光。
花が散る吹雪となるにむらぎもの心一途の高殿にあり
陽炎に揺らぐ六月来し方のおもひ未だし執着未だ
草ぼうぼう思ひぼうぼう炎昼の越路半ばの齢なりけり
ものを読む老いなる肩に紅葉照るときめく心失はずあれ 紅葉(もみぢ)
野仏は誰かの思ひ丈高く繁れる草にしとどなる露
科学の子お前をしても解くことの叶はぬ心軋みつつあり
あはれなるこの世この生歌人が一つの歌にこだはる心 歌人(うたよみ)
地にありて飛べざるものの眼 我 成層圏は遠くあるかも 眼(まなこ)
麒麟舎に麒麟の子生る耳よ聞け目は見よ父母の故国は遠し
流されてゆく歌言葉反骨の気概は時流の魅惑に呑まれ
孤立とは無援の立場きりきりと痛む胃を抱くほどの心底 心底(しんてい)
ひとつひとつ針を刺されてゐる蝶の群て美し狂気の予兆
志同じくするが憎しみのはじめとや院言はむか朝臣
人の世を映して説きしそのこころ四天の姿あるは表情
独断も偏見も入れ斯くはあり真っ青な空の真っ青な青
雨に濡れ髪の臭ひが獣めく理性立つべしなほ雨の中
優しさは強さの証 強さゆゑ優しさまさる心とはなる
人の住むゆゑの灯か一つあり旅の未熟の在処に灯る 灯(あかり)
日向葵の茎の父性とその花の母性陽の中立ち枯れてゐる
感性によりてありける思ひ持てなほ遙かなる夏帽の旅
言をもて埋めんとするに埋められぬ埋められぬままの器が一つ 言(こと)
死者のためばかりにあらぬレクイエム献花次々と献じられゆく
徐に歩む黒猫のどかなる春昼なれば何処もよけれ 黒猫(こくびょう)
思ふ身の思ひの数にありながら今日の一日も暮れ泥みゆく
旗を振るものら何処へ刻々と時は刻まれ止まずあるなり
須らく今日の一日も眼あり傷みを分かち得るものにして
日々にして日々あり日々に思ふことありて日々ありもの思ひゐる