浅野ゆうじの独り言

社会・政治に関連する本の感想や日々の出来事についての私なりの考え方を書いています。

政治の「責任」を考える

2010-06-03 09:26:27 | 国際・政治

昨日は「鳩山総理辞任」一色でしたが、辞任理由は「普天間問題」と「政治と金の問題」の二つでした。このようなときいつも話題になるのは、自民党政権時代にもあった任期期間の短さや人物的な資質とか辞任に至るまでの経緯が中心となり、昨年の政権交代の意味する政治体制のパラダイムシフトが起きている底流にある流れが全く感じられないところに問題があるのではないかと思うのです。

英国が手本となっているマニフェスト選挙は必ずしも日本で定着しているとは言い難い状況の中で、政党政治の在り方が論じきられていない、また関心がない、関心があっても話題性に乏しいことは理解しなければならないでしょう。しかし、議院内閣制である限り政党政治に対する共通の理解は極めて大切です。ですから今回の総理辞任に対しても政党の責任を問うことをしなければなければならないと思います。総理をやめさせたから責任を取ったということではなく、マニフェストをこのまま進めていくかどうか、普天間問題をどのように決着するのか(問題は継続します)、政治と金に付きまとう問題をどのように扱うのか、辞任理由の二点を取っただけでも今後政党の責任がまだまだ問われるわけです。

ただし、地方政治をこのような考え方でとらえてはなりません。なぜなら地方政治制度は議院内閣制ではなく首長と議員の二元代表制だからです。ピラミッド型の権力集中型が議院内閣制であるとすれば、首長と議会が牽制しあう権力分散型であるからです。一般的には大統領型である二元代表制のほうがリーダーシップを取りやすいと思われがちですが、リーダーシップを発揮できるのは議院内閣制なのです。だからこそ政党の在り方が、責任が問われるのです。

「責任」を問われなければ、誰でも好きなことが言えます。政治責任を選挙で問うのであれば、政党の発言や行動をしっかり検証する必要があります。

以上