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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

もう一つの春 33

2007-02-13 18:10:27 | 残雪
無音に近い環境の中、二人の息遣いが次第に荒くなるのがよけい情感を高揚させた。
寺井は着物の上から探っていたが、昔風の着付けで、腰巻の下は何も着けていなかった。
暴力的ともいえる程一直線に進み、今までの二人では経験した事のない荒々しい行為に及んだが、彼女もそれを望んでいる様な受け入れ方で一つになっていった。
外はいつの間にか雪が降り出していた。
17時過ぎに部屋の電話が鳴った。
「きっと女将さんだわ」
春子はそう言うと受話器を取り、相槌を打ったり返事をしている。
着物の合わせをきちんとすると急に恥ずかしそうな顔になり、
「あの、もうすぐ挨拶に伺いたいと言ってますが、いいですか」
と遠慮気味に聞いてきた。
「僕はいつでも構わないよ」
30分程すると女将が現れた。
「初めまして、女将の菊千代でございます」
老舗の女将だから、貫禄充分な肥った女性を想像していたのだが、気のいい、近所の明るいおばさんの雰囲気で、寺井はほっとした。
「春子さんから色々伺っております、忙しい中この子の為に来て頂き、本当に有難うございます」
「僕の事、どんな風に話しているのですか?」
「どんなといっても・・・どうしよう、春子ちゃん」
「女将さんは人を見抜く力が鋭いから、私大体話しちゃったの」
「そ、そうなの、あの、まあ少し事情も有りまして」
「分かっております、ここだけの話にしておきますので、安心してごゆっくりなさってください」
「恐れ入ります」
「春子ちゃんは評判よろしいんですよ、このあいだも芸者さんに混ざって宣伝用の写真のモデルになって貰ったんですの」
「着物姿で?」
「そうなんです、この着物も似合うでしょう、私が丁度女盛りの頃作って頂いたものなんです」
「何か特別な、良い思い出でも有りそうですね」

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もう一つの春 32

2007-02-11 10:33:24 | 残雪
春子はされるがままに任せていた。寺井の指が時折きわどい部分に触れる事もあったが、やはり懐かしさが先にたって嬉しい気持ちが上回っていた。
タクシーが一台停まっているのが見えたのでそれに乗ったが、手をずっと握ったままで、景色を眺めるよりも気持ちが昂ぶり、体を寄せ合い、何も語らない分求め合う意識が強かった。
10分程乗るともう目的の旅館に近づいていた。
「女将さんはいま忙しいので、後で挨拶に来るから先に旅館に連れて行く様に頼まれたの」
春子はそう言って先に車を降り、森の中としか見えない雪の木立の間をどんどん歩いていく。
「すごい景色だね、本当にここ旅館なの?」
「そうよ、六千坪もあるんだから」
笑いながらとても楽しそうな彼女の歩く姿を、後ろから着いていく自分はどういう存在なのだろう、と寺井は訝った。
真ん中に池があり、そこを囲むように古い木造の建物が離れ離れに建っている。
「ここはね、明治、大正、昭和各時代の建物が現存して、再現したものもあるけど、今も使われているのよ」
「この墨絵の世界によくあっているね」
「私、ここの景色を知って雪が好きになってきたの」
「君が別世界だ、って知らせてくれた意味が分かったよ」
この温泉地名の由来になった杉木立が旅館の周りを囲んでおり、きっと四季折々、人々の心に沁み入る景観を展開してくれるのだろう。
寺井の案内された建物は、昭和の間らしかった。
「古い方の建物は大人数用なのよ」
「そう、でも、此処もとても情緒があるよ」
「この旅館は二人以上の宿泊施設になっております」
「じゃあ、僕の場合はどうなるの?」
「あら、二人じゃない、私と」
「君と・・・」
「そういう風にして貰ったの」
そう言うと春子は、寺井の胸にしがみつく様な格好でもたれ掛かってきた。
庭園の雪景色を背景に、着物がとても艶かしい。
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もう一つの春 31

2007-02-03 18:20:52 | 残雪
新幹線で国境のトンネルをすぐ通り抜け、越後湯沢に到着したが、やはりこちら側は雪だった。
最初に春子と会ったのもこの湯沢だった。高架線路下のトンネルで、雨よけの為足止めされていた姿が可愛かった。あの時から自分も惚れていたのだろう、家庭に見いだせない何かを、自分の努力が足りないのも確かだが、彼女の中に見つけたい願望が日を追う毎に強くなり、今は更に遠い新潟市のもっと先まで会いにいくのだ。
春子の住んでいる五頭温泉郷は、弘法大師が湧出させた新潟最古の温泉地と言い伝えられている。
温泉街の始まりは寺湯だそうで、湯治の為寺に温泉を引き、その周りを囲む様に宿ができ、やがて温泉も寺以外にできて来て、いまの形になったそうである。
寺を囲む様に宿が点在する風景、それがこの温泉地に残っていて、温泉街の原型を見る事ができる。
寺井が自分で集めた資料や写真を見ている内に新潟駅に着き、在来線に乗り換えて3,40分も経っただろうか、こじんまりとした水原駅に着いた。
成る程、ここなら白鳥が来るのにふさわしい所だな、と感心する程ひっそりしていた。
雪は想像していたよりずっと少なく、その残雪の輝きの中に、あじさいの様な春子が立っていた。
そういう着物を着て待っていた。
目の前に来ても何も言おうとしなかったが、瞳は潤んでいる様に感じられ、あの人をじっと見つめる癖は相変わらずだが、着物のせいかとても大人びて、ちょっとした芸者姿の風情がある。
「元気そうだね」
「急がせてしまって・・・お仕事、大丈夫なんですか?」
「いいんだよ、君に会うのが大事なんだから」
「ええ、でも何か申し訳なくて」
春子がそう言いかけた時、寺井は思わず彼女を強く抱きしめた。人の気配はなかったが、まだ14時過ぎである。でも寺井はどうでもよかった、周りのこと等、会社を休んだ段階で意のままに行動するしかなくなっていた。
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もう一つの春 30

2007-01-27 20:05:43 | 残雪
2月に入ると都内の各所で梅祭りが開催される。
春子の住む阿賀野市は新潟から乗り換えて更に一時間程掛かるので、最低二泊はしたく、寺井は一応下旬頃行く予定を立てている。
今日も家に戻って一人で居ると、春子からメールが届いた。

ごぶさたしています。忙しくお過ごしの事と思いますが、風邪を引いたりしていませんか。
私は勤め始めた旅館の仕事も一ヶ月近くになり、ようやく周りの雰囲気に馴れてきたといったところです。
来たばかりの頃は雪しか見えず、白一色の世界ばかりかと少しうんざりしていたのですが、慣れてくると雪の積もり方の違いや、4,50センチにもなる氷柱を温泉に浸かりながら眺める贅沢さ、みたいな気分になってきて、だんだん雪国の女になっていくのかしら、なんて考えてしまいます。
本当は手紙を書いて、こちらの写真でも同封しようと思ったのですが、旅館のパソコンがいつでも使えるので、ついメールにしてしまいました。
今日は週末の分忙しく、まだ残業中です。
修さん、お会いしたく思います。図々しいとか、ふしだらだとか受け取られても結構です。
以前にも話したかも知れませんが、お会いしたいという気持ち以外何もありません。
どうか我儘勝手な娘一人の想いとして受け止めて頂きたい、と願っています。
ご返事、お待ちしています。

                           春子

予定を早めて行くか、自分も会いに行きたいのだ。勝手だが抑える事は出来ないし、家庭が駄目になるのならそれだけの器量しかないのだ、と開き直って決め付けた。
総務部は渋い顔をしたが、もう会社の顔色を窺う事はしなくなっていた。
近頃の暖冬の影響で天候が不安定なのだが、寺井が行く日は冷たく抜けるような晴天で、山の向こう側は雪が舞っているのだろう。
その中で春子は根を下ろそうとしているのだろうか。

                   
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もう一つの春 29

2007-01-15 04:15:54 | 残雪
叔父夫婦は、あんたみたいな東京の娘が来たと分かったら、若い男衆が大騒ぎするぞ、いっそのこと家にまとめて呼んできてお見合いさせようか、なんて笑って言うのです。
私なりに考えてみました。いくら修さんに迷惑を掛けないようにといっても、私が近くに居るだけでそちらの家庭に影響を与える訳ですから、これがきっかけとなり少し距離を置いてみる、それが一番いいのではないかと。
仕事は温泉旅館のアルバイトなんですが、いまはインターネット予約が多く、事務や受付の手伝いらしいので何とかなりそうです。
温泉は毎日ただで入れますので、肌がつるつるになる美人の湯で磨きをかけようと思っています。
落ち着きましたら必ず招待しますので、よい時期を選んで来てくださいね、東京に修さんが居てくれる、だから田舎にも我慢していられる、勝手な理屈ですけどそういう気持ちなんです。
この土地の観光といえば、白鳥が来る湖で、朝日の昇る頃飛び立つ姿はとても幻想的で美しいそうです。
私の働きに行く予定の温泉郷は、五つの峰が連なる山の麓にあり、その中でも森に囲まれ、明治、大正に建てられた古い建物の旅館で、過去に著名な文豪も度々訪れた老舗だそうです。新緑の時期が待ちどうしいですね。
この湖と霊峰に囲まれ、澄んだ空気の下で暮らし始めてみると、なにか別世界に移り住む、都会と一線を引く隔世の感があります。
こういう環境での生活で、自分はどうしていったら良いのか、結論なんか出る訳はないのですけれど、きっと、将来のヒントになるものなら見つかる、そう信じています。
あなたの生活の一部に割り込んでしまった申し訳なさは多少ありますが、私の未熟さと我儘な性格という事で勘弁して下さい。
まだまだ伝えたい事は沢山あるのですが、うまく表現出来ず、すいません。
ぜひ、この地で早くお会いできる日を心待ちにしております。

                                   春子

         -第三部-
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もう一つの春 28

2007-01-14 11:20:56 | 残雪
朝6時過ぎに春子は目を覚まし、隣を窺ったが熟睡している様なので、隣室にいきカーテンを少し開けて見ると、中央公園に朝の訪れを知らせる光が僅かに見え始めた。夜がもう少し長ければ、いや充分長かった、と自分を納得させた。

真冬の冷たい風が吹きぬける中でも、ロウバイが黄色く可憐な花を咲かせ、心を温めてくれる。
沢村は、武蔵野の面影を色濃く残す深大寺周辺が好きで、年に何回も訪れている。
蕎麦屋の中でも一番古そうな店に入り、天ぷら蕎麦を頼んだ後、考え込んでいた。
この前の連休に会った春子は変だった。何か刹那的な、特に夜は・・気のせいかも知れないが、あの後電話やメールで連絡を取ろうとしても繋がらない。
来週には直接彼女の家に行ってみよう、そう決めた翌日の日曜日、一通の手紙が届いた。

前略
修さん、連絡が遅れてすみません。何度電話しようとしたか、でもあなたの声を聞いたら絶対決心が鈍ってしまう、そう思い我慢してきました。
いま私は、叔父夫婦の住んでいる新潟に居ます。東京に借りていたマンションを引き払い、新潟に引越したのです。
昨年叔父に会った時、とても熱心に私の将来を考え、心配してくれ、1,2年でもいいからこちらで暮らしてみないか、と誘われたのです。
田舎の温泉地だけれど、地元の仲間も大勢いるから就職も何とかなるだろう、東京育ちだから退屈で飽きてしまうかも知れない、だからいきなりこちらで生活するというのではなく、仕事で転勤してきた位の気持ちでいい、いやになったらまた東京で暮らす手伝いもしてあげる、とまで話してくれました。
随分迷いました。だって、修さんとこんなに遠く離れてしまうのだから、いまだって飛んで帰りたい気持ちなんです。手紙を書いている今日は吹雪で、家の周りは雪以外なんにも見えません。でも温泉は入り放題だし、雪祭りもあるから結構冬の楽しみもあるそうです。
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もう一つの春 27

2007-01-08 07:24:26 | 残雪
「そうだね、休憩してくる」
寺井は隣室のベッドで横になると酔いが回ってきた。眠くはないのだが体が痺れている感じで、1時間程じっとしていると、
「修さん、お風呂に入ったら」
といって、バスローブ姿の春子が顔を見せた。去年9月に会った時と比べると本当に大人っぽくなり、薔薇の様な香りが漂ってくる。
「君はもう入ってきたの、じゃあ、すぐ入ってくるね」
「お背中お流し致しましょうか、旦那様」
「い、いやいいよ、ここ狭いから」
「あはは、ちょっと言ってみたかったの」
ホテルに入ってからの彼女は、抜けた様にすっきりと明るかった。
寺井がゆっくりシャワーを浴び、ぬるめのお湯でバスタブに浸かって酔いを醒まして出てくると、春子はもうベッドに入っていた。背中を見せているので眠っているかどうか分からない。一番弱くした照明が灯っているだけなので、そっと空いている方のベッドに潜り込んだ。
うとうとしかけた時、春子の泣いている気配を感じ目が覚めた。
「どうしたの、何かあったの?」
「・・・」
「春子さん、話してくれ、何でもいいから、どんな事でも聞くから話してくれよ」
寺井は春子の肩を掴み、こちらを向かせた。
「修さん、修さん」
春子は寺井の胸の中にとびこみ、頭を左右に振っている。
「どうしたの、一人で悩んでないで聞かせてよ」
「違うの、違うの」
「違うって、何が?」
「ううん、いいの、これでいいの」
「これでいいって言ったって、分からないよ、もっと話してよ、怒ったりしないから」
「私良かったのこれで、だからいいの」
寺井がさらに何か聞こうとするのを遮る様に、春子は唇を強く押し付けてきた。
何を迷い、悩んで我慢しているのだろう。
熱い抱擁が繰り返される中でも、頭の片隅に不安が同居し、その為却って最後の炎を燃え上がらせるかの様な行為を促した。

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もう一つの春 26

2007-01-05 04:38:18 | 残雪
「ねえ、叔父さんから結構お小遣い貰ってきたので、今夜は高層ホテルに泊まらない?一度眺めのいい部屋に泊まって、部屋に食事やお酒を運んで貰う、そういう経験してみたかったの」
「で、でもかなり高いんじゃない」
寺井は、春子のあまりの積極さに驚き、たじろいでいた。
「心配しなくていいの、今回は任せて、だっていつも修さんにご馳走になりっぱなしだもの、ほんのお返しよ」
急にくだけて打ち解けてきたので面食らってしまった。
一番最初に出来た高層ホテルの上階の予約が取れた。
「泊まってみたかったんだ、いいわあ、一番好きな誰かさんと景色のいい部屋で過ごす、最後の晩餐ね」
「最後の晩餐?」
「あはは、冗談よ、好きなもの何でも頼んでね、二人でパーティを開きましょう」
春子はいやにはしゃいでいる。
「食事代は僕が持つよ」
「どうでもいいのよ、そんな事」
冷蔵庫からビールを取り出しもう飲み始めている。寺井にはウーロン茶を持ってきて、
「修さんをいまから酔わしたら私つまらないから」
と平然と言うのである。
スペイン料理か地中海料理かそんな風な、オリーブオイルとニンニクを使ったムール貝の料理とイカ墨スパゲッティ、魚介類を混ぜた炊き込みご飯、それを食べる間にワインを飲み、寺井は顔が真っ赤になってきたが、春子はいつもと全く変らない。
「何だか体が元気になる料理だね」
「ええ、ニンニクやワインの効果かしら」
「体の芯から熱くなってくるので、これじゃ寝られそうもない」
「あら、寝る必要ないんじゃなくって?」
「まいったなあ、春子さん大人になったね」
「何か言った私、酔ってるからよく分からないの」
酔ってる様には見えないが、本当に大胆で奔放だ。
ワイン、ブランデーと飲んできて、寺井はもうできあがってしまった。
「修さん、すこし休んだら、私もう少し飲んでるから」
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もう一つの春 25

2007-01-03 05:42:30 | 残雪
「違うわ、絶対違う、私が頼んだんだわ、今の状態でいいから付き合ってくれって」
「それはそうだけど、そのまま受け取る訳には」
「いかないの?いやよ、そんなのいや、受け取ってよ」
「でも春子さんにとっての僕はあまりにも中途半端だし」
「じゃあ、はっきりできるんですか、無理でしょう、子供まで居るんだから、私がこういう育ち方をしてきたから、子供の居る家庭を壊すのは耐え難いんです。寺井さんが暇な時、会って話を聞いたり優しくしてくれる、ずっとそんな存在であってほしいと願っています。男と女の友情だけなんて無理かもしれないけれど、どんなかたちでも続けばいいと思っています」
「春子さん、随分強くなったというか、変わってきたね」
「私、新潟に行って実感したんです、家に父と母が居て、その傍にいるだけでどれ程心安らぐか、叔父の家でそう感じたのだから、本当の両親だったらどんなだろう、夢でいいから両親とゆっくり会いたい、今はそういう心境です」
寺井は自分が何を言っても、春子の言葉に比べ、あまりにも空々しく思え黙るしかなかった。
叔父夫婦の下で暮らし見聞した体験が、彼女に確かな変化を与えたのは事実で、冬に北の大地から湖に飛来してきた白鳥の様に、大きな目的意識を感じ、反面自分の無力さや、考え方の狭さに苛立っていた。
雪国の張り詰めた空気と、白く輝く新雪が春子そのものの様に映しだされ、ルーツを辿り、旅の終焉を演出する作家になれればどんなに良いだろうとも考えていた。
[あらもう暗くなってきたわ、ごめんなさい、今日は家に呼べなくて、いま片付けていて狭い部屋がちらかっているの」
「いいんだよ別に、力仕事なら手伝いにいくよ」
「大丈夫、私の荷物なんて少ないから、それより、これからどうしようかな」
と言って光る瞳を向けてきたので、寺井は金縛りにあった様な気分になった。


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もう一つの春 24

2006-12-24 15:20:45 | 残雪
5日の夜になって、ようやく春子から電話が掛かってきた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって、今東京駅に着いたの」
「そう、お疲れさん、むこうは寒かったでしょう」
「もう比較にならない位、東京は暖かくて楽だわ、あの早速だけど明日会えるかしら?」
「うん、今週は休みだからいつでも空いているよ」
「よかった、一様お土産も買ってきたから、新宿でいいですか」
「どこへでも行くよ」
「じゃあ楽しみにしています、話も一杯あるし」
急に華やかになり、寺井はやっと正月が来た気分になった。
街はバーゲンセールの宣伝やチラシが目につき慌しいが、二人にとっては久々の新宿でデートなのである。
「なんだかやっと会えた気分だよ」
「そうねえ・・・私にとって忙しく、大きく変化する年越しだったわ」
「叔父さんは良くしてくれたの」
「ええ、とっても、私に母の面影があるし、一人娘も嫁に行って都合で帰ってこれないから、一層の事うちの娘にならないか、なんて言ってくれて」
「そう、よかったね、詳しい話も納得するまで聞けたの」
「母と祖母については殆ど分かりました・・メールでお知らせした通りなんです、直接話すのが辛くて」
「よく分かります、あなたの気持ちは充分理解できます」
「私、音楽や踊りの好みは祖母の遺伝子を受け継いでいたんだ、という事は私のこれからの人生も波乱万丈になっていくのか、なんて考えたりして」
「今と時代背景が違うから比較にならないよ、家族の為に借金したり、そういう事はなかったでしょう」
「でも私、寺井さんを、好きになってしまったわ」
核心に近づくにつれ、寺井は言葉を失ってきた。
「私、後悔もしていないし、前に話したように、寺井さんの生活に迷惑や負担ができるだけ掛からない様、いつも気をつけているつもりなの」
「僕が優柔不断なんだよ」

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