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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

再会 43

2008-05-19 18:40:28 | 残雪
初めて会った9月の湯沢高原のコスモス、素敵でした。そこであなたに写真を撮られ、全部を見透かされているようで、とても恥ずかしかったのですが、その時気持ちが決まってしまったのかな、といまにして思います。
いつ連絡をしようか、電話でいいから、でもあなたから何の連絡もないのに、やはり迷惑をかける、と迷っていました。
三鷹の方に引っ越した、と葉書を頂いてから早く手紙を書こうと思いました。何か変化があったに違いないからでしょう。
実は私の方にも変化があり、住所を見ればお分かりの様に、いま月岡に住んでいます。私も引っ越したのです。
叔父の親戚に一人住まいのお婆ちゃんがいて、一緒に住んでくれないか、と頼まれたのです。食費を出してくれれば部屋代はいい、月岡温泉は仕事も沢山あるから好きな所を選べるよ、と言ってくれたので移ってきました。静かな五頭温泉郷と違って活気があります。芸者さんも大勢いて夜は華やかですよ。
私は大きなホテルは敬遠して、こじんまりして古風な旅館で仕事を手伝っています。受付から仲居さんまでなんでも屋です。
この旅館はぶらり一人旅にも対応している数少ない旅館ですので、ぜひ無理をしないでこられる時期にお出で下さい。
心からお待ちしております

                            春子

月岡温泉で働いている。この先お座敷回りにも出されるかもしれない、東京に連れ戻すにはどう説得すればよいか、ともかく行くしかない、と寺井は久々に気分が高揚してきた。
梅雨に入る前、できれば5月の後半が動きやすい、急に行って春子を驚かそう、そう決めるとめりはりが出て、この会社に入って初めて本気で仕事をこなしていった。
新潟駅まで新幹線で行き、そこから白新線に乗り換え豊栄駅で降り、バスか車で月岡に向かうのが近道だが、寺井は新発田まで足を延ばす事にした。
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再会 42

2008-05-18 08:23:46 | 残雪
春の薔薇、やはり一番いい。秋に長く咲くときよりも、一斉に咲き揃う華やかさは主役を飾るにふさわしい。
春子は薔薇の様でもあり、薔薇の香りがいつもしていた、そんな記憶が蘇ってくる。
寺井は昨年3月に春子を訪ねて以来、一度も行っていない。別に行けないわけはなかったのだけれど、あの時の彼女を見ていると、会わない事だけが誠意の表し方だと思い込み、その後連絡を絶っていた。
できるだけ雪国には眼を向けないと避けながらも、今年の大雪のなかで春子が働いている姿を想像すると、抑えきれないものが内から湧き上がり、もう一つの故郷に対する郷愁のような感傷が日毎に強まっていった。
以前の会社は辞め、現在は契約社員として小さな貿易会社で働いている。長く勤める気はないので、1年契約更新のいまの状況が都合よく、割り切って休暇もきちんと取っている。
妻は完全な別居生活を希望して、子供を連れ実家に帰ってしまった。一人で都心に居る理由もなく、母を姉に任せて三鷹市の賃貸マンションに引っ越した。できるだけ緑の多い所に住みたい、とここ数年感じ初めていたのだが、年を取っていく準備なのかもしれない。
住所の変更先は春子に葉書を出しておいたが、返事も来ず、夏に行動を起こそうか
と考えだした時、春子からの封筒が届いた。

あれから1年以上経ったことを、長いのか、早いと感じるか、私はどちらでもないとしか言えません。
改めて会いに来てくれた時、どう接してしてよいかわからず、結局曖昧な態度で誤解を与えてしまったと思います。ごめんなさいね。
なんで薬をあんなに飲んでしまったのだろう、いまでもうまく説明できないのですが、春に向かう雪のなかで修さんと過ごせて、私は本当に嬉しくて、楽しかったのです。
いまが幸せでこれ以上はない、心底そう想い酔いしれて、そこで全てを止めたかったのでしょうか、そうかもしれません。
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もう一つの春 41

2007-03-03 18:45:51 | 残雪
暖冬の影響で3月に入ってから気温が15度を越える日もあり、梅、ボケ、沈丁花、椿等が一斉に咲き出している都心から、再び阿賀野市を訪れたが、こちら側も雪は確実に少なくなっていて、もはや残雪の風景だった。
誰も迎えには来させないように頼んでおいて、春子の居る旅館の少し手前で車を降り、周りの景色を眺めながら歩いて向かった。これが見納めになるのではないかという予感めいたものと、春子に会った時点で終わってしまうかも知れない恐れが足取りを重くさせていた。
前に泊まった時と同じ部屋で春子が待っていた。
淡い紫色のワンピースに白いカーデガンを合わせて、年頃の女性らしく座っていた。
「元気そうだね、よかった」
「ええ・・・ご心配掛けまして」
顔色はやや白く見えたが、普通に落ち着いていたので、寺井はほっとした。
表は抜ける様な青空で陽のあたる場所は暖かみがあり、本格的な春も近づいて来る、そんな空気の中に雪の残った杉木立が美しく、二人は黙って庭を眺めていた。
「もう午後だし、この時期では白鳥は行ってしまっただろうけど、瓢湖にいってみないか?」
「いいわね、行ってみたいわ」
今日初めて春子は嬉しそうな顔になった。
車に乗るとすぐに着いた。白鳥はいなくなっていたが、五頭連邦を背景に白い瓢湖が広がり、二人を静かに迎えてくれた。
「やっぱり晴れた日の瓢湖が一番ね」
「風もなくて、暖かく感じるよ」
白鳥と雪の瓢湖も、春から夏にかけてあやめやはす等が咲き、四季の変化を楽しみに訪れる人が多い。
「春子さんは、将来をどう考えているの」
「将来、私の将来なんて・・・」
「僕も仕事を辞めて此処に来ようかな」
「修さんは東京で頑張るのよ」
この景色が、二人にとって最後の春にならない様に、と春子は残雪に輝く五頭連邦を見上げて涙ぐんだ。

         

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もう一つの春 40

2007-03-01 21:30:34 | 残雪
夕方になって春子の意識が戻ってきた、まだぼんやりしているが。
「春子、大丈夫か、僕が分かるか?」
「春子ちゃん、私がちゃんと見える?」
寺井と女将の問いかけに、春子はようやく微笑んだが、目は笑っていなかった。
一人になりたそうだったので、その日はそのままにして旅館に戻った。
精神面の治療の必要性も考えられるので、一応一週間の入院予定だが、多少延びるかも知れないと病院側の説明があったので、寺井は一度東京に戻り、春子の回復を待って再び訪れる予定にした。
翌日の朝病院を見舞ったが、暫く待っても眠りから覚めそうもないので、女将に見送られ、昼前に水原駅を発った。
家出をして、久しぶりに実家に帰った様な気分で我が家に戻ってきた。
家族は居たが、完全な家庭内別居になっており、一言も喋ることなく自分の部屋に引き籠り、明日会社でする言い訳を考えていたが、面倒になってすぐ布団に入った。

会社を首にはなっていなかったが、徐々に窓際へ追いやられる空気を感じ、年度末の3月には何がしかの内示があるのではないかと思っていた上旬、女将からの封筒が会社宛に届いた。

前略
お変わりございませんか。春子さんは3月に入り、かなり元気になってきました。とはいっても情緒不安定で、精神安定剤を病院から出されて毎日飲んでいます。
私は医者ではないので何とも言えない立場ですが、経験から察しますと、やはりあなた様を待っているのではないかと思われます。口では呼ばないでくれ、と言ってますが。
どう転ぶかは半々ですが、よく考えた上、行動に移されてはいかがでしょうか。
出しゃばって申し訳ないのですが、あの子の胸の奥底からの呼び声が聞こえてくるのです。このままでは却って悪い方向に行ってしまいそうな、そんな不安を覚えているこの頃です。こんな手紙ですいません、私の力では及ばないものですから。


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もう一つの春 39

2007-02-28 20:00:50 | 残雪
「春子さんと何かあったのですか」
女将は他人の心を射抜くような視線を投げ掛けてきた。
「これといった原因は思い当たらないのですが・・・全ての責任は私に有ります」
「大体の事は聞いていましたけど、多分間違って飲んだのだろうと思いますよ」
「そうでしょうか」
「あの子は自殺するタイプではないわ、この商売をしていると分かるんです、思いつめて危ない人は・・・ただ」
「ただ、気になるところもある?」
「よく一緒に温泉に浸かりながら世間話をするんですけれど、話の途切れた時、遠くを見ているか想っている表情は浮世離れしていて、達観している姿が印象的でした」
「寂しそうではなかったのですか」
「いいえ、ここが段々好きになってきたのを感じていました」
「私にも、雪国の女らしくなってきたと話していました」
「あの子はいい娘です、自分を粗末にする真似はしないでしょう、もしおかしな行動をとったとしたなら、それは・・・そう言えば、健康面の問題を話し合っていた時、病気になった事があると、確か一度だけ聞いたのを思い出しました」
「病気ですか」
「ええ、寺井さんには話しませんでした?」
「何も聞いていませんが」
「今はもう問題ないと言っていましたから、大丈夫なのでしょう」
暫くして番頭がやって来たので女将は昨晩の様子を聞いたが、春子は夜中の1時にタクシーで帰ってきてすぐ寺井の部屋に入ったそうである。とすれば寝たのは2時近くになっていたに違いない。
1時間半過ぎて漸く医者が出てきた。幸い、春子が薬を貰いに行ったのと同じ病院だった為、適切な処置がされ大事には至らなかった。
よかった、寺井はお祈りをしていた。春子さえ無事ならなんでもいい、自分のせいなのだから、血液でもなんでも足りなければすぐに提供しよう、その位の役目しか務まらない男なのだから、と自らを蔑んでいた。

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もう一つの春 38

2007-02-25 12:01:35 | 残雪
いまこうして雪国に潜んでいると、孤独感が夜の深々と冷えた空気と共に迫り、このまま現世から去れればそれが一番望んでいる事かも知れない、と考えている内に寝入ってしまった。
明け方まだ薄暗い中で目覚め、隣りを見ると春子の寝顔が目に入った。
いつ帰ってきたか全く気付かなかったが、安らかで落ち着いた顔に見える。
彼女は本当に不満がないのだろうか、年頃の娘が自分みたいな中年と寄り添って良い事など殆どない、世話になっている叔父さんに見合いの話を進めて貰おうか、そう思ってもう一度彼女の寝顔に目を向けた時、傍に薬の袋が置いてある、というより落ちている様で何か変な感じがした。
6時30分過ぎても春子は相変わらず寝息をたてている。寺井は薬の袋を手に取り、説明書きを読んでみた。睡眠薬で4日分出されており、寺井の来た日に通院している。薬は1錠残っているが、昨日までは飲んでいるところを見ていないので、座敷から帰ってきて寝る前に3錠飲んだのだろうか。
急に不安感が大きく膨らみ、春子を揺すってみたが起きない。
「春子さん、春子、春子」
何度も呼びかけてみたが、軽い寝息のまま眠っている。まさか、そんな、間違えたんだ!きっと酔って間違えて薬を飲みすぎたんだ。
寺井は一時放心状態に陥ったが、すぐに女将を呼び寄せた。
事情を察した女将は、旅館の車に人目につかない様に寺井と二人で春子を運び、自ら運転して病院に直行した。救急車を頼まなかったが話しはついているらしく、すぐ受け入れてくれた。
「昨晩は何時頃終わったのでしょうか?」
救急治療を待っている間、寺井は何か喋っていなければ居られない心境になっていた。
「私は朝早いので、春子さん達が2次会で外出した後、番頭さんに任せて休んでしまったのですよ」
「そうですか、僕もいつのまにか眠ってしまって気が付きませんでした」


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もう一つの春 37

2007-02-23 21:40:19 | 残雪
「女将さん、その代わり私の休みと、寺井さんのサービスよろしくお願いしますね」
「任しといて、私の名にかけて真心のサービスをさせて頂きますから、あの、それでよろしいでしょうか」
「かえって恐縮です、でも僕の分赤字になってしまうのではないですか」
「だいじょうぶよ、女将さんとってもやり手で有名なんだから」
「あらやだ、そんな事ないわよ、寺井さんご心配なく、遠慮なさらず気ままにごゆっくりなさってください」
「お言葉に甘えてそうさせて頂きます」
夕飯もそこそこに、春子は化粧と着付けの準備に取り掛かった。さすがに専門家の手に掛かると早く、30分もしない内に一人前の芸者姿が出来上がった。
「やっぱりあか抜けてるわね、東京の人は、女優さんみたいよ」
女将は目を細めて喜んでいたが、寺井も見とれていた。
去年知りあった時とは全く別人のように成熟してきている。髪はよく見かけるアップにした形だが、うなじに清潔な色気を感じ、いまが盛りの輝きがあった。
「では3時間程お借りします」
女将はそう言うと、春子の先にたってそそくさと歩いていった。
寺井は一人になると、少しほっとした。
ゆっくり温泉に浸かって夜の雪を眺めながら部屋に戻りかけると、隣りの建物から三味線の音色に合わせた唄も聞こえてきて、きっと芸者さんも優雅に舞い、その傍で春子が酔客にお酌をしている。何だか春子を働かせて自分は留守番をしている、そんなヒモの生活をしている感覚になり、これから彼女との付き合いが続いて行くにつれ、自分は堕落していき、彼女に頼った生活を余儀なくされる、近い将来の姿が頭に広がるのを避けられなかった。
その日暮らしで過ごす、野良犬の様な状況が一番自然でいられる、逃避と蒸発願望がいつもある。
学生時代に、両親のもとを離れ見ず知らずの土地で静かに暮らす、そんな光景を夢見た時期があった。
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もう一つの春 36

2007-02-20 18:00:41 | 残雪
休日ではないので殆ど人に会う事もなく、静かな新発田城に着いた。
「名前の様に優しい雰囲気があるね」
「ほんと素敵、こういうお城いいわ、あまり大きくないのがいいみたい」
寺井は、春の近い雪が舞うお城を春子と眺めていると、あやめより君はずっと綺麗だよと言いたくなったが、気障っぽいと自嘲した。
「いい瞬間ねえ、私、もう何もいらない」
「なにも?」
「ええ、今のままで、このままで何も」
寺井もそうだな、今を大事に、と共感するものがあった。
その後宝光寺、清水園、足軽長屋等を観て回り、旅館に戻った時は暗くなりかけていた。
女将が心配そうに待っていたが、二人を見つけるとほっとしたような笑顔で迎えてくれた。
「まあまあ、寒い中大変でしたでしょう」
「二人だとこの雪も嬉しい位でしたよ」
「あらまあ、ごちそうさまでございます、ところで春子ちゃん、ちょっと」
そう言うと、春子を寺井に話が聞こえない距離に連れて行き、何か熱心に頼んでいる風だったが、まとまったらしく春子が寄ってきて、
「実はね、今日芸者さんが二人も休んじゃって、地元のお偉いさんが集まって来るので手伝ってくれないかって、お酌をするだけでいいから、私ポスターのモデルになったでしょう、だからこの芸者を呼んでくれって言われたんですって、その代わり今日の宿代も要らないし、好きなだけ泊まって貰って、サービスも一杯しますからって」
と一気にまくしたてた。
「そう、でも君はどうなの?」
「人が足りないんじゃ手伝おうかなって、修さん、あと何日か休み延ばせる」
「うん、二日も三日も同じだよ、この際」
「よかった、じゃあそうしてよ、その代わり私の休みも増やして貰う様に頼むから」
話が付いた途端女将が飛んできた。
「急で申し訳ございません、ようやく会えたばかりでしたのに、感謝感激でございます」


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もう一つの春 35

2007-02-19 18:16:18 | 残雪
夕飯を食べている間にも雪が降り続き、森の中の静けさが二人を包み込むと、現実と離れた別の空間に漂っている感覚に陥る。
「静かだねえ」
「ええ、今日はお客さんが少ないから殆ど貸切状態よ」
「このままずっと居られたらいいだろうね」
「都会育ちの人には無理よ、すぐに退屈してしまうわ」
「君だってそうじゃないか」
「私には雪国の女の血が流れているのよ」
「随分古い表現をするんだね」
「古いものを引きずって生きていくんだわ、これからも」
「ここで、ずっと」
「さあ、それは分からないけど・・・」
春子はまた綺麗になっている。
寺井は会う度に変化していく、彼女の着物姿や仕草に、いままでと違う魅力を感じ取っていた。
翌朝も雪が降り続き、寒さが戻って来た様だが、慣れたせいか気にならなかった。
「もっと寒いかと思ったけど、それ程じゃないね」
「ええ、私も東京に住んでいた時の朝なんか辛かったけど、いまはそんな事はないわ」
「毎日美人の湯に入っているからじゃないの」
「あはは、美人の湯っていうのは月岡温泉のキャッチフレーズなんだけど、でもやはり温泉のせいかしら」
「月岡温泉はよく知られているから、規模も大きいんだろうね」
「それはもう、芸妓さんだって大勢いるから、とっても綺麗な人もいるわ、私何人か知ってるから呼んであげようか?」
「いいよ、君とゆっくりしていたいから」
「何事も経験よ」
「今度ね、それよりも今日はどこに行こうかな」
「そうねえ、晴れた日の朝だったら瓢湖の白鳥なんだけれど、もういないかしら」
「雪の新発田城、観に行こうよ」
「あ、いいわね、私まだ行ってないんだ、近いけど機会がなくて」
「あやめ城とも呼ばれているんだろう」
「そう、数年前に復元工事が完成したばかりだそうよ」
新発田市までタクシーに乗り途中から雪の中を歩いて行く。
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もう一つの春 34

2007-02-15 20:35:13 | 残雪
「あらやだ、お分かりになります、春子ちゃんの年頃でしたかしら、丁度。春子ちゃん、そういえばあなた、きょうはいやに色っぽく見えるね」
「やだそんな、着物のせいでしょ」
「ふーん、そうかい」
「それよりもう食事の時間ですよ、修さんはあまり飲めないので、その分料理でお持て成しお願いします」
「はいはい、早速用意しましょう、任しといて」
「それと、今日と明日は休みを貰っていいんでしょう?」
「駄目だ、と言ってもきかないでしょ」
「その通りです」
「あはは、綺麗な娘には敵わないわね、どうぞごゆっくり」
そう言うと慌しく出て行った。
「面白い女将さんだね」
「あれでなかなかのやり手と、土地の人の噂よ、きょうは色っぽいだなんて、やはり見抜かれているみたい」
「そうだろうね、僕達じゃとても太刀打ち出来ないよ、でも二日は休みを取れたのだから、この部屋に泊まれるのだろう」
「ええ、嬉しかったわ、早くこの日が来ます様にって、神社にお参りにも行ってたのよ」
「遅くなってごめんね」
「とんでもない、ご家族の都合もあるのに、本当によく来てくれました」
「ここに居る時は、その話はやめよう」
「分かりました、そうします」
「また雪が降り出したんだね」
「そうね・・・後でライトアップした露天風呂にいきましょう、雪が舞っているのがとても素敵よ、貸切にして貰うから」
「幻想的でいいだろうね」
「私、一人でお湯に浸かっている時いつも想っていたの、雪の夜あなたとこうなれたらなと・・・夢が叶ったわ」
「まだ、これから始るんだよ」
「もう、これで充分満足よ」
「会えたばかりじゃないか」
「時間じゃないの、私はこれでいいの、これで本当に」
春子は満足しきっている様子で、それが寺井には不可解だった。
このままここで一緒に住んでくれ、と言われた方が余程納得がいく。
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