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ブログ小説 過去の鳥

淡々と進む時間は、真っ青な心を飲み込む

老いの風景

2007-08-08 17:06:43 | 小説
杉並のアパート 84歳男性病死 認知症の妻1週間気づかず(産経新聞) - goo ニュース

 この記事を目にし、以前書いていた小説が頭をよぎった。発表していない小説。おいらにしては、ちょっと軟弱なストーリー。
 で、この記事のこころの背景を思いながら、アップさせていただく。ブログにしては長めだけど、気が向いたら最後までどうぞ。


  老いの風景  前編
              
 カーテンの隙間から差し込む光の帯が、正二郎の目の上にかかった。正二郎は、それをうるさそうに手で払いながら、目を開いた。
 二、三度まばたきをして、顔を横に逸らす。
「ああ……」
 ため息とも叫びともつかない声をひとつ発した。
 体を硬くして耳をそばだてる。
『起きましたか、お父さん』
 と、妻の志津子の声が、台所の方から聞こえてくるはずだった。
 しかし声はない。道路を行き交う車の音や、裏の公園の方からヒヨドリの引き裂くような鳴き声が聞こえるだけだ。
「ああーっ」
 もう一度叫んだ。
 耳を澄ました。やはりどこからも反応はなかった。
 顔を起こし、横に敷かれたままの布団に目をやった。志津子の姿はなかった。
 首をもたげて足元の先に視線を向けた。襖は閉じられたままだった。
 襖の向こうはダイニングキッチン。志津子が台所にいるのなら、せわしなく動きまわる足音や、食器の触れ合う音が聞こえてきてもいいはずだ。しかし、人の気配はない。
 正二郎は、布団の上に上体を起こした。
「お母さん、起きてるのかい」
 呼びかけて、また耳を澄ましてみる。
 二十秒ほど待ったが返事はなかった。
「なあ、ばあさんや。志津子……」
 別の呼び方で声をかけてみる。しかし、静まり返ったままだった。
 立ち上がった。布団を踏みつけて進み、襖に手をかけた。居間にいる相手を驚かそうとするかのように一気に開けた。力を込めて。
 ダイニングには、だれもいなかった。テレビは点いていない。キッチンでお湯も沸いてはいない。
 正二郎は、いつも腰をおろすソファーに目を向けた。置かれているはずの朝刊が見当たらない。
 食卓のいすに腰を下ろした。この時間はいつも、好物の納豆と味噌汁の椀が食卓に用意されていた。ガス台には鍋があって、正二郎が起きると、志津子は暖め直し、熱い味噌汁をよそってくれる。だが、食卓には何も用意されておらず、ガス台に鍋もなかった。
「母さんや、どこだね。隠れているのかね」
 正二郎は、また呼んだ。
 壁の時計に目をやった。八時半を回っている。ふだんの日は七時に志津子に起こされる。だが、今日は起こしてはくれなかった。
 正二郎は、食卓の椅子に座った。
 志津子は、何も言わずに出ていくわけがない。買い物に出かける時だけでなく、ごみを出す時も、隣に回覧板を届けに行く時も、必ず声をかける。
 正二郎は、病院の待合室で待つように、ただじっと待った。
 時間は過ぎていく。しかし志津子はなかなか姿を現さない。
 十五分ほど待ち続けていると、尿意を催してきた。いったん感じると、膀胱に神経が集中し、すぐにこらえられなくなる。
 立ち上がり、廊下に出た。トイレのドアが半開きになっていた。正二郎はノブに手をかけ、ドアを開いた。
「おおーっ」
 その瞬間、正二郎は、調子っぱずれの声を上げた。
 志津子は、便器を抱え込むようにして倒れていたのだ。
「なんだ、こんなところにいたのか。どうしたんだ」
 正二郎はしゃがんで、志津子の肩を揺すった。
「おい、起きろ。布団で寝ろよ。風邪をひくぞ」
 だが、反応はなかった。頬を触ってみると冷たい。半ば開いた目は、うつろに中空を見つめ、顔は土色に変わっていた。小さく開いた口の端からは、嘔吐物が糸を引いている。
「おい、身体が冷たくなってるぞ。死んでるのか? 困ったなあ。まだおれ、朝めし食ってないんだけどなあ」
 次に何をすればいいのか、正二郎の頭には浮かばなかった。しかし、便所で倒れたままではまずい、ということは理解できた。目を見開いたままなのも見苦しい。
 正二郎は、志津子の目を閉じてやり、トイレットペーパーを引っ張り出して口元の汚れを拭ってやった。
「どうしよう。困ったなあ。布団へ連れて行くか?」
 正二郎は、志津子の両脇に腕を通して抱えた。持ち上げようとするがなかなか力が入らない。それでも渾身の力を込め、引きずりながら布団まで運んだ。
 志津子の布団は、まだ敷きっぱなしだった。その上に寝かせ、掛け布団をかぶせてやった。
 息が切れた。
 ひと息つくと、尿意を催した。用を足していなかったことに気づき、もう一度トイレにむかった。
 尿はしっかり出た。手をよく洗い、居間に戻った。
 空腹感がよみがえってきた。何かを口にしたい衝動にかられる。
 しかし、テーブルには、何も用意ができていない。
「おい、ばあさん、どこだ。おなか減ったよ」
 台所を見回してもいない。
 洗濯をしているのかもしれない、と思い、洗面所の洗濯機置き場へ行ってみた。
「志津子、どこだ?」
 洗濯機のそばに姿はなかった。洗濯機の蓋を開けて、中を覗いてみた。下着類が何枚か放り込まれていただけだった。
 浴室に入り、浴槽の蓋をとって確かめたが、やはりいない。玄関にも見当たらなかった。首を傾げながら、居間の隣の寝室をあけた。敷かれたままの布団に横たわった志津子がいた。
「おお、なんだ、まだ寝ていたのか。なあ、母さん、起きてくれよ。腹、減ったぞ」
 正二郎は、妻を起こそうとして布団の脇に座った。その時、顔の異変に気づいた。
「おい、死んでるのか? 困ったなあ、生き返りなよ」
 肩を揺すってみたが、反応はない。
「こんなに冷たくなって、寒くないのか」
 正二郎は、妻のすぐ脇に身を横たえた。冷たくなった身体を抱いた。
「どうだ? 温かいだろう? 目が覚めてこないのか」
 志津子は返事をしない。体の反応も全くない。
「困ったなあ。生き返ってくれよ」
 何度か言葉を変えて話しかけてみるが、答えは返ってこない。
 電話がなった。
「なんだ、電話か、母さん、電話だけど」
 志津子は動かない。
「どうしたんだ。わたしが出るのか、しょうがないなあ。母さん、わたしは電話が嫌いなんだけどなあ」
 正二郎は、しぶしぶ起き上がり、電話のある居間に向かった。

 志津子は、一年ほど前に心筋梗塞の発作で倒れたことがあった。手術をしたりして一ヶ月あまり入院したが、幸い予後は良好だった。ここのところ発病以前と変わりのない生活を送っていた。しかし、血圧は依然高めで、心臓に爆弾を抱えていることには変わりはなかった。
 由美は、毎朝、義母の志津子に電話を入れてご機嫌を伺う。子どもを学校に送り出し、洗濯と台所の片付けを済ませた後だから、おおむね九時過ぎになる。買い物や通院などの用がないかをたずね、もし用事があれば車で迎えにいって一緒にでかけることにしていた。
「どうしたのかしら」
 由美は首をひねった。ふだんは呼び出してだいたい三回以内に出るからだ。トイレにでも入っているのかもしれない。もう一度かけ直そうかと思ったところに、相手が出た。珍しく義父の声だ。
「はいはい」
「もしもし、由美ですが」
「はい、遠山ですが」
「お義父さん、お早うございます。あの、お義母さんはいらっしゃいます?」
「おかあさんですか? あの、どちらのおかあさんですか?」
「いやですわ。おばあちゃんですよ」
「おかあさんと違うのですか。おばあちゃんですか?」
「そうです。真菜のおばあちゃんで、正樹さんのお母さん」
「そんな人、いませんよ」
「じゃあ、お義父さんの奥さんは?」
「いますよ。志津子です」
「その志津子さんですよ。代わってもらえますか?」
「はいはい、ちょっと待って下さい」
 電話の向こうでは、子機を持ったまま、家の中を探している様子である。由美は、最近の義父の様子が奇怪しいのに気づいていた。それがますますひどくなっている気がする。
 胸騒ぎがした。
「いませんねえ。トイレも風呂場もいませんね。どこへ行ったのでしょうか。もっと探して見ますか?」
「ええ、寝室はどうですか?」
「寝室ねえ、まだ寝てますかねえ」
 義父は寝室へ向かっている様子だった。ややあって、喜々とした声が返ってきた。
「いました、いました。よかったです。いましたよ」
「ちょっと代わっていただけますか?」
「あの、代われないと思うのですが、ちょっと待って下さい……」
 正二郎は、子機を持ったまま、妻の志津子の側で見下ろした。肩を揺すってみる。だが、むろん起き上がろうとしない。
「やはり駄目です。死んでるようですね」
「えっ、死んで……」
「ええ、ええ、死んでるんです、たぶん。わたし、まだ、ご飯を食べてないもんで、お腹が減って。あなた、ごはんはどうしたら食べられますか?」
「ほんとに、お母さんは死んでるんですね。お医者さんに電話しましたか?」
「死んでるのに、お医者さんは変でしょう。あの、納豆もかけて食べたいのですが、どうしたものでしょう?」
「わかりました、正樹さんに連絡して、私もすぐにそちらへ行きますから」

 由美の夫の正樹は、都内の高校で生物を教えていた。一時間目の授業を終え、生物準備室へ戻ってみると、机の上の携帯電話の液晶画面が点滅していた。
 由美からのメールだ。
『お義父さんたちの様子がおかしい。すぐに電話をください』
 正樹は、電話を入れた。由美は、すぐに出た。
「あっ、今運転中なの。すぐに横に寄せるから」
 車をあわてて停めようとしている様子が、受話器の向こうから伝わってくる。
「……お義母さんが、死んだって、お義父さんは言ってるのよ」
「えっ、親父の様子も、変なんだろう?」
「ええ、かなりぼけてるみたいで。わたし、今向かっているところだけど、あなたも帰ることはできないかしら?」
「なんとかする。すぐに出るにしても、ここからだと一時間はかかってしまうから、とりあえず親父を見ててくれ」
「わかった」
「それに、おふくろのかかりつけの、中村先生だっけ、あの先生にも電話しておいてくれ。おれは教頭に頼んで何とかすぐに帰れるようにするから、何かあったら携帯に頼むよ」
「いいわ。急いでよ。真菜は今日、午前中で学校から帰って来るから」
 正樹は、由美からの電話を切ると、正二郎に折り返して電話を入れた。
「お父さん、由美から聞いたけど、お母さんが死んでるって、本当ですか?」
「ああ、死んでるようだ。どうしたものかね」「医者には電話をしてないのだね」
「死んでても治してくれるのかね。医者に電話しても、助からないと思うし、わたしは電話が嫌いなんだよ」
 正樹は、父親の様子が何か奇怪しいとは感じていた。
 十日ほど前に訪ねた時も、父親はとんちんかんだった。食事の時間や料理の内容など、何度も同じことを訊ねたりするし、以前は夢中になっていた釣りの話に、全く興味を見せない。それに、ぼうっとテレビを見ているだけのことが多く、口数が極端に減っていた。ただ、アルツハイマー症のように、人の名前を忘れてしまったりするようなことはなかったし、ただの老人性の記憶力の低下だと思っていた。
 母親は、そんな父をしっかりフォローしていた。母親のいいなりの子供のようだった。
「わかった、中村先生には、由美の方から連絡してもらうから。それにぼくもすぐにいくよ」

 正二郎は、空腹だった。それを癒すことがさしあたっての急務であった。
 炊飯器の蓋を取ってみた。中にはご飯があった。
「おお、ごはん……」
 へらがなかった。お茶碗は、炊飯器の横の食器棚にあるのが見えた。取り出して、茶碗を炊飯器の中に突っ込み、ご飯をすくった。茶碗のふちに付いたご飯が、ぼろぼろと落ちたが、正二郎はかまわずにテーブルの上に置いた。冷蔵庫には、白菜の漬物が小鉢にラップにくるまれていた。正二郎の大好物である。鍋には、大根の煮つけもあった。
 ご飯を食べる時、必ずテレビをつける。ワイドショーをやっていた。正二郎は、食い入るように見ながら、ご飯を口に運んだ。
 食べおわってお茶を飲みたくなった。湯はいつものポットに沸いていた。急須も、ポットのそばにあった。しかし、お茶の葉が見つからなかった。自分で葉を入れたことはない。どこにあるのか、さっぱり見当がつかない。キッチンの下の引き戸を開いて見た。引き出しも全部開き、中を覗いてみた。だが、茶の葉は見つからなかった。

 由美は、正二郎の家に着くと、玄関のチャイムをならした。返事はなかった。ドアのノブを回したが、鍵がかかったままだった。いつも持っている合鍵でドアを開けた。
 中へ入った。ダイニングの方でテレビの音が聞こえる。
 ドアを開けた。義父は食卓に座ってご飯を口に運んでいるところだった。その目はテレビに釘付けになっていた。
「お父さん!」
 由美は絶句した。姑が死んでいるにしては、あまりにものどかな表情である。
「ああ、いらっしゃい」
「お母さんは?」
「ああ、どうしたんでしょう。志津子、お客さんですよ」
 正二郎は大きな声で呼んだが、返事はなかった。
「なんてお義父さんなの」
 由美は、リビングの隣の襖を開けた。
 敷いたままの布団には、静子が横たわっていた。首の辺りまで、ちゃんと布団も掛けられている。
「お義母さん……」
 その表情をみれば、死んでいるのは明らかだった。
 由美は気が動転していた。すぐに何をすべきかが分からなかった。死体の顔に、何かを被せるべきなのか、そのままでいいのかが分からない。それに、妻の死に感情的な反応をまるで示さない正二郎を、どうすべきかもわからない。
 正二郎は、相変わらず食卓に座ってテレビを見ている。
 自分の妻が死んだというのに、なんて冷たいおじいさん。
 由美の姿を見ると、正二郎はまた聞いた。
「お茶を飲みたいのですが、お茶の葉はどこにあるんでしょう……」
「何を言ってるの、お母さんがこんなになってるのに」
 由美は裏返った声を張り上げた。
 受話器を取り、正樹の携帯電話の番号をプッシュする。
 数回の呼び出し音で正樹が出た。
「わたしよ、大変、いまどこ?」
「電車の中だ。あと三十分はかかりそうだ」
「お母さん、やはり駄目よ。おとうさんは様子が奇怪しいし、早く来てよ」
 泣き声になっている。
「急ごうにも、電車だ。大きな声で話せないよ。中村先生はまだかい」
「そろそろだと思うけど」
「親父のことも、まあ見てやってくれよ」
「うん、見るけど、ほんとに早く来てね」
 由美は電話を切って台所へ向かい、義父の欲しがっているお茶の葉を探した。鰹節や煮干しなどのパックの横に、茶筒があった。中にはほうじ茶が入っていた。その葉を急須に入れていた時、チャイムが鳴った。由美は走って、インターホンに出た。
「はい、どなた様ですか?」
「中村です」
 由美は、ほっとした。
 玄関まで小走りに向かって、ドアを開けた。髪の薄い中村医師が、往診鞄を持って立っていた。
「お待ちしてました」
「奥さんはどちらで」
「ええ」
 中村医師は、案内されるまでもなく靴を脱いだ。由美は、寝室へ案内した。
 志津子は、頬が土色に変わり横たわっていた。医師でなくても死体になっていることはわかる。
「もう、私の出番じゃありませんね。たぶん心筋梗塞だと思いますが、どういう状況で亡くなられたのですかね」
「よくわからないのです。義父が少し奇怪しくなっているもので、事情が聞けなくて」
「ああ、そのようですね。で、警察には、もう連絡されましたか?」
「いいえ、こんな時、警察に、連絡するんですか?」
「いちおう変死になるんでね。まあ、病死であることは明らかだと思いますが、あとあとのこともありますし。それじゃ、私が電話しましょう」
 中村医師は、手慣れた様子で携帯電話で警察に連絡した。そして、事情を説明した。

                            続く

電車汚物の悲劇的官能小説

2007-07-02 11:01:22 | 小説
列車内に大便 におい消えず運転とりやめ JR神戸線(朝日新聞) - goo ニュース


 午前四時十七分、腹部の痛みで目を覚ました。十二指腸のあたりで虫でも暴れているのかもしれない。雷のようにやたらごろごろ鳴っていやがる。
 昨夜食った仕出し弁当の残りの海老の天ぷらがいけなかったようだ。確かに嫌な匂いがしていた。ひと口齧って、やばいかなと思ったが、常日頃の胃腸の頑丈さをつい過信して食ってしまった。そのあげくがこれだ。
 トイレに入り、しゃがんでみた。出たのは我ながら息が詰まりそうになる恐ろしく臭いガスだけだった。
 すっかり目が覚めてしまった。ガスを抜いて腹の中はやや落ち着きを取り戻したものの、もう布団に戻る気はしなかった。
 配達されたばかりの朝刊に目を通した。読む気を起こさせてくれる刺激的な記事は載っていない。テレビをつけてみた。天気予報の若い女のアナウンサーが、今日も一日、雨が降り続くでしょう、と、嬉しそうに喋っていた。
 腹具合が回復すれば、空腹を感じてくる。俺の胃袋は、生来意地汚い。
 冷蔵庫を開けてみた。アップルパイがあった。女房が自分のおやつにするつもりで残しておいたものだろう。躊躇なく胃袋に放りこんだ。牛乳をコップに注ぎ、一気に飲んだ。少し酸っぱい気もしたが、腐りかけの海老天でさえ平気な俺だ。どうってことはないだろう。
 腹ごしらえを終え、服を着替え、定期入れや財布、ハンカチなどをポケットに放り込み、いつものように女房が目を覚ます前に家をでた。
 外は雨。しかも土砂降り。湿った大気が肌にまとわりつき、全身が汗ばんでくる。
 会社までは、電車を二回乗り継ぐ。私鉄で二十分、都心のターミナル駅でJRに乗り換えて、さらに十三分だ。
 最初の私鉄が混む。十両編成の電車は、俺の待つホームにすでに満員の乗客を乗せて到着する。二人が降り、十人ほどが乗り込む。
 車内は、冷房がほとんど効いていなかった。外は激しい雨。窓は閉められたままである。俺の眼鏡は、熱気で曇った。
 どぎつい化粧や香水、わきが、二日酔いのむっとする口臭……。悪臭の坩堝と化した空間。とんでもない電車に乗り込んだものだ。
 駅に着くたびに客が増え、三つ目の駅で完全に身動きのとれない状態になった。
 目の前には、大柄な女の干し草のような髪があった。その横には、中年男の赤ら顔があった。誰もが人の鋳型にはまりこみ、無表情のまま固まっていた。
 ドアが閉まり、電車は走り出す。脱出不可能な密室となる。見ず知らずの人間どうしが肌を寄せ合ったままの密室。美女と痴漢が、身体をぴったり密着させて呉越同舟。乗客は、目的の駅までただじっと耐えるほかない。時間がたてば、混雑地獄から必ず開放される。だからこそ我慢ができるのだ。
 干し草頭の女が揺れ、その横の赤ら顔が、俺の目の前に来た。酒臭い息が、俺の顔面を直撃する。歯槽膿漏の匂いも混じってやがる。最悪の口臭だ。吐き気を感じた。同時に、俺の胃腸は鳴動を復活させた。
 下腹部を捩じるような痛みが走る。電車の小刻みな振動が下腹部を刺激し、便意を誘う。満ちてくる潮のように、便意はじわじわと増幅されてくる。
 やばい状況になってきた。次の駅まで、四分ほどかかる。ともかく耐えねばならない。その程度なら、なんとか我慢できるだろう。我慢する以外に方法もなかった。
 時間の経過とともに、腹痛は激しさを増した。立ったままの姿勢がよくない。熱気と震動が、下腹部をさいなむ。腹の鳴動はますます大きくなり、全身に鳥肌が立ってくる。肛門がうずうずしはじめる。
 とりあえず電車は、しっかりと走っていた。耐えるだけだ。あと少し。こんな場所で洩らしてはならない。それだけはだめだ。
 揺すられ、押されるたびに、肛門から内容物が噴き出しそうになる。それを、ひたすらこらえるだけ。もう少しの我慢だ。
 腕時計を見た。あと二分で駅に着く。着けば、途中下車してトイレに駆け込む。それで万事解決だ。簡単な話だ。
 電車は走り、時間は確実に進んでいた。快調な速度。
 あと一分で駅に着く。もう少しの辛抱。
 トイレ、トイレ……。
 懐かしいトイレ、爽やかなトイレ……。
 たとえ、『只今清掃中』の看板がかかっていようと、駆け込んでしまえばこっちのものだ。ドアを開け、ズボンを下ろし、便器にしゃがむ。肛門から一気に噴出する便。それで腹痛地獄と激しい便意からおさらばだ。
 電車はスピードを落とした。いつものカーブにさしかかった。あと三十秒もすれば、ホームにすべりこむ。電車から吐き出され、トイレに駆け込む。あと少し。
 その時だ。

 電車は急ブレーキをかけた。
 俺は押された。
 腹が押され、中身がチューブのマヨネーズのように一気に吹き出しそうになった。それを、ぐっと堪えた。肛門を固く固く閉じて。
 通常ならドアが開き、客がどっと降りるはずだ。しかし、ドアが開かない。客に動きがない。
 窓から見える風景も変だ。駅に入る直前のビルが見える。ホームに半分ほどつっこんで停車したようだ。いったい何があったのだ。この緊急の時に。
 止まって二十秒ほど間があって、車掌のアナウンスがあった。
「ただいま、ホームからこの電車に飛び込んだ人がいるため、急停車しました。状況を調べておりますので、そのままでしばらくお待ち下さい」
 おいおい、冗談じゃない。俺の肛門は、大便を吹き出しそうになっているんだ。一刻を争う緊急事態である。そんな時に、待てだと?
 目の前の赤ら顔の男の息が臭い。避けるために顔を捩って、女の干し草頭の方に向けた。首筋には、汗がねっとりと浮かんでいる。安っぽい化粧品の匂いが鼻をつく。
 我慢の限界を、すでに超えていた。鳥肌と冷や汗。蜘蛛の糸のように頼り無げな、ほんのわずかな理性が、肛門の爆発を抑えているだけだ。腹の中ではマグマが沸騰し、グルグルブリブリと不気味な音を発している。駄目だ。噴出しそうだ。
 だが、出してはならない。絶対に、出してはいけない。出したら身の破滅だ。ウンコまみれのパンツで、会社に行けるわけがない。街も歩けない。悪臭プンプン、汚物ベットリ。破廉恥とか下品とかいうレベルの問題ではない。
 むんむんする熱気。頭の中はしらっちゃけ、目が霞んでくる。排泄本能の甘い誘惑。肛門の筋肉を、水道の蛇口を捻るようにほんの少し緩めるだけでいいのだ。死にそうなこの苦痛から解放される。たったそれだけのことなのに。
 と……。その時だ。
 待ったかいがあった。突然電車が動き出した。同時に大きく揺すられた。
 その圧迫で、腹が押された。中身が吹き出しそうになった。
 こらえた。懸命にこらえた。気が遠くなりそうだ。しかし耐えた。ドアが開くまであと十秒もないはずだ。絶対に出してはいけない。俺は失神しそうになりながらも、ただただ堪えた。おしんの百倍も千倍も一万倍も……。
 電車は止まっている。それなのに、ドアが開かない。嘘だろう。どうしたんだ。
 肛門を締めている筋肉が痙攣をしはじめる。中身をもらさないように尻に力を入れ、身を捩らせた。腰が「く」の字に折れ、干し草頭の女の尻を押す。女は過剰な反応を示した。
「いや、やめて」
 だが、身体をまっすぐできる状況ではない。肛門の筋肉は、びりびりと痙攣している。今度は腰を逆に捩らせた。俺の肩が前の女を押し、強く握りしめたこぶしが女の尻を押す恰好になった。
「やめてと言ってるでしょう。このひと、変なことをする……」
 女が叫ぶと、回りの男たちは俺をにらみつけた。一人が、俺の右腕を掴んだ。
「あんた、変なことをしたのか?」
 返事はできなかった。口を開けば、肛門も開いてしまう。
「おい、あんた、こたえろよ……」
 また、俺の腕を掴んだ男が叫ぶ。
「……」
 答えられない。答えることができないのだ。にもかかわらず、男は答えを強要した。
「警察に突き出すぞ。ねえ、みんな、こいつは痴漢です。駅に下りたら、皆さん、手を貸して下さい……」
 冗談じゃない。俺は、痴漢なんかじゃない。なんてばかな話だ。ちくしょう、俺はただ、便意を催しているだけだ。ウンコを出したいだけだ。
 ウンコ……、ウンコ……。
 これ以上排泄を堪えれば、腸がパンクする。腸の爆発で死んだら、世間の笑いものだ。
「おい、痴漢、ふてえ奴だ。このくそったれ、何とか言え!」
 一人が、そう言って、俺の頭を殴打した。
 なぜだ。なぜ、殴られなければならないのだ。
 ふざけるな。ばかにするな。くそったれだと。冗談じゃない。
 俺の頭はついにぶっとんでしまった。肛門に繋がっていた堪忍袋の緒はバッサリと切りはなたれた。
 くそったれ、とはこういうことだ。
 肛門の発する爆発音とともに、異臭が噴き上がった。生ぬるいものが、股間を伝い、堰を切ったように流れ落ちていく。下痢便の空前絶後の悪臭。同時に悲鳴と絶叫が響く。罵詈雑言と狂気の雄叫び。悪臭渦巻く地獄絵図。パンツだけでなく、ズボンも靴もウンコがべっとり。破廉恥という領域を遙かに越えた屈辱。
 ちくしょう。もうどうにでもなれ。
 俺は、枯れ草頭の大女に、後ろから思いっきり力強く抱きついてやった。
「きゃーっ、やめて」
 女は叫んだ。やめるものか。両手で乳房を掴んだ。強く揉んでやった。ちきしょうめ、痴漢とはこうするんだ。
 次の瞬間、ドアが開き、乗客たちは一気にホームへ逃げ出していった。干し草頭の女も、俺をふりほどいて逃げた。脱兎の如く逃亡する乗客ども。
 車内に俺だけが取り残された。排泄物にまみれ、床に崩れ落ちた俺だけが。

 遠い遠い世界から、間延びした男の声が聞こえてくる。
「……電車が遅れまして、大変ご迷惑をおかけしました。本日は傘の忘れ物が多くなっておりますので……」  

                              おわり

ジェットコースターなんか怖くない

2007-05-05 18:17:33 | 小説
コースターで事故、女性死亡 約20人けが 万博公園(朝日新聞) - goo ニュース

 ジェットコースターに比べたら、おいらの爆裂小説「バス」の方がもっと怖いぞ。
一度このブログにアップしたが、諸事情あって引っ込めていた小説。さあ、殺人ジェットコースターに挑戦だ。
 みんな、心して読んでくれ。


   バス

 バス停には、すでに五十人の定員いっぱいの客が並んでいた。若いカップル、学生風のグループ、年配の夫婦、小学生を連れたファミリーなど、顔ぶれは多彩だ。連中は規則正しく二列に並び、俺の運転するバスの到着を待っていた。
 俺は、いつものようにバス停の標識の真横にぴったりつけた。五センチと誤差のない見事な停止位置だ。
 レバーを引いてドアを開けた。客たちは乗り込む。こぼれそうな笑顔で無駄話をしながら乗り込んでくる奴がいる。緊張気味の表情で唇を噛み締め乗り込むやつもいる。奥の座席へ進む者、男の手を強く握りしめたままうつむき加減で乗り込む女、相も変わらずいろんな連中が乗ってくるものだ。
 乗客たちの能天気なアホ面を見ていると、俺は無性に腹が立ってくる。客の全員が、俺という人間を知らない。どんな過去を持ち、どんな気持ちで毎日ハンドルを握っているのか、一切知らないのだ。今朝の俺は、妻と喧嘩をして、気分は土砂降り状態であるかもしれない。中学生の息子が万引きで逮捕され、警察に引き取りに行ったばかりで、歯軋り五百回という絶望的精神状態であるかもしれない。そんな事情などまったく意に介さず、涼しい顔で俺のバスに乗り込んできやがる糞ったれども。
 むろん俺も、客にどんな事情があるかは知らない。その知らない者同士が、短い時間とはいえ空間を共有し、仲良く移動しようなんて虫がよすぎる。
 ともかく、俺の気分は最悪だった。水蒸気爆発を起こす寸前の活火山のような精神状態。にたにたと笑い、腑抜けのような面をして横に女を侍らせた男どもよ、見ておれ、貴様たちの度肝を俺のハンドルさばきでえぐり出してやる。無知で傲岸な客どもと断固勝負し、痛めつけ、苦しめ、脳味噌が耳の穴から吹き出すような恐怖を味わわせてやる。

 全員乗り込むのを確認して、ドアを閉めた。もちろんロックも忘れない。窓はすべて嵌め込み式の特殊強化ガラスで出来ており、内部からの開閉は不可能だ。バットで殴られても、拳銃の玉を打ち込まれても割れたりしない。客たちは、完全な密室で阿鼻叫喚の坩堝に身をゆだねることになるのだ。畜生め、見ておれ。

 車内の時計は、出発時刻を表示した。
 ギアをローに入れ、サイドブレーキに手をかけた。
「さあ、乗客の皆さんよー。そろそろ出発時間だ。俺はスピード出すからな。そのつもりで、しっかりシートベルトを締めてなよ」
 車内放送用のピンマイクをオンにして、ひとくさりぶっておいた。
 アクセルに足をかけ、サイドブレーキを外した。
 バスは、タイヤのスリップ音とともに急発進した。すぐにギアチェンジだ。
 アクセルを踏み込む。
 加速する。
 三速、四速、五速と切り替え、発進五秒後には時速百キロに達する。レーサーあがりの俺には、こんな加速はちょろいもんだ。
 俺の背後では、すでにどよめきが起きていた。明らかに客たちは動揺していた。
「さあ、これからだぜ、本番は。どんどんスピードを出すからな。てめえら、小便、ちびるなよーっ」
 どよめきがさらに大きくなる。俺は、客の反応などかまわず、目いっぱいアクセルを踏みこんだ。
「こわーい!」
「きゃーっ!」
 叫び声があがる。悲鳴もあがる。
「へっ、へっ、へっ。知るもんか。ハンドルを握っているのは俺だぜ。俺のバスに乗ったおめえさんらが悪いんだ。絶対に停めてなんかやらないぜ」
 スピードメーターは百三十キロまで上がった。目の前に交差点が見えてきた。信号は血のように真っ赤だ。
「赤信号がどうしたってんだ。へっ、へっ、へっ、どけどけ、こっちはバスだぜ。でっかいんだ。突っ走れー」
 俺は叫びながら、赤信号の交差点のど真ん中へ突っ込んで行った。両側から一斉にクラクションが響く。バスを避けようとした車のブレーキ音と衝突音が重なる。数台の車が、衝突と追突のクラッシュに巻き込まれ、炎があがる。
「きゃーっ!」
「助けてよーっ!」
「ねえ、もう停めて、お願い」
「いやーっ! 降ろしてーっ」
 そんな声は当然無視だ。俺はマイクに向かって叫んだ。
「うるせえ。停めてほしかったらかかってきやがれ。俺のハンドルを奪ってみろ。運転を止めてみなってんだ。その前に、ちょこっとハンドル切り間違えば、全員がお陀仏さ。おめえさんらの命は、この俺が握っているんだ。へっ、へっ、へっ」
 俺は絶対に停めてやらない。見ず知らずの人間を信用して乗ったやつらが愚かなんだ。徹底的に恐怖で打ちのめしてやる。平和な暮らしで弛みきった根性を、叩き延ばしてやる。そして、地獄の奥まで道連れにしてやる。満員の乗客を道連れにすれば、きっと三途の川の渡し船の船頭も大喜びするぜ。

 前方に学校らしい建物が見えてきた。その前の横断歩道を、小学生の一団がのんびりと渡っていた。バスは、横断歩道に向かって突き進んでいく。獲物に突進するチーターのように、スピードを緩めずまっしぐらに。
「さあ、どけどけ。どかなきゃ、全員轢き殺すぞ。へっ、へっ、へっ」
 次の瞬間、バスは衝撃を感じた。同時に、小学生が数人、人形のように吹っ飛んだ。血しぶきが、バスの窓に振りかかる。
「きゃーっ」
「もう停めてよ、お願い」
「いやあー」
 後ろからパトカーのサイレンが聞こえてきた。パトカーは、バスの背後にくっついた。スピーカーからは、警察官の気の抜けた怒鳴り声が聞こえてくる。
「そのバス、すぐに停まりなさい。轢き逃げの現行犯で検挙するぞ。すぐに停めなさい。危険な運転はやめなさい」
「何をほざくか、薄のろパトカーめ。俺に命令しようって野郎は、地獄行きだぜ。お客さんらよ、ようく見ておけ、パトカーのチンケな最期を……」
 俺は、ブレーキを踏み込み急ハンドルを切った。車体は大きくスリップして百八十度回転した。
 パトカーも急ハンドルを切った。だが、制御できずに、横に大きくスリップして民家に突っ込んだ。衝撃音が響き、映画の場面のように炎の柱がエンジンルームから噴きあがった。
「どうだい、俺に逆らう奴には、死に神がお迎えに来るのさ、へっ、へっ、へっ……」
 俺は、バスの体勢を立て直し、アクセルを踏み込んだ。ぐんぐん踏み込む。また、時速百三十キロを越えた。
 行く手に鉄柵のバリケードが現れた。その奥には、装甲車が二台、横になって道を塞いでいた。俺のバスを実力で阻止しようという魂胆らしい。警察なんぞに阻止されてたまるか。
 俺はスピードをゆるめず、まっすぐ突き進んだ。装甲車と激突して、全員が地獄に落ちるならそれでいい。阻止されるくらいなら、潔く爆死する方がましだ。
「このバスは、血に飢えているんだ。もっと血だ、血が欲しいんだ。突っ込むぞうーっ」
 俺は絶叫し、アクセルをいっぱいに踏み込んでバリケードに突進していった。
 乗客たちは、顔面蒼白になり、もう声も出ない。
 バスが突進していくと、バリケードが開き、装甲車は左右によけた。警察としても、激突させて五十人の客の生命を奪いたくなかったのだろう。
 客たちに一瞬の安堵の表情が戻る。
 しかし、一瞬にすぎない。
 上空から、ヘリコプターがやってきた。空から止めようという寸法らしい。そうは問屋が下ろさない。こっちには満員の乗客がいる。いわば人質だ。その命が俺の手中にある限り、へたな手出しはできっこない。
「バスの運転手、停めなさい。いったいどう言うつもりだ」
「うるせえハエだぜ。おめえも泣きをみるってことがわからないのか、ばかめが……」
 俺は、猛スピードで高圧線の下を走り抜けた。ヘリコプターは、俺の罠にいとも簡単にひっかかり、高圧線に接触した。まるでおもちゃのように弾き飛ばされ墜落した。
 この先は海だ。東岬の断崖に出る。
「もうすぐ海だぜ。どうするかって? へっへっへっ、そうさ、飛び込むんだ。海にまっしぐら。海に真っ逆さま……」
 海が見えてきた。
 さあ、ガードレールを突き破って、空へ踏み出すぞ。
 フルアクセル!
 スピードメーターは完全に振り切れ百八十キロ。
「へっ、へっ、へっ、さあ、どうだ。空を飛べるのは飛行機ばかりじゃねえ。バスだって空を飛べるんだぜ。ちくしょう、見ておれ、地獄の底まで飛んでやるー!」
 俺は大声で叫んだ。ガードレールまで百メートル。
 五十メートル。
 十メートル。
 ジャンプだ!
 バスは、ガードレールを突き破って空に浮かんだ。

 束の間の飛行のあと着地した。そのまま、バスの降車場に着いた。停車位置は、いつもの場所から五センチと誤差はない。
 すっかり血の気を失っていた乗客たちは、まるで生き返ったように歓声をあげた。いっせいに拍手が巻き起こる。
「やっほーっ、やったー!」
「さあ、地獄に着いたぜ。今日のところは、おめえらの命を助けてやる。さあ、降りた降りた。次の客が待ってるから急げよ。忘れ物には気をつけろ」
 俺はドアを開け、乗客たちを急かした。
 全員下りると、ただちにバスを洗車場に入れ、ふりかぶった塗料の汚れを慌ただしく落とした。車内の安全装備をスタッフと点検し、出発点のバス停へと急ぐ。
 園内放送が、聞こえてくる。
「ジェットコースターの百倍のスリルと恐怖、冷血で残虐なドライバーの運転する大爆走バスドラゴン号にお乗りのお客さまは、至急六番ゲートの先、ドラゴンマークのバス停にお集まり下さい。間もなく、出発のお時間です。ただし、心臓に病気をお持ちの方、ならびに妊娠中の女性……」


   どうだ、終わりだ、参ったか!





頭部移殖手術

2007-02-25 20:27:55 | 小説
移植学会幹部らが「万波移植」を批判 臨時理事会を開催(朝日新聞) - goo ニュース

 夏目美奈子さんは、とても美しい女優でした。
 でも、彼女は、30代で不治の病白血病に冒されたのです。ああ、なんという無常。美人薄命、醜女長寿の悲しい現実。

 余命はあと二ヶ月がせいぜい。そう宣告され、ファンはみんな悲しみました。ファンばかりか、日本中が悲しみました。悲嘆の涙は川となり、海をさらにしょっぱく変えていったのです。
 こんなに美しく、しかも聡明で、演技の素晴らしい女優を失うことは、日本の芸能界にとっても大きな損失です。なんとか、最新の医療で、夏目美奈子さんを救うことができないものでしょうか。ファンや親族、それに多くの関係者が方法を考え、各界に働きかけました。
 そこへ現われたのは、四国のブラックジャックとも呼ばれた謎の名医千波医師でした。

「病んだ肉体でも、移植すれば救われます」
「えっ、夏目美奈子さんは助かるのですか」
「わたしが手術をすれば、どんな病人でも、たちどころに元気もりもり、森光子状態に。ただし、大きな犠牲も伴います」
「どんな犠牲でしょう」
「自分の醜さに絶望している女性の犠牲です」
「それは、どういうことですか」
「つまり、夏目美奈子さんの頭部と移殖交換する土台となる肉体の提供者が不可欠と言うことです」
「そんな人がいますかね」
「生きているのも嫌になるほど容貌に自信のない女性が望ましいですね。その女性は、移殖によって夏目美奈子さんの美貌を手に入れることができます。その代わり、夏目美奈子さんの肉体に移植された頭部は、その肉体が死滅することで失われることになります」
「ということは、容貌に自信のなかった女性は、夏目美奈子さんの美貌を持っていき続けることができるのですね」
「正解です。いかがですかね。素晴らしいではありませんか。どんなに醜くても、夏目美奈子の美貌に変身してしまうなんて、まさに奇跡ではありませんか」
「で、生きているのは夏目美奈子さんですか、それとも肉体の提供者ですか」
「それはどちらでもたいした違いはありません。青虫が蛹になり蝶になるように、容貌の変化はささいなこと。肉体の継続こそが意味をもつのですから」
「なんだかよくわからないですが」
「そう、生命は神秘です。タマネギは、皮をむいていくと中がなくなるように、人の肉体もひん剥くと消えてしまいます。そういうものです」
「ますますわからないですが」
「わからなくてけっこう。わからないからこそ、恋も生まれます。生命は神秘。謎だらけだってことです」
「謎ですか?」
「謎です。深い謎。マリアナ海溝よりも深遠な謎。モナリザの微笑みの百倍の謎です」
「謎のまま、頭部を移植するわけですか」
「これは、何も珍しいことではありません。古代エジプトでもすでに行なわれていた手術です。ピラミッドにスフィンクスの像。まさにライオンの肉体に人間の頭部を移殖した大手術が、麻酔も輸血もない時代に行なわれていたのですよ。この高度な移植手術を、彼らは超能力で行なっていました。わたしは、この両手で、極めて科学的に行います。どうです、この繊細な指先。わたしは、この指に三億円の保険をかけているのです」
「ところで、千波先生、ニンジンはお好きですか?」
「もちろん好きです。ピーマンも、ホウレンソウも大好きです。野菜を食べると、胃腸の調子もよくなります。キュウリもレンコンも、牛蒡もサヤインゲンも。皆さんにもぜひ、野菜は欠かさないようにしていただきたいですね。野菜を食べると、馬のように足も早く、精力もつきます」

 ということで、野菜を食べましょう。
 まあ、移殖には様々な問題が。
 生きたいと願う気持ち。
 それよりも、生かしておきたいと言う気持ちが勝っている現実。
 さて、今後どのような展開をしていくものか。

捏造!新あるある大事典2

2007-02-05 09:01:52 | 小説
 昨日、社会のジャンルで同テーマでアップした話を、やや改変して、小説としてアップすることにした。
 それが、この「捏造!新あるある大事典2」だ。

 捏造番組をネタにした小説であるため、当然捏造、偽装、粉飾はいたるところに散りばめられている。したがって、真相に関心のあるまともな皆さんは、読むのをパスしていただきたい。
 これは、関西テレビの下請けの日本テレワークのさらに下請けの某社がさらに契約したディレクターやADが引き起こした捏造とされている。
 で、番組の中で使われていたVTRがどのように編集されていたのか、その現場の生の会話を知ることで、捏造の背景や全容が見えてくると思われる。
 ということで、この文をアップした次第。

 で、そのスタジオでは、制作会社のスタッフが、スタジオの編集オペレーターや録音マン、オンコウさんと呼ぶ音楽効果、ナレーターなどの外部スタッフの手を借りて、撮影素材のテープを編集し、テロップや音楽、ナレーションなどをつける作業を行なう。
 仕上がったテープはカンパケといい、それを局スタジオに持ち込み、出演者たちが見ながら収録に臨むのである。

 スタジオ収録では、クライアントや代理店担当者、局プロデューサーも当然立ち会うが、その前のカンパケ制作には通常は立ち会わない。というのは、30時間から40時間も続く長い作業で、外部の人間が見ると発狂しかねないほどまどろっこしい作業が、まさに不眠不休、体力との戦いで延々と続くからだ。


「はい、おなかの画、挟みました。どうですか」
「あんまり変化ねえなあ。これじゃあ、痩せたってことがわかんねえよ。もっと極端に痩せた画はない?」
「じゃあ、送って見ますよ。あっと、これなんかどうです?」
「いいねえ。ちょっとつないで見てよ」
「はい」
「おお、いいじゃないか。すごく痩せたように見えるよ」
「でも、これ、全くの別人ですよ」
「かまうもんか。腹だけなんだもの、別人だってわかんねえよ。ほくろとか手術の痕とか、目立つものはないだろう」
「ええ、ないですが」
「よし、つないじゃえ。ここに『2週間後』のテロップだよ」
「はい、(キーボードを叩く音)これでいいですか」
「もっと大きく出せない? 衝撃的変化なんだから」
「回転させて出しますか?」
「ああ、三回転半の荒川静香ジャンプで出して」
「はい。どうせ派手なMEつけるんでしょう」
「ああ、コキーンって感じかな」
「はい、じゃあ、ここまでつなぎました。でも、ほんとにこんな編集していいのですか」
「いいも悪いも、やんなきゃ収録に間にあわねえよ。つべこべ言わずに、つないでりゃいいんだよ」
「はい、そりゃつなぐのが商売だからつなぎますけど」
「よしよし。後はインタビューのテロップだ。こんな訳だと、インパクトないじゃないか。松本、おい、おまえ、寝てるんか。起きろ」
「は、はい、すみません」
「バカ野郎、おまえか、こんな訳を書いたのは」
「あ、ああ、ぼくですが」
「こんな表現じゃインパクトがねえ。もっと気のきいた訳をつけろよ」
「インパクトないですか?」
「あたりまえだろう。みんな納豆を食いたくなるテキヤの口上のような文句を並べなきゃ。ネットで急いで探しな。それにグラフか何かないのか」
「さあ」
「考えている暇があったら探せよ」
「はい」
「また、島田さんの得意な嘘八百路線ですか」
「嘘じゃねえ、夢だよ。番組を見る連中は、どうせ馬鹿な主婦がほとんどなわけじゃないか。ああいうのをだまくらかすには、矢継ぎ早にこれでもかこれでもかと効用を並べ立てるだけなんだよ。内容に疑いなんて挟ませてはいけない。ナレーションは速射砲のように、ポンポンたたみかけ、映像には何でもかんでもビヨーンとかプインとかMEをうるさくなるほどつけて、視聴者を掴むんだ。見られてナンボのテレビだからね」
「数字が取れたら、今度はご褒美があるんですよね」
「ああ、20を超えたら、香港行きだぜ。グッチもヴィトンも買い放題。もう、ギンギンガンガンにいくしかねえだろう」
「でも、毎回こんな嘘ばっかりやってて、大丈夫なんですか。そのうちばれてしまわないかと」
「アメリカ人がわざわざ日本のテレビを見ることはねえんだ。心配ねえよ。それに、ばれたってたいしたことねえ。どうせ情報バラエティーなんだから、みんな話半分に見てるさ。局の連中だって、適当に演出を加えていることぐらい知ってるんだから」
「そうですか?」
「だってそうだろ、VTRの仕上げに立ち会わないし、こっちに丸投げなんだぜ。適当にやってくれってことの無言の意思表示さ。あの制作予算と日数で、きちんとした番組なんて、とてもできないことくらい百も承知だよ」
「搾取につぐ搾取ですものね」
「ああ、ひどいもんだぜ。代理店がピンはねして、テレビ局がピンはねして、下請け会社がピンはねして、孫請け会社がピンはねして、結局現場にはクライアントに要求した額の3分の1も降りてないんだよ。それでぼろもうけをしている連中が、俺らに文句を言えるわけがねえだろう。これまで何本作ってきたと思うんだ。局Pが俺らの演出に気付いていないとしたら、よほどテレビを知らない節穴のぼんくら野郎だぜ」
「でも、ほんとに局Pはアホがいますからね。コネ採用の連中には」
「ああ、中学校の漢字も読めないバカが、アナウンサーやってたりするからなあ。それで、俺らの三倍も四倍も給料をとりやがって」
「そろそろ、メシ取りますが、何がいいですか?」
「そうか、またメシか。で、今度食うのは朝飯か、昼飯か?」
「晩飯です」
「じゃあ、カツカレーでいいよ」
「前もカツカレーでしたけど」
「考えるのが面倒なんだよ。何でもいいよ」
「わかりました。松本さんは?」
「カツカレーでいいよ、おれも考えるのが面倒だ」
「じゃあ、みんなカツカレーにしますか」
「いいよ、なんでも、食えりゃ」

 健康をテーマの番組の不健康極まりない制作現場。

 スタジオには、終了予定時間が書かれていたりするが、30時終了、36時終了などの表示はよくある。はっきり言って、人間の職場ではない。日本のテレビは、こういう人たちによって制作されているのだ。劣悪な環境、信じられない低予算。そして電波を握っている、一部特権階級だけが、信じられない高給を取り、今回の関西テレビのような不祥事が起きても、社長は辞職するでもなく居座り続けるのである。日本の文化の死は、テレビ局がもたらしているともいえる。
 にもかかわらず、似非文化人たちはテレビを批判できない。
 これが美しい国ニホンの現状。


あるある大事典打ち切りだって?

2007-01-21 10:00:38 | 小説
 捏造番組あるある大事典が打ち切りになることが、ほぼ決まりだと言う。
 悪質だと言うことらしい。あの捏造が。
 しかし、おいらは、そう思わない。
 あんな捏造は日常茶飯事。
 過去の番組を、不二家と同様に洗い出していけば、
 ぞろぞろと捏造が見つかるはず。
 不二家以上に大変なことになるよ。

 そういう番組なのだ。
 だって、バラエティーなのだ。
 嘘もほんともない交ぜの、たかがテレビである。
 あれは、教養番組でもなんでもない。
 作っている連中は、無教養な下請けテレビマンなのだ。
 無教養というと失礼かも知れないが、
 下請けの下請けに落としている時点で、
 コンセプトはつたわらなくなっている。
 まあ、教養番組の体裁をとっていたのが間違いだったが。

 で、せっかく取材していたものも幻に。
 これは、かなりきつい問題。
 末端のスタッフにとっては厳しい。
 また、番組に取り上げてもらう予定だった食品業界も、
 大いにがっかり。

 聞くところによれば、今度あらたに穴あき食品ダイエットを計画していたらしい。
 おいらは、その下請けプロダクション段階の企画会議の録音データを入手した。
 友人がICレコーダーでひそかに録っていたもののデータを、
 こっそり送ってくれたと言うわけ。
 その書き起こしをアップしておく。
 
 むろん、そのままでは関係者に迷惑がかかるので、
 適当にアレンジしている。
 つまりフィクション。
 ということで、眉にべっとりつばをつけて読んでいただきたい。


「……穴あきダイエットか。ネーミングはおもしろいね」
「で、その食品に説得力があるかどうかが問題だね」
「それはなんとか作れるでしょう。いつもの方法で。でも、どの食品にするのが良いかは迷うところですよね」
「まあ、なんと言ってもレンコンはいいけどね。いかにも穴と健康のイメージに合う」
「そうですね、ドーナツはなんだか太りそうですもの。それにミスタードーナッツって、よくミソをつけていますし」
「親会社のダスキンというのも、肥満のイメージのある語感だし」
「竹輪は魚肉で健康イメージがありますが」
「竹輪もいいけど、それなら蒲鉾もってことになりませんか」
「マカロニとなると、穴の無いのもあるからな」
「そうだなあ。穴あきというコンセプトはおもしろいんだが、かなりむずかしいかもね」
「そんなことはないですよ。やはりレンコンでしょう。レンコンにはさわやかなイメージがあるし、繊維が多いのもいいですよね。それは、健康イメージにぴったり」
「まあ、花もきれいだしね。ハスというのも痩身のイメージがある。あの拉致被害者の蓮池さんも、痩せているし」
「そうだね。それに、穴が体脂肪を吸収する、というのはロマンがあるよね」
「でも、それだけでは説得力がないよね。やはり科学的裏づけがないと」
「じゃあ、レンコンに含まれる酵素を取り上げたらどうですか」
「そんな酵素があるのか?」
「作ればいいじゃないですか。どうせ視聴者は知っちゃいないんだもの。たとえば、アナラーゼという酵素が、体脂肪を分解すると言うのはどうです。アナラーゼはレンコン特有の酵素で、レンコンをよく食べる霞ヶ浦界隈の農村では、肥満がひとりもいない、なんてどうですか」
「おもしろそうだね。その村はどうする?」
「作ればいいでしょう。どの村にだって痩せている人のひとりや二人はいますもの。その人に出演してもらって、コメントをもらえばいい」
「まあ、いつもの手法ってわけか。で、それにのってくれそうな研究者はいるかね」
「それはなんとかなりますよ。経営の苦しい病院はいっぱいありますから、その病院を当たってみれば、専門の先生が適当にコメントしてくれるでしょう」
「調理方法も、それらしくしなきゃね」
「レンコンジュース、どうですかね。効きそうですけど」
「レンコンサラダもいいね。ドレッシングもちょっと工夫をして」
「うん、いいね。実験も加えるか」
「ええ、いつもの方法で10人ほどバイトをかき集めて」
「実験を始める前に、たっぷり食品をとって太らせておくようにしよう」
「あと、レンコンの関連の組合にも声をかけて、宣伝費をいただきましょうか」
「それも、いつもの方法ですね」
「ああ、これは、局には内緒で動かなきゃね。裏金をしっかりキープしておかなきゃ」
「岐阜県方式ですね」
「よし、レンコン穴あきダイエットで行こう。松井くん、企画書を作って局にあげてくれ。局は今回もメクラ判を押してくれることになっている。篠原くんは、取材先を当たってくれ。あと、村野がDで動いてくれ」
「了解です。でも、レンコンは前にやったのではないですかね」
「視聴者はとっくに忘れているよ。それに切り口さえ違えば、何度やったっていいさ。視聴者というのは、三週間たったら、前の番組のことはすっかり忘れているものだぜ」
「そうですよね、健康番組を見るのはニワトリ頭の視聴者ですものね」
「視聴者をいかに信じ込ませるかが、この番組の妙味なんだ。じゃあ、レンコン売り上げ倍増番組、ということでよろしく」
「わかりました。ではレンコンでしっかり決めてみましょう」


 ということで、下請け制作会社は、レンコン取材を進めていたのだ。それなのに、今回の納豆の件で、番組が消えてしまうことに。

 レンコンだけに、番組にがあいてしまいました。

 寒くなった方は、どうぞお風邪を召さないように。


 ※なお、ジャンルテレビにアップしていたが、手を加え、社会にトラバーユ。
  今日も自宅にいるため、この稿は、今後も適時訂正を加えていく予定。
  

関西テレビ納豆ダイエット詐欺事件の真相

2007-01-20 22:34:14 | 小説
 関西テレビの下請け制作会社が、納豆業界から賄賂をいただいて、とってもヤバイ番組を作った、という噂が、当初から関係者のあいだでささやかれていた。まさかと思っていたが、それはどうやら真実、もしくはそれに近い話であったようだ。
 おいらは、さっそくCXの下請け制作会社の知り合いのPに電話を入れた。
 そのPは、CXから仕事を切られたばかりで、相当頭にきていたようだ。おいらにとっては渡りに船、様々な情報を教えてくれた。
 これは、その情報をもとに、急いで書いたフィクションである。
 つまり、作り話。
 ということは、あの納豆のダイエット効果を喧伝した番組と同程度のいい加減な内容、と割り引いて読んで欲しい。
 あくまでもフィクションなんですよ。まあ、少しは真実もあるけど。
 決して、誤解のないように。


 で、番組に関わったある人物の電話。

「もしもし、大島です。ちょっとやばいことになったのです」
「なんだ?」
「あの、納豆の件、ちくったのがいるようです」
「ちくった? どういうこと?」
「データですよ。チーフは、誰にもわからないって言ってたじゃないですか」
「例のこっちで作ったデータのこと?」
「そうですよ。さっき局Pから、うちに連絡が来たのですよ。強い調子で、納豆の実験データはでたらめっていうの、本当かって」
「まずいなあ。で、どう答えたんだ?」
「今、チーフがいないからなんともいえないといっておいたけど、最近食の問題はうるさいじゃないですか」
「局は公表するつもりか?」
「もう、ちくった奴から外に出てしまっています。もう共同通信が流してしまったようです。夕方のニュースで、他局は流すって言ってますよ」
「本当かよう」
「CXの局内も放置もできないですし、緊急の会議で公表を決めたようです。それに明日のあるある大辞典も、急遽放送中止です」
「なんてことを。『あるある』はただの情報バラエティーだぜ。面白おかしく、健康を考えてもらおうって」
「でも、嘘の情報で視聴者を躍らせたってことですから、チーフも進退問題になるかもしれませんよ」
「冗談じゃないよ。データを作ることは、どこの番組でもやってることじゃないか。TBSだって、下痢を起こす豆の情報を、いい加減なデータで流したり」
「それは他局のことです。問題はうちの番組のことですよ。聞きましたけど、チーフ、納豆の業界の代理店からリベートいただいていたのでしょう」
「えっ、なんのことだ」
「納豆を番組で取り上げるからってことで、ちょっとしたお小遣いになったと聞きますよ」
「どうしてそんなことを」
「それもちゃんとリークされているのですよ」
「にゃろー、どいつだよ、ちくったのは」
「おそらく、誰かに恨みを持つADですよ」
「AD? あいつだなあ。なんて卑劣な奴だ」
「チーフも、そんなふうに言えた立場じゃないですよ。ああいうでっちあげの番組を作って、視聴者を欺いたわけですから」
「何言ってんだよ。テレビはおもしろければいいんだ。『あるある』は報道番組じゃねえんだ。様々な演出で健康を考え、視聴者を楽しませるのがコンセプトだぜ。それもわからないでごちゃごちゃ言う視聴者なんて、カスだよ」
「視聴者をバカにしちゃいけませんよ。お客さんなのですから。そんなことを言ってるようじゃ、チーフもおしまいですよ」
「なんだと。おまえ、誰に向かって口をきいているんだ」
「今はチーフですけどね、もうあんたはおしまいですよ。番組は打ち切りで、チーフはクビって感じ。ということは、あんたとは上司と部下の関係もなくなるわけで」
「俺がクビだと?」
「ほぼ間違いなくそうでしょう。ヤラセより捏造はたちが悪い、とみんな認識していますから」
「それは許さねえ。だったらヒエダはなんだよう。奴は細木数の子を使って、番組で、ライブドアの株価をつり上げるためにでたらめな占いをさせたじゃないか。風説の流布だぜ。もちろん、数の子の占いなんて、口からでまかせの嘘っぱちと、構成作家の作った大嘘で、インチキだと誰もが知っているわけだろう。それで、あんな番組を垂れ流し、ホリエモンはあのザマだぜ」
「細木数の子も、もう長くないですよ。その前に、チーフのクビがぶっ飛んでいきますから」

 この電話の話を聞いていると、テレビを見るのが嫌になってくる。
 まあ、おいらはほとんどテレビを見ないから、納豆がどうなろうと知ったこっちゃない。
 ただひとついえることは、民放も汚らしいってこと。まあ、NHKほどではないかもしれないけど、うんざり。

 ということで、今日は、また書いてしまった。
 それにしても、みのもんたの番組やあるある大辞典など、信じてはいけないのは明らかなのに。
 疑うことを知らない平和な主婦の多さに、あらためて驚いている。
 振り込め詐欺やNHKの勧誘にはくれぐれもご注意を。

千葉市議の駅前バトル

2007-01-20 07:25:09 | 小説
街頭あいさつの場所取りをめぐって、のぼりでライバル市議の顔を殴ったとして、千葉西署は18日、傷害の現行犯で千葉市稲毛区小仲台、千葉市議谷戸俊雄容疑者(72)を逮捕した。
調べでは、谷戸容疑者は同日午前7時半ごろ、千葉市のJR稲毛駅西口で街頭あいさつ中、同じ千葉市議の橋本登さん(65)=同市美浜区=が近くにのぼりを立てたことに「おれの旗が見えなくなるだろう」などと腹を立て、自分ののぼりで橋本さんの顔を殴った疑い。橋本さんは1週間のけが。 ~共同通信


 元気な老人たちである。
 さすが、ハマコーさんを輩出した千葉県。その千葉市の議員。
 それにしても、街頭挨拶とはせこい。
 おいらの街でもよく見かける。朝に駅前にのぼりを立てて名前を売るやつら。
 選挙で土下座をして選挙民に媚び、敵とわかると、この千葉市議のように相手になぐりかかる連中。

 駅前の売店のオバサン空聞いた話。
 
 あの連中は何よ。店の前をふさいだりして。
 わたし、よく文句言ってやるのよ。
「商売の邪魔でしょう。もっとあっちでやってよ」ってね。

 だいたい何よ。ぺこぺこ名前を連呼するだけでさ。
 誰も聞いてなんかいないわよ。
 顔と、名前の書いたのぼりを見せるだけ。
 連中は名前を知られることだけが、目的なのよね。せこいわよ。考えが。
 選挙の時には土下座なんかしてさ。
 土下座は犯罪者のすることよ。
 でもって、当選したら後ろを向いてべろを出して。

 中には、ころっと態度を変えたりするのもいるじゃない。
 ほら、自民党に復帰した11人だって、郵政民営化に絶対反対って、大嘘をついていたわけでしょう。あんなに見事に選挙民を裏切って、よく平気でいるわね。
 わたしなんて恥ずかしくって死んじゃいそう。
 あの人たちって、恥、という気持ちがないのね。

 そういうことか、そのくらい厚顔無恥でないと、議員になれないってことね。
 でも、それは選挙制度がおかしいのよ。
 だって、ほんとに人格が立派でも、正しい考えを持っていても、奥ゆかしい人はなれないってわけじゃない。タレントや二世のように、名前が売れていることが有利なわけでしょう。これは絶対に公平な制度じゃないわ。だから、場所取りの殴り合いなんて、おぞましいことが起きたりするのよ。

 そうね、人間のゴミみたいな人も、議員にはいっぱいいるのよね。
 でも、見分けがつかないわ。
 あの和歌山や、宮崎や、福島の知事も、選挙で選ばれたわけでしょう。
 みんな立派な人間だと思っていたわけじゃない。
 そう思ったから、投票したわけじゃない。
 でも、大嘘つきだった。

 あの国会の11人だって、同類よね。
 今度の選挙では、わたしなら絶対に投票しない。
 嘘を許していたら、日本はますます汚らしい国になっていくもの。

 それにしても、わからないのよ、人の性格、品格まで。
 選挙制度って、ほんとに公平で正しいのかしら。わたし、疑問に思うわ。毎朝、駅前に立ってる彼らのさもしい顔を見ていると。
 でも、投票の時には、ふと知っている名前、聞いたことのある名前に入れてしまうのよね。そうよ、変な心理。
 あああ、それでちっとも生活は良くならない。
 売店のパート代だって、ちっとも上がらない。
 あたし、時給850円よ。6時間働いて、5000円ちょっと。安いわよねえ。
 なんなんだろう、この収入格差を生み出しているものは。

 
 売店のオバサンは、かなり怒っていた。
 確かにそう。正論でもある。
 が、日本は民主主義を標榜する国。
 嘘をついてでも、相手を押しのけ、権力を握る。
 当選すれば勝ちの世界。あとは野となれ山となれ。
 それが崇高な選挙制度なのである。
 
 さて、宮崎県の知事選挙の結果はどうだろう。
 名前を知られていることが、どこまで有利か、その結果が教えてくれるだろう。
           
 ※筆者は、今日は自宅にいるため、この稿を気が向いたら訂正する予定。

不二家 哀しみのバラード

2007-01-18 18:02:29 | 小説
 不二家は、おそらく立ち直ることはできない。ペコちゃんファンのおいらとしては、とても悲しいことだけど。
 今、企業に求められているのは、コンプライアンス、なんだそうな。
 ということでは、まったくアウト。
 レッドカード。

 完全に信用を失墜した現状では、会社を身売りし、新たな経営者の下で再出発しかないだろう。
 それ以外に、多数の従業員やフランチャイズの店舗経営者、さらには原料の納入業者を救う道はない。
 
 で、なぜ、こんな事態になったのか。
 工場でおきていたことを推理してみる。おいらの腐りかけの脳みそは、こんなときに妄想を開始する。

 むろん、これは小説であって、想像の産物。
 真実ではない。現状とあわないこともあるかと思う。
 が、ありえないことではない。


 場所は、不二家埼玉工場の近くの居酒屋。

「まあ、お疲れ様ということで」
「はあ、お疲れ様。うう、うまい。これで工場がちゃんと稼動してりゃ、もっとうまいんだけど」
「飲んでる場合じゃないが、飲まなきゃ入られないね」
「いやあ、ほんとに困ったことになりましたね。今日も結局は何も仕事は出来なかったし」
「もう駄目だな、立ち直るのは。でも、会社としてはパートが多くて助かったのじゃないか」
「まあ、そうですね。パートは使い捨てだから、多額の退職金を払わなくて済むし」
「それにしても、ぺらぺらよくしゃべるよな、パートの連中。あの3秒の件はなんだよ」
「ああ、床に落ちても、3秒以内に拾えば大丈夫という話でしょう」
「あんなことは、どこの会社でもやってることではないのかなあ」
「それはどうですか。たぶん不二家ならではでしょう」
「だって、今はコスト削減が、どこの経営者だって最大の課題だぜ。落ちても大丈夫と判断すれば使って平気だろう。ほら、子どもが食べ物落としたりするじゃないか。そんな時、急いで拾い、パタパタとはたいて食べさせたりするだろう」
「家庭内のことならそれでいいでしょうけど、商品でそれはないでしょう。ぼくは、問題だと思っていました」
「3秒以内で拾っても駄目だと言うことかね」
「そうです。清潔不潔の問題だけではないです。そんなこと世間に知れたら大問題でしょう。で、結局知れ渡り、こんな事態に陥ってるわけじゃないですか」
「まあ、そうだけど。じゃあ、君はどうして今までそれを言わなかったのだ」
「だって、言える環境じゃないですもの、うちの工場は。消費期限切れの牛乳のことだって、使って当たり前、という風潮があったじゃないですか。そんな上司に、言いにくいですよ」
「あれについては、俺もどうかと思っていたが」
「思っていても、何もいえなかったわけでしょう。そういう意味では、ぼくらも反省しなきゃならないし」
「しかし、消費期限が一日切れたくらいで、あんな大騒ぎになるなんてなあ」
「それが甘いってことですよ。そりゃ、確かに大丈夫かもしれません。プロの職人の判断なのですから、きっと大丈夫でしょう。でも、消費期限は、食品を扱うものにとって基本となる目安であり、守ることが最低限のルールです。スピード違反して、事故を起こさなかったからいいじゃないか、では済まされない問題なんです。コンプライアンスを遵守できなかった時点で、安全な食品作りを放棄したことになるんです」
「でもさ、40年も菓子を作ってきた職人に、そんなことを言うのも過酷だしね」
「それはないですよ。マニュアルを作って順じてもらえばよかっただけの話なんですもの。今の大量生産の菓子作りには、もう職人の技なんて不要なんですよ。そうした改善の努力を経営者が怠ったことが問題なんです」
「おいおい、君はずいぶん会社を批判するじゃないか」
「そりゃそうでしょう。ぼくは失職の瀬戸際にいるんですからね。課長だって、失職する可能性があるじゃないですか」
「君は、会社に愛着がないのか?」
「ええ、今となってはね。こんな状況に従業員を追い込んだ会社になんて」
「まさか、マスコミにタレこんだのは、君じゃないだろうね」
「そんなことしませんよ」
「じゃあ、誰がタレこんだのだ」
「知りませんよ。それに、そんなこと詮索してどうするんですか。とっ捕まえてつるしあげでもするのですか」
「だって卑怯じゃないか。そいつのために、何千人もの人間が路頭に迷うことになるんだぜ」
「その原因を作ったのは会社でしょう。会社をうらむのが筋道でしょう」
「君のような愛社精神のない人間は許せないなあ。今までしこたま給料をいただいておきながら、この会社存亡の危機を迎えてなんてことを」
「あんたたちが、そういう考えで経営者を甘やかせてきたことがいけないのじゃないですか。課長こそ問題ですよ。あんたのような従業員が、うちの会社を駄目にしていったんです」
「なんだと、こっちがおとなしくしてたらいい気になって。それが上司に向かって言う言葉か」
「なんだよ、偉そうに威張りやがって。会社が潰れたら、上司もヘチマもあるか」
「ヘチマだと。この野郎」
「あ、痛い。殴りやがったなあ。てめえこそ、この野郎だ」
「おお、やりやがったなあ、くそーっ、コン畜生」
「○△×……」
「△×○……」

 ということで、埼玉工場周辺の各所で、新たなトラブルが次々と生まれている。
 そういや、あのライブドア事件でも、責任の擦り付け合いが。
 人間というのは、あそこまで浅ましくなれるものか。
 それを賛美していた取巻きの連中がいたことも、悲しい事実。

 企業と言うものは、薄汚いものが渦巻いているものなのか。
 まあ、フリーターで貧乏なおいらには、遠い世界の話だが。

 それにしても、なんとも情けない事件のお話でございます。

                   おわり


アダルトビデオ

2007-01-08 06:47:04 | 小説
 先日、「教頭が兇徒になるとき」なる掌編小説をアップしたところ、玉井慎介さんからメールをいただいた。教頭には、そんな連中がけっこう多い、という内容のメールである。
 おいらは気になり、電話を入れてみた。
「そんな教頭に会われたのですか?」
「ええ、もう、なんていうか、鼻の下が10センチはあろうかというスケベなせんせいでした。なんなら、わたしが代わりに短い小説書きましょうか?」
「ええ、お願いできますか。ちょっと私は最近だれていて、今日あたりはブログ小説、休もうかと思っていたところです」
「じゃあ、私が書きましょう。私、こうみえても、書くのが好きで、あなたのような工夫も何もない文体、すぐに真似ることができますから」
 というわけで、以下は、玉井慎介さんが書いた、小説ともエッセイともつかない書き物のコピペである。
 なお、玉井さんは、映像プロダクションのディレクター。おいらの大学時代の二年先輩。

  アダルトビデオ (玉井さんのつけたタイトル)

 我々の業界の連中の身なりは、かなり怪しげである。茶髪にピアスの男もいる。長髪をちょんまげにしている男もいる。ズボンはたいていジーパンで、膝に穴の開いたのを履いてたりする。
 そのかっこうで、どんな場所にでも出かける。大企業の研究所であろうと、議会の議場であろうと平気だ。学校にもしばしば出かける。視聴覚教材のビデオの仕事も多いからだ。

 ある小学校に道徳の授業で使う教材ビデオの取材ででかけたときのこと。ある小学校とは、東京都立川市の小学校。
 20分休みに校庭で遊ぶ児童の姿を撮影したあと、四時間目の道徳の授業の撮影まで、45分間の空きができた。
 我々は校長室で待った。映像制作では待つのも仕事だ。お天気待ち、開始待ち、到着待ちなど当たり前。
 学校では、このような時、我々の対応をするのはたいてい教頭先生。
 メガネに銀髪の風貌が、いかにも教師然としている。その教頭の前で、我々はかしこまってお茶をいただいた。

「いつもは、皆さん、どんなビデオを撮っているのですか?」
 教頭は、さりげなく切り出した。
「いろいろです。行政の広報やら、社会教育のビデオなんかが多いですね」
「固い仕事をしているんですね。でも、時にはやわらかいのもやるんでしょう」
「やわらかい?」
「ほら、アダルトビデオとかも」
「えっ?」
 私は思わずのけぞった。場所は小学校の校長室だ。我々は、道徳教育のビデオを撮影に来ているのだ。そのスタッフにいきなりアダルトビデオはないだろう。
「アダルトビデオでは、生で本番もやるって言うじゃないですか」
「そんな仕事は、経験ないですね」
「そうですか、ああいうビデオは撮らないのですか」
 いかにも落胆したように言う。
「お好きなんですか?」
「ええ、好きでねえ。ビデオの会社の人が来るって言うから、楽しみにしていたんですよ」
「楽しみって?」
「ほら、無修正のやつ、手に入るんじゃないかと思って。わたしら、こういう仕事をしていると、なかなか手に入れにくいでしょう。ねえ、男ならわかるでしょう」

 目の前でしゃべっているのは、教頭先生である。
 校長の次に偉くて、子どもたちにいつも説教をたれる人物なのだ。しゃべり方や物腰は、決して下品でない。PTAの信頼も篤いと思われる。その教頭が、アダルトビデオを見たいという。しかも無修正の。
 もちろん、立派な人間が、アダルトビデオを見たいと思っても悪くはない。男はみんなエッチなものを見るのが好きだ。
 しかし、道徳教育のビデオ取材中の会話としては、明らかに不適切だ。アダルトビデオの被写体と道徳の教材。明らかなミスマッチだ。これは我々の風貌にも問題があるのかもしれない。変なビデオを扱っていても不自然でない怪しい雰囲気がある。
 だがそれにしても。
「こういうのって、PTAがうるさくてね」
 そりゃそうだろう。エッチな映像が、学校にあると言うことは、考えただけでもおぞましい。教育の場は、やはり神聖であるべき。
 
 以来、その教頭のことは、スタッフのあいだで話題になった。もし手に入れていれば、職員室の引き出しに入れ、夜遅く、視聴覚教室でこっそり鑑賞しているのではないかと。自宅には、やはり教師の妻。だから、自宅では厚い仮面を被ったまま。教頭には、こんな変態じみた連中が、けっこういるのだ。
 常によこしまな野心を抱き、鬱屈した心。それが酒を飲むことで暴発することも。教頭ですらこんなありさまなのだから、一般の教師は。
 考えただけでもおぞましい話だ。



 以上が、玉井氏からいただいた原稿。
 まあ、私の文体を一部真似てはいるが、どうもぎこちない。が、きょうのところは、このように、手抜きで御免。
 いやはや、失礼しました。