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ブログ小説 過去の鳥

淡々と進む時間は、真っ青な心を飲み込む

アマチュアカメラマンのルール

2010-02-21 22:11:56 | 似非エッセー
お座敷列車目当て?「撮り鉄」また快速止める(読売新聞) - goo ニュース

 プロのカメラマンには、一応のルールがある。中には、酒井法子さんを追ったTBSの記者やNHKの「撮ってやるんだカメラマン」のように、非常識な人間もいるが、おおむねマナーを守っている。一線は越さないのだ。
 しかし、アマチュアには、いいものをとりたいという思いしかない。それが、犯罪的な撮影に及ぶことも。
 その原因の一つに、投稿写真がある。これは大新聞社の投稿写真でもいえること。祭や野鳥の写真などで、良く撮れているものが。それを狙うために、無理も多い。野鳥を撮るために、自然環境に手を加えたり、祭を撮るために神社の本殿にまで土足で上がったり。それが、撮り鉄でも。
 が、そういう写真が羨望の的に。
 それはおかしいのだ。
 放送局も、アマチュアのシャッターチャンスに場を提供。それはいいのだが、ルール無視の写真を排除する手立てがなければいけないのでは。
 野鳥の繁殖の写真やビデオを安易に流さないこと。それはNHKをはじめとした放送局にお願い死体が。

嘘つきでなきゃ政治家になれない現実

2010-02-09 05:49:25 | 似非エッセー
大企業株・白金マンション…小沢ガールズ、資産家の顔も(朝日新聞) - goo ニュース

 経歴詐称、資産隠し、経費のごまかしや賄賂の授受のすっとぼけ。
 政治家にはごく普通のこと。嘘をついて、選挙に出て、議員になってしまえば勝ち。あとは四の五の言わせない。
 これはもう当たり前のこと。そういう人物でなきゃ、国会議員になれない。また、なろうとしない。
 嘘をついて国民を騙し、国会議員になっても恥ずかしくない、という人物に、日本の未来を託さねばならない哀しさ。困ったもんだが、小沢さんのようなタイプでなきゃ国を動かせないというこの国。どうすりゃいいんだろう。
 対策はひとつ。詐称等は即刻レッドカード。当選取り消しにすべき。国家の政治を託す人間の詐称は、重大な詐欺行為。これは許してはならない犯罪。
 僕は、この女性のことを知らなかったが、あさましすぎる。
 正直に生き、苦しい日々を送っている人。他人を欺き豪奢な暮らしをしている人。この現実、変えられないんだろうね。変えると困る人たちが、力を握っている社会だものね。

孤独な朝青龍

2010-02-04 20:22:57 | 似非エッセー
朝青龍に横審初の「引退勧告書」(読売新聞) - goo ニュース

 朝青龍が引退した。世間の声は、彼に対して冷たい。
 そりゃ、彼にも非は大きい。しかし、彼を増長させたのは、相撲協会の功利主義と、日本人力士の想像を絶するだらしなさだ。朝青龍に一人横綱を張らせ、抵抗できなかった日本人力士の情けないこと。それをタナにあげて、朝青龍を非難するのはみっともない。
 相撲の上位陣は外国人ばかり。これが、野球やサッカーのように世界に開かれたスポーツなら分かるが、相撲である。ちょんまげふんどし姿で、裸で戦う日本古来の格闘技。それを外国人が。これは絶対におかしい。琴欧州のちょんまげなんて、ふざけているとしか思えない。それを許す相撲協会。客を呼び、儲けさえすればどうでもよい、そんな思惑が見えている。今度の理事選挙の醜態など、醜さをこえ、哀れささえもよおす。10票11票の横並び選挙。こんな退廃したスポーツのどこが国技だ。
 たとえば競輪なんて、3500人もプロがいるが、外国人は一人もいない。外国人が入ってきたら、日本人の立場がなくなることもひとつの要因。ただし変化を着けるためか、年間数人の外国人選手をレースに参戦させたりしている。それで十分。
 相撲は、ちょんまげ着物姿で、外国人も簡単に日本人になれるとでも思っているのか。冗談ではない。

 と、友人の石川さんは鼻息が荒いが。

孤独の恐怖

2010-01-29 06:52:46 | 似非エッセー
「誰かに止めてほしかった」=返事なく、犯行実行-検察側冒頭陳述・秋葉原事件(時事通信) - goo ニュース

 孤独は狂気を生むことがある。彼の場合、癒しはネットへの書き込み。他人と顔を合わせ、対話できない世代。友がなく、心のたけを打ち明けることのできない苦しみを抱え、そのうっ憤を殺人で晴らす絶望。事件は立て続けに起きた。
 多くの若い世代は、苦しみを乗り越えて生きている。自分を前向きにできなかった彼自身に大きな問題があるのは明らか。しかし、彼が言うように逼塞した社会にも責任があるのも確か。諸外国でも、銃の乱射などによる絶望的な犯罪がしばしば起きている。
 ではどうすればよいのか。解決の糸口はなかなか見つからない、というのが現状ではないか。そうなのだ。社会は完全ではない。完全にならないからこそ、社会なのだ。完全を求めた社会はことごとく破たんしている。共産主義社会の破たんがよい例だ。
 ある程度の犠牲は、社会のリスクとして仕方ない。そう捉えるべきではないか。そのリスクに、どのように早く適切に対応できるか、それが問題なのだ。
 自暴自棄。これはひとつの心の発作。心の暴発。冷静になれば後悔することも。が、どうにでもなれ、と思った時の絶望は深く、狂気を帯びる。狂気は確信ととなり突っ走る。
 彼は後悔している。仮に出所しても、おそらく再犯の恐れはないだろう。
 しかし、日本の法廷では、たぶん彼は死刑になるだろう。精神鑑定をしても、異常はないはずだ。私にはなぜか、彼に対する死刑は空疎な気がする。ただの被害者感情を考慮しての量刑、仇討にしか過ぎなくなるからだ。死刑で恨みをチャラにする。それでよいのか。
 人の命を抹殺する刑。どうも私の心にはなじまない。
 

家なき人々の群れ

2010-01-08 12:40:34 | 似非エッセー
「公設派遣村には行きたくない」!?“もうひとつの派遣村”に留まった人々の複雑な事情(ダイヤモンド・オンライン) - goo ニュース

 ホームレスは立ち直りにくい。それが今の社会。
 弱いものは敗れ、勝者だけが豊かな暮らしを享受する。
 しかし、勝者になるには、勝者になれる能力、才能がなければならない。
 いくら野球の練習を死ぬほどこなしても、イチローや松井にはなれない。

 努力は必要な要素。しかし十分な条件ではない。
 社会の敗者は、どんな時代にも生まれる。
 敗者があるから、勝者も生まれる。
 勝者だけの社会はあり得ない。
 
 したがって、勝者もおごってはならない。
 竹中平蔵や勝間和代のような論客が影響を与える社会は、
 決して健全ではない。
 敗者を敗残者としてしまわない社会を作ること。
 それが為政者の義務。
 国家は、そうした国民総体で構成されている。
 
 努力が足りないから、報われないという論理は、
 僕は嫌いだ。
 むろん、努力は生きる上で不可欠。
 しかし、努力だけではどうしようもない現実があることを知り、
 他人をも思う気持ちがなければ、
 社会は荒廃していく。

 街には家なき人々が群れている。
 彼らは、心傷つき、自己嫌悪と後悔、
 哀しみと挫折の中で、
 希望という言葉を失っている。

 誰もが希望を持てる社会。
 それを作り出すのが為政者の使命。
 真に国民のためを思う政治家の少なさ。
 言葉と現実の乖離。
 
 家なき人々は、
 今日も公園の片隅で寒さに凍え、
 未来も希望もなく、ただ生き続けている。
 そして、傍観者である僕は、
 無力なまま、キーボードをたたく。

表現を教えることへの錯覚

2010-01-06 04:21:05 | 似非エッセー
【話の肖像画】臨界の日本(上)脚本家・倉本聰(産経新聞) - goo ニュース

 「北の住人」は怒っていた。いまだ経済中心の発想から抜け出せない社会、幼児性を強める現代の若者たち、そして、ホームグラウンドだったテレビ界にも…。“劣化のスパイラル”に陥っているという日本。それは従来のシステムがもはや「臨界点」に達しているからではないのか。(喜多由浩)


 倉本氏は、テレビに幻想を持ち、自分の力を過信した表現者。
 テレビは時代を反映している。彼のドラマを必要とした時代もあれば、今のようにバラエティが求められている時代も。
 劣化のスパイラルに陥っているというが、テレビドラマも映画に比べれば表現が安直で、決してほめられたものではなかった。
 表現を教えるということ。そこには倉本氏のおごりがあったのでは。
 今は、倉本氏のような脚本家は求められていない。

 僕の知人に、表現で飯を食っている連中がいる。テレビをはじめとした映像には、多様な表現がある。絶対的なものはない。公式もなければ、定石もない。感性の世界であり、いかに表現者が自分の世界を構築していくかだ。
 知人は、映像制作40年のベテラン。受賞作も結構ある。しかし、自分でも作り方はよくわからないという。毎回、思うように完成しないことばかり。自分でも満足なものが作れないのに、他人に教えるなんてとてもできない、という。
 それは、ある意味当を得ていると思う。
 
 表現は感覚的なもの。時代を反映するもの。なのに教えるというのは。

 で、昨今のドラマの現状。
 先日、NHKの朝の連続ドラマをホテルで見る機会があったが、余りにもひどい台詞の連続に唖然とした。まるで脚本になっていない。一夜漬けのような台本の陳腐な台詞の連続。見てて恥ずかしくなってくる。あんな番組をよく放送している。
 しかし、あれで満足している視聴者もいるのかと思うと、テレビ番組制作者の責任も重い。
 テレビドラマを駄目にしているのは、まず、脚本なのでは。そういう意味では、倉本氏ら脚本家にも考え直していただく必要が。
 


200点で3億円!

2010-01-02 19:40:49 | 似非エッセー
3億円相当、高級腕時計約200点盗難 東京・銀座(朝日新聞) - goo ニュース

 200点で3億円、ということは、1個平均150万円。だよね。
 1個150万円の腕時計なんて、まず考えられない。
 こういう窃盗になると、よくやった、と快哉の声をあげてしまう。
 きっと、単なる悪人ではなく、泥棒のプロフェッショナル。職人。
 アジア系の犯人のようだが、正月早々気合いがはいっている。
 
 テンショウドウなる宝石店も、保険に入っているだろうから、大きな被害はないはず。まあ、いい仕事だ。
 しかし、高級時計となると、ナンバーで身元がばれるのでは。
 まっとうな流通ラインには復活しにくいと思うが、
 香港あたりで出回れば、なんとも致し方ないのだろう。
 それにしても、時計なんて時間を見られれば用が足りるものでは。
 僕の時計など、1万円もしないが、ほとんど狂わない。
 携帯電話の時間なら、時報と同じだから、1秒たりとも狂わない。

 で、二人と思われる窃盗団の方々。
 今度は、日銀の金庫でも狙うくらいの大仕事をすれば楽しいけど、
 まさかそこまでは無謀ではないか。

 正月はずいぶんのんびり。
 仕事は停滞したまま。
 今日も酒を飲んでしまって、作業には戻りにくい。
 あとは風呂に入って、もう一杯飲み、寝るか。
 明日は来客もあることだし。

新年の雑感

2010-01-01 15:47:54 | 似非エッセー
 新年を迎え、家族で初詣に。
 出かけたのは、近所の杉山神社。
 大きな神社でもないのに、参拝の行列。50メートルほど続いていた。
 家族で並ぶ。少しずつ石段を登っていき、社殿前で参拝。
 10円玉1枚、賽銭を放り投げる。鈴を鳴らし、柏手を打ってお願いを。
 もう還暦を過ぎて、病気にもなりやすい年齢。それに、今年は孫も生まれる予定。なんだかんだと願い事が多い。
 
 初詣は、日本の平均的な家族の行事。これで、気分も落ち着く。風俗習慣、民俗行事の根底にあるのは、安堵の気持ちを得ること。
 しかし、なんだか気がひける。
 賽銭10円で、一年の無病息災を祈願すること。
 この不況だから、神様もずうずうしいことは言わず、我が家の願いをかなえてくれるのでは。

 朝は雑煮を食べた。昼も、初詣のあと帰宅して雑煮。
 それにおせち料理。とはいえ、簡単なもの。3日に来客があるため、明日、料理の準備をするという妻。
 
 天気は快晴。外の公園では、親子がサッカーボールを蹴っていたり、遠くで犬が吠えていたり。
 空気は透明で、きりりと冷たい。
 
 年賀状はほぼ例年通りの枚数が来た。予期しなかった相手も何枚か。すぐに書いて、ポストへ。

 新年は気分もあらたまる。が、昨年から引きずっている仕事が頭を離れない。これから作業をせねば。1月1日だというのに。
 

イケヤに行く

2009-12-30 19:51:11 | 似非エッセー
 女房の運転手で、横浜港北インターそばのイケヤに行く。
 結構な人。まるで動物園か博物館を回るような感覚で、商品の山の間を客たちが流れていく。
 何しろ広い。品物も多い。迷路の様で、客は順路に沿ってひたすら歩く。
 で、イケヤは、池谷さんのお店かと思ったら、スウェーデンのお店とか。目からうろこ。その点は、女房の方が詳しい。
 モノに関心の乏しい小生には退屈な空間。しかし女房はいきいき。なんだろう、あの女のモノへの目の輝きは。で、なんだかんだ、「これ、やすい」とか「これ、かわいい」とか言って、次々と小物を黄色い袋に詰め込み、僕はおともで荷物持ち。周りを見ると、そんな情けない男性の多いこと。

 ひとしきり買い物して、ららぽーと横浜へ。イケヤから、車ですぐ。
 で、ここでも女房の買い物のお供。洋服の店で、20分も買い物に時間をかける。その神経のずぶとさ。ぼくは通路に設置されたソファーで、ぼんやりと待つ。行き交う客をぼんやり見つめながら。
 不況と言いながらも、買い物客は多い。みんな、金を持っているんだ。
 イトーヨーカ堂にも立ち寄ったが、結構な客。京人参やレンコン、シイタケ、鶏肉など、正月料理の材料などを購入。餅も、大きな一袋。その他もろもろ、カートにいっぱい。
 子供が小さな頃は、女房の実家に毎年帰省していたが、今はもう帰らない。子供、たちも忙しくなったし、家を離れたりして。
 僕も、大みそかは作業をせねば。ともかく遅れている仕事がいっぱい。なのに、今日は女房のお付き合い。
 しかし、明日はおせち料理を作らねばならないか。
 何しろ、女房は料理がろくにできない。で、結局見かねて僕が作ってしまう。少なくとも煮しめは、僕の料理。正月明けまでに終えなきゃいけない仕事があるというのに。

 

プロスポーツと温情

2009-12-07 06:52:10 | 似非エッセー
浦和・闘莉王、握手求めた橋本社長を無視(サンケイスポーツ) - goo ニュース

 闘莉王が事実上解雇。日本の常識では考えにくいかもしれないが、プロスポーツではあること。これは仕方がない。
 以前、巨人は4番バッターばかり揃えて、結局優勝できなかったことがあった。そんなもの。サッカーだって、日本代表ばかり揃えてもしょうがない。チーム作りは監督がするもの。選手はそれにこたえるのが職業。

 それにしてもプロの世界は厳しい。だめなら仕事がない。実力だけで、その人間性や努力などは評価されない。また、実力があっても構想から外されれば職を失う。
 4000人近くいるプロゴルファー。その中で脚光を浴びているのは、ごく一握り。プロ野球選手も、独立リーグが増えているが、食べていけて将来も安泰、というのは考えるほど多くない。サッカーも同様。

 これは一般社会でもある程度見られるが、温情というのもある。
 終身雇用制度など、いい例。よほどのことがないと解雇されないシステム。
 しかし、今は少しずつ崩れつつある。
 突然の解雇。倒産も。ともかく不況。一方で金の余っている現実。
 たとえば鳩山さん。資産は100億を超えているはず。使いようのない資産。動かない資産。そのような資産は、日本中にいっぱいある一方で、貧困な人たちは増えている。
 我が家も裕福ではない。フリーターの時代が長かったから、いまだに借家住まい。ローンはないが、預金もほとんどない。老後は見えていない。
 しかし、それが現実。

 話がそれたが、今日もこれから仕事に。
 外は寒そう。
 ただ、天気はよく、日差しがあれば温かいかもしれないが。