電車の中で化粧をする女がいる。すっぴんで乗りこみ、席に着くやバッグを開き、化粧品を取り出して作業に取り掛かる。周りの目など、まったく気にしない。
そんな女に限って、顔は不細工。醜い顔を隠すための化粧だから、仕方ないにしても、人前で化粧をする無神経さには、不愉快を通り越して、殴り倒してやりたくなる。
先日、俺の横に座った女。20歳前後。髪は茶に染め、鼻は低く、目が細い女。顔のジャンルはブス。どうあがいても、美人にはなれない致命的な顔。
その女が、案の定というか、化粧をし始めたのだ。
化粧品の匂いが、俺の鼻につく。が、女は委細かまわず手鏡を見つめ、一心不乱に化粧に取りかかっている。
頬や鼻などに、肌色の塗料を塗りたくり、口には赤い塗料を塗る。
これが美人なら、ある程度我慢もできる。ブスが顔面に塗料を塗りたくって化けようという魂胆は、もう我慢ならなかった。それに、不快極まりない悪臭。
「ねえ、君、電車の中で化粧はやめなさい」
「ッセーな。勝手だろう」
「勝手じゃない。何だ、その口のきき方」
「ジジイは引っ込んでろ」
「ジジイだと。ブスにジジイと呼ばれる筋合いはない。君は化粧をしても無理だよ。その不細工さじゃ」
「何を、このジジイ」
女は、俺に殴りかかってきた。俺は、軽くよけ、その腕をつかんだ。と、その時、女はあらん限りの大声をあげた。
「チカーン! キャーッ、助けてーっ」
「何だと、俺のどこが痴漢だ」
「触ったじゃない。痴漢よ、痴漢。みんな見てたでしょ。私を触ったわよね」
周りに向かって、女は叫ぶ。他の乗客たちは、こんな時はつめたい。知らんぷり。みんなかかわりになりたくないのだ。
「触った、だと。おまえのようなブスを触ったら、手が腐るぜ。不愉快だ」
俺は、もう我慢ならなかった。こんな女と、一瞬でも一緒にいることはできない。電車が駅に止まると、俺は席を立ち、ホームに降りた。
と、女も俺を追って降りた。そして叫んだ。
「そのひと、痴漢よ。捕まえて。あたしのこと、触ったのよ」
それを無視して立ち去ろうとする俺を、駅員や乗客が取り囲む。
「あんた、ちょっと待ちなさい。話を聞こうじゃないですか」
駅員は、俺の腕を掴んだ。
「何だ、どういうことだ」
「あの女性が、痴漢されたと言ってますよ。さあ、ここじゃなんだから、駅事務所まで来てください」
俺は、なにかの記事で、痴漢の嫌疑がかかった場合、駅事務所に連行されるともう警察に身柄が渡され、どんなことがあっても簡単に釈放してもらえない、という話を目にした記憶があった。こんなばかばかじい嫌疑で、時間をつぶしてもおれない。仕事があるのだ。
「いやだよ」
「いやでは済まないのです。電車の中の行為、あなたは恥ずかしくないのですか」
「恥ずかしいのは、あの女だぜ。放せ、この手を」
「来てください」
駅員は、さらに強く力を入れて、俺を引っ張ろうとした。
こうなりゃ、逃げるしかない。
俺は、駅員に思いっきり頭突きを食らわせた。駅員がひるんだすきに、ホームを逃げた。と、脚が滑った。いや、誰かが俺の脚を引っかけたのかもしれない。
転倒し、そのままホーム上から線路に向かってジャンプ。
その時だ。電車が、ホームに転がった俺に向かって、まっしぐらに突き進んできた。
轢かれる!
俺は目を見開き、叫んだ。
「助けてくれーっ」
駅員が、俺の肩をゆすっていた。
「どうしました。終点ですよ。車庫に入りますから、降りてください」
車内には一人取り残されているだけだった。
以来、俺は、電車の中で化粧をしている不細工な女を見ると、できるだけ遠くに離れるように心がけている。
そんな女に限って、顔は不細工。醜い顔を隠すための化粧だから、仕方ないにしても、人前で化粧をする無神経さには、不愉快を通り越して、殴り倒してやりたくなる。
先日、俺の横に座った女。20歳前後。髪は茶に染め、鼻は低く、目が細い女。顔のジャンルはブス。どうあがいても、美人にはなれない致命的な顔。
その女が、案の定というか、化粧をし始めたのだ。
化粧品の匂いが、俺の鼻につく。が、女は委細かまわず手鏡を見つめ、一心不乱に化粧に取りかかっている。
頬や鼻などに、肌色の塗料を塗りたくり、口には赤い塗料を塗る。
これが美人なら、ある程度我慢もできる。ブスが顔面に塗料を塗りたくって化けようという魂胆は、もう我慢ならなかった。それに、不快極まりない悪臭。
「ねえ、君、電車の中で化粧はやめなさい」
「ッセーな。勝手だろう」
「勝手じゃない。何だ、その口のきき方」
「ジジイは引っ込んでろ」
「ジジイだと。ブスにジジイと呼ばれる筋合いはない。君は化粧をしても無理だよ。その不細工さじゃ」
「何を、このジジイ」
女は、俺に殴りかかってきた。俺は、軽くよけ、その腕をつかんだ。と、その時、女はあらん限りの大声をあげた。
「チカーン! キャーッ、助けてーっ」
「何だと、俺のどこが痴漢だ」
「触ったじゃない。痴漢よ、痴漢。みんな見てたでしょ。私を触ったわよね」
周りに向かって、女は叫ぶ。他の乗客たちは、こんな時はつめたい。知らんぷり。みんなかかわりになりたくないのだ。
「触った、だと。おまえのようなブスを触ったら、手が腐るぜ。不愉快だ」
俺は、もう我慢ならなかった。こんな女と、一瞬でも一緒にいることはできない。電車が駅に止まると、俺は席を立ち、ホームに降りた。
と、女も俺を追って降りた。そして叫んだ。
「そのひと、痴漢よ。捕まえて。あたしのこと、触ったのよ」
それを無視して立ち去ろうとする俺を、駅員や乗客が取り囲む。
「あんた、ちょっと待ちなさい。話を聞こうじゃないですか」
駅員は、俺の腕を掴んだ。
「何だ、どういうことだ」
「あの女性が、痴漢されたと言ってますよ。さあ、ここじゃなんだから、駅事務所まで来てください」
俺は、なにかの記事で、痴漢の嫌疑がかかった場合、駅事務所に連行されるともう警察に身柄が渡され、どんなことがあっても簡単に釈放してもらえない、という話を目にした記憶があった。こんなばかばかじい嫌疑で、時間をつぶしてもおれない。仕事があるのだ。
「いやだよ」
「いやでは済まないのです。電車の中の行為、あなたは恥ずかしくないのですか」
「恥ずかしいのは、あの女だぜ。放せ、この手を」
「来てください」
駅員は、さらに強く力を入れて、俺を引っ張ろうとした。
こうなりゃ、逃げるしかない。
俺は、駅員に思いっきり頭突きを食らわせた。駅員がひるんだすきに、ホームを逃げた。と、脚が滑った。いや、誰かが俺の脚を引っかけたのかもしれない。
転倒し、そのままホーム上から線路に向かってジャンプ。
その時だ。電車が、ホームに転がった俺に向かって、まっしぐらに突き進んできた。
轢かれる!
俺は目を見開き、叫んだ。
「助けてくれーっ」
駅員が、俺の肩をゆすっていた。
「どうしました。終点ですよ。車庫に入りますから、降りてください」
車内には一人取り残されているだけだった。
以来、俺は、電車の中で化粧をしている不細工な女を見ると、できるだけ遠くに離れるように心がけている。