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ブログ小説 過去の鳥

淡々と進む時間は、真っ青な心を飲み込む

化粧をする女

2010-01-02 14:41:57 | 電車目撃譚
 電車の中で化粧をする女がいる。すっぴんで乗りこみ、席に着くやバッグを開き、化粧品を取り出して作業に取り掛かる。周りの目など、まったく気にしない。
 そんな女に限って、顔は不細工。醜い顔を隠すための化粧だから、仕方ないにしても、人前で化粧をする無神経さには、不愉快を通り越して、殴り倒してやりたくなる。

 先日、俺の横に座った女。20歳前後。髪は茶に染め、鼻は低く、目が細い女。顔のジャンルはブス。どうあがいても、美人にはなれない致命的な顔。
 その女が、案の定というか、化粧をし始めたのだ。
 化粧品の匂いが、俺の鼻につく。が、女は委細かまわず手鏡を見つめ、一心不乱に化粧に取りかかっている。
 頬や鼻などに、肌色の塗料を塗りたくり、口には赤い塗料を塗る。
 これが美人なら、ある程度我慢もできる。ブスが顔面に塗料を塗りたくって化けようという魂胆は、もう我慢ならなかった。それに、不快極まりない悪臭。

「ねえ、君、電車の中で化粧はやめなさい」
「ッセーな。勝手だろう」
「勝手じゃない。何だ、その口のきき方」
「ジジイは引っ込んでろ」
「ジジイだと。ブスにジジイと呼ばれる筋合いはない。君は化粧をしても無理だよ。その不細工さじゃ」
「何を、このジジイ」
 女は、俺に殴りかかってきた。俺は、軽くよけ、その腕をつかんだ。と、その時、女はあらん限りの大声をあげた。
「チカーン! キャーッ、助けてーっ」
「何だと、俺のどこが痴漢だ」
「触ったじゃない。痴漢よ、痴漢。みんな見てたでしょ。私を触ったわよね」
 周りに向かって、女は叫ぶ。他の乗客たちは、こんな時はつめたい。知らんぷり。みんなかかわりになりたくないのだ。
「触った、だと。おまえのようなブスを触ったら、手が腐るぜ。不愉快だ」
 俺は、もう我慢ならなかった。こんな女と、一瞬でも一緒にいることはできない。電車が駅に止まると、俺は席を立ち、ホームに降りた。
 と、女も俺を追って降りた。そして叫んだ。
「そのひと、痴漢よ。捕まえて。あたしのこと、触ったのよ」
 それを無視して立ち去ろうとする俺を、駅員や乗客が取り囲む。
「あんた、ちょっと待ちなさい。話を聞こうじゃないですか」
 駅員は、俺の腕を掴んだ。
「何だ、どういうことだ」
「あの女性が、痴漢されたと言ってますよ。さあ、ここじゃなんだから、駅事務所まで来てください」
 俺は、なにかの記事で、痴漢の嫌疑がかかった場合、駅事務所に連行されるともう警察に身柄が渡され、どんなことがあっても簡単に釈放してもらえない、という話を目にした記憶があった。こんなばかばかじい嫌疑で、時間をつぶしてもおれない。仕事があるのだ。
「いやだよ」
「いやでは済まないのです。電車の中の行為、あなたは恥ずかしくないのですか」
「恥ずかしいのは、あの女だぜ。放せ、この手を」
「来てください」
 駅員は、さらに強く力を入れて、俺を引っ張ろうとした。
 こうなりゃ、逃げるしかない。
 俺は、駅員に思いっきり頭突きを食らわせた。駅員がひるんだすきに、ホームを逃げた。と、脚が滑った。いや、誰かが俺の脚を引っかけたのかもしれない。
 転倒し、そのままホーム上から線路に向かってジャンプ。
 その時だ。電車が、ホームに転がった俺に向かって、まっしぐらに突き進んできた。
 轢かれる!
 俺は目を見開き、叫んだ。
「助けてくれーっ」

 駅員が、俺の肩をゆすっていた。
「どうしました。終点ですよ。車庫に入りますから、降りてください」
 車内には一人取り残されているだけだった。
 以来、俺は、電車の中で化粧をしている不細工な女を見ると、できるだけ遠くに離れるように心がけている。

人身事故

2009-12-27 07:57:22 | 電車目撃譚
 自殺者は、今年も全国で3万人を突破。すごい記録だ。
 最近は10年以上続けて、3万人台で推移し、死亡原因として定着してきたみたい。
 で、もっとも手軽な死に方として、自殺者に人気なのが電車への飛び込み。
 極めて安直な自殺の方法。手間も道具もサンポールもいらない。富士の樹海や東尋坊まで出かけなくてもいい。ただ、線路の上にジャンプするだけ。この安易さが、人気を呼んでいるのだろう。鉄道会社や他の乗客には迷惑な話だが。
 人身事故による電車の遅れ。これは首都圏では日常的なもので、そう大きな話題にもならない。それほど自殺者が増えているのに、手の打ちようがないのが現実。鉄道各社は、自殺防止よりも、人身事故発生後、いかに素早く通常ダイヤに戻すかに腐心している。
 しかし、いくら自殺者が多いといっても、通常の電車利用では、何度も遭遇するわけではない。知人に聞いても、せいぜい経験は一回あるかどうかってところ。まして、死の瞬間を目撃するなんて、宝くじに当たるようなもの。
 ところがである、僕は過去に3回目撃していた。飛び込む瞬間をだ。
 そして、1か月ほど前には4度目。

 山手線のとある駅。電車がホームに着いていて、発車の合図があった。ぼくは飛び乗った。
 先頭の車両だった。悪い予感がした。前の3回も、先頭車両に乗っていた時。しかも運転席越しに進行方向が見える位置。今回も、同じ位置。運転士の指さし点呼の声が聞こえる電車でゴーの特等席。
 いくつかの駅を通過して、新宿駅にさしかかったとき、前方のホームで異様なオーラが。やばいと思った。以前感じた、あの背筋が冷たくなる恐ろしい気配。
 電車は駅に突き進んでいく。
 僕は思わず叫んだ。
『やばい、止めろ』
 しかし、声は運転席まで届かない。届いたにせよ、ぼくの声はATMじゃない。
電車は、駅のホームの先端まで20メートル。と、その時、ホームから女が線路上に舞った。
『わーっ』
 運転士の叫び声が上がると同時に、急ブレーキの音。そして、人をはねた衝撃音。
 電車は駅に滑り込んでいく。

 4度の自殺の目撃。すべて僕が先頭車両に乗って、前方を見ていた時だ。先頭車両以外に乗っているとき、一度もその電車が人身事故を起こしたことはない。
 ということは、僕はひょっとしたら疫病神なのでは。
 他にも、疫病神が増殖し、電車に乗って、自殺者の増加に手を課しているのかもしれない。
 以来、たとえどんなことがあろうと、先頭車両の乗車は避けている。
 それに、僕は呼びかける。疫病神だと感じている皆さんに。決して先頭車両には乗らないように。それが自殺者を減少させる手立てともなる。と考えているのだが。
 

林檎を食う

2009-12-21 07:10:32 | 電車目撃譚
電車内の迷惑行為、1位は「騒々しい会話」 民鉄協調査(朝日新聞) - goo ニュース

 日本民営鉄道協会(加盟72社)は、駅と電車内のマナーに関するアンケート結果を発表した。迷惑行為の1位は「騒々しい会話・はしゃぎ回り等」(31%。小数点以下は切り捨て)で昨年の3位から上昇。今年は「音」の問題を迷惑と感じる客の割合が目立つという。

 「ヘッドホンの音漏れ」(30%)が2位で、昨年1位の「座席の座り方」(30%)は小差で3位だった。以下、「携帯電話」(28%)、「乗降マナー」(24%)、「車内の化粧」(18%)、「ゴミ放置」(17%)、「電車の床に座る」(同)の順。(朝日新聞)

 
 ということ。
 それらは、小生も同感。
 で、最近気になるのは、電車でもの食う人々。特に匂いの強いものは、周りの迷惑。
 おにぎりなんかはかわいい方。強いバニラ臭の菓子、果実、チョコレートなど、鼻付く匂いは困る。
 先日、京葉線の海浜幕張から東京までの各駅停車に乗った時、隣に座った母と子供、これには唖然。
 母親が、子供に食べさせるために、林檎の皮を剥きだしたのだ。
 林檎ってやつは匂いが強い。しかも剥くときに、果汁が飛んで匂いが周り飛散。
 あの林檎の匂いに被爆する。周りは悲惨。
 
 その母親、上手に剥くならいい。思いっきりへたくそなのだ。皮を剥くというより、削る、あるいは削ぐという感じ。下に置いたビニール袋に、削ぎ落した皮の断片を落としていく。
「ママ、まだ?」
 横の子供が催促する。
「このナイフ、切れないのよ。もうこれでいいでしょ」
 虎刈り状態の林檎を、丸のまま子供に差し出す。
「はい、もう、これでいいでしょ」
「うん」
 受け取った子供は、ひと口かぶりついた。
 と、手元が滑り、床へ落とした。
 丸い林檎は転がり、前の席の男性の足元へ。
「ああ、ママ、落としちゃった」
「何してんの、どんくさい子ね」
「どうしたらいいの? 拾う?」
「ほっときなさい、汚いから」

 林檎は電車の床に、孤独に転がったまま。
 誰も救いの手を差し伸べない。
 僕は、母親に声をかけた。
「林檎、拾った方がいいですよ」
「何よ、勝手でしょ。駅員が掃除するわよ」
 そう言って、子供の手を引っ張って立ち上がった。
 電車は新木場駅に到着。
 母子は林檎を置き去りにしたまま電車を降りた。
 
 僕は、床の上の林檎を見つめる。
 たぶん、青森か長野の農家が、丹精込めて育て、収穫した林檎。それが、床に無残な姿をさらして放置。末路は哀しい。
 車内は林檎の芳香を漂わせ、地下深い東京駅に到着。
 僕は、林檎を置き去りにしたまま、電車を降りた。

 それにしても。
 


忙しい耳

2009-12-19 06:10:23 | 電車目撃譚
 耳は音を聴く器官である。が、それだけではない。頭の側面の二か所にあって、フックの役目も果たす。
 先日、田園都市線の市が尾駅から中央林間駅まで電車に乗った時のこと。
 僕の前の席に、若い、と思われる女性が座った。「思われる」というのは、顔をマスクで隠していたため、はっきりと判別できなかったのだ。
 顔を隠しているのはマスクだけではない。淡い琥珀色のサングラスをかけ、さらに右目には眼帯までかけていた。ものもらいでも出来ていたのか。
 それらはすべて、左右の耳を活用し、取り付けられていた。
 その耳。穴の部分にはイヤホーンが突っ込まれ、耳たぶには何個ものピアスがくっついている。ひとつは直径5センチほどのでっかいリング。マスクの取り外しには不便そうなでかさだ。まさに耳をフル活用。
 と、感心して、その顔をときおり盗み見していたが、長津田駅を過ぎたころ、彼女に携帯電話が震えたようだ。
 電車の中ではあるが、空いているということもあってか、女はためらわず携帯電話を手にし、耳にあてた。が、耳にはイヤホーンという先客がいた。それに気付いた女は、イヤホーンを引っこ抜き、携帯電話を当てて話した。
「モヒモヒ」
 マスクをかけているため、もごもごと聞き取りにくい声。で、携帯電話を当てている反対の右側のマスクのひもを耳から外そうとした。そこから彼女の事件が起きた。
 マスクのひもを外す時、眼鏡が引っかかりずり落ちそうになった。それを修正しようとしたが、電話に気をとられていたせいか、でっかいリングのピアスに引っかかってしまった。さらに右のイヤホーンも抜けて、マスクのヒモと混線した。
 自分の顔の前は、本人の死角になる。何が起きているのか、見えなければ理解できない。
 あわてた女は、からみついたイヤホーンを取ろうと強く引っ張った。
 と、女は悲鳴を上げた。
「痛ーっ」
 ピアスが引きちぎられ、耳から血が。
「うわーっ」
 眼鏡が取れ、マスクと眼帯とピアスとイヤホーンのコードがからみつき、女はパニック状態。さらに、耳からは血が出ている。

 周りの乗客は、唖然として見物。
 目の前の僕は、どんな反応を示せばいいのか戸惑った。手助けすべきか、嘲笑うべきか。
 考えた末、下した結論は、他の乗客同様に無視。
 
 女は絶望的な表情で南町田駅で電車を降りた。
 耳は重宝である。しかし、軽視すると恐ろしい。そんな教訓を植え付けられる電車内の出来事であった。

 それにしても。

  ※この手の掌編、手を加えて、
   雑誌のコンテストにでも出そうかな、と思うけど、
   それって、未発表ということにはならないのかな?
   まあ、そんなに多くの人が読んでいるわけでもないし、
   いいだろう。

 

貧乏ゆすり

2009-12-18 06:36:58 | 電車目撃譚
 電車には様々な連中が乗り合わせる。時には我慢のできないやつが目の前に。ということも。
 田園都市線、渋谷から中央林間行きの電車に乗った時のこと。午前11時過ぎ。出勤の時間もおわり、しかも下り線ということで比較的空いていた。
 
 ニコタマ駅で、僕が座った席の向いに、50歳前後の男。ジーパンに、ラフなコート。野球帽をかぶって、手元にはバッグとスポーツ新聞。いっけんするとサラリーマンではなさそう。
 そのおちょこが、突然貧乏ゆすりを始めた。新聞に目を落としながら、間断なくユサユサと続く。
 つい気になり、僕の視線が行く。
 男は貧乏ゆすりをやめない。これ見よがしにユサユサ。
 いったん気になると、もう駄目だ。ユサユサに合わせて身体の芯までユサユサ。気が散ってだめだ。鞄から文庫本を出し、読もうとしてみる。しかし、目の片隅に、前の男のユサユサが。
 駄目だ。いけない。集中できない。
 目を閉じる。が、前では揺れている感じ。ユサユサの波動が、僕の体に伝わってくる。
 薄眼を開けてみる。やはり、男はユサユサ。新聞に目を落としたまま。
 なんてことだ。こんちくしょう。
 しかし、他の席に移るのは屈辱だ。貧乏ゆすりに敗北したなんて、僕のプライドにかかわる。目的地は鷺沼。あと10分余り。
 駅では人と待ち合わせている。遅れるわけにもいかない。

 が、止まらない。このユサユサ。最悪の貧乏ゆすり。
 ぶん殴ってやりたい。首を絞めてやりたい。
 他人の存在をわきまえない不遜な野から。人類の敵。
 こん畜生め。
 脳みそが沸騰し爆発しそうだ。
 しかし、我慢。そこはしんぼう。

 ようやく目的地の鷺沼。なんとか我慢の限界は免れた。
 駅で降りようとすると、男も僕を追うように駅で降りた。振り返ると、男はポケットから携帯電話を取り出した。で、ボタンを押す。
 と、僕の携帯電話が振動した。
 僕は、電話番号を確認する。山田さんからの電話。会社で聞いていた、今日待ち合わせる相手の電話番号。出ると、すぐ後ろの男の声とハモって、 
「もしもし、田中さんですか。私、山田と申しますが、今、鷺沼駅に付きまして」