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ブログ小説 過去の鳥

淡々と進む時間は、真っ青な心を飲み込む

芳太郎詩集7 ボルトナット

2015-02-17 16:02:48 | 自己紹介
芳太郎詩集7 ボルトナット


都市はボルトナット
ボルトナットがすべてを接合する
橋脚もビルも線路も
支配するのはボルトとナット
それが現実だ

冬の空間は冷たく閉ざされ
 圧縮された気体が重く凝固し
結びつくボルトとナットは
10トントラックの振動にも耐え
一体化する物体と物体の強固な連帯

都市はボルトナット
しかしいつか
金属疲労は結合を劣化させ
ぼろぼろとはがれ
崩れ
都市は崩壊していく
いつか必ずやってくる巨大地震
やってくるかもしれない巨大台風
そして起きるかもしれない戦争
70年前の戦争で崩壊した都市建築がたどった道を
このボルトとナットが再び遭遇しないと断言できようか

着々と進む戦争肯定への道
集団的自衛権
自衛隊海外派遣
憲法改正
徴兵制
国防軍

70年前の悲劇
悪夢へひたひたと進む
薄汚れた足取り
ボルトナットは耐えられず
わたしたちの国は亡びへと向かう

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2014-07-28 18:36:05 | 自己紹介
また悲劇、長崎県「命の教育」届かず(読売新聞) - goo ニュース

 この記事で、
 『元小学校教諭の早稲田 矩子・佐世保市議は「事件の教訓を生かしきれていない。友人の  命を奪うところまで精神的に追い詰められていたのだろう。どこかの段階で周囲の大人が  異変に気付くべきだった」と話した。』
 とある。が、周囲の大人は気づくことはできない。事件が起きて初めてわかる性質のものである。逆に言えば、このような無責任なコメントを能天気に発する市議がいる現実こそが問題だ。
 このような事件は、一定の頻度で必ず起きる。世界各地で起きている。カフカの異邦人のようなもの。精神の破たんから生じる事件。これは、数多く発生しているストーカー殺人や小保方さんのような妄想事件などにも共通している。心が崩壊しているから、防ぎようがないのだ。分析したりするのも、あまり意味がない。捜査陣や被害者家族や社会一般には解せないかもしれないが。
 「命の教育」などと言っても、社会では殺人が日常化している。中東では子どもがイスラエルの攻撃を受けむごたらしく殺され、ウクライナでは飛行機が撃墜。NHKでは殺人を美化した大河ドラマなるものを平気で垂れ流し、死刑制度を堅持し、集団的自衛権で自衛隊員は戦場で命を落とすことが当たり前のこととなり、「命の教育」なんてまったくの絵空事。
 今回の殺人は、教育では防げない。防ぐためには社会全体が命を大切にする風潮を高めること。そして何よりも起きてからのケアーが欠かせない。そういう性質のもの。
 
 
 

しばらくぶりの更新

2012-10-29 11:24:29 | 自己紹介
 最近、ブログから遠ざかっている。
 フェイスブックやツイッターも、とくにやってはいない。すすめられ、入ってはいるが。どうもPCのネット接続が面倒。
 たぶん、歳のせい。もう、64歳。来年は65歳。年金適齢期。少ない国民年金。
 
 よく生きてきたものだ。今も、いささか元気を失っているが、かろうじて仕事をつづけ、収入も得ている。バブル期の三分の1程度だが、子育ては終わっており、食うには食っていける額。今日も書き進めない原稿に頭を痛めている。

 世の中ではいろいろなことが起きている。尼崎の恐ろしい事件。が、あれは殺人事件として立件できるのか。微妙な事件。

 石原慎太郎氏は国政に進み、維新の会は何やらわからない方向へ。
 週刊朝日に橋下氏の記事が出て、いまさら出自を取り上げるアナクロ。
 
 で、最近の橋下氏の顔つきが、弁護士時代のさわやかさからごろつきっぽい人相へ。
 顔つきがいやしくなっている。

 尖閣諸島や竹島の問題は、大きく新聞紙面をにぎわすが、北方領土は静まったまま。
 実効支配の強さかな。

 秋は深まり、モズが鳴く。風は強く、富士山は冠雪。
 秋から冬へは早い。

 妻は同窓会に一泊で出かけ、昼食は昨夜作った豚汁の雑炊。
 さあ、原稿を書かねば。そうおもいつつアイデアが浮かばない。
 プロデューサーは、面白くコミカルな味を、なんていうが、具体的に指示がないから浮かばない。
 腐りかかった老いてゆく脳みそ。

 さあ、もう更新ボタンを押して、作業に。

自己紹介 更新版5

2007-08-13 08:57:46 | 自己紹介
  
 このブログでは、
 小説や戯曲などの雑文をアップしています。
 それに詩と呼ぶべきか、短文も書いています。

 社会の動きを揶揄してみたり、
 事件事象にチャチャを入れたりもしております。
 最近は、そちらの方が多くなったかな。

 二束三文のくだらない小説を書く作家センセや
 売文屋と成り下がっている駄文書きのセンセ方のお書きになる、
 空疎な文字の羅列が、ちまたにあふれていますが
 その堕落した風潮を悲しく思いつつ、
 匿名で書くアマチュアのブログ小説、ならびに社会時評であることを強みに、
 攻撃的、かつ大胆な発想、展開で、言葉遊びに挑戦しています。
 いわば、パワーある駄文で、社会を哄笑。

 あくまでも言葉遊び。
 攻撃の対象になったり、ご登場いただいている著名人の皆様、
 中年男の遊びだと思って笑い飛ばしてください。

 ところで、おいらの年齢は、30歳から60歳の間。
 
 職業はフリーター。
 強いて言えば売文が収入の3分の1
 肉体労働が3分の1
 映像関係の仕事が3分の1。

 収入はカツカツ。
 結婚はしており、離婚寸前。子どももあり。

 趣味は妄想、居眠り、雑文を書くこと、野鳥観察。
 先日は我が家の目の前の電柱にアオゲラがやってきて、
 ピーとヒト鳴きに大感激。

 コメント、トラックバックは、答えたりするのが面倒なため休止していたけど、要望もあり、公開を前提とせずに受け付けます。
 おいらの意にそぐわないものでもアップしたりしますし、よいコメントでも気まぐれでアップしないことも。
 その点はご容赦を。

 メールは常時受け付け、
 状況に応じて、懇切丁寧なご返事差し上げます。

 アドレスは

 yosigon66@mail.goo.ne.jp

 コピペして、お声をどうぞ。
 お待ちしておりやす。

 さて、文が社会を叩くパワーに成りうるか。

ネット広告の効果

2007-04-21 06:57:36 | 自己紹介
大幅増収増益のグーグル 明暗分けたネット2社の決算(共同通信) - goo ニュース
 たまには毛色の違う書き込みを。
 ネット広告と言うのは、どの程度効果あるのかよくわからない。例えば、このブログの下には広告がある。それをどの程度の人数がクリックして覗いているのだろう。ともかくおいらのブログは少ないようだ。皆さんは除いていますかね。

 テレビの広告などとどうなのだろう。なにか比較したものはあるのだろうか。
 おいらはテレビの広告などの方が効果はあるような気がするが。

 で、グーグルとヤフー。
 おいらはどちらでもブログを書き込んでいる。ヤフーで2本、グーでこのブログ。それぞれトーンの異なるブログ。
 ヤフーの一本は、このブログに似た社会を揶揄したもの。
 最近は、こちらのグーにシフトして、あまり書き込んでいない。
 もう一本は、写真をベースにしたブログ。
 こちらはほぼ毎日アップ。まったく別人としてアップしているので、どれがおいらのブログかわからないはず。

 ということで、なんだカンダとブログを楽しんでいる。
 それもこれも、最近仕事がヒマなせい。こんな状況では困るのだが。