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ブログ小説 過去の鳥

淡々と進む時間は、真っ青な心を飲み込む

NHKとCATV・巨人VS小人 2

2007-01-04 07:47:28 | 小説

 順天堂大学の勝利で終わった箱根駅伝。見終えて、小生はまっ昼間から酒を飲む。
 最近は、酒を飲むと車を運転しなくて済む。妻がどこかへ連れて行け、といわなくなる。で、ぐうたらと昼寝をきめこんだ。まあ、正月三が日だから許されるだろう。
 と、山根さんから電話が来た。
 あんたのブログ読んだが、NHKはもっとCATVをバカにしていた、というのだ。昨日の書き方では生ぬるい。もっとNHKを批判する小説にして欲しい、という。
「では、どんなふうにバカにしていたのですか」
「そりゃ、もう、私なんか身分がずっと下という感じで。NHKとCATVでは、武士と水のみ百姓と言えばいいでしょうか」
「そんなにひどいの? 同じテレビなのに」
「月とすっぽん、タヌキとブリキですよ。何しろ、NHKが相手にするのは日本全国の視聴者。こっちは契約者が1万世帯程度で、見ている人はそのうちのせいぜい何百人。向こう様は20人近いスタッフの数。こっちはたったひとりで、すべて手作りの番組ですからね」
 ということで、昨日の続きを……。

「山根さんが、インタビューもしはるんですか?」
 ツルベは、驚いたようなあきれ果てたような顔で言う。
「ええ、します」
「そんなことされたら、うちらの商売、あがったりやなあ」
「レポーターなんか使う予算、ありませんから」
「ほんまかいな。ケーブルテレビって、どのくらいの予算で作ってはるの?」
「直接費は、ほとんどゼロです」
「ゼロ? お金かかってないの」
「テープ代と、車のガソリン代以外は、何も出ません」
「ロケ弁当は出えへんの?」
「もちろん出ません」
「わあ、かわいそう」
 いかにも同情するような表情で、ツルベはカメラの背後にいる工藤ディレクターに声をかける。
「ねえねえ、工藤さん。ロケ弁、山根さんにも都合つけたげてんか」
「ええ、いいですよ」
「いや、そんなことしてもらわなくてもいいですよ」
「遠慮しなはんな。NHKは予算たっぷりあるんや。弁当ひとり分増えても、びくともせえへんから」

 途中で、CATVの放送編成部長から、携帯に連絡が来る。NHKに全面協力するようにとのこと。根回しをしたようだ。
 何しろNHKは巨大組織。バックに政府がひかえている。地方の吹けば飛ぶようなCATVは太刀打ちできない。根回しをされれば、抵抗なんてできっこない。

 神楽保存会長へのインタビュー内容。
   ・保存会のプロフィール
   ・神楽の演目について
   ・神楽の見方

 カメラを三脚にセットして固定し、シュートしてからインタビューマイクを手に、神楽保存会会長にインタビューする。その様子を、NHKのカメラが撮影する。
「この神楽の参加者は、どんな職業の方々ですか?」
「おもに農家の人たちですね。あと、公務員が何人かいますし、農協の職員もいますね」
 こっちがまじめにインタビューをしていると、ツルベがチャチャを入れる。
「わー、すごいなあ。ほんまにひとりで、インタビューもしてしまうんでんな。こんなんで番組作れたら、今日来とるスタッフ、商売あがったりやなあ。で、会長さんは、普段何してはんねん?」
「農業です」
「どんなもんが取れるんですか?」
「うちでやってるのは、コンニャクイモとキャベツ、それにミョウガも作ってますけど」
「コンニャクイモ作ってはんの? コンニャクは、芋からできるんでっか?」
「ええ」
「そら、ちょっと見せて欲しいなあ」
 と、地元の視聴者にはまったく関心のない方向へ取材が進んでいく。こちらの取材はずたずた。が、大きな力の前ではどうすることもできない。文句を言えない自分が情けない。
 本当は、地元の神楽を、祭りの中でありのままに撮って、編集には手を加えずに淡々と見てもらう番組を作りたかったのだ。最近の番組は、民放もNHKも脂ぎったぎとぎとの番組が多い。ゴテゴテの装飾だらけの番組。そうではなく、地元の話題の環境番組、情報番組、それがCATVの役目だと考えている。そういう番組を作りたいし、今回の神楽取材もそのつもりだった。なのに、これではバラエティー番組だし、CATVがさらし者になるだけ。
 しかし、上司から協力するようにと言われると、反論はできない。上司だって、NHKからの要請は断れない。長いものには巻かれろ。
 
 そんなこんなで収録を終え、帰社する。ツルベとカメラ二台が会社まで付いて来る。他の2台のカメラは、別のタレントと一緒に神楽のメンバーを追っている。

「ここが、編集室でっか?」
「編集室兼、MAルーム兼、アナブースです」
「せまっ。カメラが入れへんやない。ここは、山根さんのちっこいカメラ、便利やね。それに、何? この卓は」
「これが編集機です」
「わあ、おもちゃみたい。こんなんで、テレビ番組の編集ができるん?」
「ええ、CATVですから」
「ほな、編集、見せてもらおか」
 悲しくなってきた。が、物量の前に抵抗できなかった。抵抗すれば、カメラマンや音声さんにも迷惑がかかる。こっちはひとり我慢すればいい話。

(山根さんは、このあとどのように対処するのか、まだ考えていないので明日以降に持ち越させていただきやんす。ということで今日は御免)

 
 
 

NHKとCATV・巨人VS小人 1

2007-01-03 09:16:22 | 小説

 昨日、NHKの問題をこのブログ小説で書き記したところ、CATVに勤務する山根順一さんから、同感とするメッセージをいただいた。
 山根さんによると、撮影現場でしばしばNHKとバッティングするとのこと。そのときの横柄かつ傲慢なNHKの態度には我慢がならないという。
 一読させていただき、これはブログ小説に書き込まねばならないと思い、若干の脚色もまじえながら、メモ小説とした次第である。ぜひご一読いただきたい。
 ただし、これはあくまでも小説である。

 11月5日 諏訪神社祭礼の取材
 朝7時30分、ワゴンRにPD150(筆者注~小型の業務用ビデオカメラで価格40万円程度)と三脚等機材一式積み込み現地へ。
 7時45分、諏訪神社着。
 駐車場には、NHKエンタサプライズなる文字のあるワゴン車が2台、すでにとまっていた。悪い予感。
 交換テープや予備バッテリー、インタビューマイク、雨カバー、タオルなどの入ったDバッグを背負い、カメラと三脚を手に、社務所へ向かう。
 社務所周辺には、カメラやガンマイクを手にしたスタッフが数名、所在なげに立っていた。手にしたカメラはハイビジョン。価格は一式そろえると1千万円程度のはず。ますます悪い予感。
 社務所の入り口から中を覗いてみる。中の広間では、2台のカメラで撮影が行われていた。とすると、三台のカメラが来ていることになる。
 カメラの向ける先には、関西のお笑い芸人の顔が。そのインタビューしている相手は、取材を約束していた神楽保存会の会長。会長は笑顔で答えている。絶望的に悪い予感。
 土間にいるNHKの関係者らしい男に、小声でたずねて見る。
「これ、何の撮影ですか?」
「ああ、NHKの『ツルベの家族で万歳』という番組ですがね、今日はちょっとアマチュアの方、撮影は控えていただけますか」
 手にしたPD150を見て、アマチュアだと思ったようだ。HDの大げささに比べれば、まるでおもちゃのようなカメラ。しかし、CATVとは言え立派なプロである。
「このまちのCATVなんですけど。あの、今日の祭礼の取材、約束していたのですが」
「ああ、ケーブルテレビですか。なんか会長が言ってましたね。それはそれは、ちょっと撮影が終わったようだ。おおい、工藤君、ケーブルテレビが来たんだけど」
 関係者らしい男は、カメラの脇にいたディレクターらしい男に声をかけた。
 ディレクターらしい男は、ツルベや他のスタッフに「ちょっと待ってて」、と声をかけ、やってきた。
「ディレクターの工藤です。ケーブルさんが来ることは、会長から聞いていました」
「ケーブルの山根です。よろしく」
 名刺を手渡した。
「ああ、僕、いま、名刺持ってないんで失礼。で、あんた一人で来てるの?」
「ええ、カメラ兼ディレクターです」
「そうですか。いいですねえ。いや、いいなあ。どうです、取材している様子を取材させてください」
「えっ、どういうことですか」
「これは、意外性の番組なんですよ。様々なハプニングを、ツルベさんが対処していくと言う番組。たった一人で、機材を担いで取材なんて、いいですねえ。で、今日取材したテープは、どなたが編集するんですか?」
「僕が帰ってやります」
「今日編集するんですか?」
「ええ、帰って、すぐに編集します。とりあえず、夜に流すんで」
「とりあえずと言うと?」
「別に、番組も1本作るので」
「それはいい。お宅の会社も取材させてください。ツルベさんがたずねていきますので」
「えっ。それは。上司に相談しなきゃ」
「まあ、大丈夫ですよ。NHKで全国に放送されるのですから。あっ、そろそろ神楽の準備です。時間がないんで、あなた、山根さんでしたよね、カメラを意識しないで、保存会長を訪ねて言ってください。あとは、こちらがどんどん突っ込んでいきます。我々を取材してもいいですから、さあ、どうぞ。ツルベさん、ということです。さっき話の出てたケーブルの山根さんです」
 こうなると、もはや逃げられない。とりあえず会長に挨拶することに。
 会長に声をかけようとしたとき、脇からいきなりツルベが声をかけてくる。
「ケーブルテレビの山根さんですね」
「はい、そうです」
「ひとりで来はったん?」
「ええ、そうです」
「この祭りを、ひとりで取材しはんのでっか、すごいなあ」
「ケーブルテレビは予算がありませんので」
「ひとりでもちゃんと番組、作れるんでっか?」
「ちゃんとしてるかどうかは別ですけど、作れます」
「テープの編集は?」
「自分でやります」
「ナレーションは、アナウンサーがいはるんでっか?」
「いえ、僕が読みます」
「音楽は?」
「僕が、著作権フリーの曲を選曲します」
「へえ、すごいなあ。NHKなんて見てみなはれ、どんなにぎょうさん人がおるやら。今日かて、3台のカメラやで。昼にはもう1台来て、祭りをとるんや。それに比べ、こんなにちっこいカメラで撮って、ホンマ、えらい。ぜひ山根さんの仕事振り、見せてもらいたいなあ」

 ということで、取材をしている場面を取材され、こちらも取材し返すと言う奇妙な番組取材が始まった。

 (ここまで書いて、どうも箱根駅伝が気になって仕方なくなる。
 続きは明日、もしくはその後ということにして、テレビモードにはいって御免)


 
 

犬ごっこ  前編

2006-12-31 08:18:42 | 小説

 レザーの首輪をペットショップで買った。それに、長く伸びるリードも。
 首輪は、以前から欲しいと思っていた。が、買うのに勇気がいった。買えば使いたくなる。それがわかっていたからだ。
 むろん、我が家に犬はいない。首輪をつけるのは私。そう、私は犬にあこがれていたのだ。
 いや、あこがれていると言うのは正しくない。私はきっと犬なのだ。前世が犬だった、というのかもしれない。まちがいない。そして、今も本当は犬。性同一性障害ではなく、種同一性障害、という病気なのかも知れない。が、いずれにせよ、私は犬なのだ。だから、首輪を巻き、リードで繋がれて街を歩く。それが夢だった。
 書斎で包みを解いた。首輪の匂いをかいで見る。レザーの匂いがいい。気分が引き締まる。レザーに打たれた鋲の輝きもいい。
 首に着けて肌触りを確かめてみる。ぴったりフィットする。私はやはり犬なのだ。このぴったり感に、恍惚とした気持ちになる。

 妻に言うべきだろうか。言えば、なんて答えるだろう。
 私は頭が痛い。が、このまま秘密を持って妻と接するのは我慢できない。
 仮面夫婦。
 それはよろしくない。妻には、本当のことを言うべきだ。もう、子どもたちは社会にでてしまっている。気兼ねすることもない。そう、これからは、本心をさらけ出した夫婦になるんだ。それで、離婚するよう迫られるなら仕方ない。秘密を持ったまま騙しあって生涯を終えることの方が罪深いこと。
 私たちは長年連れ添った夫婦。たぶん理解しあえる。

「じつは俺、君に隠していた事があるんだ」
「何よ、急に改まって」
「驚かないでくれ。じつは俺、犬なんだ」
「そう、それで?」
「驚かないのか?」
「別に。だって、うすうす気付いていたもの」
「えっ、俺が犬だって、気付いていた?」
「わたしたち、夫婦よ。30年も一緒に暮らしていたらわかるわよ。食事の食べ方だって、犬のようにがつがつしているし、外に出たって電柱の前で立ち尽くしておしっこしたそうな顔をしているし」
「そうか、それなら話が早い。俺を、犬だと認めてくれるわけだね」
「そうよ、あなたは犬」
「じゃあ、名前をつけてくれないか。犬らしい名前を」
「そうね、クロはどう? 郵便局の隣の山本さんちの犬はシロだから」
「ああ、いいよ。クロで十分。で、これを巻くからね」
 私は、包みから首輪を出し、首に巻いた。リードをつける。
「どうだい、似合うかい?」
「ええ、ぴったりよ。なかなか犬らしいわ。高橋さんちの足の短いダックスフントよりも、犬って感じがするわよ」
「散歩しないか」
「このかっこうで?」
「もちろん、そうさ。俺は犬のクロ。君はその飼い主。街の公園に行けば、たくさん犬が散歩しているだろう。飼い主に連れられて」
「でも、そのかっこうだと、犬らしくないわ」
「じゃあ、どんなかっこうで?」
「洋服来ている犬なんて、何かダサいじゃない。裸でなきゃ」
「ああ、いいよ。裸の方がすっきりする」
「でも、あなたのチンチン、小さいからね」
「小さいと駄目か? いやらしいことを想像すれば大きくなるが」
「駄目よ。あなたは、いくら犬でも姿は人間そっくりだから、おチンチンは隠してなきゃいけないわ。そうよ、ふんどしがいいのじゃない?」
「ふんどしか。いいなあ。犬のふんどし。語感もいい」

 ということで、私はふんどしを締め、首にはレザーの首輪を巻いた。むろん、ふんどし以外に衣類は身にまとっていない。
 妻はリードを手にする。

 玄関を出た。
 私は犬である。身体は人間にそっくりでも、じつは犬。犬らしく四つんばいになって歩く。これが、意外なほど歩きにくい。手が歩くための器官でないからだ。それに、腰が痛い。
 家を出て10メートルも進まないうちに、これはまずいと思いはじめる。
 が、それを救ってくれたのは、二軒隣に住む小林さんの奥さんだ。
「あら、こんにちは。ご夫婦でお散歩ですか?」
「ええ、いい天気なもので」
「ご主人、犬になられたのですか?」
「ええ、そうなんですよ」
「ご主人の犬姿、お似合いですね。でも、犬でいいですわね。うちの主人は錦鯉だから、今日も風呂に水を溜めて浸かりっぱなし。散歩には一緒に出かけられませんしね」
「それは大変ですねえ。じゃあ、公園まで出かけますので、ご主人によろしく」
「お気をつけて」

 私たちは、公園へ向かってまた歩き出す。


(脳みそが腐りかかっている中で、またいい加減な物語を書きはじめることに。むろん続く予定だが)

冬の箱  最終回

2006-12-30 05:38:14 | 小説

 心に焼きついた屈辱の思い出の数々。
 そして今、死を迎えようとしている。あとわずかで、きっと死ぬ。必ず死ぬ。
 死にかかっている私が思い出すには、あまりにも情けない過去。もっと栄光の日々の記憶がないものか。自慢できる何かが。
 だが、萎えた肉体は、ますます元気を無くすような思い出を掘り起こすだけ。

 定期的に看護婦が巡回してくる。
 看護婦。最近は、看護士とか言うらしい。 
 どちらでも同じ。なのに、変えたがる名前。まあいい。世の中のことなど、私にはもう無縁のこと。今となっては。
 で、看護婦は、私のおむつを交換する。
 身体はほとんど動かないと言うのに、肛門だけはかろうじて排泄物を捻り出す。キレの悪いマヨネーズのチューブの口から、へばりつくようなわずかな便をちびりちびりと。私の意思とは無関係に。
 そうだ、腸壁が溶けて排泄されているのだ。内臓からも、溶解が始まっている。そして痩せていく。文字通り、骨と皮だけになっていく。おそらく、心臓も溶けていくだろう。きっと間もなく。

「さあ、おむつを換えましょうね」
 看護婦は、幼児に発する口調で言う。明るく弾んだ声。
 私は拒まない。股間を潔く見せる。幼児のように躊躇いもなく。白い陰毛の間で干からびた芋虫のように横たわるペニス。妻でもない女の前に、無抵抗にさらけだす。
「きれいきれい、しましょうね。お尻も、きれいきれいしましょ。いい子ですねえ」
 もう、なされるがまま。
 看護婦は、ペニスや肛門の周辺部をガーゼで丹念に拭う。
 そうだ、私が若かった頃のペニス。力強く勃起し、妻の性器の中でリズミカルな動きを見せていたペニス。栄光の時代があったのだ。
 このペニスが、妻の子宮の中に精液を送り込み、4人の子どもを作り出した。ニンジンのように赤く固く勃起したペニスは、精気に満ちていた。太く固く勃起し、妻に喜悦の声をあげさせた肉の棒。
 その末路は、ただただ情けない肉塊。精液を水鉄砲のように勢いよく吹き出した栄光の過去の面影など、微塵もない。縮んだゴム風船よりもだらしのない肉塊に落ちぶれてしまっている。見られても触られても、まったく反応を示さない。驚くほどの無感動、無表情な肉の塊。

 生きつづける肉体。かろうじて死んでいないと言うだけの肉体。夢もなく、ただ過去をぼんやりと反芻し、死にむかって生きているだけの肉体。
 末路。なんと悲しい人生の末路。
 もっと早くに、元気なときに死んでおくべきだった。死ぬことを選択できた時代に。
 が、後悔しても始まらない。死は意思で近づけることが不可能な肉体となってしまった。今では、呼吸を止めることすら意思で制御できなくなっている。
 もうほとんど何も見えず、何も聞こえず、何も匂わないと言うのに、私は生きている。
 時間の流れは、遅い。
 遅すぎる。
 ひょっとしたら、時間は止まってしまったのではないだろうか。そして私は、このままいつまでも、死なないのではないだろうか。
 看護婦が、点滴のボトルを交換する。液体に潜んだ栄養と薬品が、私をさらに生かそうとしている。
 私は、まだ死んでいない。これだけ死にかかっているというのに、まだ生きている。死ぬことばかり考えていながら、死にきれない自分の肉体がもどかしい。

 ああ、いったいいつになったら、私は死ぬのだろう。

                おわり

団塊の世代消去作戦

2006-12-29 08:07:46 | 小説
 ということで、はたまた「冬の箱」を中断し、「団塊の世代消去作戦」なる掌編小説で、皆さんの脳みそを刺激しようとという魂胆なのだが。
 で、舞台は首相官邸。

「何? 妙案があると言うのか?」
「そうです。きわめつけの妙案です。つまりですね、団塊の世代をごっそり消去してしまうのです」
「えっ、それは大胆な」
「考えてもください、あの連中がいるから、年金の問題も大変になってくるわけです。国の借金も減らないのです」
「まあそうだが」
「彼らがどっと70歳、80歳になったら、どうするのです」
「想像するだけで恐ろしいことだ」
「ヨボヨボヨレヨレが、まちにあふれるのです。そんな状況では、美しい国は不可能です」
「そうだ、不可能だなあ」
「連中の平均寿命が5年程度短くなれば、年金問題もかなり解決されます。人口ピラミッドの、彼らの世代の突出の仕方は異常であり、連中は自らが身を引くべきなんです」
「なるほど」
「美しい国を作るには、あのゴミ世代の削除が不可欠です」
「そうだね。あの世代はただ年金の莫大な消費者になるだけの困った存在だ。しかし、削除が可能かね。パソコンのファイルでもあるまいし」
「簡単ではありませんが、あらゆる方向からせめて行けば可能です。ひとつはまず、連中の不安をあおります。でもって、自殺者を増やすように努めます」
「自殺者を?」
「ええ、メタボリックシンドロームによる、不安へのあおりは、一定の効果が見られています。マスコミでも自殺に関してのキャンペーンを行い、さらに不安をあおります。年金への不安は、もっとあおった方がいいでしょう。団塊の世代は、早く死んだ方が得だと思わせるようにフレームアップキャンペーンを展開します」
「ふむふむ」
「テレビでは、もっとくだらない番組を増やすように、総務省の干渉を強めます。テレビに出られる知識人は、細木数子程度のバカさに上限を限り、バラエティーで国民の脳みそをフヤフヤにしてしまいます」
「バカの壁の養老先生は?」
「むろん壁の向こうに追いやるべきです。昆虫の話程度なら、参加させてもいいですが。あとはヨシモトの芸人に暴れさせます」
「まあ、ヨシモトはおもしろいからね。あのお笑いのノリは大切にしたいが」
「そうです、国民には、あの程度の番組でいいのです。もうひとつ、医療の質と量を下げてしまいます」
「ずいぶん質も量も、厚労省が努力して落としてくれているみたいだが」
「あんなものでは駄目です。もっと病院を淘汰させるなど、医療側に過酷な環境をつくらなければなりません。また、長生きさせようと言う医療は、徹底的にたたきます。四国のマンナミ何がしのような延命に努力するような医師は、叩き潰します。さらにですね、病院をもっと倒産させるとか、地域医療の徹底的な骨抜きを進めるとかね」
「ずいぶん荒っぽい考えだね」
「団塊の世代が定年退職を迎える頃から、60歳以上の医療費を徹底的に高くしてしまいます。簡単には医療を受けられない環境を作るのです」
「ほう、それもいい考えではあるが、反発があるのでは」
「反発を恐れて何ができるのです。ソウリは臆病すぎます。11人の嘘つきを復党させたり、派閥に配慮して佐田のようなクズを大臣に登用したり」
「あの男もいい人間なのだけど」
「いい人間は悪いことをしません。まあ、日本を美しくするためには、痛みが必要です」
「少子化問題はどうする?」
「荒療治に、副作用はつきものです。まあ、仕方ありませんね。産科の医者も徹底的に不足していますから、産もうなんて意識を国民が持つなんてどだい無理な話で」
「少子化の対策は?」
「少子化なんて、対策を講じなくても、子どもの未来が夢にあふれていれば、勝手に解決されてしまいます。ケバイおばさんを担当大臣にすえても、お守り札ほどの役にも立ちません。まったく笑止ですよ」
「子どもが増えなきゃ、国の将来はどうなるんだ」
「ソウリのおっしゃるとおり、美しい国になります。何しろ、人口が減少し、人が環境を汚さなくなるのですから」
「そうか、それならいい。私の唯一の公約は、美しい国を作ることなんだ。それが実現するためであれば、あらゆる努力をしてください」
「御意でございます」

 ということで、裸の王様を騙す洋服職人が、官邸内をうろつき、官職を得るのでございます。そして、日本は人口がどんどん減少し、美しい国に向かってまっしぐらに突き進んでいくのであります。
 メデタシメデタシ。

冬の箱  4

2006-12-28 03:46:46 | 小説

 人生の最後というのは、これほど寂しいものなのだろうか。
 楽しかったことを思い出そうとしても、頭に浮かぶのは、失敗や挫折の思い出ばかり。ささいな失態から大きな失敗までよりどりみどり。よくもこれだけ、失敗が続いたものだと感心してしまう。
 例えば、よく転んだ。子供の頃から頻繁に転んだ。川遊びをしていて転び、深みにはまって溺れかかったことがある。助けを求めて手足をばたばたすると、ますます深く沈んでいく。鼻から水が入り、呼吸ができなくなる。このまま死ぬのかという恐怖……。
 しかし、助かった。たまたま通りかかった農家の親父が助けてくれた。私の両親は、その男に、なにやら大層なお礼をしたらしい。私も、お礼に行ったのは覚えている。感謝すべきことだと言う。しかし、自分では、なぜか嬉しく思わなかった。助かる必要なんてなかった、と思う。あの時に死んでおれば、これほど死についての思いに頭を費やすことはなかっただろう。
 階段で転んで鎖骨を折ったことがあった。ちょうど旧制中学の受験をひかえた時期だった。鉛筆を握ることが出来ず、受験できなかった。そのため、中学には入らずに仕事についた。あのとき転ばなければ、私の人生は大きく変わっていたはずだ。だが、所詮五十歩百歩だ。寿命が来れば死ぬだけの人生なのだから。
 そう、死に向かってまっしぐらの人生。死ぬことだけが生きがいになってしまった終末の人生。

 軍隊でも転んだことがあった。輸送船の甲板の上で滑って転び、手にしていたカンテラを壊した。その時小隊長から、こっぴどい鉄拳制裁を受けた。往復びんたと竹刀による殴打。小隊長は、国元では草相撲の力士だったというだけあって、びんたには迫力があった。殺されるかと思うほど恐ろしかった。
 他にも、商店街で自転車とぶつかって転んだり、部屋の中では電話帳に躓いて転んだり。七転び八起きといえば体裁はいいが、じつは七転八倒の人生だった。
 歳をとってからは、公園で転んだことがある。古希の祝いをした翌日のことだった。あれこそ、私の人生の中でももっとも屈辱的な転び方と言えよう。
 あの時は、なぜか空に浮かぶ風船のようにゆったりとした気分で散歩を楽しんでいた。ともかく緑が心地よかった。天気も散歩日和だった。
 風を感じ、鳥の声を聞きながら、芝生の上を歩いていた。スキップを踏むように軽やかに足取りで。
 私の行く手のベンチに、二人の女子高生が腰を下ろそうとした。そのうちの一人の極端に短いスカートの裾が、風でひらりとめくれ上がり、白い下着が見えた。一瞬目を奪われた。
 その時だ。私の靴底は柔らかい物体を捉えていた。犬の糞だった。
 歳をとったせいか、反射的な運動能力は衰えていた。踏んだ足を除けるのではなく、逆にそちらへ体重移動をしてしまった。平らな靴底だったため、勢いよく滑って転んだ。尻餅をついた場所には、さらに巨大な糞が待ち受けていた。
 ベチョッ。
 ズボンの布を隔てて、糞の柔らかい感触が私の尻に伝わる。同時にその水分が布にしみ込み、尻の皮膚にまで伝わってくる。排泄したての糞の、あの生温かさまでが。

 まわりには、幼児を連れた若い母親のグループや女子高生がいたが、誰も私に救いの手を差し伸べようとしなかった。それどころか、私を笑いものにした。
『愚かな年寄り』
 笑いは、くすくすからげらげらに移行していく。
 私は惨めだった。悲しかった。糞をした犬を呪い、若い娘たちに殺意を覚えた。悪いのは下着を見せた女だ。絶対に許せない。襲いかかり、強引に衣類をはぎ取り、処女の股間にペニスをつきたててやる。私のダイコンのような巨大なペニスを。
 しかし、夢想するだけのことだった。夢想するのが精一杯。私のペニスの大きさは、せいぜいピクルス用のキュウリ程度。どんなに勃起しても、固さは竹輪どまりで、すでに女の股間に突き刺さる代物ではなくなっている。現実との大きな乖離に、絶望を大きくするだけ。
 勇気も体力もない私は、何もできなかった。負け犬のようにへらへらと笑ってその場を取り繕う以外に。

 (まだ終わらない。この命、いつまで続くやら)

談合

2006-12-27 05:50:10 | 小説

 ということで、今日は、冬の箱はお休みさせてもらって、談合についてのお話を、あれこれさせていただきます。何、いやだって。おまえの話なんて、聞いても仕方ない? 
 まあ、そういわずに、聞いてくださいよ。
 そのまんま東さん。宮崎県の知事に立候補したそうではありませんか。でもって、談合は必要悪と、言ってくださった。そう、私ら中小の土建屋にとって、ほんとに必要なもんなんですよ。よく言ってくれたと思ったら、まわりの風当たりで、すぐに自分の意見を引っ込めてしまった。あれはいけない。
 そうでしょう、信念がございませんな。
 談合は、本当に、必要なんです。
 もし、入札でガチンコ勝負になったら、私ら生きていけない。体力のあるところは、赤字でも仕事を取って、私らをつぶしにかかる。仕事がなきゃ干上がる。
 もう、そんな感じで、価格破壊。消耗戦。挙句は、手抜きをしなきゃ生きていけない。
 そんな土建屋は潰れろ、だって?
 そうはいかない。私ら、従業員がいる。従業員には家族がいる。食わしていくためには、仕事を取らなきゃならない。経営的に厳しい価格でも、ないよりまし。ということで、無駄をそぎ落とし、ぎりぎりのところで仕事を請けることに。少しでも計算外のことが起きると、もう赤字。計算外のことなど、工事にはつきもの。手抜きをしなきゃ、倒れるところに追い込まれてしまう。
 そりゃ、税金の無駄を減らそうと言うのはわかる。しかし、本当は無駄ではなかったんだ。談合があるからこそ、適正な価格が保たれてきたんだ。談合がなくなりゃ、規制緩和だか知らんが、価格破壊になって、業界が疲弊し、ひいては産業の全体に悪い影響を及ぼしてしまう。そう、デフレや、経済の萎縮は、規制緩和の高まりとともに、起きてきている。そんなことは常識なのに、馬鹿な経済御用学者どもが、変なことをしゃべくりまわったり。
 映像の仕事をしている私の弟が言ってたけど、彼らの業界は談合がないそうだ。公官庁の発注する映像制作で、以前、入札が行われていた。あれは、価格をどんどん下げていくことが出来る。たとえば、演出家の人件費を抑えることも簡単。ベテランでも、専門学校の出たてでも、同じ演出家。ということで、質が余りに低下したため、企画コンペに。
 それが無料なのである。
 で、公官庁では、書かれた企画書を盗むことも平気で行うように。
 というようなことで、それについて文句を言えば、指名業者から外されてしまう。談合がないと、そう言う事態にも。
 なに、それは談合とは関係ない、だって?
 まあ、役人は威張っているってことは事実。官製談合がいくつか発覚したが、氷山の一角。
 知事は美味しい。権力者なんだから、談合も出来る。
 そのまんま東も、談合で私財を蓄えたかった、とは、本音の底にあったとは思えない、が、現実に知事が3人も逮捕されている。さらに、もうひとり大物知事の周辺でもきな臭い噂が漂っている。
 火のないところに煙は立たない。
 だから、どうだ、と?
 いやはや、昔は談合天国。それが経済を活性化させていたんだ。悪だと言うが、それは公官庁の発注額の高さという点で、それは十分に経済効果があったことを認めなきゃ。

 が、そんなことを口が裂けても言えない。談合が正しいなんて言ったら、うちの会社など、指名業者から外され、20人ほどの従業員は路頭に迷う。大手の下請けや孫受けで、かろうじて仕事をこなしていく状態。そう、弱肉強食は、経済を疲弊させる。強いものはさらに強く、弱いものは弱く。それが規制緩和。
 中小企業の痛みを知っているやつは、政府にも役所にもいない。やつらは、絶対に身分の保証された公務員。そうじゃないか。あんなやつらが威張っている世の中、絶対におかしい。

 なに? おまえは間違っている、だって。
 そう、間違いでけっこう。正道で餓死するのなら、邪道で食いつなぐことを選ぶよ。あああ、それにしても、やな世の中だだなあ。
 強いものが強く、弱いものが弱くなっていく社会なんて。
 私の借金がこれ以上膨らんだら、会社をたたんで、上野のホームレスにならねばならないかも。
 明日はわが身。一生懸命仕事をしていてもだ。
 こんな世の中、絶対におかしいぜ。
 そのまんま東の言葉には、一瞬期待をしたのだが。

 (むろん、これはエッセイではなく小説、フィクションでございます)
 
 

冬の箱  3

2006-12-26 06:29:19 | 小説

 私はまだ死なない。
 明らかに社会で不要となっていながら、生きている。世の中は、そういうもののようだ。もっと生きていて欲しい人が簡単に死に、どうでもいい人間がいつまでも死なない。
 私の母も寝たきりのまま長生きした。半年近く自宅で臥せ、女房はへとへとになりながらも、姑を最後まで介護した。
 母のいる部屋は、老人臭かった。小便のにおいもした。
 臭いのは嫌だった。私の子供たちは、それを毛嫌いした。あの時の臭気を、私はここでむんむんと発散させているはずだ。
 だから、孫たちは見舞いに来ない。私は、もう孫と顔をあわせることはないのかも。お年玉を、あれだけやったのに。
 歳をとると臭くなり、死にかかるとますます臭くなる。臭くなっても、生きつづける。そう、あのとき、私は母の死を本気で願った。女房のためにも、死なない母を呪ったことさえある。死んでくれた時には、ほっとした気持ちの方が、悲しみの百倍も大きかった。
 なかなか死なない私に対しての息子の気持ちは、痛いほどよくわかる。私に早く死んで欲しいのだ。
 だが、今も、死なずに生きている。

 女房は、五年前、心筋梗塞であっというまに死んでしまった。台所で突然発作にみまわれ、崩れるように倒れた。すぐに救急車で病院へ運んだが、もう手遅れだった。誰も看病する間もなく、あっけなく死んでしまった。あれだけ寝たきりの姑に苦労した女房だ。その苦労を息子夫婦にかけさせないための配慮だったのだろうか。
 一方の私。未練がましく生き延び、これだけ死にかかっているというのにまだ死なない。毎日毎日、死ぬことしか考えていない自分にほとほと嫌になりながらも生き続け、また死について考えている。ろくな考えは浮かばないが……。
 せめて……、そう、呆けることが出来れば。私はこんなにもつらい思いをしなくて済んだのに。
 自殺。
 それは元気な人たちにできること。
 ここまで体が蝕まれていると、もう無理。ただ、死の瞬間が向こうから来てくれるのを待つだけ。なんと言う孤独。

「じゃあ、また明日、来れたら来るからね」
 息子は、五分ほどベッドの脇の椅子に腰を下ろすだけで、もうたくさんとばかりにいそいそと部屋を出ていく。私は何も答えることが出来ない。寝ころがったまま息子を見送る。
 ただ棒のように横たわり続ける私。
 深い空洞。寒々とした冬の雑木林の心。枝さきに取り残されて風に震える木の葉の私には、ため息を千回ついても足りないほどの虚しさが湧き上がってくる。

 三人の息子と一人の娘。四人の子供を、私と妻はもうけた。四人を育てあげるのは、決して楽なことではなかった。一生懸命働き、金を稼ぎ、育て上げた。
 しかし、下の息子は、入院して以来まだ一度も見舞いに来たことがない。他の二人は、一度見舞いに来ただけだ。次に来るのは、おそらく私が死んだ時だろう。
 そのことを思えば、毎日五分間でもやって来る息子は殊勝だ。
 親と子。
 奇妙な関係だ。
 言葉に形容しがたい関係。死が近づいてから考える事柄でもあるまいと思うのに、つい考えてしまう。時間が有り余っているからだろう。
 生活の苦しいこともあった。仕事がなく、収入がほとんどないこともあった。それでも、なんとか生活費を工面し、子供たちを育てあげた。ときには人を騙したり、蹴落としたりしたこともある。そうして生き延びてきた結果がこれだ。
 親は先に死ぬ。それが当然のこと。
 たまにはその反対もある。子が先に死ぬ。
 これは悲劇だ。我が家には、悲劇がなかった。だから、どれだけ悲しいかわからない。まあ、そんな悲劇がなかっただけでも、満足するべきか。

  (ああ、冬の箱は、まだもう少し死なずに続きそう)

冬の箱  2

2006-12-25 04:23:52 | 小説

 私は、うつらうつらしながら、箱のことを思い出す。

 子供の頃、大切にしていた箱。一尺四方の木の箱。
 その中には、いろいろなものが入っていた。壊れた懐中時計、水晶の原石、アンモナイトの化石、椿の種子の笛、錆びた寛永通宝、竹蜻蛉……。
 がらくたに近いものも、時には宝物に変身する。いや、宝物とは、もともとがらくたと紙一重のものだった。生活の用をなさなくとも、光り輝くもの。
 宝石にしてもただの石ころ。
 が、宝物はどう解釈しても宝物。石ころも、人の心のフィルターを通せば宝物にすぐに変身。そういうものだ。

 宝物を密かに持つことで、私は他の子供たちとの違いを感じることができた。数々の劣等感を抱きながらも、他人が持たないものを持つことでほくそえむ。それが宝物の最大の効用。
 宝物を持つ、という子供っぽい秘密に酔いしれていたあの頃、私はたしか夢を持っていた。有名になる夢。会社の社長になり、金持ちになる夢。漠然とした夢は、次第に現実的な夢へ。
 その夢は、成長するにつれ、壁にぶち当たり、壊れていく。
 壊れるたびに、挫折を味わった。
 私には、強い野心が欠けていた。野心に向かう努力も払わなかった。野心を後押しする運もなかった。
 次第に平凡な人生へと向かっていく。大多数の人々がそうであるように、社会の歯車のひとつとして、他人に迷惑をかけることなく、また他人に干渉するわけでもなく、平凡に、ひたすら平凡な人生を歩むようになる。
 そして、気がついたらベッドの上。
 もう、あとわずか。人生は終わる。

 それにしても、あの箱。どこへ消えたのか、記憶からも消えている。

 夢は、叶えるためにあるのではなく、壊れるためにあるものだ。それは確かだ。夥しい部品で構成されたまっさらの人生は、時間が流れるとともに磨耗し、部品が次々と壊れていく。壊れに壊れて、最後に命が壊れてしまう。それでおしまい。それが人生というものだ。
 様々な可能性などと言っても、選択の余地などたかが知れている。
 登るにつれ見えて来る未来の枝葉。そのあげくが、最後の枝先にたどりつき、あとは散らすだけ。
 ああ、もうわずかで人生の完了だ。

 また病院に息子がやってきた。五十三歳になる息子。格別用事はないくせにやって来る。ベッドのかたわらで私を覗き込み、決まって言う。
「やあ、おやじ。どうだね。まあ、元気そうな顔色じゃないか」
 なんという白々しい言葉だ。身体がほとんど動かない私が、元気であるはずがない。食事だってできないのに。言葉だって発することができないのに。このどこが元気だと言うのだ。
 嘘つきな息子。
「まだ死なないの」
 と、言いたいくせに、薄っぺらな笑いの奥に本音を隠している。
「早く死んでよ。毎日やって来るのが大変なんだから」
 と、言えばいいではないか。親子の間だ。遠慮はいらない。
「死んでくれないと、出張も出来ないし、困ったもんだよ」
 仕事が忙しく、見舞いに来るのが煩わしいのは、私も十分承知している。心では早く死んでほしいと思っていることも。
 葬式を出してしまえば、息子はほっとするのであろう。そういうものだ。親という枷がなくなれば、子は自由に羽ばたける。息子の嫁も、孫たちも同様だ。その気持ちも十分わかる。
 私が生きているからと言って、息子たちにはいいことはない。何ひとつない、と思う。孫に小遣いをやれるわけではない。嫁の料理を褒めてやれるわけでもない。生きているだけで、それ以上のことは何一つメリットのない存在。それが私だ。そう思っている自分が、未だに生きていることが辛い。

 天井を見つめる。ぼんやりとした視界の中の天井は、その存在感も希薄だ。
 空に突き抜ける天井。空には星があったはずだ。いや、今もある。私には目にすることができないが、北斗七星もカシオペアもある。天の川、オリオン。子供の頃見た満天の星空。真っ暗な闇に浮かぶ無数のピンホール。確かにあるはずのそれらを、もう永遠に見ることができないだろう。
 そうなのだ、永遠に、私は元に戻らない。
 ひたひたと、じわじわと、死の瞬間が近づくだけ。それなのに、絶望的なほど何も出来ずに、ただ待つだけ。

  (ということで、まだ続くのだ。ああ、心が寒い)

冬の箱  1

2006-12-24 06:58:55 | 小説

   冬 の 箱 
              
 まだ、私は生きている。かなり死にかかってはいるが、死んではいない。
 腐りかけのリンゴがまだ腐ってはいないように、止まりかけの時計がまだ止まっていないように、死にかけの私は、死体にはなっていない。
 薄い膜が眼球を覆っているのか、ゼリー状の何かが付着したのか、視界はうす暗くぼんやり。
 昼間なのか夜なのか、さだかではない。目の前がわずかに明るく見えるのは、たぶん天井の蛍光灯のせい。太陽の光は、私の上に降り注いではいないはずだから。
 耳も遠くなった。窓の外の風の音は、病室の空調の唸り声と聞き分けることができない。人の声も、テレビの中の会話も、判別できない。
 それでもまだ生きているなんて。

 腕や足は棒切れのように痩せ細っている。骨の上にへばりつく皮膚。陸に打ち上げられ、干からびてしまった魚の皮のように、薄っぺらでひらひらとした皮膚。その内側の筋肉はほぼ完全に溶け、直接骨に付着している。文字通り骨と皮だけの腕や足。100メートルを全力疾走した栄光の足。何でも思いのまま動いてくれた手は、感覚すら定かでない。
 物を掴む力などすでにない。入れ歯を外したままの口は、言葉を喋ることも、食べ物を噛むこともできない。生きる屍。笑い事ではなく、まさしくそれが、今のわたし。
 それでも生きている。死体にはなっていない。
 わずかに残った筋肉は、塩をかけられたナメクジのように今もじわじわと溶けている。内臓もかなり溶けているに違いない。胃も腸も。呼吸がこんなにも困難なのは、肺が溶けているからだ、きっと。 
 身体が受けつけるのは、味もそっけもない栄養ドリンクだけ。左足の血管に挿しこまれたカテーテルから、いつの間にか液体が注入されている。こんなことで、よく生きているなんて言えるものだ。
 ほとんど死体と見分けがつかないほど衰えきった肉体。ただ横たわって、死の決定的瞬間を待ちつづけるだけ。
 しかし、いかに死体に近づいていても、脳は活動をやめようとしない。心臓が動いているかぎり、体内を血液が循環している限り、私はまだ死んではいない。

 静かだ。草木が芽を出す音も、霜柱が大地をせり上げる音も聞こえない。水滴がしたたる音も。鳥の声も虫の声も。テレビの音さえ聞こえない。あれだけ音にあふれていた空間で、耳に届くのは空調の唸り声だけ。それも、ウサギのすすり泣きよりも微かな唸り声……。
 空調は、はたして暖房なのか冷房なのかもわからない。ただ新鮮な空気を送り込もうとしているだけなのかも。
 暑さも、寒さも感じない。空腹も悲しみも感じない。死の恐怖も。あれほど不快だった背中の痒み、足の痺れ、胃腸の痛みも感じない。薬のせいなのか、体力がなくなったせいなのかもわからない。
 あと少しで、私は死ぬ。きっと死ぬ。間違いなく死ぬ。植物が必ず枯れるように、私も枯れる。朽ち果てる。
 死と同時に、あれこれ考えをめぐらすこともなくなる。生きてきた時代のあらゆる思い出も消える。
 だが、あとどのくらいで死ぬのかが、わからない。五分後か、一時間後か、二日後か、あるいは十日後か、一ヵ月後か……。
 これだけ死にかかっているのだから、十年後と言うことは絶対にあるまい。もっと間近に迫っているはず。
 死は、再び起きることのない眠り。今度うたた寝をすれば、そのまま深い永遠の眠りになるのかもしれない。そう思いながら目を閉じ、うつらうつらして目を覚ましてみると、まだ生きていることに気づく、という繰り返し。これを喜ぶべきか、悲しむべきか。
 私は八十三歳。すでに十分すぎるほど生きてきた。もうたくさん。
 もちろんもっと長生きの連中は大勢いる。百歳を越えても死なない猛者もいる。死ぬことがないかと思うほどの長寿。それでも、いつかは絶対に死ぬ。こればかりは例外がない。

 (と、死を待つ私の物語、これからも続く)