「鳥居で首つりやめて」映画に抗議 神社関係者「冒涜」(朝日新聞) - goo ニュース
安田意識戻った…「自殺」本気だった(日刊スポーツ) - goo ニュース
鳥居で首を吊る。
そんな発想は、おいらにはまったく起きなかった。こういう小説を書くときも。なかなか気合の入った発想である。状況によっては命がけ。宗教によっては、この映画の監督が村長のようにつるし首になることも。
が、映画制作者は、別に神道に深い意図もなかったようだし、パロディーにと言う思いもなかったようだ。いささかがっかり。宗教に関わる事物を小道具に使う場合、それだけの決意というか覚悟が必要。所詮は日本のB級映画。
そんでもって、プロレスラーの安田さんが、自殺未遂。元小結。出身母体の相撲協会は事実上自殺したが、元相撲取りにまで死んでほしくない。
と言うことで、優柔不断なおいらは、以前書いていた掌編を、首吊りや自殺未遂が話題に上ったついでに虫干ししておく。
まだ書きかけで、もっと練りたいところだが、その状況に応じて改めて書き代えたい。
とりあえずは今の形で。
ほかの人たちのブログに比べれば、かなり長文のため、よほど時間をもてあましている方か、物好きな方にしかおすすめはしない。
まあ、気が向けば、ご一読を。
首吊りの木
公園の遊歩道をだらだらとのぼっていくと、見晴らし広場に出る。その広場のほぼ中央に楓の老木があった。
幹の直径は一メートルほど。手や足をかけるのに適度な凹凸のついており、いかにも登ってくれと言わんばかりの樹形である。
地上三メートルほどのところで、枝が真横に伸びていた。太さはおよそ二十センチ。人ひとり程度の重量には、十分に耐えるだろう。前から目をつけてはいたが、あらためて見直して見ると、しっかり大地に根を下ろした老木のどっしりとした風格が感じられる。
すでに東の空は明るさを増していた。急がねばならない。
俺は用意したロープを肩にかけ、木登りにとりかかった。
子供の頃は、よく木の上で遊んだものだ。今にも折れそうな枝先まで登って、柿やアケビの実を採ったことがある。廃材や針金などを使って樹上秘密基地を作ったこともある。あの頃は無邪気で、心から木登りを楽しんでいた。だが今は違う。感傷的な気分には浸ってはいられない。
真横に伸びた枝にたどりつくと、作業にとりかかった。まず、ロープの一方の先端を枝に巻きつけ、固く結わえた。もう一方の端は、すでに輪っかにして結んである。それを俺の首に通した。
輪を少し縮めてみた。ロープの素材は綿で、肌触りは悪くない。輪っか部分の結び目を、首の後ろにまわした。ネクタイを背中で結んだ按配である。ロープは、喉仏と顎の間にぴったりフィットした。
準備はそれだけだ。問題はないはずだ。このままひとっ飛びすれば、一瞬ですべてが終わる。何もかも解決できるのだ。会社の金を二千万円も使い込み、ギャンブルですってんてんになったことも、女房や子どもに愛想をつかされ、離婚手続きを迫られていることも全部チャラだ。サラ金からの借金も、滞っている住宅ローンもチャラになる。俺の腕と足を、木の枝からちょこっと外すだけでいい。たったそれだけのことで、すべてがリセットされてしまう。
そもそも、ことの起こりは四年前だ。九州出張がいけなかった。取引先の営業マンに誘われ、生まれて初めて競輪場に足を運んだ。その時のメインレースで、妻の富美子のフミをとって、二‐三を一点買いした。中穴が的中し、一万円の車券が、なんと二十七万円になった。典型的なビギナーズラックである。以来、東京に戻ってからも何度か通ううちに病み付きになってしまった。
もちろん、すぐに負けが込むようになった。小遣いはたちまち足りなくなった。それを取り戻すため、会社の金を一時借用して競輪場に向かった。給料日までの短期の借用のつもりだった。それがいつのまにかかさみ、尋常な方法では返せなくなった。尋常でない方法となると、ギャンブル以外にない。なんとか大逆転をと思ってずるずると借用を重ねていくうちに、二千万円というとんでもない金額にのぼっていたわけだ。二日後には監査の手が入り、帳簿の異常が確実に露見する。
いまさら後悔しても、時間を戻すことはできない。離婚、懲戒解雇、横領罪、自己破産、刑務所暮らし。どう考えても明るい将来は見えてこない。その絶望的な状況から脱する方法はたったひとつ。それしかない。
ポケットには、妻と会社に宛てた二通の遺書が入っている。とりあえず万全である。だれが見たって、俺はこれから首を吊ろうとしている、と思うだろう。
しかし、俺は死にたくなかった。死なずにすんで、しかも借金をチャラにできる方法。それがあれば……。
俺は考えた。考えに考え抜いたあげくの結論がこれだ。つまり、一世一代の命を賭したギャンブルである。
善良な市民と呼ばれる連中は、自殺者に対して、『そこまで思い詰めていたのなら、ひとこと相談してくれればよかったのに』なんて言葉をよく発する。ということは、相談すれば乗ってくれると理解できるわけだ。相談を受け、それに乗らなかったために自殺をされたのでは、寝覚めが悪いはずだから。
しかし、いくら善良な人間でも、ない袖は振れない。俺を救うには、二千万円の現金が是が非でも必要だ。それを出せるのは、酔狂な金持ちに限られる。逆に考えれば、金持ちなら助けてくれる可能性が高いということだ。何せ人の命がかかっているわけだから。その奇特な人物の登場に賭けるのである。
助かる確率を高めるため、俺は超高級住宅街の公園を選んだ。早朝には、このあたりの金持ちの年寄り連中がよく散歩しているはずだ。連中は、首を吊ろうとする人間を見捨てることはないだろう。二千万程度のはした金の相談なら、気軽にのってくれると考えるべきだ。それが俺にとって最後の望みでもあるわけだが。
俺は、木の上で待った。
待ってみると、なかなか人は来ない。五分たち、十分が経過する。誰も来ない。
小便がしたくなってきたが我慢した。
と、三十分ばかり経って、ようやく前方から待ち人が現れた。
年配の夫婦だった。いかにも早朝の散策を楽しんでいる風だった。
俺は、擬態した昆虫のように、木の上で身体を固めた。十メートルほどの距離までくると、わざと木を揺らせて存在を知らせた。
男の方がまず俺を発見した。不思議そうに見あげた。
「おい、あんなところに人がいるぞ」
「まあ、どうしたのかしら」
目が合った。俺は、首にかけたロープを確認するようなそぶりを見せた。
気まずい沈黙のあと、男は声をかけてきた。
「そのかっこう、もしかして、首を吊るつもりですか?」
「ええ……」
「へえーっ、自殺するんですね?」
「ああ、止めないでください」
俺は、本気であることを知らせるため、語気強く言った。
相手は、表情をほころばせ、声まではずませた。
「本当ですか、すごいなあ。もちろん、止めたりなんかしませんよ。これから死ぬんですね。見せてもらっていいですかね。わたし、この歳になっても、まだ人が死ぬ瞬間ってやつ、見たことないんです。なあ、お前も見てみたいだろう」
「もちろんですわ。私だって、人が死ぬ瞬間を見たことがないのですもの」
女の表情も、嬉々としていた。
俺のシミュレーションに全くなかった相手だ。俺は絶句した。だが、何とか取り繕わなければならない。
「しかし、人が見ている前で死ぬのもなんですし……」
「見てたっていいじゃないですか。どうせ死ぬんだったら、恥ずかしいことはないでしょう」
「じたばたするかもしれないでしょう。人に見苦しいところは見せたくありませんし」
「ご心配なく。ご家族には、立派な死に際だったとお伝えしますよ」
「そうだわ、あなた、携帯を持ってるでしょう。そのカメラで死ぬところを記念に撮ってあげたらどうかしら。きっとご家族も喜ぶわ」
「そうだね。生前の最後の写真だものね。こんなちっぽけなカメラだけど、しっかり撮ってあげますよ」
「あなたたち、死にたい理由を聞かないのですか?」
「そりゃ、聞きませんよ。いろいろな事情があったのでしょう。でも、プライバシーに踏み込むのは苦手でね。死ぬところを見られれば十分です。原因より結果がすべてです。そうだ、ご遺族の住所をお聞きしておきますよ。最後を見届けたらご連絡しますから。とても元気に死んで行ったと報告しておきますよ」
「しかし」
「あなた、言いにくいのかもしれないわよ。自由気ままに死なせてあげれば」
「そうだね、身元はいずれわかるだろうし。ごめんごめん、いらないことを言って中断させてしまって。さあ、このカメラ構えていますから、どうぞ気兼ねなく首を吊って下さい」
俺の賭けは、ものの見事に外れてしまった。最後までつきがなかったということだろうか。
「死ぬんだったら、もう恥ずかしいことはないでしょう。さあ、早く」
「本当に、死ね、というのですか?」
「死にたかったのでしょう。さあ、明るく、力強くジャンプだ」
「明るくは変よ。自殺するんだから、暗い表情でなきゃ」
「そりゃそうだね。重く暗く、これから死ぬんだ、という表情でお願いしますよ」
俺は、死ぬ気が失せていた。死ぬことが阿呆らしくなってきた。
「死にたくないんですよ」
「えっ、どうしてですか。私たちが邪魔立てしましたかね」
「悪いことをしたかしら。せっかく自殺をしようとしていたのに」
「私たちのことは忘れて、どうぞジャンプしてください」
「本当に死ねって言うのですか。あなたたち、本当に止めないのですか」
「だって、あなたは死にたいのでしょう。思いを遂げたらすっきりしますよ」
最後の最後で、こんな連中にぶつかるなんて、どこまでついていないのだ。
俺は、もう自棄だった。早く終わらせたかった。どうせ、これから生きていても大した人生を送れるわけではない。
一瞬、俺は恐怖でロープを握った。
気合を入れて宙に舞った。ぶら下がった、と思ったら、ロープの結び目がほどけ、俺は地面に向かって一直線に飛んでいった。
真下でカメラを構える男めがけて。
俺は、その男の身体に激突した。男は倒れた。そこには岩があり、後頭部をしたたか打って、頭が割れたようだ。血が一瞬にして噴き出した。
俺の方は、男がクッションになって、大きな衝撃を受けずに着地できた。尻餅をついて倒れこんだが、命には別状があかった。
下になった男は、そのまま、起きることはなかった。
男は死に、俺は死ななかった。生き残った俺は、その後、横領やら過失致死やらの罪で、三年を刑務所で過ごすはめになった。およそ人生というのはそのようなものらしい。
刑務所の暮らしは快適だった。命令に従っていれば、何不自由なかった。なによりも食うことの心配をしなくていいのがよかった。出所したらまず、俺に相応しい木を探そうと考えている。
今度こそ間違いなく首を括ることのできる木を。
その日を楽しみに、充実した刑期を塀の中の世界で務めているところである。
終わり
安田意識戻った…「自殺」本気だった(日刊スポーツ) - goo ニュース
鳥居で首を吊る。
そんな発想は、おいらにはまったく起きなかった。こういう小説を書くときも。なかなか気合の入った発想である。状況によっては命がけ。宗教によっては、この映画の監督が村長のようにつるし首になることも。
が、映画制作者は、別に神道に深い意図もなかったようだし、パロディーにと言う思いもなかったようだ。いささかがっかり。宗教に関わる事物を小道具に使う場合、それだけの決意というか覚悟が必要。所詮は日本のB級映画。
そんでもって、プロレスラーの安田さんが、自殺未遂。元小結。出身母体の相撲協会は事実上自殺したが、元相撲取りにまで死んでほしくない。
と言うことで、優柔不断なおいらは、以前書いていた掌編を、首吊りや自殺未遂が話題に上ったついでに虫干ししておく。
まだ書きかけで、もっと練りたいところだが、その状況に応じて改めて書き代えたい。
とりあえずは今の形で。
ほかの人たちのブログに比べれば、かなり長文のため、よほど時間をもてあましている方か、物好きな方にしかおすすめはしない。
まあ、気が向けば、ご一読を。
首吊りの木
公園の遊歩道をだらだらとのぼっていくと、見晴らし広場に出る。その広場のほぼ中央に楓の老木があった。
幹の直径は一メートルほど。手や足をかけるのに適度な凹凸のついており、いかにも登ってくれと言わんばかりの樹形である。
地上三メートルほどのところで、枝が真横に伸びていた。太さはおよそ二十センチ。人ひとり程度の重量には、十分に耐えるだろう。前から目をつけてはいたが、あらためて見直して見ると、しっかり大地に根を下ろした老木のどっしりとした風格が感じられる。
すでに東の空は明るさを増していた。急がねばならない。
俺は用意したロープを肩にかけ、木登りにとりかかった。
子供の頃は、よく木の上で遊んだものだ。今にも折れそうな枝先まで登って、柿やアケビの実を採ったことがある。廃材や針金などを使って樹上秘密基地を作ったこともある。あの頃は無邪気で、心から木登りを楽しんでいた。だが今は違う。感傷的な気分には浸ってはいられない。
真横に伸びた枝にたどりつくと、作業にとりかかった。まず、ロープの一方の先端を枝に巻きつけ、固く結わえた。もう一方の端は、すでに輪っかにして結んである。それを俺の首に通した。
輪を少し縮めてみた。ロープの素材は綿で、肌触りは悪くない。輪っか部分の結び目を、首の後ろにまわした。ネクタイを背中で結んだ按配である。ロープは、喉仏と顎の間にぴったりフィットした。
準備はそれだけだ。問題はないはずだ。このままひとっ飛びすれば、一瞬ですべてが終わる。何もかも解決できるのだ。会社の金を二千万円も使い込み、ギャンブルですってんてんになったことも、女房や子どもに愛想をつかされ、離婚手続きを迫られていることも全部チャラだ。サラ金からの借金も、滞っている住宅ローンもチャラになる。俺の腕と足を、木の枝からちょこっと外すだけでいい。たったそれだけのことで、すべてがリセットされてしまう。
そもそも、ことの起こりは四年前だ。九州出張がいけなかった。取引先の営業マンに誘われ、生まれて初めて競輪場に足を運んだ。その時のメインレースで、妻の富美子のフミをとって、二‐三を一点買いした。中穴が的中し、一万円の車券が、なんと二十七万円になった。典型的なビギナーズラックである。以来、東京に戻ってからも何度か通ううちに病み付きになってしまった。
もちろん、すぐに負けが込むようになった。小遣いはたちまち足りなくなった。それを取り戻すため、会社の金を一時借用して競輪場に向かった。給料日までの短期の借用のつもりだった。それがいつのまにかかさみ、尋常な方法では返せなくなった。尋常でない方法となると、ギャンブル以外にない。なんとか大逆転をと思ってずるずると借用を重ねていくうちに、二千万円というとんでもない金額にのぼっていたわけだ。二日後には監査の手が入り、帳簿の異常が確実に露見する。
いまさら後悔しても、時間を戻すことはできない。離婚、懲戒解雇、横領罪、自己破産、刑務所暮らし。どう考えても明るい将来は見えてこない。その絶望的な状況から脱する方法はたったひとつ。それしかない。
ポケットには、妻と会社に宛てた二通の遺書が入っている。とりあえず万全である。だれが見たって、俺はこれから首を吊ろうとしている、と思うだろう。
しかし、俺は死にたくなかった。死なずにすんで、しかも借金をチャラにできる方法。それがあれば……。
俺は考えた。考えに考え抜いたあげくの結論がこれだ。つまり、一世一代の命を賭したギャンブルである。
善良な市民と呼ばれる連中は、自殺者に対して、『そこまで思い詰めていたのなら、ひとこと相談してくれればよかったのに』なんて言葉をよく発する。ということは、相談すれば乗ってくれると理解できるわけだ。相談を受け、それに乗らなかったために自殺をされたのでは、寝覚めが悪いはずだから。
しかし、いくら善良な人間でも、ない袖は振れない。俺を救うには、二千万円の現金が是が非でも必要だ。それを出せるのは、酔狂な金持ちに限られる。逆に考えれば、金持ちなら助けてくれる可能性が高いということだ。何せ人の命がかかっているわけだから。その奇特な人物の登場に賭けるのである。
助かる確率を高めるため、俺は超高級住宅街の公園を選んだ。早朝には、このあたりの金持ちの年寄り連中がよく散歩しているはずだ。連中は、首を吊ろうとする人間を見捨てることはないだろう。二千万程度のはした金の相談なら、気軽にのってくれると考えるべきだ。それが俺にとって最後の望みでもあるわけだが。
俺は、木の上で待った。
待ってみると、なかなか人は来ない。五分たち、十分が経過する。誰も来ない。
小便がしたくなってきたが我慢した。
と、三十分ばかり経って、ようやく前方から待ち人が現れた。
年配の夫婦だった。いかにも早朝の散策を楽しんでいる風だった。
俺は、擬態した昆虫のように、木の上で身体を固めた。十メートルほどの距離までくると、わざと木を揺らせて存在を知らせた。
男の方がまず俺を発見した。不思議そうに見あげた。
「おい、あんなところに人がいるぞ」
「まあ、どうしたのかしら」
目が合った。俺は、首にかけたロープを確認するようなそぶりを見せた。
気まずい沈黙のあと、男は声をかけてきた。
「そのかっこう、もしかして、首を吊るつもりですか?」
「ええ……」
「へえーっ、自殺するんですね?」
「ああ、止めないでください」
俺は、本気であることを知らせるため、語気強く言った。
相手は、表情をほころばせ、声まではずませた。
「本当ですか、すごいなあ。もちろん、止めたりなんかしませんよ。これから死ぬんですね。見せてもらっていいですかね。わたし、この歳になっても、まだ人が死ぬ瞬間ってやつ、見たことないんです。なあ、お前も見てみたいだろう」
「もちろんですわ。私だって、人が死ぬ瞬間を見たことがないのですもの」
女の表情も、嬉々としていた。
俺のシミュレーションに全くなかった相手だ。俺は絶句した。だが、何とか取り繕わなければならない。
「しかし、人が見ている前で死ぬのもなんですし……」
「見てたっていいじゃないですか。どうせ死ぬんだったら、恥ずかしいことはないでしょう」
「じたばたするかもしれないでしょう。人に見苦しいところは見せたくありませんし」
「ご心配なく。ご家族には、立派な死に際だったとお伝えしますよ」
「そうだわ、あなた、携帯を持ってるでしょう。そのカメラで死ぬところを記念に撮ってあげたらどうかしら。きっとご家族も喜ぶわ」
「そうだね。生前の最後の写真だものね。こんなちっぽけなカメラだけど、しっかり撮ってあげますよ」
「あなたたち、死にたい理由を聞かないのですか?」
「そりゃ、聞きませんよ。いろいろな事情があったのでしょう。でも、プライバシーに踏み込むのは苦手でね。死ぬところを見られれば十分です。原因より結果がすべてです。そうだ、ご遺族の住所をお聞きしておきますよ。最後を見届けたらご連絡しますから。とても元気に死んで行ったと報告しておきますよ」
「しかし」
「あなた、言いにくいのかもしれないわよ。自由気ままに死なせてあげれば」
「そうだね、身元はいずれわかるだろうし。ごめんごめん、いらないことを言って中断させてしまって。さあ、このカメラ構えていますから、どうぞ気兼ねなく首を吊って下さい」
俺の賭けは、ものの見事に外れてしまった。最後までつきがなかったということだろうか。
「死ぬんだったら、もう恥ずかしいことはないでしょう。さあ、早く」
「本当に、死ね、というのですか?」
「死にたかったのでしょう。さあ、明るく、力強くジャンプだ」
「明るくは変よ。自殺するんだから、暗い表情でなきゃ」
「そりゃそうだね。重く暗く、これから死ぬんだ、という表情でお願いしますよ」
俺は、死ぬ気が失せていた。死ぬことが阿呆らしくなってきた。
「死にたくないんですよ」
「えっ、どうしてですか。私たちが邪魔立てしましたかね」
「悪いことをしたかしら。せっかく自殺をしようとしていたのに」
「私たちのことは忘れて、どうぞジャンプしてください」
「本当に死ねって言うのですか。あなたたち、本当に止めないのですか」
「だって、あなたは死にたいのでしょう。思いを遂げたらすっきりしますよ」
最後の最後で、こんな連中にぶつかるなんて、どこまでついていないのだ。
俺は、もう自棄だった。早く終わらせたかった。どうせ、これから生きていても大した人生を送れるわけではない。
一瞬、俺は恐怖でロープを握った。
気合を入れて宙に舞った。ぶら下がった、と思ったら、ロープの結び目がほどけ、俺は地面に向かって一直線に飛んでいった。
真下でカメラを構える男めがけて。
俺は、その男の身体に激突した。男は倒れた。そこには岩があり、後頭部をしたたか打って、頭が割れたようだ。血が一瞬にして噴き出した。
俺の方は、男がクッションになって、大きな衝撃を受けずに着地できた。尻餅をついて倒れこんだが、命には別状があかった。
下になった男は、そのまま、起きることはなかった。
男は死に、俺は死ななかった。生き残った俺は、その後、横領やら過失致死やらの罪で、三年を刑務所で過ごすはめになった。およそ人生というのはそのようなものらしい。
刑務所の暮らしは快適だった。命令に従っていれば、何不自由なかった。なによりも食うことの心配をしなくていいのがよかった。出所したらまず、俺に相応しい木を探そうと考えている。
今度こそ間違いなく首を括ることのできる木を。
その日を楽しみに、充実した刑期を塀の中の世界で務めているところである。
終わり