陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「プライベート Attacker」(三)

2011-10-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

「トク…いえ、貴女、たぶん女子高生でしょう? その年でそんなものを読みこなすなんて凄いと思って」
「そうですか?」
「そうよ。私、米英文学の専攻なんだけどね。それでもその本はなかなか読みすすめられたもんじゃなかったの」

彼女の片手には英和辞書はない。ということは、この子、英語の読解力はかなり高い。生意気ざかりではあるが、それなりに頭はいいのだろう。才を鼻にかけるあまりに、ひとと衝突してしまう危うさを秘めた彼女に、景はますます関心を深めた。

「小説ってその登場人物の行動の裏側にある思考が読みとれないと、楽しめませんものね。私はなりきるようにしています」
「なりきる?」
「その登場人物のそれぞれを自分で演じてみるんです。その人がその場面で見てるもの、聞いたものを想像してみたり。じっさいにおなじ行動をとってみて、どんな感じがするか確かめてみたり」

黒ぶち眼鏡のなかで、景の瞳がおおげさに見開かれる。この子、全身で想像力をつかうんだ。でも、ふだんからそんなに演じてばかりだとおかしくならないのだろうか。自分本来の姿がどこかにいっちゃったみたいで。

「本を読むだけなのにそこまでするの?」
「はい。だって実際に演じてみないと見えてこないものですから。もちろん、実際にこんな場所で動いたらご迷惑ですから、想像の範囲で。声の違いで頭のなかで演じ分けるんです」

それだと多重人格みたいじゃない。疲れないのかしら。演じるたって、よぼよぼの老婆とか高圧的なおじさまとか、若い身空ではなりたくもない役回りもあるだろう。いま、ここの青春を謳歌せずに、大人を先取りした真似をしたがために、ニヒルなものの見方をしてしまう冴えない女になってしまった例がここにいるというのに。

「その本はどこかから借りたの? 買ったの?」

図書館所蔵本ではないということは、個人の持ちもの。でも、大学のレポートになるような本を女子高生が読むのはいとも珍しい。

「いえ。頂いたんです」
「誰から?」
「私の先輩に当たる方です」
「先輩…?」

そのとき、景が想像に及んだのは、あの友人――に佐藤聖にまつわる、またしてもあり得ない想像であった。
なにせ来年度の新入生にまでノートを借りようとしているようなちゃっかり者だ。英語の読み書きの得意な現役女子高生にそれを頼んだとしてもふしぎではない。おそらく受験勉強に役立つからとか何とか言って、押しつけたのではなかろうか。景みずから書いた読書ノートを貸したというのに、あれは利用できなかったのだろうか。

「ひょっとしたら、リリアン女学園の子? 高等部?」
「…そうですが、なにか?」

トクガワさんの眉間に皺が寄る。
怒ると濡れた布をつまんだような、眉の寄せ方になる。いや、怒っているのではない。おそらくなにかを隠したがっているのだ。その不安を悟られまいと、わざと不機嫌な顔で牽制してくる。あなた、私を怒らせましたね?という顔色で、話に蓋をしようとする。でも、なにが不満なのかは教えてはくれないのだ。

志村早記の見せてくれた仏像写真集にこんな顔があったような。そう、たしか興福寺の阿修羅像。そういえば、リリアン女学園の演劇部はかなりレベルが高くて、著名なミュージカル女優も輩出したとも聞く。この子もきっと演劇部のエースなのかもしれない。祐巳ちゃんみたいな百面相と違って、表情に隙がないのだ。自分の本音とは別の表情をとりつくろうことができる。



【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】




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