陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

承認欲求モンスターになると、二次創作は死んでしまうかもしれない

2020-02-22 | 芸術・文化・趣味・歴史

ネット上で二次創作者のあまりよくない意見のひとつに、承認欲求モンスターになりがちであるというのがあります。
やたらと絵描きさんが叩かれやすいのですが、字書きでもいるはずです。自分のつくった絵が、小説や、ネタつぶやきが、もっと騒がれてほしい。いいね押しをしてほしい。RTでひろまってほしい。多くに読まれて、アクセス数を稼ぎたい。ランキング上位にいたい。同人誌ももっと売れてほしい。とにかく、ちやほやされたい──という声が厭わしいのだと。

二次創作者でなくても、ただの生活ブログや日常つぶやきツイッターであっても、数字稼ぎをしたいという望みは誰しもあるものです。せっかく労をかけたのだから、それなりの見返りがほしいと思うのは、マズローの欲求の段階説を持ち出すまでもなく、人間のすなおな欲望です。

しかし、あまり、好意的には見られてはいません。
日本人は本質的に感情を表に出さないのを良しとする文化だから、禁欲的で生真面目なほうがいい、というのもあるでしょう。SNS利用者だけに指摘されがちですが、別にブロガーでも、個人サイト運営でもありうることです。ただ、SNSのほうが見えやすいというだけで。

ネット上の意見を集めると。
二次創作者が承認欲求モンスター化してしまうと、悲しいことに、こんな現象が起きるとされています。

・原作やキャラクターへの愛情がないがしろになってしまう
・自分の創作が公式だと思いはじめる。公式サイドや版権者へ噛みついたりもする
・SNS上の評価数を自分の実力だと信じてしまう
・自分の取り巻きクラスタと相いれない二次創作物は全面排除する
・いいね、RTなどの応援はいつもあって当たり前だと考える
・他者に対する嫉妬心で創作が手につかなくなる
・他者の評価があがると苛立ち、逆に落ちると嬉しくなる
・他人の二次創作コメント欄を自分語り、自己宣伝に利用しようとする
・SNSで痛いかまってちゃん言動をしてしまう

私は先ほど、誰しも自作への評価がほしいと望むのは当然だと申し上げました。
応援してください、広めて下さい、とフォロワーさんがたに訴えるのは、別にさもしいことではないのです。なにせSNSは共感が大事なのですから。

しかし、あなたがいいね押しやRTしたあとで、その二次創作者さんがこんなことを言っていたらどうでしょうか──「もっと評価が欲しい」「いいねではなくて、RTしてほしい」「あの有名な神絵師さんにフォローされたい」などなど。あなたが相手を素敵だと思って応援したのに、向こうはあなたの支持をありがたいと思っていない。ただの数字稼ぎのひとりだとしか見なし、あまつさえ、こちらのフォロワー数が少ないと宣伝効果がない人だからと見くびっているふしがある。しかも、相手がこちらをミュートしていたりしたら、自分の応援は相手には届いていないのかもしれません。

ツイッターなどはもちろんブログ上でも熱心な、義理的ポチ応援やコメント返しをおこなったことがないので、私はこういう疲弊感はないです。
ブログでもSNSに似たポチ押しシステムはあるのですが、原則、皆さんコメントのやり取りを楽しんでいるし、直接的な応援はなくて、訪問すればあしあとが残るので、見て頂いているという安心感があるわけです。ですから、ブログでSNSほど病む人は少ないのかもしれないです。そもそもSNS上のいいね押しは、その意味ではない可能性もあります。

承認欲求にとりつかれてしまうと、自分(と親しい人だけ)だけが一番になりたい、という気持ちが強く出てしまいます。
そのため、いつもの応援者の優しさへの感謝を忘れてしまったり、自分の二次創作をいかに見せるかばかりを考えてしまったりで、原作から離れてしまうのです。自分のきつい心情が作品にも表れてしまうことさえあります。たまたま高評価を得られたりしたら麻痺してしまって、何かの拍子に数字が落ちてしまうと、信じられないくらい落ち込んでしまう。株価の上下と同じですね。

SNS上の評価数にこだわるがあまり、ツイッターやピクシブのフォロワー数やいいねの数を、わざわざお金で買うひとがいるという話もあります。
ある程度うまい長年ファンの絵師さん、プロの創作者がなぜか伸び悩み、単発の行きずりで描いた一枚絵の新規さんの数字が異常に大きいのはおかしいという声も見かけます。こちらが知らないだけで、その人はもともとメジャージャンルにいた同人活動家で支持者が多い人だったのかもしれません。あるいは、SNS世代に受けやすく親しみやすい作風なのかもしれません。疑うとキリがありませんよね。数字が大きい作品が自分に合うとは限らないので、私はあまり信用してはいませんが。

いずれにせよ、同ジャンルにいるひとを皆ライバル視してしまって、倒すべき敵と考えてしまうと厄介です。ひどくなると、公式のプロ創作者(や、その絵を応援している人)まで敵視してしまう。こうなると、もう二次創作者の本分から外れてしまうのではないでしょうか。同ジャンルにいるひとを追い出したり、嫌がらせ発言したりしても、ジャンル人口が減って、やがて自分の身にはねかえってくるだけではないでしょうか。

私は自分のもそうですが、定期的に過去のレビュワーや二次創作サイトさんを訪れて、原作にハマった当初の気持ちを忘れないようにしています。
そもそも、過去にリンクを張ったひと(先輩サイトさんが多かったので)も、自分を応援してくれる人として利用したいからではないですし。それが見えている人は距離をおきました。SNS上では本性が見えてしまっても、サイトでは素敵な作品しか見せないように心がけている人もいます。二次創作者の相手の存在そのものを、まるごと全部受け入れないといけないと信じるから無駄に悩むのです。自分と同じ原作を愛したそのときの、誰かその気持ちだけ、熱意だけ、幸福感だけに同意すればいいだけなのです。同じ創作する仲間ではありますが、応援してくれる友だちになってくれるとは限らない、という前提で。そうすれば、自分と傾向が違うとか、なんだとかの差異も気になりません。自分と同一化しよう、味方に引きずりこもうとするから苦しいのです。

他人からのままならない評価に惑わされるよりも、自分の二次創作にじっくり向き合って、もっと素直に原作を愛して、楽しみませんか? 評価が欲しいと願って、自分の技術を磨くのはいいことなのです。そういう人は、黙々と見えない努力を重ねているのです。イチロー選手のように、誰かにできっこないと笑われても、偉業を成し遂げた人はいるのです。かってに他人と比較して、しょぼくれて、筆を折ってしまうのはもったいないのです。おそらく、ネット上の何人かの人はそう願っているはずですよ。


【二次創作者、この厄介なディレッタント(まとめ)】
趣味で二次創作をしている人間が書いた、よしなしごとの目次頁です。
二次創作には旨みもあれば、毒もあるのですね…。


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