神に生かされた人生!

日々の生活の中に出来事や、アフリエリトを紹介します。

踊ること。ただ、目の前のことに没入し、全力を尽くすこと。[茂木先生 脳科学者)

2011-08-20 09:33:46 | 日記

Tanzen。踊ること。ただ、目の前のことに没入し、全力を尽くすこと。

 

 地震が起こって以来、他のことを何も考えられずに、だから、自分にできることは何だろうと思って、あれは一週間後くらいのことだったか、思い立って、英語で、今回の体験を綴っておこうと思った。

できれば本にしたいと思っている。The Quake Days (仮称)。一部は、英語のブログQualia Journalに掲載している。

津波の甚大の被害。言葉もない。地震以降のことは、すべて、とても気の重いことで、原子力発電所のことなど、日本のシステム、統治機構そのものの見直しが必要で、要するに、日本人のこれまでのマインドセットを根本から自省し、場合によっては作り替えなければならない。 
 それは、簡単にはできないことだ。

 私たちの困難は、しばらくは続く。日本全体が風評被害をも受ける。こんな時は、どうしても気が重くなる。そんな時に、助けになってくれたのは、「踊る」ということだった。

ニーチェのTanzenという概念。意味を問わない。ただ踊る。どうせ時間が経って、みんないつかは死んでしまうんだ。そんなことに悩んでいた思春期に、私を救ってくれたもの。それが、震災から一ヶ月が経とうとしている今、再び私の支えになってくれようとしている。

Tanzen。踊ること。ただ、目の前のことに没入し、全力を尽くすこと


静岡にお墓参り

2011-08-20 06:54:47 | 日記
昨日は、私の故郷の静岡にいってきた。祖父、祖母、叔父、叔母、曾爺さん、曾おばあさんそして、祖父の弟の娘さんの律ちゃんのお墓にお参りする。
私は、父が死んでから、7歳から17歳まで、ほとんど、おじいさんの家でそだっている。清水市という、市があったが、合併して、今は静岡県清水区になった。
清水は、七夕の盛んなところで、小さいときは、おじいさんの家にいとこや、おばさん、おじさんがあつまった。
入れ替わり、立ち代り、お盆の季節には、泊りがけで、きていたのを思い出す。
きれいな服を着て、幸せそうな家族がいつもは、私と兄祖父と祖母とお手伝いの女性の5人家族の中に入ってきた。
東京でくらす、東京弁を使う、まぶしいくらい、幸せそうな人たちだった。
祖父の家にいながら、いつも、遠慮してすごしていた私は、うらやましかった。
なので、あまり、この時期は好きでなかった。
そんな、中、今日伺った、親せきは、いつも、私たち兄弟を温かく、むかえてくれた。
私の母のおじさんにあたり、母のお母さんのお兄さんにあたる家だ。
広子さん、康明さん、雅史さん、富子さん。律子さん、、良子さんという、小さいころ熱で、脳がやられ、知的障害者の人、勝次おじさん、おばさん、の大家族だ。
もう、生きているのは、広子さん、康明さん、雅史さん、富子さんだけになった。広子さんは、小学校の先生を定年までやって、富子さんは、障害者学校の先生をなさって、今は高齢者ノデーサービスをやっていて、康明さんは、おじさんの会社に長く勤めて、定年され、雅史さんは、清水の青年会議所に長く務め、定年されたようだ。
今、80歳の広子さんは、膝の関節の病気で、毎日整形外科に通っているようだ。
少し、忘れっぽくなったといっていた。そんな、お姉さんを、定年退職した、雅史さんが、世話をしているとのこと。
その家に行くと、もう、私の育った、おじいさんの家は、取り崩され、駐車場になってしまったので、小さいときに正月や、夏休みに泊まったりした事を思い出すのです。
小さいときは、どんな家にいっても、うらやましかった。
しかし、私を育ててくれた故郷は、神様が、私を御計画があって、この親族の中に私が生まれてきたのだと思うと、また、18歳までそこで、育って、いろんなしつけをされた中で、当時は、うつ病になるくらい、暗い日々を送っていたが、それも、すべて、イエス様を信じてから、益に変えられていることを感謝する、今日の1日だった。
お墓参りは、以前は、日蓮宗のお寺だったのだが、創価学会がそのお寺を合併している、そんな、お寺に先祖のお墓あある。康明さんが、いっしょに車で送ってくれた。
もう、70代になる、人だが、話し方も、体も、若いのです。
毎日30分は散歩しているようだ。
そして、車の運転も上手で、趣味のようだ。
若いときは、にきびだれけの顔だったが、年をとられて、ニキビがうすくなった。
おじさんの会社で、お父さんといっしょに支えてきた人だ。
今は、60歳のいとこの正信さんがその会社をやっている。まだ、時々会社にいっているらしい。
その人が、新幹線の光に乗れば、横浜まで、40分でいくといったときは、本当に、びっくりした。
今日は、学駅停車のこだまに乗ってきたので、1時間30分でついた。
高速バスだと2500円くらいで、横浜と静岡の間を行くことができるようだ。新幹線は4900円かかる。
今度来るときは、高速バスがいいよといっていた。
祖父母,曾祖父母、叔父夫婦、のお墓にお参りして、勝次おじさんの娘のりっちゃんのお墓にもおまいりできました。
創価学会の信者ではないらしいが、ほぼ、信者さんとおなじだと思う。
お坊さんは、創価学会のお坊さんで、お経をよむらしい。
私は、クリスチャンなので、お線香はできないことをつたえ、心の中で、育ててくれたことを感謝する。
静岡駅まで、おくってもらう。
娘と私にお金をくださった。
私は、小さいときから、「みっちゃん」と呼ばれていた。「みっちゃん、また、きな。高速バスは、みなとみらいのところから出ているから。」と心配してくれた。新幹線は、大雨で、50分の遅れが出た。静岡市は全く、雨はふっていなかったが、東京よりの駅で、大雨のため、新幹線がとまっていたようだ。「こだま」に乗って、1時間半かけて、新横浜についた。楽しい思い出が残った、1日だった。感謝