この〈ホラー映画〉の連載は、とりあえずモダンホラーの登場
(それは取りも直さずスティーブン・キングのデビューとその小説の映画化)までの
個人的な体験を書くつもりだが、
怪談映画にとどまらず恐ろしさに肝を潰した映画への言及も含むことになる。
化猫映画に書いた関係で話しはしばらく邦画の世界にならざるをえない。
この国の代表的な怪談と言えば『四谷怪談』ということになるだろう。
鶴屋南北による『東海道四谷怪談』1825(文政8)年初演の歌舞伎狂言だが、
それ以前にその原典とされる話が『四谷雑談集』1727(享保12)年にある。
南北が描いたのは『仮名手本忠臣蔵』の世界を用いた外伝という体裁である。
かんたんにストーリーを記せばつぎのようになる。
〈貞女・岩が夫・伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たす〉
という単純なハナシだが、映像化することで恐怖がたかまってくる。
たとえば
〈お岩が毒薬のために顔半分が醜く腫れ上がったまま髪を梳き悶え死ぬ場面〉
〈岩と小平の死体を戸板1枚の表裏に釘付けにしたのが漂着し、
伊右衛門がその両面を反転して見て執念に驚く場面〉
〈庵室で伊右衛門がおびただしい数の鼠と怨霊に苦しめられる場面〉
などである。
『東海道四谷怪談』
1959年に製作された中川信夫監督の映画『東海道四谷怪談』(新東宝)では
除霊のために伊右衛門が訪れた蛇山でのラスト近く、
老女たちの大数珠回しの輪の中に逃げこんだ伊右衛門を
その外側から追い回すお岩の形相の凄まじさに圧倒される。
この映画をワタシは公開当時観たわけではないだろう。
8歳のころである。親がこれほど恐ろしい映画に連れて行ったとは思えない。
後年、テレビで放映されたものを観たのだと思うが、
それがいつのころだったか記憶がない。
記憶はないがこのラスト近くのシーンはよく覚えている。
テレビを観たのはワタシがひとりで留守番をしているときだったか。
あまりの恐ろしさに誰か帰ってくるまで身動きできずにいた覚えがある。
それほどおびえるなら観なければよいのに、バカの怖いもの見たさであろう。
伊右衛門役の天知茂。
伊右衛門役には天知茂、お岩は若杉嘉津子が演じている。
天知茂はこの時29歳。
この映画でその演技力が注目されるようになったとのことである。
たしかにこの映画での天知茂の演技は真に迫っている。
新東宝の労働組合の委員長として、
新東宝倒産まで在籍するという一面もあった。
この作品はおそらく『四谷怪談』の最高傑作だろう。
中川信夫の『地獄』(1960年 新東宝)を日本怪奇映画の最高傑作とする批評家もいるがどうだろうか。
ワタシにはこの映画、あまり怖くはなかったし面白くもなかった。
またいわゆる〈戸板返し〉はこの映画で初めて映像化されたとのことだ。
この映画以前に鶴屋南北の『四谷怪談』は21回映画化されているらしい。
この国の国民がいかにこのテの映画が好きかよくわかる。
この映画以降も『四谷怪談』は何度も映画化、テレビドラマ化されている。
1959年には長谷川一夫、中田康子で『四谷怪談』(監督・三隅研次 大映)
長谷川一夫の伊右衛門は少し違和感がある。
1965年には仲代達也、岡田茉莉子で『四谷怪談』(監督・豊田四郎 東宝)
仲代達也の伊右衛門はなかなか怖いが、重厚すぎる。
1969年には佐藤慶、稲野和子で『四谷怪談 お岩の亡霊』(監督・森一生 大映)
佐藤慶も悪くはないが、ワル過ぎるようにも思える。
中川信夫版の『東海道四谷怪談』以前に1956年やはり新東宝で毛利正樹監督による
『四谷怪談』が公開されているが、伊右衛門には若山富三郎、お岩には相馬千恵子というキャスト。
若山富三郎が伊右衛門をやったのは知らなかった。
これはやはりテレビで観た記憶がある。
脚本はマキノ雅弘の次郎長三国志シリーズや
黒澤明との共同作品(『生きる』『七人の侍』『蜘蛛巣城』ほか)の小國英雄。
小國英雄の本はむかし(2009年)ワイズ出版出版の『男の花道 小國英雄シナリオ集』という
500ページを超す大著をエラい思いでデザインしたことがある。
さらに1949年には木下恵介監督による『新釋四谷怪談 前編・後編』(松竹)もある。
こちらは上原謙、田中絹代という豪華キャストで、戦後最初の『四谷怪談』である。
ポスターのキャストを見ると名優ぞろい。上原謙の大根ぶりが目立つのではなかろうか。
次回は『四谷怪談』と並んでこの国の怪談の代表とも言える『牡丹灯籠』か。
〈続く〉