河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ)の初期作品です。
黙阿弥のブレイク作でもあります。
「忍ぶの惣太」という名称でも知られます。
最大の見どころは、主人公の侠客「忍ぶの惣太」が、隅田川の土手で「梅若丸(うめわかまる)」という少年を殺して
金を奪う場面になります。
後の「十六夜清心」などにも通じる、黙阿弥大得意の「美少年殺し」のシーンです。
江戸らしい退廃的で悪趣味な気分とあいまって、
そして黙阿弥自信がかなり美少年趣味だったのは間違いないと思われ、
そういうことも含めて、エロティックで残忍、かつ、美しい場面に仕上がっています。
後期作品、とくに江戸末期から明治にかけての黙阿弥作品に比べて、黙阿弥もまだ若く、江戸文化も派手で垢抜けない部分がまだ残っていた時代です。
後期作品よりもナマナマしい雰囲気を楽しんでください。
作品としては、ベースになるのが「隅田川もの」という一連の作品群です。
京の都の吉田の少将のひとり息子の「梅若丸」が人さらいにさらわれて東国に売り飛ばされ、
隅田川のほとりで病気で死んだという悲しい伝説があります。
これをもとに、謡曲の「隅田川(すみだがわ)」という作品が作られました。
母親の班女の前(はんにょのまえ)は息子を失って気がふれてしまい、息子を探して東国までやってきます。
隅田川のほとりで船頭の話から息子が死んだことを知り、嘆き悲しみます。
歌舞伎にも移入され、亡くなった六代目歌右衛門の名舞台が記憶に残る作品です。=こちら=Aです。
これをモチーフに、近松門左衛門が「双生隅田川(ふたご すみだがわ)」(今は出ない)という作品を作り
これを原型とするいろいろの作品が作られました。
これらの諸作品をが「隅田川もの」と呼びます。
「隅田川もの」に共通する要素は
・「吉田の少将」の家はお家騒動で没落している
・主人公は、「梅若丸」と、その双子の兄弟の「松若丸」
・だいたい、最初のほうで梅若のほうは死ぬ
・「桜姫」まで出ることがある
・お家再興のために家宝を探している。だいたい「鯉魚の一軸(りぎょのいちじく)」
(この作品では「都鳥の印(いん)」)
などです。
逆にいうと、上記の「」内のキーワードが入っていたら「隅田川もの」と思っていいので、
その方向で作品を見て行けばいいと思います。
有名な作品に「法界坊」「桜姫東文章」などがあります。
「桜姫」が「隅田川ものであることは、ふだんあまり意識されませんが、じつはそうなのです。
どれも、能の「隅田川」の原型は残っていないものが多いです。
事前説明が長くなりました。内容の説明に入ります。
登場人物が入りくんでいて少々わかりにくいのですが、
↑のキホン要素に沿って登場人物が配置されていることを意識すると、多少わかりやすくなるかと思います。
吉田家が没落しているので、お家を再興しようと家来もがんばっています。
今回はこの、もと家来の「忍ぶの惣太(しのぶの そうた)」が主人公です。
いまは侠客(きょうかく、やくざさん)になっています。
惣太の奥さんはお梶(おかじ)さんといいます。
お梶さんの父親の軍助(ぐんすけ)も吉田家の家来です。
吉田家の跡取り息子の梅若くんは、貧しい按摩(あんま)の少年に化けているのですが、
最初の幕で惣太に殺されます。
惣太は若君の顔を知ってはいたのですが、じつは惣太は、バレないように暮らしているのですが、目がよく見えないのです。
なので、たまたま出合った少年が二百両という大金を持っているのを見て、
お金ほしさに梅若さまだとは知らずに殺してしまいます。
しかもお金を取ったのは吉田家の再興のためです。
お互いに気付いていれば喜んで協力しあえたのに、知らずに殺してしまったという本当に悲しい話です。
梅若くんは、最初の幕にしか出ず、しかも出てすぐ殺されるので、ちょっと見ると損な役ですが、
「隅田川もの」で「梅若が死ぬ」のは完全なお約束ごとなので、
客は見る前からこの場面があることを知っており、楽しみにしているのです。
そういう意味ではここは最大の見せ場であり、非常にオイシイ場面なのです。
気合を入れてご覧ください。
さて、梅若くんは二百両と、吉田家の系図を持っていました。これが途中で百両ずつ2つに分けられます。
以降、ストーリーは
・百両(a)
・百両(b)
・吉田家の家系図、
・売りに出されている家宝の印、
をめぐる内容になります。アイテムを全部そろえるとミッションクリアです(ちょっと違う)。
梅若が殺されたのは夜です。暗闇です。
偶然とおりかかった数人の関係者たちが、落ちているお金と系図を手さぐりで奪い合う、「だんまり」のシーンがここに付きます。
これも、お家騒動ものではお約束の場面です。
その全てを見ていたのが遊女の「花子」です。
この部分はは、以降のストーリーのための前フリなのですが、
おそらく見てもよく意味がわからないと思います。
気にせずなんとなく、場面の面白さだけ楽しんでください。
もうひとりのご嫡男の松若丸くんは、女の子に化けていますよ。
「花子」という名前で吉原で遊女をしています。
そう、さっきの「花子」さんです。
役者さん的には、直前に殺された梅若くんと花子さんとを「早変わり」でひとり二役で演じます。双子だし。
残酷に殺された薄幸そうな美少年が、直後に華やかな遊女姿で登場して客を喜ばせます。
ところで、
男が遊女をやったら、バレるに決まってるじゃんと思ってしまいそうですが、
江戸時代の遊郭は、もちろん売色の場ではあったのですが、
豪華なお座敷で楽しく宴会をするのも目的のひとつでした。
高級クラブに夜のサービスが付いているかんじです。
しかも、ここ重要なのですが
夜になって一緒におふとんに入っても、遊女が「いや」と言ったらエッチはしなくていい決まりだったのです。(払うお金は同じ)。
もちろん「させて」くれない遊女には客は付きにくいので商売になりませんが、
ものすごい美女なら「いつかはできるかも」で通う客もいるでしょうから、
理論上は女装した男でも遊女はできたのです。
もちろん、全て承知で男である彼を買う、固定客の存在もアリです。
さて、
主人公の惣太は遊女の花子に惚れて吉原に通い、花子を身請けしようとしています。
じつは、花子が松若ではないかと気付いて助けだそうとしているのです。
身請けのライバルは十右衛門(じゅうえもん)と言います。
しかし彼は、じつは惣太の妻のお梶さんの兄なので、後半になって味方なのがわかります。
さらに惣太の目を治す薬までくれます。
というわけで、花子を身請けするのに必要な百両と、売りに出されている「都鳥の印」を買うのに必要な百両をめぐって、
道具屋さんや廓の関係者、さらに関係ない借金取りもやってきてのあれこれ大騒ぎになります。
という場面が、中盤の惣太の家の場面なのですが、
まあ、いろいろ複雑すぎるので、起きたことを全て把握する必要はないと思います。
結果として、惣太は、十右衛門のおかげで花子も身請けでき、印も手に入れられます。
ところが、
花子と惣太が仲良くしているところから、ストーリーの風向きが少し変わります。
花子は、遊女のフリをしていますが、じつは江戸の街を騒がす大ドロボウの、「天狗小僧 霧太郎」なのです。
ジェンダーの混乱にもほどがあるって感じですが、もう笑って楽しむしかありません。
花子は惣太のことは始めから好きではなく、利用しただけなので、手下の盗賊と一緒に部屋の道具を盗み出し、
さらに都鳥の印もすり替えて持っていってしまいます。ええええ!! ちょっと!!
惣太は、バレないようにしていますが目が見えないので、気付きません。
こういう「登場人物の誰かが目が見えない」設定は、歌舞伎にはけっこうあります。
実際眼病は非常に多かったのです。
屋内で火を燃やす生活はかなり目に負担なようです。
いろいろ持っていかれて、花子も出て行ってしまします。
ここに、お梶さんの父親の軍平が登場します。
序幕にチラっと出ただけなので誰だかわかりにくいですが、奥さんのお父さんですよ。吉田家の家来です。
梅若の死体が見つかったと言います。犯人の遺留品のてぬぐいもあります。
って、惣太の手ぬぐいですよ。え、俺の?
さてはあのとき殺したのは梅若さまだったのか!! やっと気が付く惣太。
さらに、やっとゲットしたはず都鳥の印も、いつの間にかすり替えられてるし!!
事情を聞いて責任を感じた軍平が(もともと梅若を守るように頼まれていた)自害しようとし、
とめようとした惣太が結局軍平を斬ってしまうというややこしい立ち回りがあります。
惣太も自害しようとしますが、出てきたお梶さんがとめて、さっきもらった薬に自分の生き血を混ぜて惣太に飲ませます。惣太の目が治ります。
この、「なになにの年、日時に生まれた女の血を混ぜた薬」というのは歌舞伎によく出るのですが、
「秘薬」の神秘性を増すとともに、現実には存在しない奇跡の薬に説得力を与える、あざといテクニックだと思います。
お兄さんの十右衛門さんがまた出てきて兄妹のお別れをしたりします。
惣太の家の場面はこれでおわりです。
花子の手下、丑市(うしいち)の家です。
丑市には奥さんもいますが、花子が来たのでケンカになって出て行きますよ。
このへんはようするに、盗賊の頭であって男なのに、美女、という花子の中途半端な花子の性倒錯を楽しむための場面ですよ。
仕事がうまくいったので、ふたりは酒をの実、丑市は酔いつぶれて寝てしまいます。
とたんに花子は松若丸さまに戻ります。
そして丑市を刺し殺して、彼が持っていた吉田家の系図を取り戻します。
細かく言うと、おそらく花子が盗賊になったのも、丑市に近づいてこの系図を取り戻すためであったろうと思いますが、
ストーリーの時系列が非常にてきとうなので、まじめに考えるといろいろ矛盾しています。
ようするにまあ、その場のノリで設定しているとも言えます。気にせず見てください。
これで、花子の手元に、「松若(本人)、家宝の印、系図」、お家再興に必要なアイテムの全てがそろいました。やった!!
惣太がやってきて印を返せと言いますが、
もともと惣太が印を欲しがるのは、吉田家のお家の再興のためですから、
意味のない争いですよ。
じつは花子が松若丸さまであることに気付いていた惣太、
わざと花子に刺されにきたのです。
自分の首を、殺した梅若の墓にささげてくれと言って死ぬ惣太。
ここに、さっき出て行った丑市の奥さんが、捕り方を連れて戻ってきますよ。裏切って花子のことをチクったのです。
花子は全然騒がず、ごはんを食べながら箸や鍋のフタで大勢の捕り方をあしらいますよ。
最後のこの部分はもはやあまりストーリーには関係のない、所作に近い見せ場です。
ここだけ独立した場面として楽しめばいいと思います「おまんまのたちまわり」と呼ばれます。
ストーリーは以上です。
「都鳥廓白波(みやこどり ながれのしらなみ)」のタイトルの意味ですが、
「都鳥」は、もちろん、「伊勢物語」の「都鳥」を元ネタにした、謡曲の「隅田川」の中の名セリフにちなんだものです。
「隅田川」といえば「都鳥」です。
一応「隅田川」の解説のリンク貼っておきます。=隅田川=
「廓」と書いて「ながれ」と読むのは、遊女の身の上を「流れの身」と表現するからです。
もちろん大勢の男性に身をまかせる不安定な境遇を、流れる水に身を浮かべるイメージに重ねたのだと思いますが、
もともと、昔は都の身分の高い貴族の息女が流れ流れて遊女になったパターンが多かったというのもあるかもしれません。
「白波」の意味については、=三人吉三巴白波=(さんにんきちざ ともえのしらなみ)の一番下に書いた…はずです。
このお芝居とは関係ないのですが、
隅田川の河口付近には、今も「梅若塚」や「言問橋」があって昔を忍ばせていますが、
じつは、「伊勢物語」の時代や、梅若丸が死んだ時代には、
隅田川の河口は今の場所にはありません。
というか隅田川には河口自体がなく、関東平野の途中で左折して荒川に注いでいたそうです。
そんなもんあふれて氾濫するに決まっていますから、隅田川は増水するたびに川筋か変わる、かなりの暴れ川だったようです。
家康が江戸を作ったときに、今のあの巨大な河口を人工的に切り開いて完璧に治水しました。
なので、今の隅田川は江戸以降のものです。
梅若塚も、業平ゆかりの言問橋も、全部ウソです。いいけど。
=50音索引に戻る=
黙阿弥のブレイク作でもあります。
「忍ぶの惣太」という名称でも知られます。
最大の見どころは、主人公の侠客「忍ぶの惣太」が、隅田川の土手で「梅若丸(うめわかまる)」という少年を殺して
金を奪う場面になります。
後の「十六夜清心」などにも通じる、黙阿弥大得意の「美少年殺し」のシーンです。
江戸らしい退廃的で悪趣味な気分とあいまって、
そして黙阿弥自信がかなり美少年趣味だったのは間違いないと思われ、
そういうことも含めて、エロティックで残忍、かつ、美しい場面に仕上がっています。
後期作品、とくに江戸末期から明治にかけての黙阿弥作品に比べて、黙阿弥もまだ若く、江戸文化も派手で垢抜けない部分がまだ残っていた時代です。
後期作品よりもナマナマしい雰囲気を楽しんでください。
作品としては、ベースになるのが「隅田川もの」という一連の作品群です。
京の都の吉田の少将のひとり息子の「梅若丸」が人さらいにさらわれて東国に売り飛ばされ、
隅田川のほとりで病気で死んだという悲しい伝説があります。
これをもとに、謡曲の「隅田川(すみだがわ)」という作品が作られました。
母親の班女の前(はんにょのまえ)は息子を失って気がふれてしまい、息子を探して東国までやってきます。
隅田川のほとりで船頭の話から息子が死んだことを知り、嘆き悲しみます。
歌舞伎にも移入され、亡くなった六代目歌右衛門の名舞台が記憶に残る作品です。=こちら=Aです。
これをモチーフに、近松門左衛門が「双生隅田川(ふたご すみだがわ)」(今は出ない)という作品を作り
これを原型とするいろいろの作品が作られました。
これらの諸作品をが「隅田川もの」と呼びます。
「隅田川もの」に共通する要素は
・「吉田の少将」の家はお家騒動で没落している
・主人公は、「梅若丸」と、その双子の兄弟の「松若丸」
・だいたい、最初のほうで梅若のほうは死ぬ
・「桜姫」まで出ることがある
・お家再興のために家宝を探している。だいたい「鯉魚の一軸(りぎょのいちじく)」
(この作品では「都鳥の印(いん)」)
などです。
逆にいうと、上記の「」内のキーワードが入っていたら「隅田川もの」と思っていいので、
その方向で作品を見て行けばいいと思います。
有名な作品に「法界坊」「桜姫東文章」などがあります。
「桜姫」が「隅田川ものであることは、ふだんあまり意識されませんが、じつはそうなのです。
どれも、能の「隅田川」の原型は残っていないものが多いです。
事前説明が長くなりました。内容の説明に入ります。
登場人物が入りくんでいて少々わかりにくいのですが、
↑のキホン要素に沿って登場人物が配置されていることを意識すると、多少わかりやすくなるかと思います。
吉田家が没落しているので、お家を再興しようと家来もがんばっています。
今回はこの、もと家来の「忍ぶの惣太(しのぶの そうた)」が主人公です。
いまは侠客(きょうかく、やくざさん)になっています。
惣太の奥さんはお梶(おかじ)さんといいます。
お梶さんの父親の軍助(ぐんすけ)も吉田家の家来です。
吉田家の跡取り息子の梅若くんは、貧しい按摩(あんま)の少年に化けているのですが、
最初の幕で惣太に殺されます。
惣太は若君の顔を知ってはいたのですが、じつは惣太は、バレないように暮らしているのですが、目がよく見えないのです。
なので、たまたま出合った少年が二百両という大金を持っているのを見て、
お金ほしさに梅若さまだとは知らずに殺してしまいます。
しかもお金を取ったのは吉田家の再興のためです。
お互いに気付いていれば喜んで協力しあえたのに、知らずに殺してしまったという本当に悲しい話です。
梅若くんは、最初の幕にしか出ず、しかも出てすぐ殺されるので、ちょっと見ると損な役ですが、
「隅田川もの」で「梅若が死ぬ」のは完全なお約束ごとなので、
客は見る前からこの場面があることを知っており、楽しみにしているのです。
そういう意味ではここは最大の見せ場であり、非常にオイシイ場面なのです。
気合を入れてご覧ください。
さて、梅若くんは二百両と、吉田家の系図を持っていました。これが途中で百両ずつ2つに分けられます。
以降、ストーリーは
・百両(a)
・百両(b)
・吉田家の家系図、
・売りに出されている家宝の印、
をめぐる内容になります。アイテムを全部そろえるとミッションクリアです(ちょっと違う)。
梅若が殺されたのは夜です。暗闇です。
偶然とおりかかった数人の関係者たちが、落ちているお金と系図を手さぐりで奪い合う、「だんまり」のシーンがここに付きます。
これも、お家騒動ものではお約束の場面です。
その全てを見ていたのが遊女の「花子」です。
この部分はは、以降のストーリーのための前フリなのですが、
おそらく見てもよく意味がわからないと思います。
気にせずなんとなく、場面の面白さだけ楽しんでください。
もうひとりのご嫡男の松若丸くんは、女の子に化けていますよ。
「花子」という名前で吉原で遊女をしています。
そう、さっきの「花子」さんです。
役者さん的には、直前に殺された梅若くんと花子さんとを「早変わり」でひとり二役で演じます。双子だし。
残酷に殺された薄幸そうな美少年が、直後に華やかな遊女姿で登場して客を喜ばせます。
ところで、
男が遊女をやったら、バレるに決まってるじゃんと思ってしまいそうですが、
江戸時代の遊郭は、もちろん売色の場ではあったのですが、
豪華なお座敷で楽しく宴会をするのも目的のひとつでした。
高級クラブに夜のサービスが付いているかんじです。
しかも、ここ重要なのですが
夜になって一緒におふとんに入っても、遊女が「いや」と言ったらエッチはしなくていい決まりだったのです。(払うお金は同じ)。
もちろん「させて」くれない遊女には客は付きにくいので商売になりませんが、
ものすごい美女なら「いつかはできるかも」で通う客もいるでしょうから、
理論上は女装した男でも遊女はできたのです。
もちろん、全て承知で男である彼を買う、固定客の存在もアリです。
さて、
主人公の惣太は遊女の花子に惚れて吉原に通い、花子を身請けしようとしています。
じつは、花子が松若ではないかと気付いて助けだそうとしているのです。
身請けのライバルは十右衛門(じゅうえもん)と言います。
しかし彼は、じつは惣太の妻のお梶さんの兄なので、後半になって味方なのがわかります。
さらに惣太の目を治す薬までくれます。
というわけで、花子を身請けするのに必要な百両と、売りに出されている「都鳥の印」を買うのに必要な百両をめぐって、
道具屋さんや廓の関係者、さらに関係ない借金取りもやってきてのあれこれ大騒ぎになります。
という場面が、中盤の惣太の家の場面なのですが、
まあ、いろいろ複雑すぎるので、起きたことを全て把握する必要はないと思います。
結果として、惣太は、十右衛門のおかげで花子も身請けでき、印も手に入れられます。
ところが、
花子と惣太が仲良くしているところから、ストーリーの風向きが少し変わります。
花子は、遊女のフリをしていますが、じつは江戸の街を騒がす大ドロボウの、「天狗小僧 霧太郎」なのです。
ジェンダーの混乱にもほどがあるって感じですが、もう笑って楽しむしかありません。
花子は惣太のことは始めから好きではなく、利用しただけなので、手下の盗賊と一緒に部屋の道具を盗み出し、
さらに都鳥の印もすり替えて持っていってしまいます。ええええ!! ちょっと!!
惣太は、バレないようにしていますが目が見えないので、気付きません。
こういう「登場人物の誰かが目が見えない」設定は、歌舞伎にはけっこうあります。
実際眼病は非常に多かったのです。
屋内で火を燃やす生活はかなり目に負担なようです。
いろいろ持っていかれて、花子も出て行ってしまします。
ここに、お梶さんの父親の軍平が登場します。
序幕にチラっと出ただけなので誰だかわかりにくいですが、奥さんのお父さんですよ。吉田家の家来です。
梅若の死体が見つかったと言います。犯人の遺留品のてぬぐいもあります。
って、惣太の手ぬぐいですよ。え、俺の?
さてはあのとき殺したのは梅若さまだったのか!! やっと気が付く惣太。
さらに、やっとゲットしたはず都鳥の印も、いつの間にかすり替えられてるし!!
事情を聞いて責任を感じた軍平が(もともと梅若を守るように頼まれていた)自害しようとし、
とめようとした惣太が結局軍平を斬ってしまうというややこしい立ち回りがあります。
惣太も自害しようとしますが、出てきたお梶さんがとめて、さっきもらった薬に自分の生き血を混ぜて惣太に飲ませます。惣太の目が治ります。
この、「なになにの年、日時に生まれた女の血を混ぜた薬」というのは歌舞伎によく出るのですが、
「秘薬」の神秘性を増すとともに、現実には存在しない奇跡の薬に説得力を与える、あざといテクニックだと思います。
お兄さんの十右衛門さんがまた出てきて兄妹のお別れをしたりします。
惣太の家の場面はこれでおわりです。
花子の手下、丑市(うしいち)の家です。
丑市には奥さんもいますが、花子が来たのでケンカになって出て行きますよ。
このへんはようするに、盗賊の頭であって男なのに、美女、という花子の中途半端な花子の性倒錯を楽しむための場面ですよ。
仕事がうまくいったので、ふたりは酒をの実、丑市は酔いつぶれて寝てしまいます。
とたんに花子は松若丸さまに戻ります。
そして丑市を刺し殺して、彼が持っていた吉田家の系図を取り戻します。
細かく言うと、おそらく花子が盗賊になったのも、丑市に近づいてこの系図を取り戻すためであったろうと思いますが、
ストーリーの時系列が非常にてきとうなので、まじめに考えるといろいろ矛盾しています。
ようするにまあ、その場のノリで設定しているとも言えます。気にせず見てください。
これで、花子の手元に、「松若(本人)、家宝の印、系図」、お家再興に必要なアイテムの全てがそろいました。やった!!
惣太がやってきて印を返せと言いますが、
もともと惣太が印を欲しがるのは、吉田家のお家の再興のためですから、
意味のない争いですよ。
じつは花子が松若丸さまであることに気付いていた惣太、
わざと花子に刺されにきたのです。
自分の首を、殺した梅若の墓にささげてくれと言って死ぬ惣太。
ここに、さっき出て行った丑市の奥さんが、捕り方を連れて戻ってきますよ。裏切って花子のことをチクったのです。
花子は全然騒がず、ごはんを食べながら箸や鍋のフタで大勢の捕り方をあしらいますよ。
最後のこの部分はもはやあまりストーリーには関係のない、所作に近い見せ場です。
ここだけ独立した場面として楽しめばいいと思います「おまんまのたちまわり」と呼ばれます。
ストーリーは以上です。
「都鳥廓白波(みやこどり ながれのしらなみ)」のタイトルの意味ですが、
「都鳥」は、もちろん、「伊勢物語」の「都鳥」を元ネタにした、謡曲の「隅田川」の中の名セリフにちなんだものです。
「隅田川」といえば「都鳥」です。
一応「隅田川」の解説のリンク貼っておきます。=隅田川=
「廓」と書いて「ながれ」と読むのは、遊女の身の上を「流れの身」と表現するからです。
もちろん大勢の男性に身をまかせる不安定な境遇を、流れる水に身を浮かべるイメージに重ねたのだと思いますが、
もともと、昔は都の身分の高い貴族の息女が流れ流れて遊女になったパターンが多かったというのもあるかもしれません。
「白波」の意味については、=三人吉三巴白波=(さんにんきちざ ともえのしらなみ)の一番下に書いた…はずです。
このお芝居とは関係ないのですが、
隅田川の河口付近には、今も「梅若塚」や「言問橋」があって昔を忍ばせていますが、
じつは、「伊勢物語」の時代や、梅若丸が死んだ時代には、
隅田川の河口は今の場所にはありません。
というか隅田川には河口自体がなく、関東平野の途中で左折して荒川に注いでいたそうです。
そんなもんあふれて氾濫するに決まっていますから、隅田川は増水するたびに川筋か変わる、かなりの暴れ川だったようです。
家康が江戸を作ったときに、今のあの巨大な河口を人工的に切り開いて完璧に治水しました。
なので、今の隅田川は江戸以降のものです。
梅若塚も、業平ゆかりの言問橋も、全部ウソです。いいけど。
=50音索引に戻る=
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