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歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「桜姫東文章」 さくらひめ あずまぶんしょう

2013年08月03日 | 歌舞伎
「鶴屋南北(つるや なんぼく)」の、あざとすぎる名作です。
説明が多いので長いです。申し訳ありません。だから南北ものイヤなんだよ!!

前提となる設定がいくつかあります。
ここをすっ飛ばすと混乱してしまうので、先に書きます。

全体のストーリーは、「隅田川もの」というジャンルの定型にのっとっています。
なのでこの「定型」がわからないとお話の流れが理解できません。

京の都の吉田少将の息子の、まだ少年だった「梅若丸(うめわかまる)」が人買いにさらわれて東国に連れて来られ、
慣れない旅で力尽きて武蔵の国、隅田川のほとりで死んでしまった。
という悲しい伝説があります。
能(歌舞伎にもなっている)の「隅田川」が形をよく伝えています。
この伝説をモチーフにした、「隅田川もの」という浄瑠璃や歌舞伎のジャンルが存在します。

近松の「雙生隅田川(ふたご すみだがわ)」が原型になりますが、これは今は出ません。
共通する設定は、

・「梅若丸」と「松若丸」の双子が出る。
・お家(だいたい吉田家というお大名)の宝物、「都鳥(みやこどり)の一巻」とか「鯉魚(りぎょ)の掛軸」とかが盗まれて、
お家はおとりつぶし。
・松若丸は家宝を探して放浪中。
・梅若丸は隅田川のほとりで、悪者に殺される(ここは必須)。
・母親の班女の前(はんにょのまえ)は気が狂ってさまよう。
・最後は松若丸が戻ってきて宝物も戻ってきて家も復興する。

です。
これが「隅田川もの」の基本です。

同一ジャンル作品には
「法界坊(ほうかいぼう)」
「都鳥廓白浪(みやこどり ながれのしらなみ)」
「隅田川花御所染(すみだがわ はなのごしょぞめ)」
などがああります。

この「桜姫」は、
「梅若丸」「松若丸」と共に「桜姫」も出てくる変形バージョンなのです。

タイトルの「東文章」というのは、「東国にさらわれた系のあの伝説」というのを表しています。


基本設定のほかに、
共通して出る人物名があります。

・惣太(そうた)→だいたい「葱の惣太(しのぶのそうた)」となっています。
こいつが梅若丸を墨田川のほとりで殺します。最後は味方になることもあります。
・軍介(ぐんすけ)→忠臣、おもに悪いやつを追っています。
・七郎(しちろう)→これも忠臣、おもに陰に日なたに主人公たちを守ります。

もちろん、作品によっては同じ名前でまったく違う役柄で出ることもあるので注意が必要ですが、
この「桜姫」は定番どおりです。

上記をなんとなく頭のすみに入れてご覧いただくといいと思います。



ではお芝居の内容です。

上記の「隅田川もの」のお家騒動のお話を縦の軸にして、
横の軸に主人公の「桜姫」の恋物語が入ります。これが壮絶です。
お相手は2人いて「清玄(せいげん)」というお坊さんと「しのぶの惣太」というならずものです。

一応、「清水寺の僧の清玄が、桜姫に恋をして破戒した」という伝説があり、
これも、古浄瑠璃の「一心二河百道(いっしん にが びゃくどう)」をはじめいくつかの浄瑠璃作品になっています。
「清玄」と「桜姫」の名前はここから取っているのですが、
ストーリー的にはこれは「隅田川もの」です。


・江ノ島 稚児ヶ浦の場

まず、寺稚児の「白菊(しらぎく)」くんとお坊さんの「清玄」が出てきます。
ここは本筋には関係なく、清玄の過去の因縁の部分です。
場所は江ノ島の「稚児ヶ浦」です。
清玄と白菊くんは恋におち、心中しようとします。
小さいかわいい香箱の、フタを白菊君が、本体を清玄が持っています。それぞれ相手の名前が書いてあります。
愛の証です。
来世で会えるように、それをしっかりにぎって海に飛び込むのです。
が、白菊くんがあっさり飛び込んでしまったのに驚いた清玄、むしろ踏ん切りがつかなくなり、
けっきょくずるずると生き残ってしまいます。

死んだ白菊くんはさぞや恨んでいるであろうと思いながら、17年たちます。


・新清水寺の境内

ここで本筋に入ります。舞台は「鎌倉」の「新清水寺」の境内です。桜が満開です。
じっさいは、今も上野公園にある清水観音堂を暗にさしています。
桜が満開の寺院(主に清水寺)にお花見に来たお姫様、そこで事件がおきる、という出だしは
その派手でキャッチー、かつ種々の登場人物を一度に出しても不自然ではないという便利さもあって
歌舞伎では多用されます。

ふつうは、ここでお姫様と美しい若侍との恋もようになるのですが、
桜姫は出家する決心をしています。17歳です。
もったいないので周囲の腰元たちも一生懸命とめるのですが、ダメです。

清玄和尚が通りかかります。序幕で心中しそこねたあの清玄です。
あの事件は「なかったこと」にして真面目に修行して、今は高僧になっています。お弟子もたくさん連れています。

桜姫の出家のお願いを聞いて、弟子たちが「ムリだろ」と止めます。
ここで「女は罪を作りやすい」と主張するのに、遊郭で遊女が客をだます様子を例にするところは、
笑うところです。

しかし、桜姫には出家するしかない事情があります。
まず、左の手が生まれつき開かないのです。にぎったままです。
やはりこう、結婚となると不利ですので、身分相応よりも条件の悪いお侍にしか縁談が行かず、
しかも断られたりしています。
こういうのも前世の罪のせいだと当時は考えましたから、出家して罪を消そうと考えます。

もうひとつの理由は、
お芝居の中で、ここでさらっとセリフで言うだけの、上記の「隅田川」の設定部分です。
聞き逃すと置いていかれます。
上演当時の人々には「お約束設定」すぎたので、こんなもんで充分でした。今の客はたいへんです。

姫は「吉田家」というお殿様の娘でしたが、
ある日悪者がお屋敷に忍び込んで父親を殺し、お家の家宝の「都鳥の一巻」を盗んで逃げました。
双子の弟のうち梅若丸は「都鳥の一巻」を探して旅に出て、隅田川のほとりで殺されました。
お家は明日で断絶になります。

という事情もあるので、将来に明るい展望が持てない桜姫は、もう出家して弟の供養をしたいと思っているのです。

事情を聞いて同情した清玄は、出家を受け入れることにし、とりあえず「十念(じゅうねん)」を授けます。
「南無阿弥(なむあみ)」(「南無、阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」の略)と10回言うだけなのですが、
仏の名は神聖ですので、名前を唱えれば仏に近づけるのです。

さて、「十念」の功徳で、桜姫の左手が開きます。
中から出てきたのは、
前の幕で死んだ白菊君が持っていた、香箱のフタです。
「香箱」というと大きいものを想像するのですが、ここでは、持ち運べる匂い袋程度の大きさのものを想像するといいと思います。

驚愕するのは清玄です。
さては、桜姫は白菊くんの生まれ変わりなのか!!
ここで、清玄に、桜姫への特別な思い入れが生じます。恋なのか責任感なのか執着なのか。非常に不思議な感情です。

手が治ったのですから、条件のいい結婚もできます。出家やめればいいのにという周囲ですが、
桜姫は耳を貸しません。
弟の松若丸が、家来の軍助と一緒になって止めてもだめです。
がっかりする松若丸。

いちど全員退場します。

悪者がいろいろ出てきて悪い相談をします。
ここもちょっと説明します。

悪者は2種類います。
お家乗っ取りをたくらんでいる悪い家臣と、
清玄を陥れて自分が出世しようとする悪い坊主です。

まず、悪い坊主が出てきます。「残月(ざんげつ)」といいます。
桜姫のお付きの女中の「長浦(ながうら)」とお付き合いしています。

清玄をなんとか追い出したいとか相談していると、
悪い家臣がモテなさそうなお侍といっしょに出てきます。
悪い家臣は「松井源吾(まつい げんご)」といいます。
お侍は「入間 悪五郎(いるま あくごろう)」といいます。
悪五郎は桜姫との縁談があったのですが、手が気になって断ったのです。
しかし手が治ったのなら、また縁組してほしいのです。ずうずうしいです。
居あわせた長浦さんに手紙の取次ぎを頼みますが断られます。


そこに出てくるのが「権助(ごんすけ)」と呼ばれる悪党です。
悪党ですが、かっこいいです。
そして、別名「しのぶの惣太」といいます。
べつに別名はなくてもよさそうですが、「隅田川もの」のフォーマットに合わせているだけです。
自動的に「梅若丸を殺したのはこいつか」と客は理解するしくみです。
こいつが、桜姫に手紙を渡ししてやろうと引き受けます。

権助は以前も、この悪い家臣の「松井源吾(まつい げんご)」の仕事を引き受けています。
桜姫の家の家宝の「都鳥の一巻」を盗み出したのです。
つまりこいつが諸悪の根源です。

松井源吾は、自分が盗ませたこの宝物を入間悪五郎が見つけたことにして手柄をたてさせ、
吉田の家を乗っ取るつもりでいます。

しかし松井源吾はまだお金を渡しておらず、宝物はまだ権助が持っています。

松井源吾と悪五郎は、以降、大してストーリーにからみません。


このあと、松若丸が出てきます。
盗まれた(権助が持ってる)「都鳥の一巻」が見つからないのでお家は断絶です。
絶望して切腹しようとしているのを家来の軍助が引き止めているのを、松井源吾たちが襲う場面がありますが、
清水寺なので、例の大舞台から傘をパラシュートのようにして飛びおりる場面が楽しいだけで、
ストーリー的には気にするような部分ではありません。

最後にチラっと出るのが、これもいいほうの家来の「七郎」です。
昔の客は「軍助」と「七郎」という家来が出るに決まっていると思って見ていたのでこれでいいのですが、
今の客には不親切なことこの上ないです。


ここまででやっと出だしの設定説明の幕がおわります。
前提知識なしに見ると完全に意味不明です。

以降、少しわかりやすくなります。


・清水寺の境内の草庵(ちいさな家)。

桜姫は出家するつもりで、すでにここに住んでいます。
出家の準備をしているところに権助がやってきて、
例の恋文をこっそり置いていきます。
見たくもないので捨ててくれという桜姫。

ここに権助がやってきて、人には思いというものがある。むげにするものではないと説教しつつ、
おもしろい落とし噺をします。
遊女に恋焦がれて死んだ気の弱い男が、幽霊になって毎日昼間に遊女に会いに来る。
気の強い男が幽霊退治に来て、せめて夜出て来いと幽霊に言ったら。
「夜出るのは怖い」と言った。という、しょうもない話です。聞き取れないと不安だと思うので書いておきます。
いちおう、「桜姫、清玄」のお話のメタファーになっていると思います。

この場面は、会話の内容はどうでもよくて、
話の途中で権助が片肌脱ぐところが肝要です。腕に釣鐘の刺青が入っています。
この刺青から、権助は「釣鐘権助(つりがね ごんすけ)」と呼ばれています。
この刺青に反応する桜姫。

急に周囲のものを下がらせて二人きりになり、
衝撃の告白をします。

権助は、以前桜姫のお屋敷に忍び込んで、桜姫と関係を持っているのです。
ぶっちゃけレイプなのですが、
桜姫は権助に惚れてしまいました。顔も見てないのに!!
自力で自分の腕に刺青までしていますよ。権助と同じ釣鐘です。
さらに、そのとき妊娠したのです。
子供はもう生まれて、人知れず養子に出してありますよ。

出家はやめる。お前といっしょになって、女房というものになりたいわいなという桜姫。
御簾を下ろして、ふたりでいい事しているところに、
人が来ます。きゃー!! 見られた!!

権助は逃げたので、相手の男探しになります。権助をかばいたい桜姫は、名前を言いません。

ここで、桜姫がずっとにぎっていた、例の香箱の蓋が問題になります。
「清玄」と名前が書いてあるのです。
書いたのは17年前で、渡した相手も桜姫ではありませんが、
清玄を追い出して出世したい、弟子僧の残月がさわいだので清玄が疑われます。

桜姫は白菊の生まれ変わりだと知っている清玄は、
桜姫のためならと罪をかぶり、寺を追われることになります。
桜姫も、寺僧と寺院を汚した罪で、身分を奪われます。

ついでに、残月も、お女中の長浦と恋人なのがばれて追い出されます。


お姫様と高僧の、転落と流浪の人生がはじまります。


次の2つの場面は、展開上あまり重要ではありませんが、雰囲気のある名場面です。


・稲瀬川土手

稲瀬川というのは、今も鎌倉にある川の名前ですが、
実際の江戸の地名を出すと幕府に怒られるのでこの名前使っているだけで、
歌舞伎で「稲瀬川」といえば、江戸の隅田川のことです。
赤ん坊を抱いた夫婦が来ます。桜姫が産んだ赤ん坊です。
お姫様の子で、お屋敷からお金をもらえるからあずかった子供です。
お家が断絶でお姫様もになるなら、もういらないのです。子供を返しにきました。

土手に「小屋」があります。桜姫と清玄がいます。
「」の歴史的意味や江戸時代の立ち位置について詳しく書くひまはありませんが、
ここでは、身分と住所を奪われて、浮浪者の仲間にされる刑罰を受けた、
とご理解ください。
少しこちらに書いてあります。=大江戸身分制度=

お互いの身の不幸をなげく清玄と桜姫。
清玄が強引に桜姫を口説きます。本命の釣鐘権助との、ドロドロ三角関係のはじまりです。
ここに、桜姫を追って入間悪五郎がやってきます。
赤ん坊を取り上げて桜姫を強引に口説きます。言うこときかないなら赤ん坊を殺すぞ。

ここに、例のええ方の家来の七郎もやってきて、もみあいになります。
清玄は川に落とされ、桜姫は逃げます。

もみあううちに悪五郎は密書を落とします。
「松井の源吾様へ、しのぶの惣太より」という、いかにも悪巧みしていそうな密書です。
ここに、松若丸や軍助、惣太など、前幕で出たいろいろが登場します。
夜です。月がなくて真っ暗闇です。
赤ん坊と密書をうばいあって「だんまり」になります。
「だんまり」とは、暗闇で無言であれこれ大事そうなものを大勢で奪い合うという演出で、
一種の劇中ショーです。
ぶっちゃけ絵として楽しければ何でもいい場面です。誰が誰だかわからなくても
気にする必要はありません。

=だんまりについて=

この場では密書は悪五郎が手にいれるのですが、
後半の展開にあまり影響はありません。
全員退場。赤ん坊が残ります。
川からはいあがった清玄が赤ん坊を拾い、
桜姫を探しながら立ち去ります。

場面が変わります。
鳥居のあるわびしい場所です。雨がふっています。
桜姫も清玄も浮浪者なので、こういうさびしい場所をうろうろしています。
赤ん坊を抱いた清玄が、なんとか焚き火に火をつけて赤ん坊をあたためようとします。
桜姫がやってきます。
相手が清玄とは気付かず、赤ん坊に同情して、(まだ母乳が出るので)自分のお乳をあげようかと迷ううちに、
お互いに気付きます。
が、すぐ雨でたき火が消え、ふたりはまた別れていきます。
落ちぶれた清玄の「これも誰ゆえ、桜姫」
というセリフが有名です。

この2つの場面では、大きな筋の変化はありません。
ふたりが落ちぶれていく様子を見せる、スケッチのような場面です。
それゆえに、江戸のはずれの下層階級の生活感や風景がリアルに伝わってきます。

といっても、作者の「鶴屋南北」は演出上の指定をほとんどしなかったかたなので、今、当時の生活感をうまく出すのは本当に難しいです。資料がないのです。
むしろ歌舞伎こそが、江戸の風俗資料なのです。演出指定がないのは、答えのない穴埋め問題みたいなものです。


・岩淵(いわぶち)庵室(あんじつ)の場

江戸本所のへんです。小さな地蔵堂に併設したすみかです。
はじめのほうで出てきた「残月」という坊さんが住んでいます。清玄を陥れたのに自分も女犯がばれて寺を追い出されたあの人です。
お寺を追い出されたので正確には仏僧ではないのですが、
それっぽいフリをしてここに住み着いています。
一緒に追い出された、以前御殿女中だった「長浦」さんもいっしょに住んでいます。夫婦です。
屏風にかけてある場違いな振袖は、昔長浦さんが桜姫にもらったものです。売ればいいのに大事にしています。
使い終わったお葬式用品(棺桶も)をバラして古道具屋に売ったりしています。
近在のお百姓さんが、トカゲをたくさん持ってきます。トカゲを食べるグロ系の見せ物に使うのです。
江戸の下層階級の、あやしげな商売の人々、あちこちに顔をつないで小銭を稼ぐ小悪党、
南北らしい、貧乏臭くて恐ろしげな、タフな舞台設定です。


ちょっとキレイな若奥さんがやってきます。
赤ん坊が死んだので、お地蔵さまにお参りして供養したいのです。
地蔵堂に案内するふたり。

ここで二人が夫婦喧嘩をはじめ、屏風が倒れます。
中に清玄がいます。病気で死にそうです。
赤ん坊もいます。お乳がないので泣きます。
振袖を見て、桜姫を思い出して泣く清玄ですが、「汚らわしい」と言ったりまた泣いたりと、情緒不安定です。
なぜここに清玄がいるかの説明がないのですが、病気で行き倒れているのを、昔のよしみで拾ったようです。

赤ん坊が泣くので困っていると、誰も母乳出ないし!!
さっきの若奥さん、お十さんが声をかけて、赤ん坊を引き取ってくれるといいます。
赤ん坊が死んだばかりなので、お乳が出るのです。
よろこぶ3人。
赤ん坊と若奥さんは退場します。

ところで、
清玄はまだ、例の小さい香箱を持っているのですが、
布に包まれたその香箱を、ふたりはお金と勘違いして、清玄を毒殺することにします。
さっきお百姓さんが持ってきたトカゲが「青蜥蜴」だったのです。毒があるようです。
酒にトカゲを入れて煮立てるところが、おどろおどろしいです。

清玄は、無理矢理に毒酒を飲まされて、死にます。
途中で毒が顔にかかって顔が気味悪くく変色するところも怖いです。
ここが、「清玄殺し、その1」です。
「その2」もあるので楽しみにお待ち下さい。

ここに、こんどは「釣鐘権助」がやってきます。
やはり、昔悪いことをしたよしみで仲良くしているのです。
権助は最近はいい仕事がなく、墓掘り人夫をやっています。
清玄は病死ということにして埋めてしまうことにし、長浦さんがお寺に知らせに行く間に、
男二人で穴を掘ります。

ここに、また悪そうなおっさんが若い女を連れてきます。女は頭巾をかぶっています。
妙に気取った言葉使いです。
おっさんは「女衒(ぜげん)」です。女性を遊郭に斡旋するひとです。
女は浮浪者なのですがキレイなので拾ってきました。だましてそのへんの遊女屋に売ります。
これが、桜姫です。残月はびっくり。
気付いた権助は、さりげなく屋外に隠れます。
長浦さんも戻ってきて戸口から見ています。

という状況で残月が桜姫を口説くので大騒ぎになります。
まず長浦さんが飛び込んできて痴話げんかです。
ここに権助が入ってきて、桜姫は自分の女房だと言います。腕のおそろいの刺青が証拠です。
当時は、間男は非常に重罪でしたので、バレた残月は立場が悪いです。
慰謝料として家の居住権を取られ、長浦さんといっしょに、下着いちまいで追い出されます

ここで追い出されたふたりが、しっとりとした浄瑠璃で「道行」の動きを少しやり、
「違う違う!! 」と言って、こんどはにぎやかな音楽で引っ込むところは、ちょっと楽屋落ち的でもあり、
文化文政期の、客も歌舞伎を知り尽くしていた時代の雰囲気を伝えていると思います。


すっかり落ちぶれた桜姫ですが、言動も気分もお姫様のままです。
権助を一途に思う気持ちもそのままです。
権助もまんざらではありません。
と言っても、もともと情の薄い男なので正しい意味での愛情はないようです。
夫婦になって暮らすことにするのですが、
桜姫の態度や言葉があまりに浮世離れしているので、どこかで下品な態度を習わせることになります。

というわけで、「四六屋体(しろくやたい)」に預けることにします。
「四六屋台」は、「四六見世」のことです。
夜は四百文、昼は六百文、だいたい4千円、6千円で売色した下級の非官許の遊女屋です。
一応、最下級の「切見世(きりみせ)」ですと、「1切り」つまり「1回」が百文でしたので(時間ではなく、1回いくら)、
それよりはちょっとだけマシなランクです。

さっき桜姫を連れてきた「女衒」の勘六に紹介を頼むために権助は出かけます。
残された桜姫。
例の香箱が落ちているのに気付いて不思議に思ったりとかいろいろあって、

死んだはずの清玄が、息をふき返します。顔の半分は変色しています。
桜姫を見て、口説きはじめる清玄。
さらに心中しようとします。
もみあっているうちに清玄は、さっき掘った穴に落ちて、いろいろあって死に、そのまま穴に埋まってしまいます。

ここが「清玄殺し、その2」です。
「その1」でもかなり怖いのに、「その2」はさらに怖いという、南北の真骨頂です。

権助が戻ってきました。
桜姫は「小塚ッ原」の「四六見世」で働くことになります。

ここで「抱え」、つまり店と契約して働く遊女をを探している、と言いつつ、
次の幕で「自前」、つまり独立営業で出ていると言っているのが謎です。まあどっちでもいいんですが。

千住の小塚原は、今の千住橋の手前の一帯です。
「小塚原」といえば、南町奉行管轄の「鈴ヶ森」と並んで、北町の死刑場でもあり、死体焼き場としても有名ですが、
日光街道沿いでもあり、荒川の水運の要地でもあったので中規模の遊郭もありました。そこに売られたのです。
下品な言葉使いを覚えるように、わざわざ場末の遊女屋に売ったのです。

ふたりが出て行こうとすると、清玄の幽霊が出ます。きゃー!!
さらに、権助の顔が、清玄と同じように変色します。ぎゃー!!

怖がる桜姫ですが、自分はこういう呪われた運命なのだと悟り、開き直ります。
なよなよしたお姫様が、最後に「毒食わば」と思い切ったセリフを言うところが恐ろしいのです。

ちなみに、今はあまりやりませんが、初演では清玄と権助は、同じ役者さんが早代りでやりました。つまり同じ顔です。
別の人格のようで、根っこの部分では同じ男が別々に桜姫を口説いている感じが、さらにあやしかったのです。


・山の宿(やまのしゅく)の長屋

長屋というか、長屋の「家主」の家です。
今「家主」というと、大家さんのことですが、当時の「家主」は、ただの長屋の管理人です。地主に雇われています。
釣鐘権助は、今度はここの長屋の「家主」をやっています。桜姫に稼がせたお金で「家主」の株(権利)を買ったようです。
山の宿というのは、浅草浅草寺の横、隅田川に沿った一帯です。

現行上演、どこから出るかわからないのですが全部書くと、
金貸しの綱右衛門(つなえもん)と、鳶の仙太郎と、その奥さんのお十さんが権助のところに来ます。
このお十さんは、前の幕で清玄の赤ん坊を引き取った人ですが、
そのとき権助はいなかったので権助はお十さんを知りません。

ここのモメ事はセリフを聞いても全く意味がわからないと思うので、ちょっと書きます。

仙太郎が、妻のお十さんを担保にして金貸しの綱右衛門からお金を借りた。まだ返さない。
お十さんを渡せばいいのだが(遊女屋に売ります)、渡さない。
綱右衛門は、「出入り」にしようとしている。=仙太郎を訴えようとしています。

ところで、
AがBを訴えたいときは、
1:まずAが、(借家住まいなら家主と、)住んでいる町の5人組に相談する→全力で止められる→訴えると言い張る→訴えることになる。
2:被告のBの家主に届ける→全力で止められる ←いまココ
3:Bの家主が、被告の「預かり」を書く。
これは、裁判中に被告が逃げたりしないように責任を持って監視する、という念書です。
この「預かり」がないと訴えられません。
こうして被告の身柄を確保した上で、
今度は双方の居住地の「名主」を、ふたたび全力で説得して、やっと奉行所に訴えることができます。
民事訴訟の前に数回の「調停」が義務付けられているかんじです。

というわけで、
「出入り」にするための手順として、被告側の住む長屋の家主である権助が「預かり」を書く必要があるのですが、
権助が「預かりは書かない」と言います。
怒った綱右衛門が「組合に言う」と言います。これは町内の上部組織である「五人組」のことです。
権助は、俺が家主な以上は、まともな人間は入居させない。犯罪者なら大歓迎だ。
人の女房を担保に取って売るのも高利で金を貸すのも実際は違法なので、文句があるならこっちから訴える。
イヤなら帰れ。と言います。

綱右衛門はあきらめて帰ります。鬼のような家主です。
というやりとりです。
当時の制度と用語がわからないと意味不明だと思うので書きました。

そうこうするうちに、こんどは長屋の中に捨て子がありました。
長屋の住人が家主のところに連れてきます。
江戸の街では捨て子があったばあい、その町内でお金を出し合って三両二部(20万円くらい)作り、そのお金を付けて引き取り手を探す決まりがありました。
町内のひとたちは集めたお金を赤ん坊といっしょに家主の権助に渡して、帰っていきます。
家主が赤ん坊を引き取ってくれる家を探すのです。

権助は、そこにいたお十さんに「乳をやってくれ」とたのみます。応じるお十さん。
様子がヘンです。
どうも、育てていた赤ん坊を夫の仙太郎が勝手に捨てたようです。

これに気付いた権助が、仙太郎をユスるのです。
ユスるセリフが、
・赤ん坊はこっちで引き取るから20両よこせ。
・お乳がいるから、お十さんを乳母に雇う。その雇い賃に、20両こっちでもらうのだ。
・20両作るまでは借金のかたにお十さんは預かる。

要するに、お十さんはこっちで預かる。この20両と、さらに20両よこせ、と言っています。理屈はデタラメです。
しおしおと仙太郎はお十さんを置いて帰ります。

そこに、桜姫がやってきます。
小塚原の遊女屋で働いていたのですが、戻ってきました。
仲介した勘六が連れてきました。

ここからが、非常に有名な場面になります。
桜姫が、上品で堅苦しい姫言葉と、下品な下級女郎の言葉とをちゃんぽんに使って分裂した世界観の中での混乱を体言します。
「上品な言葉が少しくだけた」のではなく、
違う世界で違う言語を習って、もとの言語と混ぜて使っているかんじです。バイリンガルです。
ふつうに聞いていても面白いのですが、
よく聞くと「ランダムに両方の言葉を使っている」のではなく、基本的な感情や感想は姫言葉で言っています。
下級遊女としての体験で身に付けた感情や行動についてはそっちの言葉で言います。

あまり下司ばった雰囲気にならず、どんな言葉や態度でも、気持ちはお姫様として演じるのが肝要なのだと思います。

さて、状況はこうです。
桜姫はキレイだし、姫言葉もめずらしいので大人気。順番待ちが出るくらいなのだが、
枕元に幽霊が出るというウワサだ。
何度か違う遊女屋に「住み替え」に出したが最近は怖がって客が来ない。

今は、腕の釣鐘の刺青が風鈴のように見えるので、「風鈴お姫」と呼ばれています。
洋服と違い、和服の時代は女性の腕はそうそう見えるものではありません。
多数の男性に、腕の刺青を見られているという状態は、
よく考えると非常にエロいです。

今後桜姫をどうするかについての相談で、
「野玉」というのは、野外で売春する「夜鷹」のことです。
「切りを叩く」は、上のほうでもちょっと書いた、「切見世(きりみせ)」という安い売春宿です。
どっちにするかという話をしています。
どっちも、遊女がもっとも落ちぶれた末に行くところです。

お姫様をよってたかって落ちるところまで落とす嗜虐性が作品の醍醐味なのですが、
桜姫は、もちろんカラダはつらいと思っているのですが、
あまりに違う世界の話なので自分がどんな目にあっているのかイマイチわかっていないというところが、
救いでもあり、あわれでもあるのです。

さて、桜姫では稼ぎにくいと思った権助は、
さっきあずかったお十さんを代わりにしようとします。
お十さんは大家さんと夫のために承知します。潔い!!

ここで、お十さんが権助の家を出て花道でのシーンがわかりにくいです。
カットかもしれませんが書くと、
最初の「隅田川もの」の設定の説明で、
忠義な家来、「軍助」と「七郎」がいると書きましたが、
お十さんは、「軍助」の妹なのです。
赤ん坊を預かって育てていたのも桜姫の子供だと知った上でです。
そして桜姫とその赤ん坊を守るために権助に近づき、
桜姫を守るために遊女になります。

お十さんの夫の仙太郎は、じつは「七郎」でした。
これも桜姫のために動いています。
七郎がお十さんに「去り状(さりじょう)」、離婚届けを渡します。
喜ぶお十さん。

という事情です。「軍助」と「七郎」が頭に入っていないと完全に意味不明です。


桜姫と権助の二人っきりのシーンになります。
最初は仲良くしゃべっています。ラブラブです。
清玄の幽霊が出る、という話になると、権助は隠してあった刀を取り出して、出たらこれで斬れ、と言います。
なかなかいい刀です。
ちょっと怪しく思う桜姫。

ここで家主の寄り合いに呼ばれて権助が出て行くのは、
初演時に権助と清玄が二役早変わりだったから同時の舞台上にいられないからです。

ひとりになった桜姫の前に、清玄の幽霊が出ます。
しょっちゅう出るので、もう怖くないよ、と蓮葉な様子でバカにする桜姫に、
清玄が無言でいろいろ教えます。

・その赤ん坊は桜姫の子供である。
・清玄と権助は、実は兄弟。
:この設定はお芝居の中で全く生かされていません。
あとふたりがもと武士というのもチラっとセリフで言うだけなので、聞き流していいです。
・さらに、さっきの刀を抜くと清玄が消えるのですが、
桜姫はこの刀に見覚えがあります。

ここからは急展開になります。

戻ってきた権助。酔っています。
赤ん坊を抱いたはずみに、袖から手紙を落とします。
ずっと前に出てきた怪しい密書「松井源吾様へ、しのぶの惣太」っていうあれです。

拾って読む桜姫。
中身はセリフでは言いませんが、悪臣の松井源吾に頼まれて、吉田の家の家宝を盗んで当主を殺し、
梅若丸も殺した、ご注文通りだ」と言ったような内容です。

さらに、酔って気が大きくなった権助は、
ずっと抱えている大きい仕事がうまく行ったら俺も出世するんだぜ、と言って、
例の「都鳥の一巻」を見せます。
これがあれば大名家がひとつ再興になりますから、そのとき自分も侍になるつもりなのです。

よく考えたら、自分がいろいろ盗み出した、そのお屋敷にいたお姫様が桜姫なのですから、
こんなヤバいものを見せてはいけないのですが、
あまりに桜姫が落ちぶれて別人のように情けない様子になり、しかも自分の言いなりなので、
権助も油断したのだと思います。
もしくは、あちこちで悪いことをしすぎて、どこで何やったかよく覚えていないのかもしれません。

しかし桜姫は、心はお姫様のままなのでした。
家の没落も、父の死も、権助のせいだと知った瞬間、お姫様に戻ります。

まず、赤ん坊は自分の子ではありますが「敵の子」です。
刺し殺します。
さらに権助も殺します。

赤ん坊のために出家するつもりでいます。
髪を切ります。

様子を見ていた長屋のひとびとが通報するので、逃げます。


・浅草雷門の前

三社祭の真っ最中です。
お祭りの踊りの行列が、左右の花道からやってきて、
逃げようとする桜姫一行が追い詰められます。
踊りのみなさんが、捕り手に化けて、立ち回りがあります。
ここで、なしくずしに客席への「餅まき」のサービスがあったりもします。
さらに、松若丸もやってきて一同がそろい、
お家の重宝(ちょうほう)が手に入ったからお家再興だ、とかのセリフがあります。
事情をしらない捕り手はまだ襲ってきますが、
最後はハッピーエンドに決まっているので、
てきとうなところで打ち上げにして、幕です。

前の幕の「山の宿」は、この浅草寺の山門のすぐそばです。
ずっと、下谷や浅草界隈の裏側の暗い、恐ろしげな場面を描いてきて、
最後に華やかな三社祭の絵面で終わります。
最後のこの幕は、口直しのお遊びのような、
これは全部「つくりもの」なんだよと客を安心させるための仕掛けなのかもしれません。
終盤の急展開がバタバタとご都合主義なのも、意識的に「作り物」らしさを出す演出と見ることもできるように思います。

江戸後期の天才作者、「東海道四谷怪談」を書いた「鶴屋南北(つるやなんぼく)」の名作ですが、
明治に入って一時完全に忘れられ、最近になって復活したものです。
昭和初期には完全にイロモノとして紹介されている記録があります。
演劇史の変遷のおもしろさを感じます。

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