歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「夏祭浪花鑑」なつまつり なにわかがみ

2011年06月04日 | 歌舞伎
「夏祭浪花鑑」なつまつり なにわかがみ

大阪の下町の、よくも悪くも泥臭い風俗をリアルに描いた作品です。
ですが、ストーリーの中心に和泉の国の濱田家というお城の中の内輪もめがからんでいるので、
そこをざくっと把握しておいたほうが内容がわかりやすいです。

主な登場人物

・団七九郎兵衛(だんしち くろべえ)
主人公です。和泉の国(大阪南部)に住む、ぼて振りの魚屋さんです。ぼて振りというのは、店を構えずにてんびん棒で荷物をかつ

いで市内を売り歩いた小売のかたがたの総称です。
魚屋さんとしての団七の経済状況については下にもうちょっと詳しく書きます。

・お梶(おかじ)
団七の奥さんです。以前はお武家屋敷で腰元奉公をしていました。
お屋敷に出入りしていた魚屋の団七と恋仲になって妊娠したのでお屋敷をクビになり、団七と結婚します。

・玉島磯之丞(たましま いそのじょう)
玉島家の跡取り息子です。泉州(和泉の国)の濱田のお城の家臣です。いろいろあって勘当されて浪人して団七を頼ります。
歌舞伎の定番のおさわがせキャラです。

まだいますが、あとはストーリーに沿って順次説明します。

現行上演「住吉鳥居前」から出すことが多く、ここでひととおりの登場人物が出るのでお話はつながるのですが、
一応、その前の段の「お鯛茶屋(おだいぢゃや)」の内容をさくっと書きます。

玉島家の跡取りの「玉島磯之丞(たましま いそのじょう)」さまが遊女の「琴浦(ことうら)」ちゃんをを身請けして、
一緒に「お鯛茶屋(おだいぢゃや)」という茶屋に何日も居続けて遊興三昧です。

「お鯛茶屋」というのは当時実在した高級遊女茶屋です。
ここでみんなでお芝居ごっこをして遊んでいるところから始まります。
急にお屋敷からの使者が来ます。あわてる磯之丞さま。これ以上はごまかし切れないから帰って来いというお達しなのですが
磯之丞はいやがります。

と、茶屋の庭になぜかが数人入り込み、喧嘩をはじめます。茶屋の若いものに取り押さえられます。
その中の「徳兵衛(とくべえ)」という男が、遊女屋通いが過ぎて身を持ち崩し、になった不幸ないきさつを語ります。
遊び呆けている自分の身にてらして反省した磯之丞さまは、ひとまずお屋敷に帰ることにします。

しかし、たちの喧嘩は全てお芝居でした。
糸を引いていたのは「お梶(おかじ)」さんという女性です。
お梶さんは以前、玉島のお屋敷で働いていたことがあった縁で、磯之丞さまの母親に息子の目を覚まして欲しいとたのまれました。
それでこういう芝居を考えついたのです。
計画通りに行ったので、お梶さんは徳兵衛たちに奥様からのお礼の着物とお金を与えます。
徳兵衛たちはこのおかげでから足をあらって一般市民に戻れます。みんなお梶さんにお礼を言うのでした。

は、当時の社会における一定の身分を指すのですが、同時に経済的に破綻した浮浪者も「」の仲間に入りました。
「」から一般市民に戻れるかの基準は、ひとつです。「親がか」です。 
この場合の徳兵衛は、一時的に浮浪者になっただけなので、お金と服が手に入れば一般市民に戻れます。
参考 =江戸の職業事情=

このあと、「玉島家屋敷の場」があります。今は出ません。
「琴浦」ちゃんに横恋慕する悪い家臣の「大鳥佐賀右衛門(おおとり さがえもん)」が、磯之丞さまの廓遊びをお殿様にチクりまし

た。
磯之丞さまは勘当され、屋敷を追われます。

主人公の「団七九郎兵衛(だんしち くろべえ)」は「佐賀右衛門」の家来とケンカをして捕まり、牢屋に入れられています。
「磯之丞」さまの父親である「玉島兵太夫(たましま ひょうだゆう)」さまのおかげで団七は死罪になるのは許してもらえますが
住んでいた和泉(いずみ)の国を所払いになることに決まります。ここで魚屋をしていたのですが、出て行かなくてはなりません。

という展開のあと、現行上演の出だし、「住吉前」になります。

・住吉鳥居前(すみよし とりいまえ)の場

団七の友達である、「釣舟三婦(つりふね さぶ)」が、団七の奥さんの「お梶さん」と息子の「市松(いちまつ)」くんと一緒に
ご赦免になる団七を向えにやって来ます。
この「三婦(さぶ)」という名前は、男の人なのに名前に「婦」が付いていて不自然に思うかもしれませんが、
江戸時代は漢字と仮名の区別が非常にあいまいだったのです。
「三郎(さぶろう)」の略が「さぶ」ですが、この表記は「三ぶ」でも「三婦」でも「さ婦」でもよかったのです。
読みはすべて「さぶ」です。「婦」という文字は音を表すだけで意味はありません。

「三婦」は老け役ですが、昔はコワモテだったので相応のすごみもあり、しかし今はやさしそうな老人でもあります。
かっこいい役です。

お梶さんが息子の市松くんと、団七の命が助かったお礼に神社におまいりに行きます。三婦が残って団七を待ちます。
ここに、勘当された「磯之丞」さまが駕篭に乗ってやってきます。

磯之丞さまは世間知らずなので駕篭屋にだまされてボッタくられ、さらに袋叩きにされそうなのを、三婦が見かねて助けます。
お梶さんは磯之丞の事情を知っていて、昔お世話になった恩もあるのでめんどうを見るつもりでいます。
助けたお侍が磯之丞さまだと知った三婦は、参道にある料理茶屋の一軒である、昆布屋(こぶや)で待つように言います。
団七を出迎えたあと、ここで一休みする計画になっているのです。

「昆布屋」というのは当時実在した、人気のあった料理屋です。
こういう名前は宣伝で出すというよりは「時事ネタ」として人気店をお芝居に盛り込んだのだと思います。
「助六」の三浦屋、「忠臣蔵」の一力茶屋なんかもそうです。

団七が登場します。
現行上演ではこの場面が団七の登場場面になります。

牢屋に入っていたので髭や髪も伸びて着物も汚れ、汚い様子です。
お役人が団七の縄をほどき、「ご赦免である。和泉の国は所払いなので今後入ってはならない」等と言い渡して戻っていきます。
どうってことないシーンですが、住吉神社の前ということもあり、大阪の夏の夕方の季節感が出ている、雰囲気のある場面です。

当時の大阪は、和泉、河内、摂津にわかれていました。
団七は和泉の国で、堺の市場で魚を仕入れて魚屋をやっていたのですが、今後は摂津の国の大阪で暮らすことになります。

三婦と団七が会い、とにかく身なりを整えようと、団七は三婦に言われてそこにある床店(ことみせ、床屋です)に入ります。
三婦は団七の着物から当座の小銭まで持ってきてくれていたのですが、フンドシを忘れました。しまった!!
というわけで三婦さんがこっそり自分のをはずしてそっと渡す場面が面白いです。今朝替えたなかりだからまあいいや。
チナミにこれは歌舞伎の「入れごと」で、原作である文楽にはない場面です。団七の役者さんが着替えてメイクや鬘を直す時間かせ

ぎの意味もあると思います。
ここでフンドシを「白旗」「赤旗」と言っています。
今と違って当時の「旗」は、戦国時代のあのイメージですから、細長いのです。

団七はまだ着替えています。
お梶さんと市松くんは、こちらに戻ってこないところを見ると先に裏参道から昆布屋に行ってしまったらしいです。
三婦はふたりを探しながら先に昆布屋に行くべく退場します。
携帯電話がないとたいへんです。

遊女の「琴浦」ちゃんががやってきます。追放になったという磯之丞さまを心配して追って来たのです。
琴浦は一応磯之丞に身請けされているので、遊女のなりですが自由の身です。そのへんをウロウロしていても大丈夫です。

ここに
「大鳥佐賀右衛門(おおとり さがえもん)」がやってきます。琴浦ちゃんに横恋慕している玉島家の悪家臣です。
琴浦を見つけてムリクリ口説きます。逃げるに逃げられす、困る琴浦ちゃん。このままだと拉致られそうです。
遊女の身分ですとお店が守ってくれますが、今はフリーなのでむしろ危険です。

そこに着替えた団七がかっこよく登場し、佐賀右衛門を追い払います。
着替えた上に髭や月代もそってすっきりして出てくるので、別人のようにかっこいいというのが、ここでの見せ場です。
団七は佐賀右衛門と立ち回りをしながら、琴浦に磯之丞さまのいる場所を教えます。
これが、佐賀右衛門にはわからないように教えなくてはならないので、相手の耳を押さえたりジェスチャーで教えたりするという、
ちょっとおもしろい立ち回りの型になっています。
わりと伝わりにくい気もしますがおもしろい動きになっています。動きを楽しんで見てくださればいいかと思います。

佐賀右衛門を追い払い、自分も昆布屋に行こうとした団七を呼び止めたのが、
一寸徳兵衛(いっすん とくべえ)という侠客(きょうかく、ヤクザさん)とその仲間です。
「一寸」というのはめずらしい呼び名ですが、
頼まれて引き受けたら、ちょっとでも後には引かない、という意味だとセリフにあります。

徳兵衛は佐賀右衛門に頼まれて琴浦ちゃんとを手に入れようとしているので、ジャマをした団七とケンカになります。

そこに団七の妻のお梶さんが、団七を探しに戻ってきました。
ふたりを引き分けたお梶さんは徳兵衛に、「玉島の奥様に恩を受けておいて悪人の佐賀右衛門の見かたをするのか」と叱ります。
そう、この徳兵衛は、最初の幕でお梶さんに服とお金をもらった、あのだった徳兵衛です。

しかも、聞けば徳兵衛の奥さんも昔は故郷で玉島の家に仕えていてことがあるのです。ますます恩があるではないですか。
心を入れ替えた徳兵衛は、今後は団七と協力して磯之丞を守る約束をします。
そして団七と兄弟の約束をして、その印にお互いの袖を破って取りかえっこします。

住吉の場ここまでです。

大きいストーリーの進展はないですが、登場人物が順番に出てきてそれぞれの設定説明をする場ですので、
少し詳しく書いてみました。
団七と徳兵衛というかっこいいふたりの男が友情で結ばれるところが気持ちのいいラストになっています。

「道具屋」の場

この場面は今は通し上演でもカットかもしれません。

磯之丞さまは清七(せいしち)という名前で大阪の道具屋さんで奉公し、そこの娘のお中ちゃんと恋仲になります。
悪い番頭の伝八(でんはち)は真面目に仕事をする上にお中ちゃんと仲のいい清七(磯之丞)が邪魔です。

ところでお梶さんの父親は「義平次(ぎへいじ)」といいます。団七夫婦と同居しています。
あまり評判のよくない男です。金のためならいろいろやります。このあとも出てきて団七を困らせます。

今回も義平次は道具屋で詐欺をして五十両だまし取り、それを清七(磯之丞)のせいにします。悪い番頭の伝八も協力します。
来合わせた団七がその場を収めますが、このあとも伝八はいろいろと問題をおこし、
ついに清七(磯之丞)は伝八とその仲間を殺してしまいます。
清七とお中ちゃんは屋敷を抜け出して心中しようとしますが、三婦に助けられ、
お中ちゃんは一度家に戻り、清七(磯之丞)は三婦にかくまわれます。

という展開があって、この後の「三婦内」に続きます。

チナミに、この、勘当された御曹司が名前を隠して商家に奉公、そこの娘と恋仲になって番頭に嫌われ、何かの罪を着せられる、
というのは歌舞伎の定番展開のひとつですので、覚えておくと便利だと思います。

・三婦内 (さぶ うち) 
この「内」というのは、「○○さんの家」くらいの意味です。

磯之丞さまと琴浦ちゃんをかくまう、釣船三婦(つりふね さぶ)さんの家です。
三婦さんは昔はイケイケで暴れん坊だった人ですが、もう年をとったので落ち着くことにして、
ケンカはやめて今は念仏三昧の、好々爺(こうこうや)志願の、でもコワモテおじさんです。シブくてかっこいいです。

名前を見ると「釣舟屋」を経営しているように見えますが、
セリフで「下り荷物の世話をする」と言っているので、じっさいは大阪→九州の海運業者のかたです。
当時は主な輸送手段は海運でしたので、三婦さんは今でいうと長距離運送屋さんの社長です。
コワモテでめんどう見のいい雰囲気が共通するかと思います。

今日は大阪の、高津神社のお祭りの日です。
家々の軒先に祭りちょうちんが並んでいます。どの家もごちそうを作ります。
人の出入りの多い三婦さんの家ではみんなにふるまうための酒樽も置いています。
獅子舞のいでたちの若いもんがやってさわいで追い返されたりもします。
そういう大阪の夏の祭りの日の季節感が、このお芝居の重要な要素になっています。

前の段で身分を隠して道具屋に奉公した磯之丞さまが、そこの娘と許婚になったというので恋人の琴浦ちゃんは怒っています。
そら怒るよね。ふたりでケンカします。
廓の遊女と客のような生活感のない会話を、火鉢でばあさんが魚焼いている横でやるというのがとんでもないミスマッチで楽しいの

ですが、
今は大阪下町の生活観も廓の雰囲気もわからない人が多いので、伝わりにくい部分ではあります。

ここで三婦の奥さんのおつぎさんが琴浦ちゃんに「男を(遊女屋に)勤め奉公に出したと思え」というのが笑えます。

出かけていた三婦さんが戻ってきます。
磯之丞さまは前の幕でひとを殺してしまっているのですが、その捜査状況を三婦さんがチェックしてきました。
お役人は一応詮議(捜査)をしているが、殺されたのはもともとタチの悪い男たちなのでそのうち切り上げるだろう。
しばらく大阪を離れていれば大丈夫、というような話をします。

と、そこに、
きりりと夏着物を着こなして、日傘をさした美女がやってきます。
「お辰(おたつ)」さんと言います。
「住吉前」の段で団七と友達になった一寸徳兵衛(いっすんとくべえ)の奥さんです。

徳兵衛は備州(備中、岡山です)の出身です。備中で悪さをして所払いになって浪花に来たのですが、このたび罪が許されました。
なので妻のお辰さんが迎えに来たのです。

しかし徳兵衛は団七とまだ遊びたいのかしばらく備中には帰らないと言っています。
なのでお辰さんは徳兵衛を置いて一度備中に帰るということで、あいさつに来ました。

それを聞いた三婦の奥さんのおつぎさんが、磯之丞さまをいっしょに連れていってくれと言います。
磯之丞をしばらく大阪から離したいのですが、世間知らずな磯之丞さまには一人旅はムリです。
お辰さんに備中に連れて行ってもらえればちょうどいいのです。
頼まれて、もちろん引き受けるお辰さんです。
磯之丞さまの家は備中の出身で、お辰さんにとっても磯之丞は主君筋にあたるのです。

話がまとまりかけたのですが、三婦さんが反対します。お辰さんがキレイだからです。
美女とふたりっきりの道中、何か間違いがあったら困ります。磯之丞さまならありえない話ではありません。
そもそもひとの奥さんと若い男を一緒にする事自体が世間体のいい話ではありません。だからダメです。

それを聞いたお辰さんが怒りだします。「そんな理由で頼みごとを反故にされたら自分の顔が立たない」と言います。
そしてイキナリ火鉢の鉄弓(大きい金串)を顔に押し当てます。びっくりする周囲。
お辰さんの顔に、大きい火傷のあとが付きます。
「これで私の顔は醜くなったから、安心して磯之丞さまをあずけてもらいたい」と言うお辰さんです。一同は感心します。
しかし、お辰さんのキレイな顔に傷がついては夫の徳兵衛ががっかりするだろうとみんなが心配します。
お辰さんが「夫が惚れたのは自分の顔ではない、心だ」というような事をきっぱり言うのが有名な場面のひとつになっています。

「お別れと仲直りに、奥でひと汗かいてくれば」とおつぎさんに言われて、磯之丞さまと琴浦ちゃんは引っ込みます。
ひと汗って!!

ここに、出だしのところでやってきた獅子舞の若いモンがまたやって来ます。
じつはこのふたりは悪人で、琴浦ちゃんに横恋慕している「大鳥佐賀右衛門(おおとり さがえもん)」の手下のチンピラです。
さっき来たのは、琴浦ちゃんがこの家にいるかどうか偵察していたのです。 
琴浦をよこせと言ってさわぐふたりに、とうとう三婦さんが怒ります。

ふだんは小さな数珠を耳にかけていて、「腹が立ったらこの数珠を出して拝むようにしている」と言って喧嘩をやめていた三婦さん

なのですが、
その数珠をついに切ります。こうなったら戦闘モードです。強いです。二人を叩きふせて追い出します。

さらに、親玉の佐賀右衛門をやっつけようと、地味な浴衣を脱いで龍を染め抜いたコワモテっぽい浴衣に着替え、脇差を差して出か

けていきます。
この龍の浴衣は、本当ならここはもろ肌脱いで昔彫った刺青を出したいシーンなのですが、
この後に主人公の団七が刺青を見せて暴れる有名なシーンがあるので、三婦さんには刺青がないという設定にしたいのです。
その代わりに刺青っぽい模様の浴衣を着せるのです。

夫の三婦さんのことも、琴浦ちゃんのことも心配です。気をもむ妻のおつぎさん。
そこに、団七の義父の「義平次(ぎへいじ)」がやってきます。
「団七に頼まれた。琴浦をしばらくあずかる」と言われて喜んだおつぎさんは、琴浦ちゃんを駕篭に乗せて送り出します。
しかし、忘れてはいけません。義平次は金のためなら何でもやる男です。

直後に団七がやってきます。
さっきの義平次の迎えはウソだったとわかります。義平次は琴浦ちゃんを大鳥佐賀右衛門に渡して金をもらうつもりです。
あわてて後を追う団七です。 

「長屋裏」に続きます。

・長屋裏(ながやうら) 

もっとも有名な場面になります。
大阪の街のはずれの、裏通りです。
このお芝居が作られたのは江戸時代のまだ前半期なので、大阪の街もまだまだ未開発の場所があります。
道のこっち側は泥田です。真っ暗です。

団七はなんとか琴浦ちゃんを乗せた駕篭と、駕籠と一緒にいる義平次に追いつきます。
とにかく琴浦を助けたい一心で、義平次に「俺が金をやるから琴浦を家に戻してくれ」と頼み、
そのへんの石を拾って布に包んで金に見せかけます。

ここで「友達が頼母子(たのもし)をやってくれた」と言います。
「頼母子講(たのもしこう)」とは、いろいろ名称やシステムはあるのですが、
だいたい、グループでお金を出し合ってやる私設プチ宝くじみたいなものと思えばいいです。

お金をくれれば相手はどっちでもいい義平次は、琴浦ちゃんを三婦の家に戻します。
しかし、団七はじつはお金がありません。
怒り狂った義平次、散々に団七を罵ったり殴ったり、足蹴にしたりします。
義平次はお梶さんの父親で、団七には義父にあたります。義理とはいえ父親です。
さらに、セリフでも言いますが、団七は以前は住所不定に近いゴロツキだったのを、義平次がお金を出してやって魚屋にしてやった

のです。
そのあとずっとタカられ続けているのでチャラと言えばチャラなのですが、やはり恩は恩です。
団七の職業遍歴については下にまとめてみました。

父親に逆らうのかと言われると何も抵抗できない団七です。

必死でがまんしていた団七ですが、思わず刀に手をかけます。
上方は、わりと町人も脇差しを差して歩いていた文化なのです。
「逆らうのか」と見咎めた義平次が団七につかみかかり、もみ合ううちに団七が義平次の耳を切ります。
「人殺し」と騒ぐ義平次です。
もう仕方ないので義平次を斬り殺す覚悟を決める団七。さらに何度も斬りつけます。

一応、はずみで傷をつけてしまって、あとは後に退けず、という段取りになっていますが、
この場で受けた恥辱が耐え難いものであったことと、ふだんから性格が悪い義平次には苛立っていたこと。
なによりもトラブルメーカーのこの男にさんざん迷惑をかけられていたことから、
団七には明確な殺意と動機があったのだと思います。

なかなかうまくとどめを刺せない団七です。刃物で人を即死させるのはとても難しいと思うのでリアルだと思います。
もみ合いながら何度も義平次を切ります。途中義平次が泥田に落ちたり、団七の服が脱げて上半身の見事な刺青があらわになったり


髻(まげ)が切れてザンバラ髪になったりたりします。 

お祭りの夜です。舞台奥を通る何台もの神輿の提灯の灯。聞こえる祭囃子。
裸に褌(ふんどし)だけの姿で髪を振り乱し、鮮やかな刺青を見せながら様式美に富んだいろいろのポーズを決めながらの、
歌舞伎の中でも非常に有名な「殺し場」です。

ついに義平次は死にます。団七は死体をとりあえず目の前の泥田に落として隠し、近くの井戸で足や刀を洗います。
通りかかった神輿の一行のひとりからこっそりてぬぐいを抜き取って、汚れた顔とザンバラな髪を隠し、逃げて行きます。

このあと、友達の一寸徳兵衛(いっすん とくべえ)が通りかかって団七の雪駄の片方を拾う場面が最後についています。

短い上演のときは、ここで終わりです。


・団七内(だんしち うち)
 
団七の家です。
団七の妻ののお梶さんは、父親の義平次が殺されたので毎日お役所に呼ばれては「心当たりはないか」と聞かれています。
ぶっちゃけ心当たりがありすぎで困っているお梶さん。疲れています。
団七はとりあえず知らん顔をしています。

徳兵衛がやってきます。やっと備中(セリフだと「備州」と言っている)に下ることに決めました。お別れのあいさつに来ました。
「一緒に行こう。磯之丞さまもあっちにいるし」と誘う徳兵衛ですが、断る団七。
徳兵衛は団七に雪駄を見せます。名前が入っているのです。
遠まわしに「オマエが殺したんだろ、逃げたほうがいい、ていうか何で親友の俺に相談しない」と訴える徳兵衛ですが、団七は口を

割りません。

ここで徳兵衛が畳を叩いて「団七捕った!!」と叫んで団七を脅かすシーンが有名です。「捕った」というのは「逮捕した」という意

味です。
すぐに「蚤取った」と言ってごまかします。
奥の部屋に行って寝てしまう団七。

と、徳兵衛は奥さんのお梶さんを、急に口説きはじめます。驚くお梶さん。
着物がほつれたから縫ってくれとか言って着ているものまで脱ぎ、半裸でお梶さんを抱きしめる徳兵衛。
団七飛び出してきて大喧嘩になりますが、ちょうど三婦さんが来て仲裁します。

こうなったらもう、すっぱり女房を離縁して徳兵衛にやってしまうのが一番だと三婦さんが言います。
納得した団七は「去り状(離縁状)」を書きます。
この「去り」は、一応説明すると、自分が「去る」、という自動詞ではなく、相手を「去らせる」という意味の上二段の他動詞です



泣きながら息子の市松君を連れて、三婦や徳兵衛とともに出て行くお梶さんです。
じつは、全て3人で打ち合わせてあったのでした。
ただの殺人よりも、「親殺し」のほうが断然罪が重いのです。竹ののこぎりで首を轢き切られます。痛そうすぎです。
お梶さんを離縁してしまえば義平次と団七は他人になり、「ただの殺人」で裁かれるので、まだマシな死に方ができる、
という苦肉の策なのです。
団七は戸口の陰で三人の話を聞き、見えないところで手を合わせて拝みます。

そうこうするうちに団七が犯人だとバレてしまい、捕り手が押しかけます。
一瞬早く裏口から逃げた団七。
徳兵衛が、「相手は強い、俺がなんとかだまして捕まえるから」と捕り手をうまいこと説得します。

舞台が回って、屋根の上になります。
徳兵衛と団七の立ち回りになります。
斜めに作ったリアルな屋根での立ち回りは臨場感がありますよ。
もちろん団七をうまいこと逃がすつもりの徳兵衛です。
ひとしきり派手に動いたあと、「さらばさらば」で団七は屋根から飛び降りて逃げます。

いまは通し上演でもここまででおわります。

この「団七内」は、徳兵衛や三婦にいい役者さんがそろうと、リアリティーのあるいい場面になりますが、
やはり少し内容がわかりにくいので出しにくい部分ではあるかと思います。

このあと、備中の徳兵衛の家に団七が隠れていて、捕まるまでの段が一応あるのですが、
ここは今は絶対に出ないです。
一応簡単に書くと、

九州まで団七に会いにきたお梶さんと息子の市松くん。
市松くんは団七のかわりに手鎖(てぐさり)をされてしまっています。かわいそうー。

勘当されっぱなしの磯之丞は、殺人についてはうまいこと無罪になったのですが、
こんどは濱田家の家宝の刀を盗んだことにされています、濡れ衣です。ぎゃああ。
いろいろあって、
最後は、団七や徳兵衛、磯之丞の働きで家宝の刀は悪人の大鳥佐賀右衛門が持っているのがわかり、佐賀右衛門が捕まります。
刀を取り返した働きによって、磯之丞の勘当が許されます。

市松くんが団七にカタチだけ縄をかけて、手柄を立てます。
息子の手柄に免じて団七の罪を軽くしてもらおうというのです。 
お侍に戻れる磯之丞さまと息子を助けてもらって恩がある父親の兵太夫さまが、全力で団七を助ける約束をします。
みたいなラストです。

よく考えると団七が義平次を殺したのが大阪でなので、
和泉の国の磯之丞や兵太夫には何もできないと思うのですが、そのへんの当時の法律の細かいことはよくわかりません。

以上です。


もとは文楽の作品です。
かなり古い作品で。、延亭2年、1745年のものです。「仮名手本忠臣蔵」の3年前です。
ご覧のように長いです。浄瑠璃だと全九段です。
それまで、文楽の作品で何段もある本格的な作品は、全て「時代物」だったのです。
「近松門左衛門(ちかまつ もんざえもん)」などが書いた、市井の生活を題材にした「世話もの」は三段くらいの短いもので、
時代物のあとにさらっと出すのがふつうでした。
これは、初めて書かれた本格的な筋立ての「世話もの」です。という点で、非常に歴史的に意味があります。
という意味でも、一応ストーリー全体をざくっと把握しておくのもいいのではないかと思います。


あと、京阪の魚屋さんの商売の様子は、江戸の魚屋さんとはちょっと違う部分もあるので、少し書きます。

振り売りの魚屋さんというと江戸の街にいる、天秤棒で桶をかついで走り回る、威勢のいいアレを思い浮かべますが、
大阪のは桶や駕籠を何段か重ねて大量の魚を持ってあるき、さらに干物も売ります。
魚市場のある堺と、大阪や京都の街ではかなり距離がありましたから、鮮度の高い魚を一気に売りさばくという商売ではなかったよ

うです。
決まったお得意先のある人は、時期によっては人を雇っていくつか荷物を持たせて売ったりしたようです。
なので、同じ「振り売り」でも、江戸のより京阪の魚屋さんのほうが商売の規模は大きかったのかなと思います。

団七の商売の状況を今出ない部分のセリフも総合してまとめると、

・もともと無宿者に近いゴロツキだった
・義平次の世話でぼて振りの魚屋になった。和泉の国の浜田のお城に専属で出入りしていたので、そこそこ稼いでいた。
・そこで腰元奉公していたお梶さんと恋仲になり、出入り禁止になった。
・お梶さんと結婚して堺のへんで魚屋さんをはじめた(振り売りじゃなく固定店)。大阪にいる義平次に仕送りしていた。
・ケンカをして和泉の国を所払いになり、大阪でまた振り売りを始めた。義平次の家で同居。
・いい魚市場のある堺は和泉の国なのでそこで魚を仕入れられず、大阪の雑魚場(魚の品質はちょっと落ちる)で魚を仕入れている


・でも完全に「流し」ではなく、出入りする専属のお店(おたな)があるので、まあまあ稼いでいるほう。

みたいなかんじかと思います。

身分が低いながらも一応、人の身元を引き受けてめんどうを見る程度の余裕はある、という設定なのだと思います。
当時の観客は、セリフの端々からそういう団七の経済状況を読み取って、その生活をリアルに想像したのでしょう。
江戸の魚屋さんだと、吹けば飛びそうな経済状況っぽくて安心して頼れません。

=50音索引に戻る=


最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
とてもよくわかりました^^ (Hazki)
2013-03-01 19:45:26
一週間後に初めての歌舞伎で「夏祭浪花鑑」を観るもので、あらすじを知りたくて検索してました。
時代背景や当時の風俗の解説もあったりして、とてもよく分かりました。
どうもありがとうございました。
返信する
初めての浪花鑑 (ぱるまま)
2014-07-07 13:07:09
団七は海老蔵さん、舅が中車さんの「長屋裏」でした。ねちねちと婿をいたぶるのをおもしろく拝見しました。中車さんが出ると笑いもおきていました。
このページで予習し、歌舞伎座にも持参して幕間ごとに復習したので、とてもよくわかりました。毎度毎度ありがとうございます。
返信する
ミス発見しましてコメントを (お世話になってます)
2018-06-07 02:34:21
今月歌舞伎座で上演されているので見る前に詳細を思い出そう、参考にしようと拝見にきたところ
おそらくケアレスミスだと思うのですが…

>義平次は琴浦の父親で、団七には義父にあたります。父親です。

大間違いが…(汗) お梶さんの父親ですよね。
もう一つ、住吉社の前で主役団七と兄弟の契りを交わした「一寸 徳兵衛」の名前()内にある振り仮名が
最初は(いっすん とくべえ)なのに、殺し場の終わりで(ちょっと)と書いてある事に苦笑しています。

江戸と大坂の魚屋さんの仕事の仕方や、規模の違い
昔の大坂の摂津、堺などの地域の違いなどがよく分からなかったので、詳しく解説があり助かりました。
他の芝居でも予習によく拝見させていただいております。いつもありがとうございます。
返信する

コメントを投稿