今は、神社の境内などで「願人坊主(がんにんぼうず)」に扮した役者さんがたくさん並んで踊るだけの作品になっています。
途中で身内ネタをばらしあうなどのいろいろおかしみがあり、そこが見どころになっています。
最近は現代風の踊りや女装ダンスなど、かくし芸大会というか、少々学芸会めいた内容になることもあります。
基本的にファンサービスということで、まあ客がよろこべばいいのでしょう。
一応明治19年の初演時にはもう少しお話らしいことになっていますので、原型がどんなだったか書いておきます。
正式タイトルは「初霞空住吉(はつがすみ そらもすみよし)」です。季節設定はお正月です。
舞台は浅草柳橋の船宿になっており、ここに書生さんとと芸者がやってきます。
柳橋の茶屋で遊んだ帰りです。
今の感覚で「書生」というと、権力者や金持ちの家で居候して雑用をしながら勉強する貧乏で真面目な学生を想像しますが、
この書生の「官蔵」はずいぶんお金も持っており、いばっています。周囲もふつうに尊敬の念を持ってへいこらしています。
明治19年の「書生」の社会的地位が見えて興味深いです。
ここで柳橋の茶屋で見た芸者やおもしろかった踊りなどの噂話をします。
これはおそらく実在する芸者さんや芸人さん、当時はやっていた踊りが題材になっており、
当時の典型的な遊び人たちの、最先端の風俗会話ということになります。
そのときの踊りを芸者さんが踊ってみせます。
さて、書生さんは「かっぽれ」を踊る願人坊主の一団が大好きです。近くに来ているというのでよろこんで呼びます。
「願人坊主(がんにんぼうず)」というのは、「うかれ坊主」という所作(しょさ、踊りね)が有名です。
もともと一般人が願掛けのためにお参りしたり水垢離したりするのを代行して生活していた僧です。いろんな意味で罰当たりな存在です。
僧ではありますがお寺には属しておらず、いわゆる「乞食坊主」になります。
このあと大道芸人にシフトチェンジしていき、大きな傘のまわりを回りながら「住吉踊」や「かっぽれ」という踊りを踊って歩きました。
「うかれ坊主」ですと裸に羽織いちまいというかなり寒そうな格好ですが、
この「かっぽれ」では派手な柄のおそろいの浴衣姿で小奇麗なかんじです。
ここに、「彼らの踊りは踊りの手先がそろっていてプロの踊り手であるはずの役者はむしろかなわない」
という意味の台詞があります。
なので本当は、この作品内で「かっぽれ」を踊るときは、
一糸乱れぬ動きで手の角度まで合わせて完璧に踊らなくてはならないのだと思います。
「かっぽれ」自体は当時は素人さんでもふつうに踊っていた踊りなのだそうですが、
だからこそ役者さんのプロとしての力量の見せどころなのだと思います。
かっぽれ坊主の集団がやってきて、まずにぎやかに踊ります。今は役者さん数十人が総出ですが、初演だと6人+奥さんが2人です。
九代目団十郎をはじめ、そうそうたるメンツでした。
書生さんにあいさつをし、恒例の「住吉踊り」を踊ります。
すぐに「かっぽれ坊主」同士の寸劇のようなゆかいなやりとりがはじまります。
さらにかっぽれ坊主の妻の「おれん」さんが出てきてケンカになり、
だんだんと役者さん同士のじっさいの身内ネタのばらし合いに発展していきます。
今はこの部分がふくらませられて、人気場面になっています。
書生さんの仲裁でケンカはおさまり、
お礼に坊主たちは得意の「かっぽれ」を踊ります。
踊りを見るのが大好きな書生さんが夢中になりすぎて目を回すという楽しい場面があります。
こんどはお芝居をしようとなります。
しかしどうもよくわかっていない坊主がひとりいるので今の漫才のような楽しいやりとりが続いて
お芝居ははじまりません。
次に浄瑠璃を語ろう、となります。
「浄瑠璃(じょうるり)」というのは文楽の語りです。歌舞伎でも舞台の横で太夫さんが語っている作品がありますが、あれです。
初演時の最大の見どころはここです。
有名な作品の「聞かせどころ」が次々に語られるのですが、これが「縁つなぎ」になっています。
まずひとつの作品をひとくさり語ります。
最後の文句に「杖」が入っていたら、「杖」が入っている全然べつの浄瑠璃にイキナリ切り替わります。
この要領でどんどんつないでいきます。
役者さんは願人坊主の姿のままで、浄瑠璃で語られる場面場面を次々に演じます。
ミュージカルの歌で「歌詞しりとり」をやっているのを想像していただくとわかりやすいかと思います。
どんどん変わる歌に合わせてきちんと、しかしコミカルにそれぞれの場面を踊り分けていくかんじです。
踊っていたのは九代目団十郎や初代市川左團次、踊りの名手だった三代目中村仲蔵などですので、
さぞや見ものだったろうと思います。
今やると、ます客が浄瑠璃を聞き取れないでしょうし、聞き取れても何の作品のどの場面かわからないだろうと思います。
つまり何がおもしろいのかまったく伝わらないのでしょう。
なので出せないのはしかたありません。残念なことです。
黙阿弥の「滑稽所作(しょさ、踊りね)」には、こういう歌舞伎有名ネタを上手くパロディにしてつないでいく内容が多いのですが、
見る側に知識があれば、いま見てもずいぶん面白いもののはずです。
最後は猿回しの踊りになってお正月らしくまとめます。
このあと「総踊り」になって豊年踊りを全員で踊っておめでたくおわります。
全体として、新春ののどかな雰囲気の中で浅草で遊ぶ文化人たちの、粋で華やかな様子を舞台に載せた作品でした。
「かっぽれ」という作品は今も出ますし楽しいものですが、
なぜ「かっぽれ」なのか、なぜこういう内容なのか、ピンと来ないかたが多いかと思います。
この原型からいろいろ発展して今の形になったものなのです。
=50音索引に戻る=
途中で身内ネタをばらしあうなどのいろいろおかしみがあり、そこが見どころになっています。
最近は現代風の踊りや女装ダンスなど、かくし芸大会というか、少々学芸会めいた内容になることもあります。
基本的にファンサービスということで、まあ客がよろこべばいいのでしょう。
一応明治19年の初演時にはもう少しお話らしいことになっていますので、原型がどんなだったか書いておきます。
正式タイトルは「初霞空住吉(はつがすみ そらもすみよし)」です。季節設定はお正月です。
舞台は浅草柳橋の船宿になっており、ここに書生さんとと芸者がやってきます。
柳橋の茶屋で遊んだ帰りです。
今の感覚で「書生」というと、権力者や金持ちの家で居候して雑用をしながら勉強する貧乏で真面目な学生を想像しますが、
この書生の「官蔵」はずいぶんお金も持っており、いばっています。周囲もふつうに尊敬の念を持ってへいこらしています。
明治19年の「書生」の社会的地位が見えて興味深いです。
ここで柳橋の茶屋で見た芸者やおもしろかった踊りなどの噂話をします。
これはおそらく実在する芸者さんや芸人さん、当時はやっていた踊りが題材になっており、
当時の典型的な遊び人たちの、最先端の風俗会話ということになります。
そのときの踊りを芸者さんが踊ってみせます。
さて、書生さんは「かっぽれ」を踊る願人坊主の一団が大好きです。近くに来ているというのでよろこんで呼びます。
「願人坊主(がんにんぼうず)」というのは、「うかれ坊主」という所作(しょさ、踊りね)が有名です。
もともと一般人が願掛けのためにお参りしたり水垢離したりするのを代行して生活していた僧です。いろんな意味で罰当たりな存在です。
僧ではありますがお寺には属しておらず、いわゆる「乞食坊主」になります。
このあと大道芸人にシフトチェンジしていき、大きな傘のまわりを回りながら「住吉踊」や「かっぽれ」という踊りを踊って歩きました。
「うかれ坊主」ですと裸に羽織いちまいというかなり寒そうな格好ですが、
この「かっぽれ」では派手な柄のおそろいの浴衣姿で小奇麗なかんじです。
ここに、「彼らの踊りは踊りの手先がそろっていてプロの踊り手であるはずの役者はむしろかなわない」
という意味の台詞があります。
なので本当は、この作品内で「かっぽれ」を踊るときは、
一糸乱れぬ動きで手の角度まで合わせて完璧に踊らなくてはならないのだと思います。
「かっぽれ」自体は当時は素人さんでもふつうに踊っていた踊りなのだそうですが、
だからこそ役者さんのプロとしての力量の見せどころなのだと思います。
かっぽれ坊主の集団がやってきて、まずにぎやかに踊ります。今は役者さん数十人が総出ですが、初演だと6人+奥さんが2人です。
九代目団十郎をはじめ、そうそうたるメンツでした。
書生さんにあいさつをし、恒例の「住吉踊り」を踊ります。
すぐに「かっぽれ坊主」同士の寸劇のようなゆかいなやりとりがはじまります。
さらにかっぽれ坊主の妻の「おれん」さんが出てきてケンカになり、
だんだんと役者さん同士のじっさいの身内ネタのばらし合いに発展していきます。
今はこの部分がふくらませられて、人気場面になっています。
書生さんの仲裁でケンカはおさまり、
お礼に坊主たちは得意の「かっぽれ」を踊ります。
踊りを見るのが大好きな書生さんが夢中になりすぎて目を回すという楽しい場面があります。
こんどはお芝居をしようとなります。
しかしどうもよくわかっていない坊主がひとりいるので今の漫才のような楽しいやりとりが続いて
お芝居ははじまりません。
次に浄瑠璃を語ろう、となります。
「浄瑠璃(じょうるり)」というのは文楽の語りです。歌舞伎でも舞台の横で太夫さんが語っている作品がありますが、あれです。
初演時の最大の見どころはここです。
有名な作品の「聞かせどころ」が次々に語られるのですが、これが「縁つなぎ」になっています。
まずひとつの作品をひとくさり語ります。
最後の文句に「杖」が入っていたら、「杖」が入っている全然べつの浄瑠璃にイキナリ切り替わります。
この要領でどんどんつないでいきます。
役者さんは願人坊主の姿のままで、浄瑠璃で語られる場面場面を次々に演じます。
ミュージカルの歌で「歌詞しりとり」をやっているのを想像していただくとわかりやすいかと思います。
どんどん変わる歌に合わせてきちんと、しかしコミカルにそれぞれの場面を踊り分けていくかんじです。
踊っていたのは九代目団十郎や初代市川左團次、踊りの名手だった三代目中村仲蔵などですので、
さぞや見ものだったろうと思います。
今やると、ます客が浄瑠璃を聞き取れないでしょうし、聞き取れても何の作品のどの場面かわからないだろうと思います。
つまり何がおもしろいのかまったく伝わらないのでしょう。
なので出せないのはしかたありません。残念なことです。
黙阿弥の「滑稽所作(しょさ、踊りね)」には、こういう歌舞伎有名ネタを上手くパロディにしてつないでいく内容が多いのですが、
見る側に知識があれば、いま見てもずいぶん面白いもののはずです。
最後は猿回しの踊りになってお正月らしくまとめます。
このあと「総踊り」になって豊年踊りを全員で踊っておめでたくおわります。
全体として、新春ののどかな雰囲気の中で浅草で遊ぶ文化人たちの、粋で華やかな様子を舞台に載せた作品でした。
「かっぽれ」という作品は今も出ますし楽しいものですが、
なぜ「かっぽれ」なのか、なぜこういう内容なのか、ピンと来ないかたが多いかと思います。
この原型からいろいろ発展して今の形になったものなのです。
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