歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「景清」 かげきよ

2016年02月10日 | 歌舞伎
歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)」のひとつになります。

主人公は「悪七兵衛景清(あくしちびょうえ かげきよ)」という人です。平家の武将です。
源平の戦の後も生き残って、あの手この手で「源頼朝(みなもとの よりとも)」の命を狙ったことで有名です。
そのドラマチックな人生と荒々しく力強いキャラクターから人気があり、
「景清もの」と呼ばれる多数の作品が作られました。この作品もそのひとつということになります。

この作品は、景清が捕らえられ、牢に入っているところから始まります。


・土牢(つちろう)の場

舞台全体が巨大ながんじょうな牢屋です。太い木の格子がはまっています。

牢番の役人たちの会話から始まります。いろいろ状況説明をします。

景清は捕まってこの牢に入れられてから50日、なにひとつ飲み食いしていません。
ここは源氏の牢、出される食事も源氏のものです。
たとえ囚人としてであっても景清は源氏からは米一粒たりとももらう気はないのです。

さて、
景清については2つの懸案事項があります。

・頼朝は景清を高く評価しており、どうにか和解して家来として召し抱えたいと思っています。
・平家は3つの宝物を持っていました。
「青山の琵琶(せいざんのびわ)」「青葉の笛(あおばのふえ)」「朝霧の琴(あさぎりのこと)」です。
平家の滅亡後、「朝霧の琴」は源氏が回収しましたが、残り2つはどこにあるかわかりません。
景清が知っていそうなので聞き出したいのです。

この2つです。

以上の問題を解決すべく、源氏側から使者が景清に会いにきます。
ただ、源氏も一枚岩ではない設定です。
「源頼朝(みなもとの よりとも)」と、「源範頼(みなもとの のりより)」です。

範頼(のりより)は頼朝の異母弟にあたり、史実では源平の戦のときに義経と並んで非常に活躍したひとです。
頼朝に疎まれて殺されました。
お芝居の世界では、頼朝に内部から対立する悪役の親玉として描かれることが多いです。

というわけで、頼朝方と範頼方と、2組の使者がやってくるのです。

頼朝側の使者は「秩父庄司重忠(ちちぶの しょうじ しげただ)」とその家来の「仁田四郎常忠(にたんの しろう つねただ)」。
こちがマトモなほうです。
教経側の使者は「岩永左衛門宗連(いわなが さえもん むねつら)」とその家来の「梶原平三景時(かじわら へいぞう かげとき)」。
こっちは悪役です。

お芝居で見ると性格悪いほうは顔の色が赤いのですぐにわかります。なので名前は覚えなくても大丈夫ですが、
歌舞伎全体の約束事として「秩父(畠山)重忠(しげただ)」という役名は絶対にいい人、
「岩永(いわなが)」と「梶原」は基本的に悪いやつの名前ですので覚えておくと便利ではあります。

双方オトナなので表面上は穏やかですが仲はよくないです。

双方、景清を攻略するためにいろいろアイテムを準備してきました。
まず、食べ物です。重忠のほうはりっぱな器ですが岩永のほうはみすぼらしい器です。
また、双方、景清の身内を連れて来ました。
景清の妻の「阿古屋(あこや)」と、娘の「人丸(ひとまる)」です。

準備が整ったところで景清が呼び出されます。


ぶっちゃけ、ストーリーというほどのものはありません。
「景清」についてはすでに先行作品がたくさんあり、この場面でのできごともほぼ決まっています。
しかもこの作品は、先行作品にあるエピソードを「全部乗せ」しようとしているので、
段取りよくメリハリをつけながらエピソードを消化していっているような内容になります。
お約束の場面場面で見せる景清の荒々しく力強い様子を楽しむのがこのお芝居の目的なので、
ストーリー性はあってもなくてもいいのです。


まず、妻の「阿古屋」と娘の「人丸」、このふたりは別々に逃げていて久しぶりに会った設定なのでお互い懐かしみます。
古典的な設定ではこのふたりは親子ですらないので、今までどのように逃げていたかなどの細かい設定は無視していいです。

「景清」が呼び出され、ふたりに対面します。
「秩父重忠」の命令で景清が牢から出されます。

景清は怪力で有名なので牢に入っていてすら牢を壊さないか不安なくらいです。出して大丈夫かと周囲は思うのですが、
重忠は、刀の鞘で地面に円を書き、その中に景清を入れます。
中国の故事を引き、これは慈悲で作った円である。道理を知るものならここから出られるはずがない、と言います。
感服する景清。

景清が重忠に、「憎い頼朝にひと目会いたい」と言います。
重忠は用意してきた頼朝の服と烏帽子を、松の木の枝にかけます。
そこに頼朝がいるように思い。憎しみに我を忘れる景清ですが、円から出ることはありません。
セリフで「ウバッカ」と言っているのが「右幕下(うばっか)」、右近衛大将であった頼朝のことです。

ダミーとはいえ頼朝もいることだし味方になれという重忠。
悪役の岩永と梶原も、頼朝ではなく範頼の家来になれと言って介入してきます。

ここで岩永たちが話題を変え、上のほうで説明した「青山の琵琶」と「青葉の笛」のありかを聞き出そうとします。
知らないと言う景清。
そもそも頼朝がこれらの宝物を欲しがるのは、滅びた平家のための大々的な追善供養をしようと思っているからなのですが、
景清に言わせればそんなものはいらないのです。
平家への最高の供養は、頼朝の首である。供養する気なら首をよこせという景清です。

景清はりっぱな武将ですので基本的な言葉遣いや動きはとてもりっぱなものです。
しかし悪人たちに毒づくときの口調はとても乱暴です。このギャップが、聞いていて気持ちいいです。

怒った岩永たちは、次のアイテムを投入します。
「保童丸(ほうどうまる)」という子供です。源平の戦で死んだ「平敦盛(たいらの あつもり)」の忘れ形見という設定です。
実際は敦盛は死んだとき17歳でしたので、子供がいたという設定は不可能ではありませんがちょっと苦しいです。
古典的設定だとこのキャラクターはいないので、この作品のオリジナルの可能性が高いです。

さすがに平家直系の要人をこの場で殺すのはまずいらしく、牢に入れて兵糧攻めにすると脅す岩永たちですが、
景清は言うことを聞きません。

岩永たちはたまりかねて景清を水責めにしようとします。
重忠がそれをとめ、別の拷問の方法があると言います。

ここから、「琴責め(ことぜめ)」という有名な場面になります。
ここだけをふくらませた「阿古屋」という作品もあります。

平家の3つの宝のうち、鎌倉幕府は「朝霧の琴」は手に入れています。
重忠はこの琴と、胡弓(こきゅう)とを取り出します。

楽器の音色は、弾くものの心を映します。
なので楽器を演奏させれば弾くものの心が外に顕れます。楽器の場所を知っていればそれが自然と知れるというのです。
阿古屋と人丸が楽器を演奏しながら唄わせられます。

ここでの唄の文句が、案外と軽い感じの恋の歌です。文句は重要ではないのです。

ふたりが唄っている間に次の展開になります。

双方が景清の前に食べ物を差し出します。とにかく50日飲まず食わずなのですから、このままでは死んでしまいます。
阿古屋や人丸も、どうにか食事をしてくれと頼みますが景清は食べません。
景清は清水寺の観音を深く信仰していてお経を朝晩唱えている。これが食事のかわりだから大丈夫だというのです。

とくに、みすぼらしい食器、鮑貝(あわびがい)に食べ物を盛って出した岩永たちへの怒りはものすごく、
食べ物を蹴返して怒り狂います。

もうしかたないとあきらめた岩永は、今度は刀を取り出します。
もともと景清が持っていた「痣丸(あざまる)」という名刀です。
この刀で、娘の人丸(ひとまる)を殺すぞと脅します。
景清は動じず、逆に刀を奪い取って人丸も引き寄せ、自分で人丸を殺そうとします。

景清が実子を殺す場面は先行作品にもかならずあります。史実なのでしょう。
ここでもそのエピソードが取り入れられているのです。
このお芝居では全員があわててとめるので人丸は助かります。

再び琴と胡弓を演奏するふたりです。

ここで「琴責め」の効果があらわれます。
琴と胡弓から不思議なオーラがたちのぼり、それぞれが色と形をとります。
その様子を重忠が読み解きます。
笛は水に沈んでおり、琵琶は地中にあります。どちらも無傷です。
誰かが持っているわけではないので景清が知らないのも当然です。

感心する景清と重忠。

苛立つのは岩永たちです。演奏している人丸たちがじゃまだとばかりに殺そうとします。
それを守った景清は、殺そうとした岩永の手下の腕を引き抜きます。
そして、その腕をむしゃむしゃ食べます。

先行初期作品にこのカニパリズムの場面はありません。
この作品のオリジナルなのか、これが成立する前後で似た作品があったのかはわかりません。
景清という武将の激しいキャラクターと感情をあらわしている衝撃的な場面です。

源氏がたの家来を食べるのはいいのかという突っ込みに対して景清は、
殺したこの男はもともとは平家の家来だったのが裏切ったのだからいいのだと答えます。

さて、50日も断食していてさすがに少し弱っていた景清、肉を食べて元気が出てきました。
暴れ始めます。
まず、かかっていた「右幕下(うばっか)」、源頼朝の衣服に剣を突き立てます。
大きく動いたので重忠の描いた円からも出てしまいました。
もはや重忠の仁心への恩義もなくなりました。

さらに暴れて「保童丸」さまが入れられていた牢屋の頑丈な格子を素手で破壊します。
ここがクライマックスになります。
大きな角材を抱え上げて見得をします。

もともと頼朝に会えるかなと思ったのでおとなしく捕まっていただけで、
景清の力なら牢はいつでも破れたのです。
これも先行作品の定番の展開です。

重忠は捕まえようとはしません。
景清が逃げても3回までは許せという命令を、頼朝から受けているからです。

景清は、助けだした保童丸さまを盛り立ててまた軍を起こし、源氏を攻めると誓います。
受けた立つという重忠。

お互いに戦場で会うことを約束し、さらばさらばで見得をきって、幕になります。

おわりです。


とくに江戸の前半期にはこの豪快な「景清」のキャラクターはとても人気がありました。
この作品以外の「十八番」の作品のいくつかも、景清をモチーフとしています。
「景清もの」の代表的な作品は「近松門左衛門(ちかまつ もんざえもん)」の「出世景清(しゅっせ かげきよ)」という作品です。
これについては別項を立てようと思います。

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